第一話 エイシェント・ユニバース・オンライン
急に雨が降ってきた。生憎傘を持ってきてはいなかった。遠くで雷が鳴っている。だが雨が止むまで待っている余裕など彼にはなかった。だから走る。雨の中を。
「今日はスキル経験値2倍の日だ。うまくいけば超古代スキル関連がLank5まであがるはずだ。あんなホームルームなんかで時間取られるなんて! 全くツイてないぜ!」
彼は雨など気にもせず走り続ける。一体何が彼をそこまで駆り立てているのだろうか。それは彼が今夢中になっている、その名も『エイシェント・ユニバース・オンライン』と言われるVRMMOと呼ばれるジャンルのゲームであった。
雷雨の中走っているのは古城勇也、17歳の高校二年生である。もともと彼はゲームなどやるような人間ではなく、野球に燃える熱血スポ根少年であった。彼の性格は一言で言うと凝り性であり、徹底的に体を鍛え、中学3年生で140kmの直球を投げられる程に野球に熱中していた。もちろんそれだけの逸材でもある。大会で決勝までいき、そして……、彼の肘は崩壊した。
無理をして投げ続けようとしたのが原因であった。もともと痛みは3年に進級したぐらいからは感じていた。だが健康な人間がスポーツをすれば、感じるのはまず疲労である。そう思い続けて勇也は自分を偽り、無理を重ねてきたのである。彼の肘が崩壊するのは当然ともいえた。
そこまで熱中していた野球を怪我で取り上げられ、ましてや部活は引退の時期でもある。灰色に不完全燃焼した勇也は、数ヶ月は呆けている状態だった。ただ、彼は部活に熱中していたので家では勉強はせず、勉強は授業中に終わらせる生活を重ねていたため、授業の成績は悪くなかったのが幸いした。近所の普通の高校に推薦が決まったのである。おかげで受験勉強から早々に解放され、同じ推薦組みの友人から、この『エイシェント・ユニバース・オンライン』に誘われ、どっぷりと嵌ってしまったのが始まりであった。
この『エイシェント・ユニバース・オンライン』とはどのようなゲームかというと、”超古代の文明を復活させながら、魔獣を倒して、最終的に世界を救おう”といったRPGである。友人に誘われた勇也は、最初は軽い気持ちで生産キャラを作った。友人がサポートして欲しいと言っていたため、単純に生産キャラを作っただけである。しかし、細部まで造りこまれたゲームの世界や、勇也持ち前の凝り性の性格が災い? して、友人があまりのマゾさにゲームから遠のいても、彼は現在まで続けていた。
それからソロでプレイを続けるためにキャラの2人目を作成したのだ。俗に言う『2アカ』キャラである。しかも、2アカキャラのためにPCを新調する徹底振りであり、勇也の入れ込み具合がわかると言うものであろう。
こうして勇也は『戦闘特化キャラ』と『生産、通訳キャラ』の二つのアカウントを持った『2アカソロプレイヤー』となるのであった。ちなみに新しく作った戦闘キャラは女性キャラにし、今までの生産キャラのパートナーにしている。
理由はこの『エイシェント・ユニバース・オンライン』ではパートナー制が採用されており、パートナーが生産したアイテムは購入品よりも1.1倍の効果があるためであった。ソロで”ワイバーン”を倒すほどの猛者な彼女は、名前を”コシロ”と言った。単純に苗字をつけたのである。
そして本来の1stキャラである生産特化キャラ、こちらを”ユーヤ”と名づけている。二人合わせて”コシロ・ユーヤ”。彼の本名である。その彼の分身ともいうべき二人のキャラは、徹底的に鍛え上げられた。運営開始から3ヶ月で”生産がとにかくマゾい!”がキャッチコピーとなった、この『エイシェント・ユニバース・オンライン』(略してエイユニ)は勇也にとってはやりがいのあるものであり、時間をかけて、ひとつひとつスキルをマスターにランクアップさせていった。もちろん必要な素材は戦闘キャラで取っていたため、戦闘キャラの成長もすごいことになっており、その結果として、勇也の持つ二つのキャラはエイユニの世界では有名になっている。
その『エイシェント・ユニバース・オンライン』の”マゾさ”の説明をすると、実は戦闘関連のスキル上げについてはさほどマゾい訳ではない。剣技や魔法などはどんな魔獣であれ、自身の熟練なのだから勝手に上がってくれる。しかし、生産関係はそうは行かず、それぞれのランクに見合ったものを生産しないと熟練度が上がらない。そこが『マゾい』と呼ばれる所以である。一応運営はイベントなどで『経験値2倍』など救済措置を取ってはいるが、素材がないと意味が無く、素材を取るためには戦闘をこなさないといけないため、どうしても中途半端になってしまうのだ。当然高ランクの生産アイテムの素材は、高レベルの魔獣を倒さなければならないため、スキル枠の関係ですべての生産スキルを取ることは難しい。
そもそもMMOなので、友人と一緒に補い合っていけば普通にクリアできるため、正直勇也みたいなアカウントを増やしてまできっちりとキャラ分けしている人間は少ない。いることはいるのだが、あまりにマゾいため結構な人数が挫折しているのが現状である。
なぜ勇也はそこまでして生産キャラを作り上げたのだろうか、実は単純に性格的な問題からである。超古代スキルを習得するためには、『全言語マスター』、『全生産スキルマスター』、『全知識マスター』の3つが条件であるが、勇也はそれを成し遂げた。そして超古代のスキルを習得したのであるが、今度はそのスキルのランクアップが目標になり、引くに引けなくなったのである。
ちなみに超古代スキルのランクアップ条件は、『超古代のランクに見合ったアイテムを含め、生産物を”全て”指定倉庫に納品すること』である。すなわち、今まで生産した全アイテム+超古代の現ランクに見合ったアイテムの生産をし、それを指定の倉庫に納品しなければならないのだ。1ランクアップさせるたびに全アイテム生産し、プラス超古代アイテムもである。この作業を敬遠する人が多いのも当然と言えよう。
今日はその『エイシェント・ユニバース・オンライン』の特別なイベント日であるため、勇也は雷雨の中をひたすら走っているのである。
信号を渡り、走り続けると、ようやく見慣れた屋根が見えてくる。
もともと勇也自身も鍛えに鍛えた身体である。勇也は走って家に着いた時には息も乱していなかった。タオルで頭を拭いただけで着替えもせず、服を濡らしたままですぐにログインする。そして地道にスキル上げすること1時間ほど経ったころ、勇也が歓声を上げる。
「やった! ようやく超古代スキルがlank5まであがった。長い道のりだったぜ……」
そうして勇也が『うーん』と背伸びをし、庭の杉の木を目にした瞬間、彼の身に運命の一撃が舞い降りる。轟音と共にその杉の木に雷が落ち、スパークしながら杉をズタズタに引き裂き、勇也を巻き込んだのである。
「ぬぐわあああああああぁーーーっ!」
勇也は落雷により意識を切断される瞬間、間の抜けたような声で、
「――いってらっしゃ~い」
と言われた気がした……。
まずは10万文字数を目指してがんばります。