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22 深愛

今更ですが独自解釈、独自設定が苦手な方はブラウザバック推奨です。

一刀が目覚めて一週間が経った。

皆も落ち着きを取り戻し、前半で一刀の見舞いに来ている者も、死に掛けの一刀の姿を記憶の隅へ置けるようになった。

皆が代わる代わる一刀のもとへ行くので、一刀は四六時中誰かしらと話していることになる。

そんな騒がしさが嬉しかった。






しかし疑問がある、華琳達が来てくれるのは解る。

雪蓮も、まぁ解る。


何故孫権や劉備、関羽といった、あまり関わりの無い人達がここへ訪れるのかが疑問だった。


確かに自分は警備隊長という役職だが、天の御遣いという肩書きがあり、魏の中ではそれなりの位置にいるので、そういう関係なのだろうか。

同盟国の重臣が怪我をしたから見舞いにという解釈で良いのだろうか。


別に重臣でもないんだけど。


というか劉備達は帰らなくていいのか。

雪蓮達は城からそう遠くない村なので移動もそんなに時間は掛からない。

それでも手間に思う距離ではあるけれど。


しかし劉備達はもう一週間以上国を空けている事になる。

まぁ、蜀の国事情は良くわからないけど、大丈夫なのだろう。

劉備達がここに滞在している状況は、考えても仕方が無いので置いておこう。

星が回復するまで待ってつれて帰るのかもしれない。


次の疑問。


何故劉備はこんなに熱心に俺の事を聞いてくるのだろう。

劉備の質問に関羽が補足するあたり、彼女も俺の何かを知りたがっているようだ。


何を?

解らない。


別に取って食われる訳でもないので普通に会話して答えているけれど。


「北郷さんは、前は全然強くなかったって本当なんですか?」


「直球ですねぇ……」


今日も今日とて、劉備が前のめり気味に質問の嵐を浴びせてくる。


「桃香様、それは失礼です。……して、北郷殿、どうなのでしょうか」


止めた本人も気になってるやないか。


「私も貴方が戦っている所を最初に見たのは武闘大会の時でしたが、あれを見る限りではとてもそうは思えませんでした。

 それに、あの”記憶”での貴方は明らかに私達よりも──」


「(愛紗ちゃん!)」


桃香が愛紗の言葉を阻止するように、小声で叫ぶという器用な真似をする。


「記憶?」


「あ、いや失敬。で、どうなのですか?」


二人が何かを隠しているのは解るが、記憶がどうたら言われてもさっぱりだ。

それにしても、強さという話題になると劉備よりも食いついてくるあたり、やはり彼女も腕比べが好きなのだろうか。

風紀委員的な立ち位置なのであまりそういう好戦的な子には見えないんだけど。


「まぁ、そうですね。前は新兵と変わらないんじゃないでしょうか。……下手するとそれ以下かもしれませんけど」


何しろ惰性で剣道やってただけのほぼ帰宅部だったからな。

スポーツやってる中学生のほうが強い可能性も無きにしも非ず。


「それをたった三年でここまで……一体どのような鍛錬を?」


俺の居た世界では5年なんだけどね。

とりあえずどのようなと聞かれれば爺ちゃんと共に過ごした地獄の5年間の話をするしかない。

本当にそれしかしていないから。


「……それはまぁ……なんとも」


絶対馬鹿だと思ってるな、これ。

そりゃ俺だって滝の上から垂らしたロープを流木避けながら上り下りしてますとか言う奴が居たら近寄りたくない。


「ほえぇ……よく生きてますねぇ……」


「ほんとにね」


思わず同意した。


「それにしても、北郷殿に剣術を教えたのがそのお爺様だというのなら、相当な腕前ですね。

 私も自分の腕はそれなりだと自負していますが、貴方と対峙した事を想像しても、正直、勝てる自分が想像できません」


そして何故かは知らないが、ここ数日で思うのは、彼女達の中で俺の評価が高すぎるということ。

武人として生きてきた人間が、本人を目の前に勝てるビジョンが浮かばないなどと言うだろうか。

武闘大会だって結局は負傷退場だったのに。


「……そうかなぁ。俺、星と良く手合わせしてましたけど、どっちかというと負け越してましたよ」


そう言うと、関羽は腕を組み、思案する仕草を見せる。


「うーむ……やはり」


「……なに?」


「いえ、何でもありません。今日も有意義な時間でした。我々はそろそろ失礼致します」


「そうだね。あんまり長いこと話しちゃったら北郷さん疲れちゃうもんね」


「お構いなく」


そして何故蜀の重臣も重臣の関羽は、俺に対して敬語なのだろう。

警備隊長よ?俺。


本当に彼女達の俺への扱いがあまりに丁寧過ぎると言うか、まるで目上の人間に接しているかのようだ。

同盟国とはいえ、下手をすればまた戦争になるかもしれない間柄だ。

勿論そんな事にはならないとは思うが、一般的には、仮に同盟国とはいえ、

だからこそいざという時の為に弱みを握ろうとしたり、秘密裏に情報を探ったりするのではないだろうか。

漫画の読みすぎか?


ともあれ、そんな質問攻めにあっていれば時間もあっという間だった。

昼食を終えた二人が来てから、今はもう空が赤く染まる時間だ。

どんだけ話してたんだ。


明花も最初こそ一時も俺から離れようとしなかったが、落ち着いてきたのか普段どおりの生活に戻りつつある。

村の子供達とも友達になれたみたいだし、あまり動けない俺の傍にいるよりもその子達と遊んでいたほうが良いだろう。













「……北郷さんって、やっぱりそうなんだね」


「……そうですね。あれは星に負け越している者の戦いではありませんでしたから」


一刀との会話を終え、部屋を出た二人は彼の答えの内容を考えていた。

ここ数日、自分達が質問攻めにしているのは解っている。

それを彼が不思議に思っているのも理解している。


それでも不快感を示さずに、自分達と会話をしてくれるのは彼の人柄なのだろう。

それも、ここ数日見ていて解ることだ。

彼と接する者達は皆一様に笑顔になる。

彼もそれが嬉しいのだろう、皆と話している時は笑顔だし、とても穏やかな性格だ。


……あの”記憶”の中に居た彼とは全くの別人に思えるほどに。

星が倒れた時の彼が放った怒気、殺気、それらは戦場に立った回数だけ、武人と対峙した回数だけ感じてきた。

それらを全て跳ね返し、勝利してきたからこそ今ここに自分は立っている。


しかしもし、あの時の彼が自分の目の前に立ったなら、自分は怯んでしまうかもしれない。

あのありったけの殺意を込めた視線で睨まれれば、竦んでしまうかもしれない。

それほどに、彼の見せた怒りは、天を貫くが如くだった。


彼はもともと、頭で冷静に考え、判断して戦う人だ。

それはあの武闘大会を見ていて理解した。

戦っている最中に、自分達のように気合や怒号を飛ばす事が極端に少ない。

無いと言っても良い。


あの大会で、恋に追い詰められ、それでも向かっていった時くらいではないだろうか。

その時ですら、自分達程に声を上げてはいなかったと思う。

そんな彼が、あの”記憶”では、怒りの雄叫びを上げ、戦っていた。

素直に思う、あれを間近で、更には対峙すれば、間違いなく恐怖心が生まれるだろう。

更にはそんな相手が、どんな渾身の致命打を何度与えても、激情を灯した瞳で睨み付け、何度でも立ち上がり向かってくるのだ。

恐れが生まれないはずがない。


あの怪我は決して無視できる痛みではない。

戦える怪我ではない。

戦い、倒れた星を見れば誰もがわかる。

眠り続けた彼の姿を見れば、誰もがわかる。


それでも尚、そんなになっても、”敵”を討ち取るまで、どんなに傷を受けても立ち上がる。

それが、彼の”本気”なのだろう。

守るべき者を傷つける敵を排除するまで、絶対に倒れない。


「……あまり、自分で気づいている様子はありませんでしたけど」


「そうだねぇ……そもそも、戦ってる時の事、覚えてるのかな?」


先ほどの会話中の一刀を思い出す。

ずっと寝ていて頭がぼーっとしているということもあるのだろうが、どこか幼ささえ感じさせるような表情で話していた。

あの様子を見る限りでは、あまり記憶に残っていないような気がしないでもない。

自分が成した偉業など、微塵も興味がなさそうだった。

事実、星を退けたあれに勝利した事など一言も話さない。


星にも彼の話を聞いた。

彼は目覚めて開口一番、星に対してこう言ったそうだ。


”無事でよかった”と。


華陀も、彼は最後の最後、意識を失う直前まで、星を案じていたと。

自分が死の淵に立たされた中で、一体何人の人間が、他人を想えるだろう。



「といより、星は何をやっているのです?命の恩人が目覚めたというのに、あまり見舞いに行っていないように見えますが。

 北郷殿が眠っている間は怪我を押してまで世話をしていたというのに」


「あー……一応行ってるみたいだよ?……皆が寝静まった時間に」


「何故そんな時間に……迷惑でしょう」


「起こしてはいないみたいだし、星ちゃんにも星ちゃんなりの気持ちの整理があるんだよきっと」


相変わらず皆が居る前では一刀と話す姿は見ないし、視線が合うと恥ずかしそうにすっと逸らす場面を何度も見ている。


「愛紗ちゃんにはまだ難しいかな~」


「私は子供ですか」


「恋愛に関しては赤ちゃんかなぁ」


「…………」























劉備達が部屋を出てから1時間くらいだろうか、また部屋の扉が開いた。


「今日も質問攻めにされていたみたいね」


そう言いながら入ってきたのは華琳だった。


「なぁ、何か劉備さん達の俺への態度おかしくないか?」


「何?失礼なことでもされたの?」


「いや、逆だよ。一介の警備隊長相手に国王と将軍が凄い畏まるんだけど」


「何をされたわけじゃないのなら別に気にすることでもないじゃない」


「気になるよ。俺が逆に気使っちゃうよ」


「なら本人に聞けば良いじゃない」


「いや、聞いたんだけどさぁ……」


答えはこうだ。


”貴方が天の御遣いだからです”


いやいや、絶対嘘でしょう。


「とりあえず脱ぎなさい」


「いきなり過ぎるでしょう?」


「包帯の交換と、身体を拭いてあげると言っているの。主人にこんな事させるのは大陸中探しても貴方だけよ」


俺からやってくれとは言ってないんだけどなぁ。

とは言わない。

実際に嬉しいから。

そして実際に一人じゃ出来ないから。


「華琳はまだ帰らなくて平気なの?」


「あら、私が居たら邪魔かしら」


「俺は居て欲しいよ」


そういうと少しだけ嬉しそうな表情になりながら、しかしそれを言葉にすることはなく、冷静に答える。


「そうね、あまり国を空ける訳にも行かないから、貴方を蓮華たちのもとへ送り届けたらになるかしら」


「そうそれ、俺の与り知らぬ所で何が起きたの」


「雪蓮が貴方の面倒を見たいと言い出したのよ。なぜかしらね?」


「良いんだけどさ……呉の人達は、あまり歓迎しないんじゃないかな」


「かもね。今は同盟を組んでいるとはいえ、命を奪い合った敵だもの。

 そこを何とかするのが貴方の腕の見せ所よ。

 ま、必要なら貴方が自分の身を守れるくらいに回復するまでは傍に居てあげてもいいわ。

 それに、もし呉の誰かしらとも結ばれることになれば、私達の同盟はより強固なものになる」


そういうと、一刀はいやいやいやとその可能性を否定する。

そう遠くない未来にそうなると、華琳は確信しているが。


一刀の問いに答えながら、華琳は拭いている一刀の身体を見る。

落ち着きはしたものの、未だ痛々しい傷は残っている。

相手は凪と同じように無手ではあったものの、常軌を逸した怪力と、つけていた手甲で、切り傷よりも酷い、抉られたような傷が無数にある。


星の場合、攻撃を受けても防御の上から弾き飛ばされていたため、こうした傷は少ないし、あったとしてもここまで酷くはなかった。

しかし、一刀はその攻撃を正面から受け、耐えながら戦ってしまった。

持ち前の回避力で攻撃を避けていたのも最初のうちで、”力”と引き換えに襲い来る激痛が一刀の足を重くした。


そして華陀の言うとおり、普通なら動けない程の負傷をしても戦い続けてしまった。

何も知らない人間が見たら、本当に拷問されたのかと思われてもおかしくないだろう。

骨折はあるものの、内臓が破裂していなかったのは不幸中の幸いだった。


傷口がそんな状態だから、治りも遅い。

刀で綺麗に切られたなら傷口はくっつくが、のこぎりで切り裂かれれば治らない。

それと一緒だ。


なるべくその箇所に触れないようにはするものの、数が多すぎるので避けていても少し触れてしまう。

そして少しでもそこに触れると、一刀は一瞬、顔をしかめる。

本人は何も言わないし一瞬だけなので、痛みを我慢している事を隠せていると思っているのだろう。


そんな苦しい表情を隠したいと思っているから、華琳はそれに気づかないふりをする。

これ以上心配を掛けまいとする彼の心遣いだから。


真桜や沙和も、今でこそ、いつものように元気に振舞ってはいるものの、目覚めない一刀を見たときの取り乱し方は尋常じゃなかった。

沙和は血まみれの戦装束を抱きしめながら、そして真桜は一刀自身の血が染み付いた刀を見て、縋る様な視線を向けてきた。


「そういえば、俺の刀知らない?目が覚めてから見てないんだけど」


「真桜が持って行ったわ。柄を巻き直すって言ってたから、鍛冶屋にいるんじゃないかしら」


「鍛冶場借りてるのか……」


「貴方の戦装束も、沙和が持っているわ。もう血は落ちないでしょうから、新しいものを繕うんですって」


「何か申し訳ないな……」


「あれだけ無茶をすれば必然と貴方の身に着けるものにも負担が来るということね」


「自分が死に掛けてたって事しか解らないんだよね。いや、死ぬ気なんて毛頭無かったんだけど」


「まぁそこだけは評価してあげましょう。もし貴方が死ぬつもりで挑んだのだとしたら。

 ……そうね、稟の言うとおり、鎖にでも繋いでおくところだわ」


「華琳が言うと冗談に聞こえないよ」


「本気だもの」


「ええ……」


「これは戦よ。負傷、最悪戦死は仕方がないといえば仕方が無いのでしょうけど、割り切れない事だってある。

 今回なんかは特に、私達の行く道とは全く関係ないところでの戦だから、皆も誰かが死ぬ覚悟はできていなかったのでしょう」


「華琳も?」


「さぁ、どうかしら」


華琳は自分の言った事がおかしく、内心、嘲笑していた。

今回”は”ではない。

一刀が死ぬ、いなくなる覚悟など、最初から出来ていない。

だから、あの夜、自分は情けなく泣き喚いてしまったのだから。


やはり、一刀が自分のもとへ来てからだろう。

死や喪失というものが、どうにも割り切れなくなってしまったのは。


「まぁでも、皆が無事でよかったよ。白装束が来たのは俺達のところだけなんだろ?」


「一人だけ無事ではない者が私の目の前にいる気がするけれど、そうね、そういう解釈で問題ないわ」


「棘があるね……」


「槍ではないぶん優しいものよ」


「どうだろう」


「ほら、次はこっち向きなさい」


華琳の言葉に従い、正面を向き華琳と向き合う形になる。

何だろう、毎日会ってはいるけど、凄く久しぶりのような気がする。

そして、向き合い、顔が見れる状態になって気づく。

何でもないふりをしながら身体を拭いてくれている華琳だが、表情が暗い。

多分、この変化は春蘭、秋蘭くらいにならないとわからないレベルだろう。


この暗い表情にさせているのが、俺だということもわかる。

やはり、何を言おうが、心配してくれていたのだ。


華琳が俺の身体を拭く為に、少し上体を前に傾けたのと同時に、華琳の背中に手を回し、抱きしめてみた。

やはり、凄く懐かしい感覚だ。

華琳のことをここまで近くに感じるのも、全身で感じるのも。

腰にも手を回し、ぎゅっと引き寄せ、なるべく触れ合う面積が大きくなるように抱きしめた。


「……ちょっと」


「いやぁ、何か華琳に触れるのが凄い久しぶりな気がして。長いこと寝てたからなのかな」


「知らないわよ。まだ全部拭いていないのだけど」


「もう正面だけだし、あとで自分でやるよ」


そう言いながら、華琳の首筋に顔を埋めると、やはり懐かしい、彼女の良い香りがする。


「言っておくけど、今、事を致したら貴方、全身の傷が開いて血まみれよ?」


「怖すぎ。まぁ、だからこれくらい許して」


「苦しいのだけど」


「我慢してくれるとありがたい」


「全く……」


呆れるような溜息を挟んだ後に、華琳も俺の背中に腕を回して抱きしめ返してくれる。

その力があまり強くないのは、俺の傷をいたわってのことなのだろう。

俺はそんな事お構いなしに抱きしめている訳だけど。


どうしてだろうか、こうしていると、今は興奮とかそういうことよりも、安心が強い。

彼女の体温を感じることで、凄く安心できる気がする。

俺自身が気づかないうちに、どこかで死ぬかもしれないと思っていたのだろうか。

恐怖を感じていたのだろうか。


さっきも言ったように死ぬ気など毛頭無かったが、それでもあの男の常軌を逸した怪力は間違いなく命を容易く奪うものだから。

死ぬ間際に迫ったことで、心のどこかで安心を求めていたのかもしれない。

その対象が華琳というところがまた、自分が彼女に依存しているなぁ、と思うところではあるけど。

こうして抱きしめればすっぽりと覆えてしまうような彼女に安心を感じてしまうというのもまた情けない話だけど、それでも安堵を覚えるのは事実だから嘘はつけない。


思えば、明花の村が襲われて俺がパニックに陥ったときも、こうして抱きしめて安心させてくれたのは華琳だった。

全て受け止めてあげると言ってくれて、俺を抱きしめてくれたのは、やはり彼女だった。


まぁ、今は完全に俺がほぼ一方的に抱きしめているんだけど。

それでも、いきなりこんな事をしても拒否したり怒らないのは華琳の優しさなのだろう。

俺はそれを知っているから、彼女の優しさに甘えてしまう。


「あーダメになる」


「何よそれ」


「堕落していくぅ」


「私のせいだとでも?」


「華琳が安心させてくれるからかなぁ」


「……本当は一番臆病なくせに格好つけてるからよ」


「さすが良くわかってる」


「私に、貴方のことで解らないことはないわね」


「愛されてるなぁ」


「馬鹿じゃないの」


口ではそう言いながらも、華琳は背中へ回した手で、優しく撫でてくれる。


「……俺にも、故郷はあるし家族もいれば思い出だって数え切れないくらいある。

 どれも大切だし、感謝だってしてるんだけどね。

 それでも、俺にとってはこうしてる時が一番幸せだよ」


「……そう」


「こうして、華琳に触れていられる今が、一番幸せなんだよ」


「馬鹿ね……こんな”当たり前”の事、そこまで思う程のことでもないでしょうに」


軽口を叩きながら抱きしめあうこの時間は、今は何よりも安寧の時間に思える。

しばらく他愛の無い会話を続けながら、そんな時間が流れた。


「……本当に、死ぬつもりは無かった?」


不意に、華琳が問いかける。


「勿論。こうして華琳を抱きしめられなくなるのは嫌だからね」


「そう……少し、忙しない日々だったわね。貴方が帰ってきてから」


「そうなぁ。帰ってきてすぐに武闘大会があって、その間は全部仕事しながら鍛錬して、それから……明花がここへ来て。

 あの襲撃だもんな。

 確かに、あんまり落ちついた時間は過ごせてないかもなぁ」


「死に掛けて一月は眠っていたのもあるわね」


結構根に持ってるな……。


「……ま、まぁこれから呉に滞在するみたいだし。

 それ自体は全然嫌じゃないんだけど、華琳とゆっくり過ごす時間が無いのは痛いな。

 俺が普通に帰っても、華琳は忙しいんだろうけどね」


「……そういえば、一刀、自分の体のことは聞いたかしら」


「あー……何か氣が普通の人の半分以下になってるみたいな話は聞いた」


「それもあるけれど、それよりも深刻な事があるのよ。まぁ、今の貴方ではそうなろうにもなれないのだけど」


「え、なに?怖いんだけど」


「成程。華陀は私にしか話していない訳ね。……その方が良いわ」


「何?」


「もしも、もう一度貴方が同じように無茶をした場合、貴方は五感を失うかもしれないと言っていたわ。

 視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。

 どれかひとつかもしれないし複数かもしれない。

 最悪、全てを失うかもしれないとね」


「……こわ」


「特に視覚と聴覚には負担が出やすいから、それらを失う可能性が高いようね」


「華琳を見ることも、華琳と話すことも出来なくなるのか。……死ぬなそれ」


「冗談を言っているわけではないのだけどね」


「……うん、知ってる」


これだけ体が触れ合ってれば、不安からの震えが伝わってくるから。

そして少しだけ、華琳の抱きしめる力も強くなっているから。


「やっぱり、守るのって難しいな」


それは、一刀が村を救えなかった時に、華琳に泣き縋りながら言った言葉だった。


「……そうね」


何かを守れても、傷ついたことで心を痛める人が居る。

その人の心は、守れていない。

こんな時代に、戦などしているのだから、身も心も、などと、それがほぼ不可能なのは重々承知している。

それでもやっぱり、俺はそれに向かって進んで行きたい。

それが俺の目指す場所だから。


「なぁ華琳」


「なに?」


「愛してる」


「知ってるわ」


「俺、もっと頑張るよ」


「ええ、誰も不安にさせないくらい強くならないとね」


「……毎度俺の心読むのやめて?」


「ふふ、何度も言っているでしょう。貴方が解りやすすぎるだけよ」


そう言うと、華琳は抱きしめていた手を解き、俺の頬へ添え、口付けをした。

俺もそれに応えるように、目の前に居る、心の底から愛しい人に、深く口付けを返した。


「本当に、愛してる」


「私が愛しているのだから、貴方が私を愛するのは当然よ」


「すげぇ自信」


「事実でしょう」


やっぱり俺は、この子が居てくれないともう、生きていけないだろう。


皆を愛する気持ちはある。

半端な気持ちで皆に手を出した訳では断じて無い。

それだけは誓える。


それでも、俺を最初に拾ってくれたのは華琳で、最初に好きになったのも華琳で、多分、最初に好きになってくれたのも華琳だから。

だから俺は、彼女の愛情に、甘えてしまう。

甘えてしまうから、この子を抱きしめる手を解けないでいる。


「ここで押し倒せない自分が心から憎い」


「ばーか」


「怪我なんてするもんじゃないな」


「そうよ。次は無いからそのつもりで」


「鎖に繋がれる訳か……」


「愛情込めて可愛がってあげるわよ?」


「その愛情表現は遠慮する」


「桂花は喜ぶのに」


「あいつはあれで相当特殊な性癖だからな……」


お互いの身体に触れ合いながら、吐息が掛かるくらいの距離で冗談を言い合うこの時間は、俺にとって紛れも無い幸せなのだ。


「ねぇ一刀」


「ん?」


「愛しているわ」


数秒の間を挟み、


「~~~~~~ッ!」


「自分では息をするように言う科白の癖に、人に言われるのは弱いのね」


顔を真っ赤にした俺を見て、おかしそうにしてやったりと微笑む華琳だが、そうじゃない。

普段そんな事を言わない華琳が、今この状況で、真っ直ぐ俺の目を見て言うその科白は、華琳が思っている以上に破壊力があるんだ。


「き、効くぅ……」


「本当、鼓動が凄いことになってるわね」


そしてこれだけ密着していれば、俺がどれだけドキドキしているかが華琳に丸わかりなのも、悔しかった。














































「……いや、愛が深すぎるでしょう。どう反応して良いか解らないわ」


「近いよぉ……ド、ドキドキするぅ……」


「……覗きながら何を言っているの、雪蓮姉さま、桃香」


「そういう蓮華だって結局今まで見てるじゃない」


「……二人が邪魔をしないように見張っているだけです」


「はいはい。それにしても一刀の様子を見に来てこんな貴重な場面を見られるとは思わなかったわ」


「華琳さんの新しい一面を見た気がするよ」


「悪趣味です」


「よく星はあそこに入っていこうとしたわね……いや、気持ちはわかるんだけど」


「というか桃香、貴方さっきも北郷のもとへ来ていたわよね?何故また居るの?」


「もうすぐ夕飯だし、何が食べたいかなぁと思って聞きに来たんだけど」


「何故貴方がそこまでするのよ……愛紗も、貴方が止めないでどうするの」


「い、いや、私はやめるよう申し上げたのだが」


「というか、私達、最近こういうの多くない?」


「そう思うならやめたらいいのでは?」


何の偶然か、最近覗き見組と化した4人が揃ってしまっていた。

今は二人の世界に入っている為気づかれては居ないものの、この人数はさすがにバレる。

そう思い、4人は移動する事にした。


「あれを見せられちゃうと、呉に一刀の血を入れるのがちょっと困難に思えてくるわね……」


「……はい?今なんと?」


移動中、雪蓮がさらっと投下した爆弾発言に、蓮華は思わず聞き返す。


「あ、別に強制じゃないわよ?一刀の事が好き~ってなった子だけでいいから」


「……それ、華琳には?」


「話してないけど、解ってると思うわよあの子なら」


「……あれを目にしてよくそんな事が言えますね」


「だから、ちょっと難しいかな~って言ってるんじゃない。言っておくけどね、今後の人生で一刀以上か同等の男なんて出てこないわよ?

 実際今まで見たことある?

 子を残すのは私達にとって絶対条件だし、なら今目の前にいる良い男の子を生んだほうがいいじゃない?」


「話が飛躍しすぎです。

 今はいがみ合っている訳ではありませんし、協力している関係ですから友情なら芽生えるしょうが、果たして愛情が芽生えるでしょうか。

 確かにあの記憶での北郷の想いは、……胸に来るものがありましたが、それを知っているのは私達だけです」


「蓮華……花の命は短いのよ」


「紫苑の前で言えますか?それ」


「今この場で貴方が一番失礼だという事は言えるわ」


「……今の言葉は撤回します」


「桃香も、一刀のことどう思う?格好良いわよね?」


「うん!大切な人にとっては凄く優しくて穏やかな人だし、いざその人達を守るとなった時に、あんなに怒ってくれる人だもん。

 愛紗ちゃんはどう思う?」


「……私は男女の愛についてはあまり良くわかりませんが、しかし、先ほどの二人のやりとりは、なんというか……。

 すごく、お互いの全てを理解しているような幸福を感じます」


「ああいうの苦手な愛紗ちゃんが何も言わなかったもんね……」


「あの村で保護した明花という子も北郷殿を凄く好いていますし、人柄は桃香様の言うとおりの方なのでしょう。

 星の為に激怒したのも、北郷殿が星を大切に想っている証でしょうし、

 何より剣すら握ったことの無かった北郷殿があそこまでの腕になったのも、華琳達の為だと聞いています。

 誰かのために強くなるというのは口で言うのは簡単なことですが、それを実践してきた北郷殿はやはり魅力的なのでしょう。

 華琳の言っていた、北郷殿の”弱さ”というのも、優しさ故のものですし、

 あそこまで人を想って、守るという事を愚直に実践しようとするのも、私達が最初に掲げた、困っている人々を救うという志と一緒です。

 ……いえ、北郷殿のそれは、私達以上に純度の高いものかもしれません。

 己の存在を掛けて、私達を退け、華琳達を導いた訳ですから。

 華琳が国の統一や共同統治を避けてそれぞれに任せたのも、北郷殿の影響なのでしょう」


「……すんごい考察するじゃない愛紗」


「私も貴方がそこまで考えているとは思わなかったわ……」


「愛紗ちゃんも北郷さんの事気になってたんだねぇ」


「聞かれたから答えただけなのですが!?」


「ともかく!」


雪蓮は声を張り、皆の注意を集める。


「一刀は多分、星は例外として、魏の者に操を捧げていると思うの。それをどう崩すかが問題よ」


「はい!」


「……いや、何故桃香もやる気になってるの?」


「えへへぇ」


「……桃香様?」


「頑張ろうね、愛紗ちゃん!」


「明確に何を頑張るのか言ってもらえますか!?」


「星ちゃんにも話を聞かなくちゃね」


「あ、私も聞きたい。何とか足がかりになるものがあればいいんだけど……」


雪蓮と桃香が勝手に盛り上がっているのを尻目に、蓮華は、


「……北郷も気の毒に」


そう呟き、愛紗はどうして良いかわからず、居心地が悪そうにしていた。































「それじゃごしゅ……北郷ちゃんも目覚めたということで、お話をしましょうか♪」


野太い声で貂蝉はそう言った。

集められたのは華琳、桃香、雪蓮、愛紗、蓮華。

そして俺。

というか俺の居る部屋で集められた。


「……お前、来てたのね」


「どぅふふ、ご主人様居るところに私ありよん」


「ご主人様ってのやめてくんない」


前から言ってるのにやめてくれない。

最初に言い直したの台無しじゃねぇか。


「……一刀の守備範囲が広いのはこの際置いておくとして、一刀が目覚めたら詳しく話すと言っていたあれ、今日こそは話してもらえるんでしょう?」


「守備範囲外だよ……」


こんなん宇宙まで行っちゃうよ。


「そうねぇ。それじゃあ、貴方達にとっては突拍子も無いお話になってしまうのだけど、もう無関係とは言えないから話しちゃうわ♪」


バチコンとウィンクを何故か俺に向けてかまし、貂蝉は前に街で俺に話した事を華琳達に話した。

二つの世界を経験し、三国時代の武将が皆女の子になっているというこのパラレルワールドを経験した俺ですら信じられないような話を、果たして彼女達が信じるのだろうか。

いや、信じないだろう、普通に考えて。

でも普通じゃない奴が普通じゃないことを話しているから、あまり違和感は感じない。

むしろ説得力すら感じる。


「……無理無理。信じられるわけないでしょ?」


呆れたように雪蓮は言った。

正論すぎて何も言えない。


「まぁ信じなくても良いわ。別の外史はあまり貴方達に関係は無いからね。

 でも、外史というものの性質と、この世界が外史の枠を外れようとしているというのは頭の片隅にでも置いておいたほうがいいわね。

 もう、何があっても不思議ではないから。

 で、ここからが本題。

 何故、ご主人様が、あれほどの力を発揮できてしまったのかということ」


こいつもう皆の前で俺をご主人様と呼ぶことに躊躇いが無い。


「そうね。私もそこは知っておきたいところだわ。主人として」


「恋人としても?」


「黙りなさい」


「おーこわ」


雪蓮の茶々に、冷静に返す華琳。

おかしい、今は真面目な話をしているはずなんだけどな。

やっぱ不真面目な格好してる奴がいるからかな。


「ここへ、ご主人様を連れ戻した者が居るでしょう?」


「……いるな。白装束と同じ格好をしている奴だ」


「……なんですって?」


俺の返答に、華琳は聞いていないぞとばかりに少し憤りの篭った声で聞き返した。


「いや、俺もあれが何なのかわからなかったし、何で俺をここへ連れ戻したかったのかもわからないんだよ。

 只俺はありがたかったから、敵だとは思ってなかったんだけど、今回白装束が襲撃してきた事で更にわからなくなってる」


「あれはまぁ……そうね、私達の友人とでも言っておこうかしら」


「その友人が、どうして一刀をここへ連れ戻すの?面識はないのでしょう?」


「面識は無いといえば無いわねぇ。でも、彼女はずっと見ていたわ」


「怖い怖い」


「そう言わないであげて頂戴。あれでも、ご主人様を見て、人間味を帯びてきたんだから♪

 まぁ……脇目も振らずにご主人様なのは問題なんだけど」


「一刀にぞっこんってこと?」


「ご主人様にというか、ご主人様と、魏の皆の”関係”に、かしらね。

 と~っても深い愛情に感化されたんじゃないかしら」


「あぁ、それはありえるかも」


雪蓮は、一刀と華琳の部屋でのやりとりを思い出し、深く頷き同意した。


「ま、本心は本人のみぞ知る、というやつね♪」


「で、それがどういう意図で、どういう手段で一刀を呼び戻したのかは知らないけれど、それが一刀の力とどう関係があるの?」


「言ったでしょう?”仙術”、”仙氣”、他にも呼び名はあるけれど、まぁ、基本的に常人に扱うのは難しい力ね。

 楽進ちゃんならもしかしたら到達できるかもしれないけど、まぁそれは置いといて。

 それは普通の氣とは違って、相手に譲渡出来るものなの。

 そもそも、代々受け継がれて、磨かれ続けたものが”それ”になるのだけど、ご主人様を呼び戻したあの子が、ご主人様に自分のそれを与えたの」


「……何で?」


「そりゃあ、ご主人様が、皆と並ぶために、守れるように強くなりたいと思い続けて、努力し続けたからよん」


「いや、だから、何で俺にそこまでする?代々受け継がれて、磨かれ続けた力なんだろ?俺は何も関係ないじゃないか」


「そうねぇ。あの子はもともとそういう強さや権力に興味を示さない子だし、あまり頓着が無いから。

 それに、それを容易く授けてしまうくらい、貴方達が一緒に居ることを強く望んでいたということねぇ」


「……私は、わからないでもない」


そう呟いたのは蓮華だった。


「え?」


予想外の言葉が予想外の人物から発されたことに、驚く。


「あの”記憶”だけを見た私ですらそう思うのだから、

 もし、北郷をずっと見続けている者が居たとして、手助けがしたいと思うのは、私は不自然ではないと思う」


あの部屋でのやりとりは、深い愛情の一部でしかない。

それまでに、一刀は命を掛けて、皆を導き、消えていったのだから。

それだけの愛情を注いでいるから、自分が消えることを厭わなかったのだから。


「……あの、劉備さんも言ってたけど、記憶って何の?」


「まぁそれは各々に詳しく聞いて頂戴な♪ とにかく、ご主人様が自分の持てる力以上のものを発揮出来てしまった原因は、こういうこと」


「じゃあその力は、まだ一刀の中にあるということ?」


「そうねぇ。本来ならそうなんだけど、ご主人様が怒りに我を忘れて無茶な使い方をしてしまったから、今はもうほぼ残っていないと考えてもらって構わないわ。

 本来はそれが完全に自分の氣に馴染むように鍛錬をして、自分の力にしていくものだから」


「そう……その者には不本意かもしれないけれど、そのほうが良いかもね。自分の身の丈以上の力は、やはり、身を滅ぼすだけだもの」


華琳はそう言うと、どこか安心したような表情だった。


「ま、貴方はもっと強くなると私に言ったわけだし、それを実行していけば、与えられた力になど頼らずとも大丈夫でしょう」


「ん、まぁそうだけど。何か凄い申し訳ないことをした気分になるな」


「それは心配ないわ♪結果的にそのおかげで、ご主人様が守りたい者を守れた訳だし、あの子も本望でしょう」


「そもそも俺に手を貸してくれたそいつは、何なんだ?格好だけ見ると白装束の仲間にしか見えないんだけど」


「確かに格好はね。でも、ご主人様に手を貸した事でもう”管理者”としての役目は放棄しているし、むしろ敵対関係になっているわねぇ」


「何でそんな裏切ってまで……」


「裏切りといっても、同じ組織に居ただけで考えも何もかもが違うもの」


「……あー、ダメだ。もう訳わからん」


一刀は頭をガシガシと掻き、理解不能な行動に困惑した。


「でも……そいつのおかげで俺はここに帰ってこれて華琳達に再会できて、今回も星と明花を守れたって言うなら、感謝はする。

 全部間違いなく、そいつのおかげだから」


「……伝えておくわ♪」































「ほんじゃ隊長、うちらは帰るけど、まだ無理したらあかんで!」


「そうなの。今度沙和特製戦装束を血みどろにしたら、二目と見れない顔にしてやるの」


「それでは隊長、またすぐに会いに行きますので、しばしのお別れです」


「女性を泣かせるのが趣味なお兄さん。またお会いしましょう」


「……風に何をしたのです?一刀殿」


「兄様、ちゃんと栄養のある物を食べてくださいね。怪我の治癒には体力が不可欠ですから」


「もう心配かけないでね!兄ちゃん!」


「あぁ、うん。また来てな」


数日後、移動できるくらいの体力が戻った俺が雪蓮達のもとへ行く前に、村へ来ていた皆は帰っていった。

沙和が物騒な事を言っていた上に風の恨み節のせいで素っ気無い返事になってしまった。

明花は皆が連れて帰ろうとしたのだが、まだ俺と離れるのが嫌なのか泣き出してしまったので連れて行くことにした。


「今日から楽しみね♪」


「……雪蓮姉様の、その眩しすぎる笑顔が不安を煽りますね」


「私も少し滞在するから平気よ。その後も入れ替えで桂花達が来るしね」


「そうね。華琳が滞在している間は、北郷と一緒に居てもらうわ」


「二人して私がよからぬ事を考えているみたいな言い方するわね」


「実際──」


「蓮華。貴方の失言を私は忘れないわ。次に紫苑と会う時が楽しみね?」


「……何でもありません」


「人の逢引を覗いていた者が疑われるのは当然ね」


「……やっぱりバレてたか」


「……よく気づいていながら続けられたわね」


「別に、私と一刀のやりとりを見られたところで何もないもの」


「俺は恥ずかしいけどね!?」


そこまで黙って聞いていた一刀が思わず叫ぶ。


覗かれてたのかよ!

俺めっちゃ華琳に甘えてたよ!

一番人に見られたくない姿だよ!


「ま、あれだけ甘えている姿を見られたのだから、もう何も怖がる事はないでしょう」


「みなまで言うなよ!」


本当にドSだなぁうちの覇王様はよ!


「そういえば星は?」


このまま弄られていると顔から発火しそうなので雪蓮へ話を逸らす。


「もうじき来るでしょう。今は真桜に修理してもらってた得物を取りに行ってるんじゃないかしら」


「あぁ、折れちゃったんだもんな」


「あの怪力を食い止めていた星の技量も凄いものがあるわね。得物の方が先にダメになることなんてそうそう無いわよ」


「……? 知ってるのか?」


まるであの城へ襲撃してきた男を知っているかのような口調だ。


「あー……華陀や貂蝉に聞いたのよ。というか、一刀と星をここへ運んできたあの二人はどこへ行ったの?華琳は見かけた?」


「さぁ、気づいたら居なくなっていたし、華陀もあの二人は昔旅をしていた仲ではあるけれど、今は特に交流はないそうよ。

 今回いきなり華陀のもとを訪れたみたいね」


「え?俺をここまで運んでくれたのって貂蝉なの?」


「聞いていないの?」


「何も」


「次に会ったらちゃんと礼を言っておきなさい。あれが居なければ、貴方は間違いなく死んでいたでしょうから」


「……そっか」


それから間もなく、星が合流し、劉備と関羽は付き添う形で着いていく事になった。

道中の雪蓮は何故か凄く機嫌が良く、それを見る孫権と関羽は微妙な表情だった。

いつも通り……というと語弊があるが、変化がないのは劉備くらいだろうか。


星も、あれからだいぶ時間が経ったことで、俺と普通に会話するようになった。

どれだけあれが恥ずかしかったんだ。


星も、明花が来てから、俺の次に張り付かれている。

明花は俺が倒れているところは見ていないそうだが、星が怪我で運ばれるところはばっちり見てしまったらしい。

その姿を知っているから、星が前のように変わらぬ姿で接してくれることが嬉しいのだろう。


ともかく、俺の与り知らぬ所で俺の予定が既に決定されていた為、呉での生活が半強制的に始まるのだった。

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