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12 小覇王 後 雪蓮

確認はしていますが、誤字脱字があるかもしれません。

対戦相手が雪蓮となると、流石に皆顔が引き攣った。

呂布よりはいくらかマシだが、雪蓮は熱くなると歯止めが効かなくなるタイプだからだ。

もしかしたら弾みで殺されてしまうかもしれない。

勿論そんな事はしないしさせないのだろうが、やはり戦場で鬼神の如く暴れまわる彼女を見た者はそう思ってしまう。

いつも通りなのは華琳と、この大会で一刀の腕に全幅の信頼を置いてしまった三羽烏だけである。


「万が一の為に、私は弓を用意しておこう」


秋蘭がそんな物騒な事を言いながら得物を手元に置いた。


「……念の為に聞くけど、何で?」


「雪蓮殿が弾みで北郷を殺しそうになったときのためだ」


やっぱり聞かなければよかったかもしれない。

しかしそうは言っても決まってしまったものは仕方ないし、自分の意志で参加したのだから覚悟を決めよう。

毎試合覚悟を決めている気もするがそれくらい大変な事なんだと理解してほしい。


席を立つ前に目を閉じ、深く息を吸い、ゆっくりと吐く。

そうしていると、隣に居た華琳が、誰の視界にも入らないように、少しだけ手を握ってくれる。

それを見るような野暮な真似はしない。

これは華琳なりの心配と激励なのだろう。

こうして触れてくれると更に勇気が湧いてくる。

重ねられた手をこちらからも軽く握る。


「……これで勝てば、ちょっとは俺のこと認めてくれるか?」


冗談交じりにそう言うと、


「さぁ、どうかしら」


華琳も、冗談交じりにそう返してくる。


「でも、ほんの少しなら、頼りにしてあげてもいいかもしれないわね」


その彼女らしい返しに苦笑し、少しだけ緊張が解けた。


「よし、行ってくる」


目を開き、握っていた手を離して席を立ち、壇上へ歩き出す。


「頑張りなさい」


すると、華琳が後ろからそう声を掛けてくれる。

華琳の発したその言葉に、少し驚いた。

そんな事を言うような性格ではない、しかしそんな彼女があえて言ってくれたその言葉が染み渡る。

大切な人が応援してくれているというのだから、それに応えなきゃ男じゃないだろう。


「勝つよ」


華琳に向けてそう言うと、彼女は少しだけ驚いたような表情をした。


そうだ、勝つことだけを考えろ。

相手の事は考えなくていい。

何が自分の中で一番大切かを考えろ。

誰に見てほしいかを考えろ。

誰に認めてもらいたいかを考えろ。


たとえこれが戦でなくとも、ここで力を示すことに意味はある。

皆に認めてもらうことに意味がある。

勝手に消えて、勝手に返ってきた俺を迎え入れてくれた皆に何の手土産も無しじゃあ男が廃る。

何よりも、今、勇気づけてくれた華琳を裏切りたくない。








壇上へ向かう一刀の背に、思わず掛けた言葉。

華琳自身、あんな平凡な言葉で送り出すつもりはなかった。

それでも何故か、咄嗟に出た言葉だったのだ。

そしてそれに対して一刀はこれまでとは明らかに違う表情で、勝つと言った。

その表情は優しかったが、どこか力強さを感じるようだった。





















「よかったな雪蓮。お前の待望の御使い殿だぞ」


冥琳は雪蓮にそう声を掛けるが、予想とは違い、彼女は喜びを表さない。

しかしそれは彼女が既に戦闘に意識を切り替えているからにほかならない事を冥琳は理解していた。

催しで行う、言ってしまえば余興のようなこの大会、しかし参加する誰もが己の全てをぶつけて戦うのだ。


「策殿は既に入っとるか。それにあちらもどうやら、明命の時とは違うようだぞ」


祭の言葉に、壇上に上がった一刀に目を向ける。

そこには、紛うことなき武人の顔をした一刀が立っていた。


「明命の試合で自信がついたのか、魏の誰かが何かをやったのか、どちらにしろ、私にとっては嬉しいことよ」


そう言う雪蓮の表情もまた、戦に出る時同様、鬼を宿したような鋭い視線。

無邪気に戦いを楽しむ鬼神となっていた。


「全く、厄介な性分だ」


そう呟く冥琳も、どこかこの闘いに期待しているような表情だった。


一刀の待つ壇上へ雪蓮も上がり、お互いに顔を合わせる。


「よろしくね、御使い君」


「よろしくお願いします」


「本気で来てね?じゃないと貴方、もしかしたら死んじゃうかもしれないから」


まるで脅しのような言葉をぶつける雪蓮。

その言葉で、彼がどこまで本気でこの場に立っているかを知るためだった。

こんな軽い言葉に揺すぶられるようではあまりに期待はずれだからだ。


「勿論」


しかし、一刀は表情ひとつ変えずに、短くそう答えた。

そして、明命との試合では感じなかった気迫を今の彼からは感じる。

明命の時も勿論本気だったのだろうが、今の彼はどこか違うようだった。

どうやらここに来て、ようやく覚悟が固まったようだ。


そして、数秒の沈黙。

その静寂を打ち破るように、試合開始の銅鑼が鳴らされた。


その瞬間、耳を劈く音と共に二人が得物を咬み合わせていた。

鞘からの一撃を放つ技がどれだけの威力か、それを知るために雪蓮はその場で彼の初撃を受け止める。

思わず仰け反りそうになるくらいの威力に思わず嬉しくなる。

そして次の行動に移るかと思いきや、一刀はその受けられた姿勢のまま力を込めてくる。

鍔迫り合いの形は一刀にとって不利なはず。

だというのに彼はその素早さを活かすこともなく、真っ向から相手を押しつぶすかのように圧力を掛けている。

しかし、その合わせた得物から伝わる力に、雪蓮は驚いた。

まるで自分に引けをとらないその腕力と、その細く、しかし燃えるような赫色の得物から伝わる威圧感。

そのどちらもが、武将を名乗る者となんら変わりのない力強さを持っていた。


「貴方の得意な戦術じゃないのは、私を舐めているからかと思ったけど」


鍔迫り合いの中、雪蓮はそう問うも彼からの返事はない。

しかし、その代わりとでも言うようにどんどん彼の力が強くなってくる。


「ッ……!そうでも、ないみたいね……!」


雪蓮はこのまま組み合うのは危険と判断し、咄嗟に武器を薙ぎ払い距離を取る。

後ろへ飛んで間合いを開けた、しかし目の前にはあの赫色の刃。


「ッ!?」


咄嗟に武器を振り、その刃を打ち払う。

恐ろしい事に、一刀はその速度で間合いの外へ行こうとする雪蓮にぴたりと張り付いていた。

前の試合で見せた闘いとは明らかに異なる、攻めに特化したようなその戦型に一瞬動揺した。

様子見などせず、最初から防御を捨てた特攻のような戦型。

防御や回避に重きを置いた戦型だと分析していた雪蓮は、完全に虚を突かれた。

しかしそれについていけない雪蓮ではなかった。

一刀の怒涛の攻めに対して、防御の姿勢を崩し、雪蓮からも攻める。

体当たりをするように間合いを詰め、切り上げ、振り下ろし、なぎ払う。

そしてその全てを避け、且つその間合いから出ずに、むしろどんどん前へ前へと詰めながら避け続ける一刀のその回避術に、素直に驚く。

必然的に後ろに下がりながらの攻撃になるが、一刀はいつの間にか抜いていた刀を鞘に収めていた。

あの一撃を狙っているのだ。

得物を振り続けていた雪蓮の連撃が一瞬、ふと、途切れた。


その瞬間、一刀は刀を抜き電光石火の一撃を放つ。

しかし、それは雪蓮がわざと見せた隙だった。

まるで待っていたとでも言うように、一刀の一撃に対して、両手で渾身の力を込めた一撃をぶつける。

一刀の驚異的な剣速に、雪蓮はこの短時間で順応してみせた。

その闘いのセンス、天性とも言える勘の良さに戦慄する。


雪蓮の渾身の一撃で刀が弾かれ、懐を開けてしまう。

その隙を逃すわけもなく、雪蓮は己の得物を振るうに最適な間合いで、全力で振るった。

フルスイングのように剣を振るわれ、強烈な一撃が襲いかかる。

その衝撃はまるで交通事故にでも合ったのかと錯覚するほどだった。

しかし、一刀が吹き飛ばされることはなかった。

弾かれた刀とは逆の手で鞘自体を腰から引き抜きそれを防御に使った。

雪蓮が振るった剣は、得物の鞘で防がれた。


「今のも防がれるなんてね……」


「全部が致命傷になるから一杯一杯だよ……!」


「ゾクゾクしちゃう」


「俺は背筋が凍る思いだよ」


そんな事を言う一刀だが、咄嗟の機転、それと同時に、ここまで攻めても致命打を与えられず防いでくる彼の剣術に雪蓮は驚き、感心した。

只速いだけではない、只回避に優れているだけでもない。

なぜなら、雪蓮の放つ攻撃を、彼は速度が乗り切る前に止めることが多々ある。

剣に徒手空拳を織り交ぜようとしても、その体勢に入った途端上腕を抑えられ威力を殺される。

雪蓮は一歩踏み込み、今までの速度を遥かに上回る斬撃の嵐を一刀に見舞う。

縦横無尽のその斬撃に対応しきれず、一太刀頬を掠めると生暖かい感触が伝った。


お互いに一歩も引かない攻撃の姿勢に、誰もが息を呑む。






「──い、息できひん」


「さ、沙和も……」


「隊長……!」


二人が緊張で固まるなか、凪は祈るようにその闘いを見ていた。

武官組がその戦いに見入っている中、文官組はそれぞれに思う事があるようだった。


「それにしても、一刀殿のあんな表情、初めて見るかもしれません」


「風もです」


「そ、そうね。何かちょっと──」


「格好良いと思ってしまうかしら?」


桂花の言葉に被せるように、華琳が冗談交じりに言う。


「なっ……!?華琳様!?冗談を言わないでください!あんな男にそんな事思うわけないじゃないですか!あんな男に!」


「二回言いましたね~。風は格好良いと思いますよ?ね、稟ちゃん」


「そ、そうね。確かにあそこに居る一刀殿はそう見えてしまうかもしれません」


「微妙な言い回しですね~、それに中途半端に敬語なのは何故ですか」


「ほら!無駄話している暇があるなら応援してあげなさい風!」


そう言いながら風の首を無理やり試合のほうへ向ける。


「おふ……稟ちゃん強引ですね」


「……ほんと、格好つけちゃって」


華琳は呟いた。

最初の力比べと言い序盤からの怒涛の攻め。

明らかに彼の本来の戦型とは違う。

だというのにそうするのは、自分たちに認めてもらう為なのだろう。


”少しは認めてくれるか?”


壇上へ上る前の彼の言葉が蘇る。

あの場では照れくさくてああ言ったが、もともと一刀を認めていないなんてことはない。

いつだって己の身よりも私達を優先してくれる。

それは出会った頃から変わらない彼の優しさだ。

そして帰ってきてからはその傾向はより強くなりつつある。

彼の世界で、ここから離れていた5年という月日がそうさせるのかもしれない。


この時代でも皆と肩を並べて立てるように、彼は強くなる努力をしてきた。

彼はその時の事を冗談を言うようにおちゃらけて話すが、血の滲むような努力だったのだろう。

5年間で、あそこまで雪蓮と対等に戦えるようになっているのだから。

その成果を見てほしいという。

そして、それはもう十分すぎるほど見ている。

そんな、尽くしてくれる彼をどうして認めないなんてことがあろうか。

どころか、愛しく感じない訳がない。


お互いに、少し依存しすぎているのかもしれない。

でも、その関係はとても尊いもので、大切にすべきだと思えるのだ。

思えるようになった、とでも言うべきか。

もう彼を一つの駒などとは冗談でも口には出来ない。

そう思うと、自分は少し弱くなってしまったのかと思う。


そんな事を考えていると、何やら会場の外が騒がしい。

何事かと思い確認すると、謎の大軍団がこの会場の外に陣取っているという情報だった。

すぐに戦闘の準備に入ろうとするも、コの字型の会場の、開けた場所に陣取る軍団の先頭に居る人物を見てため息をついた。

その軍団は特徴的な黄色い布を印としており、しかし掲げる旗はなんとも懐かしい、十文字の旗だった。

どこからその旗を持ってきたのか、はたまた作ったのかはわからないが、先頭に居る3人はよく見慣れた顔だった。

そして、その3人が何やら合図を送ると、その旗が大きく左右に振られ、


『ほ・ん・ごう!!か・ず・と!!ほ・ん・ごう!!か・ず・と!!

 ホワアアアーーーーーーーーーーーーーーー!!!!』


という、なんとも奇妙な掛け声を混ぜた、しかしよく統率された大声を上げ始めた。

それに釣られるように、見入っていた観客も大きく歓声を上げ始める。


「……あの3人今頃来たんかい」


「まぁ、一刀殿の大会参加に合わせて無茶な予定を組んでいたみたいですし、これでも頑張ったほうなのでは?」


「それにしても凄いですね~。相手側は凄くやりづらそうですけど」


「まぁ、雪蓮なら関係ないんちゃう?周りなんて見えてへんやろ」


「地和が兄ちゃんに言ってたのってこれだったんだ!」


「でもこれ、いくら兄様の応援に駆けつけてくれたと言ってもいろいろと問題になりそうですけど……」


「はぁ……関所を通過したとは聞いていたけど。

 まぁ、観客を押しのけている訳でもないし、あれに釣られて随分盛り上がっているみたいだし、良いんじゃないかしら」


「いいんだ……」


魏の面々がそんな事を話している間も、その掛け声はずっと続いていた。






「あっぶない何とか間に合ったわ!さぁもっと声だして!喉が張り裂けるくらいに叫んで!!」


「ちょっと姉さん、あんまり地を出さないで」


「かずとーーーー!!頑張ってーーーー!!」






その応援が彼に聞こえているのかそうでないのかはわからない。

しかし、徐々に一刀の攻撃の回転が上がっていく。

背に手が回るほどに振りかぶり、全力で振り下ろす。

その動作も常人のそれとはかけ離れた速さだった。

それを受け止められても、流れるように次の攻撃へつなげる。

その手数の多さと速さを受ける剣から響く音が尋常ではない。

複数人から攻撃を受けているような錯覚さえ覚える。

あの得物に加え、一刀自身、姿勢、体勢を立て直すのが図抜けている故に、攻撃の間が速いのだ。


そして、あの技の体勢に入る。

一瞬とはいえ連撃が止まるのはその技の欠点と言えるだろう。

そう思い、雪蓮は先と同じようにそれを受けようとするが、彼が引きぬく一瞬、どうしようもない悪寒に襲われる。

雪蓮の勘が告げている。

これを受けてはならない。


咄嗟に構えた剣を下げ、身を反らす、その直後、あの一閃が放たれる。

その軌道に添って、赤い、炎のようなものがほんの一瞬、小さく揺らめいた。

それが何なのかはわからない。

しかし、何かが中空へ燃え盛るように消えていった。

彼のあまりに速い剣速に、残像でも見たのかもしれない。

そして、切っ先は当たっていない。

しかし、その赤い残像が防具へ触れた。

キンッ……という小さな音が聞こえたかと思った瞬間、防具が真っ二つに切り裂かれた。

ガシャンと音を立て、その場に落ちる。


やはり明命の得物は切断されていたのだ。

鉄で作られた防具をいとも簡単に切断された。

留め具や紐を切られた訳ではない。

間違いなく、体を守る鎧部分が切られている。






「な!?」


防具を切断された瞬間を目の当たりにし、愛紗は驚きの声を上げた。


「やはり明命の得物も切断されていたようだな」


星は冷静にそう言うも、目はそちらへ釘付けだった。

明命の時はどさくさ紛れのような状況だった為にはっきりとは見ることが出来なかった。

しかし、今はっきりとそれを視認した。

あまりに鋭いその斬れ味に改めて彼の使う日本刀という武器に驚きを覚える。

いや、そもそもあれが彼の言う一般的な日本刀なのかも疑わしい。

作り手は間違いなく真桜だ。

あの真桜が鍛えた刀となれば常軌を逸した物が出来たとしても不思議ではない。


「それに何か変なのが見えたのだ!」


「確かに何か小さい炎みたいなのがみえたな。

 まさかあいつの技が早すぎて燃えたってことはないだろうな」


鈴々と翠は一刀が刀を引き抜いた瞬間に発生した謎の発光を目撃していた。


「流石にそれはないだろう、あまりに常軌を逸しすぎている。火花か或いは……気か?」


「ていうか天和達の連れてきた奴らがうるさいのだ!集中出来ないのだ!」


「え?鈴々が集中なんてしたことあんの?」


「翠には言われたくないのだ」







防具を切断された事で、雪蓮の勘はやはり的中していたのだという事が解る。

もしあれを武器で受けていたら明命の二の舞いになっていただろう。

全く武力を持たなかった彼がここまで自分を叩き上げた理由を、雪蓮は単純に聞いてみたくなった。


「貴方のその力の根源はなに?」


そう問うと、彼は少し笑いながら、


「好きな子に期待されたら、応えなきゃ男じゃないだろ?」


今までとは違う、砕けた口調でそう言った。

冗談のように言ってはいるが、やはりそれが彼の根本にあるものなのだろう。


「なら、ここで私に勝たないとね」


「そうだな」


短く言葉を交わし、再び二人の得物が交わり、火花を散らす。

真剣勝負、気迫や威圧感はそのまま、しかし雪蓮は心底この戦いを楽しんでいた。

不意に、目の前の彼が脱力し、ガクンと腕が落ちる。

しかし彼の表情に動揺はなく、むしろ戦意が満ち溢れている強い視線。

つまり、何かをしようとしている。

何が来るかわからない。

力強い攻めを続けていた戦いからのこの脱力だ。

一刀の剣術が初見故に引き出されるその一瞬の迷いは、彼がこの大会で活かせる最大の武器でもあった。


刀を抜く過程でしか成し得ない速度と思われたあの一撃を、なんと抜刀状態で放ってきた。

鞘からのものよりも威力は落ちるものの、速さでは見劣りしないその技に一瞬反応が遅れ、

不完全な力でそれを受けたため、剣を弾かれてしまう。


すかさず懐へ飛び込み、腹部を殴打するかと思えばそっと触れる。

そして脱力していた体に一気に力を込め、全身の力を連動させ、手を当てていた腹部を押し、間合いの外へ押し投げる。

投げ出された雪蓮の目に移るのは、再び脱力し、地面に倒れるように傾いた一刀。

そして地面すれすれというくらいのところで、一刀は全身の筋肉をフル稼働させた。

その瞬間、全身が燃えるような熱さに包まれた。

本来の彼では成し得ない身体能力を発揮する。

これが凪の言っていた気の運用なのだと瞬時に理解した。


歯を食いしばり、急激な、それも限界以上の運動にミシミシと悲鳴を上げる体を無理やり従える。

全身に走る激痛は過剰に使用しすぎた筋肉が切れているのかもしれない。

それでも尚、その踏み込みに全身全霊の力を込める。


その光景を見た雪蓮の頭に浮かんだのは、”疾風迅雷”という言葉だった。

今までの踏み込みとは比べ物にならない速度で迫る彼は、雪蓮の足が地面に着く前に目の前に到達していた。

まずいと思い剣を振るうも、地に足つかぬ上体で踏ん張りなど効くはずもなく、呆気無く弾かれてしまう。

そして、投げられたその一瞬が長く感じられる程の時間がようやく終わり、地面に足がついた時、

雪蓮の首筋に赫色の刃が当てられていた。











『うおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!』


『ホワアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!』


その一瞬に見入り、銅鑼を鳴らし忘れていた係員よりも先に、観客と張軍団の歓声が会場を包み込んだ。


「やったのーーーーーーーー!!!あの雪蓮様に勝っちゃったのーーーーーーーー!!!」


「アカン隊長半端ないわぁ……何かウチ泣きそうやわぁ……!」


「隊長……ッ!」


「凪ちゃんは既に泣いてるの」











「……負けちゃったかー」


首に当てられた刃を引くと同時に、雪蓮はそう言った。


「ギリギリもギリギリでしたけどね……」


喜びに震える気力も残っていないのか、乱れた息を整えながらそう答える。

そして額の汗を拭おうと腕を上げた瞬間、ビキっと強烈な、まるで電撃のような痛みが何故か腰に走った。


「いてええええ!?お、おおおぉぉぉ…………」


「あっはは、せっかく格好良い姿を見せられたのに、それじゃ台無しよ?」


雪蓮は戦闘中とは全く違った人懐こいような笑顔でそう言いながら、痛みの走った場所を撫でる。


「ちょ、ちょっと無理しすぎたかな……」


「おじいちゃんみたいね」


腰を抑えながら痛みに耐える姿は雪蓮の言う通り、ちょっとはしゃぎすぎた老人のようだった。


「席まで支えてあげてもいいわよ?」


「いやぁ、それはやめておきます。華琳に普通に怒られそう」


格好つけて出てきた手前、支えられながら戻るのは恥ずかしい。

それにせっかく勝ったのに情けないとか言われそう。


「これじゃどっちが勝者だかわからないわね」


一刀の痛みに耐える姿を見て雪蓮は苦笑を浮かべる。

しかし、自分と戦っていた時の彼の姿は誰が見ても格好良く見えたに違いない。

魏の者からすれば尚更だ。

その証拠に、北郷隊の三羽烏が一刀の勝利に涙しているのが見える。


「というか、あの応援団は貴方が頼んだの?」


雪蓮が指差す先には抱き合いながら喜ぶ3姉妹がいた。


「……驚かせてやるとは言われてたけど、まさかあんな事するとは」


「愛されてる証拠じゃない。後ろの集団は知らないけど」


「あれはあの3人に言われるがままに従っただけだと思いますよ」


「ねぇ、その固い言葉遣い、やめない?

 こうして武を競い合った仲だし、私も普通に話してくれたほうが良いんだけど」


「でも立場ってものが」


「そりゃ私だって格下の者や親しくもない者にいきなり砕けた口調で言われたら生意気って思うわよ?

 でも貴方はこうして私に勝った訳だし、それに警備隊長とはいえ天の御遣いっていう肩書があるじゃない」


「ん、まぁ、伯符さんがそのほうが良いって言うなら」


「そ・れ・と!」


ぎゅっとそのまま腕を抱きかかえられる。


「ちょ──」


「私の事は雪蓮でいいから。私も一刀って呼ぶわね?

 まさか真名を受け取らないなんて事言わないわよね?

 隠居した身とはいえ私は孫家の長女よ?もし断ったら侮辱されたとして国家間問題にしてやるんだから」


「完全に私情なのに規模がでかいよ!?」


「で、どうなの?」


「解ったよ……断るなんて事するわけないだろ。……雪蓮」


「よろしい」


そう言うとふくれっ面だった雪蓮は笑顔になり、抱き込んでいた腕を離した。


「あー、でもどうせなら全力の一刀と闘いたかったなぁ」


「いや、もう全力も全力でむしろ限界突破したんだけど!全身激痛なんだけど!」


「そうなんだけど、そうじゃないのよねぇ」


「ええ……?」


彼が困惑するのも無理はない。

雪蓮は自分で無茶を言っている事は重々承知しているのだ。

彼はもう、自分たちに対しては永遠に死力を尽くす時はないだろう。

もしその機会があったとするなら、3年前の戦乱の世で、彼が誰かを守ろうとする時だろう。

しかし過去は過去、いくら思ったところで実現するわけではないし、あの頃に戻るのは雪蓮としても遠慮しておきたいところだ。

それに、彼が強くなったのは自分の為ではなく、彼女達と共に戦い、守る為だと聞く。

自分たちの為に強くなった彼を見る魏の皆は、どれほど嬉しく思うことだろうか。

あの男嫌いの桂花の牙城ですら陥落した彼は、なるほど、確かにそれだけの魅力があるのだろう。

こうして戦った自分も、彼を自分の国にほしいと思うくらいなのだから。


「でも華琳が許さないわよねぇ……いや、国家間交流という名目で……」


「何?どうした?」


急に一人でぶつぶつ言い始めた雪蓮にそう声を掛けるも、何でもないと返される。


「たーいちょーーーーーーーー!!」


雪蓮と話していると、魏の席から真桜の呼ぶ声が聞こえてくる。

目を向けると、ぶんぶんと手を振り戻ってこいと催促していた。

そのジェスチャーを見て雪蓮はおかしそうに笑っていた。


「じゃあ、次の試合の準備もあるだろうし、戻るよ」


「そうね。あまり一刀を独り占めしていると怒られちゃいそうだし」


そう言うと一刀は苦笑いを浮かべ体のあちこちを叩きながら戻っていく。

張三姉妹もいつの間にか自分の連れてきた応援団を残し、魏の席に向かったようで、既に姿は無かった。

戻った彼に三羽烏と張三姉妹が一斉に抱きつき、転倒していた。

そしてそれに、座っていた皆が集まり始める。

その姿を見て、やはりおかしそうに笑いながら雪蓮は自分の席へと戻る。


「まさか雪蓮姉様が負けるなんて……」


「あー!すっごい楽しかった!」


「負けたというのに随分とご機嫌ね、雪蓮?」


「ねぇ蓮華、冥琳、一刀を国家間交流って事でうちに招待出来ない?」


「……はい?」


「……いきなり何を言い出すのかと思えば……」


「……いつの間にか名で呼んでおるのぅ」


「真名も預けちゃった」


「お姉ちゃん打ち解けるの早すぎ!」


「で、ダメ?」


「……いきなりは無理よ。蓮華様は貴方と違って毎日激務に追われているの。

 それにあちらの同意も得ないとダメなのに……彼は良いと言っているの?」


「言ってないけど言えば来てくれるんじゃないかしら?じゃあなるべく早くお願いね?

 一刀の相手は私がするから心配はいらないわ。

 もし招待が無理なら私が魏に滞在してもいいわよ?」


そう言う雪蓮のあまりに期待に満ちた表情に、二人は同時にため息をつき、


「……前向きに検討しておく」


冥琳は静かに、そう呟くのだった。


多分何戦か戦闘は省くと思います。多分。

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