ガンジー&クーカイ
カチッ……カチッ……カチッ……カチッ……
部屋の中心で、メトロノームが揺れている。それを見つめる、椅子に腰掛けた青年。
「意外かもしれないけど、平和な世の中でも宗教の影響力は増す傾向がある。例えば江戸時代、お伊勢参りが社会現象となったみたいに。でも……多分、その時詣でた人々皆が、信心深かった訳じゃない。それでも、神仏はいつも人の心に寄り添ってきた」
青年は語る。誰に語るともなく語る。
「……だから、それは必然だったのかもしれない」
『今』から二百年前。人類は遂に、「功徳」からエネルギーを取り出すことに成功した。社会は改革され、徳という価値観の下に統一され……やがて万人か徳の高い生活を送る理想郷が完成した。
……だが、その理想郷は長くは続かなかった。『徳カリプス』。後にそう呼ばれることとなる大災禍によって、徳エネルギー文明は脆くも崩れ去った。
「徳カリプスによって社会は大打撃を受け、徳エネルギー自体も激減した。でも、それでも人類は徳エネルギーを使い続けた」
バランスの崩れた世界。そこで人々は二つに別れた。
片や狭い世界の中で、徳を積みながら生きる者達。そして……片や、自ら徳を生み出すことを諦めた者達。彼らは過去の徳の残滓を漁り、命を繋ぐ。
「これはそんな、アウトロー達の物語だ」
青年は立ち上がる。
「繰り返そう。これは『僕』の物語じゃない。『彼等』の物語だ」
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「大当たりだぞ、ガンジー!」
「やったな、クーカイ!」
ハイタッチを交わす男が二人。彼等が廃寺を掘り返して見つけたもの……それは
「……本物のソクシンブツだ」
「これで街のエネルギーも三ヶ月は安泰だ」
彼等は手を取り合って喜ぶ。一体のソクシンブツから得られる徳エネルギーは膨大である。
「……だけど、本当にいいのかよ」
何故、彼等がこのような罰当たり行為を行っているか。徳カリプス後の世界で生きるにも、徳エネルギーが必要だ。生み出せなければ、掘るしか無い。彼等は徳エネルギー採掘屋だ。
「大丈夫。大勢の命が生きていくためだ、この住職も、きっと喜んでくれる」
荒廃したこの世界で、徳を積み続けるには資質がいる。才ある者達は今日も徳を積み上げる。いつか、解脱に至るその日まで。だが、そうでない者達は?
「……まぁ慣れるもんじゃねぇがな。俺達は、こうして徳を奪うしか無い」
クーカイは続ける。彼等は、自ら徳を生み出すことを諦めた者達だ。
「俺もお前も、こんな徳の高そうな名前もらっといて、こんな生き方してるんだ。罰なら、とっくに当たる筈さ」
「まぁ……そうかもな」
『徳ネーム』……徳エネルギー社会で少しでも子弟の徳を高めようと、高僧や偉人の名前を付けることが流行った。ガンジーという名はその産物である。
「行くぞ」
「……うん」
クーカイとガンジーは、寺を後にする。寺を漁れば、他にも仏像や金品があるだろう。だが、彼等は盗賊ではない。そんなことをしても効率が悪いし、『徳が失われる』。彼等もまた、心のなかのブッダを完全に沈黙せしめた訳では無いのだ。
立ち去り際に、ガンジーはふと廃寺の庭を見た。そこには、恐らく見事な枯山水だったであろう、雑草だらけの岩と砂の山だけがあった。
「……諸行無常、か」
侘び寂びは解せずとも、それが嘗てのこの寺の住職の徳を偲ばせる。
尤も、彼等は偵察ドローンの観測でこの枯山水の痕跡を発見し、寺に狙いを定めたのだが。
「車出すぞ」
「今行くって」
二人と即身仏を載せ、車は走り出す……今も危機に瀕している、彼等の街へ向けて。
「……なぁ」
車中、ハンドルを握るクーカイにガンジーは尋ねる。
「徳ってなんだろうな」
「そんなもん、俺達にわかるわけねぇだろ」