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13 大和魂

一刀と雪蓮の試合が終わり、魏の席へ戻る中、一刀はあの激痛と共に起きた身体能力の向上について考えていた。

全身が燃えるような熱さに包まれたかと思った途端、恐るべき加速を見せた。

あれが気の運用という事は間違いないと思うのだが、果たしてこんなにもデメリットというか、マイナス面が大きいものなのだろうか?

凪は気の使用をメインに戦っている、言ってしまえば気を乱用しているはず。

それはやはり気の運用方法の違いなのだろうか。

気を体の外へ放出して戦う方法と、身体能力を一時的に引き上げて戦う方法。

……うん、後者の方が体への負担が大きそうだ。


そして魏の席へ戻ると三羽烏と張三姉妹にもみくちゃにされた。


「かずとーすっごいカッコ良かったよ~」


「あんたいつの間にあんな強くなったのよ?」


「確かに、以前の一刀さんとは全く比べ物にならない強さでしたね」


「そら隊長は天の世界に帰った後もウチらの為に死ぬほど修行したんやもんな?」


「そうなの~、もう沙和達じゃ相手にもならないの」


「隊長の努力が身を結びましたね、大会優勝経験者に勝利するなんて、感動致しました!」


興奮冷めやらぬと言った状態で次々と話しかけられる。

凪に至ってはもう感極まって泣いているようだった。


「いや、本当にギリギリだった。勝てたのは運が良かったとしか言えないよ」


「そんな謙遜せんでええやん。雪蓮様の攻撃全部対処出来るのなんて隊長くらいやで」


「それを言ったら最後以外は俺だって全部受け止められてたよ」


「勝利の決め手はちぃ達が用意した応援団のおかげね」


ふんすとドヤ顔を決める地和。

その応援団はといえば先程の場所に放置されたまま、十文字の旗が所在なげに突っ立っている。


「……どうすんのあれ」


「え~?次も使うよ~?一刀の応援の為に頑張って練習来てきたんだもん」


当然のように使うと言ったな……。

彼らの心境を考えると居心地の悪さが尋常じゃない。

好きなアイドルが男を応援するために自分たちを使うという構図は如何なものだろうか。

そのうち刺されそうな気がしないでもない。

俺が。


「心配しなくても、一刀さんに危害は加えないようにしてあるから大丈夫」


それは調教済みってことですか?

ともあれ、席に戻ると、


「お疲れ様。それはそうと雪蓮に真名を預けられたの?随分と仲良くなっていたみたいだけど」


華琳がそう声を掛けてきた。

お疲れ様という労いの言葉の後に一呼吸も入れずに雪蓮の話題に入った辺り気に食わなかったのだろうか。


でもあのまま断るわけにもなぁ。

勿論国家間問題なんてことにはしないと思うが、真名を預けられた以上それを受け取りたいと思う。

というかこの距離でよく聞こえたな。


「……ハイ」


そしていろいろと思考回路を回した結果、返事しか出来なかった。

そんな簡素な返事を返しながら痛む体を何とか動かし、ひょこひょこと席へ戻る。


「……? どうしたの?」


「いや、何か最後踏ん張った時いろいろやっちゃったみたいで」


「なんや、一刀どこか痛めたん?怪我に強いのも一流の武人として必要な能力なんやで」


「……どこぞのプロスポーツ選手のようだな」


「何だ北郷、次の死合もあるというのに、どうするんだ?」


「……何か春蘭のニュアンスに思うことはあるけど、もうここまで来たら全部やるよ」


「……良いのか?もうここからは本当に最強に近い者達が出るのだぞ?」


やはり心配してくれる秋蘭がありがたすぎて涙が出そうになる。

優しさって大事。


「まぁ、うん。すぐ俺の試合が始まるって訳じゃないし、なんとかなると思う」


そんな話をしている間に次の試合に進む。

春蘭対愛紗の試合は、あまりに白熱しすぎた上に二人共腕力が尋常ではないので壇上がめちゃくちゃになっていた。

続行不可レベルまで崩れたとも思われたが、真桜がカラクリを駆使して修復、如何せん高さは失われたが、見事に平らに均されていた。

ともあれ、僅差も僅差で春蘭が敗北してしまい、愛紗が勝利を収めた。

悔しがる春蘭だがその大健闘は誰の目に見ても見事なもので、華琳にそれを褒められると一瞬で機嫌が良くなった。

しかし信賞必罰が信条の華琳。

褒めるだけでなく、その後のお仕置きまでのいつもの流れだったが春蘭は嬉しそうだった。

明らかに罰になっていなかった。


「惜しかったな春蘭」


「ふん、どんなに惜しくともここが戦場ならば私は今頃死体だ」


俺が話しかけるとこんなにストイックなのに華琳の言葉ともなると正反対になるから面白い。

まぁそれが春蘭なんだけど。

ともあれ、整地が終わり、次の試合に入る。


「では、行ってまいります」


呼ばれたのは凪、相手は星だった。

皆で壇上へ向かう凪に激励を飛ばす中、真桜が凪の耳元で何かを呟くと、凪は少し微笑みながら頷き、何かを受け取った。


「今何渡したんだ?」


「凪の力を目一杯引き出す真桜様自信作や」


「え、俺の武器と平行してそんなのも作ってたのか。凄いな」


「まぁ凪のを作り始めたのは隊長が帰ってくる前からやし、

 中々思い描いた物にならへんかったけど隊長の国の製法を応用してやってみたんよ。

 凪の長所……気を助長させる工夫を施して強度を上げるのは中々骨が折れたで」


「そうなのか?」


「気ってのは結構奥が深いもんなんやで隊長」


「……そういや真桜の武器も気を使って動かしてるんだったな」


「それに気に反応する鉄も混ぜたから見た目も派手になるで。強うなったら相応に見た目も変えなアカンからなぁ。

 楽しみやなー」


そういう真桜は心底楽しみという表情だが、その中には何か真剣な表情も垣間見える。

壇上へ上る前に、凪は手足につけていたものを手甲、脚甲を外し、真桜から受け取ったものを着ける。

以前に使っていた閻王とは違い、指先まで覆われているそれは手足でセットになっているようだった。

真桜の言っていた素材のせいか、その得物はまるで吸い込まれてしまうような黒色をしていた。

凪の髪の色も相まって、その黒は余計に際立って見えた。

凪は何度か手を握ったり開いたりし、足を慣らすように地面にとんとんと軽くつま先をつける動作をすると、壇上へ上がった。


二人が壇上へ上がり、お互いに顔を合わせる。


「おや、いつもの手甲ではないように見えるが」


「自分の為に真桜が作ってくれたものです」


「随分と変わった容貌だ。楽しみだな」


軽く言葉を交わし、試合前の礼をし、お互いの間合いの外へ出る。

数秒の静寂、それを打ち破るように試合開始の銅鑼が鳴らされた。


前の好戦的な者達のように銅鑼を鳴らされた瞬間飛びかかるような事はせず、お互いに構えを取り、その場で相手の様子を見る。

そして、凪が構えを取り、気を腕に集中させると、凪の手甲に変化が起きた。

まるで脈打つ血管のように、その黒い手甲に赤い線が浮かび上がった。

流動するように光るそれは、まるで生き物のように血が通っているように見えた。

それは手甲のみならず、足のつま先から膝上までを覆うその脚甲も同じように脈打つ武具へと変化していた。


「ふむ、やはり、さすがは真桜。そのような摩訶不思議な武具を作ってしまうとは」


「行きます──!」


掛け声と共に、凪はその場で強く地面を蹴り飛び蹴りを放つ。

それを避け、真横を全体重を乗せた蹴りが通り過ぎる。

その尋常ではない風切り音は受ければひとたまりもないことを物語っている。

凪に応戦しようと星は振り返るが、目の前に凪が居ない。

まさかと思い見上げると、高く跳躍した凪が片足を上げ、高所からの踵落としをする体勢だった。

その場で更に横っ飛びに間合いの外へ回避し、凪の踏みつけるような踵落としを回避すると固められた闘技場に亀裂が入った。

凪は攻めの手を休めず、間合いの外から左右の拳を振り切り、勢いをそのままに体を回転させ回し蹴り。

その全てから気弾が放たれる。

一刀が消えた頃よりも長く伸びた美しい銀の髪を靡かせ、しかし苛烈な攻めを見せる凪は、

その姿からいつしか賊の残党や敵対国に”銀狼”と呼ばれ恐れられるようになっていた。


それは凪が血の滲むような努力をしてきたからに他ならない。

一刀が消え、それは己が弱く、守れなかったからだと凪はまるで咎のように背負っていた。

一刀が消えたのは大局に逆らったからだと言う。

大局に逆らい、自分たちを守り、勝利へ導く為に消えたと。

彼が消えてしまったのは、彼がそうなってしまう前に何とか出来ずに居た自分の弱さだと思った。

彼に守られなければならなかった自分達のせいだと。

だから、凪は決心した。

もしも、一刀が今一度自分たちのもとへ帰ってきてくれたなら、今度こそは自分が守る。

もう二度と、居なくなってしまわないように。

二度と、独りで消えてしまわないように。


真桜と沙和はそんな凪をずっと間近で見てきた。

その姿を見ていると、居てもたってもいられなくなった。

真桜が凪の得物を手掛けた月日は3年。

彼女が己を追い込むような鍛錬を始めてからすぐに取り掛かったものだ。

ずっと納得の行くものができずにいたが、一刀から日本刀の製法を聞いた時、真桜の中で全てが揃った気がした。

そして一刀の日本刀と平行して制作に取り掛かり、完成へと成った。

彼を守るためにと作りはじめたその得物は、彼の帰還と共に完成した。

まるでそれは、今度こそ彼を守れと言っているような気がしたのだ。

同日に、同じ製法で完成した全く違うふたつの得物は、しかし一つの武具のように、一つの絆で結ばれているように思えた。


「頑張り、凪。凪の努力はウチらが一番知ってんで」


「凪ちゃん頑張るの……!」


真桜が凪に渡した手甲、脚甲は凪の気の収束を大きく補助する工夫が施されていた。

気に強く反応し色を変える素材は何も見た目の為だけに使用した訳ではなく、凪の最大の武器である気に作用するものでもあった。

凪が一刀との鍛錬で行ったような、他者の気の活性で自分の気が引っ張られる現象、それを応用したのがこの手甲だった。

凪が気を溜めた瞬間、その気に反応し、それを吸い上げるように得物に混ぜた素材が反応するため、気を外へ放出する速度が段違いに上がる。

その為に気弾生成の時間が大幅に短縮され、しかし威力を損なわない。

連打の中に気弾を混ぜられるのも、その効果が作用されているからだった。

更にそれは手足に気を纏う状態でも効果を発揮し、より迅速に、より密度を高くする。

まさに凪の為だけに作られたような得物だった。


3連発の気弾が壇上を破壊し、もはや煙幕のような砂塵が巻き起こる。

その煙幕の中を更に突進し間合いに入り、気合と共に気を後ろに放出し、威力を増加させた拳を放つ。

しかし、響いた音は生身を殴打した音ではなく、鉄を叩いた音。

その拳を、星は得物で防御していた。


「まるで猛獣のような攻めだな」


そうつぶやくと、今度は自分の番とでも言うように槍を構え、突進する。

一気に間合いを詰め、星は得物を振るう。

薙ぎ払い、叩き落とし、突き、振り上げ、振り下ろす。

その美しくも豪快な、舞のような連撃に会場は歓声を上げる。

しかし、凪は冷静にそれらのすべてを見極める。

そしてついには、決して遅くはない、むしろ目で追うことすら難しい速度の突きで迫った刃を掴んだ。

指先まで覆われたこの得物だからこそ出来る芸当だった。


「くッ……!」


刃を掴まれ、ミシミシと悲鳴を上げる得物を無理に引いたりはせず、そのまま得物を伝うように接近し凪に蹴りを入れる。

防御されるも凪は掴んだ手を離し、星の得物は取り戻された。

恐るべき動体視力だった。

まさか自分の連撃が全て躱され、あまつさえ掴まれてしまうとは思わなかった。

以前から凪は己を高めることに余念が無かったが、今大会は以前と比べても突出しているような気がした。

何よりも気を速射出来るようになったことで、一発一発の攻撃が補助され威力が増している。


「やはり、今回の魏はひと味ちがうようだな」


「まだまだ!」


拳槌、掌低、虎爪、回転し猿臂、側頭部目掛けて熊手を放つ。

無手の強みである連撃の速さを活かした猛襲に、ここまで自分を高めた凪を心の底から賞賛した。

武器のリーチで星の方が有利に見えるが、得物のおかげで凪は速攻の攻撃一つ一つに気弾を乗せる事が出来る。

そのため、リーチの長さは関係がないのだ。

しかし、星は一歩間違えば得物を折られてしまいそうな凪の連撃を受け、いなし、外していく。

流石は蜀に趙雲ありと言わしめた英傑だった。

そして凪の腕を得物の柄で強引に弾き連撃を止め、その隙に自分の攻撃を挟み込む。

まるで流星のような突きが凪に襲いかかる。

先程の比ではない速度の突きに、凪は致命傷の一撃を外していくので精一杯だった。

さらに星はその場でぐるりと体を横に回転させ、槍に遠心力を乗せた一撃でなぎ払う。

凪の対処が追いつかず、両腕を交差させ防御の体勢を取るとその上から強烈な衝撃が襲いかかった。

その一撃により、凪は間合いの外へ押しやられてしまった。


「私も捨てたものではないだろう?」


そう話す星はいつもの微笑を浮かべているが、その視線は真剣そのもので、射抜くような眼差しだった。


「もう一つ行きます!」


ガキン!と左右の手甲をぶつけ合い、打ち合わせると、気弾が瞬時に出来上がる。

それを右腕に集中し、特大の気弾を放った。

気弾が爆発し、その場をまたしても煙幕が覆うが、その上空から凪に向かって何かが振ってくる。

当たる直前に槍で思い切り地面を叩き、それを軸に体を持ち上げ、高く跳躍した星だった。

落下しながら全力で振り下ろす槍を受け止めるのは無理と判断し、凪はその場から飛び退く。

すかさずそれを追い、星はさらに追い打ちを掛ける。

凪は姿勢が不十分と見るや、その場で体を回転させ、それを軸に回し蹴りを放ち星の槍を弾いた。


一切引けを取らず、互角としか言いようのない二人の戦い。

しかし、それでも見ている皆が驚きを隠せないのは凪に対してだった。

一介の警備隊所属だというのに一線級の武将に全く引けをとらない強さが恐ろしい。

何故警備隊から昇格しないのか、それは彼女が一刀の留守中、ずっと北郷隊という場所を守ってきたからだった。

居ない人間という事で一度は解体されそうになった北郷隊だが、凪の懇願に華琳は折れた。

彼女にとって、北郷隊は彼と過ごした思い出の詰まった拠り所だったからだ。


二人はほぼ同時にお互いへ突っ込み、その場で攻撃の応酬が始まった。

互いの得物がぶつかり合う轟音が会場に鳴り響き、一撃を、只一撃を入れようと二人は踊り狂う。


そして、凪が星の首を掴み押し倒すのと同時に、星はその槍を凪の首筋へ当てていた。


そこで二人が静止すると、試合終了の銅鑼が鳴らされた。





試合を見ていた一刀は思わず華琳に問いかけた。


「え、この場合どうなんの!?引き分けとかあんの!?」


「扱い的には両者共敗北という形になるわね」


「マジか……凪頑張ってたんだけどなぁ……」


「そうは言うても五虎将の一人と引き分けるって相当なもんやで。

 ウチも星とは手合わせした事あるけど負けた事あるしなぁ」


「霞の言う通り、凪は貴方が居ない3年間で誰よりも努力していたわ。それこそ血の滲むようなね。

 強くなったからと言って貴方が帰ってくる訳ではない。

 それでも、もしも帰ってきてくれた時、もう独りで背負い込む事のないようにってね。

 そしてここまで己を高めたのよ。あの子のしてきた努力には多分、誰も敵わないわ」


「……そっか」


華琳が手放しで褒める程に、言葉では言い表せないくらい、凪は努力してきたのだろう。


「あの子にとって一番の喜びは貴方にその努力を褒めてもらうことよ。しっかり上司として、男として労ってあげなさい」


「わかってるよ」









銅鑼と共に二人はお互いの得物を離し、立ち上がった。


「まさかこんな形になってしまうとはな」


「さすがは星様。やはりまだ自分では届きませんでした」


「何を言う。私はお主の首を斬り、お主は私の首をへし折った。ここが戦場ならばお互いに死んでいるぞ」


「そう言って頂けると嬉しいです」


「時に凪よ。お主が己をそこまで高めた理由は、あの殿方を守る為、だったか?」


「え!?」


「いやなに、誰から聞いたという訳ではない。私の予想だ。で、そうなると私もあの御使い殿にはとても興味が湧く。

 凪程の者がそこまで心酔し、己を捧げる者がどんな人間なのか」


「は、はぁ」


「で、あの北郷一刀という御仁はどのような人なのだ?」


「そ、そうですね──」









凪が帰ってくるのを今か今かと待ちわびている訳なんだけど……。


「何か話し込んでるな」


「なんやろ。星姐さんめっちゃこっち見てんで」


「凪ちゃんもちょっと恥ずかしそうなの」


「というか真桜、趙雲の事そんな呼び方してるのか」


「何かあの人姐さんっぽいとこあるんよなぁ」


「あ、帰ってきたの」


そんな事を話していると、星との話を終えた凪は席へ戻ってくる。


「只今戻りました」


「凪ちゃん惜しかったの~」


「それどやった?凪」


「あぁ、びっくりするくらい馴染む。これのおかげであそこまで戦えた。ありがとう真桜」


「せやろ?でもまだそれは凪の実力を引き出してくれるはずや」


「そうなのか?」


「何か切っ掛けがあればええねんけどなぁ」


「凪」


真桜達と話す凪に声を掛け、歩み寄る。


「凄かったぞ。あんな強くなってるなんて……って俺が言うのも変な話だけど、昔よりもずっと強くなっててびっくりした」


「そ、そうでしょうか?」


「あぁ。凪の今までの頑張りが凄い伝わってきた。感動しちまったよ」


そう言うと、凪は一刀を見上げ、その視線が揺れたかと思った途端、涙を流した。


「え、凪?」


「は!?あ、も、申し訳ありません。ちょっと、自分でも……よくわからなくて」


何度も涙を拭うが、それは止まる気配がない。


「凪……」


「凪ちゃん……」


それを見た二人はどこか感極まったように凪にそう声を掛けた。

そしてそれを見て、華琳の言っていた事が頭を過る。

凪は俺の為に、誰よりも血の滲むような努力をしてくれていたのだと。


「泣くなよ凪……」


凪の想いに、こっちまで涙が出そうになり、思わず泣いている凪を抱きしめる。

抱きしめれば腕に収まってしまう凪が、俺の為にこんなにも努力してくれていたのだと思うとどうしても泣きそうになる。

感謝が大きすぎて、ありがとうなんて言葉では軽すぎて伝えきれない。

それでも、ありがとうを言わずにはいられなかった。


「ごめんなぁ凪……ありがとなぁ……!」


残して逝ってしまうのも辛いけど、残される方も辛いんだ。

それを解っていなかった訳でもないし、辛いと思ってくれていたのは凪だけではない。

それでも、こうして凪に改めてその時が如何に苦痛だったかを再確認させられる。

凪は俺の胸に顔を埋め、必死に涙を堪えていた。




















「ふぅ……凪は日を追うごとに強くなっていくな」


「まさか星と引き分けるなんてな」


「次はもう引き分けにもなれぬかもしれん」


「そんなにか?」


「やれば解る。もはや魏の中でも最上位に肩を並べるだろうな」


星は席に戻り、翠と軽く会話を交わした後、魏の席へ目を向ける。

そこには凪を抱きしめながら、泣きそうになっている一刀がいた。


「好いた男が見ているだけで、こうも違うものか」


そして、これまでの努力を思い、想った愛情に応え、泣いてくれる男。


「英雄色を好むとは言うが……」


皆を一途に想うなど、矛盾も甚だしい事ではあるが、それは悪いことではない。

むしろ男ならばそれくらいの器量が無ければ。

そう思うも、彼はひとりひとりに全力なのだろう。

皆に好かれれば調子に乗りそうなものだが、彼はそうじゃない。

皆に同じだけの愛情を注いでいるのだろう。

だから、凪も華琳も、皆、あんなに夢中なのだ。


それに彼は与えられるだけではなく、それこそ命を掛けて皆を導いた。

そして皆の為に強くなった。

彼を想い己を高めた凪と同じ努力をしていた。

皆と肩を並べて立つために、皆と釣り合うために。


「……やはり、良い殿方だとは思わんか?翠」


「誰が?」


「……聞く相手を間違えた」


















「あら妬けちゃう」


「あまりじろじろと見てやるな、雪蓮」


「何で?良い場面だと思うけど」


「そういう問題じゃないんだが……しかし、凪の努力も報われたな」


「これから報われていくんじゃない?」


「人が自分を想ってしてくれた事が、嬉しくないはずないものな」


「一刀もそうだしねー。お互いに良い関係。羨ましいな~」


「おや、雪蓮は私じゃ不満だと?」


「冥琳は私が頑張ったら泣いて抱きしめてくれる?」


「さぁな」


















「よし、じゃあ俺も頑張ってる姿を凪に見てもらわないとな!」


わざと明るい口調でそう言い、凪の頭を撫でる。


「た、隊長はもう十分過ぎるほど頑張っています。今更隊長の努力を疑うなんて事するはずがありません!」


「まぁまぁ、多分次の試合、今日一番の修羅場だと思うから」


「え?」


もう残っているのが俺と霞、関羽と呂布。

そして残りが同数ならば、決勝戦以外は同じ国同士での戦いは行われない。

更に、こういう時、いつも悪い方を引くのが俺なのだ。


そしてその予想は的中する。

次の試合、呼ばれたのは俺。


相手は──呂布。


「……ここまでくればそりゃ当たるかもしれんとは思っとったけど……」


「いつも途中で帰っちゃうのに今日は帰らないの……隊長、今度こそ死んじゃうかもしれないの……」


「北郷……」


真桜と沙和に続き、秋蘭までが不安そうな表情だった。


「いや、そこまで不安そうな表情されると……これ一応大会っていう催しだからさ」


「そうは言っても大怪我なんてザラやし……」


「そもそもお兄さんがここまで残ること自体が想定外過ぎて、たまたま運よく勝ち上がっちゃったんじゃないかって。

 今度こそぽっくり死んでしまうんじゃないかって皆さん不安なんですよ~」


「それ俺の努力全否定してるからね?」


「ですが相手は飛将軍とまで言われた呂布です。今までよりも危険なのは確かですよ」


「稟ちゃんも心配なんですよね~」


「そうですが何か!?」


「おおう?ついに開き直りましたね」


皆が心配するのも解る。

というか俺じゃなく、ここに居る誰かが呂布と戦う事になっても心配はするだろう。


「それにどうやら恋は北郷を完全に意識してしまっているようだぞ」


そういう春蘭の視線の先を見ると、最初の一刀の試合からずっと魏の席を見ている恋と目が合う。


「……お、俺を見てますねぇ」


この時だけは、どうか思春期の中学生にありがちな勘違いで合って欲しいと切に願った。

そんなに熱心に感心を持たれても困る。


「一刀……」


「一刀さんなら大丈夫、あれだけ戦えるなら黙って殺されるような事はないはず」


「それ負けが確定してない?人和」


心配そうな天和を勇気づけるような事を言ったのだろうが、完全に負けが確定している言い方だった。


「だって一刀、あの呂布相手に勝てると思ってんの?」


そして地和のその言葉に脊髄反射でNOと答えるところだった。


「それに、最初に闘った小蓮はまだそこまで強くはないから恋も本気では来なかったものの、北郷は雪蓮に勝ってしまっているからな」


「姉者の言う通り、北郷はもう完全に強者として認識されているだろう。だから恋も本気で来るぞ」


「いつもはやる気あらへんのに興味持つととことん本気になるからなぁ。一刀、気ぃ引き締めや!」


皆それぞれ口にするのは不安要素だけど、応援してくれているのは解る。


「……棄権したほうがいいんじゃないの?」


どうやら桂花も、いつもみたいに早く死んでくれば?みたいなノリにはなれないらしい。


「心配してくれてるのか?桂花」


「あのね、冗談言ってる場合じゃないの。相手は呂布よ?あんたなんかが一太刀受けたら四散する事間違いなしよ?」


「どんだけ俺は脆いんだよ」


ゾンビか何かか。


「だから!冗談言ってる場合じゃないの!棄権するなら今しか──」


「しないよ」


桂花の言葉に被せるように言う。


「は、はぁ!?あんた馬鹿なの!?いくらこれが催しだからって、腕の一本や二本無くなることだってあるのよ!?」


「ここで棄権したら、俺が強くなったんだって事が認めてもらえなくなっちまう」


「何でよ!雪蓮にも勝ったんだからもう誰もあんたを弱いなんて言わないわよ!」


「なんていうかなぁ、危ないから棄権しますって、それじゃ強くなった意味がないんだよ」


「はぁ……?」


「それじゃあ俺は昔から変わらないまま、皆の後ろで見てるだけの男になる。それが嫌で努力したんだ」


そう言うと桂花は何も言えず、黙ってしまう。


「俺が頑張ったのは、皆と並んで、皆を守りたいと思ったからだ。

 危険の中でも、皆に頼ってもらえるようになりたかったからだよ」


「……はぁ、勝手にすれば」


「今生の別れって訳でもなし、そんな顔するなよ桂花。

 戦場なんかと比べたら遥かに安全だぞ?もっと気楽に見てろって」


「別にあんたの身なんて最初から心配してないし。

 只ちょっと強くなったからって呂布に挑む馬鹿さ加減をあんたに説きたかっただけよ」


「……これがお兄さんの言っていた”つんでれ”ってやつなんですね~」


「デレてない!この男に関して私はいつでもツンツンよ!」


「つんつん……言ってておかしくありませんか?桂花ちゃん」


「言わせたのは風でしょ!」


「桂花ちゃんは思ったよりもお兄さんの事好きですよね~」


「バカバカしい。もし私がこの男を好きだなんて言った日には大地がひっくり返るわ」


そう言って桂花は不貞腐れたように席に座る。

その場を去らない辺り、彼女のデレの部分を見せてくれているのだろうか。

ともあれ、名前を呼ばれて結構時間が経ってしまっている。


「よし、行ってくるよ」


そう言うと、


『頑張れ!』


あの華琳でさえもそれに混ざり、激励してくれた。


「おう!まだ準決勝だけどな!」






その激励に応え、壇上に上がる彼の背中を見送った。


「……お兄さんはああいう所がずるいんですよね~、不覚にも胸に来たのです」


「言ってて恥ずかしくならないのかしら」


「そう言いつつも、嬉しさを隠せない稟ちゃんでした」


「変な語りをつけないで頂戴」











壇上へ上がると、既に恋が待っていた。

後から来た一刀を咎めるでもなく、一刀の顔と得物を視線が行き来している。

余程興味深かったのだろうか。

とりあえず試合前の礼をすると、小さく頷き返してきた。


少し遅れて試合開始の銅鑼が鳴らされた。

いよいよ決勝戦……というわけではないが、相手はあの最強と名高い呂布だ。

ここで全てを尽くすつもりで行かないとあっさり負けて終わりそうだ。


一刀は慎重に相手を見るために、バックステップで後ろに下がり相手の出方を見る。

呂布はまだ戟すら構えておらず、手に持った戟とトントンと肩に当てている。

まだ彼女の腕力や速さを把握していない状態で突っ込んでいくのは危険と判断し、間合いの外で構える。

それに、試合開始の銅鑼が鳴らされてから彼女の纏う空気が変わった。

闘気、とでも言うのだろうか?先程までのぼーっとしていたような気配は無く、近づいたら噛みつかれそうな雰囲気すらある。

それに今までの相手とはどこか違う、対峙するだけで背筋が震えるような感覚が絡みついてくる。


「──行く」


そう短く言葉を吐いたと思った瞬間、とんでもない速さで踏み込み、間合いへ入ってきた。

既に目の前には恋の振るった戟。

屈んで避けるも、その振るった動作を利用し頭上から振り下ろしてくる。

さらにそれを避け、鞘からの一閃を浴びせるも、平気な顔でそれを受けられる。


「……速い」


そう呟くも、恋は明らかに本気ではない。

皆が驚愕したその技を、呂布はいとも簡単に受けてみせたのだ。


「……マジか」


「速いけど……軽い」


恋が腰を落とし、踏み込みと同時に一閃を放つ。

それをギリギリの所で回避するも、耳に届く風切り音尋常ではない。

被弾すれば一発で骨か内蔵を持っていかれる破壊力を持っているのは間違いない。

受けたとしてもその場で踏みとどまるのは無理かもしれない。

そのまま恋は手を休めること無く、薙ぎ払い、振り上げ、叩きつける。

一撃一撃が必殺の威力を持つそれを回避する度に神経が摩耗していくのが解る。

何より呂布の攻撃のリズムが掴みづらく、不規則なタイミングで攻撃を放ってくる。

振るう戟の中に腹部への正拳や首を狙った上段蹴りを織り交ぜ、そのどれもが受ければひとたまりもないだろう。

何とか回避は出来ているものの、その不規則なタイミングのせいで避け続けられるか危うい。


ノーモーションで放たれた戟の一閃を咄嗟に刀で逸らし、それが地面に衝突すると、いとも容易くクレーターの如く地面が抉れた。

地面に叩きつけられた戟を鞘からの一閃で弾き懐へ飛び込み、回し蹴り、肘打ち、刀を切り上げ、即座に切り下ろす。

しかし、恋はその速度に少し表情を歪めるだけで、そのどれもを受けられ、回避される。

横へ流れるように回避した呂布はその戟のリーチを活かし、一刀の視界外から戟が当たるように振るう。

咄嗟に刀で打ち上げるが、その勢いを完全に殺すことは出来ずに頭部を掠める。

するとどこかが切れたのか、運悪く顔の方へ血が流れ出てきてしまった。

一瞬、流血で目を塞がれ、それが致命的だった。

その一瞬で呂布は戟を振りかぶり、横薙ぎに一刀に向けて戟を振るった。


腹部を捉えたその一撃は、やはりというべきか、鎧の上からでも容易く骨折してしまう程の威力だった。

あまりの威力に肺から空気が漏れ、苦痛の声となって吐き出される。


「──う……ぐッ!」


ミシミシと肋あたりから軋む音が響いてくる。

ヒビでも入ったかとは思うも、今はそれを気にしている暇はないと判断し、痛む肋を無理やり抑え起き上がる。

するとやはり眼前には戟を振り下ろそうとしている呂布が居た。


その一撃も何とか刀で受け流すも、その衝撃だけで骨に響いてくる。

しかし呂布はお構いなしに追い打ちを掛け、中段蹴りやらアッパーやら、戟を使い薙ぎ払ってくる。

痛みに耐えながらそれらを受け流し回避、その動作のひとつひとつが着実に肋へダメージを与え、動きを鈍くする。

それでもこの連撃の窮地から抜け出すためにはこちらから仕掛けるしか無い。

そう判断し、初撃よりも力を乗せた一閃を放ち、それを防御した戟を思い切り蹴りつける。

恋は体勢を崩した事を確認し、思い切り地面を蹴り後ろへ後退、間合いを抜けた。


痛みで攻撃がつながらない上に上手く呼吸が出来ないため、酸欠になりかけていた。

一気に窮地に立たされてしまったのだ。












「……今の一撃、もしや折れたか?」


一刀が一撃を貰った瞬間と、その後の動きのキレの無さを見た春蘭が呟く。


「まだ完全に折れてはいなそうだが……北郷の武器である速さを潰されてしまったかもしれん」


「兄ちゃん、すっごい痛そうな顔してる……」


「痛みのせいか攻撃が上手くつながっとらんな」


「だから棄権しろって言ったのに!つまらない意地を張るからよ!今すぐ試合を──」


「つまらない意地ではない」


桂花の言葉に、秋蘭がすかさず反論した。


「北郷のあの言葉は、つまらぬ意地などではない。……解っているだろう桂花」


「……何が解るってのよ」


「たとえこれが催しで、極端な話、見世物だとしても、北郷にとってはあそこで戦いぬく事に意味がある」


秋蘭の言いたいことは解る。

一刀は自分たちの為に努力し、力をつけた。

そして、この大会で猛者を相手に戦いぬくことが、彼にとって最も報われる方法なのだろう。

でもここであの危険な状態のまま戦って、もしも死んでしまったらそれこそ強くなった意味が無くなってしまう。

それほどに、華やかな催しとはいえ危険な大会なのだ。


「華琳様──」


華琳に試合の中止を申し出ようとするも、その祈るような、しかし彼の言葉を信じているような表情に、何も言えなかった。













恋は戟を担ぎ突進し、その助走のままぐるりと体を回転させ、激に遠心力を乗せた一撃を放つ。

それを前に出ながら回避し、軋む肋の痛みを堪え、全力で刀での乱れ斬りを放つ。

そして恋の防御姿勢を確認した瞬間、刀を鞘に収め、二撃目よりもさらに力と速度を乗せた一閃を放った。


「ッ!?」


一撃一撃と威力の増していく鞘から放つ一閃に、恋は驚いた。


「……ちょっと重かった」


「あれでちょっとか……」


自分の一撃で肋にダメージが来ることを覚悟での全力の一振りも、彼女にとってはその程度だった。

そして先程の攻撃が少し鶏冠に来たのか、恋はものすごい勢いで間合いを詰め、怒涛の連撃を放ってきた。

自分の身の丈以上もある戟を縦横無尽に振るい、仕留めに掛かる。

それらを全力で弾き返すが、痛みで上手く力が入らず、目の前には激を振りかぶった恋が居る。


「──ぐああああ!!」


その一撃をまたしても同じ箇所に受けてしまった。

そしてそれを受けた瞬間、肋骨から嫌な音が響いた。


完全に肋骨を折られてしまった。

苦痛に声も出ず、起き上がりはするものの立ち上がる事が出来ずに脇腹を抑え、地面に片手を付き、蹲ってしまう。










「お兄さん……」


「今の一撃で完全に折れたぞ……!」


「一刀……痛そうだよぉ……」


「一刀さん……」


「あの呂布相手にここまで戦ったんだからもういいでしょ!?棄権しないと骨が内蔵に刺さるわよ!?」


目の前で起こった光景に、地和は思わず叫んだ。

天和、人和も、地面に手と頭をついたままの一刀を見て思わず駆け寄りそうになる。


原則、自分で棄権の意思表示を見せないことには試合は止まらない。

武将クラスともなると、まだ戦えるのに何をしてくれる、という事になることがあるからだ。


「まさか、棄権の意思表示も出来ない程の痛みなの……?」


華琳がそう呟く。

しかし、皆が諦めの表情を見せる中、黙っていた凪が立ち上がり叫んだ。


「隊長!!頑張ってください!まだ終わってはいません!逆転の機会はあるはずです!隊長の努力の成果、見せてやりましょう!」


「凪……」


「凪ちゃん……」


諦めてほしくない。

ここで、彼の努力の成果を皆に見てほしい。


一刀のあの姿に、凪は今すぐ駆け寄りたい衝動を抑え、一刀の意志を尊重し、激励を飛ばす。


あんなに頑張ってくれたんだ。

お世辞にも強いとは言えなかった彼が、自分たちの為にあんなにも強くなる程、努力をしてくれたのだ。









……ありがとう、凪。


その凪の言葉が一刀の耳に入った瞬間、一刀は思い切り自分の頭を地面に叩きつけた。

彼のその行動に皆がどよめく中、一刀はようやく顔を上げ恋を見据える。

叩きつけた額からは流血し、しかしその瞳は力強さを取り戻していた。


ここで踏ん張らなきゃ、男じゃねぇ。


「日本男児たるもの、心は強くあるべきだよな」


誰に言うでも無く呟き立ち上がると、一刀は折れた肋側の脚で何度も地面を踏みつける。

強く、何度も踏みつけ、無理矢理に痛みに慣れようとしていた。


「沙和にはまだ教えてなかったな」


海兵隊式の訓練だけでなく、こうした根性論を教えていなかった。

痛みが気になるのなら、気にならなくなるまで徹底的にいじめ抜けと誰かが言っていた気がする。


「大和魂、見せてやる」


「やまとだましい?」


一刀の呟きに、恋はそう返す。


「俄然燃えてきた」


そう一刀が呟いた瞬間、雪蓮の時に見せたあの尋常ならざる速度での踏み込みを見せる。

それと同時に、恋の目には赫色の刃が光る。

あまりの速度に驚き、しかし何とか防御するも、怒涛の連撃を繰り出してくる。

死に体だった彼からは考えられない突然の猛襲に動揺し、恋は一撃をもらう。

そしてその一撃が恋に当たった瞬間、またしても、あの炎のようなものが発生した。

それは紛うことなき、一刀が気を攻撃に使用した証だった。

そしてその一撃を鎧の上からだがモロに受けた恋は、この大会で初めて膝をついた。


膝を付きながらも一刀の追撃の一撃を防御した恋は思わずうれしくなる。


「お前、強い……!」


恋は受け止めた刀を弾き、戟を頭上で振り回し振り下ろす。

一刀はそれを全身のバネを使い思い切り刀を振り上げ、受け止めながら戟に刀を滑らせ懐にもぐりこむ。

勢いをそのままに腹部へ目掛け刀の柄を叩きつけ、足払いをして体勢が崩れたところへ掌底を放つ。


恋も負けじと痛みを押し殺し、激を振り、薙ぎ払い、正拳を打つ。

最後の正拳を腹部に受けるも、根性のみでその激痛に耐え踏ん張り、その場で刀を振り応戦する。


呂布の猛襲にここまで耐え、応戦した者は居なかった。

互いが互いをねじ伏せようとぶつかり合い、二人を見るものはその気迫に声を失う。

互いに一歩も引かず、一撃を受け流し、一撃を与える。

その光景は誰もが呼吸を忘れ見入る程に滾り、そして戦慄した。


どれだけ打ち合っただろう。

腕は痙攣し、骨は軋み、体が悲鳴を上げる。

根性で押さえつけている痛みも、既に気を失ってもおかしくはない程に、体に痛みとして危険信号を送っている。


それでも──。


「うおおあああッ!!」


「くッ!!」


一刀の気迫に、恋は初めて気圧された。


勝ちたい。

只この勝負に勝ちたいという想いが、刃に乗り襲いかかる。

気合と共に全身全霊を込めた、一刀の技である鞘からの一閃を放った。


その瞬間、誰もが息を飲んだ。

全身の血が沸騰し、興奮を覚えた。

その一撃は、恋に受け止められはしたが、そこから炎が燃え盛ったのだ。

それは凪の気弾によく似た、赫色の刃によく馴染んだ炎だった。


刀から発生した燃え盛る気弾は、一刀自らと共に恋を包み込んだ。


両者共に、気の暴発に耐え切れず、ステージの橋へ吹き飛ばされるも、転がる勢いを利用し即座に起き上がり、突進していく。

そのまま両者が得物を組み合わせると、お互いに踏ん張りが効かずに後退してしまう。

もはや踏み止まる事もままならず、互いに次が最後の一撃だと悟る。


両者同時に踏み込み、最後の──自身の持つ最高の一撃を以って相手を倒す。


『ハアアアアアアッ!!!』


二人の気合が重なり、同時に繰り出される攻撃。

一刀の日本刀から放たれる居合の一閃に、恋の全てを砕く一撃。

それぞれの最高潮に達した武がぶつかり合い、轟音が響いた。



















呂布は戟が破損し、壇上の端まで吹き飛ばされ、一刀は日本刀が手から離れ、場外へ投げ出されていた。


数秒の沈黙の後、会場から張り裂けんばかりの歓声が湧き上がった。

銅鑼の係員は一度鳴らせば良い銅鑼を何度も鳴らし、その興奮を表していた。


「だあああああああ!!おっしいとこまで行ったんやけどなぁ……」


試合に見入っていた霞は銅鑼の音と共に決した勝敗に思わず悪態をつく。


「お兄さん……恋ちゃん相手に凄く頑張ってました。ね、稟ちゃん」


「そうね……あと一歩というところまで来ていたように思うわ」


「そ、それよりも隊長は!?」


「せや!骨折れとるくせにあんなアホみたいに動いて大丈夫なんか!?」


「あれだけの強打だ、むしろ綺麗に折れたのではないか?」


「姉者……その折れた骨が肺にでも刺さったら一大事なのだぞ」


「たいちょ~!!……って、あれ?」


















「いってぇ……」


骨折している事と、無意識に気を使い、更には身体能力の向上にも使用していた為、自力では起き上がれそうにもなかった。


「負けちゃったか……」


そう口に出すと、悔しさがにじみ出てくる。

あの飛将軍呂布と勝負して敗北し、それが悔しいなどと思えるなんて我ながらぶっ飛んでるな。

そんな事を思いながらどうしようもないので仰向けに転がっていると、不意に影が顔の辺りを覆う。

逆光ですぐには確認出来なかったが、恋が一刀を覗き込んでいた。


「? どうしたんだ?」


「……ん」


じっと顔を覗き込むようにして見つめていたかと思えば、短く言葉を発しながら起き上がらせてくれた。


「お、おぉありがとう。ごめんな、キミも疲れてるのに、どうにも体が上手く動かなくて」


「……いい」


そう短く答えると、魏の席まで肩を貸してくれるようで、そのまま歩き出した。

そのぼーっとした雰囲気がどうにもさっきまで戦っていた呂布とは結びつかず、むしろ何か小動物でも相手にしているような気分になる。


「ありがとな」


そう言い、凪や真桜にやっている癖で思わず撫でてしまった。


「…………」


すると恋は少し驚いたような表情で一刀を見つめた。

戦った後、自分を恐れる者は居ても、こうして頭を撫でられるなどという事は一度も無かった。

それを当たり前のようにする一刀に、恋は驚いたのだ。


「あ、ごめん、いつもの癖でつい」


「……大丈夫」


そう言いながらふるふると首を振り、席まで運んでくれた。


「隊長!大丈夫ですか!?」


「無茶しすぎやで隊長!見てるこっちはずっと生きとる気せえへんかったわ!」


「痛そうなの~……」


「大丈夫だよ。それより負けちまった、ごめんな、いつも格好つかないなぁ俺」


「そんなことありません!」


「そんなことないの!」


「ウチらの隊長は格好ええ!涙が出るほど格好ええんや!誰にも文句は言わせん!」


「はい!隊長は私達の誇りです!」


「そうか?そう言ってくれると嬉しいよ。ありがとな3人共」


3人の頭を撫でると、それを見つめる恋。


「…………」


無言でずいっと頭を差し出してくる。

よくわからないが撫でろと言われている気がしたのでわしゃわしゃとなでてみた。


「……♪」


すると満足したのか、そのまま蜀の控え席へと戻っていった。


「な、何だあの可愛い生物は」


「恋にまで手ぇ出すなんて、一刀くらいやで?そんな命知らず」


「撫でただけですけど!?いだだだだだ!?」


叫んだら骨に響いた。

早く治療してほしい。


その後、敗者復活戦には出してもらえるはずもなく、さすがの華琳もストップを掛けた。

そしてその後の試合は霞対愛紗で霞が勝利し、決勝戦では恋が勝利した。

戦績は1位が恋、2位が霞、3位が愛紗といったところで収まった。

一刀はすぐに治療に向かった為、霞の試合は見れなかった。

怪我と、一気に襲い掛かる疲労に睡魔というダブルパンチに抗えず、眠ってしまった。


そのまま自室まで運ばれ一人で眠ったはずなのだが、微睡む意識の中で、誰かが寄り添ってくれていた気がした。


「結局……最後まで……戦い抜け無くて……情けないなぁ俺は……」


どんどん沈んでいく意識の中で、何とかそう口にする。


「そんなことない」


すると、その寄り添ってくれている人は静かにそう答え、俺の額に触れた。

そして、


「お疲れ様、一刀」


そう、優しく囁く声が聞こえた気がした。








それが、俺には華琳の声に聞こえたのだ。


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