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4.好き (童話風な物語・ファンタジー)

「ちょっと行ってくる。夕方には帰ってくるから」

 そんな言葉を残して、レイクが宿を後にしたのは、まだ日が昇る前のこと。

 散歩にでも行くかのような言い方は、彼らしいといえばそうなのだけれど、少しばかり能天気すぎる気もするわ。

 私が心配しないように気を遣っているのか、ただ純粋に、自分にとって未知の領域に入り込めることを喜んでいるのか。

 これまでの態度を見ていると、後者だと思うのだけれど。

 時々、優しい態度を見せるから、わからなくなる。

 もしかしたら、私が思う以上の好意を持ってくれているのかもしれないって。

 そんな妙な錯覚をしてしまうのよ、最近。

 


 事の起こりは、数日前。

 私の生まれ故郷の北にある、それなりに大きな街にやってきたのが始まりだったわ。

 噂で聞いたお宝の情報を集めるために立ち寄っただけで、情況次第では長居をする予定などなかったの。

 レイクは何度かこの街を訪れたことがあるらしく、知り合いが幾人かいたわ。その人たちや、街の人たちに、二人でいろいろあたってみたのだけれど、あまり有益は話も聞けなかった。

 今回の情報ははずれかもしれない。

 そう思い始めた時よ、レイクの知り合いの男が、魔物退治なんていう厄介な頼みごとを持ってきたのは。

 この街の近くには古い鉱山があって、随分前から放置されたままだったらしいの。そこに最近、凶悪な魔物が住みつき人を襲っているので、それを退治するのを手伝ってほしいという依頼。

 街の自警団だけでは心もとないので、腕っ節の強そうな人間を集めていたところらしいの。

 断るのかと思っていたら、あっさりとレイクは承諾したわ。

 随分なお人よしぶりだけど、レイクと男は親しそうだったし、引き受けたのは仕方ないことだとは思うの。

 例え、それがレイクの本来の仕事である宝探しとはあまり関係のないとしてもね。

 そういうわけで、レイクは朝早くから鉱山へ行ってしまったの。

 私は当然のように留守番。

 宝探しにしても、魔物退治にしても、私が役立つことはない。足手まといになるだろうって自覚もある。だから、付いて行きたいとさえ思わない。

 私とレイクでは、鍛え方が違うもの。剣を握ったことがないとは言わないけど、小さな魔物さえ相手にできないと思うわ。

 薄暗い洞窟や、得体の知れないものが巣食う場所で、危険を回避して行動するなどという器用なことも、私には出来ないしね。

 だけど、そのことと、こうやって一人で彼を待つことは別。

 退屈だし、心配だし、なんだかいらいらするわ。

 こんなのって、やっぱり変よ。

 


 そして、何回目かわからない溜息が、私の口からこぼれ出る。 

 今はもう、宵闇だ。

 外は静かで、大勢行ったはずの魔物退治の一行が帰ってくる気配もない。

 てこずっているのか、何か問題が起こったのか、それはわからないけれど、少し時間がかかりすぎのような気がするわ。

 ほら、また溜息が出た。

 100年ほど城に閉じ込められていた時でさえ、これほど不安になったりしなかった気がする。退屈ではあったけど、それなりに楽しんでいたから。

 けれど、レイクに会ってから、何もかもが以前と違ってきている。

 知り合ってからの時間はそれほど長くはない。なんとなく一緒に行動しているだけであって、恋人同士でもなんでもない。

 どちらかに何か理由が出来れば、明日には別々の道を歩いていくかもしれない間柄。

 頭ではそう理解しているはずなのに、感情的な部分で納得していない。

 落ち着かないのよ。

「レイクのことが気になるのかい?」

 突然の声に、私は我に返る。

 考え事に没頭しすぎていて、人が近づく気配がわからなかった。

 立っていたのは、宿屋に隣接する酒場の主人。

 昼から夕方にかけては、簡単な食事やお茶を出してくれるので、暇をつぶすために、私はここにいたのだ。

「ごめんなさい、長居し過ぎたかしら」

 そういえば、私がここに入った時は、まだ日も高かったはず。

 お茶と焼き菓子程度で、かなり長い間ここにいたわけだから、営業妨害ととられてもしかたないだろう。

「いやいや、幾らいてくれても構わないんだよ。レイクを待ってるんだろ?」

「……そうね」

「あいつは少々無鉄砲なところがあるからなあ。心配だろう」

「別に」

 素っ気無く言ったのに、レイクとは顔なじみだという主人は気を悪くした様子はなかった。

「悪運だけは強いから、そのうち帰ってくるよ」

 確かに、運だけはいいような気がする。しばらく一緒にいた私がそう思うくらいだから、間違いない。

 それに、言動は軽いけれど、一度口にしたことは、大抵守ってくれている。どんなに無茶なことでもね。

「そうね、帰ってくるといったんだもの。信じることにするわ」

「それがいい」

 おかわりを持ってこようかと言ってくれる主人に、私は首を振る。いつまでも、彼の好意に甘えているわけにもいかない。 

「ごちそうさま」

 私はそう告げると、店の外へ足を向けた。



 日が落ちるのは早い。

 宿の外に出ると、辺りは真っ暗だった。

 今日は月も出ていないから、ぽつぽつと立つ家から漏れる明かりだけでは、通りの向こうはよく見えない。

 本当に無事に帰ってくるのかしら。

 そもそも、こんなところで待っている私を彼はどう思うのだろう。

 変に思うんじゃないかしら、と余計なことを考えてしまう。

「……帰ろうかしら」

 私たちが泊まっている宿屋は、酒場のすぐ隣。

 別に、ここで待っている必要性などないはずだし、レイクだってそんなこと気にしないはず。むしろ、いつ帰るかわからないから、さっさと寝ていてもらった方がいいと言うだろう。なのに、この場所でぐずぐずしてしまうのよ。

 もう少し。

 あと、ほんの少しだけ待って、それでもレイクが戻ってこなかったら。

 そうすれば帰ればいい。

 自分でも、妙な理屈をつけているとわかっていたから、また私は溜息をついてしまった。

 もしかしたら。

 私は、レイクのことが好きなのかもしれない。

 嫌いじゃないのは、わかっているのよ。一緒にいて退屈しないし、面白いし。今まで知り合いに、宝探し屋なんていなかったから、いろいろ新鮮な体験が出来て楽しいし。

 ただ、自分でもはっきりしないの。

 それは、友人としての気持ちなのか、

 少しくらいは恋愛感情が混じっているのか。

 もう少し側にいれば、この感情の答えがわかるのかしらね。



 ふと、空気が揺らいだような気がした。同時に、微かに土を踏みしめる音がする。

 誰かがこちらに向かって歩いてきている。

 レイクなのだろうか。それとも酒場に用事がある他の誰かなのかしら。

 大勢でいったはずだから、一人らしいその誰かが、レイクの可能性は低いとは思うのだけど。

 わずかな期待を込めて、私は目を凝らす。

 こちらから相手はよく見えないけれど、向こうからは私が誰だかはわかると思うの。

宿屋の灯りを背にして立っているわけだしね。

 レイクだったら、何か反応があるはず。

 そう思ったのは、間違いではなかった。

「リラ?」

 ちょっとだけ困ったような、咎めるような、いつもとは違うレイクの声が聞こえた。

「リラ、何してんだ。幾らなんでもこんな時間に外にいるのは危ないだろ」

 足早に駆け寄ってくる。

 すぐに、宿から漏れる灯りで、レイクの姿は顕になった。

 無事だったことにほっとすると同時に、彼の姿に顔をしかめる。

 髪は汗と泥と得体の知れない何かで、白くてごわごわになっているし、服からは嫌な匂いがただよってきていた。

 魔物相手に苦戦したのかもしれない。

 何か言葉をかけようとして、戸惑う。

 ここはやはりお帰りなさいというべきなのかしら。

 それとも、無事だったことを喜んだり、心配していたと告げるべきなのか。

 私は、こんな時に言う言葉を思いつけなくて、小さく溜息をついた。

「遅いわ」

 結局、口から出たのはそれだけ。

 可愛げの欠片もないってわかってるつもり。

「あー、わりぃな。ちょっと時間かかっちまって。心配かけたな」

 心配なんてしていない。

 だから、そんな嬉しそうな顔をしないで。

「ま、どこも怪我せずに、無事帰ってこられたんだから、俺って運がいいよな」

「……でも、匂うわ」

 腐臭と血の匂いと汗の匂いとで、鼻がどうにかなってしまいそう。

 あまり近づきたくない感じね。

「あー、魔物の体液とか浴びちまったからなあ。風呂はいりてー」

「……でも、よかったわ。レイクが無事で」

「え? ええ? えええ?」

 何をそんなに驚いているのかしら。

 そういえば、私の故郷でも、同じような顔を見たような気がする。

 私が、レイクが一緒でよかったって言った時よ。

「えーと、その。言ってもいいか」

「どうぞ」

 何が言いたいのかよくわからなくて、とりあえずそう言ってみたわ。

 くだらないことだったら、無視するつもりよ。

「その、なんだ。少しは俺のことを心配してくれたりとか、気にかけてくれたりとか、あー……俺に好意を持っていたりするとか……。そういうのが、あったりするのかなーと」

 何を言い出すのかしら、この男は。

 嫌いだったら、心配なんてしないし、待ったりしない。

 ……ああ。そうか。

 レイクが言っているのは、そういう意味の好意とは少し違うのかもしれない。

 もっと恋愛感情に近い『好き』

 それが私にあるのかどうかが、気になるのだ。

 変、よ。

 最初は、恋愛感情なんて関係なかったくせに。退屈しのぎで、毛色の変わった女性を口説いてみただけのくせに。

 それとも、最初から、少しは私自身に興味があったのかしら。

 わからない。

 わからないけれど、今のレイクが、私を『嫌い』じゃないだろうというのは、わかった気がした。

 本当に、こういうときだけ、ややこしくて難しい態度をとるのね。人のことは言えないけれど。

「莫迦ね。嫌いな相手と一緒にいるほど、私は我慢強くないのよ」

「そっかー。そうだよな。うん、よかったよかった」

 あんまりレイクが嬉しそうだったので、私も釣られて笑ってしまった。

 考えてみれば、彼と旅をはじめてから、笑うことも多くなった気がする。

 もしかして、捕まったのは、私の方なのかしら。

 この、お宝のことしか頭にない男に。



 その夜のことだ。

 ベッドの中で、明日からの予定をどうするかと聞いた私に、レイクはにんまりと笑ってみせた。

「そうそう、あの鉱山の奥さ、天然の洞窟と繋がってるみたいで。なにやらお宝の匂いがするんだぜ」

 許可はもらったし、明日からまた潜ってみるかな、と言い出すレイクに、私は呆れてしまった。

 本当に頭の中には、お宝のことしかないのかしら。

 そもそも、宝探しって、それほどまでに心惹かれることなのか、私にはよくわからない。

 レイクがとても楽しそうにしていて、それを見ているのは面白いから、私はいいけれど。

 そうね、たまには付き合ってみるのもいいかもしれない。

 楽しいのかどうかは、その時考えればいいことだ。

 もちろん、生身の体だと足手まといになるだろうから、小さな何かの生き物に意識を飛ばしてついていけばいいし。

 私は、思いついたことを口にしようとして、考えた。

 レイクはどう思うだろう。

 あきれるのか、喜ぶのか、心配するのか、嫌がるのか。

 どれもありそうな気がしてくるから、不思議よ。


 ねえ、レイク。

 あなたはどんな答えを返してくれるの?

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