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21 目覚め

「それで、襲撃してきた男は白装束の大将ということでいいのね?」


部屋に戻り、貂蝉の話を聞く。

既に部屋には皆が居り、流琉と季衣は話を聞く状態ではないため来ておらず、華琳と桃香が最後だった。


「大将と言っても、あの場限りのものだけどね。そして、北郷ちゃんと同じ……というと語弊があるけど、未来の知識を持つ者よ」


「……なんですって?」


「まぁ、あれは白装束のように何か目的があるわけではなく、殺戮を楽しむために目的を探しているような狂人だったけどね」


「……あの”記憶”を見る限りではそうみたいね」


「じゃあまだ白装束は殲滅出来ていないということなのね」


話を聞いていた雪蓮が問う。


「殲滅どころか、あれは本当に捨て駒のような存在だったのよ。証拠に、あれが討ち取られても、誰も出てこなかったでしょう?

 まぁ、私と卑弥呼が出てきたからというのもあるのでしょうけど」


「……三国を巻き込んでおいて、捨て駒ね」


雪蓮が吐き捨てるように言う。


「それも、星を退け、北郷殿をあそこまで負傷させるほどの強さを持った者が、か」


「愛紗ちゃんと星ちゃんは同じくらいの強さだもんね……そんな人が捨て駒って……それよりも強い人がいるの?」


「強さにおいてはあれは頭ひとつ抜けているわ。もともと恵まれた体躯に、大方、左慈か于吉が手を施したんだと思う」


「……その、左慈と于吉というのも白装束の仲間なのか?」


「仲間も何も、その二人が白装束を率いていると言ってもいいわ。……といっても白装束の中にも派閥があって、その二人は過激派の人間なんだけどね」


そこまで話を聞いた、華琳、秋蘭を除いた者達は皆、同じ疑問を持ち、雪蓮が問うた。


「……そもそも、私達は五胡の相手をしていたし、それ以前にも何をされた訳じゃないからわからないんだけど、白装束は何が目的で、何で魏を狙ったの?」


「目的は、ごしゅ……北郷ちゃんが助けた女の子、そして、この世界を歪めた張本人の北郷ちゃんの排除。

 後者はともかく、前者が何故なのかは私もわからないわ」


「待って待って……世界を歪めたって、なに?」


当たり前のように壮大なことを言った貂蝉に対し、皆が疑問を持った。


「あら、”外史”の話、北郷ちゃんから聞いてない?」


「……がいし?」


その場に居る全員が、外史という単語に首を傾げる。


「……んー、貴方達にとって不審人物の私にその話を聞いても、絶対信じられないのよねぇ……」


「不審者という自覚はあるのだな……」


「自己紹介がまだですもの♪」


「……あぁ、そういう」


その場に居る全員がやはり同じ事を思う、そういうことじゃない、と。


「で、その胡散臭い話の続きは?」


「そうねぇ、詳しい事は北郷ちゃんが目覚めた時に一緒に話すけど、とりあえず、”管理者”という者が居て、

それが管理している物語を、本来進むべき道を、北郷ちゃんが変えてしまったと認識して頂戴」


そう言われた瞬間、華琳はピンと来るものがあった。

定軍山や赤壁の顛末と、彼に対する、大局に逆らうなという忠告。

彼の知っている歴史。

それが本当に本来のものならば、それを歪め、歴史を変えたのは、確かに彼だった。


「そして、曹操ちゃんが彼に残した”あれ”」


「ッ!?貴方、何でそれを──!!」


”あれ”としか言われていないのに、すぐに何のことか分かってしまった。

一刀の存在を嘘にしないために、殴り書きしてしまったものだ。

人には絶対見せまいとしながら綴ったものだったものを知られていたため、自分の弱さを知られた恥ずかしさと情けなさから頭に血が上るも、貂蝉の表情は真剣で、

それを茶化したり、安っぽい同情を向けられる訳ではなかった。


「本来、あるはずのない”想い”が、現代の日本……貴方達の言う、天の世界に存在してしまった事で、一部の管理者から北郷ちゃんへの敵意が確かなものになったわ。

 管理者というのは、”そういう”役目だからね」


そういうと、貂蝉は華琳に近づき、手を取った。


「……ありがとう。貴方が自分の想いを形で残してくれた事で、ここに、北郷ちゃんが居たという証を残してくれた事で、道が消えずに残ってくれたの」


「……どうして、貴方が礼を言うのよ」


「……もう、悲しいお話はこりごりだもの」


その表情を見たら、怒りなどはすぐに収まってしまった。

どうしてこの貂蝉と名乗る者は、こんなにも悲しそうにするのだろう。

本当に、それこそ知己のように。


「とにかく、貴方達と北郷ちゃんがお互いに想い続けていたからもう一度こうして出会えた、そしてそれが白装束にとって不利益になる事と認識しておいてくれればいいわ」


「では、奴らはまた来るということだな?」


秋蘭の問いに、貂蝉は頷く。


「でも今回北郷ちゃんが兀突骨……あの男ね。あれに勝った事はとても朗報よ。

 正直私も驚いたわ。いくら仙術で身体能力が強化されたとはいえ、あれに勝てる者なんてそうはいない。

 それこそ、私と良い勝負するんじゃないかしら」


「お前の実力は解らんが……まぁ、只者ではないことくらいは解る」


見た目もな。と、秋蘭は小声で付け加えた。


「ありがと♪それにね、華陀にも聞いたと思うけど、自分の許容量を超えた氣を以って戦うというのは……もう貴方達にはあまりこういうことは言いたくないのだけど、想像を絶する苦痛を伴うの。

 ……普通なら耐えられなくて発狂してしまうくらいにね」


「……じゃあ、一刀は」


華琳の呟くような声に、貂蝉は言葉を続けた。


「耐えられるはずのない苦痛を、気力だけで耐えていたって事。

 よしんば耐えられたとしても、あまりの激痛に戦いどころではないはずなのに……。

 あの精神力は、私にも計り知れないものがあるわ。

 ……普通の少年だった彼が、あの激痛を耐えながら戦い、更には勝利したのは全部……傷ついた星ちゃんと、両親を殺され、故郷を奪われた明花ちゃんの為。

 貴方達に流れ込んだあの想いは全部、北郷ちゃんの心の底からの怒りよ。

 ──とまぁ、とにかく♪」


またしても空気の沈みそうな雰囲気を崩すために、貂蝉は本題に戻す。


「確かに狙われているのは北郷ちゃん達なんだけど、貴方達も油断せずに動向を探っておいたほうがいいかもしれないわ」


蓮華と桃香を見て、貂蝉は言う。

もはや白装束にとって、魏、呉、蜀という国分けなどどうでもいいのだろう。

だからこんな無茶な戦争を三国相手に仕掛けてきたのだろう。


「そうね。こうして見境のない行動をしてくるほどだもの。それに、三国が全て厳戒態勢を敷けば白装束も下手な動きは出来ないでしょう。

 あの男が強さで頭ひとつ抜けているというのなら尚更ね。北郷に倒されてしまったわけだし、それに」


一息入れ、蓮華は怒りを孕んだ声で、


「彼の……北郷が見た村での出来事は、私は許せない。例え関係無いと言われようと、私は絶対に許さない」


「私も蓮華に賛成ね。冥琳も文句は言わないでしょ」


「……蓮華殿の言うとおり、あの非道な行為は許されるものではない。私も、白装束は三国で協力して殲滅すべきだと思う」


「愛紗ちゃんもそう思ってくれて良かった。私も絶対放っておけないもん」


その言葉を聞いて、華琳は内心ほっとした。

白装束が一刀と明花を狙っているのであれば、自分達は何の関係も無いと言われても仕方なかったから。

それを言われる覚悟もしていた。

しかし、それを知った上で、ここに居る皆は怒りを露にし、三国で共闘しようと言ってくれた。


「……いつか、この借りは返すわ」


「そうねぇ……いつかと言わずに、今約束してくれたら全部チャラにしてあげる」


「雪蓮姉さま……今は冗談を言っている時ではありません。華琳、借りなんて思わないで良いわ。どちらにせよ、白装束はどの国にとっても不利益しか運んでこないもの」


「良いわ、言って見なさい雪蓮」


「はぁ……」


蓮華はため息を吐いた。

華琳が、雪蓮の言葉に敏感に反応するのは解っていた。

誇り高い彼女の事だ。

最初から蓮華の言葉を言っていればすんなりと受け入れられただろうが、その前に雪蓮の茶々が入ったことによってそれを阻止された。


「一刀の療養及びその後の数ヶ月、うちに滞在させて?」


「……はい?」


雪蓮の要求に、華琳は素で頭を傾げた。


「どうせ怪我が治ってもすぐに貴方のところに帰る体力なんて無いでしょうし、うちで面倒見させてよ。あ、星もうちで面倒見るわよ?」


「待ちなさい……何故?」


「何故って……私も星みたいに、一刀に興味があるから」


「あの……雪蓮姉さま?」


「なに?」


「勝手に決められても困るのですが……それに、魏の皆は早く北郷に帰ってきて欲しいでしょう」


「だからそれまでの間、うちで面倒見るって話よ。目覚めてすぐにはいさよならなんてしたら道中でのたれ死ぬわよ?

 別に華琳達ならいつ来てもうちは構わないし、その期間ずっと会えないって訳じゃないでしょ?まぁ、移動の手間はあるけどね」


「それはそうですが……」


雪蓮の要求は、彼女のわがままのように聞こえるが、華琳は冷静に考えてそれは彼女の気遣いなのだという事に気づく。

このままこの村で療養しても良いのだが、ならば彼女達の屋敷なり城なりのほうが設備も整っているし人もある。

世話に不具合は一切無いどころか利便性では圧倒的にありがたい話だ。


そして、この話の中では既に一刀は怪我が治り、無事に目覚めるという事が前提で進んでいるのも、彼女なりの気遣いなのだろう。

いつまでも、目覚めるか解らないなどと暗い話をするくらいなら、目覚めてからの話をしたほうが建設的だ。


「そうね、こちらとしても、それはありがたい話だわ」


内心で華琳は少しだけ笑いながら、雪蓮の要求に応えた。


「あ!じゃあその次は私達のところも良いですか?」


「……あの、桃香様?」


突然の桃香の発言に、困惑の表情を浮かべた愛紗が蓮華と全く同じ反応を示し、その意思を確認する。


「え?だって、北郷さんの事、気にならない?愛紗ちゃん。私達と同じ志を持ってるんだよ?」


「それはわかりますが……」


「はぁ……もう好きにして頂戴」


華琳はため息を吐きながら、桃香の突然の要求にも応えたのだった。

嬉しかったのだ。

一刀を認めてくれたことが。

一刀のこの先を、怪我が治り、普通の生活に戻るということを当たり前のように言ってくれる事が。


ともあれ、一刀本人の意思など関係なく、彼のこれからが決まってしまったのだった。


その後、華琳は一人、部屋に戻り空を見上げる。

今日は満月ではない。

しかし、自分の心とは裏腹に、澄み渡った夜空だ。


「……耐えて耐えて、耐え続けた結果が、”あれ”じゃない……」


呟きながら思い出すのは、一刀が消える前、不調を隠そうと、一人で隠れるように岩陰にもたれ掛かっていた姿。

そして、先ほどの貂蝉の言葉。


”耐えられるはずのない苦痛を、気力だけで耐えていたって事”


「……結局、また同じ事をする……本当、馬鹿」




























それから、既に一月が経とうとしていた。

一刀も外傷は落ち着き、乱れていた氣の廻りも華陀と貂蝉達が協力した事で正常に限りなく近い状態にまで戻った。

それでも、一刀は目覚めることは無かった。


華陀曰く、それほどに気力も体力も使い果たしていたのだろう。

更に深すぎる傷と氣の乱れ、それらを身体が治そうと働いているため、そこでも体力を使っていたのだと。

最初こそ目覚めるかどうかという状況だったが、これだけ落ち着いていればそう遠くないうちに目覚めるだろうとのことだった。

星は既に目覚め、まだ完治はしていないものの、自分と明花の為に傷ついた一刀の世話をさせてくれと一歩も引かなかった。

彼女の気持ちを思うと、周りもそれを止めることは出来なかった。


星は一刀の世話をしている間、ずっと悲痛な想いだった。

それまでに、既に何度か目覚めていた星は、身体が動かずとも顔の向きだけを変え、一刀を見ていた。

傍にいきたかった。

抱きしめたかった。

身体を動かすと激痛が走るも、それを耐えながら這ってでも彼のそばに行こうとすると、華陀が本気で怒りを見せた。


”彼は、こんな姿になっても、最後まで自分のことなど見向きもせず、キミのことを心配していたんだぞ。

そんなキミが、自分を蔑ろにすることは絶対に許さない”


そう言ったのだ。

それを聞いて、涙が溢れた。


包帯を変える時に見る彼の身体には無数の傷跡、そして、額から目に掛けて巻かれていた包帯が取れたそこには、やはり、額から目の横に掛けて大きな傷が残っていた。

あの男の攻撃を受け、瓦礫やら木片やらで深く裂傷してしまったのだろう。

自分があの男に勝てなかったせいで、一刀をこんな目に合わせてしまったと、ずっと悔いていた。

当初は、もう助からないとまで言われたのだという。


最後に、意識を失う前に見た彼の表情は覚えている。

視界が霞み、ぼやけていたが、はっきりと解った。

倒れる自分を抱きとめ、伸ばした手を握ってくれた彼は、正面を向き、あの男が居る方へ視線を向けていた。

その表情は、今まで見たことのない、怒りと殺意を露にしたものだった。

こんな状態になってしまった彼に対し、自分を想い怒りを露にしてくれたということに僅かな喜びを感じてしまう。

そんな浅はかな自分がとても卑しく思えてしまった。










「星──」










己を悔いながら一刀の世話をしていると、自分を呼ぶ声が聞こえた。

慌てて一刀の顔に目を向けると、うっすらと目を開き、片手を伸ばしていた。


「か、一刀殿……?」


あの時、彼がそうしてくれたように、今度は星がその手を取り、自分の頬に当てた。

彼がそうしたいと思っているように思えたから。

すると、一刀は星の後ろに手を伸ばし、そのまま抱き寄せた。

寝ている一刀に覆いかぶさる形になってしまった。


「か、一刀殿、怪我に障ります!」


そういうも、彼はそんなことお構いなしとばかりに腕を解こうとはせず、星を抱き寄せながら大きく息をつくと、


「……無事でよかった」


と、心底安心したような声で言った。

それを聞いた瞬間、涙と共に、押し込められていた感情が溢れ出た。


「な……何を……言っているのですか……それは……こちらの科白でしょう……?貴方のほうが……私などよりも余程重傷でしょう……!

 もう、助からないとまで言われたのですよ……!ご自分がどれだけ眠っていたか、解っているのですか……!

 本当に死に掛けていたのですよ……!」


「……声が聞こえたんだ」


「え……?」


「自分でもあんまり覚えてないんだけど……あの男に吹き飛ばされて、身体がもう動かなくて、目も見えなくてさ。

 真っ暗な場所に居たんだけど、……声が聞こえたんだ」


一刀は掠れる声で自分が死に掛けた時に体験した事を話した。

あの必殺とも言える一撃を食らって尚立ち上がり、兀突骨の首を取るに至る原動力となった二人の泣き声が聞こえてきた事を。


「あの男に勝てたのは、星と明花のおかげかな」


冗談交じりに話す一刀の胸に、星は顔を埋めながら、溢れ出る涙を隠す。


自分達の為に、彼は瀕死の身体で立ち上がってくれたのだ。

この人はどこまで私の心を奪っていくのだろう、と、強く思う。


「泣かないでくれよ、星」


「泣いてなどおりませぬ……」


「じゃあ顔見せて」


「嫌です」


「やっぱり泣いてる」


「泣いてなどおりませぬ……!」


そう言いながら、星は一刀にしがみつくように力が入る。

泣いてないと言いながら、胸に顔を埋めながらすすり泣く星を見て、一刀は少し笑い、


「明花を守ってくれてありがとう。……生きててくれて、ありがとう」


「ッ……一刀殿……!」


星は溢れる涙を止めることが出来なかった。

一刀のほうが比べ物にならない程に重傷で、生死の境をさまよっていたというのに。

目覚めて開口一番、出てきたのは此処が何処とか、自分自身がどんな状況かというものではなく、星を心配して、気遣ってくれる言葉だった。

生きててくれてありがとう、と、感謝の言葉だった。

それはこちらの科白だと、星は言いたかった。


胸がいっぱいになった。


感謝どころではない。

愛している。

はっきりとそう言える。

生きて欲しいと毎日願った。

寝たきりの彼を見て、ずっと、毎日願った。

起きて、また笑いかけてほしい。

自分の死に際に、彼との未来が閉ざされてしまう絶望を感じたが、それは一刀が死んでしまっても同じだ。


自分勝手かもしれない、それでも、生きて、笑ってほしい。

自分が目覚めて、初めて彼の姿を見たとき、あまりにも死の気配が近づきすぎていると感じた。

心底恐怖を感じた。


自分が死ぬ事の恐怖はずいぶん昔に覚悟と引き換えに捨て去った。

でも、愛する人の死は怖かった。

頭が回らず、震えるだけだった。

何も出来ない自分が、心底悔しかった。


多分、魏の皆は彼が消えたとき同じ気持ちになったことだろう。


抱きつきながら泣いている星の頭を、一刀は優しく撫で続けた。

泣き止んで欲しくてやっている行為が、その優しさが、余計に星の涙を溢れさせてしまう。


星の頭を撫でながら、一刀はあの時の事を思い出していた。

一刀の腕の中で星が意識を失う直前、星は一刀に”愛しています”と言ったのだ。

掠れて、あまりに小さい声で耳を澄まさないと聞こえないような声だったが、確かに彼女はそう言ってくれた。

あの時はあまりの怒りにそれに対する答えを言うことが出来なかったが、今は言える。


「こんな時にあれなんだけどさ、星。──俺も星が好きだよ」


一刀の胸に顔を埋め泣いていた星が、驚いた顔で一刀を見上げる。


「真っ直ぐで、それを貫こうとする強さも、誰かを守ろうとする優しさも」


星は何を言って良いのか解らず、流した涙を拭こうともせず一刀の顔を見続けている。


「星が俺を少なからず想ってくれてるのは薄々気づいてた。自惚れと言われればそれまでだったかもしれないけど、星が言葉にしてくれたから、それらが全部繋がったんだ。

 でも、俺は魏の皆が居るし、遠慮してたんだけど……こんな命がけで明花を守ってくれて、俺との約束を守ろうとしてくれて、好きだなんて言われたら、俺だって好きになっちゃうよ」


そう言うと、星は再び一刀の胸に額を押し付け、


「……貴方はひどい人だ。泣くなと言いながら、私を泣かせる事ばかり言う」


「悲しい顔は見たくないな」


「これが……悲しい顔に見えますか?……涙は、嬉しくても出るものです」


そう言って顔を上げた星は涙を流しながら、しかし、笑ってくれたのだった。














しばらくして、星は一刀の腕で泣き疲れて眠ってしまった。

普段の彼女ならばそんな事はしないだろう。

しかし、自分の傷が治りきっていない事と、毎日見ていた愛する人の目覚めぬ姿に心身共に磨り減っていたのかもしれない。

妖艶な微笑みを見せる普段の星からはあまり想像出来ない、安心しきった、幼さを覗かせる寝顔だった。


自分がどれくらい眠っていたのかは解らないが、身体を動かすときに少し痛みがあるかダルいくらいで、激痛を伴うことはなかった。

寝ている星の前髪を指で分けながら目元の赤くなった星の寝顔を眺める。


心の底から、彼女が無事で居てくれて良かったと思う。

あの時見た星の姿は多分、一生忘れないだろう。

トラウマと言ってもいいかもしれない。

だからこそ、怒りで我を忘れてしまった。


自分の身体に起こっている異変になど目もくれず、戦ってしまった。

結果、星と明花を救うことが出来たのだからそれは良い。

それでも、こうして、俺が傷つくことで悲しんでくれる人が居る。

星もそうだし、明花や魏の皆も悲しんでくれたのだろう。


死ぬつもりなど毛頭無かった。

しかし、周りの者からすれば、そうは映らなかったのだろう。

だから、こうして泣かせてしまった。


今のままではダメだ。

もっと強くならなければ。

人が死ぬ痛みや怖さ、悲しさは知っている。

でも、それが自分の大切な人だった時のことは計り知れない。


皆が心配する必要も無いくらい、強くならなければだめだ。


これじゃあ、何も変わってない。



寝ている星を眺めながら、一刀は自戒していた。

そしてふと、思い出した。


そもそも、一刀が星を救うに至った一番最初のことだ。

頭に直接、誰かが語りかけてきた。

そう、この世界に帰ってくる前に響いた、あの白装束の声のように。

あの白装束からは敵意を感じなかった。

そして、あれのおかげでこうしてこちらに帰ってくることが出来た。

しかし、今回魏を襲ったのも、あの男が羽織っていたのも、あの時の白装束と同じものだった。

同じ格好ではあるが、仲間ではないのかもしれない。


証拠というわけではないが、その頭に響いてきた声は、一刀に向かってこういったのだ。


”キミの大切な人が危ないかもしれない。すぐに引き返して”と。


その言葉を聞いて、間髪いれずに引き返した結果、星の命の危機を救うことが出来た。

あれが一体何者で、何が目的かはさっぱりわからない。

服装は嫌悪する奴らと一緒だし、素顔も知らない。

それでも、あの声のおかげで星を救えた。

それだけは、感謝しなければならない。





















一刀が目覚めたことは、すぐに皆に伝わった。

それこそ、魏は国が空っぽになるのではないかという程、全員が押しかけてくる勢いだったのを桂花が阻止し、やはり前半後半に分かれて来る様だった。

最初に来たのは凪達三羽烏と風、稟、そして、明花だった。


一刀が目覚め、部屋にはお偉い方も揃い、物理的に窮屈を感じていた所、扉が開き、小さな姿が駆けてきた。

そのまま寝台に座っている一刀の胸に飛び込み、抱きついた。


「う”うう~~~~~~~……!」


一刀の胸に顔を押し付けながら、明花は泣いた。

両親が殺された時と同じくらいに、泣いた。


「はは、心配してくれたのか?」


一刀はそう言いながら、泣きじゃくる明花を優しく抱きしめる。


「兄ちゃんが、明花を置いて死ぬわけないだろ?……明花のお母さんとも約束したんだ。

 これからずっと、兄ちゃんが守るって、……そう言ったろ?」


「う”う”う”ぅぅぅ~~~~~~~~~~~!!」


それでも泣き続ける明花を、一刀はずっと、優しく抱きしめ、撫で続けた。


「大丈夫だって。大丈夫、大丈夫」


明花を落ち着ける為に、一刀は安心させる言葉を掛けながら背中を撫でる。


「み”んふぁぢゃんよがったねぇ……!!」


「……桃香様、泣きすぎです」


「だってぇ……!」


明花はずっと眠っていた一刀の姿は知らない。

明花が会いたいと言っても、あの姿を見せるわけには行かないから、皆がそれを拒んでいた。

しかし、一刀が目覚めたという一報が入り、すぐに明花を共に一刀のもとへ行かせたのだ。

幼いながらも、一刀に何かあったのだということを、明花は解っていた。

ずっと不安だったのだ。

あの、底知れない優しさで包んでくれた彼が、両親のように、手の届かない場所へ行ってしまうのではないかと。

本当の兄のように愛情を注いでくれた彼に、もう二度と、会えなくなってしまうのではないかと。


そんな不安を抱えながら過ごしていたのだ。

それが爆発したのだろう。


明花が抱きつきながら泣いている間、一刀はあやす様に、ぽんぽんと優しく背中を叩きながら、抱きしめていた。


「……あら、蓮華、もしかして泣いてる?」


「ッ……!泣いてません!」


「沙和はも”う全力で泣いでるの”~~!!」


「隊長がアホなせいでこんな小さな子にこんな寂しい思いさせたんやぞ!少しは自分の身体に気ぃ配りや!

 死ぬ程の怪我でそのまま戦場行くアホが何処におんねん!凪が止めんかったら絶対死んでたで!」


「無事に目覚めてくれて……本当に良かったです、隊長……!」


一番騒がしくなる人たちが来てしまったかも知れない。

いや、この場に春蘭と桂花が居ないだけでもまだマシなのかな。

今ここにあの二人が居たらもっと収拾のつかないことになる。


「お兄さん」


呼ぶ声のほうへ顔を向けると、いつもの……とは少し違う表情の風。


「ずいぶん派手な面傷が残りましたね~」


そう言いながら傷の周りをなぞる様に触れる。

指が傷を伝い終わると同時に、風は唇を噛み、一瞬、とても悲しそうな顔をした。

しかし、それを見せまいとしたのだろう、一刀がそれに反応する前に、後ろを向き離れてしまった。


「風……」


「あとでちゃんと風と話してあげてください。一番危ない状態の貴方を見たのですから」


すかさずそう言ったのは稟だった。


「……俺、そんなにヤバかった?」


「ええ。私から見ても、何故生きているのか不思議なほどでした。華陀以外の医者は匙を投げましたね。

 正直、一度見たら忘れられない程です。夢に出てきますよあれは」


淡々と応える稟の言葉の節々に怒りを感じる。

思えば、俺を運んだのは稟だったそうだ。


「ちなみにその今にも死にそうな傷で戦場へ出たときは後ろから石でも投げて私が殺してやろうかと思いましたよ」


いきなり怒りが直接的な言葉になったな。


「今後は首に鎖でもつけて手綱を握ってあげましょうか」


「いや、あの、はい、すみません。今後は気をつけます」


「気をつけるのではなく、やめなさい」


「はい」


普通に怒られた。


「まぁ、生きていたのでこれくらいで良しとします。……星も、貴方が来てくれたおかげで救われましたしね。

 季衣と流琉も間の悪い……貴方が目覚めるのと入れ違いでここを出立したそうですよ。

 すぐに引き返してくるとは思いますけどね」


「二人にも謝らないとな」


そして星は、俺が目覚めた直後の余韻なのか、傍には居るし話もするが、目を合わせようとしない。

顔を赤らめながら視線を逸らされるとこちらも恥ずかしくなるので早く慣れて欲しい。

今も大勢が居る中でボロが出るのを恐れて俺に話しかけてくることは無い。

目の前で大泣きしてしまった恥ずかしさもまだあるのだろう。


「ま、何はともあれ、無事目覚めたようで何よりだわ。もう少し体力が戻ったらウチに移動することになるから、よろしくね」


「うん……うん?」


雪蓮がさらっと何か重要なことを言った気がする。


「勿論滞在中の面倒は全部見るから、安心して良いわよ」


「……え?俺?ここに留まるの?」


「うん♪」


雪蓮が凄い楽しそう。


「え、ていうか待って。俺一番大事なこと聞いてなかった。白装束はどうなったの?」


「死ぬ程今更やな」


「いや、皆がここに居る時点でもう勝って終わったってのは解るんだけど」


「そうね。まずはそれから説明しましょう」


傍にいた華琳がそう言い、今までの事や聞いたことを説明してくれた。


「……じゃあまだ、あいつらは居るってことなんだな」


「ええ。まぁ、あれほどの腕を持つ者はもう居ないだろうという事だから、貴方がそこまで負傷することもないでしょう」


稟に続いて、華琳の言葉にも棘がある気がする。


「ま、そろそろこの辺で一度お開きにしてやってくれ。北郷も目覚めたばかりでまだ身体が慣れてない」


「そうね……そうしましょう」


華陀の一言で、その場はお開きになった。

張り付いて離れない明花だけは華陀も仕方が無いと笑い、その場を後にした。


皆が部屋から出て行った後、泣きつかれて眠った明花と共に寝台に横になる。

自分ではあまり気づかなかったが、今まで散々眠っていたにも関わらずこうして横になるとすぐに眠気が襲ってくる辺り、まだ回復しきっていないのかもしれない。

その眠気に従い目を瞑ると、すぐに意識は吸い込まれた。






次に目が覚めると、辺りが薄暗くなっていた。

明花はまだ寝ている。

どうやらあまり時間は経っていないらしい。

寝ている明花を起こさないようにそっと寝台を抜け出す。

立った瞬間、膝が落ちそうになるも何とか堪え、壁に手を添えながら進み、外へ出る。


丁度良い気温と、心地よい風が吹いていた。

あまりうろついていると今度こそ鎖に繋がれそうなので少し空気に当たったら戻ろう。

明花も目が覚めて隣に俺が居なかったらまた泣いてしまうかもしれない。


外に出てすぐの芝生へ腰を下ろし、そのまま後ろに寝転んだ。


そうしていると、思い出すのはやはり、星のあの姿。

本当にぎりぎりのタイミングだった。

あと一瞬でも遅ければ確実に間に合っていなかった。

もしそうなれば……。

その先を想像すると、背筋が凍った。


結果的には、星も明花も救うことが出来た。

それでも、たらればを考えてしまう。

もっと早くに辿り付けていたら。

星を自分の国へ帰していれば。

俺が、城に残っていれば。


「…………」


ふと人の気配がしたので、空を見上げていた視線を横にずらすと、いつの間にか風が隣に座っていた。


……びっくりした。

心臓に悪い。


「ん」


ずいっと頭を差し出してくる。


……何だろう、何かが足りない気がする。

……あ、宝慧が乗ってない。

慌ててポケットから宝慧を取り出す。


……いや、何で俺が持ってんの?

そもそもこれポケットに入る大きさじゃないだろ。

どうなってんだよこいつの収納性。


「それは風が入れておきました」


「何で!?」


というかいつ!?


まだ頭を引っ込めないのでとりあえず手に持っているそいつを乗せる。

……いや、前から知ってはいたけど、本当に乗ってるだけなんだな。

よく落ちないね。

呪いの装備なの?

着けたらもう外せないの?

神父必須のアイテムなの?


「お兄さんが出歩いている事は特別に黙っておいてあげます」


「それはどうも……」


宝慧を俺のポケットにねじ込んだ動機は?


「風が呼んでいると思ってくれるかなって」


「これそういう使い方なの?」


「それはそうとお兄さん」


「はい」


何だろう、風の言葉が心なしか強い。


「お兄さんが無意識に使っていた氣ですが、今後数ヶ月、下手をすれば数年は使えないみたいですよ~」


「……ええ」


衝撃的事実に思わず引いた。


「氣は生命の源、というのは凪ちゃんに聞いてご存知ですね? お兄さんの氣ですが、今は風の半分にも満たないそうです」


「ぬぇ?」


「まぁ自業自得と思って諦めてください。あんな無茶な戦いをすれば当然なのです」


「見てきたみたいな言い方するね……」


「見ましたからね~」


「……え?」


「まぁ、詳しくはあの筋骨隆々の方に聞いてください。お兄さんの蛮行を知っているのは風だけではないのですよ」


蛮行というあたり、風が怒っているのは伝わってくる。

というか見たって?

あの場に風は居なかったはず。


「でも、星ちゃんを助けて頂いた事、本当に感謝しています。風の大切なお友達ですから」


怒りながら感謝もしている、という、複雑な心境らしい。


「知っていますか?お兄さんは運ばれてからすぐに治療が始まったんです。

 しかしあまりに無茶をしすぎたせいと、怒りで無理やり引き出された、”与えられた”氣と自分の氣が混ざり合って爆発的に燃え続けてしまったらしいです。

 普通、怒ったからって氣が使えるなんてことはないんですけどね~。

 そのせいでお兄さんは外傷も相まって、身体の内外から破壊されているような状態だったそうです。

 それがいかに危険な状態か、素人でも、誰でもわかります。

 瞬間的な力を引き出す代わりに、命を急激に燃やし続けているということですから。

 だから出血も止まらずに、普通のお医者様ではどうしようもない状態でした」


風の言葉を聞いて、いかに自分が危険な状態だったかを理解する。


「華陀はここ……呉にいるし、でもお兄さんはそんな状態で、風達はどうしていいかわかりませんでした。

 その時にあの筋骨隆々の方達が現れたのです。

 見た目もそうですが、身体能力?と言って良いのかも解りませんが、凄いですね~。

 そこから数刻もせずにお兄さんをここにつれてきてくれました。

 華陀はそんな状態のお兄さんを懸命に治療してくれました。

 おかげでこうして風はまたお兄さんとお話が出来ているわけなのです」


なんでもない風を装っているものの微かに声が震えているのが解る。


「……初めて、思いましたよ」


何が、とは思うも、先を促すのも躊躇われる雰囲気だった。

黙って次の言葉を待つ。


「自分自身が、憎いと」


それは、風の口から出たとは思えない言葉だった。


「風が、武官でないことが憎いと、初めて思いました」


ゆっくりとこちらに顔を向け、風は泣き笑いのような表情で、


「あまり無茶をされると困りますね~」


そう言った。


「……心配かけてごめんな。風」


それしか言えない。

隣に座る風の頭を撫でながら、それ以外にかける言葉が見つからない。


「……心配どころではないのです」


そう言いながら、風は先ほどのように、俺の顔についた傷をなぞる。


「風を泣かせて楽しいですか?とんでもない性癖ですね、お兄さん」


冗談を言っているのに、風の表情は今にも泣きそうで。


「あの状況では、お兄さんの行動が最善だったと解ってはいても、やっぱり、つらいものはつらいのです」


「うん……ごめん。ごめんな、風」


風を抱き寄せ、謝ることしか出来ない。


「自分だけが、愛していると思わないでください。……風達も、お兄さんを愛しているのです。

 愛する人があんな状態になれば、誰でも、怖いのです」


痛いほどに解る。

皆がそんな状況になってしまったら、俺は多分、立ち直れない。

そんな心労を掛けてしまった事を深く後悔した。

風のいうとおり、あの場では最善の選択だっただろう。

それでも、理屈とは違うのだ。

理屈では片付けられない、気持ちがあるのだ。


「うん……ごめん」


風を抱きしめながら、ひたすら謝り続けた。

その間、風はされるがままに、静かに泣き続けた。


皆を泣かせてばかりの情けない自分に、心底腹が立った。


もう少しシリアスパートは続きます。

華琳さんのターン。

その後に日常に戻ります。

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