角砂糖のアソート4/4「カフェオレと角砂糖」
私は一人でカウンター席に座ってコーヒーを飲んでいた。ここは思い出の場所だ。いまだにそんな思い出のある場所に浸り続けている自分が恥ずかしい。マスターは静かに食器を洗っている。知らないおしゃれな音楽がずっと流れている。相変わらず居心地のいい場所だ。
私はコーヒーを飲み終えて、もう一杯お代りすることにした。マスターがブラックコーヒーと、それとは別にカフェオレを出してきた。私はマスターの意図が分かった。マスターの方に顔を向けると、マスターは静かに語りだした。
「…今日はいつもの女の方は来てないんですね、とてもじゃないけど別れるような様子は見えませんでしたけど」
そんな風に思われているとは、恥ずかしいものだ。表では出さないようにしていたのだが。
「いえ、少し事故に会いまして」
私はブラックコーヒーを一口飲んだ。
「死んでしまったんです。車に轢かれて。だからもう、一緒に来ることはできないんです」
マスターは静かに話を聞いていた。私は涙を流していた。店には私以外に誰もいなかった。マスターと泣く私、柱時計の病身を刻む音と、私の鼻水をすする情けない音以外は何もしない空間だった。
するとその静寂を破るように、ドアが開いた。ドアを開けて入ってきた人を見て驚いた。彼女だった。私は何も言えなかった。ただ手に持ったグラスを落としてしまった。
「…手紙を送ってくれた方はあなたですか?」
「はい、そうです」
マスターはそう答える。
「…酷く頭を打ったそうですね」
「はい、そのせいでショック性の記憶喪失になってしまいまして」
「それじゃ、ここに通っていたことも覚えてないですか?」
「はい、ただここはなつかしい気がします」
マスターはそう言いながら、角砂糖をカフェオレに2つ入れ、そのまま角砂糖を一つ彼女に差し出した。
「食べてみてください」
「…あ、なんかこれはすごく記憶にあります。ここの角砂糖、わざわざコーヒーの味が少しついているんですよね」
彼女は角砂糖を一つ食べた。そうだ。彼女はいつも一個だけこうして食べていた。そしてカフェオレにも二個、角砂糖を入れていた。
「あなたはこうしている時に、隣に誰かが居たのを覚えていませんか?」
「…」
「あなたの隣でブラックコーヒーを飲んでいた人を覚えてはいませんか?」
自分の席の方を見てみると、そこには先ほど落としたはずのブラックコーヒーが置いてあった。そして彼女は泣き出した。
「…私を庇って死んだ人……私の好きな人…でしたね…そうです…私の好きな人と私はよくここにきてました。角砂糖を入れる私を少し馬鹿にしながら、いつも楽しく話していたと思います。ですけど、彼も激しく頭を打って…そのまま…」
彼女の話を聞いて私は初めて自分の死を理解した。そうか。さっきまでの彼女と一緒で、私も記憶喪失になっていたのか。私は彼女にそっと抱き付いた。ずっとさみしかったがようやく会うことができた。コーヒーのやさしい匂いがただ、部屋を満たしていた。
2015年度漫画研究会合同誌秋部誌に提出した作品です。
4つの短編を提出しました。
「カフェオレと角砂糖」
元々「ゴーストライター」というタイトルで考えていた話。「ゴーストライター」を書くのを諦めて「沈む塔」を書きました。記憶喪失の男が家族を探すために取材をするが、男は幽霊だったという話だったのですが、分かりにくい気がしたので「沈む塔」のような形になりました。ゴーストライターも、そのネタをつかって書いたこれも結構気に入っているのでこれもまた書き直したいお話。