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後編

 最後は斉藤さんか。どこにいるんだろう。二人はたまたま見つかったからよかったものの、校舎はわりと広い。本来なら二人以上が鉢合わせにならないようにスタート地点が離れて指定されてるんじゃなかったっけ。一体どこをさがせば――

 不意にノイズが聞こえた。


『――おい、ちょっとマイク貸してくれ。ああ、ありがとう。えーっと亮介、聞こえてるかー?グラウンドで決闘するから今すぐ来いよー』


「あのバカ斉藤さん何してんだああああ!」


 あ、やべ。グラウンドにはギャラリー用のモニターあるんじゃなかったっけ。


 それにしても何してんだあの人。全校生徒の前で決闘とか何考えてんの……。

 俺は途方に暮れた――がぐだぐだ言ってもいられまい。やな予感しかしないが、結局やるしかないんだろう。

 非常階段を降り、長い廊下をゆっくり歩く。斉藤さんはずっとグラウンドで待つはずだ。今のうちに少しでも作戦を考えておかないと。えっと、去年は斉藤さんはどう戦ったんだろう。兄貴に聞いておけばよかったと思ったがもう遅い――そもそも出場するつもりもなかったからなぁ、朝の時点では。

 ケータイで連絡をとってみるか、と思ったが不正防止で出場前に一時預かりになってたのを思い出した。そらそうだ。ネットがあればこんなゲーム無敵だしな。


「斉藤さんの弱点ねぇ……」


 おっといけない、独り言は筒抜けなんだった――って言っても聞こえたか。斉藤さんは頭がキレるから今ので俺がどういう手を使ってくるか読めたのかもしれない。まぁ、俺がゆっくり歩いてくる時点で何を考えてるのだろうか察して、その対策もシミュレーション済みだろう。ホント怖いな、頭がキレる人を敵に回すって。不可抗力だけど。

 頭の中でできつつある霧がかったアイディアを仮定してみる。俺がコレならいけそう!って思っても、それを上回るアイディアを斉藤さんが出すわけか……勝算がないとしか言えないか。


「……」


 いっそここで諦めるか。ギブアップも一つの手段としては存在する。が、ペナルティが減るわけでもない。どうしたものか。


 ふと、堂本先輩の顔が思い浮かんだ。ああもう、何考えてるんだ俺!そんな場合じゃないだろ!


――ん?ちょっと待てよ?


 あ、いいこと思いついたかも。



 ◇ ◇ ◇



「遅かったな。……で、首尾はどうだ?」

「まぁまぁっすね。斎藤さんには悪いですけど、勝たせてもらいます」

「そうか。俺もプライドっつーのがあるからそう簡単には勝たせねぇけどな」

「まぁ勝算はあんまりないんですよね」


 歩きながらグラウンドの中央に近づく。対する斎藤さんは腕組みしたまま動かない。お互い向き合ったままのバーチャル戦になりそうだ。

 ゆっくり土を踏みしめる。さっきから視界に映るギャラリーは俺が登場した途端静まり返っている。


 なんだか調子狂うなあ。騒いでくれてたほうが落ち着くんだけど、期待の新人こと俺――ちょっと盛ったけど、三年生を二人倒した前代未聞の一年生と天才の中の天才と名高い三年生との決闘を見逃すまいとしているんだろう。一人は譲ってくれたようなものとはいえ、少しだけ気分がいい。


 作戦はあらかた練ったつもりだが、穴だらけだ。どうやって埋めようか。まず長期戦は避けるべきだろう。俺の頭じゃ長く続けば続くだけ処理落ちするだろう。疲れてきたところを連続で攻められ切り返せなくなり、あっけなく終わるのが目に見えている。とりあえずタカ戦法をもう一回使えば――


「さっきのタカは驚いたな。でもタカの天敵って知ってるか?」


――と思ったらこれだ。やっぱり対策済みか。


「へぇ、タカより生態系が上の生き物っているんです?初めて知りました」

「なら試してみるか?実演してやってもいいぞ」


 ハッタリか?いやでも先輩の罠の一つのような気もする。乗ったらどうなるのか興味はあるが、得策じゃない。


「じゃあ俺が海を召還したらどうしますか?」

「残念、ピンバッジを流そうとしても無駄だぞ。既に瞬間接着剤を精製してくっつけてある」

「じゃあアセトン溶液を精製して溶かしたら?」

「燃焼を召還して燃やすかな。そもそも化学科の俺に化学分野で俺に勝つつもりか?」


 ダメだ。突破口がみつからない。

 どうすれば――


「じゃ、俺から行くぜ」


 そう言うと斎藤さんはためらいもなくこっちへ走り出してきた。召還はしていない。いったい何をするつもりだ?


「わ、ちょ、た、タイム!」

「――塩ピ、アクリル、ポリエチレン、ポリプロピレン」


 なにを精製するつもりだ!?

 キーワードがかなり多い。強さも相当なものになるはずだ。


「――ポリスチレン、ABSよりプラスチックの剣を精製せよ」


 プラスチックか!

 斎藤さんの手が光り剣の形をしたプラスチックが精製される。切っ先が鋭いサーベルのようなものだ。

 


「ぐっ!」


 その切っ先を俺の首元――にあるピンバッジを狙って攻撃してくる。体力には自信があるが剣のリーチが長い分どうしても俺のほうが立ち回りが大きくなってしまう。しかもピンバッジを庇いながらなので結構キツい。

 くそ!ならこっちも反撃だ!


「ネコ科ヒョウ属、哺乳類、百獣の王より、ライオンを召還せよっ!」

『グォルルル!』

「いいこと教えてやるよ、GTフィールドでモノを言うのはキーワードの数だ!」


 少しは時間を稼げると思っていたのだが、ためらいもなく切りかかる辺り、あまり効果はないのかもしれない。


「悪いな。安らかに眠れ」

『グォオオオオ!』


 善戦とまではいかないが、それなりに応戦していた。だがやはり時間の問題だったようだ。

 ライオンに対して罪悪感が沸くがバーチャルだからと割り切るように脳に命令する。どうせピンバッジを取られたら消えてしまう。俺が勝たなきゃ意味がない。

 じゃあ次の手を。何だ、何がある。


「あと1分で全部終わらせる」


 生き物はダメだ――他に斎藤さんに負けない専門で何か――だけど他に生物科で扱うのは細菌くらいだ――生物から離れよう――じゃあ何がある――俺も武器を――キーワードの差で負ける――いったいどうすれば!


 目の前に斎藤さんが迫っていた。自分の勝利を微塵も疑っていない目だ。

 勝ちたい。でも切っ先はすぐそこに迫っている。

 逃げないと。でも間に合わない。

 防がないと。でもどうやって?

 スローモーションになったその動きを客観的に眺めていると頭の中に稲妻が走った。


 勝たなきゃ。


「――ッ!サブカルチャー、近代芸術よりッ!アニメ『ゆらゆらびより』主人公、遊楽 由良を召還!」

「!?」


 語句はそれっぽいものを適当に。

 キーワードが大雑把じゃアウトか?アニメを許容するとチートになるのでは?とか思ったがそこまで整備が整っていないらしい。まさか公式戦でアニメキャラを出す奴も今までいなかったのだろう。

 教科書の片隅に乗るくらいには日本アニメを評価する声というものはある。自信は五分五分だった。召還できるラインが微妙だったが前代未聞ゆえかそこはルーズだ。


「くっ!由良ちゃんをだすとは卑怯な……!」

「反撃くらいさせてくださいよ!――由良ちゃん!斎藤さんに抱き着き攻撃!」


 ギャラリーは俺が頭が狂ったと思ったのかもしれないが、斎藤さんをよく知る人ならよくやったと俺を褒めてもらいたい。

 彼は重度のオタクだ。グッズを集めるほどの大好きなキャラクターを出されて攻撃できるはずがない。時間稼ぎになるはずだ。今のうちに――


「させるか!――濃硝酸と濃塩酸より亮介のピンバッジ周囲に王水を精製せよ!」


――と思ったが甘かったようだ。


 好きなキャラが迫ってきても理性的にシャットアウトできて、なおかつ最適な判断ができる――攻撃するまではできなかったようだが――さすが天才集団の中の天才、あるいは稀代の天才と言われるだけある。

 動きを封じ込められたら、とは思っていたがやはり、対策はしてたか。しかも王水ってことはなんかやばいんじゃないか?たしか金属を溶かすやつじゃ――もしかしたら斎藤さんの奥の手なのかもしれない。


「容赦ないっすね!なんで最初からしなかったんです!?」

「ギャラリー的に面白くないからな!だがこれで終わりだ!」


 さすがにこれは防ぎようがない。襟のピンバッジを見ると周囲にふよふよと水が浮いていてピンバッジを覆っている。今すぐは溶けてないみたいだが、斎藤さんの動きが止まったところを見るに溶けるのそう時間はかからない。



 残念だなぁ。勝てると思ったのに。



「とでも言うと思ったか!――サルバドール・ダリ、"溶ける時計"より!このフィールドに『記憶の固執』を召還せよ!」


 ご存じだろうか。時計がぐにゃりと曲がっている――あれは溶けているらしい――ダリの有名な絵画を。


「ッ!油断した――堂本の入れ知恵か……!でもだからなんだって!」

「時計が溶ける、んですよ先輩!時間が消えてしまう、なかったことに――つまりピンバッジが精製される時間もなかったことになるんです!」

「!?――それならお前だってピンバッジが消える!」

「相打ち覚悟だったんですけどね!まさか"王水で溶ける時間"が先に消えるとは思いませんでした!」

「やられた……!」


『――これは驚きの展開です!ピンバッジが芸術作品を用いたフィールドによって消失!三年化学科、斎藤 透、失格!』

『続けて一年生物科、木藤 亮介のピンバッジが消失しました!――が!ルール上は他三人のを消失させた時点で終了なので!前代未聞の生物科!しかも一年生!優勝です!!』


 アナウンスがやっと耳に響く。ずっと実況していたらしいが全然耳に入らなかった。たぶん今の俺はアドレナリンがすごいことになっているはずだ。


――勝った。俺が勝ったんだ!すごくないか!?一年生で出ることになって、他は全員三年生で、今まで生物科は優勝したことなくて、それから――


「ちょっと待て!」


 興奮がさめないうちに生物科のところで胴上げされに行こうと思っていたときだった。


「そいつは専門教科どころか一般教科ですらないような召還ばっかり使っている!しかも最後にいたっては美術だ!アニメとかふざけたことをしたうえに、入れ知恵で勝ったとか許されていいのか!?」

「そうよ!もとを言えばGTフィールドは一般科目ならびに専門科目を駆使するのが目的だったはずだわ!」


 盛り上がっている――というよりは叫んでいるな――生物科をよそに、俺と斎藤さんの近くまで乗り込んで茶々を入れてくる輩がいた。進学科の榎本先輩と――女の先輩の方は知らない人だ。たぶん流れからして先輩のクラスメイト、つまり進学科だろう。


――人が盛り上がってるのに冷や麦ぶっかけるようなことしやがって。


「堂本も何があったのか知らないが肩入れするような真似はダメだろう!」


 いつの間にか堂本先輩もそばに来ていた。


「肩入れはしてない。美術に関する会話はしたけど、GTフィールドで活かす方法なんて言ってない。それは木藤君が自分で考えたこと」

「そうです!確かにダリが時計を消えればいいって思ってたとか、そういうことは教えてもらいましたが作戦に組み込んだのは俺自身です!絵自体だってもともとは知っていました!」

「だとしても生物科なのに美術でケリをつけて悔しくないの!?」


 言い返せないことはないが、言い返しただけ何かと粗を探して突いてくる。堂本先輩も冷静に庇ってくれているがだんだん面倒になってきたようだ。埒があかない。


「おい。榎本、香田」


 どうしようかと頭を高速で回転させていたとき、沈黙を貫いていた斎藤さんが鶴の一声とばかりに声をかける。するとぎゃんぎゃん言っていた先輩二人はぴたりと口を閉じた。


「エジソンの『天才は1%のひらめきがあれば99%の努力をしなくてもいい』って知ってるか?」

「知ってるが……それは『天才は1%のひらめきと99%の汗』ではないのか?」

「少し違う。まぁそっちのほうが正しいとする説もあるんだが――」

「それで?天才様は何を言いたいの?」


 この気の強い女の先輩は香田と言うらしい。斎藤さんに臆することなく突っかかる。


「1%のひらめきがなければ天才は生まれん。つまりこの中で天才とはひらめきが尽きた俺ではなく、ひらめきが勝っていた亮介であり、ひらめきが一番劣っていた――つまり凡才は榎本になる」

「なっ――!その言い方はないだろう!」

「じゃあ、お前らは何を以て亮介たちを攻撃しているんだ」

「だってそんな戦い方してたらGT――学科対抗の意味がなくなるでしょ!?」


 俺にはこの結末がなんとなく見えていた。斎藤さんの勝ちだ。


「ルールにはあれがダメだとかこれがダメだとか書いていない。悔しければ生徒会にかけあってちゃんと校則改正の手順に則って、今後のルール整備をしてもらうことだ。後出しジャンケンという言葉があるが、負けてから口を出すのは感心しない」


 いったん一呼吸置いてから斎藤さんは続ける。


「それと一年だからというのもあるかもしれないが、相手を見て勝てそうだからと糾弾するのは恥ずべきことだと思ったほうがいい。もし俺が変わったやり方をしたのなら、お前らはコイツに突っかかったように俺にも突っかかれるのか?」


 まごうことなき正論――俺が言うのもなんだが――に二人の勢いが削がれる。


「そして何度も言うが、これはひらめき――応用が効く者が勝つ。去年俺が勝ったのだってあの中では一番俺がGTフィールドを有効活用できたからだ。それが今回はこいつだった、それだけだ。嫉妬だかなんだか知らんが、小さいプライドでそれでも攻撃するつもりなら俺も容赦はしないぞ」


 策士としても名高い天才にそう言われれば引き下がるしかない。何か言いたげな顔をして二人とも自分のクラスの場所へと帰っていった。正直俺の溜飲も下がらないが――斎藤さんがこんだけ言い返してくれたんだ、追撃する必要もないだろう。


「すみません、斎藤さん。なんか庇ってもらっちゃって」

「いや、一応は可愛い後輩だからな。それにあの二人も真面目すぎるが悪いやつらではないんだ。これで頭も冷やすだろう。……亮介」

「は、はい?」

「俺もあの二人に劣らず悔しいが――それ以上に、予想外すぎて張り合いがあって、めちゃくちゃ楽しかったぞ」

「俺も、です……!」


 斎藤さんの笑顔がまぶしい。あまり表情に変化のない人だと思っていたが、俺や兄貴の前ではよく笑うことに気付く。夕日に照らされててとてもカッコイイ。 そして堂本さんも俺を見てふわりと笑った。心臓がどきりと跳ねる。


「おめでとう。面白かったよ」

「あ、ありがとうござ――」

「ほんとによー、由良ちゃん出してきたのはびっくりした!なぁ、お前もっかい出せるか!?会いたい!会って話したい!」

「うぐっ……俺もピンバッジ消えたじゃないですか!っていうか離してください!――うわっ」


 いい空気になるかと思ったが斎藤さんに体当たりをくらいそれどころではない。しかもいつの間にか生物科の連中もそばに来ていて俺をもみくちゃにし始めた。


 そのあとはご想像にお任せしよう。生物科期待の新星ともてはやされたのは言うまでもない。

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