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8 急成長

『いやいやいやいやいやいやいやいや』


凪の言葉を聞き、真桜と沙和は声を合わせた。


「凪ちゃん、流石に話を盛りすぎなの」


「せやで、隊長をバカにする気持ちなんて微塵もあらへんけど、あまりにそれは現実味に欠けるで」


「む、言っておくが、隊長は徒手空拳で私と手合わせしているんだぞ。得物を持てばもっと強いはずだ」


『いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや』


「やいやいうるさい!」


真桜と沙和の手を振りながらのそれに苛ついたのか、凪はいつも持参している自家製香辛料を二人の料理にぶち込んだ。


「ひいいい!?凪さん、あんた何てことするんや!」


「ひどいの~……杏仁豆腐が真っ赤なの~……」


「そんなに言うなら二人共見に来ればいいだろう」


「だから作業の時間と被るんやて」


「沙和が仕事終わって城に戻ってくる頃には二人共鍛錬を終えちゃってるの。

 というか、凪ちゃんばっかり隊長と一緒でずるいの!」


「せやせや、ウチはあんなクソ暑苦しい中ひたすら炎とにらめっこしとるちゅうーに」


「な……!それは華琳様からの命令なんだから仕方ないだろう!」


凪と一刀が鍛錬しているのを知った華琳は武闘大会まで二人を常に一緒の班にし、警邏の終える時間を合わせ、鍛錬の時間を作ってくれていた。


「そういう真桜と沙和だって、言うほど隊長と離れてないじゃないか!

 というか時間帯が私と違うだけで毎日会ってるじゃないか!」


凪の言う通り、不満を漏らす二人も一刀と会っていない訳ではなかった。

工房に篭りがちな真桜は一刀が心配してそれとなく世話を焼くし、沙和も服の採寸や意匠等で一刀と会っている。


「隊長はああいうところがずるいんよなぁ~」


「そうそう!沙和達が何かするのを当たり前と思わないでくれるっていうか~」


「”無理して真桜の身に何かあったら嫌だからな”とか言うてな!」


「沙和も、隊長最初は乗り気じゃなかったのに沙和の頭撫でながら”ありがとな、沙和”って言われたの~!」


「決め台詞は、”何か困った事があったら言えよ?俺に出来ることならするから”と来るんやもんな~!」


「きっと華琳様もこうやって落とされたの!」


「そんなん言われたら頑張るしかないや~ん!」


『ね~~!』


二人が声を合わせ、嬉しそうに同意しながら手元の料理を食べ、その辛さにひっくり返る。


「……お前たち、馬鹿にしてないか?」


「今のは凪のせいやろ!舌燃えたか思ったわ!

 愛する男の為なら何でもやる気になるっちゅー話や。

 しかしまぁ隊長はそっち方面で天下無双言われたら無条件で信じられるんやけど」


「流石に昔の隊長を知ってると強いって言われてもピンと来ないの」


「言うて昔の隊長でも床の中やったら無双やったしな」


「……信じないのなら、別に良い。だが実際に今の隊長を見たらそんな言葉二度と吐けなくなるからな」


凪は少し不機嫌そうに自分の料理をかきこんだ。

少しからかいすぎたかもしれないと冗談交じりに謝りながら、先程の料理とは別の料理に手を付け、やはりひっくり返るのだった。


「……やっぱり馬鹿にしてるだろう」


「だからこれは凪のせいやろ!」


「何で他のにも入ってるの~!」










「た~いちょ~」


「たいちょ~!」


翌日、いつもの様に凪と鍛錬していると、この時間には聞き慣れない声が2つ響いた。

滝のように流れる汗を腕で拭い、声の方へ目を向けると、やはり想像通りの人物だった。


「真桜、沙和。こんな時間に珍しいな。どうした?」


よく見ると二人の口の周りは赤くなっており、心なしか唇も少し腫れているように見えた。


「……いや、本当にどうした」


「これは凪にやられた」


「凪ちゃんにやられたの」


「自業自得だ」


三人の間に一体何があったんだ。


「いやぁちょっとな~昨日の件が気になって気になって作業どころやないねん」


「沙和もちょっぱやでお仕事終わらせてきたの!」


「昨日?何かあったっけ?」


昨日の事を思い出してみるが、特に何か特別な事が起きた記憶はない。


「……お前たち、冷やかしなら帰れ」


すると少しむずっとした凪が言う。昨日の件というのはやはりこの3人で何かあったのだろうか。


「いやいや、ウチらは真剣やで。凪があまりに言うからこの目で確かめなあかんと思って」


「そうなの~、それに沙和も隊長の鍛錬してるところ見てみたいの」


「そういうのを冷やかしと言うんだ」


「まぁまぁ凪さん、何も邪魔はせえへんから、いつも通り鍛錬してや」


「そうなの。沙和達の事は気にしなくていいの」


そういうと真桜はその場にどかっと座り、沙和は服が汚れないように芝のほうへ移動し座る。


「隊長……申し訳ありません……」


「どうした?二人は何か用があったんじゃないのか?」


「いえ……それが──」


凪は簡単に昨日何があったかを説明してくれた。

要するに、この二人は凪が俺を強いと言ったことが信じられず、こうして見に来たらしい。


「……暇なの?」


「……とにかく、もうああなっては何を言っても聞きませんし、鍛錬に戻りましょう」


「お、おう。まぁ俺は良いんだけど……」


「では、再開します」


そう言うと凪はすぐに意識をスイッチし、いつもの鍛錬時の真剣な表情になる。

それに釣られるように一刀も表情を引き締め、凪に向き合う。


少しした後、ドンッと小さな爆発音のようなものが聞こえたと同時に凪が動き出していた。

地面を蹴り、まるで突風のように一刀へ向かって飛び蹴りを放つ。


「ちょお!?凪!?」


「隊長死んじゃうの!!」


容赦の無さに外野二人がそう叫ぶも、凪と一刀にはもうそれは聞こえていなかった。


眼前に迫る凪の蹴りを一刀は限界まで引きつけ、最小限の動きで躱し、凪の体ごと乗せた蹴りが真横を通り過ぎる。

蹴りが躱されるや否や、凪は腕を地面に突き立て停止し、そのまま一刀目掛け更に後ろから蹴りを放つ。

しかし一刀は既に凪を捉えており、不意打ちになるかと思ったその蹴りも上体を屈める事で回避される。

凪の足が引き戻るのとほぼ同時に懐へ潜り込み、今度は一刀が凪へ攻撃を仕掛けた。

顎目掛けてかち上げるように掌底を当てようと勢い良く腕を振り上げる。

しかし掌底は凪の顎を捉えることはなく、横から腕を殴られ軌道を逸らされてしまう。

凪は殴りつけた反動を殺すこと無く、その場で身体を回転させ、一刀の身体を突き放し、側頭部目掛けて回し蹴りを放つ。

それも一刀はギリギリのところで躱した。


凪は一刀が攻撃を紙一重で躱すのは決して精一杯になっているわけではない事をこの数日で気がついた。

なぜなら一刀は紙一重で躱しているにも関わらず、しっかりとこちらの目を見ているのだ。

攻撃した腕や足を見てギリギリで回避しているのなら精一杯なのだと思えるが、こうして自分の目を見ているということは攻撃の軌道を読み、

限界まで引きつけ全力で振り切らせ、躱した直後に生じる隙を狙っているのだと解ってしまう。

こちらが攻撃をした時にはもう、その軌道を見ておらず、いつでも反撃できる態勢に入っている。

当たると思った攻撃も、少し軌道を逸らされ空振りさせられてしまう。

更には攻撃が加速し切る前に振り払われたり、止められてしまう。

そして攻撃を当てることが出来ても、単発では揺らがない肉体の強靭さも身に着けていた。


一体どれだけの鍛錬を積めば、昔の一刀からここまでの実力がつくというのか。

一刀は自分の国での鍛錬の事をあまり話したがらないが、生半可なことではなかったはずだ。

何より身体の芯が全くぶれない。

芯がぶれずに身体の均衡が取れているから、態勢を持ち直すのがずば抜けて早い。

だからこそ、この回避力が生まれているのだろう。

そして彼は一切攻撃を受け止める事をしないのも厄介だった。

全力で空振りさせられると姿勢を保つ為に踏ん張るので想像以上に疲労が溜まる。

それに受け流されると更に勢いをつけられてしまうので尚更だ。

春蘭や霞といった豪傑達は皆真っ向からの力勝負を好む為、大半が打ち合いになるが、一刀はそれとは真逆の戦い方だ。

故に、その戦闘に慣れていない者であればその疲労は著しく溜まっていくだろう。


そして凪ほどの手数は撃ってこないものの、隙を見せれば怒涛の攻めを見せてくる。

それを撃ち落とさねば次々と流れるように連撃が飛んでくる。

上段蹴りを躱せば下段蹴り、それを躱せば顎へ掌底、さらにそれを躱すと肘が打ち下ろされる。

どこかで撃ち落とし相殺しなければどんどん追い込まれてしまう。

それを躱した時に耳元を通り過ぎる風切り音も、決して軽くはない。

撃ち落とすにしても、生半可な攻撃では軌道を逸らせないのだ。





凪と一刀の手合わせを間近で見ていた真桜と沙和はあんぐりと口を開けていた。

あのお世辞にも強いとは言えなかった彼が、自分たちの中で一番腕が上である凪といい勝負をしている。

凪は気を使用していないから全力とは言えないが、得物を持っていない一刀もそれは一緒だ。


「…………」


「…………」


目の前で繰り広げられる激しい攻防に、二人はあいた口が塞がらなかった。

凪は警備隊として一刀の下についてはいるが、彼女の実力は既に春蘭や霞と同じ位置にいると言ってもいい。

それくらい、彼女は鍛錬を積んでいたのだ。

二人はそれをずっと見ていたからよく知っている。

だというのに、今目の前で繰り広げられている光景は何なのか。




「はああああッ!」


気合と共に決めに掛かったのは凪だった。

怒涛の猛襲が一刀に襲いかかり、紙一重で躱していた一刀も段々と捌ききれなくなっていく。

そして捌き切れないと判断した一刀は思わず防御の態勢を取ってしまう。


まずいと思ったのもつかの間、防御の上から強力な蹴りをくらい吹っ飛び、地面に書いてあった大きな円の外へ出た。


「……ふぅ。──ありがとうございました!」


凪がその場で姿勢を正し、礼をする。

そこから出れば負け、というルールでの手合わせは、一刀の敗北で終わった。




「いててて……今日は昨日よりも良かったんじゃないか?俺」


そう言いながら起き上がり、最後に凪の攻撃を防御した腕をさする。


「そうですね。回避直後に反撃に入るのが早いですし、何より隊長は冷静に見て動いているので問題は無いと思います。

 無手の状態でこれですから得物を使用すれば更に良くなると思います」


「やっぱりそこだよなぁ。でも俺の使えそうな刀が無いんだよなー」


「もし不安なら木刀を使って手合わせしてみましょうか?」


「んー……すぐ折れちゃうよ」


「ならやはり回避を重点的に伸ばしていくようにしたほうが良さそうですね。

 隊長のその回避力は誰もが一目置くものだと思いますし、それを更に活かせるようになれば──」




「っって自分ら呑気に話しとる場合かーーーーーーーい!!!」




そこまで黙って一刀と凪の手合わせ談義を聞いていた真桜が叫んだ。


「え?何やの?隊長?ホンマに隊長か?あんた」


そう言いながら真桜はペタペタと一刀の顔を触っていく。


「失礼だぞ真桜!」


「だってこんなんどう見ても隊長やないやろおおおーーーー!!!」


「こんなのどう見ても隊長じゃないのーーーーー!!!」


そして更に沙和が追加された。


「おかしいやろ!何したらあの優男がこんなになんねん!」


「おい?」


「そうなの!隊長は階段を登るだけでひいひい言うような男だったの!」


「ちょっと?」


「馬にちょっと乗っただけで息切らしてるような男やったんやで!」


「お前ら俺の事嫌いなの?」


「そらこの前抱かれた時は確かにめっちゃ筋肉ついたなーとは思ったで!」


「ちょ──」


「沙和も抱きしめられた時はすごく男らしいなーとは思ったの!」


「興奮したやんな?」


「したのー!」


「お前らうるさいよ!?何の話してんの!?」


いええいとハイタッチしながら起こった突然の猥談に思わず叫んだ。


「凪も思ったやろ?」


そして唐突に話を振られた凪は


「な、ば、真桜──!」


顔を赤くして吃ってしまった。


「……やっぱり凪ちゃんも興奮したの」


「凪かてその生真面目な仮面の下は一人の雌や。愛する男の体に興奮するんは普通の事なんやで」


「興奮興奮言うな!」


うんうんと頷きながら真桜と沙和は、叫ぶ凪の肩をぽんぽんと叩く。


「お前らほんと何しにきたの……」


「まぁ冗談はこのくらいにして、隊長本当に強くなったの~!」


「せやなぁ、隊長は得物が完成したら更に強くなるんやろ?」


「強くなるっていうか……今よりはだいぶやりやすくなるけど」


「楽しみなの~!」


「しゃーない任しとき!絶対大会までには間に合わせるで。

 ウチの全身全霊で完成させたるから楽しみにしといてや!」


上司のみではなく部下からの期待も重くなってしまった。



それから毎日凪と特訓はしたものの、気の活性化に繋がる事はなかった。

大会までもう一ヶ月を切っている。

この二ヶ月ずっと気の訓練もやってみてはいるものの、依然変わりはない。

最後までやって見るつもりだが、大会までに気の使用が可能になる可能性は低いと思われる。

真桜も何度も何度も失敗を繰り返し、その度に怪しげなからくりを作り、そしてまた臨むというのを繰り返している。

沙和はもうデザインは終わったらしく、あとは大会までに縫い合わせる作業を終わらせればいいと言っていた。


俺の為に頑張ってくれている3人の為にも、華琳達に認めてもらう為にも武闘大会は頑張ろう。

あの乱世を駆け抜けた英傑達も出るが、それ以外の一般参加者も居るようで、そこで武を示し、志願した者は魏軍に入れるかもしれない。

そういう側面も考えての大会だったそうだ。

勿論武将達は皆シード扱いである。

考えれば当たり前ではある。

一回戦目で春蘭と当たってしまった日には武を示すとかそういう話の前に終わってしまう。

ちなみに俺にシード権はないらしい。

つまり一般の人やそれぞれの国から出場を決めた武将以外の軍の腕自慢達に混ざって参加する。

出場者が多いため何日かに分けて大会を行い、武将クラスの試合は最終日に行う。

これが華琳に説明された大会の流れだった。


正直最初から各国の武将クラスと戦うのは御免被りたかったので少しホッとした。

とはいえまだまだ発掘されていない腕自慢も出場してくるだろうし油断は出来ない。


華琳の決めた出場とはいえ、華琳本人も気にはなるようで事あるごとに鍛錬の進歩を聞かれる。

その度に同じ答えしか返せないのだが、それでも華琳には大事な事のようで、もはや日課にようになっている気がする。

その時の華琳はいつもの微笑を浮かべながらではなく、真顔なので結構心配されているのが伝わってくる。

じゃあ何故出場させたのか、とは言わない。

華琳は華琳なりに俺の成長を楽しみにしてくれているんだろうし、この武闘大会でもっと俺が成長出来るかもしれないという見立てもあるのだろう。

何より最初は唐突すぎて戸惑いはしたが、俺も皆に自分の成長した姿を見て欲しいと思う。

そう思えば、毎日の鍛錬にも力が入る。


「一刀──」


そして今日も、先程会った華琳に鍛錬の状況を聞かれるのだった。

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