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19 天雷

あぁ、これは夢なのだろうか。

夢なのだろう。

今この国にあの人は居ないし、何よりも自分が願った瞬間に目の前に現れるなど、夢の中でしかありえないことだ。

でも、夢でも良い。

最後に顔を見ることが出来た。

視界が霞み、ぼんやりとしか確認は出来ない。

しかし、自分がこの国に留まっている期間、ずっと見ていたから分かる。

短い時間でも、ずっと目で追っていた姿だから分かる。


人は極限状態に陥ると神に祈ることしか出来なくなる。

それが叶えば奇跡となり、叶わなければ悲劇となる。


今のこの状況を神が作り出したというのなら、私にとっては奇跡である。

最後の最後、自分の命が尽きる瞬間に、夢とはいえ、こうして愛しい人を見ることが出来たのだから。


いるかもわからぬ神に感謝すると同時に、胸の奥からこみ上げて来るものがあった。

死んだら、もう二度とこの人と過ごすことも、笑いあうことも出来なくなる。

触れることが出来なくなる。

触れてもらうこともなくなる。

未来が途絶えてしまう。


初めて、死ぬことが怖いと思った。

誰かを想うことで、こんなにも自分が弱くなってしまっていることに驚いた。


最後に彼に触れることが出来た喜びで浮かんでいた笑顔は、これからの彼との道が断たれてしまう絶望に、情けなくも、泣き顔に歪んでしまった。


「……人というのは、なんとも自分勝手で……弱くて……こんなにも……脆いものなのですね……」


確かめるように、一刀の頬へ伸ばした手を取り握る。


「……ふふ。残酷な夢だ…………一刀殿……私は、貴方を……」
















伸ばした手を頬に当て、星が掠れる声でそう呟き、涙を流しながら意識を手放す。

それを抱きかかえながら見ていた一刀は何も言えなかった。

言葉を発することが出来なかった。

星が意識を失くす直前の言葉。

それに対する無難な答えを返すことも出来た。

それが出来なかった。


今口を開けば、声を出せば、あまりの怒りに発狂してしまいそうだったから。

抱きとめた腕の中で血を流し、ぐったりと倒れ、涙を流す星を見て。


一刀の中で、何かが弾けた。














「よぉ。うれしい事してくれるじゃないの」


崩れた瓦礫から大男が何でもないかのようにのっしのっしと歩みよってくる。

面倒臭げに視線をやると、そこには先ほど戦っていた星は居らず、背を向けて立っている男が居た。


視界の端には5~6人で担架に乗せられた星を運び出す者達。


「おいおいまだ痛めつけてる途中なのに、何勝手なことしてんだ、あ?」


そう呼びかけるも、背を向けた男は反応しない。


「今俺の目の前に現れた以上、誰も生かして返すわけないだろう──!?」


星を運びだしている兵に向かい走り出す。

衛生兵であろうその兵達もろとも磨り潰してしまおう。

そう思い、立っている男の横を通りすぎようとした瞬間、視界に映る裏拳。


「ッ!?」


立っている男が何かしてくるであろうことは予想していたものの、あまりの速さに身体が追いつかない。

それを受けた瞬間、今まで体験したこともない衝撃が襲い掛かってきた。

星の攻撃を幾度受けてもびくともしなかった大男の身体が、裏拳一発で地面に叩きつけられた。


「て、てめぇ──ッ!?!?」


起き上がろうと身体を起こそうとした瞬間、顔を捕まれ思い切り地面に後頭部を叩きつけられた。

一瞬視界がぐらつくも、咄嗟に腕を顔の前に回し追撃に備えた。


そして予想通り、追撃の連打が襲い掛かってくる。


しかしそれは、あまりに予想外の威力だった。

誰に殴られようが武器で攻撃されようが、気を覆い鋼と化した肉体に、強度を増した鎧。

その上から”素手で殴られている”だけなのに、今にも骨が折れてしまいそうな程に一発一発が重い。

ありえない。

気で肉体強化をしたとしても、仙術で強化された自分にここまでダメージを与えることなど不可能だ。

拳が振ってくるたびに骨は軋み、床はひび割れ、尋常ではない力が働いていることは明白だった。


「ぬうああああああああああああどけええええええええ!!!」


その状況を力任せに打破し、男から距離をとる。


そして、初めてその男の顔を見た。


その瞬間、今まで感じたことの無い、足元から何かに飲み込まれるような感情を抱いた。









挿絵(By みてみん)








怒りが極限まで上り詰めた殺意を孕んだ視線。

それが、兀突骨が初めて抱いた恐怖だった。



















何なんだこいつは。

何なんだこいつらは。

どうして人をどん底に貶めることを平気でするんだ。

どうして薄ら笑いを浮かべながら命を奪えるんだ。


冷える。


頭は溶岩でも流れているのかと思うほどに煮えたぎっているのに、意識が冷える。

身体が冷える。

心が冷える。


もう、どうでもいい。

何故、どうして、何が目的で。

そんな疑問が全てどうでもいい。


只、こいつを殺せれば──。













「すぐに治療出来る場所へ運べ!出血がひどい!」


「幸いにも町はすぐだ!急げ!」


城へ向かい掛けていった衛生兵が誰かを運びだし、一刻を争うとばかりに急いでいる。


ひとまず戦場を代わりの者に預け、ここにいるはずのない背中を追い、城へ戻った風達がその声のもとに目をやると、信じられない光景が飛び込んできた。


「せ、星……!」


「星ちゃん……」


今まで見たことの無い友の姿だった。

いつも、余裕を含んだ笑みを浮かべ、どんな猛者にも果敢に挑み、勝利を勝ち取ってきた友が。


「おいお前達!一人残って何があったか説明しなさい!」


乗せられた担架からだらりと腕を垂らし、血にまみれた身体で横たわっている。

稟が説明を受けている間、風はそれを聞きながら運ばれていく星を見つめていた。

兵達が城の中で保護した明花が、泣きじゃくりながら運ばれていく星に泣きすがる。


「それで、星をあそこまで追い詰めた敵は今どこに?」


「北郷殿が趙雲殿を救出後、そのまま交戦中です!」


「な、なんだと!?」


兵の言葉に動揺を隠せない。

確かに彼は強くなった。

武将に就いている者達と手を合わせても引けを取らないくらいに強くなった。

でも、あの星をあそこまでボロボロにするような相手だ。

一刀も星の二の舞になるのではないか?

最悪の場合、殺されてしまうのではないか?


「お待ちください!」


思わず走り出そうとする二人を兵が呼び止める。


「今中に入るのは危険です!あの二人の戦いに入ることなどもってのほかです!」


「だが星をあれほどまでにした者だぞ!一刀殿だって──!」


「北郷様ならば……きっと大丈夫です!必ずやあの敵を討ち取ってくれるはずです!」


「何故言い切れる!?」


稟に問い詰められた兵は自分達が星を連れ出て行く時、一瞬だけ一刀に目を向けたときの光景を話した。

今まで見たことも無い形相で男に裏拳を放ち、さらに追い討ちを掛けた。

あの形相、自分達に向けられている訳でもないのに背筋が凍るような殺意。

そして何よりもあの大男の怪力をさらに力でねじ伏せる程の、説明出来ない力。

その一連の行動が、ほんの一瞬で行われた。


「今ここであの男に立ち向かえるのは北郷殿以外にいません。他の者が行けば、いたずらに犠牲者が増えるだけです」


その説明を聞いた風たちは信じられなかった。

確かに大会での戦いで彼の戦闘を見て、力をつけたのだと理解した。

しかし、今兵が話したほどの力は無かったはずだ。

本気ではなかった?

それは考えにくい。

様子を見る限り、一刀は持てる力全てであの大会に臨んだはずだ。


「今は北郷殿を信じて、敵の軍隊を叩くべきです。ここには警戒として1部隊を配置しておけば、何か起きたらすぐに知らせることが出来ます」


「……しかし」


「稟ちゃん。戻りましょう」


「風!?星を見ただろう!?一刀殿が心配ではないのか!?連れ戻さないと大変な事に……!」


「もちろん星ちゃんもお兄さんも心配です。でも、今ここで風たちが行って何が出来るんですか?

 話を聞く限り、今連れてきている兵を投入したとしても邪魔にしかならないでしょう。

 戦闘能力のない風達が割り込んだほうが、お兄さんを危険に晒してしまうかもしれません。

 軍隊の戦いならまだしも、個々での一騎打ちとなれば、風達は子供となんら変わらないのです。

 なら、今はあちらに戻って、急いで敵を叩くべきではないですか?」


「それはそうだが……」


二人が話していると、大きな破壊音と、瓦礫が崩れる音が城の中から響く。

その音は城の外に居る者にさえ聞こえる程。

それがいかに強力な衝撃かを物語っていた。

そしてそれは、二人が戦っている音なのだと理解する。


「一刀殿……」


「明花ちゃんもちゃんとした場所に移さなければまた危ない目に会うのです。今は我慢して、自分達に出来ることをしましょう。

 今第一に考えるのは星ちゃんの救命と、風達が戻ってこの戦に勝利することです」


「…………」


「お兄さんの勝敗がこの戦の勝利の分け目でもありますが、お兄さんが敵を倒してくれても、風達があちらを抑えてなければ意味が無いのです。

 兵達の体力がある最初のうち……つまり、今が勝負なのです」


「……そうですね。少し取り乱してしまいました。戻りましょう」


そう言い、兵を一部隊だけ残し、稟と風はもとの戦場へ引き返していく。

城の中から聞こえる破壊音とは打って変わって、不気味なほど静かな町が、余計に不安を煽った。


















「くたばれくたばれくたばれええええええええええ!!!!!」


兀突骨が雄たけびを上げながらその怪力を一刀に振り下ろす。

図体に似合わぬ速度で繰り出される必殺の一撃の連続。

当たれば身体はひしゃげ、臓腑は潰れ、骨が砕かれる。


なのに。


「(な、何だこいつの体捌きは……!?)」


それは掠る事すら叶わず、一刀は兀突骨への致命打を伺うように、一瞬たりとも兀突骨から目をそらさずにそれらを避けていく。

そして一瞬の隙を突き、一刀は腰に挿してある刀に手を沿え、親指で弾き、刀身をわずかに覗かせる。

その瞬間、兀突骨に今まで感じたことの無い悪寒が襲い掛かる。

脳が全力で警報を鳴らしている。

身体全体を強化していた術を腕に集中させ、首を守るように顔の前でがっちりと防御を固めた。


その瞬間、音が消えたように思えた。

消えた、というよりも、消されたというべきか。


戦闘音は勿論、その他の細かな雑音全てが何かによって遮られ、音が消えたように錯覚すると同時に、耳鳴りのような音が響く。


かと思った直後、防御に徹した腕が勢い良く跳ね上げられた。

何が起きたのかを理解する前に、目の前に第二打を放とうとしている一刀の姿が目に入る。


死を直感した。


「ぬああああああああああああッ!!!!!!」


跳ね上げられた腕を戻す間も惜しいと判断した兀突骨はその体勢のまま力任せに一刀に体当たりをした。

戦いに身を投じた中で感じる、初めて自分を殺しうる力を持った相手に、兀突骨は無我夢中に力を解放する。

体当たりで無理やり突進し、一刀を突き飛ばしそのまま馬乗りになる。


「調子に──乗るんじゃねええええ!!!!」


戦闘が優位に立った途端、兀突骨は自分に恐怖という感情を芽生えさせた一刀に激しい怒りを覚えた。

そしてその恐怖を打ち砕くように、兀突骨はその怪力を組み敷いた一刀目掛けて振り下ろす。

何度も何度も、兵を一撃で圧殺する怪力を、幾度と無く振り下ろした。

城には地震でも起きているのではないかという揺れと地鳴りのような破壊音が鳴り響き、兀突骨は勝利を確信しながらも、その手を止めることはなかった。


勝利を確信しているにも関わらず、心の底から這い寄るような焦燥感に襲われる。

この手を止めたら何かが来る。

今までの経験上、ここまでやれば相手はもうぐちゃぐちゃで原型も留めないほどの肉片になっているだろう。

しかし、目の前にいるこの男は──。


その思考が一瞬の隙を生んだのだろう。

気づけば下から自分の顔に向かって腕が伸びている。

それに気づくと同時に襲い掛かる、目の激痛。


「うぐあぁあ!?」


反射的に身体をそらすと、自分の眼球からぬるりと何かが出て行くのが分かった。

眼球を抉られたのだ。


思わず攻撃の手を止めた隙に、今度は岩でも投げられたのかと思うほどに超重量の頭突きが顔面に襲い掛かり、怯んだ所に先ほど感じた悪寒が再び訪れる。

体勢を変えることはおろか、今の状態では回避することなど無理。

そう考えた兀突骨は先ほどと同じように腕に全ての力を回し防御の体勢に入る。


そして再び、耳鳴りのような音が雑音を消し去ると共に、腕に違和感が走る。

腕が万全の状態ならば、兀突骨はこの攻撃を防御できたのだろう。

しかし、一刀は兀突骨の傷口、星が一矢報いた場所に一閃を放ったのだ。


ピリッと腕に痺れが走った瞬間、兀突骨の腕が宙を舞った。


「ぐうあああああああああ!?」


今まで経験したことの無い痛みに、兀突骨はのた打ち回った。

迎撃の態勢を取らなければならないとわかっていても、初めて経験する致命傷にのた打ち回ることしか出来なかった。

しかし、来ると思っていた追撃が来ない。

痛みに耐えながらふと視線をやると、一刀もまた、血を流し立ち上がろうとしていた。


「(俺の攻撃をあれだけ受けて……何故あの程度の傷なんだ……?)」


確かに浅くない傷を与えてはいるものの、自分の攻撃を受けてあれだけの傷しか負っていない。

兀突骨は今の現状に理解が追いつかないでいた。

そして、理解が出来ない相手に対し、恐怖を感じた。














一刀はこの戦闘が始まってからずっと、まるで全身が心臓にでもなったかのように脈打っているような感覚になっていた。

そして自分でもわかる、明らかに自分の能力を超えた力を発揮していること、そしてそれが、自分の身体を徐々に蝕んでいる事を理解していた。

その証拠に、身体からは常に”痛み”という危険信号が出続けている。

神経を直接刺激されているような激痛が絶え間なく襲い掛かってくる。

それでも、それがどうでもよくなるほどに頭に血が上っていた。


初めて見る、星の泣き顔が。

両親を奪われた明花の泣き顔が。

どん底まで落とされた悲しみを孕んだ泣き声が。

それを思うほどに、沸々と怒りのボルテージが上がっていく。


兀突骨に馬乗りになられ、あの怪力を幾度も振り下ろされた時、一刀は無防備に受けていた訳ではない。

防御し受け流し、避け、ダメージを最小限に抑えながらも兀突骨から目を離さずに反撃の隙をうかがっていた。

あの怪力のおかげで地面が割れ、砂塵が立ってくれたのも幸いだった。

兀突骨は自分の攻撃が派手すぎたせいで反撃されたようなものだった。


しかしいくら攻撃を捌いたとはいえ、あの怪力の連打を受けた以上無傷ではない。

傷の痛みなのか、この湧き出る力の代償としての痛みなのかわからない。

それでも、ここで引くつもりなど微塵も無かった。


「ウオ”オ”オ”オ”オ”!!!!!」


腹の底から雄たけびを上げ、痛みを打ち消し兀突骨へ突進する。

その雄叫びに、我に返った兀突骨は痛みに表情を歪めながら残った片腕で応戦の体勢を取る。


一瞬たりとも気を抜けない極限状態の戦い。

それは戦いを只の殺戮として楽しんでいた兀突骨は初めて体験する事だった。


怒りの叫びと共に、もはや目ですら追いきれない程の速度の斬撃が幾度も襲い掛かる。

この時代にはない製造法で作られた頑強な鎧に加え、仙術での肉体強化で、星の攻撃すらも凌いだ兀突骨の身体。

先ほどのように、死を直感させるものではないはずなのに、まるでそれらが意味を成さないように、兀突骨の身体から血が吹き出る。


兀突骨はもう、今までのものが全て通用しないのだと覚悟を決めていた。

故に、それに怯まず、連打で傷を負い、剣速こそ変わらないものの、捉え切れなかった体捌きではなくなった一刀目掛け、怪力を振るう。

巨大な岩をも粉砕する拳が一刀の体にもろに突き刺さる。

こうして吹き飛ばし、また体勢を立て直し、どちらかが命尽きるまで殺しあう。

そう読んだのだ。


しかし、兀突骨の一撃をまともに受けたはずの一刀が離れない。

一刀は兀突骨の胸倉を掴みその一撃に耐え、一瞬の間もなく、それを全力で引き寄せると同時に己の頭蓋を顔面に叩き付けた。


「あぐッ!?」


ひとつも兀突骨の想像通りにならない現状に、先ほど覚悟は決めたものの驚きを隠せない。


「(こいつの異常なまでの耐久力は何だ!?何故一瞬たりとも怯まねぇ……!?)」


「がああああッ──!!!!!」


雄叫びと共に、刀の柄で横殴りの追撃を見舞う。

今にも意識が飛びそうな程の威力。

しかし、兀突骨もやられてばかりではない。

仮にも軍の大将として君臨する身、意地はある。


「調子に乗るなよ小僧おおおおおおおおおお!!!!!」


己が傷を受けることなど関係なしとばかりに、兀突骨は捨て身で攻撃のみを意識した動きになる。

全身を切り刻まれはするものの、身体強化と鎧により致命傷は免れている。

ならば、一刀が攻撃を繰り出している間に無理やり傷を負うことを承知で割って入り、致命打を与えれば良い。

腕が一本しかなくなった今、兀突骨にそれ以外の選択肢は残されていなかった。


そして、一刀の身体にも、もう限界が来ていた。

いや、限界など、とうに超えていたのだ。

もう、一刀の長所である速さを活かす戦術も取れず、足が鉛をつけられたかのように重く、思うように動かない。

兀突骨の攻撃を受けてきた事も勿論だが、自身の限界を超えた力を出し続けている事が何よりも負担を掛けていた。


もはやお互いに回避を捨て、相手に致命傷を与えることのみを考えた戦闘しか出来なくなっていた。

しかしそれでも、兀突骨は一刀に驚きを隠せなかった。

自分が片腕とはいえ、この距離で、しかも相手はもう疲労と負傷により満足に動けなくなっている身体で、致命打になりうる攻撃を受け流すのだ。

本当にこれが現代で平和ボケした中で生活していた人間なのか?


「(こんな……こんな小僧に俺が……!!!!!)」


兀突骨は一刀について、事前に情報を得ていた。

それはこの世界に降り立った当時は只の高校生で、戦争のせの字も知らない、人の死を目の当たりにすれば戻してしまうような気の弱さの少年。

そう聞かされていた為、そんな男に自分は苦戦し、あまつさえ片腕を失ったのかと思うと沸々と怒りが湧き出してきたのだ。


そして怒りに狂気が飲み込まれた時、奇しくも兀突骨は一刀と同じ状態に入ってしまった。

己の肉体の限界を超える身体強化が、兀突骨の身にも起きてしまった。

通常時の兀突骨に対して、一刀は命を削って力を発揮し、渡り合っていたのに対し、兀突骨が同じステージに上がってしまえば、均衡が崩れるのは言うまでもなかった。


兀突骨が限界を超えた力を意図せず引き出した瞬間、体中に激痛が走った。

それは一刀の身体に起きている現象と同じもので、10秒と持たないと瞬時に理解する。

しかし、その10秒の間に勝負を決めようと兀突骨は攻撃されながらも無理やり仕掛けた。


「このクソガキが!!!俺は兀突骨だ!!俺が最強なんだぞ!!!」


残った片腕で一刀の攻撃をねじ伏せるように拳をぶつけ、下から掬うように殴り上げ宙に浮かせた。

完全に身体が空いてしまった。

攻撃の上から攻撃を重ねられ、弾かれた上に宙に浮かされ、受身が取れない状態を作り上げられた。


「てめえごときが俺に歯向かうんじゃねぇ!!!」


怒気を発しながら、兀突骨は渾身の一撃を放った。

通常の人間を殴り潰し、挽肉にしてしまうあの怪力が限界を超え、さらに圧倒的な力となり、無防備な一刀に襲い掛かる。


そして、それを防御も回避も出来ず、一刀はその命を奪う一撃をもろに受けてしまった。

その瞬間、嫌な音が響いた。

肉が潰れ、骨が砕かれ、内臓も損傷したのではないかというほどに、気味の悪い、慣れない音が身体全体を伝わり脳に響く。

それと共に弾き飛ばされ、石の壁を突き破り、一刀は部屋の外まで飛ばされ、崩れた瓦礫の下敷きになった。


完璧な手ごたえ。

骨が砕け、肉が潰れる感触。

そして兀突骨の拳にべっとりと付着した赤い液体。

それを見て、兀突骨は自分の勝利を確信し、極限状態を解除した。

これ以上あの痛みが続けば気が狂ってしまいそうだった。

腕を切断された事など非にならないほどの激痛だったが、そのおかげで勝利を手に入れた事に、兀突骨の顔には笑みが浮かんでいた。












…………


……










その場に静寂が訪れる。

吹き飛び、瓦礫に埋もれた一刀が動く気配はない。


「はぁ……はぁ……調子に乗りやがって」


兀突骨は落ち着きを取り戻し、本来の目的に移る。

殺戮を楽しんでいたとはいえ、今日ここへ来た理由は一人の少女を攫うためだ。

片腕を失った事に怒りを覚えるが、あの死闘を生き残り、勝利したという安堵感が勝っていた。

自分が勝負に勝ち”安堵”するなど、想像したことすらなかった。

ブンブンと首を振り、兀突骨は少女を追うために、謁見の間を出て行こうと歩を進めた。
































朦朧とした意識の中、暗闇の中を一人佇んでいた。


身体が熱い。


まるで全身が燃えているようだ。


……いや、これは痛みか。


感覚が麻痺している。


辺りが暗い、何も見えない。


当ても無く彷徨っていると、ふたつの声が聞こえてきた。


泣き声だった。


この声はよく知っている。


いつも城内を元気に走り回り、皆を笑顔に変えてくれる女の子の声。


そして、掠れる声で俺を呼ぶのは、いつも余裕を含んだ笑みを浮かべながら、好意を伝えてくれた女性の声。


明花……泣かないでくれ……。


あんなに辛いことがあった分、これから必ず幸せは訪れるから。


俺が、絶対に明花の幸せを支えるから。


星……そんな、今生の別れのように、悲しそうな顔をしないでくれ。


これからいくらでも一緒に過ごす時間はあるよ。


あんなにまで傷つき、君が明花を守ろうとしてくれた事が凄くうれしかった。


また、君の癖のある笑みを見せてほしい。


だから、泣かないでくれ。


必ず、俺が守って見せるから。


もう、誰にも、何も失わせないから。


二人がこんなにも悲しそうに、苦しそうに泣く理由は──?


二人を苦しめたのは……。




あぁ……そうか。






























お 前 ら か。







































兀突骨が部屋を出ようと、扉に手を掛ける。

パラパラと、小さな石が転がる音が背後から聞こえた。

その瞬間、心臓が跳ねた。

馬鹿な。

そんなはずはない。

そう思うも、気のせいと思いたいその音が、徐々に小石が転がる音から、ガラガラと大きくなり、そうまるで、あくまで例えだが、瓦礫の下敷きになった者がそれをどかし、起き上がる音へと変わった。

そして、その音が止むと、次は何者かがこちらに近づいてくる音がする。

兀突骨は振り向くことが出来ず、扉に手を伸ばした状態で固まっていた。


振り返ればありえてはならない現実が存在しているのではないかという恐怖。

しかし、このまま居れば確実に殺される。

兀突骨は意を決してすべての力を腕に集中し、振り向きざまに全力で裏拳を振るった。


その瞬間、血飛沫と共に舞う己の腕が目に入る。

もはやその状況を理解出来ず、痛覚も麻痺しているのか、只呆然とそれを行った張本人を見つめるだけだった。


そこには、全身血まみれになりながらも、今まで向けられたことの無い、空気が凍ったのではないかとすら思えるほどの殺意をぶつけてくる、先ほど殺したはずの男が居た。

鋭く、激しく、全てを貫くかのような激情を瞳に灯しながら。

その男の刀には白い氣のようなものが薄く揺らめいている。


その氣には見覚えがあった。

しかし、それは目の前に居る男が使えるものではないはずだった。

だというのに、現実に、こうしてその力を使っている男が居る。


「お前らは絶対に許さない」


刺すような殺気と共に発した言葉と同時に、美しい赫色の波紋が左右に振られる。

あの鞘からの抜刀術をした後に、さらに切り返したのだ。

そのあまりの剣速に、自分の身に何が起きたのか一瞬わからなかった。


兀突骨が最後に見たのは、赫色の刀が己の頭に突き立てられる直前の光景。

腹部からは臓物があふれ出し、切り離された首は最後の突きで、頭を貫通した刀が壁に突き刺さり、宙吊り状態になっていた。

それを振り払い、首が転がっていく。

ゴロゴロと嫌な音を立てながら転がり、それが止まると同時に、一刀は膝から崩れ落ちた。


















   







「凪!どうしてお前がここに居るんだ!?援軍へ向かったのではないのか!?」


予想だにしない凪の援護に、春蘭が思わず問う。


「当初はそのはずだったのですが、隊長が戻ると言い出したので、さすがに一人ではまずいので自分と北郷隊の一部だけ戻りました」


「はぁ!?あの馬鹿者は一体何をしているんだ!」


「落ち着いてください春蘭様。確かに言っている事はおかしいかもしれませんが、あの時の隊長を見れば誰も止めることなど出来ません」


「なに?」


「突然頭を抱えだして、苦しそうに何かを呟いていました。まるで誰かと会話をしているかのように」


「な、なんだそれは……」


「わかりませんが、しかしこうして実際に襲撃にあっているということは、ここへ戻って正解でした」


そう言うと、凪は喧騒のほうへ目を向ける。


「とにかく、今は奇襲という事と不気味な相手ということで混乱している所にさらに乱戦になってしまっています。

 一度距離を稼いで兵達を冷静にさせましょう」


ブウン……と、手に気を集中させ、凪の獲物が脈打つ。


「我々が前線を崩し、時間を稼ぎます。その間に春蘭様は兵達の統率をお願いします」


言うや否や、凪はその気弾を上空へ飛ばした……かと思えば、それは弧を描き、白装束の前線に着弾した。


「私が気弾で吹き飛ばしたところへ雪崩れ込め!味方を援護しつつ一旦下がらせるんだ!!」


「おおおおおーーーーーーーーーー!!!!」




















「凪が来てくれたのはありがたいがやはり敵の数が多すぎるか……!」


そして何よりも異様なのは、普通なら致命傷となる傷を与えても、白装束は立ち上がり、向かってくるのである。

まるで人形のように、誰かに操られているかのように。


「でも、凪ちゃんが来てくれたおかげで立て直しがずっと早いです。奇襲のような状況からすぐにこの状態まで持ってこれたのは凪ちゃんのおかげです」


「しかしこれから先の体力が……ん?」


稟が目を向けた先に、城に残してきた兵が走ってくるのが見えた。

その表情は歪んでおり、涙を何度も拭う仕草をしているようだった。


「報告致します!!敵大将と交戦中だった北郷様が……ッ!!!」


そこで兵が息を詰まらせ、言葉が途切れる。

その先の言葉を早く聞きたいという気持ちと、これが凶報だったらという不安が混ざりあう。


「北郷様が……!!勝利しました!!!」


「何!?本当か!?」


その朗報は、稟と風の気持ちをずいぶんと楽にしてくれるものだった。

しかし、ならば何故その朗報を持ってきた兵はこんな状態なのだろうか。

そして何故、勝利したのなら、彼がここに来ないのか。


「か、一刀殿は?」


少し聞くのを躊躇った。

何故なら、こういうときの予感というのは、嫌というほどに当たるものだから。


「北郷様は敵大将との戦いで負傷し、すぐに治療を受ける為に搬送中です!」


「詳しく報告しろ!どの程度の怪我なのですか!」


兵も一刀の状況を口にしたくなかったのか、大雑把に負傷という報告しかしようとしなかった。


「……ッ!」


「……どうなのですか?貴方の見たままの報告が、風達は欲しいのです」


言葉に詰まる兵に、隣にいた風が問いかける。


「い……今生きているのが奇跡かと……!もう……助からないかも……しれません……!」


そう言うと、兵は泣き崩れた。


「────!!!」


そして、その報告を受けた二人も、頭が真っ白になってしまった。

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