7 種馬の実力如何程
次の日。
戻ってきたばかりで自分の役職等がどうなるかと思ったが、以前のままで良いらしい。
北郷隊はずっと凪達が3人で率いてくれていたらしく、彼女達が隊長のようなものだったとか。
俺がいなくなり空いていた場所へまたはめ込むだけだったということから、俺は今日からまた北郷隊隊長ということになった。
警邏についても凪達からいろいろと引き継ぎをしなければならないのだが、今日は公休という事でいいらしい。
というわけで昨日、皆が部屋へ帰る際に真桜が、明日自分の工房へ来て欲しい、と言っていたので今向かっている。
5年前……この世界では3年前だが、その頃よりも立派になった工房は既に稼働しており、中に真桜が居ることを示していた。
「おーい、真桜?」
工房内に入り、そう呼びかけるも応答がない。
しかし工房が既に稼働しているので真桜がいるであろう炉のところまで行く。
するとやはり、その前で何やら作業をしている真桜が居た。
何かを作っているようで集中しているし、それに急に声を掛けたら危ないかもしれない。
ということで真桜の作業が一区切りするまで後ろのほうで待つ事にした。
しばらく真桜の作業を見ていると、真桜の中で一区切りついたのか、大きく息を吐きこちらを向いた。
「うわぁ!?隊長!?来たんやったら声掛けてぇな!」
「いや、集中してるみたいだったから邪魔しちゃ悪いかと思って」
「びっくりするわー……」
既に昼時になっていた。
少し前に厨房へ行き、流琉に簡単な弁当を二人分作ってもらった。
その時何故か視線をそらし顔を赤らめていたが、何かあったのだろうか。
とりあえず二人分の水を用意して真桜に弁当を渡し、一緒に食べながら俺を呼んだ理由を尋ねた。
「で、俺に聞きたいことって?」
「せや!昨日隊長の言ってた得物なんやけど、あれの細かいところ聞こうおもて」
「あぁ、真桜が作ってくれるんだもんな」
「せやでぇウチに掛かればそこらの刀匠なんざ目や無いからな」
「ん、でもじゃあ今作ってたのは?」
「これは隊長の防具やな。まだ完成やないけど、あらかたは出来たで」
「早いな!」
「まぁまだ胸当てだけやし、他にも何か注文あったら聞くで」
「じゃあ──」
そこで真桜に防具の形と腕や足部分に当てる防具の細かいところをお願いした。
「了解、そんじゃ早速隊長の得物について教えてや」
「あぁ、こういう感じの──」
形や長さ、この国にあるような刀とは違い、切り裂く事に特化したものであること。
爺ちゃんの友人の鍛冶師に教えてもらった日本刀の製造法などをそのまま説明した。
こちらへ来れた時、刀匠に作ってもらう為にその爺ちゃんの友人にはかなり勉強させてもらった。
製造の流れは大体説明できたはず。あとは真桜のその場の判断に任せよう。
何も完璧な日本刀である必要はない。
日本刀に近いものであれば違和感なく使えるだろう。
材料の方は玉鋼の製造法だけを真桜に伝えた。
正直、日本刀の製造法を勉強するのと地獄の鍛錬に手一杯で鉄とか鋼のほうは全然手を付けることができていないのだ。
「ん~~~~~~~」
「やっぱ難しいか?そもそもこれは10人以上の人が関わってやる作業だから、普通は無理なんだよ。
無茶を言ってるのは俺なんだし、無理難題押し付けて真桜に何か起きることのほうが嫌だ」
「いいややる!こんな製法初めて聞いたし、俄然創作意欲が湧いてきたで!
これが成功すれば皆の武器ももっと頑丈にできるしな!さっそく取り掛からな!」
大会まで三ヶ月。
プロの職人、それも10人単位でもギリギリの期間だ。
それに仕上げ諸々を含めたら圧倒的に時間は足りないだろう。
ましてや真桜は日本刀なんて作ったことがないから大会までには完成しないと考えたほうが良い。
むしろ作れない可能性のほうが格段に高いと思う。
……いや、魏のオーバーテクノロジーこと真桜ならやってしまうかもしれない。
皆の武器強化とかも普通にやってるし、この時代にドリルとかカメラとかマイクも作ったしな。
これが真桜の新しい発見の足がかりになるかもしれない。
……そう考えると恐ろしいな真桜。
「やっぱり天の知識は違うなーウチの知らんことだらけやで!」
「無理するなよ?何か入用なら手伝うからいつでも声を掛けてくれ」
「あいよ!そんじゃ隊長も、華琳様ばっかやのうてウチらも可愛がってな」
「……何故知っているデスカ」
「そら華琳様の閨に行くの見かけたし、閨に行ったらやることはやるやろ?」
「……ソウデスネ?」
「隊長待っとったのは皆一緒なんやから、皆平等に相手せなあかんで」
にひひと笑いながらそう言ってくる真桜も、少し頬が赤くなっていた。
「あ!あと弁当ご馳走さん!琉琉にもお礼言っといてや!」
「はいよ」
真桜の工房を後にし、ひとまずは公休ということなので大会に向けて鍛錬を行う。
そのために自分にあった刀が欲しい訳なんだけど。
「……どれもでけー」
小さな物もあるにはあるが日本刀とはかけ離れている為使えない。
「……仕方ない、木刀作るか」
日本刀の事は学んだが、木の事はさっぱりなので木刀を作るのに向いている木材を何本か貰い削っていく。
海外での野生生活で培った木材生成術を活かす時が来ようとは。
コテージの修復作業も無駄ではなかったようだ。
いつも爺ちゃんとの稽古で使っていた木刀を思い出し、なるべくそれに近い形に削っていく。
何本かは失敗してしまったが、二本、何とかそれなりのものが出来た。
ヤスリで削って仕上げ、持ったり振ったりして具合を確認する。
「うん、悪くない……はず」
何度か振ってみても、稽古の時に使っていたものと差異は無い。
もともと名のある名工に作ってもらったような木刀でもなかったし、これに至ってはそう拘る必要もない。
「うし、やるか!」
両手で頬を叩き、気合を入れてから準備運動。
順番を間違えたかもしれないがそこは気にしないでおこう。
「お、一刀や~ん!おーい!」
素振りから始めようとしたところで遠くからブンブンと手を振り呼びかけてくる霞が現れた。
「霞、今日は仕事ないのか?」
「昨日一刀が帰ってきて今日から仕事~なんて誰も出来ひんやろ?皆休みやで」
「……それ大丈夫なの?」
「まぁ華琳の決定やし、ええんやないの?」
そんなもんか?いやそんなもんじゃないだろう。
「それより、一刀~早速華琳と寝たやろ。相変わらずでウチも安心したわ~」
「……それ真桜も知ってたんだけど」
「皆知ってんで」
「なんで!?」
「そらあんな堂々と華琳の閨に行ったら皆分かるやろ」
「えぇぇ……皆部屋に戻ってったじゃん。俺が華琳の部屋に行ったのなんてその後じゃん」
「戻ったふりして皆で二人の後つけとったしな」
「そっとしておいてくれる!?」
「皆虎視眈々と一刀の種狙っとるっちゅーことや」
「流琉の妙な反応もそのせいか!」
からからと笑いながらそんな事を言ってくる。
華琳が聞いたらキレるのではないだろうか。
……いや、華琳なら”あら、それがどうかしたの?”とか平気で言いそう。
なんならあの時既に皆がつけてたの知ってそう。
「んで、今から鍛錬するん?」
「うん、素振りだけどね。得物がないから稽古はどうにもな」
「あー確かになー変な癖ついてもあれやしなー」
「だから悪いんだけど、もし霞が俺の相手してくれようと来てくれたなら、無理なんだよ」
「まぁ一刀の相手できんのは残念やけど、ウチも今日は暇やし、ここで見てるわ」
「……マジ?」
「ええやろ~別に減るもんやないし~」
「いや、まぁでも霞は退屈だと思うぞ?地味だし」
「ええて。一刀の傍に居りたいだけやし」
そう言いながら霞は持参した酒を盃に注ぎ、飲み始めた。
「また勝手におらんくなっても困るしな」
「……もう勝手に消えたりしないって」
「なはは~」
霞が居座ってしまったが、本人は気にすることはないというのでそのまま鍛錬を続行することにした。
ひとまずは体を動かすだけなのでいろんな角度からの素振りをする。
どんな態勢からでも芯の通った一撃を繰り出せるようにと爺ちゃんに教わった方法でだ。
刀が最も斬れる軌道というものがあるらしく、それを体が覚えるまでやれと言われた。
振り方一つで切れ味も違ってくるらしい。
残念ながら俺はまだその境地までは達していないので、こうして素振りをする。
素振りを終え、しかしそれだけでは味気ないのでついでに動きも反復しておくことにした。
そして一通り終えたところで、ふと、ある考えが過ぎった。
「なぁ霞、凪って今何処にいるかわかる?」
「んあ?あーどうやろ。休み言うても凪やからなぁ……何か用あるん?」
「いや、まぁ別に明日でも良いか。警邏の前に集合するしな」
「それにしても一刀、鍛えたなぁ、前と体つき全然ちゃうやん」
「……熊と虎とニュータイプオールドマンと生活してたからね」
「なんや?それ」
脱いでいた上着を着直し、鍛錬を終える。
「あ、終わり?なら夕飯食べにいかん?」
「おお、いいね。何か美味い店とか増えた?」
「よっしゃウチのオススメの店連れてったる。期待してええで」
夕飯を終え、霞と別れた後部屋に戻ろうとすると、
「隊長!これから隊長の晴れ着を見に行くの!」
沙和が手を突き出し何やらポーズを決めながらそう叫んできた。
「……なんの?」
「勿論大会の時に着る服に決まってるの~」
「あぁ、そんなこと言ってましたね……」
霞と別れて帰ってきたばかりでまた街へ出かけるのか。
というか沙和の行こうとしてる服屋はまだやってるのか?
「……これじゃ駄目なのか?」
両手を広げ、着ている漢服を見せる。
朝方華琳の侍女が用意してくれたものを着ていた。
「そんな面白味も何も無い只の服なんかじゃダメなの!隊長は隊長らしく!
天の御遣いらしく、ビシっとかっこ良く決めるの!」
「これを作った人に謝りなさい」
「良いからい・く・の~~~」
「行くよ!行くから引っ張るなって!」
決して弱くはない力で引きづられるようにまたしても街へ連れて行かれる。
「というか服一式揃えるような金持ってきてないんだけど」
前の給金がそのまま残されてはいたがそれは今部屋にある。
そして華琳曰く、部屋の準備が出来たと言われ通された部屋は明らかに以前使っていた俺の部屋であり、そのまま残されていたように思えた。
やはり部屋はなくなったというのは嘘だったのだろう、解ってたけど。
「今日は下見するだけだからいいの」
「……服に下見って必要?」
「甘いの!むしろ今日は下見してから、隊長の国柄を全面に押し出したものを意匠して作るの!」
「そこまですんの!?」
「当たり前なの!今では天の世界風の意匠は流行の最先端だから、隊長がさらにそれを広げるの!」
「え、そうなの?……そういえば街の人も確かにちらほらそれっぽい服装の人達が居たかも」
もう沙和に至っては現代にそのまま行っても違和感なく馴染めるレベルである。
「もう店主さんには話を通してあるから早く行くの~」
沙和に引きづられて来た服屋はやはり記憶の中で幾度と無く来たことのある場所だった。
この店の店主と飲んでいるうちに現代の服のデザインの傾向や小物の話をして悪ふざけで作った記憶がある。
その店が今や流行の最先端を行く店らしかった。
確かにこの時代風景で店頭にメイド服が並んでいるのは異様だった。
「昨日隊長が着てた服だって初めて見る意匠だったの!何で今日はそんな布切れ着てるの!」
「お前職人さんに謝れ!」
これだって一生懸命作った人がいるんだぞ!
「とりあえず店の服を見てから隊長の話を聞いて、それから材料を注文するから作るのは少し後になるの」
「沙和が作るのかよ!」
「当たり前なの!世界で一着しかない隊長の戦装束を沙和が手掛けるの!」
どうやら沙和は生まれてくる時代と就く職を間違えてしまったようだ。
そして目をキラキラさせながら心底楽しそうに喋る沙和を見ていると、それに水を差すのも忍びなくなる。
「……じゃあ、沙和の発想力に期待するよ」
「隊長も一緒に考えるの」
「俺もか……」
いつも思うが俺の服装がどうこう言う皆の服装も中々に際どいと思う。
この時代にプリーツのミニスカートて。
しばらく店内を見まわり、同じ場所を何度も行き来し、同じような服を何着も見せられ、買い物という言葉に何か恐怖心を植え付けられそうになったころ、
ようやく沙和の中で満足したらしく、終わりかと思いきや次は現代のデザインやファッションについて聞かれた。
何故か店主に店の奥へ通され、居間のようになっている場所に俺、沙和、店主で座る。
店主は俺が戻ってきたということに泣くほど喜んでくれて話をするどころではなかった。
自分自身ファッションに詳しいわけではないのでコンビニや本屋に並んでいるファッション雑誌の表紙に写っているモデルを思い出しながらそれを伝えていった。
「ん~~やっぱり天の世界の発想は一味ちがうの~」
「真桜も似たようなこと言ってたな」
「え?真桜ちゃんも?」
「ああ、天の知識はやっぱりちが──」
そこまで言いかけた瞬間、店の外から悲鳴と共に爆発音が聞こえてきた。
それと共に
「確保!このまま連行する!立て!」
という、どこかの三羽烏の一人に似た声が聞こえてくる。
バラバラと何か、例えば破壊された木片等が降り注いでいる音も聞こえる。
それを聞いて思わず両手で頭を抱えた。
「……俺、警備隊の勤務明日からだから。まだ始末書は俺の仕事じゃないから」
「……現実逃避してる場合じゃないの。早く怪我人が居ないか確かめに行くの」
立ち上がり、恐る恐る店の外を覗くと、来る途中にあったはずの屋台何件かが消えていた。
「……突然現れた妖術使いが屋台を消し去った、でいけないかな」
「これだけ目撃者がいる中で出来るものならやってみろなの」
「……今までどうしてたの?」
「今までの凪ちゃんも一生懸命やってたけど、どこか元気が無かったから気弾での被害もそんなに無かったの。
今日からの凪ちゃんは一味ちがうの。隊長が帰ってきたおかげで凪ちゃんの調子も万全になったの」
「喜び故の弊害がここで……」
冗談もそこそこに、外へ出て状況を確認する。
幸いなことに一般の人に怪我人は一人も居らず、のびているのは凪に捕らえられた男だけだった。
兵を呼び、そのまま連行してもらい、改めてその場の惨状を確認する。
「……経費で落ちるかな」
「……落ちたことないの~」
「……まぁ、俺の前の給金も放置されてたし、なんとかなるだろ」
「隊長の何ヶ月分のお給金なんだろうね」
「一年は越えないで欲しいかな……」
皆で後片付けをし、周囲の人達に謝ると、慣れているとでも言うように笑いながら許してくれた。
勿論きっちりお金は要求された。
「その、隊長……申し訳ありません……」
「いや、うん良いよ。暴漢も捕らえられたし、凪は頑張ってくれたから」
しょんぼりしている凪が謝ってくるも、もはや恒例行事のようなものだったので懐かしくなり逆に嬉しく感じる。
凪の頭を撫でながら、そういえばと鍛錬中に思いついた事を聞いてみることにした。
「そういえば凪に聞きたいことがあったんだ。気って誰にでも流れてるものなんだよな?」
「は、はい、そうですが」
「じゃあ俺も気って使えるようになるの?」
「……そうですね、気は確かに誰にでも流れているものではありますが、それを武力として使うとなると誰でも出来るという訳ではありません」
「というと?」
「気の性質や容量は個人の体質によって大きく左右されていて、鍛錬でそれらを強化することは出来ますが、
そもそも気を攻撃手段に出来るというのはその性質が大きく関わってくるんです。
つまり、気の性質が武に活かす事に向いていなければ、気を扱うことに長けていてもそれを攻撃手段にすることが出来ません。
攻撃の性質を持たない気の使い手ならば華佗が良い例ですね。
あれは華佗の治療法に大きく貢献してはいますが、攻撃にはあまり向きません」
「マジかー。無駄になっちゃうかもしれないけど暇な時に気の使い方を教えてくれない?
大会までに出来ることは何でもやっておきたくて」
「勿論です!明日から、いや今日からでもやりましょう!」
「即答!?」
「自分は隊長の支援をすると言ったはずです!自分に出来る事があれば何でも言ってください!」
「お、おう、ありがとう。とりあえず今日はもう時間も時間だし、明日からお願いできる?」
「はい!」
「そういえば沙和達、隊長が大会に出るってだけで、どれくらい隊長が強くなったのか知らないの」
「俺もわからないよ」
「何で~?鍛錬してたら分かるものじゃないの~?」
「じゃあ沙和は春蘭にひたすら稽古でボコボコにされる毎日を送ったとして、自分がどれくらい強くなったかわかると思うか?」
「……わからないの」
「だろ?でも野生の中で生き抜く力は身につけたと自負してるから、野宿は任せろ」
「……期待してるの~」
沙和は俺の言葉に心底どうでも良さそうにそう返事をするのだった。
翌日、久しぶりの警邏に出ると、街の人は俺が戻ってきたことをすごく歓迎してくれた。
昨日の時点で気づいていた人も居たらしいが、何も聞かされていなかったし普通に出歩いてたしで別人かもしれないと思っていたらしい。
服屋の店主があのあと皆に触れ回ったらしく、それが発端でこうなったようだ。
行く場所行く場所で食べ物や物を恵んでもらえるが、食べ物以外は荷物になってしまうし高価な物も混じっていたので遠慮した。
班員全員に行き渡る量の桃まんが集まり、皆で食べながら街を回る姿はまるで威厳がない。
華琳にバレたら絶対に怒られる。
何の問題もなく警邏を終え、報告書を提出し、夕方から自由な時間になった。
風や稟、秋蘭や桂花と言った文官(?)達は忙しそうにしてはいるが、人手は今のところは足りているので武闘大会に集中しろ、ということだった。
優しさが胸に染みる。
でも違う方向で優しさを発揮して欲しかった。
真桜はあれから殆ど工房へ篭って武器制作に精を出している。
華琳もそれを了承しているし、何よりこれに成功すれば武器の質が大幅に向上するという旨を伝えた所、それが真桜の当面の仕事という事になった。
沙和といい真桜といい、明らかに職業選択を間違えていると思う。
しかも二人共そっちの道へ行っていれば間違いなく大成功していただろう。
それはさておき、今は自由な時間を使い、凪に気の使い方を教わっている。
「気の用途は何も自分のように気弾として放出するだけではありません。身体能力の一時的な向上にも使用できます」
「何それすごい」
「この鍛錬の目的は任意の部位の気を活性化出来るようにすることです。
では姿勢を楽にして、自分が触れている場所に集中してもらえますか?」
そう言い凪は俺の胸に手を当てる。
「手のひらに自分の気を集中しますので、それを感じ取ってください。何か少し引っ張られる感覚があるはずです」
言われて初めて気づくレベルではあるが、確かに凪に向かって引っ張られるというかむず痒い感触はある。
「それは自分の気の活性に釣られて、隊長の気が反応している証です。
これが感じ取れなければ酷ではありますが、素質がないものと思われます」
「感じる感じる。何か変なの」
「では手を離します。……まだ先程の感触はありますか?」
「うん」
「ではそれを移動させることはできますか?」
「……え?」
このむず痒いような感触を?
「……………………」
何とかしてみようとはするものの、さっぱりやり方がわからない。
力んだりもしてみたが何がとは言わないが漏れそうになるだけだった。
そして試行錯誤している間に凪の言っていた感触も感じられなくなってしまった。
「……消えちゃいました」
「焦ることはありません。最初から出来れば儲けもの、程度で試みただけですので、これから頑張っていきましょう!」
「うん、ありがとう、よろしく頼むよ」
それから何度も日が沈むまで凪に付き合ってもらったが、気を移動させることは出来なかった。
「ぐああああどう頑張っても出来ねええというかやり方がいまいちわからん!」
大の字に寝転がり、成果を得られなかったことに少しだけ苛立ちを覚えてしまう。
「こういうのは根気の勝負ですから、地道にやっていきましょう」
「ごめんなぁ凪、俺のために」
「隊長の力になれるのなら何でもします。そういえば隊長は武器が出来るまでは実戦的な訓練はしないのですか?」
「そうなぁ……出来ればやっておきたいんだけど、そもそも真桜に頼んだ製法だと3ヶ月ってのも短いんだよ。
だから大会までに出来上がるかもわからないんだよなー。木刀でも良いんだけど俺の望む形が無いから自分で削らなきゃいけなくて、
消耗品として使うにはコスパ悪いんだよなぁ」
「徒手空拳での戦いは教わらなかったのですか?」
「やったやった、ほぼ一方的に殴られてた記憶しかないけど」
というか爺ちゃんとの稽古を思い返すといつも一方的に殴られてた記憶しかない。
いつも殴られてんな俺。
「ならば自分がお相手しましょうか?
実戦の中で咄嗟に気を活性化出来るかもしれませんし、そこまで行かずとも何か切っ掛けを掴めるかもしれません」
「凪は良いの?凪も大会出るんだろ?俺の鍛錬ばかりに付き合ってもらう事になっちゃうと思うんだけど」
「構いません。自分にとっては隊長のお役に立てる事のほうが重要です」
「凪はいい子だなぁ……」
起き上がり、凪の頭を撫でつつ、
「でも皆でこっそり後つけるのはやめような」
「は!?、あ、あの、はい、……申し訳ありません」
少し顔を赤らめ、俯きがちにそう言うのだった。
「よし、じゃあ手合わせ頼むよ凪。……あんまり本気で来ないでね」
「はっ!全力でお相手させて頂きます!」
「俺の話聞いてる?」
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”キッツ~。一人でやる作業やないわあれ~」
「真桜。隊長に武器を依頼されたんだろう?進歩はどれくらいなんだ?」
「あっかんわ。自力じゃどう頑張っても無理や」
「え~、じゃあ隊長の武器は作れないの~?
しばらくしたある日、凪の日課と化した一刀との鍛錬を終えた後、凪達三羽烏は夕飯を食べながら話していた。
「正攻法じゃ無理やろなぁ……人員の増加も申請しとるし隊長もちょくちょく顔出してはいろいろ世話してくれるんやけどな。
しかしこの真桜様。目の前の困難から尻尾巻いて逃げる程落ちぶれちゃおらんで」
「何か打開策があるのか?」
「ふっふっふ、皆忘れてるんやないか?ウチが最も得意とするものは?」
「武器の強化なの」
「いや、確かにこの国の重臣さんらのは全部ウチが請け負ってるけど、そうやなくて、ウチと言えば?」
「…………?」
「長い付き合いのお前らが何でわからんねん!」
「あ!分かったの!」
「さすが沙和さんでっせ!」
「おっぱい!」
「ちゃあああああう!!!」
「え~、真桜ちゃんてばいつも布一枚しかつけてないから強調してるのかと思ってたの~」
「布一枚て……いや、もうええ、ウチが本来この類まれなる技術を駆使してきたのはカラクリに対してや」
「……ああ」
「そういえばそうだったの」
「その反応に物申したいことは山程あるけど今はええ。とにかくここまでやってみて、大体のやらなアカンことは把握した。
一人で無理なら、それを補うカラクリを作ればええってことや!」
「……それは間に合うのか?何か手が足りなくなる度に作ってたら時間が掛かって仕方ないだろう」
「ふ、それは努力と根性で補うところやで」
「要するに出来るかわからないってことなの~」
「あれだけ勿体つけていたくせに頼りないな」
「なんやなんや!ウチかて隊長が全力で大会に臨めるように頑張っとるんやで!魏のおーばーてくのろじーなめんなや!」
「なに?それ」
「わからへんけど隊長が言ってた。なんか凄そうやない?」
「そういえばその肝心の隊長はどうなの~?凪ちゃんと一緒に鍛錬してるみたいだけどいつもお仕事と被っちゃって見に行けないの~」
「せやなぁ……あの隊長やからなぁ、毎日凪にド突き回されてひいひい言うてんのちゃうの?」
「新兵といい勝負してたもんねぇ昔の隊長。凪ちゃんもあんまり隊長いじめちゃだめなの~」
「華琳様もせっかく戻ってきてくれた隊長に酷い仕打ちやで」
冗談交じりに笑いながら昔の一刀を思い出し、二人は笑う。
「強いぞ」
二人の冗談に凪は冷静にそう言った。
「なにが?」
真桜達の中で一刀が強いというイメージが皆無だった為、何に対して凪が強いと言っているのか本気で分からず、そう返す。
「隊長は強いぞ」
「え~……信じられないの~」
「強い言うてもあれやろ?凪にド突かれても気絶せんようになったくらいのもんやろ?」
「凪ちゃんは隊長の事大好きだからそう言いたくなっちゃうのもわかるの~」
「凪……ウチらかて隊長のこと好きやけど、あんま過度な期待は隊長に酷やで……」
まぁまぁと凪を宥めるように肩を叩くが、凪の様子は至って冷静で冗談を言っている訳でも過大評価しているわけでも無さそうだった。
「……ホンマに?」
真桜の問いに凪は黙って頷く。
「ぐ、具体的にどれくらいなの?」
「そうだな……」
沙和の問いに凪は少し思案して、
「少なくとも、沙和と真桜よりは強いぞ」
そう言ったのだった。