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4 帰還

華琳との再会を果たし、それを風がニヤニヤしながら見ていた。

そして、あんなにうるさかった宴の騒ぎがいつの間にかピタリと止んでいる事に気づいた。

シーンと静まり返り、話し声一つ聞こえない。

華琳を抱きしめていた腕を解き、振り返る。

そこには、直前のポーズのまま停止し、一刀を見ている皆が居た。


その場にいた鈴々や翆、恋の物を食べる音だけがする。

当の本人達は何故いきなり静かになったのかわからず、不思議そうな顔をしながらハムスターのように口一杯に物を頬張り咀嚼している。


風よりもマイペースかもしれなかった。


華琳に背中を押され、皆の前に出るよう促される。

いきなりすぎて魏の皆はびっくりしているし、蜀や呉の面々はほとんど自分の顔を知らないのではないだろうか。

なにせ戦場では殆ど後方に陣取っていた身だ。知らなくても不思議ではない。

そうじゃなくても、戦う力のなかった自分は戦場で名乗りを上げる機会などあるはずもなく、やはり顔を知るものは少ないと思われる。

そんな中、いきなり一人の男が登場し、魏の面々が固まっているのだから不思議に思うのも無理は無い。

天の御遣いと言われ初めてピンとくるレベルだろう。


「一刀や……」


最初にそう呟いたのは霞だった。

目をうるうるさせ、しかし嬉しいのだろう、口元には笑みを浮かべている。


「かず──」


霞が一刀の名を叫ぼうとした瞬間、霞の横をものすごい速さで駆けていく者がいた。

そしてそれはそのまま一刀の腹部目掛けて突っ込んでいった。


「凪どぅっへぇッ!?」


そのまま一刀にタックルしたのは凪だった。

まるでアメフトでも見ているように見事なタックルをかまし、そのまま地面をコミカルに滑っていく。

ベアハッグのごとく締めあげられるかとも思ったが、凪はそのまま一刀の胸に顔を埋め、動かなくなる。

何かを言うでもなく、そのまま数秒の時が流れると、一刀の胸に顔を埋めていた凪が啜り泣いている事に気づいた。

仰向けになりながら凪の頭を撫でてやると、やっと凪は顔を上げ、一刀の顔を見た。


「ずっと……お待ちしておりました……」


「……うん、ずいぶん待たせちゃったな」


「ずっと、私は信じていました……!」


一人称が”私”になってしまうくらい、今の凪には周りを気にしている余裕などなかった。

ずっと待っていた人がやっと帰ってきてくれたのだ。


ゆっくりと上半身を起こしても、凪は離れようとはしなかった。


「ただいま、凪」


「う……うううああああああ…………っ」


一刀がそう言うと、凪は声を上げて泣いた。

子供のように泣いた。

一刀の胸に顔を押し付けながら、周りを憚ること無く泣いた。


そしてその二人の周りを、固まっていた魏の面々が次々と走りより、囲むようにして集まってくる。


「隊長や~~~~!!なんで!?なんでなん!?」


「凪ちゃ~ん沙和にも抱きつく場所開けて欲しいの~!」


「一刀~~~!!やっぱりや!絶対帰ってくる思ってたんや!一刀がウチとの約束破るわけなかったんや!」


「稟ちゃん稟ちゃん。鼻血出して倒れてる場合じゃないですよ、ほら、お兄さん帰ってきました」


「ふへ?」


いつの間にか風も混ざり、何故か鼻血を出して倒れていた稟を起き上がらせている。


「にいひゃん!!!」


そう呼ぶ季衣の口には大量の食べ物が詰め込まれていた。


「今までふぉこいっふぇたのふぁ!!」


「ひいい!季衣!飛んでる!咀嚼された限りなくペースト状に近い食べ物だった何かが!」


しかもすげぇ混ざってる!


「兄様!」


「流琉も元気そうで良かったよ」


そう言うと流琉は目の端に涙を溜めながら、怒りをぶつけてきた。


「元気なものですか!兄様がいなくなってどれだけ辛かったと思ってるんですか!華琳様がいきなり兄様は消えたなんていうから!

 もう何がなんだかわからなくて……!でも、そんなの信じたくないし信じられるわけないし……!」


そしてようやく口に含んでいたものを全て飲み込んだ季衣も加わり


「そうだよ!僕達二人で華琳様の言うこと聞かないでお城飛び出して兄ちゃんの事探しに行ったんだよ!

 でも誰もそんな奴知らないっていうし、お城に帰ってから春蘭様にすごい怒られたんだから!」


「そこは華琳じゃないんだな」


「華琳様は頭をなでて許してくれだよ。でもそれじゃあ下の者に示しがつかないとかで春蘭様が……」


「お、おう。それは俺の知っている春蘭なんだよな?」


「冗談言って誤魔化そうとしてもダメだよ!……ぅぅぅぅううううう!!!」


怒りを言葉にできず、どうしていいのかわからないのだろう。

あの幼かった二人も少しだけ成長し、どこか大人びた雰囲気も見える。

……中身はそのままだけど。

でも、それが嬉しかった。


座っている俺に凪が抱きつき、両腕には沙和と真桜が抱きつき、そして首に季衣と流琉が巻き付いていて、その更に周りを他の皆が囲んでいるという

なんともカオスな状態が出来上がっていた。


「一刀殿、言いたいことは多々ありますが、今はおかえりなさい、と言っておきましょう」


稟は眼鏡のズレを直しながら、相変わらずの澄ました態度でそう言ってくれた。

言ってくれたのは嬉しいし、稟にまた会えたのも泣いて喜びたい。

只一つ気になる点があるとすれば鼻血が垂れているところだろう。

でもそこも変わらない彼女を見れたようで嬉しかったりもする。鼻血だけど。

霞はもともとかなり酔っ払っていたところに朗報が飛び込んできて、更に酒を飲んでもうベロンベロンになっていた。

多分、今あまり絡んでこない分、後日俺はあれに付き合わされることになるだろう。


「北郷」


皆が騒いでいる中、落ち着いた声で話しかけてきたのは秋蘭だった。


「よく帰ってきてくれたな」


「うん、どうやって帰ってこれたのかは相変わらずわからないんだけどね」


「ふふ……いかんな」


そういうと、秋蘭は指で目元を少し拭った。


「秋蘭……」


「お前と話したいことは沢山ある。それに礼も言えていない」


「礼?」


「お前が、存在を掛けてまで私を救ってくれた礼だよ」


「……そんな大げさなものじゃないって。俺が秋蘭に生きてて欲しかったからだよ」


「あぁ、ありがとう。だがそれをされた私の身にもなれ。

 なに、これからはいくらでも時間があるんだ。

 命を救われた礼を、これからずっと返していくさ。

 お前が拒否してもな」


そして秋蘭が話していると、その背後から先ほどまで酔っ払っていたはずの春蘭が真顔で歩いてきた。


「北郷……」


顔を見た瞬間手が出てくるかと思っていたが、皆が俺に巻き付いている状態でそれは出来ないと踏んだのだろうか。

怒っているようなそうでもないような微妙な表情の春蘭が取った行動は予想外のものだった。

胸ぐらを捕まれ、先ほどのデレデレしていた態度など微塵も感じさせない気迫をぶつけてくる。

そして、


「うわああああああああああああああああああああん!!」


「ええ!?」


やはり酔っ払ったままだっようで、大声を上げて泣き始めてしまった。


「お前ぇなんで勝手にいなくなるんだぁ!華琳様がどれだけ寂しがっていたかわかっているのかぁ!」


泣きながら怒鳴られる。

しかも酔っ払っているので力加減が出来ておらず、俺に巻き付いている凪達と一緒に前後に振られる。


「毎夜毎夜華琳様がお前の名を呼んで夜空を見上げてる姿を知っているのかぁ!綺麗だった!」


「うん……うん?」


「悲しそうな華琳様なんて見たくないんだぁぁぁでもやっぱり綺麗だったんだぁぁぁ!!」


「春蘭?おい?」


泣き喚き、もう何を言っているのか聞き取れなくなってしまったがとりあえず華琳の憂い顔が綺麗だったということだけは伝わった。


「わだしも寂しかったぁぁぁぁ~~~~~」


「わかったよごめんって!俺も今の春蘭にどうリアクションすればいいのかわからないからとりあえず素面の時に話そう?な?」


そう言って頭を撫でると


「う”ん”」


思いの外素直に言うことを聞いてくれた。

秋蘭に引き剥がされ、そのまま秋蘭に泣きついてしまった。


「ふふ。今姉者はこんなだが、本当に寂しがっていたんだ。それだけはわかってやってくれ」


「……うん、ごめんな、春蘭。それと、ありがとう」
















そして、少し離れたところにその子はいた。


「桂花」


「……なによ」


「これからまたよろしくな」


「ふん。そのままずっと消えていればよかったのに」


毒舌を吐いてはくるが以前のようなキレがないのは、彼女がこっちを向かないことに関係があるのだろう。

すこし俯き気味で後ろを向いている桂花の体が震えているように見えるのも、気のせいではないのだろう。


「調子いいのよ。勝手に居なくなったくせにいきなり戻ってきてよろしくだなんて。どれだけ責任感皆無なのあんた」


「ごめんな」


「謝れば済むと思ってるの?頭腐ってるんじゃないの?」


皆にすこし待っててもらい、立ち上がり桂花に近寄ろうとすると、予想通りの反応が帰ってきた。


「こっち来ないで。誰もがあんたの帰還を喜んでるなんて自意識過剰な事思ってるんじゃないでしょうね」


その毒舌に、その場に居た皆は怒ることもなく、むしろやれやれと言うように仕方なさそうにしている。


「あんたなんて……居なくても、私には何の関係もないんだから」


「桂花」


「……こっち来ないでって言ってるでしょ」


そうやって拒絶する彼女は、近寄っても逃げる様子などなく、むしろ待ってくれているように見えた。


「あんたが居なくたって、私はちゃんとやっていたし……むしろいつも以上に仕事は捗っていたわ」


「それは桂花ちゃんがお兄さんに日常的にしていた事が出来なくなったからでは~?」


「黙ってなさい風」


風の茶々にもそう返す桂花に、もう触れ合えるくらいの距離まで近寄ると、そのまま俺の胸に背中を預けてきた。


「私に触れたら刺し殺してやるから」


「……はいはい」


自分から触れてるだろ、という野暮なツッコミは言えなかった。

俺に背中を預ける桂花は、更に俯き深くフードを被り、そして鼻を啜る音が聞こえてきたから。

その様子に皆も呆れたように笑い、優しいまなざしで桂花を見ていた。

そのままフード越しに頭を撫でても、


「触ったら殺すって言ってるでしょ」


と、言葉のみの拒絶だけ。


「気のせい気のせい」


背中を預けている桂花は、普通なら気づくかどうかというくらいにすこしだけこちらの手に触れてくる。

それに気づき、その手を取り握り、何か毒舌が飛んで来ると思ったがその予想は外れた。


「……触るな」


「気のせい気のせい」


拒絶の声もどんどんか細くなり、終いには空いている方の手で目元を拭いだしてしまった。








5年だ。

5年も待ち望んだんだ。

何の手がかりも得られず、只自分を高める事しか出来ることがなかった。

ひたすらに、寂しさを誤魔化すことしか出来なかった。








「暑苦しいのよ。さっさとあっち行きなさい。うるさい三人組がこっち見てるわ」


しばらくそうしていると、桂花がそう言いながら離れた。

すこし名残惜しいものの指された方へ視線をやると、











「一刀~~~~~~~~!!!」


「天和!地和!人和!」


走ってくる三人。

その中でも一番身体能力の高いであろう地和が一番最初にこちらへ到着しそうだった。

そして飛びついてくるかとおもいきやこれも予想外の行動を取られる。


「せいやぁ!!」


気合一閃。

地和から繰り出された助走つきの全体重を乗せた正拳は見事にストマックを貫いた。


「うぼぁ!?」


そのまま倒れ地面を滑る俺の上に天和と人和が覆いかぶさる。


「ぐへぇ……!」


重いとは口が裂けても言えないが、勢い良く飛び込んできたのに加え、人二人に乗られるとやはり重い。

しかし天和が顔付近に飛び込んできたものだから、その豊満な2つの果実が押し付けられる形になりすこしだけ気力が回復した。

まさに天国と地獄。


「一刀さん!」


「一刀~!もう会えないかと思ってたよぉ~!」


「あんた、ちぃ達放って何勝手にいなくなってんのよ?ぶっ飛ばされたいの!?」


「行動と言葉の順序が逆だよ!?」


既にぶっ飛ばされた腹部を抑えながら思わず叫んだ。


「ずっと……ずっと待ってました」


「そうだよ~涙で枕を濡らしてずっと待ってたんだからぁ」


涙で頬を濡らしながら、それでも嬉しそうな笑顔を浮かべてくれる二人。

そして殴った地和もおずおずと二人に紛れ抱きついてきた。


「ありがとう。天和、地和、人和。またこれからよろしくな」






そして仰向けで倒れている俺は大きく息を吸って、腕を突き出しながら叫んだ。







「ただいま!!帰ってきたぞおおおおお!!」






そう叫ぶ一刀を蜀や呉の面々はポカンとして見ていたが、魏の皆は一緒になって叫んだ。


嬉しくて、本当に嬉しくて、大声で叫びながら、また涙が溢れてくる。

本当に涙腺が緩くなりすぎてしまった。


片手で目を覆い、腕を突き出し叫びながら泣いている一刀に、次々と皆が飛び込んできて大変な事になった。

一刀に釣られ、騒ぎながら泣く者も居る。

でも、その涙は今までの涙とは違うものだ。

今この時は、泣きながら笑うという変に器用な感情表現しか出来なかった。


そんな一刀達を、華琳、秋蘭、桂花は嬉しそうに眺めていた。


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