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20 弱さ故に

「な……何を……言っているのですか」


やっと搾り出した言葉がそれだった。


兀突骨との戦闘に勝利し、その場に崩れ落ちた一刀はすぐに兵によって運び出されていた。


兵達は戦闘の様子をずっと影から祈るように見続け、もしも一刀が命を落としそうになった時はその場の全員が犠牲になってでも救い出すつもりだった。

そう思えるくらいに、一刀の怒りと、人を想う姿に心打たれたのだ。


しかし、予想外の事に、飛び出す隙もなく、兀突骨が一刀に致命打を与えたのだ。

吹き飛び瓦礫に埋もれた一刀を見て、兵達は我慢ならんと全員が飛び出そうとした。


だが、彼は立ち上がった。

それまでの戦闘でも竦む様な殺意を見せていたが、それとは比べ物にならない程に空気を凍てつかせながら、彼は立ち上がった。

血まみれの身体を無理やり動かし、彼は人の為に戦い、勝利したのだ。


その姿に、言葉に出来ない想いがこみ上げ、思わず涙した。


「常駐の医者に治療してもらってはいますが、もう助からないだろうと……!身体の損傷が激しすぎるのだそうです……何故この状態でまだ生きているのかが不思議なほどだと……!」


「ふ、風……」


兵に状況を聞き、しかし頭が真っ白になり正常な思考が出来ない為、隣の風に助けを求めるように目を移す。


「…………」


長年共に居るが、風のこんな表情を見るのは初めてだった。

いつもの眠たげな表情や、いたずらっぽい表情などではなく、只目を見開き硬直していた。

本当に、いつもの冗談など挟む余地もなく、只々衝撃を受けていた。
























お願い、します……あの子を……助けてください……──


胸を貫かれた女性が俺の腕の中でそう願い、息絶える映像が流れる。

周りを見渡すと、村は既に火の海だった。

にやにやと薄汚い笑みを貼り付け、息絶える女性を見ている賊共の後ろに、白装束を纏った男が居た。

あれがこの凄惨な状況を作り出した張本人だと理解した。


倒れるわけにはいかない。

死ぬわけにはいかない。

殺さなければ。

この薄汚いケダモノ共を。

明花の両親を奪った奴らを。

星を傷つけた奴らを。

城の仲間達を殺した奴らを。


そうしなければ、また──。














衛生兵の連れてきた、今にも命が消えてしまいそうな患者を医者が慌しく、治療する為の道具を準備していると、患者が寝ていた方からガタン、と音がする。

寝台から落ちたかと慌てて振り向くと、そこには驚くべき光景があった。


「……え?」


瀕死で、いつ死んでもおかしくないその患者が居なくなっていた。
















泣き崩れる兵に報告を受けた二人は呆然とするしかなかった。

この兵が言っている現実が受け入れられなかった。

当たり前だ。

自分の大切な人間が、もう死ぬと言われて納得できるはずがない。

自分の目で見なければ、到底信じることなど出来ない。


「……一刀殿のもとへ案内しなさい」


「しかし……」


兵は稟にあの一刀の姿を見せるべきではないと思った。

全身血まみれで、吹き飛んだ時に額か目か、あるいは頬を裂傷したのか、顔から大量に出血していた。

あれを受けたのだ。

骨も折れているだろう。

内臓も破裂しているかもしれない。

兵が一撃で”潰される”攻撃を何度も受けて耐えられていた理由はわからないが、仮に何かしらの力を受け強化されていたのだとしても、あの姿はあまりに死の臭いを感じさせる。


「いいから早く一刀殿のところへ──」


その言葉を言い切る前に、またしても二人が硬直した。

視線は兵ではなく、兵の後方へ注がれていた。

それにつられ、兵も後ろを振り返ると、二人が硬直した理由がすぐに解った。


街のほうからこちらに向かって馬が駆けてくる。

そして、それに跨っているのは、今、生死の境をさまよっているはずの人だった。

硬直した三人の脇を通り過ぎる時、風の頬に水滴のようなものが飛んできた。

それを拭い見ると、風の指は真っ赤に染まっていた。


「お……お兄さん……?」


血だった。

よく見れば、駆けている最中に滴ったであろう血が地面についているのが解る。

それも、ずっと、一定の間隔で。

それは、彼の出血が止まっていないことを意味していた。


「か、一刀殿……!」


いち早く我を取り戻した稟が振り返り、通り過ぎた彼が向かう先を見て、大声で叫ぶ。


「誰か!!一刀殿を止めろおおーーーーーーーー!!!」


瀕死の身体で尚、彼は戦場へ立とうとしていたのだ。









前線に居る凪と春蘭は、自陣後方の騒がしさが戦とは異質なことに気づいていた。

奇襲から始まった戦闘の為、陣を敷く間もなく、隊形の広がりが小さかったのと、兵が何やら後方の様子がおかしい事を報告してきたのだ。

次から次へと波のように襲い掛かる白装束を処理しながらその原因が何なのかを探ろうと目を向けると、風達の部隊からこちらに一騎突出してくる者が居た。

それを追うように、その後ろを何人かが馬を駆け、追いかけている。


近づいてくるにつれ、凪と春蘭の中で焦りや不安が混ざった感情が渦巻いた。

遠目ではわからなかった。

服の色や模様が見たことの無いものだったからだ。

しかし、近づくことでそれが何なのか理解した。

赤い模様があしらわれた服だと思っていたそれは、その者の血で服が染まったものだった。

そしてそれが徐々に近づいてくることで、顔を認識した。


「──!!?」


「ほん……ごう……?」


二人が顔を確認できる距離で一刀は馬から飛び降り、白装束へと飛び掛っていった。

今まで見たことも無い形相で、今まで見たこともない暴力的な戦い方で次々に白装束を切り伏せていく。

不死身のような白装束に戦意を失っていた兵達は一刀が突然飛び出し、前を切り開いたかのように見えただろう。

そしてその希望のまなざしは、彼の姿を見て驚きに変わった。


どんな激戦を繰り広げ、死闘を潜り抜けたらこうなるのだろう。

血まみれで、傷だらけで、それでも尚怒声とも言える雄叫びを上げながら鬼神の如く敵に切りかかっている。

どれだけの剣速なのか、不死身のような白装束が一瞬で首と胴体を刻まれ、3つの肉塊となりその場に崩れ落ちる。

流れるような動きで敵を切り刻みながら敵の中心部へと進んでいく様は、普段の彼からは想像できない姿だった。


どんどん敵陣の奥へ入っていく一刀に、止めようと追ってきた兵は周りの者にも彼がこれ以上戦うことなど出来ない身体だと叫び知らせた。

今、一刀が動いているのは、気力と怒りでアドレナリンが出ている事と、あの全身を蝕む氣での肉体強化が再発しているからだった。

もう助かる見込みがかなり薄いと診断された状態で尚ここまで動いているのは、彼の強すぎる想いのせいだ。

間近で触れた人の死と、大切な者が死へと近づく瞬間を目の当たりにした事で、もう、自分の目の前で死なせるものかという彼の決意が、こうして暴走のような状態へと繋がってしまった。


「隊長!!!」


「北郷!!!」


二人が一刀を止めようと彼のもとへ向かおうとするも、それを邪魔するかのように目の前に立ちはだかる無数の白装束。

その目の前の敵に、二人は瞬間的に怒りのボルテージが振り切った。


『この──』


凪は右手に、今まで見たこともないような青白い炎が、そして春蘭は前に一度だけ見せた、大剣に氣を纏わせ、攻撃範囲を劇的に広げた一振りを。


『どけええええええーーーーー!!!』


二人がその一撃を振るった瞬間、目の前に沸いていた白装束達が消え去った。

何十人、いや、何百人が二人の一撃で消え去ったのか。

必殺ともいえる一撃を放ったことで今まで感じたことの無い疲労感を伴うも、すぐに一刀のもとへ二人が駆けつける。


「凪!私がこいつらを迎え撃つ!その間に北郷を確保しろ!」


「はい!」


春蘭の言葉に凪は一刀を連れ戻すために目を向ける。

多分、彼は今、あの村での出来事と同じ状況になっているのだろう。

どうしてそうなったかはわからないが、彼が怒り狂っているのは確かだ。

そして、彼があそこまで怒りに染まるということは、誰かに何かがあったのだろう。

一刻も早く彼を止めなければ、あの傷でこのまま戦闘を続ければ間違いなく死ぬだろう。

白装束を切り伏せながら突進していく一刀目掛けて、凪は迷わず走り、前へ出た。


その姿を間近で見て、凪は泣きそうになった。

沙和特製の戦装束も彼の血で真っ赤に染まり、大好きな、優しい笑顔をくれる彼の顔はどこかに傷があるのか、大量に血が滴っていた。

そんな姿になっても尚、誰かを想い、自分の身を厭わずに戦っている。


「隊長……っ!」


もうこれ以上見ていられない。

すぐに一刀の振るう腕を止め、それでも尚前進しようとする彼の身体を抱きしめた。

もう、意識もはっきりしていなかった。

只、白装束への怒りと、己の心に誓った想いのみで動いているだけだった。

涙を堪えられなかった。


最初から着いていくべきだった。

到着した直後は奇襲を受けていたことで士気が下がりつつあった兵達を立て直す必要があった。

そのため凪はそれを遂行するために残り、一刀は城へ向かった。

その結果が、今の彼の姿だ。

一刀を守る為に血の滲む努力をしたのに、守るべき人は今、こんなにも傷ついてしまった。


「隊長、あとは私が引き受けます。だからどうか、隊長は身体の治療に専念してください」


「……凪」


朦朧とした意識の中で、一刀は凪を認識した。

そして抱きついている凪にもたれ掛かるように項垂れ、


「……星が……明花を守るために戦ってくれたんだ。でも、大怪我を負った。

 城の兵達も殺されてた。

 ……新兵だって居たんだ……。

 笑ってた……星を傷つけながら、人を殺しながら、あの男は……こいつらは……!」


こんな姿で尚、人を想い、強い殺意を白装束にぶつける一刀に、凪は思わず手を握り締めた。


「お任せください。必ず、私がこやつ等を殲滅してみせます。これ以上誰にも手出しはさせません」


凪の言葉を聞き、一刀は”ごめんな、ありがとう”と掠れる声で呟き意識を手放した。

それとほぼ同時に、兵を連れ、一刀を追ってきた稟達が到着する。

こんな最前線まで稟が出てくることは危険だったが、兵に連れ戻すように言うだけでは気がすまなかった。

幸い、凪と春蘭の一撃で道が空いた場所を通ってくることが出来た。


「凪!一刀殿は!?」


「すぐに治療してください!華陀にもすぐに使いを!氣の廻りが狂っています!このままでは隊長が……!!」


「華陀に使いを送ろうにも居場所がわかっていない……とにかく今出来る限りの治療をする!すぐに連れて行く!準備しておいてください!」


稟が兵にそう告げると、凪は後ろ髪引かれるように一度だけ一刀の方へ振り返り、歯を食いしばり、戦場へと駆けていった。

そして、


「まぁぁぁかせて頂戴♪」


聞き覚えの無い野太い声が響いた。

声のほうへ目を向けると、そこにはやはり見覚えの無い、今の状況には相応しくない格好をした大男が居た。


「……貴方がどこの誰で何が目的かは全て置いておいて、今私はふざけている場合ではないのですが」


「ふざけるなんてとんでもないわ。私は只、ごしゅ……北郷一刀を救いたいだけよ。華陀を探しているのでしょう?」


「居場所を知っているのか!?」


「今は呉にいるみたいねぇ。でも、華陀が来るのを待っていても、間に合わないわ。

 それに華陀は今呉の街や村を周りながら患者を持っているから、それを放棄してこちらにくることも出来ないでしょう」


「では諦めろと……一刀殿を見殺しにしろと言うのか!!」


「だからまかせて頂戴な♪私が連れて行ってあげる。せ……趙子龍も連れて行くわ。あの子も重傷のはずだから」


「連れて行くってどうやって──」


話の途中で、敵陣のほうからものすごい音が響いてきた。

何か巨大な岩でも投げ込まれたのではないかという程の轟音と地響き。

そしてそれは白装束を蹴散らしながらものすごい速さでこちらへ迫ってきた。


「どけいゴミ屑どもが!わしの前に立ちはだかるのなら傀儡であろうと生身であろうと身体を二つに引きちぎってくれるわ!!」


その巨漢はくびり殺した白装束を両手に掴みながら目の前にやってきた。


「貂蝉!!先走りおって!ちゃんと場所を説明してから飛ばんか!」


「あら言わなかったかしら。ちょっと我を忘れてたみたいでごめんなさいね♪」


「とにかく、この状態を見る限り、なぜかは知らぬが”仙氣”が暴走しておる上に身体の損傷が激しすぎる。

 一刻も早く連れて行かねば確実に死んでしまうぞ」


「あとは治療中の趙雲もね」


「よしわかった。では行くぞ」


「待て!お前達は誰だ!何故一刀殿と星を知っている!」


「それらの説明は全部あとでするわ。今は一刻も早くこの子達を華陀のもとへ連れて行くのが先決。

 私を信じて頂戴。

 この命に代えても、北郷一刀と趙雲は死なせないわ」


正体不明の、それも怪しさしかない二人組みに今にも死んでしまいそうな一刀と星を任せることなど絶対にできない。

しかし、この大男の眼差しはふざけた容姿とは対照的に、真剣な眼差しだった。

それに、”命に代えても”と言うほどに、この男は一刀と何か関わりがあるのかもしれない。

そして何より、この男の言うとおり、今すぐにでも華陀のもとへ連れて行かなければ星も一刀も死んでしまうかもしれない。


「……ならば、私も連れて行け」


それが、今出来る最良の判断だと思った。

持ち場を離れることになってしまうが、ここは風に任せるしかない。

二人を放って戦など出来るはずがない。


「風!」


稟が呼びかけると、風は身体をびくっとさせ、稟に視線を合わせた。

本当に不安そうな、今にも泣き出してしまいそうな表情だった。


「いいですか?ここは風に任せます。私はこれから一刀殿と星を華陀のもとへ連れて行きます。いいですね?」


稟がそう言うも、風の反応が悪い。

動揺しているのだ。


「しっかりしなさい!ここを何とかしておくと言ったのは風でしょう!?」


解ってる。

誰よりも感情を押し殺す風が、あの場で身を切る思いで一刀のもとを離れこちらに戻ってきた事で不安を感じていた。

彼がいなくなった後の3年間も、風は誰にも弱みを見せることなく、いつもどおりののらりくらりを”演じて”いた。

発散されることの無かった想いが、彼の帰還によって報われ、安心に変わり、以前と同じ態度でも活力が違うのは見て解る。

その待ち望んだ彼が、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされた。

長年の友も、今まで見たことの無い姿で搬送されていた。

それがどれだけ風の心に動揺を与えているかなど、火を見るより明らかだ。


「一刀殿も星も必ず助かります。助けます。ですから、風はこの私達の居場所を守ってください」


「稟ちゃん……」


「私も、一刀殿と星がこんな事になるなんて想像もしていませんでした。

 正直、この巨漢たちが来なければ途方にくれていたでしょう。

 彼らが何なのかはわかりませんが、何も出来ずに一刀殿達の死を待つよりも、二人に従ったほうが良いはずです」


「……わかりました」


「必ず二人は助かります。だから、風はこの戦を治めたら、すぐに呉へ来てください」


「……道中で鼻血噴いちゃダメですよ」


「噴きません!」


最後だけ、風は空元気を見せてくれた。

今はそれだけで良い。


「話はついたかしら。では早速行くわよ。──しっかり捕まってて頂戴な。……と、その前に」


そういうと貂蝉と呼ばれた男は兵の持っていた槍を一本受け取る。


「人がちょっと出張している時に好き勝手やってくれちゃって、私も久々に腸煮えくり返っちゃったわ。ちょっと仕返ししちゃう♪」


そう言うと、深く腰を落とし、全身の筋肉を隆起させ、その男の周りに漂う空気が揺れはじめる。


「憤怒うううううううううううううああああああああああッ!!!!!!!!!!!!!!」


ズドオオオオオオオオン!!!


何かが爆発するような音が響いた。

しかし、それは何かが着弾したり、落下して起きた音ではなかった。

貂蝉が何の変哲も無い槍を投げた”瞬間”に鳴った音だった。


それは白装束へ一直線に飛んでいき、白装束の軍団の中央付近を直撃し、一度に数百の敵が消し飛んだ。


「まだまだ殺りたりないけど、ここは引くわ。早く二人を連れて行かないとね♪卑弥呼、趙雲を頼んだわよ」


「任せておけい」


「二人を届けたら私もこいつらを掃討するのに参加するから、よろしくね♪」


その様子を、稟と風は呆然とした表情で見ていた。


「それじゃ貴方はごしゅ……北郷ちゃんを抱えてね」


そう言うと貂蝉は一刀を抱えている稟を更に抱きかかえ、お姫様抱っこのような形になる。


「ちょっと体勢が不十分だけど、しっかりと北郷ちゃんを押さえててね」


そして貂蝉はぐぐぐっと腰を落とし、先ほどのように周りの空気が歪んでいく。


「超特急で行くわ。舌を噛まないようにね」


「は、はい?」


ドンッ!!!と、またしても何かが弾けるような音がしたかと思えば、稟は空を飛んでいた。


「ええええええええ~~~~~~~~!?!?!?!?!」

































「華琳様。五胡軍の中に、例の白装束がちらほら居るようです」


「どの程度?」


「先遣隊の情報に寄れば、数自体は数十人から百人との事ですが、しかし五湖の各部隊を率いているようだと」


「……どういうこと?五胡と手を組むのならまだしも、五胡を率いるというのはおかしいわね」


「そうですね……五胡もほぼ壊滅状態とは言え、全く素性も知らぬ者に着いていくとは思えません」


呉に到着した時には既に戦闘は始まっていた。

華琳達はそれに続くように雪蓮達と合流し、戦線へ入った。

そして呉と五胡の戦況を聞いて思ったことは、あまりに相手の突進力が無さ過ぎる事だった。

呉の倍以上の数が居るにも関わらず、それを活かすような戦術は取らず、押しては引いて、まるでおちょくる様な動きをしている。


「不気味ね……」


設置された天幕に雪蓮はそう言いながら入ってくる。


「ここ数日戦ってて思うけど、戦場に立っている雰囲気じゃないわ」


「どういうこと?」


「実際に対峙してみればわかるわよ。あいつら、攻撃しようがされようが、一切声を上げないのよ」


「……確かに、それは不気味だな」


雪蓮の言葉に秋蘭が同意する。

確かに雪蓮の言うとおり、戦場に立つ者ならば気合や怒号を上げながら相手に斬りかかるものだ。

己を鼓舞する意味も込めて、戦場で声を上げない者など居ないだろう。


「実際に雪蓮が斬り捨てても、声を上げないの?」


「ええ。その場に崩れ落ちるだけ。それも、糸が切れた人形みたいに、いきなり全身崩れ落ちるの。不気味でしょ?」


「…………」


「……五胡の軍団は妖術を使うと聞いたことがあるが、その類だろうか?」


「仮に妖術だったとして、あんな自分が人形みたいになる妖術って何?恐怖心でもなくすっていうなら効果はあると思うけど。

 実際無感情で向かってくる訳だしね」


「秋蘭」


「はっ」


「五胡の軍団に白装束がいたのよね?」


「そのように報告が上がっております」


「五胡は私達三国がほぼ壊滅状態にしたにも関わらず、二百万もの兵を集めて襲撃してきている」


「そうです」


「…………」


「華琳様?」


「……その五胡兵って、本当に生きているの?」


「え?」


その場に居た流琉と季衣が首を傾げる様子に、華琳は即座にそんな事はありえないと心の中で一蹴した。


「いえ……何でもない。とにかく、この時間を稼ぐだけのような戦い方──」


華琳がそう言った瞬間、はっとした。


「……もしそうだとしたら、今襲撃されているのはここと蜀……桃香達よね。

 今一番手薄なのは私達に援軍を出してる、華琳……貴方のところよ」


魏を出発して数日、自分達でさえ着いてからそう時間が経っていない。

仮に今、魏が襲撃されていたとしても、ここにそれを報告に来るにはまだ時間が掛かる。


不安と焦りが混ざった感情が心の隅にくすぶり始めたとき、天幕の外から何か巨大な物が落下するような爆音が響いた。

敵の攻撃かと急いで外へ出ると、砂塵が立っていた。

幸い陣地に損傷は無いものの、その砂塵の中央では何者かが動いている。


数秒の後、砂塵の中から走り出てきたのは見たことの無い巨漢二人と、それに抱えられている一刀と星、稟だった。


「あーらこんな所に陣地があったなんて。怪我人は出てないかしらん」


「大丈夫なようだ。早く二人をダーリンのもとへつれて行くぞ」


「華陀の居る村までもう一っ飛びするからもう少し待っててね」


「い、生きた心地がしませんでした」


「待ちなさい!!」


突然の来訪者に驚くも、その巨漢二人が抱えている人物の状態に目を疑い、思わず駆け寄る。

華琳に続き秋蘭、雪蓮も、自分の目を疑った。


巨漢に抱えられているのは、今まで見たことのないくらい負傷している星。


「華琳様!」


そしてもう一人の巨漢に抱えられている稟、それに抱きしめられるようにされている、一目見ただけで解る、普通ならば助からないと思わせるくらいに負傷し、血を滴らせた一刀だった。

突然目の当たりにする最悪の状況に言葉が出なかった。


「に、兄ちゃん……?」


「兄様……!」


「一刻を争うから私は先に華陀のところへ連れて行くわね。場所は教えるから後で来てちょうだいな」


そういうと、貂蝉はその場に稟を下ろし、一刀を抱え飛んでいく。


「稟、説明しなさい」


「はっ」


華琳に促され、稟は自国が襲撃されたことを報告した。

数十里も先に居たはずの白装束が一瞬にして目視できる距離にまで接近してきたこと。

そして敵の大将が城へ侵入し、明花を攫おうとしていたこと。

それを守るために星が戦い、負傷したこと。

……一刀が星と明花の為に戦い勝利したものの負傷し、普通の医者ではもう助けることが出来ないこと。


全てを聞いた時、華琳は混乱した。


「いろいろと理解不能なことはあるけど、何故一刀と凪がそちらに居るの?」


「それはわかりかねますが、実際に二人が来なければ兵達の混乱は収まらなかったかもしれません」


あの時、春蘭は外で白装束を迎え撃ち、星は負け、負傷した。

あの場で二人が来なければ、内外から殲滅されていたかもしれない。


「一刀殿が敵大将を討ち取ったことで、敵の司令塔が居なくなりました。後は従うことしか出来ない烏合の衆、すぐに殲滅できます」


そう気丈に話す稟の目元は赤くなっていた。

多分、ここに来るまでに抱えていた一刀の状態を見て、泣いてしまったのだろう。

よく見れば、稟の身体には彼のものであろう血がついている。


「先ほど居た巨漢二人は?」


「あれは……私にもわかりません。もう助からないと言われた一刀殿を絶対に助けると言って華陀の居るここまで恐るべき跳躍力でつれてきました。

 怪しい風貌の巨漢に一刀殿と星を任せる訳には行かないので私もついてきた次第でございます」


「助からない……?」


稟の報告に、秋蘭が反応する。


「もう、華陀に託す以外に方法がなく、しかし華陀はこの呉領の何処かに居る。ここまで一刀殿を連れてくるのも、華陀を呼ぶのもどちらも間に合いません。

 もう成す術がないところへ、あの巨漢二人が飛んできました」


「飛んできた?」


「はい。私達は先ほど魏を出立したところなのです」


「この距離を……妖術か何かか?」


「妖術というか……単純な体術だと思いますが……」


「……いや、今はそれは良い。北郷のことだ」


稟は星と一刀の現状を話した。

ここへ来る道中、貂蝉によれば、星は外傷のみの為、すぐに治療を始めれば何とかなるだろう。

しかし、一刀は本来彼が持っていないはずの力を使い、外傷を含め身体の内外から破壊されている。

普通ならばその力を得るまでにそれに耐えうる身体になるはずであり、そもそも彼がその力を会得するための事を一切していないはずなのだという。


「……つまり、また……北郷は、自分の命を捨てて、守ろうとしたということか」


「それは違います」


秋蘭の言葉に、稟は即座に反論した。


「一刀殿は死ぬつもりなどありません。私も最初に聞いた時は死ぬつもりなのかと憤りを覚えましたが、一刀殿本人が必ず生きると言っていました。

 道中、ずっと、一刀殿はうわ言のように、しかし私の手を取りながら、絶対に生きると言っていました」


「…………」


「もう離れないと約束したのだと……!」


それで、稟の目元は赤くなっていたのかと納得した。

今も彼のその時の姿を思い浮かべたのか、うっすらと涙が浮かんでいる。


「……華琳……、行っていいのよ?華陀の所へ行ったというのであればそう遠くない場所だし、一刀が敵の大将を討ち取ったというのなら、ここに居る奴らは烏合の衆。

 人数は多いけど、そんな奴らに負けるほど柔じゃないわ」


「……そうね」


華琳が雪蓮の言葉に同意したかと思えば、周りの空気が冷える様な殺意を発した。


「さっさとこのくだらないゴミ共を片付けて、あの大馬鹿者の所へ行くわ」


こんなに怒りを全面に出す華琳の姿は初めてだった。

無茶をした一刀にも多少の怒りはあるのだろう。

しかし、圧倒的な怒りを覚えたのは、間違いなく白装束、そしてそのくだらないゴミと称した者に良いように使われている五胡兵に対してだ。


一刀を死へと近づけた行為に、ひたすらな怒りを覚えた。


「髪の毛一本たりともこの世に残さない」


それは、聞いたことも無い底冷えする声だった。

























華陀の居る村に到着した貂蝉と卑弥呼はすぐに華陀のもとへ向かった。

その村に駐在している華陀は多数の患者を診ている為、貂蝉の言うとおり、やはりあの場へ呼ぶことは出来なかった。

仮の診療所として貸し出されている少し大きめの民家の扉を勢いよく開け、貂蝉は呆気に取られる華陀にお構い無しに言った。


「救急の患者をお願いしたいの。貴方以外にこの子達を助ける希望がないわ」


そういう貂蝉の抱える患者を見て、華陀は言葉を失った。

一人は単純に戦闘で大怪我を負った女性。

そしてもう一人は、本当に生きているのかと問いたくなるような外傷に滴る血の量。

しかし、その患者の胸は確かに上下しており、自分の生を主張していた。


「早くこっちへ運べ!」


すぐに気を取りなおし、華陀は奥の部屋へ二人を運び、準備へ取り掛かる。

華陀は、星の怪我も余程だと思うが、一刀を見て、何をどうしたらこんなめちゃくちゃな事になるんだと思った。

それほどに、華陀の医者としての人生で一度も見たことが無い程にひどい状態だった。

だというのに、未だに生きている。

華陀は、今まで自分が患者を診る際、絶対に治す、助けるという気概を持って臨んできた。

しかし、この患者を目の当たりにした時、その心が一瞬揺らいだ。

本当に救えるのか?何をしてももうだめなのではないのか?

そんな考えが脳裏をよぎった時、治療の準備をしている華陀の腕を、血まみれの手が掴んだ。


「……絶対に……助けてくれ……その子を、死なせないでくれ……!」


その手には確かな力が篭っていた。

そして、うわ言のように発されたその言葉のもとへ顔を向けると、その患者は確かな意識を持ち、華陀の目を見て訴えかけていた。

普通ならばもう殺して楽にしてくれと思うくらいの苦痛だろう。

だというのに、一瞬とはいえ意識を取り戻し、更には死に掛けている自分よりも、一緒に運ばれてきた女性を想う言葉を発したのだ。


その患者の想いに、華陀は心を打たれた。


「──任せておけ!俺が絶対に救ってやる!五斗米道を継ぐ者として、何が何でも絶対にだ!だから、お前も生きるんだ!」


「あぁ……絶対に、死なない……!」


そう言うと、一刀は意識を失った。

患者が”生きる意志”を、生きる力を見せているのに、医者である自分が諦めるわけにはいかない。

この時代の者は、良くも悪くも”死”というものを受け入れすぎていると思っていた。

生かすことが生業の自分にとって、己の名誉の為とはいえ、死へ向かい歩いていくような者が多すぎる世の中に疑問を抱かないわけではなかった。

武人や兵士は尚更だ。

自分の命に対してすらそうなのだ。

他人のことなど考えている暇などない。

そんな中で、一刀の言葉は、華陀の志にまっすぐ突き刺さった。


この男を絶対に死なせてはいけない。

死なせてなるものか。


「貂蝉!卑弥呼!二人とも多少なり医療の知識はあったな!手を貸してくれ!」


「勿論よ♪」


「任せておけい」































それから数日後、それぞれ援軍へ向かった者達にも知らせは届いた。

そこからの怒涛の攻めは誰もが目を剥く程だった。

一刻も早く一刀のもとへ、星のもとへ。

星の悲報を聞いた蜀の者達の勢いもそうだが、魏の者達はそれ以上に凄まじかった。

一人ひとりが一騎当千と云われても不思議ではない働きを見せ、一刀の知らせを聞いた兵の士気も下がることは無かった。

人を想い戦い、死に掛けてまで勝利し、守り抜いた彼に対して、尊敬の念を抱いた。

兵達からすれば、三年前は自分達と同じような実力の人間だった彼が、皆を想う一心で、たった三年でここまで己を叩き上げたのだ。


そして、魏への襲撃時に、一刀に救われる形になった兵達も、想いは同じだった。


鬼神の如き武将達に遅れず着いていく程に、彼らもまた、心が燃え滾っていたのだ。


終わってみれば、実に呆気ない襲撃だった。

日数にして七日も経たずの終戦だ。

時間差とは言え、白装束が襲撃してきたその日に一刀は敵大将を討ち取ったのだ。


羅刹の如き武将達が、その残党を殲滅するのに時間は掛からなかった。

更には華陀の手伝いをひとまず終えたあの二人が参戦したのだ。

特に貂蝉の怒りは留まることを知らなかった。

魏の者達に引かず劣らずの怒りを見せた。


白装束と五胡の襲撃は、短く、しかし濃密な爪あとを残し、終わった。
























白装束が殲滅された後、五胡の軍団は糸が切れた人形のようにその場に崩れ、全滅した。

それが異常なまでの短期間での終戦につながった。

その後、華琳と秋蘭、流琉、季衣はすぐに華陀のもとへ向かった。


「趙雲はもう心配はいらないだろう。安静にしていれば、じき動けるようになる」


「趙雲”は”ということは、一刀は違うということか?」


華陀の意味深は言い方に、秋蘭が問いかける。


「……正直、俺にもわからない。今、容態が落ち着いてること事態が不思議なんだ。ここへ連れて来られた当初は本当に生きているのか疑ったくらいだ」


「まだ危険な状態ということ?」


思わず華琳が問う。


「あぁ。氣の流れ自体はまだ乱れたままだ。俺の針で何とか少しは押さえ込んだが、それ以前は本当に内側から身体を破壊する勢いだった。

 普通氣というのはその人自身の腕……つまり強さ、武、鍛錬の強度、年月に比例して大きくなる。

 だから、北郷のように、ここまで自分の許容範囲以上に氣が膨れ上がることなんてまず無いんだ。やろうと思っても出来ない」


「……なら、何故そんなことに?」


「原因が全くわからないんだ。そもそも、氣自体もそうだが、身体の損傷が異常だった。

 それこそ常人なら……いや、常人でなくとも、あんなに負傷する前に身体が動かなくなるはずだ。

 だというのに、北郷はあそこまで負傷するまで戦い、更には勝利したんだろう?

 いたぶられたり拷問でこうなった訳じゃない。

 戦闘の中であそこまで負傷しながらも辛勝して、結果、こうなっている。

 ありえない現象が二つも重なって、すぐにでも死ぬかもしれない、死ぬ可能性のほうが高い。

 それでも、こうして生きている」


「…………」


華陀の説明を聞いていると、部屋の外が騒がしくなった。

そして勢いよく扉が開かれると同時に、桃香と愛紗が入ってきた。


「星ちゃんは!?」


「星はどこに!?」


二人声を揃えて華陀に詰め寄った。

伝令が来た直後に慌てて出立したのだろう。

蜀からは急遽この二人が飛んできた。

他の者は後処理をしてから順次向かうらしい。

蜀へ援軍に向かっていた魏の者達も同様だ。


「……趙雲なら無事だ。もう心配要らない。案内しよう」


そういうと華陀は立ち上がり、


「北郷も同じ部屋にいる。俺の話もそうだが、まずは本人達を見てもらったほうが良い」


華陀は扉へ向かい、部屋を出た。

案内についていくと、少し大きめの扉があった。

この部屋にいるのだろう。

華陀が扉を開けると、寝台に横たわる二人の姿があった。


二人を見てその場に居た全員が言葉を失った。

星が重傷を負い、意識を失うほどに消耗した驚きもある。

聞くのと見るのでは全く心象の違いがあった。


そして、もう一人。

顔にも包帯を巻かれ、布団から除く首、足、所狭しと巻かれた包帯。

それら全てに血が滲んでいた。


「そろそろ北郷の包帯を交換する時間だ」


そう言いながら華陀は仕舞ってあった包帯を取り出し、机に置く。


一刀の姿を見て、華琳と秋蘭は思わず目を背けそうになった。

流琉と季衣は耐えられなかったのだろう、完全に目を伏せてしまった。


星を心配して来た桃香と愛紗も、一刀の姿を見て驚き、桃香は顔を逸らし、愛紗は顔をしかめた。


「俺の言ってる事がわかるだろう?普通、こんなに負傷するまで身体を動かすことなんて不可能だ。これでも落ち着いたほうなんだ」


全員、言葉が出てこなかった。

華琳は寝ている一刀に近づき、彼の頬に触れる。

熱い。

身体の負傷により高熱が出ているのだろう。


「額の傷は消えないだろうな。体中のあちこちにも傷跡は残るだろう」


「星のほうは無事なのね?」


「そちらはもう問題ない。最初こそ命に関わる負傷だったが、ここ数日で既に何度か目覚めてはいるし、十分に静養すれば大丈夫だ」


「そう」


そういうと華琳は桃香と愛紗に向き直る。


「星の働きに感謝する。後で本人にも礼をするわ。

 それと、こちらの国に出向いている間の負傷、こちらの配慮が不足していたわ、正式に謝罪しましょう」


「ひとつ言っておくとな」


華琳の話に、華陀が言葉を挟む。

言葉は華琳……というよりも、桃香と愛紗に向いているようだが、顔は一刀を見たままだった。


「二人が運ばれてきた時、今よりも最悪な状態の北郷が一瞬だけ意識を取り戻して、俺に言った事がある」


そういうと、一刀へ向いていた顔を桃香達に向けた。


「その子を助けてくれ、絶対に死なせないでくれって、そう言ったんだ」


それを聞いた途端、端で聞いていた流琉と季衣は伏せていた目を擦り、泣いてしまった。


「自分の方が、今にも死にそうなほど苦しいはずなのにな。自分の事には目もくれず、その子を助けてくれって言ったんだ」


華陀の言葉を聞いて、二人は改めて、傷だらけで寝台に横になっている一刀に目を向ける。


「……礼を言うのは、こちらのほうです」


「うん……北郷さんが、星ちゃんを救出してくれたっていう報告だけは聞いてたから」


二人がそう言うと華琳は部屋に背を向け、扉へ向かい歩き出した。


「……話の続きは後でしましょう。……少し、風に当たってくるわ」


そう言って、華琳は静かに部屋を出て行った。


「……華琳さん、泣いてた」


「…………」


二人はなんと言って良いのかわからず黙り込むと、流琉と季衣と、もう一人、声を押し殺し、俯く者がいた。


「……秋蘭」


「……いや、すまない。……今は何も言えん。……すまない」


二人にそう言葉を残し、秋蘭も目元を押さえながら部屋を出て行った。


その場に残った流琉と季衣が泣きじゃくる姿に、桃香と愛紗はなんと声を掛けたらいいかわからなかった。

そんな二人に、華陀は一刀の包帯を替えながら、


「北郷の事は覚えてるよ。前に一度原因不明の体調不良で診た覚えがある。あの時は俺には何も出来なかった。

 どこを診ても異常なんか無いし、医師としては過労としか言えなかった。

 でも今回は違う。

 北郷は絶対に生きると言ったし、俺も絶対に助けると言った。

 何が何でも絶対に死なせない。

 だから、心配するなとは言わない。大切な人がこうなれば誰でも悲しいからな。

 でも、北郷が死ぬという考えは捨ててもらって構わない」


その言葉に、流琉と季衣は驚いた顔で華陀を見る。


「絶対に助ける。命に誓っても良い」


何故華陀がここまで言ってくれるのか解らなかった。

只の医者と患者という関係で、ここまで必死になってくれるものかと。


「俺は医者という職業だし、患者を診て治すのが仕事だよ。でもその前に、俺も人間だ。

 自分の命が危ない時に、最後の最後まで他人を想える人間に、死んでほしくはない。

 だから、俺に任せておけ」


そう言って、華陀は親指を立て、二人に笑顔を向ける。


「う”ん”」


























部屋を出た華琳は、人通りの無い、森に面した場所にある岩に腰掛けていた。

秋蘭のように目元を押さえ、俯いていた。


彼がああいう性分だということは理解している。

戦乱の時も、あの村の時も、そして今も。


どうして、いつも目の届かないところでこうなるのだろう。

どうして、いつも自分を蔑ろにするのだろう。

戦争の無い時代に生まれた人間が人の死に敏感になるのはわかる。

最初こそ、戦場で胃の中のものを戻すこともあったくらいだ。


でも、ならば尚更”自分の死”は怖いはずだ。

痛みが怖いはずだ。

戦乱を駆け抜けた経験があるとはいえ、彼は根っからの武人でもない。


普通の少年だった。


彼は優しい、それは誰もが知っている。

でも、その優しさが彼を危ぶめている。

優しさを失わないで欲しいとは思う。

それは前にも思ったことだ。

でも、いざこうして彼が命の危機に瀕しているのを見ると、我慢できそうにない。

これからも、彼がこうなる事があるかもしれないのだから。


つらい。


それが正直な気持ちだった。




それから更に数日、一刀はまだ目覚めない。

華陀により辛うじて栄養を補給されてはいるが、目覚める兆候が見られない。

既にこの現状は魏の皆が見ている。

あれからまばらにだが、全員が事後処理を終え、ここへ飛んできていた。

それから半分は国に戻り、全員が出張る訳には行かないので分けて来ている。


一刀をここへつれてきた巨漢二人とも話したが、どうやら敵意はないようだった。

それどころか、貂蝉に至っては、一刀には勿論のこと、他の皆に対してもどこか慈愛や友愛のようなものを持っている節が見られた。

あんな強烈な外見をしていれば、どこかで関わりがあれば絶対に忘れないのだが、やはり全員身に覚えが無い。

そして、その貂蝉がどうやら一刀の事で話があるという。

彼が今の状態になってしまった原因を見せたいと。


どういうことかはわからない。

見せるといっても、何をどうするのか。

とりあえず、一刀の得物を持ってきてほしいとのことだった。


未だ一刀本人の血が柄についている得物を持ち、貂蝉のもとへ向かう。

大切な話だということで、三国の王は呼ばれたらしい。

到着すると、そこには貂蝉と共に既に桃香と愛紗、そして秋蘭、蓮華、雪蓮が居た。


「あまり大人数に見せるものではないから、後で大まかに教えてあげてね」


「で、言われたとおり持ってきたけれど、何をするつもり?」


「うーん、今こんな事を言っても理解できないかもしれないけど、私達管理者が持つ力はね、その場に残滓として残ることがあるの」


「……管理者?」


「詳しい説明をするのは北郷ちゃんが目覚めてからのほうがいいわね。彼に関係することで、ちゃんと説明しないといけないから」


そう言いながら貂蝉は一刀の得物と、星の得物も持っていた。

死闘を繰り広げた結果なのだろう、星の竜牙は真っ二つに折れていた。


「とにかく、あの男はともかく、北郷ちゃんが異常な負傷をしたという原因がわかるわ、ここに残滓が残っているはずだから」


そういうと、貂蝉はその二つの得物を重ねるように置き、手を添える。

すると、一刀の得物に白い、淡い光が灯る。


「……これは?」


その様子に、秋蘭が問う。


「氣ってあるでしょう?楽進ちゃんが使うものや華陀が使うものとはまた別の……そうね、”仙術”と呼ぶ者もいるわね。

 それは本来私達にしか扱うことの出来ない限られた力なのだけど、ここにこうして残滓が残っているということは、北郷ちゃんがこれを使用してしまったということ」


「なぜ一刀が使える?奴は普通の氣すらも己の意思で扱えないのだぞ」


「これは普通の氣とは違って分け与えたり、全て譲渡したりできるものなのね。で、それをやった者がいるの」


「……待て、理解が追いつかん」


「とにかく、敵を知る為にも、北郷ちゃんや趙雲がこうなった原因を知るためにも、皆目を瞑って、これに触れて頂戴な」


貂蝉の言うとおりに目を瞑り、二つの得物に触れる。

すると、”得物の記憶”が追体験のように流れ込んできた。


「私達の力はね、”記憶”が残るのよ」


残滓の記憶が、触れた者達に見せられた。

星の想い、一刀の想い、そしてその戦闘の様子が一瞬にして流れ込んできた。

皆がその異常事態に驚き、一瞬で触れた手を離した。

時間にしてほんの一瞬。

だというのに、全てが流れ込んできた。


「……なるほど、やっぱり、こういうことなのね」


そう呟いた貂蝉は、天井を見上げた。

それは、涙を堪えているようにも見えた。


「……星ちゃん……北郷さん……」


桃香は手で顔を覆い、泣き出してしまった。

愛紗も手を握り締め、天井を見上げている。

蓮華と雪蓮も、二人の記憶に言葉が見つからなかった。


命を懸けて、明花を守ろうとした星と、傷つけられた星の為に怒り狂い、敵を討ち取った一刀。

その代償に、今の姿になった。


一刀に至っては、その”仙術”とやらのせいなのだろう、身体の限界を超えても尚、戦い続けた。

最後の致命打を受けた時、動けぬ身体で見た彼の”夢”も、倒れ、それでも尚起き上がり、戦場へ駆けるに至った”村での記憶”も。


雪蓮は以前、自分が一刀に言った言葉に少し後悔を抱いた。

”本気の貴方と戦いたかった”などと、軽い気持ちで言ったことを後悔した。

これが彼の本気なのだから。

守るために、自分が壊れても尚、敵を討ち取る事が、彼の”本気の戦い”なのだ。


「……北郷ちゃんがあんなになるまで”戦えてしまった”理由は、こういうこと」


落ち着きを取り戻した貂蝉が言う。


「私一人で知る事も考えたけど、やっぱり、愛しい人が傷ついた理由は理解しておかなきゃダメだと思って見てもらったの」


「……少し、時間を頂戴」


そう呟いたのは華琳だった。

それからしばらく、また戻ると約束し、各々が部屋を出て物思いに耽っていた。

先ほど起こった超常現象のようなものもそうだが、何よりも二人の記憶が流れ込んできたことに対する整理が、すぐには出来なかった。


一刀があの村での出来事が大きく心に残っている事は理解していた。

星が倒れた事も合わさったとはいえ、あの傷で尚戦場へ向かおうとした時に思い出していた光景は、間違いなく明花の母親が息絶える瞬間だった。

それが怒りとなり、意識もはっきりとしない中で戦場へ駆けた引き金となった。


稟から報告を受けた内容はその時のことなのだろう。

敵大将を討伐した直後に、傷だらけの身体で戦場へ駆けたと言っていた。


「はぁ……」


ここ数日で、何度目のため息だろう。

普段……というよりも、今までだってこんなにため息を吐いた記憶は無い。


「華琳さん」


後ろから声を掛けられる。

振り向く前に誰かがわかっていた。


「何?桃香」


「……その、なんていうか」


何を言いに来たのだろう、桃香は何かを言いたそうにしながらも、その言葉を口に出来ないでいる。

お互いにどう接していいかわからない立場になっているのは解る。

桃香からすれば自分の国の将が他の国に滞在中に負傷し、こちらからすればそれを守るために一刀が更に大きな負傷をした。

確かに、言葉に困る。


「あいつはね」


もじもじしながらその場から動かない桃香に、華琳が言う。


「貴方も見たのでしょうけど、あの村での出来事から、自分の痛みや死よりも、人が目の前で殺される事が怖いのよ。

 ……というよりも、目の前の幸せが誰かに壊される事を恐れてる。

 それは関係だったり日常だったり、いろいろね」


「……そうなんだ」


「だから、それをしようとする族や白装束に対しては、まるで別人のように暴力的な意思を持つようになる」


それはあの”記憶”で見た、大会のときとはまるで違う、本当に暴力という言葉が当てはまるような戦い方が物語っていた。


「守りたいと思った者を守るためなら、あいつはそれを壊そうとする者を容赦なく殺す。そんな意思を持つようになった」


「うん……」


「それが悪いことだとは思わない。むしろ大切な事。

 こんな世の中で綺麗ごとだけ抜かしている者がいたとすれば、只の馬鹿だもの。

 守るために殺す、それは当然のことだと思う。

 それでも、自分の死に鈍感になるようではダメだと、私は思う」


「……そうだね。私も、皆は私を危険な目に合わせないために戦場では後方や城で待機ってことばかりだったけど、やっぱり、残されるほうも怖いもん」


「あいつも以前はそうだった。それがあるから尚更、自分が前に出ようとする。

 ……自分の存在をかけて、国や秋蘭を守ったのに、あいつはそんなくだらない考えを持っている」


「華琳さん……」


いつになく饒舌になってしまった。

自分でも解らないが、喋り続けていないと、やはり泣いてしまいそうだったから。


「でも、そんな人だから、星ちゃんは好きになったんだね」


「最初は只の好奇心だったのでしょうけどね」


「最初に星ちゃんが華琳さんの国に滞在するって聞いた時はびっくりしたもん」


「その行動力は評価するわ」


「でも、そんな好奇心から、こんな命を懸けるようになるまで、好きになっちゃうような人なんだねぇ、北郷さん」


「……あいつの弱さが、星の何かを動かしたのかもね」


「弱さ?」


「本人が気づいていないだけで、もう、心が病んでしまっているのかもしれない。

 確かに、あの”記憶”が一刀の見た光景なら、誰でも人の死が怖くなるわ。

 いくら戦乱を駆け抜けて、戦場を潜り抜けたとはいえ、あの光景は全く別物だもの」


その言葉を聞いて、桃香はその光景を思い出した。

一刀の腕の中で息絶える一人の女性。

あと少し、ほんの数秒、ほんの一歩早ければ助けられた女性。

最後まで自分の娘を探し、そして、殺された。

最後の最後、その瞳が一刀を捉え、あの子を託された。

そして正面を見れば、その女性を殺した者達が下衆な笑いを上げている。


もしこの経験が自分のものだったなら、多分、もう立ち直れないかもしれないと、桃香は思う。


「人の死が怖い、見たくない、嫌だ。そういう弱さが故に、あいつは”あんなふう”になるのでしょうけど。

 ……無理も無いわ。

 いくら私達と一緒に戦ってきたとはいえ、もとはといえば、戦もない、人の死が身近にない、平和な世界に居た少年だったんだもの。

 強くなっても、戦場を経験しても、心の奥底は、……普通の少年だったんだもの」


まるで一刀を戦乱に巻き込んだことを後悔しているかのような口調だった。

初めて見る華琳の姿に、桃香は何も言えなかった。


「……少し喋りすぎたかしら。……戻りましょう。まだ、あの敵の事を詳しく聞いてないわ」


「うん……」


その二人の会話を、影で聞いている者達がいた。

それは決して盗み聞きをしようとしたわけではない。

二人の戻りが遅いということで、探しに来たのだ。

見つけるのは早かった。

でも、声を掛けられなかった。

華琳が今まで見せたことのない姿だったから。

北郷一刀という人物がどういう者なのかという好奇心もあっただろう。


でも、今ここで出て行けば、華琳の吐き出したいことを我慢してしまうのではないかと思ったから。

いつも王でいることを意識している彼女が、少しでも発散する僅かな機会だと思った。

実際、いつもならこうして聞いていれば彼女にはバレてしまうというのに、今回は気づかない。

それくらい、彼女の心に余裕がないのだ。


「……私達も戻りましょ、蓮華、愛紗」


「はい……」


「うむ……」


人が目の前で殺される事にこれ以上耐えられないという弱さが故に、自分が倒れるまで、倒れても尚、助けようとする。

とても歪で儚く、そして、”弱い”。

それが、あの執念ともいえる想いを生み出している。

一刀が抱えてしまった心の闇は、彼が優しければ優しいほど、どんどん深く、暗くなっていく。


それが、自分の愛した人間だったなら、確かにつらいだろう。

怖いだろう。

”記憶”で見た村の襲撃の日から、華琳はずっと、一刀に対して不安を抱いていたのだろう。

そして今回の事で、華琳の不安が決定的な事だと証明される出来事となってしまった。

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