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23 愛 後 作戦会議

更に華琳さんのターン。

少しあれな描写があるかもしれないので苦手な方はブラウザバック推奨。

── 華琳視点 ──



正直、一刀が抱きしめてきた時、平静を保つのに必死だった。

一刀の言うとおり、彼に抱きしめられたのが久方ぶりだということもだっただろう。

一刀が眠っている間、私が”そういう気分”にならなかった事もあり、閨にも、誰も呼んでいなかったのもあるだろう。

だから、あの不意打ちは、私の平静を容易く壊してくるくらいには、破壊力があった。


それでも、平静を保てたのは、あの時一刀が私に求めたのが、安らぎだったからだ。

今更になってようやく、本人が気づかないくらい小さくはあるが、自分が死の淵に立った恐怖心が出たのだろう。

安心を求めて、一刀は私の体温を求めたのだろう。

そう思い、私は緊張や高揚を抑え、彼を包容した。


嬉しさもあった。

彼の求める安らぎが、私であること。

私を抱きしめる力の強さが、彼が私を求める想いの強さと同じ気がして。

とはいえ、自分が素直ではないことは自分が一番知っている。


だから、ここで私を抱けば、傷が開くなどという事を言った。

でも、あそこでもし、彼の我慢が効かず、私を押し倒したなら、それを拒否するつもりは毛頭なかった。

それでより彼に安らぎが与えられるなら、好きにしてもいいと思ったから。

彼が私を求める事で、私も彼の生を実感できると思ったから。


一刀が”甘える”事は珍しい。

彼は、私達には良く尽くしてくれる。

それは、私達の愛情に応えようと彼なりに頑張ってくれているから。

尽くしてくれるから、自分が受け皿になろうとする。


実際、前もそうだったが、彼は受身であることが殆どだ。

それは彼が帰ってきてからより顕著に表れている。

皆にとって、頼れる存在であろうとするから。

だから、私にだけ”甘える”という行為を見せる彼にとって、私は特別なのだろうと自負している。


これは自惚れでも自意識過剰でもなく、事実だ。

勿論、彼は皆に本気の愛情を注いでいるのは見ていれば解る。

皆を守りたいが為に、彼が毎日努力していることを知っているから。

そんな彼が唯一、あの姿を私に見せる事が嬉しい。

たまらなく愛しくなる。


そんな中で、あの言葉だ。

自分の家族や思い出よりも、私に触れている”今”が幸せなのだと。

その言葉は、私の胸の奥をじんわりと暖かくした。

こんな”当たり前”の事を、彼は何よりも幸せに感じてくれている事に、どうしようもない幸福感が包み込む。


そして、直球でぶつけてくる愛の言葉。

”愛してる”なんて。

不意打ちで言われた瞬間は動揺を隠すのに必死だったが、その後に続いた言葉で、私の中からこみ上げてくる愛情を抑えられなかった。

私達を想い続け、帰ってきても尚努力を続け、死に掛けてまでそれを実践している彼が、”もっと頑張るよ”と。


それを彼が言う事で、どれだけの重みが加わるかを知っているから。

だから、それを聞いた時、それらしいことを言って、思わず一刀に口付けをした。

胸からこみ上げる愛情を少しでも彼に流し込むように、深く、口付けをした。

そして、彼もそれに応えてくれた。


私も少し、素直になろうと思っての言葉だった。

”愛しているわ”などと、柄ではないのは解っている。

それでも、それを伝えることで、彼の求めるものに少しでも応えられると思った。

それに、雪蓮達が覗いているのはもう知っていた。


彼女達が、一刀の記憶を覗いた事で、少なからず彼を想い始めている事も。

だから、これは彼女達に対する牽制だ。

我ながら子供のようだとは思うし認めたくは無いが、やはり自分の事は自分が解ってしまう。

”嫉妬”と”独占欲”だ。

一刀は、私のものだと。


彼は気づいていないようだったが、私が普段言わない事を口にしたことで、

あまり見ない、真っ赤に頬を染めた表情で、恥ずかしさに耐え切れなかったのか、より抱きしめる力を強め、私の首筋に顔を埋めた。

そして、彼の激しい鼓動が、私の心臓に直接伝わってきた。

その事も、私は愛しく感じてしまう。


素直に思う。

あぁ、私は、一刀を、どうしようもなく愛しているのだと。



































── 一刀視点 ──



村を出立してから程なく、俺達は呉の首都、建業に辿り着いた。

本当に半日程度で着く距離だったようで、雪蓮が頻繁に行き来できていたのも理解した。

それでも半日掛かるのだから余程暇じゃないと無理なのだが、呉の状況は良くわからない。

劉備や関羽、華琳は俺が眠っている間に一度帰っていたようで、

華琳に至っては帰ってそのまま溜まった仕事を異常な速度で片付け、すぐにこちらへ戻るというハードワークをこなしていたらしい。


申し訳ない思いと同時に、俺の為にそんな無茶なスケジュールをこなしていたのだと思うと少し嬉しく思う。

いや、俺が大怪我しなければそんな事にはならなかったんだけど。


城への道中、建業の町並みを見て思うのは、洛陽とはまた違う、ここ独特の空気を持っているということ。

今の洛陽は俺の居た現代での知識やそれに近しい物を作ったり、システムを組み立てたりしているため、進んでいるといえば進んでいる。

しかし、ここは古き良きといえば良いのか、この時代、この国にしっくり来るような町並みだった。


……まぁ、洛陽は俺のせいでメイド服とか現代風の服とか料理が店頭に並んでるから、俺が景観を損ねたと言えなくも無い。

クッキーとか普通に並んでるもんな。

ここにも広めてみようか。

いや、気楽に作ってくれる間柄にならないことにはダメだな。


「そういえば、星はどれくらい……いや、星はというか俺も何だけどどれくらい滞在するの?その辺の話何も聞いてなかった」


「私は一月程でしょうか。一刀殿程ではないとはいえ、人生で一番の怪我でしたからな。趙子龍、一生の不覚です」


「ちなみに貴方の期間は未定よ」


「え?」


華琳の言葉に思わず聞き返した。


「未だに一人で馬にすら乗れない身体なんだもの。そもそも、華陀の診断によれば以前と同じ位に回復するまで半年は掛かると言われているのよ。減衰した貴方自身の氣も含めてね」


「なっが」


そう、何を隠そう俺はここに到達するまでに、交代で皆の馬に乗せてもらっていたのだ。

恥ずかしすぎて泣きそうになった。


「まぁ、そこまでここに滞在しなくてもいいのでしょうけど。体力さえ戻れば帰って来れるでしょうし」


「寝てた分全身の筋力もかなり落ちてるみたいだし、もとに戻さないとなぁ」


「今日からやるなんて言い出したら鎖よ」


「ひとつの罰みたいになってるなそれ」


それが罰にならない奴も結構いるけど。


「それにしても、ここに来るのも割と久しぶりね」


「そうねぇ。華琳が春蘭達を連れてきたのが丁度一年前くらいね」


「へぇ。お互いの国に行き来してるのか」


「それはそうでしょう。いつも私の国に来ているようでは呼びつけていると思われるじゃない。

 それに、こうして別の国へ足を運ぶとそこにしかないものに気づいたりするものよ」


「ふぅん。俺はここに戻って来てから見るもの全てが新鮮だけど」


「自分の国へ帰って、またここへ来た感想は?」


「エアコンが欲しい」


「えあこん?」


「エアコントローラー。冷たい風も暖かい風も出る魔法のからくり」


「……信じがたいからくりね」

















「それじゃあ、私は一刀と華琳を部屋に案内してくるから、蓮華は桃香達をお願いね」


「わかりました」


「……孫権さんが王なのでは?」


「……こういう時は大人しく従っておかないと面倒臭くなるのよ」


「そ、そうですか……」


疲れた溜息を吐きながら言う孫権に、俺は何も言えなかった。

城へ到着してからすぐ、とりあえず部屋へ案内するといわれ、華琳と共に雪蓮の後へ着いていく。

城の中も、やはり俺達の城とは違った雰囲気を持っていた。


まず服装からして違うからな。

ここの特色が出た服を着ているというのもそうだが、ここにはメイド服姿の侍女が居ない。

当たり前なのだが、やはり新鮮である。


「一刀と華琳は隣部屋ね。近いほうが何かと便利でしょう」


「あら、そんな心遣いをしてくれるとは思わなかったわ。それとも、また一刀の甘える姿が見たいのかしら」


「だからね!?」


その話はもう良いから!


「人の厚意は素直に受け取っておくものよ~。まぁ、私の部屋もすぐ隣なんだけど」


「素直に喜べなくなったよ!」


もう人を信用できなくなりそう。


「とりあえず、一休みしてて。夕飯になったら呼びに来て上げるから。ここで華琳と励んでも大丈夫よ」


「何を!」


良い笑顔でそんな事言うな。


「そう。それじゃ遠慮なく楽しませてもらうわ」


「乗らなくて良いから!」


「それじゃごゆっくり~」


そう言いながらパタパタと手を振り、雪蓮は部屋を出ていった。

それと同時にひとつ、大きく息を吐き、寝台へ座る。


「お疲れ?」


「いや。皆に乗せてもらったから疲れてはいないよ」


「そうかしら。私には疲れているように見えるけど」


「そうかな。まぁ、ずっと寝台の上だったのがこうして遠出した訳だし、ちょっとはあるのかもね」


俺がそういうと、華琳は寝台に座っている俺の横に腰掛ける。


「うまい具合に前髪で隠れているわね」


華琳が手を伸ばし、俺の前髪を少しだけ持ちあげる。


「もう少しずれてたら失明してたなこれ。何でこうなったのかも解らないけど」


「出血も酷かったし、浅い傷ではないものね」


「まぁ、それより、華琳はいつまでここに居られるの?」


「そうね。私にしか判断できない仕事はとりあえず持ってきて処理した後に凪たちに持たせたから、別に急いで帰る必要もないのだけど」


「……持ってきたんだ。そういうのって他国だとまずいんじゃないの」


「そうなったら同盟も終わってしまうかもね?」


「物騒だなぁ」


とりあえず、華琳は今フリー状態らしい。

珍しい事もあるもんだ。

まぁ多分、俺の為に無理やり空けてくれているのだろうが。


「夕飯まで時間あるみたいだし、街に出てみる?」


「その身体で歩き回れる訳無いでしょう」


「歩くくらいなら平気だけど」


「それに貴方の今の状態では、ゆっくり過ぎて朝になってしまうわ」


「亀か何かか俺は」


「似たようなものよ」


「じゃあ……ここでゆっくりするしかないけど、良い?」


「何か都合が悪いの?」


「いや、華琳がつまらないんじゃないかと思って」


「別に楽しもうなんて思ってないわよ」


「さいですか」


正直俺も今、少し目蓋が重い。

華琳が居るから寝ることはしないが、街へ出るのは少しだけ億劫ではある。


「眠いみたいだしね」


「……ほんと、よくわかるね」


眠い仕草なんてしてないんだけどなぁ。


「横になればいいじゃない」


「いや、華琳が居るのに寝ないよ」


「ほら」


華琳は自分の膝をぽんぽんと叩く。


「……マジ?」


「貴方がしたくないというのなら、無理にとは言わないけどね」


「是非お願いします」


即座に頭を下げた。


「はい、どうぞ」


華琳は寝台の枕元に、脚を崩して座る。

露になった華琳の白い太ももに頭を乗せると、少し微笑みながら俺を見下ろす華琳の顔が目に入る。

そして、俺の髪を優しく梳き始めた。


「何か、ここ最近ずいぶん優しいね」


「あら、私はいつでも優しくしているつもりなのだけど」


「なら言い方を変えて、いつもより優しいね」


「どうしてかしらね。……私も、柄じゃないのは解っているのだけど」


「……そんなことないよ」


「嫉妬、独占欲、……あとは何かしらね」


「華琳が誰にそんな感情を抱くんだよ。……いや、確か季衣と霞には嫉妬してたね」


「よくそんな昔のことを覚えているわね」


「その後の行動が強烈だったからね」


「あぁ……気持ちよかったでしょう?」


「生殺しだったよ」


「ふふ、またしてあげましょうか?」


「今度こそ押し倒すよ」


「別に私は構わないわよ」


「……いや、また見られてるかもしれないからやめておく」


「見せてあげれば良いじゃない」


「それが出来るのは華琳くらいだよ……」


桂花にド変態プレイさせてそれを見られても続行させるくらいだからな。


「まぁ、私も少し、素直になってみようと思って。……じゃないと、後悔しか残らないから」


「…………」


「別に、貴方を責めてる訳じゃないのよ。これは、只の反省」


「……俺は、別に無理に何かを変える必要はないと思うけど」


「言ったでしょう、これは反省なの」


二度、同じ経験をしなければ解らない自分に、華琳は呆れと共に、吹っ切れたようだった。

一刀へ素直に愛情を伝える事に、躊躇う必要はない。

らしくない、などと言っているから、彼が命の危機に陥ったとき、後悔が襲い掛かってくるのだから。





















── 華琳視点 ──


話している彼の顔を見れば、既に目蓋が半分落ちている。

それでも私と話そうと眠らない事をほほえましく感じる。


「眠い?」


「……少しだけ」


「そう」


一刀の髪を梳いていた手を、彼の目に置き、目蓋を閉じさせる。


「目を瞑っていればすぐに眠れるわ。夕飯になったら起こしてあげる」


「……華琳も疲れてるなら、部屋に戻っても大丈夫だから」


「私のことは気にしなくて良いの。それに、この程度で疲れているようでは王は成り立たないわよ」


「……うん」


もう、あまり話も頭に入ってきていないのだろう。


「大人しく寝なさい」


「……うん」


「おやすみ」


「……おやすみ」


目に置かれた私の手を、一刀は少しだけ握り、すぐに寝息が聞こえ、その手は落ちた。

一刀が眠ったのを確認し、眠りに落ちた彼の手を握ると、弱く握り返してきた。

昔の自分からは考えられないような行動をしているのは解る。

こんな甘やかすことなど無かった。


素直になるとは言え、すぐに愛の言葉を降らすのは羞恥心が邪魔をする。

だから、少しずつ、行動で示していこうと思う。

私の行動を、一刀も不思議に思ってはいても、それを追求してくることはしない。

私がどんな考えでこういうことをしていても、彼には関係ないのだろう。


自然に見守っていこうと思っているのだろう。

やはり、彼は受身だ。

優しいねという言葉に、私はそれをはぐらかした。

そして、それ以降、彼は何も言わなかった。


逆に、柄ではないと言えば、そんなことはないと言ってくれた。

眠っている一刀の髪を撫で、窓の外を見る。

太ももに感じる彼の重みが、私の心を満たしていく。

”甘えて欲しい”という私の想いに、彼は何も言わずに”甘えてくれる”。


甘えているのは、私だ。

その証拠に、私は未だ、国に帰らないでいる。

彼の死を感じ、一番おびえていたのは私なのだろう。

目の前で”二度目”は、無理だった。


誰も居らず、一刀は寝ている今だけ。

ほんの少しだけ、弱くなろうと思う。


彼が死なずに生きていてくれたこと。

こうして私に触れてくれていること。

私の想いに応えてくれること。


心の底から安堵し、少しだけ、涙を流した。

すぐに涙を拭き取り、一刀の寝顔を見つめる。


いつもの、優しい彼の顔。


「……好きよ。愛してる」


気恥ずかしいが、誰も聞いていないので声に出す。

今度は冗談交じりの雰囲気ではない。

一刀も反応はなく、寝息を立てている。


それからしばらく、二人だけの静かな時間が過ぎる。

そして日が落ちて間もなく、そろそろ夕飯かと思い始めたところへ、雪蓮が入ってきた。


「……お邪魔だったかしら」


「別に構わないわよ」


「夕飯なんだけど……どうする?」


雪蓮の問いに、私の膝の上で寝ている一刀の顔を見る。

夕飯時に起こすとは言ったものの、今の彼を見ていると起こすのが忍びない。

疲れているなら、無理に起きて食べる必要もあるまい。


「……あとで、厨房で簡単なものを作りに行っても平気かしら」


「まぁ、問題ないけど……熟睡?」


「ま、久しぶりの遠出……と言ってもそこまで遠い場所ではないけれど、病み上がりの身体と体力で疲れたのでしょう」


「これだけ話していても起きないしねぇ」


そういうと、雪蓮は寝ている一刀の顔を覗き見る。


「……とても、あんな飛びぬけた殺気を放ってた者と同一人物には思えないわね」


「本人が一番そう感じてると思うわよ」


どこか幼ささえ感じさせる寝顔に、雪蓮は軽く笑う。


「それにしても、華琳がここまで骨抜きとはねぇ……」


「何よ」


雪蓮の視線が、未だ繋いでいる一刀と私の手を見ているのは解っている。


「何かもう、こうして見ると主君と臣下ではなく、只の恋人同士ね」


「仕事外だもの。この時間までその関係に従事する必要はないわ」


「覇王も形無しね」


「こういう事に関しては意地を張り続けても、残るのは後悔だけと学んだからかしら」


「……あの、貴方が言うと一気に重い話になるからやめてくれる?」


「そんな真面目に捉えなくて良いわよ」


「あぁ、そういえばお風呂も入れるけど、使う?」


「あら至れり尽くせりね。ありがたく使わせてもらうわ」


「……別にするなとは言わないけど、ちゃんと使用中の立て札は立てておいてね。あと掃除も」


「貴方は何を言っているの?」


「もし蓮華や亞莎あたりが目撃しちゃったら卒倒しちゃうから。さすがに全裸で卒倒は可哀想でしょ?」


「稟みたいね……」


あれはもう末期のような気もするけど。

何をしても鼻血を噴いて倒れるものだからろくに触れられない。

一度それでも強引にしようとしたら、稟の命が消えかけた。

さすがの私もあれには肝が冷えた。


「さてと。あんまり邪魔しちゃ悪いから、私は退散するわ」


「本当に邪魔ではないのだけどね」


「一刀を見る度にそんな慈愛の篭った視線してるのを見せられるこっちの身にもなって頂戴」


そう言い、雪蓮は部屋を出て行った。

後で自分で夕飯を作りに行くとはいえ、あまり遅くなるのも悪い。

もう少ししたら起こして食べさせよう。

流琉や華陀も言っていたが、体力を戻すにはやはり食事が重要らしい。


まぁ、普通に考えればその通りだろう。


「ふぅ……後悔、ね」


一息つき、華琳は自分の言った後悔という言葉について考えた。


一刀の日本刀に残った”仙氣”の記憶で垣間見た、一刀の心の内。

そこには、彼がこうなるに至った理由がはっきりと映っていた。

私は現場を見たわけではなく、報告を聞いただけだった為に、詳しい状況を知らない。

一刀も、目の前で殺されたとだけ。

以降、それについては一言も話さない。


でも、見てしまった。

一刀の腕の中で、徐々に命が消えていく女性。

その傍らに倒れている男性。

あれが、明花の両親なのだろう。


目の前にはゲラゲラと下品な笑いをあげる賊の集団。

一刀はあれを惨殺したのだろう。

あれを見た者全員が、その時の一刀の想いを共有したようだから、あの燃え盛るような怒りも、まるで自分の怒りのように感じたことだろう。


そして、彼が再起不能となる程の傷を受け、意識が朦朧とした時に見た夢。

一刀の中にその出来事が強く残っているのは知っていた。

それでも、動けない身体を無理やり動かし、意識もはっきりとしない状態で、気力だけで戦ってしまう程とは思わなかった。

戦争とは全く別の、抵抗力の無い命が無用に蹂躙されるのを目の前で見てしまった。

ここに戻ってこなければ、あんな体験をすることもなかった。


後悔していないかと問えば、彼は後悔していないと答えるだろう。

それは本心だろうし、彼もここに居ることを望むだろう。

私に触れる事が幸せだと言ってくれたのだから。

それでも、こうして傷ついた姿を見ると、どうしても思ってしまうのだ。


「……ん…?」


そんな考えに耽っていると、眠っていた一刀が目を覚ます。


「……え、外くらっ。あれ、華琳夕飯食べた?……って、そんな訳ないよな」


「……あとで何か簡単なものを作るわ。どうせ、そんなに食欲ないのでしょう?」


「ん、まぁそれはそうなんだけど……華琳?」


「なに?」


「何かあった?」


「何でよ」


「俺が聞きたいよ……何でそんな顔してるのさ」


「貴方も大概よね」


これでも表情を作る事には自信があるのだけど、何故か一刀にはすぐに見破られてしまう。


「……いろいろとね」


「いろいろって?」


「…………」


黙ってしまう。

それでもやはり、聞いてみよう。


「ねぇ一刀、貴方はここへ戻ってこれて嬉しい?」


「……あぁ、俺のせいか」


「え?」


一刀が起き上がったと思いきや、そのまま私のほうへ倒れこんできた。

相変わらず手を繋いだままだったので、押し倒され、且つ、手を握られ、

彼のもう一方の腕は体重を支える為に私の頭上に置かれているが、それのせいで彼の作り出した空間に入ったように感じる。


「俺がどれだけ華琳達と会いたかったか、聞いてなかった?」


「き、聞いたけど」


彼らしくない、押しの強い行動に少し戸惑った。


「……愛してるって、何度も言ってるんだけどな」


「……そうね。何度も聞いて──んっ」


言葉を言い切る前に、彼の口が私の口を塞いだ。

長い接吻が続き、ようやく口を離した頃には、私は空気を求めて息が荒くなっていた。

それでも、その息苦しさに幸福を感じるのは、目の前に居る男のせいなのだろう。


「はぁ……はぁ……急ね……は、あっ」


更にもう一度口を塞がれる。

いつの間にか手は指が絡み合うように握り合っていて、一刀のもう一方の腕も私の頭の下に入り込んでいる。

頭を固定され、より深く口内を蹂躙される。

もう、逃げられない。

逃げるつもりなど、微塵もないけれど。


「ふぅ……ふぅ……いきなりこんな事をするくらいには体力が戻ったみたいで安心したわ」


「一生離さない。絶対に、何があっても、俺は華琳を離さないよ。実際、子供も作る気満々だしね」


「……ばか」


子供という単語に、装っていた平静が一瞬剥がれかけた。


「こういう事言うと華琳は怒るかもしれないけど、俺は華琳の為なら死ねる」


「……ダメ」


半ば押さえつけられているように繋いでいる手を握り、もう一方の手で、彼の背中に手を回し、抱きしめる。


「そんなの、昔から知ってる。貴方が自分の命よりも私達……私を優先している事なんて解りきってる。

 でも、二度目は許さないから」


「な、怒るだろ」


「当たり前でしょ」


「昼夜問わず抱いていたいくらい、華琳に魅力を感じてるし、愛してる」


「……待って」


これ以上の言葉は、赤面を抑えられそうにない。


「それこそ、毎日でも」


「待ちなさいってば」


「こんなにどうしようもないくらい愛してる子が近くに居るのに、俺が後悔してるわけないでしょ」


「解った、解ったから待って……!」


赤面する顔を思わず隠そうとするも、手は塞がれているので顔を逸らすことしかできない。

戻ってこれて嬉しいかと問うた筈なのに、後悔している訳がないと、心の内を見透かされているのも羞恥心を高めた。


「愛してる」


顔を逸らしても、耳に口付けされながら囁かれる愛の言葉に、どうすることも出来ない。


「……もう好きにして」


「本当に?今までの分、結構激しくなると思うけど」


「もうちょっと歯に衣着せたらどうかしら!?」


どうしてこの男はこう……!


「華琳の言う科白じゃないなそれ」


















結局、夕飯を作りに行くことは出来ず、風呂ももう一度温めなおしてもらうという非常に迷惑行為をしてしまった。


「うう……やっぱ風呂は気持ち良いなぁ……華琳とこうして入るのも久しぶりだし」


「……そうね」


「疲れてるね」


「誰のせいで……!いえ、やめましょう」


思い出すとまた再燃してしまいそうなので話題にするのはやめておく。

しかし、あんなに求められるとは思わなかった。

正直、腰が抜けそうである。

今だって一刀に抱えられるようにして風呂に使っているが、既に全体重を彼に預けている。

気を抜けばそのまま眠ってしまいそうだ。


それに、与えられた部屋が雪蓮の部屋の前だから、もし雪蓮が部屋に戻っていれば確実に声が聞こえていただろう。

自分があんなに抑えられないとは……。

前の時は見られても平気だったが、今回は流石に羞恥心がある。

同姓の、しかも友人に、自分の嬌声を聞かれるというのは堪える。


「どうしたの?華琳」


突然目元を押さえて俯く私に、一刀は呑気に問う。


「……なんでもない」


一度ひっぱたいてやろうかしら。


お湯で濡れ、巻かれていた髪が真っ直ぐに伸びている。

その毛先を弄びながら、それにしてもと思う。

前は髪型が少しでも決まらなければ一刀の前には絶対に姿を見せなかったのに、今となってはこんな無防備な姿を見せてしまっている。


こういうのを、所帯じみてきたと言うのだろうか。


それでも、これが悪いことだとは思わない。

私を抱きしめながら、気持ちよさそうに風呂に浸かっている彼を見る。


「ん?」


気づいては居ないようだが、事を致している最中、密かに彼の首に接吻の痕をつけた。

くっきりと残っているそれを見て、ふふんと鼻を鳴らす。


「……いえ、風呂に入っても傷が開かないようにはなったのね」


「だいぶ時間も経ってるからなぁ」


そもそも、この男は私の髪型が多少乱れていても気づきもしないだろう。

だから、あれは完全な私の自己満足な訳なのだけど。

それでも、少しでも完璧な自分を見てもらいたいと思うのが乙女心だろうと思う。


「そろそろ上がりましょう。時間も時間だし、これ以上は迷惑になるわ」


「勿論一緒に寝てくれるんだろ?」


「貴方が手を出さないならね」


「それは約束できないな。好きにしてって言ったのは華琳だし」


「……変態」


そう言うも、心の中では喜んでしまっている自分に、覇王の面影など何処にもなかった。

今度は何処に、”私の痕”をつけてやろうかと、楽しんでいた。


































「まさか本当にするとは思わなかったわ」


「はぁ……」


蓮華にそう話すのは雪蓮。

華琳の予想は残念ながら的中してしまった。


「蓮華はあの場に居なくて良かったわね」


「気まずかったのなら雪蓮姉様も自分の部屋を出て行けばよかったではないですか」


「あそこで扉の音なんて立てたら余計気まずくなるでしょ。只でさえ私の部屋の扉立て付け悪いんだから」


「修理を怠るからです」


「節約してるだけです~」


「節約するなら飲食を控えてください。姉様の酒代の方が高いくらいです」


「という訳で、第一回、北郷一刀攻略の会、作戦会議を始めたいと思います!」


「おお~~!!」


「……あ、あの」


いつの間にか愛紗と桃香も来ていた。


「雪蓮殿達も、一刀殿に興味をお持ちになったのか?」


そして、一刀の城壁を突破した星も参加していた。


「星が居るのは心強いわ。正直、一刀って魏の者達と星以外に対してあまり興味がなさそうなのよね」


「興味が無い訳ではないでしょうが、まぁ、自らそういった関係になろうとは微塵も思っておらぬでしょうな」


「そこを突破した星に話を聞きたいの」


「突破と言われましても……」


「というか、そうそう、その前に一刀が目覚めた日の話を聞きたいんだった。あの星が泣きはらした顔で起きてきた時の──」


「ん”ん”ん”。……私は、泣いてなどおりませぬ」


「わざとらしい咳払いね……」


「しかし、あれを人に話すことは非常に無粋であるような気が──」


「私も、一刀が星の為にキレた時の話をしてあげるから。星はまだ眠っていたから、あの”記憶”を見てないんでしょ?」


「……なんですと?」


「そういえば星はあれを見ていないのだったな」


「な、何のことだ。愛紗までそれを知っているとういうのか」


「ここに居る皆知っているぞ」


「くっ……!」


星は思う。

素直に思う。

知りたいと。


「……仕方ない。だがそちらから話すのが先というのが条件だ。飲めなければお互いに諦めよう」


「しょうがないわねぇ。じゃあ教えてあげる。あれで蓮華だって落ちたんだから」


「落ちてません!」


それから、星を除いた4人は自分達が見たものをお互いに補足しながら星に話すと、星は両手で顔を覆った。


「あー……星?」


雪蓮は星がまた感極まり感涙してしまったのかと思ったが、そうではなかった。


「いや……少し待っていただきたい」


そう答える星の声は、泣いているそれではなかったからだ。


「え、どうしたの?」


「い、いや……なんというか、一刀殿にそこまで想って頂けているとは思わなくて、予想外というか」


「あぁ……なるほどね」


理由を理解した4人はニヤニヤと星を眺めた。


「それじゃ、星の話を聞かせて頂戴?」


「う、うむ。と言ってもそんな話すような事でもないが……」


星は、一刀が目覚めた時の事を掻い摘んで話した。

明花を守ってくれて。

生きていてくれて。

約束を守ってくれて、ありがとう。

そう言ってくれた事を話した。


「……あぁ、そりゃ星もこうなるわね」


「北郷殿がそんな事を……」


「目覚めて最初に星ちゃんの無事に安堵した話は聞いたけど、そんな事も言ってたんだねぇ」


「それであんなに泣きはらして……」


「泣いてなどおりませぬ」


「そこで一刀に改めて受け入れて貰えたって事でいいのね?」


「ん、うむ、まぁ……」


「うーん……ますます惜しいわね……蓮華を落とせる男なんてそうそう居ないから……」


「だから!落ちてませんから!」


「でもこうなってくるとやっぱり押せ押せで行くしかないのかしら?」


「明確に想いを伝えないと、その押した手は空を切りますが」


経験者は語る。

星も同じ事をしていたから言えることだった。


「とりあえず、星は一刀の鍛錬に混ざる事から始めた訳よね?なら、ここに滞在してる間も一刀は多分、再起するための運動をすると思うの」


「なるほど、それを私達で手伝うと」


「そう!愛紗は良くわかってる」


「なんだかんだで愛紗ちゃんもやる気満々なんだね」


「そ、そういう訳では」


「取っ掛かりはこれで大丈夫だと思うわ。私達も邪魔するつもりなんて無いし、本当に一刀の助けになれば良いとは思ってる。

 その中で私達にも利益があるってだけの話で」


「動機が不純すぎる……」


「そういう蓮華には、一刀がある程度体力が戻った時に、一緒に鍛錬してもらうわよ。多分混ぜてくれると思うから」


「え?」


「一刀を見て、実際に戦って思ったんだけど、全部を真似ろとは言わないまでも、相手の力を受け流すという点に長けてる剣術は貴方に合ってると思うの。

 いつも思春の剣を真正面から受けているからあまり成長が見られないと思うのよね。

 それに相手の動きを良く観察して先に行動を潰しにくる事もあるし、そういうコツを教えてもらいなさい」


「痛いことをさらっと言いますね……」


「でも実際一刀の記憶を見てから、貴方も本気で鍛錬しようとは思っているんでしょう?」


「な、何を根拠に」


「毎晩一人で暇を見つけては鍛錬してるじゃない」


「見られてる!?」


「それじゃあ作戦も纏まった事だし、ここは協力していきましょう。

 一刀の動きを皆で観察して機を伺うのよ!」


「おお~~~~!!」


「毎回私達の気持ちを振り切りながら話が進んでいくわね、愛紗……」


「ま、まぁ、私もこの提案は悪くは無いと思う」


「……あ、そう」


蓮華は思う。

これでは監視されているのと一緒だと。

やはり、一刀の事を不憫に思うのだった。

しばらくは平和な日々を書いていきたい(願望

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