得度の行方は
「……良し」
その夜、ラマ・ミラルパ20世は人知れず徳ジェネレータの復旧に取り組んでいた。
自身が徳エネルギーに精通する人間であることを隠すため、彼は人目につかぬこの時間帯に作業を行っているのである。
「『マニタービン』は問題なし、か」
自身の産んだ、徳カリプスの一因となった忌まわしき技術。一方でそれはこうして今、皮肉にも徳を持たぬ人々の命を繋いでいる。
「……いや」
技術そのものに、善悪は無い。と老ミラルパは思い直す。観音菩薩めいて幾つもの顔を持つのが、技術というものの本質なのだろう。
「後は徳ジェネレータ本体を稼働させれば……」
老人は傍らに安置されたソクシンブツを見やる。骨と皮ばかりになったその顔に、表情は無い。だが……このソクシンブツもまた、衆生救済を願いながら入定していったことは間違いないだろう。
「……有り難く、使わせて貰う」
そう呟き、ラマ・ミラルパ20世は徳ジェネレータの中へソクシンブツの搬入を開始する。
徳ジェネレータの内部には、曼荼羅めいた空間が広がっている。それは形而上と形而下とを繋ぐ場……即ち禅の思想に通づるところがあるためだ。
「試運転を……」
内部点検を終了した高僧が、試運転プログラムを実行するためジェネレータの内部から出ようとした、その時。
「……馬鹿な!」
徳ジェネレータの曼荼羅模様が突如光る。
「起動しているだと」
それは高齢の徹夜作業によるミスか、或いは機械の故障か定かではない。だが、事実としてジェネレータは起動していた。ソクシンブツがコロナめいた発光を纏う。
「ぐっ……」
そして、老人……ラマ・ミラルパ20世もまた。
徳ジェネレータは、生身の人間から徳エネルギーを抽出することも想定した設計だ。故にその動作そのものに危険は無い。
「……不味い」
問題があるとすれば、高僧二人分から一挙に徳エネルギーの抽出を行っているという事実。そして、それが『人々の役に立つ』という事実。
「このままでは……徳エネルギー密度が飽和し……」
老人は、徳ジェネレータから脱出しようと藻掻く。だが、慌てたことが災いし、転倒してしまう。
「あの時と……同じだ。『あの時』と」
尚もあがく老人。徳エネルギー密度が臨界を超える。
「まだ……成仏するには、早すぎるというのに!」
そして
老人とソクシンブツの周囲に蓮の花が咲き乱れ、光の柱がジェネレータを突き破り、天へと伸びる。
『強制成仏現象』。徳エネルギー密度の飽和によるアセンション。一定以上の徳を積んだ人間は、徳エネルギーと共にこの世の法則から解き放たれ仏となる。それは、嘗ての徳カリプスにおいて起こったことでもあった。
その夜。チベットの高僧、ラマ・ミラルパ20世は輪廻より解き放たれ、仏となった。