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14 憎悪

武闘大会最終日が終わり、夜、もちろん皆さんはおとなしく自国に帰るわけも無く宴会が開かれた。

今回は立食パーティーの形ではなく、好きに話し好きに飲めとの事だった。

先程まで寝こけてた俺は医者に絶対安静、飲酒禁止令が出されているが、まぁ明日からにしよう。

だってこんな楽しそうな宴会を開いてる中一人寝台に横たわってるなんて出来るわけない。

そう思いながら酒をちびちび仰っていると、


「…………」


またしても視線を感じる。

その視線を感じる方へ目をやれば、そこにはやはり呂布。

どうにもこの大会で興味を持たれたらしい。

それは良いのだがこうして無言で見つめられると非常に居心地が悪い。

視線をやったことで目が合ってしまった。

そのまま無視するのもあれなので、軽く手を上げて挨拶した。

するとそれに反応した呂布は小走りで寄ってきた。


「……どうしたの?」


「………」


「あのー、奉先さーん」


「……恋」


「ん?」


「恋でいい」


「……え、それ真名?」


そう問うと、こくんと頷く。


「……良いの?」


「良い」


「えっと……じゃあ、恋、どうした?何か用でもあった?」


「ん」


頭をずいっと目の前に突き出される。

これはまた撫でろということでいいのだろうか?

とりあえずそう判断し、恋の頭を撫でる。


「……♪」


嬉しそうだった。

撫でている手にぐりぐりと頭を押し付けてくる様は何というか猫っぽい。


「よーしよしよしよし」


某王国の人のように恋の頭を撫でくりまわしていると、


「この腐れ外道め!恋殿に何してやがるです!」


「え?」


「ちんきゅーきいいーーっく!!」


声のした方へ目を向けると、既に足の裏が眼前に迫っていた。


「ぐっほぁ!?」


避ける間もなくその飛び蹴りはもろに患部へヒットした。


「何を恋殿にべたべたと触りまくってやがるですか!ちょっといい勝負したからって調子にのるなです!」


「…………」


「黙ってないで何とか言いやがれです!この変態野郎め!」


しかし音々の言葉に一刀の反応はない。

そこへ、風が一刀を探して訪れた。


「……お兄さん、泡吹いて白目剥いて、新しい遊びですか?さすがの風もその顔はちょっと……百年の恋も冷めそうです」


「……え?」


風の言葉を聞き、音々は恐る恐る一刀の顔を覗き込む。


「ひいい!?」


あまりの酷さに恐怖を覚えた。


「……息、してない」


「な、ななななんですと!?こ、こら変態!あれくらいで死に腐るなです!」


「なるほど、お兄さんを変わり果てた姿にしたのは音々ちゃんでしたか」


いつものようにのんびりした口調ではあるが、それはどこか恐怖を感じされる気迫があった。


「ひい!?そ、それは大きな誤解なのです!こ、これは只の挨拶のようなもので!

 ほ、ほらお前!さっさと起きやがれです!」


ペシペシと頬を叩くが反応がない。

すると、焦って取り乱している音々を見かねた恋が一刀を後ろから羽交い絞めするようにして、


「──ふん」


ドスっと、背中に一喝と言うように膝蹴りをかました。


「はぐぁ!?──はっ!!な、何だ?何が起きたんだ?」


目を覚まし、状況が理解できずに居る一刀を見て音々はほっと胸をなでおろした。


「全く、あれしきの攻撃で死にかけるなど鍛え方がなってあいだぁ!?」


喋っている最中に突如頭部に襲いかかる激しい痛みに思わず叫んだ。

頭を抑えながら見上げると、恋が拳を握り、


「ちんきゅ、謝る」


音々の頭頂部を襲った激痛は、振り下ろされた恋のげんこつだった。


「し、しかし恋殿!この変態野郎は恋殿の大切な大切な純血を──」


「濡れ衣ぅぅぅ!!」


とんでもない事を言い出す音々に一刀は思わず叫ぶ。


「悪いことしたら謝る」


言いながら恋はもうひとつ落とすぞとばかりに拳を握りしめる。


「うぅ……ごめんなさいです……」


見ていて何だが気の毒になるくらい泣きそうになっていた。

まるでこちらが悪いことをしている気分になってくる。


「……い、いや、気にしてないよ。大丈夫だから」


そう言いながら音々の頭を撫でる。


「撫でるなです~!!」


泣きそうな表情から一転、抗議しながら腕をブンブンと振り回すのでそのまま頭を抑え距離を保つ。

一刀と音々のリーチ差により、音々のぐるぐるアタックは虚しく空を切る。


「はいはいごめんよ。それと、恋」


「……?」


「俺の事は一刀でいいから」


「……一刀」


「そうそう、真名ってやつが俺には無いからさ」


「そうです!貴様、何当たり前のように恋殿の真名を呼んでやがりますか!」


より一層ぶんぶんと腕を振り回すも、悲しきかな、絶望的なリーチの差だった。


「恋にそう呼べって言われたしな」


「な、何ですと!?恋殿が!?本当ですか恋殿!?」


「ちんきゅ、うるさい」


「そんなぁ~恋殿ぉ~」


そんな二人のやりとりを見ていると、袖をくいくいと引っ張られている事に気づいた。


「お兄さんお兄さん」


「どうした?風」


「ちょっとそこに移動してください」


風は木の根本を指さしそう言った。

よくわからないが言う通りにすると今度は袖を下に引っ張り座ることを催促してくるので言われたとおりに座る。


「では失礼して」


そう言うと、風はよっこらせと口に出して言いながら胡座をかいた俺の上にすっぽりと座る。

そしてそのまま背中を俺の胸に預けてきた。


「……背もたれのついた椅子が欲しかったんですか?風さん」


「そういう事にしておきましょう」


風はそう言いながらいつものように目を細めてその場に落ち着いてしまった。

俺一応怪我人なんだけど……まぁ重い訳じゃないしいいか。


「ふふ、どうやら先を越されてしまったようだな」


声のしたほうへ視線をやると、酒を持った秋蘭が歩み寄ってきた。


「秋蘭も座りたかったの?」


「それはまた別の機会にするとしよう」


冗談を言うと、秋蘭も静かに笑い、冗談を返す。

そのまま秋蘭は俺の横に座り、持ってきた盃に酒を注ぐ。


「お前は怪我人だが、まぁ、一杯くらいは平気だろう」


そう言いながら酒を注いだ盃を渡してくれた。


「ありがとう」


「体の具合はどうだ?随分と痩せ我慢をして動いていたようだが」


「頑張ったんだけどね。最後まで戦いきれなかったよ」


「そうでもないさ」


秋蘭は目を伏せ、すこし笑いながら自分の盃に酒を注ごうとする。


「酌するよ」


「あぁ、ではお願いしよう」


酒を受け取り、それを秋蘭の盃へ波々と注ぐと、少しだけ口をつけ、一息つく。


「北郷がこの武闘大会で見せた勇姿は皆の目に焼き付いただろうよ。

 それも、あの恋を追い詰めたんだ。胸を張って良いと思うぞ」


「負けちゃったけどね」


「結果はな。だが最後まで心折れずに戦ったのだから、それは戦い抜いたと言っても過言ではない」


「そうかな」


「そうだとも」


ゆったりとした時間を楽しんでいると、退屈だとでも言うように風は俺の手を弄び始める。

しかし話に入ってこないのは風なりの配慮なのだろうか。


「それに、気の運用という一つの目的は果たせたのだから、収穫はあったじゃないか」


「無我夢中だったからどうやったのか全く解ってないけどね」


「ふふ、お前らしい」


そう言うと、秋蘭は盃に注がれた酒を仰ぐ。


「結果も残したかったんだけどね」


「……そうか。まぁ、それも大事なことだな」


そう言いながら秋蘭は一刀の横顔を眺める。


何故、お前はそこまで自分に厳しい?

私達を守りたいという思いだけで、こうして誰が見ても強くなったと言うであろう実力をつけたではないか。

確かに恋に負けはしたが、それ以前の試合はどれも素晴らしい、心が震える戦いだった。

それに負けたとはいえ、その試合は最後まで戦い抜いた。

悶絶して動けなくなる程の痛みを伴いながらも心を折らずに戦い抜いた。

それの何がダメなんだ?

お前の中で、何が納得行かないんだ?


そう捲し立てたくなるのを抑え、彼には彼なりの成し遂げたかった結果があったのだろうと思い直す。

自らが立てた目標を、第三者が下げるべきではない。

それでも、自分たちには、お前の気持ちは痛いくらい伝わっているという事は解って欲しかった。


「なぁ、北郷」


「ん?」


「お前が思うより、気持ちというのは人に伝わってるものだぞ」


「秋蘭ちゃんは良い事言いますね~」


そこまで黙って一刀の手を弄んでいた風が言う。


「この朴念仁には風達の気持ちは中々伝わりませんけどね~」


「え?」


「まぁもうその辺りは諦めてますけど」


「……ふ、まぁ、それが北郷の良さでもあるのだろうよ」


「え、何?いきなり話が解らなくなったぞ」


「だからお兄さんはお兄さんなんですよ」


「俺自体が悪口みたいな扱いするのやめて?」


「さて、私は華琳様のもとへ戻るとしよう」


そう言うと秋蘭は盃に残った酒を飲み干し、立ち上がる。


「あぁ、また今度ゆっくり飲もうな」


「楽しみにしているよ」


秋蘭はそう言い、その場を去っていった。

その後もしばらく風を抱えながら宴会を眺め、酒にちびちびと口をつけていた。


「なぁ、風」


「はいはい」


そして何故か唐突に、あの白装束の事を知っているか確認したくなった。

当初は幽霊的なものだと思っていたが、あの銅鏡の光に包まれた時に響いた声と、あのランニング中に聞いた声は一緒だった。

なら、あいつはこの世界に何かしら関係があるんじゃないのか?


「俺が消えてた5年……いや、3年か。何かおかしな事とかあった?」


「ん~、おかしな事と言いますと?」


「いや、俺も何が言いたいのかよくわからないんだけど、何もないならそれでいいんだ」


「そうですね~、おかしな事、という程の事でもないと思いますが、

 お兄さんが帰ってくる少し前、五湖の軍と戦闘になったのですが、それとは別に気味の悪い集団とも戦闘になりましたね」


「気味の悪い?」


「はい、全身を白い装束で包んだ方達です」


「白い装束……」


そのワードに、反応せざるを得なかった。

戦闘になったということは何かしらアタックを掛けてきたのだろう。

ということは敵なんだろうけど、あいつの仲間か?

しかしあいつはどちらかと言えば味方のような気がしたんだけど……。


「その白装束と戦闘になった理由は?」


「理由は魏領の村を襲っていたからなのですが、目的は不明ですね~」


「…………」


「お兄さん?」


「そいつらって、白装束に身を包んで顔まですっぽり覆った奴か?」


「おお、さすがお兄さん。お知り合いですか?同じ白い服仲間として」


「いや、あの制服はもう着てないんだが……てそれはどうでもいい。

 俺がこっちに帰ってくる時に、その白装束に会ってるんだよ」


「……ふむ」


「で、そいつの口ぶりは俺の事もここの事も知っているみたいで、何かしら関係はあるとは思ってたんだけど」


「その白装束に会ってどうなったんですか?」


「それがなー、そいつのおかげでこっちに帰ってきたような気がするんだよなぁ」


「んー、何か目的とか、そういうのは臭わせては居ませんでしたか?」


「それなんだよ。俺も意識がはっきりしてた訳じゃないからなんとも言えないんだけど。

 それでも俺と皆が一緒に居ることを望んでいるような事を言ってた気がする」


「その白装束が、お兄さんと風達が一緒に居ることを望んでいたと?」


「本当にはっきり聞いた訳じゃないからわからないんだけどね。夢心地というか、朦朧としてる中で響いてきたっていうか」


「んー、でもこちらでは村を襲っていましたし、少なくとも良い関係を築けそうには無いですね~」


五湖の問題もまだ山積みな上に、謎の白装束集団。

この世界で村を襲った白装束と、俺にコンタクトを取ってきた白装束は同じなのだろうか?

風の言っていたように宗教を立ち上げようとした過程だとしても、村を襲って何になる?資金調達ならば商人を襲うはずだ。

それに、ならば現代とこの世界にそいつらが存在しているのはどう説明する?

とても小さな宗教の教祖とは思えない。

もっと大きな、不吉な別の何かじゃないのか?

それに、本当に五湖とは何の関係もないのか?


「五湖の軍団もそれっきり大人しいですし、何も企んでいなければ良いんですけどね~」


「……不穏だな」


「風は逞しくなったお兄さんに守ってもらうことにします」


「……そうだな」


そう言い、風の頭を撫でる。

五湖もそうだが気になるのは白装束のほうだ。

村を襲うのには、何か様子見とか、別の目的があったんじゃないのか?

考えても解るわけは無いのだが、考えずにはいられない。

何より、もしその白装束が現代とこの世界を行き来出来る術を持っているのだとすれば、確実に只者ではない。

そしてそれが小さな村を襲う理由はやはり何か目的があるんじゃないのか?


「何も無ければ良いんだけどな……」

































とある、人の気配が無い場所で、二人の筋骨隆々の大男と一人の白装束を纏った者が話していた。


「厄介な奴らに目をつけられてるね」


「そうねぇ。あの子達を守ってあげたいとは思うけど、目的がいまいちはっきりしないのよねぇ」


「守らないとね。あの子たちを」


「うむ、それにしてもお主がそれほどにあの者達に固執するのは何故だ?

 お主はそのように何かに固執するような者ではないだろう」


「……理由なんて無いよ。只、彼の一生懸命な姿を見てたら応援したくなった、それだけだよ」


「禁忌を犯してまでもか?」


「そうさ」


「…………」


「ま、私はあの子達を守ることには賛成だし、ご主人様の力にもなりたいし、ばっちり協力するわ」


そう言いながら鍛えぬかれた筋肉を盛り上げながらウィンクを飛ばす。


「助かるよ、貂蝉」


「良いのよん。じゃ、私は行くわ、またね、蘇仙公ちゃん♪」


そう言い残し、貂蝉と呼ばれる筋肉達磨は雄叫びを上げながら恐るべき跳躍力で文字通り飛んで行く。


「ワシも行くとしよう、さらばだ」


もう一人の筋肉達磨も同じく飛んでいった。

そして二人が飛んで行くのを見届けると、蘇仙公と呼ばれた者は、まるで霧に紛れるように姿を消した。

























「──ん」


朝陽に顔を照らされ、その眩しさに意識が引っ張られていく。

上半身を起こし、伸びをすると脇腹に激痛が走った。


「いっだぁ!?」


あまりの激痛に思わず大きな声が出てしまった。

脇腹を抑えながら昨日の大会で骨折した事を思い出す。

昨日はあのまま宴会で皆と馬鹿みたいに飲んで騒いだからすっかり痛みも感じずに居たが、こうして酔いも冷めると普通に痛い。

痛みによって微睡んでいた意識は完全に覚醒し、丁度いい時間帯なので朝食を食べようと鈴に手を伸ばす。


ぐいっ


布団から出ようとしたところで服の裾が何かに引っかかる。

しかし布団にそんなものがあったか?

そんな疑問を抱きながらなんともなしにそちらへ目を向ける。


「……は?」


目を疑った。

いや、五感の全てを疑った。

夢かと思い、思い切り頬を抓るも、


「……痛い」


痛みを感じるということは夢ではないという事な訳で。


「んぅ……」


隣で眠っているこの子は確かに存在する訳で。


「ええええええーーーーーーーー!?」


あまりの驚きに患部が痛む程の大声を上げてしまった。

そして今大声を出して誰かが来たらどうするという考えが瞬時に浮かび、数瞬前の自分を殴りつけたかったがやってしまったものは仕方ない。

祈る思いで息を殺し、誰かが来る気配が無いかを探る。


…………。


よし、誰も来てないな。

とりあえず今はこの状況を理解することに努めよう。

朝、目を覚まし、朝食を食べようと布団から出ようとした。

起き上がろうとすると何かに引っ張られる。

そして──



隣で眠る恋。

以上。



「わかるかっ」


何かに引っかかったと思ったのは、恋が服の裾を掴んでいたからだった。

そもそも何故恋はここにいるんだ?部屋はちゃんと与えられていたはず。

それとも昨日の宴会で酔った勢いで部屋に連れ込んで手取り足取り腰取りやっちゃったとか!?

いや、それはない。

さすがにそれくらいの自制は保っていた。

それに恋は俺よりも強いんだから間違いなく怪我人の俺など振りほどく事が出来るはず。

しかし、隣で眠るこの可愛い女の子は間違いなく何も身に着けてはおらず、玉のような肌を惜しみなく外気に晒している。

そんな事している場合ではないと頭では解っているが、悲しきかな男の性、目の前の夢がいっぱいに詰まった膨らみを凝視せずにはいられない。


「乳!凝視せずにはいられない!」


ふざけている場合ではない。

さっさとこの状況を何とかしなければ。


「あら風、おはよう。貴方も一刀に用があるの?」


「華琳様とお兄さんの逢瀬を邪魔する気は無いのでご安心を~」


「それよりも、何故雪蓮もいるの?」


「私も一刀と会いた~い」


「いつの間にお兄さんの事を名前で呼ぶように……」


そう思っているとこうなるのが俺なのだ。

一番見られてはいけない二人と予想外の一人の声が扉の向こうから近寄ってくる。

このタイミングで来るか?普通。

不幸の神にでも愛されているんじゃないのか?

よし、とりあえず恋に服を着せれば何とか言い訳も立つはずだ。

何もしていないのに言い訳をする必要はないのだがこの状況は10人のうち10人が事後だと答えるだろう。


「んん……」


寝台の上で身動ぎをし、はだけた布団から覗く尻が視線を掴んで離さない。


「そうじゃなくて」


馬鹿なのか?俺は。

こんなことをしているうちに災厄の時は刻一刻と近づいている。


「恋!恋さん!起きて!」


小声で叫ぶという奇妙な技を見せながら恋の体を揺する。

すると安らかに眠っていた恋は眠そうな目を擦りながら体を起こした。


「ん……一刀」


「うん、おはよう。聞きたいことは山程あるんだけどとりあえず服着てくれる?なるべく巻きで!」


「……巻き?」


「急いで!」


「……コク」


のろのろと起き上がり、服に手をかける。


「ふぅー……」


これでどうやら最低限の言い訳が通る状況にはなりそうだ。


「すぅ……すぅ……」


と、安心していると寝息が聞こえる。

恋は服を引き寄せ、それを抱きしめるとまたしても体を丸めて眠ってしまった。


「あ、ちょ、おま──」


もたもたしている間についに部屋の扉が勢い良く開け放たれた。


「やっほー一刀、ご機嫌いかが──って」


「……は?」


「……お兄さんに疾風迅雷の称号を与えましょう。女の子に手を出す速さを表して」


「違うんだ……」


拳を握りしめ、しかしどうにも出来ない状況に天井を見上げ、絞りだすように声を出す。


「ん……?」


止まった時間を動かすように、一足遅れて恋が起き上がる。

もう少しだった、あと一歩だった……!


「……お腹すいた」


二度三度部屋に視線を巡らせてからそう言うと、恋は起き上がり服を着てその場を後にする。


「うそぉ!?」


この状況で俺一人にするの!?

それは待って!そこまでの覚悟はできてない!

待ってくれえええ!


そう心で願うも、恋はこちらに一瞥くれると謎に頷き、無情にもその場を去った。


その後、城内になんとも情けない男の悲鳴が響き渡ったのは言うまでもない。

散々しばかれた後、玉座の間にて正座を強要され、目の前には華琳、そして親の仇を睨むように鋭い視線を送ってくる愛紗。

その脇には笑いを堪えながらこちらを見ている雪蓮が居た。

一切後ろめたい事はしていないはずなのだが、目の前に居る二人の顔を見れずに視線を逸らす。


「北郷殿。まさかとは思いますが、恋に手を出してはいませんよね?」


もはや鬼も裸足で逃げ出すような気迫だった。


「滅相もございません。蜀の大事な将軍様に手を出すなど、そんな大それた事を出来るはずもなく」


「では貴方の寝台に全裸の恋が寝ていたのはどう説明するの?」


すかさず華琳が突っ込んでくる。


「……朝起きたら、隣で寝ていまして」


「それは飲んだ勢いで抱いた挙句に記憶が無いって事?」


更に横から雪蓮が余計な茶々を入れてくる。

その表情からして明らかにこの状況を面白がっているのは明白だった。

というか普通に笑っていた。


「お兄さん……ついに……」


「ゴミ以下ね」


桂花の追撃に心が抉られた。

というかいつの間に混じったんだ。


「貴方の気の多さは理解しているつもり。けれど、そんな軽い気持ちで女を抱くとは思わなかったわ」


「いや、抱いてないって華琳!誓います!俺の首を掛けて誓います!」


「じゃあはい」


間髪入れずに横から桂花が短刀を差し出してくる。

それを受け取り誰も居ない方へ投げ捨てた。


「まぁ本人に聞いてみるのが一番なんじゃない?」


そこでようやく雪蓮が助け舟を出してくれた。

是非最初からお願いしたかった。


「で、どうなのだ?恋。何故お前は北郷殿と褥を共にしていたのだ?」


愛紗がそう問うと、その場にいた皆が恋に注目する。


「……暖かかった」


『……はい?』


皆の声が揃った。

そこには勿論俺の声もだ。

何しろ今の時期は暖かいというか、もはや暑さを感じるくらいだ。

朝とは言え、決して寒いというような時期ではないはず。


「……一刀は、暖かい」


皆、恋の言っている事がいまひとつ理解できていないようで、俺もその一人だった。


「よ、よくわからんが、北郷殿がお前を寝台に連れ込んだという訳ではないのか?」


「……一刀、寝てたから、勝手に入った」


「そ、そうか」


そして無罪が証明された。

勘違いだと理解した愛紗はすかさず一刀に頭を下げ、謝った。

桂花は俺がいつぞや渡したハンカチを悔しそうに噛み締めていた。

傍から見ていた秋蘭は最初から解っていたようで、久々の修羅場に好奇心が負けたと言っていた。


「……意外とSだな秋蘭」



















修羅場を乗り越え、警邏に出る。

骨折しているのだがまぁ大丈夫だろう。

華琳に知られると怒られそうではあるがじっとしているのも落ち着かない。

とりあえず洛陽に到着したところでいつもの3班に別れ、それぞれの担当区画の見回りを始める。

俺は真桜の班と共に行動することにした。


そして警邏の途中、八百屋を営んでいるちょっと太めのおばちゃんに呼び止められ、桃を勧められた。

どうやら良い物が入ったらしく、確かにそれはまるまると太り、色も鮮やかだった。


「じゃあとりあえず人数分ください」


「毎度あり!」


もはや常連の一人であろう俺の為におばちゃんは中でも良い物を選んで籠に入れてくれた。

ほぼ毎日こうして買い食いしてる姿は街の人達には当たり前の光景となっている為、誰も気に留めない。

班員全員に行き渡ると、皆それぞれに頂きますと言ってから齧りつく。

これも華琳に……いや、華琳は仕事が出来ていれば気にしなそうだ。

桂花や稟辺りにバレたら怒られるな。もうバレてると思うけど。


そのまま皆で桃を齧り、軽く会話をしながら街を見まわる。

決して怠けているわけではない。

こういう部下とのコミュニケーションも大事なのだ。


「それにしても平和だなぁ」


「そんな気ぃ抜けた声出さんといてや。ウチらまでダレてまうやろ」


「真桜が真面目に警邏してる所なんて見たことないけどなー」


「あ、今の傷ついた、傷ついたで。ウチが毎日カラクリだけ弄って生きてると思っとったら大間違いやで」


「飲茶もしてますもんね」


桃を齧りながら兵士が何気なく真桜の普段の勤務態度を暴露する。


「さぁーってと、今日もバリバリ働くで!」


「お前よく桂花達に怒られないね」


「ふ、報告書なんざいくらでも改ざん可能や」


「真桜の勤務態度は報告しておくけどね」


「ちょ、隊長だって似たようなもんやろ!?」


「俺は足止めないし~」


真桜が必死に縋り付いてくるのを引きずりながら歩く。

本気で報告するつもりはないが、これくらい言っておいても良いだろう。











「きゃああああーーーーーーーーー!!」











真桜を引きずりながら見回っていると、まだ行っていない場所から悲鳴が聞こえる。

和やかな雰囲気が一転、皆表情を引き締めその場へ走る。

全力で走り悲鳴の聞こえた場所へ到着すると、そこには剣を抱えた男と、その男の子分であろう男が数人。

そして子供を取られ、為す術も無く只許しを請う女性が居た。


「おいおい、人様の服を汚しておいて只謝れば済むと思ってんのか?」


親玉格であろう男がそう告げる。

見れば男の足元には菓子が落ちており、服には拭けば取れるような些細な汚れがついている。

なるほど、大方あの子供が不注意でぶつかって汚してしまったのだろう。

それを理由に突っかかっているようだった。


──あまりにくだらない。


そんなくだらない理由で刃物を持ち出し親子を恐怖に陥れているあの男に心底腹が立った。


「真桜、ちょっとこれ持ってて」


そう言い、桃の入った籠を渡す。


「──ふんぬあ!!」


そして掛け声と共に食べかけの桃を思い切り親玉格の男へ投げつける。

かなり大きな桃で実も引き締まり、ぎっしりとしていたから当たればかなりのダメージだろう。

食べ物を粗末にすることは気が引けるが、人助けの為だと自分を納得させ、腰に差した日本刀に手をかける。

見事にまるまると太った桃は男の顔面にヒットし、軽く脳震盪でもおこしたのだろう、男はぐらりと揺れ、子分達に支えられる。


桃を投げた瞬間に走りだしていた為、その隙に子供を取り返し、親と共に出店の中へ匿ってもらった。


「てめぇ、いきなり何しやがる!」


「警備隊でーす、取り締まりまーす」


「ああ!?やんのかおい!」


「だからそう言ってるだろ」


そう言い捨てると同時に鞘から一閃。

それを刃ではなく柄で相手の顔にヒットさせると、飛ぶ勢いでその場で半回転し、地面に叩きつけられる。

驚いた様子の子分どもをそのまま柄や峰で同じようにすると、皆気を失い地面に伏した。

多分斬られるよりも痛みを伴うであろう技をあえて使う。

そうでもしないとこいつらは自分のしていることを何も理解しないからだ。


「このまま大人しく捕まるか、お前も回ってみるか、どうする」


「く、くそったれ……!舐めるんじゃねえ!」


そう喚くと、男は持っていた剣を構えた。

構えた瞬間、その刃に向かい居合の一閃を放つ。

キンッと軽い音が聞こえたあと、その刀身は地面に落ちた。


「安物だろ、それ」


「な、なにが……」


刀身の無い剣を呆然と構える間抜けな姿は、何が起きたのか理解していないようだった。

武将ですら目で追うのも難しい一刀のその技は、只の賊には一切見えていなかった。


「まだ抵抗するか?」


「や、野郎──」


抵抗の意志を見せ、殴りかかろうと一歩踏み出した男の足をすかさず払い、重力と腕力で顔を地面へ叩きつける。

鈍い音と共に頭がバウンドするほどの衝撃を受けた男はそのまま気を失い、うつ伏せのまま動かなくなった。


『おおおおーーーーーーー!!』


すると、それを見ていた町人達が歓声と拍手を上げた。


「いやぁ照れるなー」


「言っとる場合か隊長、全員のびてしもてるやんか。連行大変なんやけど」


「まぁ仕方ないって。取り敢えず見回りも残ってるから半分は残ってもう半分で城まで連行してくれる?」


そう言うと、班員の兵士は敬礼し、伸びた男達を縛り引きずっていく。

匿ってもらっていた出店から出てきた母親は腰の骨が心配になるほどに何度も頭を下げてきた。

そして泣いていたのだろう、涙の跡が残っている子供がこちらを見上げていた。


「怖かったな。でももう兄ちゃん達がやっつけたから安心だ」


頭を撫でながらそう言うと、可愛らしく頷いた。

匿ってもらった店の主人にも礼を言い、とりあえず一品その場で買い、ついでに桃も子供に渡すと、


「ありがとう」


涙跡のついた顔で、しかし笑顔でそう言った。

その場に居ると何度も母親に礼を言われるのでそこそこにして警邏を再会する。


「やっぱまだ問題はあるんだなぁ……」


「でもこれでも治安は良くなった方やで」


「帰ってきて三ヶ月だけど、こんなの初めてだよ」


「まぁ今日のはたまたまってとこもあるからなぁ。あんなこってこての奴は確かに珍しい部類やな。

 大方最近洛陽に入ってきた連中ちゃうの?」


「災難だったなあの親子。あんまり気に病まないと良いけど」





























警邏が終了し、華琳に報告書を提出すると、


「一刀、貴方の体だし、警邏くらいなら貴方の判断に任せるけど、怪我人だということを忘れないようにね」


「うん、ありがとう」


「それと、恋が蜀に帰るのを拒否してるわ。何とかなさい」


「え、何で?何かあったの?」


「何故かは知らないけど、随分とあなたに懐いてるみたいね。どんな手段であの猛獣を手懐けたのかしら」


そういつもの表情で言う華琳だが、この顔は知っている。

昔も霞と昼食を食べたり季衣を膝に乗せたりしてたらこんな表情になってあんな事になった。

つまり、嫉妬している。

その事ににやけそうになる表情を必死に引き締め、真剣な表情を作る。


「な、何でなんだろうね?」


「何ニヤけてるの」


真剣な表情を出来ていなかったらしい。


「それにさっきからこちらを見ているわよ」


「え?」


華琳の視線を追い、後ろを振り返ると、


「…………」


見ていた。

ものすごく見ていた。

柱の影からものすごく見ていた。

光のあまり当たらない薄暗い場所からこちらを凝視する様は軽く心臓が跳ねた。


「(し、心臓止まるかと思った。というか何、俺のせいなの?)」


「(知らないわよ。貴方の責任でしょう?なんとかなさい)」


「(え!?何の責任!?全く心当たり無いんだけど……)」


華琳とこそこそ言い合っていると、じっと見ていた恋が小走りで近寄ってくる。


「……どうした?恋」


「(もう真名で呼ぶ関係にまで発展しているとは恐れ入るわ)」


耳元で皮肉を飛ばす華琳の言葉は聞こえなかったことにして。


「…………」


「えっと……何で恋は帰りたくないの?」


「…………」


「皆困ってるんじゃない?」


「愛紗、怒ってた」


まぁそれはそうだろうと思う。

なんせ今は全武将が洛陽に軒並み揃っている状況で自分の国は空っぽなのだ。

そんなゆっくりしてはいられないだろう。


「……一刀、居ない」


「……あー、うん、でもまた来れば良いんじゃない?」


「……いつ来れるかわからない」


「そ、そうか……」


振り返り、華琳に視線で助けを求めるも、スルーされる。


「とりあえず……どうしよう?」


「私に聞かないでよ」


「貴方の国ですけど!?」


「ここにいる」


いやそれはさすがにまずいだろう。

そもそも蜀の皆が黙っていないはず。


「ダメ?」


上目遣いでそうねだられると無条件で承諾したくなるがそこをぐっと堪える。


「とりあえずこの事は一度相談したほうがいい。今日はもう部屋に戻ろう」


「……ん」


恋の頭を撫でながら言うと、少し顔を伏せながらしぶしぶ頷く。


そして部屋に戻る。

念の為に言うが、ここは俺の部屋だ。


「…………」


何で恋が付いてくるんだ。

恋に与えられた部屋は正反対のほうなんですけど。


「どうして一刀の部屋に恋も来たのかしら」


「華琳もね!」


「……ここで寝る」


さらっと爆弾を投下し、恋は寝台へ向かおうとする。


「待って待って。待って!?止まって!?いくらなんでもそれはまずい。部屋はちゃんと用意されてるだろ?」


止めようと腕をとっても止まろうとしない恋を必死に引き止める。


「ここが良い」


「何で!?」


俺の疑問に答えるつもりはないらしく、勝手に布団へ潜り込んでいく。

もう寝る態勢はばっちりだった。


「すぅ……すぅ……」


というか寝ていた。


「どういうことなの……」


「私が聞きたいわよ」


そして恋に近づいたのがいけなかった。

仕方ないので別の部屋で寝ようとすると、服の裾を掴んで離さない。

実は起きているんじゃないかと華琳と共に恋の頬をつついたりしてみたものの反応はない。

しかし寝台を離れようとするとすかさず手が伸びてくる。


「な、何だこのオートスキルは」


「嘔吐?突然なに?」


「いや、そうじゃないんだが……はぁ、仕方ないか」


「ここで寝るつもり?」


そういう華琳は少し不機嫌そうな、不貞腐れたような雰囲気があった。

それは華琳を見慣れていないと感じないくらい僅かな違いだけど、春蘭や秋蘭は一発で解るだろう。


「……じゃあ、華琳も一緒に寝よう」


「……はい?」


「それが一番の解決策だな。よし、そうしよう」


そう言い華琳の腕を掴む。


「え?ちょ、一刀?」


もうそれ以外に皆が納得する解決策が見当たらない。

華琳は俺と恋が二人きりで一夜を明かす事を嫌がっているし、恋はここで寝たいという。

そして俺は別の部屋に行けない、となれば残された道はこれしかなかった。


「……本気で言ってるの?」


華琳は掴まれた腕を振りほどこうとはせず、少し頬を染めながら言う。


「いや、流石に寝るだけだよ?」


「わかってるわよ!」


ここで3人でおっぱじめようなんて程ぶっ飛んだ思考回路は持っていない。

というよりも恋はそういう関係じゃない。

だからと言って隣で始める程背徳感を臨んでもいない。


「真面目な顔してくだらないこと考えないで頂戴」


「だから人の思考読むのやめよう?」


一定距離から出してくれない恋サークルの中に閉じ込められてしまいどうしようもないので寝ることにした。


「華琳それでいいの?寝間着は?」


「もうこれでいいわ……」


そう言うと華琳はさっさと寝台へ上がり奥へ陣取る。


「じゃあ明かり消すよ」


蝋燭の火を消し、俺も寝台へ上がり、さりげなく華琳を抱きかかえるが特に抵抗はない。


「おやすみー」


「はぁ……おやすみ」


そう一言呟き、眠りに落ちた。




翌朝、目覚めると全裸になった恋が俺にしがみついているのを見て華琳は先日の件は不可抗力だったと理解したようだった。

何でこの子は寝ながら服を脱ぐんだろうね。

いや、俺も一人で寝る時は裸の時は多いけどね。

そして帰りたくないという恋を説得するために蜀の面々に混ざり朝っぱらから会議が始まった。


「で、恋が蜀への帰還を拒んでいる件だけど」


「ええ、理由を聞いても話してはくれず、こちらとしても困っているのです」


華琳と愛紗が話し始める中、恋はといえば、


「…………」


一刀の背中に張り付き、頭に顎を乗せている状態だった。

もはや何かのゆるキャラのようになっている。


「まぁ、理由などはこの状況を見れば一目瞭然だろうな」


ニヤリと笑いながら星が言う。


「む、どういうことだ、星」


「……あれを見て本当にわからんのか?お前はもう少し色恋に時間を割いてやらねばせっかく生まれ持った美貌が泣いているぞ」


俺は只その場に居るだけで、場が荒れないように黙って祈る事しか出来なかった。


「恋も、ついに良き殿方を見つけたということだ」


「な!?そ、そうなのか恋!?」


驚愕に染まった表情で背中に張り付いている恋に詰め寄る為、俺が責められているような気分になる。


「認めん!私は認めんぞ恋!お前にはまだ早い!」


そして父親のような事を言い出した。

確かに愛紗が恋にいろいろと世話を焼く場面を一刀も見ていた。

その小動物のような仕草にやられてしまったのだろう。


「恋殿!何故そんな変態野郎に執着しているのですか!帰らないとセキト達が寂しがりますぞ!」


「……音々、つれてきて」


「ここに!?いやしかしですね、ここに留まっては魏の皆さんに迷惑が掛かってしまいますぞ!」


「……迷惑?」


まるで捨てられた子犬のような眼差しで横から覗き込まれる。

この表情は非常に罪悪感を刺激してくる為大変よろしくない。


「俺たちは迷惑じゃないんだけど、恋がいないと皆寂しいと思うよ。関羽さんとか」


「な!?わ、私は只このまま恋を置いていっては迷惑が掛かる上に、こんなのでも国にいれば賊共の抑制になるからと──」


「愛紗はいつも恋にべったりなのだ。素直に寂しいって言ったらいいのだ」


「り、鈴々!」


「音々も寂しいですぞ恋殿!」


「皆恋がいないと寂しいんだよ。だから帰ろう、ここへはいつでも遊びに来ても良いからさ」


「……ん」


なんとか頷いてくれた。

懐いてくれるのは素直に嬉しいけど針の筵に座るのは御免被りたい。

何とか恋の帰還は決定し、平穏は守られた。

かと思いきや華琳と恋と三人で寝た事が変に伝わり、白い目で見られた。

華琳も説明してくれればいいのに面白がって黙っているから質が悪い。

俺の不名誉は数日間続くのだった。



























「大規模な警邏?」


「そう、ここ最近、どうにも賊の被害が多いのよ。

 各村に滞在させている警備隊でもどうにかなるのだけど、いつまでも受け身でいるのは性に合わないわ」


蜀、呉、共に数人を残し皆がそれぞれの国に帰り一月程して、華琳は領内の村の見回りや周辺の調査を提案した。


「お兄さんにはお話したとは思いますが、あの白装束の方達ですね~」


「そいつらがそこらの賊やらを使って村を襲わせているみたいなのです」


「規模が小さいとはいえ、私の国でこうも好き勝手されるのは我慢ならないわ」


「村からの陳情書も届いていますしね~」


風や稟もその状況を把握しており、すぐにでも警邏部隊の編成を行うべきだとした。

勿論それに反対するつもりもなく、皆も満場一致で警邏の遠征が決まった。

とはいえ全員で出発してしまっては今度は洛陽と周辺ががら空きになってしまう為、最低限の戦力は残していく事になる。

それぞれ二人一組で部隊を編成することになり、俺は春蘭と一緒に出ることになった。


早速身支度をし、編成した部隊を率いて洛陽を出発する。


「春蘭はその白装束を見たことあるのか?」


「いや、私も報告で聞いたくらいだ」


「無造作に村を襲っている訳じゃないんだろ?」


「わからん。だが襲われた村の住人の話しによれば、何かを探している様子だったとある」


「探し物ねぇ……それで自分の村が襲われたんじゃ堪ったもんじゃないな」


「力無き者の命を奪う根性が気に入らん。見つけたら即刻たたっ斬ってやる」


春蘭も好戦的だったとは言え、それは華琳の覇道を阻む相手と、相手が自分にとって強敵と認めた時だけだ。

そういう所はしっかりしているし、その腕前と気概は部下からも厚い信頼を得ている。

只少し頭が足りないだけで。

そうは言っても戰場での状況判断の迅速さはずば抜けているし、理解していないくせに的を外さない行動をするから不思議で仕方ない。


「何だ北郷」


「何でもない」


しばらくして日が沈みかけた頃、遠目に村のようなものが見えてきた。

出発して一日も経っていないが朝出発してこの時間になってしまうくらいには遠い場所だ。

兵も少数で機動力が高いから移動が早いというのもあるだろう。

そして、その村へ向かおうと馬を進めていると違和感を覚える。

村からは黒煙が上がり、赤い光が見える。

その光景は夕焼けで赤く染まっている訳ではなかった。






「村が──燃えてる!?」


間違いなく、村は炎に包まれていた。

緊急を要する為歩兵は後から追わせ、騎兵のみを引き連れ村へ全力で馬を駆る。


「全速前進!!村を──民を救え!!」


春蘭の号令に兵が応え馬を駆り、村の入口へ到着するころには既に火の手はどうしようもない程に広がっていた。

炎に包まれ焼け落ちる家屋の音が響き、しかし村の中からは未だ村民のものと思われる悲鳴が聞こえる。


「行くぞ春蘭!」


「続け!生き残っている者を村の外へ避難させろ!」


春蘭が指示を飛ばしている間に、一足先に村に入るとそこはまさに地獄絵図だった。

この世のものとは思えない、あまりに凄惨な光景に一瞬言葉を失った。

燃え盛る炎の中を村人が逃げ惑い、悲鳴や泣き声が飛び交い、何人もの人が倒れている。

一瞬呆気に取られてしまうも、すぐに村人の救出にとりかかる。


「こっちだ!ここを行けば俺たちの兵が居る!そいつらの指示に従って避難してくれ!」


「は、はい!ありがとうございます!」


出来るだけ多くの人に聞こえるよう大声で叫び、そちらへ誘導すると駆けていく。

建てられた兵舎を見ると周りよりも数段焼け落ち、酷い有様だった。

こうして村人が未だ避難出来ず逃げ惑っているのを見る限り、中に居た兵達は既に死んでしまったのだろう。

真っ先に駐屯している兵を狙う辺り、只賊ががむしゃらに襲ったというわけでは無さそうだった。


村の中を駆けまわり、未だ襲う賊を斬り捨て村人を救出しながら生存者を探す。

これで生存者は全員なのか?

少なすぎる、頼むから、もっと生き残っていてくれ。

心の底からそう祈るも、村の中を駆け回れば駆けまわるほど、斬り捨てられ、焼かれた村人が増えていく。

それでも諦めきれずに、自身の脱出など毛頭考えていないように生存者の捜索を続ける。


斬り捨てた賊の中に、何人かの白装束を見かけた。

それは間違いなく一刀が現代で見たあの白装束と同じ容貌だった。

そしてこの村を襲撃した賊に指示を出しているのがこの白装束のようだった。

妙に統率の取れた行動を取るとは思っていたが、こいつらが入れ知恵をしていたのか。

一通り村を周ったはずだが、あれから一人も生きている村人を見ていない。


「誰かいないのか!!助けに来たぞ!!」


祈る気持ちでそう叫ぶも、返事はない。

しかし、そこから少し離れた場所まで歩を進めると二人の男女が何かを探して叫んでいた。


「どこ!?明花!どこに居るの!?」


「何処だ明花ー!!父さんだぞ!!」


その言動から察するに、自分の子供を探しているようだった。

そしてその二人のすぐ後ろに、賊が数人出てきてしまった。

それに気づく様子もなく、その両親はひたすら自分の娘の名前を叫び、探している。

二人を見つけた瞬間そちらに向かってかけ出すも、後ろに居る賊が矢をつがえ、その二人に狙いを定めた。


「やめろおおおーーーーーーーーー!!!!」


ひたすらに走った。

距離は100メートルと離れていない筈なのに、その二人に到達するまでがやけに長く感じた。

そしてようやく手が届き掛けた時、二人の口から真っ赤な鮮血が飛び散った。


「あ──」


賊の放った矢は、二人の胸を貫いていた。

二人は小さく、肺から漏れた声を出し、その場に倒れた。


「────!!!」


その賊のニヤけ面に一瞬で頭に血が上り、矢を受けるのも構いなしに賊の集団へ突っ込み、ものの数秒で全員を斬り捨てた。

受けた矢を力任せに引き抜き、子供を探していた二人へ駆け寄ると、父親のほうは既に事切れていた。

しかし母親のほうはまだ息があった。


「しっかり──ッ!?」


一目見て解る程に、その矢は急所を射抜いていた。

助からない、瞬時にその言葉が頭に浮かび上がってしまう。


「あぁ……明花……何処に……いるの……?」


目の前に居る一刀の事も既に見えておらず、虚空を見つめ、伸ばした手は中空をさまよい、娘の名を必死に呼んでいた。


「明花……私の……明花……!」


抱きかかえたその母親が伸ばす手を、一刀はぎゅっと掴む。


「絶対助ける。絶対守るから……!だから頼む、生きてくれ……!」


目の前で命が消えていく瞬間は、何度見ても辛い。

頼むから生きてくれ。

娘を助けるから、お願いだから生き延びてくれ。

そう心から願うも、女性の手からは徐々に力が失われていく。

しかし、その瞳が初めて一刀を捉えた。


「お願い、します……あの子を……助けてください……──」


最後にそう言い残し、その手からは完全に力が失われた。

力なく地面に垂れ、その瞳は既に何も映してはいなかった。


「────ッ!!」


目の前で、命が消えた。

戦とは違う、全く意味のない侵略で、命が消えた。

そのことにショックを受けていると、周りを賊に囲まれた。


「まだこんなとこに生き残りがいるぜ」


「金目の物はあらかた奪ったし、もうこの村に用はねぇ」


「とはいえ生きて逃がしちゃ俺達が舐められちまう。死んでもらうぜ」


数人が好き勝手に喋りながら近寄ってくるのを、一刀は俯きながら聞いていた。


「何を──」


そして、小さく呟く。


「ああ?よく見りゃこの兄ちゃん良い服着てるぜ、これも金になるんじゃねえか?」


そう言いながら手を伸ばしてくる賊の目の前を何かが通り過ぎる。


「あ?」


一瞬何が起きたのか理解出来ていなかったようだが、賊の伸ばした手はなくなり、転がり落ちていた。


「ひ──いぎゃあああああ”ぐぉ!?」


痛みに叫ぶ賊の顔を更に斬りつけ、頭の半分がなくなりその場に崩れ落ちる。

その一瞬での出来事に周りの賊が動揺する中、一刀は立ち上がり、


「何をしてんだお前らああああああああ!!!!」


怒りや悲しみを通り越し、一刀は底知れぬ憎悪を抱え、叫んだ。

一瞬にしてその場にいた賊は肉塊になり、彼の体にはべっとりと返り血が付着していた。























「生存者はこれだけか!?……いや!まだだ!まだ──」


春蘭はこの悲惨な状況を諦めきれず、捜索部隊と共にかけ出した。

そして村の中を駆けまわっていると、賊の死体がやけに目立った。

しかもそれは異様なまでに切り刻まれており、本当に元は人だったのかと疑う程に凄惨なものもあった。

腕や頭、足の欠損は当たり前、何度も斬った証だった。


「うわああああああああ!?逃げろ!!バケモンだ!!!」


そう叫びながら走ってきたのは村人ではなく、数人の賊だった。

何かに恐れをなし、後ろを気にしながら必死に走ってくる。

その恐れの元が何かを確認すると、到底信じられない光景が飛び込んできた。


返り血を浴び、もとの服の色など解らない程に真っ赤に染まった男が一人の少女を抱え、逃げ惑う賊の後ろを歩いている。

そして少女をそっと地面に置いたか思うと、一気にその賊の後ろへ詰めより、足を切り捨てる。


「ひいいいいああああああ!?!?!?」


数人が一度に両足を切断され、痛みに叫ぶ中、赫色の刃を賊の腕や首に突き立て、絶命した。


「か……一刀……?」


春蘭は自分の目を疑った。

彼が──一刀が何の躊躇もせずに賊を惨殺している。

恐怖に慄き、逃げ惑う賊を追いかけ、絶命する。

命乞いをする者には尚更凄惨な殺し方をする。

足を奪い、腕を奪い、最後に首を斬る。

彼の目には大粒の涙、そして、一切の光を感じない。

もはや意識すらないのではないかとさえ思えた。


賊を殺めた一刀はすぐに少女のもとへ戻り、抱きかかえ、村の外へ向かって再度歩き出す。

そして兵の前にたどり着き、無言で兵に少女を引き渡す。

すぐに兵は少女を抱え村の外へ走りだした。

そして一刀のやってきた方向は既に火の海で入ることは出来ず、しかしそこには逃げ損ねた賊が数十人。

一刀は振り返り、ゆっくりとその賊へ向かって歩き出す。


「や、やめてくれ!もう降参する!投降するから!」


そう言いながら近寄ってきた賊の首をすぐさま斬り落とし、残りの賊へ歩を進める。


「────ぁあぁぁぁぁぁぁぁああぁぁあああぁぁああぁああ!!!!!!!!」


そして、一刀が突如叫びだしたかと思うと、その賊達へ向かって一気に走りよる。

言葉にならない叫びを上げながら、戦意を失い、蹲る賊へも容赦なく刃を突き立て殺していく。


「やめろ一刀!もうやめてくれ!」


春蘭は思わず叫んだ。

既に数十人居た賊は皆斬り殺された。

それでも尚、彼は殺めた死体を斬り刻む。

こんな狂気に染まった彼を見ているのは辛かった、耐えられなかった。

しかし彼の耳には届かず、賊を殲滅し、それでもまだ得物を振り回している。


「頼む……!もう敵はいないんだよ一刀……!!」


そう言いながら暴れる彼の背中を抱きしめると、ようやくその暴走が止まった。


「春、蘭……?」


我に帰ったのか、彼の瞳には光が戻り、しっかりと春蘭を認識していた。


「……俺…………?」


自分の周りに散乱する肉塊に目をやり、自分の体を見て、乾いた笑いを漏らす。


「なんだこれ……?」


見るも無残な賊の、元は人であったであろうその肉塊を見て、


「────」


一刀は、春蘭の腕の中で意識を失った。


「一刀……」


もう脱出しなければ自分たちも危うい程に火の手は回っていた。

仕方なく生存者の捜索を中断し、村から出る。

救う事の出来た村人は、わずか数名だった。

春蘭は自分の無力さに、歯を食いしばる。

最善の手は尽くした、そうであっても、村人を救うことの出来なかった自分に腹が立つ。























「そう、間に合わなかったのね」


帰還した春蘭の報告を受け、華琳はそう口にする。


「は、申し訳ありません。……私がもっと早くに──!」


彼女は迅速な行動を取り、最善の手をつくした、にも関わらず、こうして歯を食いしばり、悔しさを滲み出している。

その姿に、華琳は胸を締め付けられた。


「春蘭はよくやってくれた。その功績は賞賛に値するわ」


「…………」


そう言っても、春蘭は顔を上げようとはしない。

それはそうだろう、彼女は功績を上げたくて救出に向かったのではない。

村の者を少しでも多く救うために、必死に駆けまわったのだ。

それに──。


「……少し休みなさい。これは命令よ」


「……北郷は」


「今は眠っているわ。だから貴方も休みなさい」


「……御意」


小さく呟き、春蘭はその場を後にした。


……あの集団の目的は何だったのか。

いや、正しくはあの白装束の目的は何なのか。

村の襲撃は今回が初めてではないが、被害の甚大さは今までで一番だった。

何が目的なのか?

賊を唆し、金目のものを奪う。

しかし白装束がそんなものに興味があるとは思えなかった。

何故なら賊が奪った金品は全て白装束に渡ること無く、賊の懐に入っていた。

それらは全て回収し、順次返却していくつもりだが、死んでしまった者の遺品は保留してある。

遺族に返せれば良いのだが、それすらも残っていない者もいるのだ。

墓を立ててやり、そこへ一緒に埋めてやるのが一番なのだろうか。

ともあれ、もし金目の物がほしいのなら村などではなく、旅の商人を狙ったほうが断然楽で安全なはず。

それをせずに村を点々と襲い回るというのは何か目的があるとしか思えない。

やはり何かを探しているのだろうか。


「華琳様」


考え込んでいると、いつの間にか秋蘭が立っていた。


「北郷が目を覚ましました」


「……そう、すぐに行くわ」


「は」


春蘭からの報告で、一番驚いたのは一刀の暴走だった。

涙を流しながら怒号を上げ、賊を惨殺し、全滅させ、そして我に返った瞬間、意識を手放した。

今までの彼を見てきた者ならば到底信じることなど出来ない内容だった。

言いようもない不安を抱え、一刀が居る部屋へと足を運ぶ。


扉を開けると、一刀は寝台の上で体を起こし、窓の外を見ていた。


「一刀」


華琳がそう呼びかけても、返事はない。

ずっと外の景色を見つめている。

そして、しばしの沈黙の後、


「なぁ、華琳」


彼が静寂を破った。


「……守るって……難しいな……」


今にも消えてしまいそうな、苦痛に耐える彼の声は、聞くに耐えなかった。


「力をつけて、強くなっても……村の人を助けることも出来ない……」


窓の外を見つめながら歯を食いしばり、血がにじむ程に拳を握りしめていた。


「目の前で人が殺された時、訳が解らなくなって」


彼が感じた事を、少しずつ語り始める。


「さっきまで生きてた人が目の前で死んで、殺した奴は笑ってて、それを見たらもう何も考えられなくなって……」


そこから彼は暴走したのだろう。


「戦とは違う、気持ち悪い物が込み上げてきて。

 気がついたら、皆死んでたよ」


そう話す彼の姿を見ていられなくなり、一瞬目を背けてしまう。


「……まぁ、そうなるよな」


「ち、ちが──」


「なぁ、ここに女の子が運ばれてきただろ?どこに居るかわかる?」


「……それなら客室で眠らせているわ」


「連れてってくれるか?」


「ええ。……体は大丈夫なの?怪我、しているんでしょう?」


「うん、大丈夫」


その少女が眠っている部屋に一刀を連れてくると、彼は眠っている少女の隣に腰掛け、優しく髪を梳く。


「この子の両親が、必死に探してたんだ」


優しく髪を梳きながら、彼は言う。


「最後まで必死に、この子の名前を呼んで、必死に探してた。

 それをあいつらが面白半分で殺して、それを見たら怒りとかそういうのとは全く別のものが込み上げてきてさ」


本当に悔しそうな表情で、少女を眺める。


「この子にはもう、父親と母親がいないんだ。一番甘えたい、大好きな人が居ない。

 毎日おはようって言ってくれてた人が、優しく名前を呼んでくれた人が……」


その目からは次々と涙が溢れ、こぼれ落ちていく。


「自分を一番愛してくれた人が居ないんだ。失ってしまったんだ。

 この子はこれから誰に甘えたら良い……?誰に愛してもらえる……?」


感情を抑えられなくなった彼の目からは、絶え間なく涙がこぼれ落ちる。


「この子を助けてくれって、最後に言われたんだよ……!目の前で、この子の両親が死んでいくのを見たんだよ……!

 なぁ、華琳……!」


涙を流し、嗚咽しながら、


「守るって、難しいなぁ……!」


もう耐えられなかった。

これ以上、見ていられなかった。

寝台に腰掛けている彼を思わず抱きしめる。


「わかってんだ……!一番辛いのが村の人達だってのは……!

 この子が一番辛いんだって……!でも、整理が出来ないんだ……!」


自分でも混乱しているのだろう。

辛いのは村人であって、一刀はある種、部外者でしかない。

それでも、こうして胸が抉られる痛みに狂いそうになっている。


「貴方は頑張った──なんて言っても、無意味なんでしょうね」


そんな彼を強く、強く彼を抱きしめる。


「貴方の悔しさも、悲しみも、この子の気持ちも全部私が受け止める。

 だから、貴方は強くなりなさい。その優しさを失わずに、今度こそ全部守れるように……!」


どうしようも無かった事は知っている。

彼が到着した時には既に村は燃やされ、村人達は殺されたいたのだから。

それでも、彼には仕方なかったとは言いたくなかった。

こんなにも心を痛め、自分の無力に打ちひしがれている彼に、そんな言葉は掛けたくなかった。

その想いは、間違いなく一刀を強くしてくれるはずだから。


「華琳……!」


一刀は華琳の背中に手を回し、彼女の胸の中で声を殺して泣いた。

ひたすらに泣いた。

華琳はそれを抱きしめてやることしか出来ない。

それが、何よりも悔しかった。












「北郷殿は、優しいな」


「あぁ、そうだな」


「この時代にはあまりに不釣り合いだ」


「そうかもな」


部屋の前に居たのは秋蘭と星だった。

秋蘭が部屋の前で華琳達を待っている間に、星がやってきた。

そして、その場で中の二人を待っていた。

一言何か声を掛けるつもりだったのだろうが、それはもう良いのだろう。


「華琳殿も、優しい」


「華琳様だからな」


二人はそのまま部屋の前を離れる。

秋蘭は静かに、しかし激しい怒りを覚えた。

彼をああまで苦しめてしまうこの時代、そして彼をあそこまで苦しめる原因を作ったあの集団。

小さな女の子を、孤児にしてしまう事の悔しさ。


彼は優しい。

本当に、心の底から優しい、それは誰もが感じることだろう。

そんな優しい彼に人を殺めさせてしまった事と、それを未然に防げなかった事にひたすらな怒りを感じる。

自分の大切な人に、あんな悲しい思いをさせた奴らが──何よりも憎い……!















あの襲撃から一月。

蜀、呉はその報告を受け、自国の領内の村も襲われる可能性があるということで同じく警備を強化した。

あの時の少女は城で面倒を見ることになった。

救出した村人はそれぞれ居住を与え、自分で生活出来るくらいの処遇は与えたが、それでも自分の事で手一杯だ。

無理に預けてあの子を邪険にされるのも忍びない。

最初、少女は両親の死を聞かされ、泣き叫び、嘔吐し、食事を受け付けなくなることもあった。

それでも今は何とか落ち着きを取り戻し、悲しみはあるが生活は出来ている。

この子の心が強くて良かった。

この子がショックで立ち直れず、衰弱していくようなら俺は一生自分を憎んだに違いない。

俺も、この子を見ているといつまでもくよくよしていられないと思え、落ち着きを取り戻した。

以前よりも厳重な警備体制を敷き、村や町へ更に兵を派遣するなど、警備の強化に余念が無かった。

もう二度と、この子のような悲しみを味わうような者が出てはいけない。

無意味に人が死んでいくような事があってはならない。

そう心に願い、誓った。


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