第007話_昏睡晩夏、不思議生物
色々、台詞追加にしました。
――あれから、3日ほど時間がたっていた。
初の魔術行使は、多大な無茶と意地によってなしえたが、それなりにリバウンドで寝込むこととなった。
魔力変換の際に、容量の調整すら覚えのない未熟者が、やった無茶は体に中毒となって残ったらしい。
魔術を使うということは魔素を人間の体で魔力へと精製する必要がある。
『空間に介在する魔素』→『人が変換』→『魔力での術の機動』
この際の魔力変換の調整がうまくいかないと余分な魔素を体に取り込んで中毒として残留してしまう恐れがある。
一概に毒といえるかどうかも定かでない。俺自身の情報の少ない事柄だから、書物をかじって得た知識のみだ。
魔力を貯蔵できない事が、ヒト族の特徴の一つらしい。
つまり、ゲームの世界で言うMPがないと言う事だ。
その場その場で魔力へと変換し、術に充てる。
簡単に言うなら、変換機できるが、貯蔵できる場所がないという不便さがあると言うことだ。
それにも限界があり、人一人には一人分の変換で一杯で精製しえる許容範囲。
それ以上は体に害悪にしかならず、下手をすれば魔物として生きる羽目にもなってしまうという。
これから推測できるのは、魔素はヒト族が本来扱えない力をヒト族が使えるようにしてしまった事への弊害だということだ。
それ故に、本来、魔術師にはストッパーの役割として、水晶石で己が限界を計測することにしているという。
水晶石が持ち主の内在魔力を計測できる故の安全策。
そうと知っていれば持ち合わせなかった自分の落ち度もあるが別の手段を考えるなり講じたように思う。
結局、あのあとはルディアに引っ張り出されるまで体を動かすことができず、CP内で気を失ったらしい。
横抱き(お姫様抱っこ)にして医務室まで運ばれるという屈辱を味わった。
普段から女と間違える人がいるというのに使用人がいようとお構い無しの早朝にだ。
若干の仕返しはできた分はマシかと思い直すことにして
すがすがしい睡眠を貪ろうとしたが、
『それ』は唐突に現れた。
「やぁ、おはようウツミくん。」
自然と声がした方に顔は向いた。そこには開いた窓枠に座る猫の姿があった。
毛並みのいい真っ黒いチェシャ猫。
早朝から不思議の世界へと案内してくれたが、ウサギではないことから正気に戻った。
「聞こえてるかい? 声帯はちゃんと人間にしてあるんだけど」
少なからず小説を前世で読んだ覚えがあるから、そういう展開もあるのかとも思った。
しかし、趣味が先行して思慮外に追いやったごみの中に今はそれがあると思われた。
引っ張り出してどうにか現状を認識せばいけないだろう。
冷や汗を欠きながら、どうにか混乱する頭でそういう生物だと認識することにした。
器用に口パクで俺に話しているが、二足歩行を開始したときは勘弁してくれとファンタジー世界を呪った。
ここでは、どうやら常識が通用しないと諦めてることにした。
「君が自意識を混濁させていたことと限定的な空間のせいで、探知するのに時間が掛かったんだ。」
シーツの上を器用に歩き、俺の目前にそれは来た。
俺の膝に軽く座り、器用に足組までしている。
何の飾り気もない黒のチェシャ猫は、手を俺に向けて「ボ」っと小さな火を出した。
いつ取り出したのか、右手にある長いキセルのようなものの先端に火をかざしそれを口に含んで一腹した。
プハー。と人間のように煙を出し、鋭くとがった瞳孔を俺に向ける。
この動物が作り出した空間は、異世界においても不可思議だったが、自然とコイツが俺に用があることはわかった。
「ぼくの名前は、エルヴィンという。……魔法使いさ」
と名乗ったことで、ルナル自身考えることを手放そうかと思った。
不思議生物かと思えば魔法使いと揶揄され、認識が混沌とし始めていた。
いつからか侵食する世界は一方的なモノになりつつあるらしい。
私は機嫌が悪かった。
計画通り、自粛させる意味での騎士の搭乗は、計らずもあいつの力を浮き彫りにしたといえるだろう。
魔術を下地もなしに使うことのできる人間なんて魔法使いくらいのものだ。
が、そんな奴が歴代先祖にいないのは知っているため、魔術を使ったという事実しか残らない。
あの場合、コアがショートしてなければ、確実に魔力が暴走していた。
魔動機関とは増幅器も兼ねている。
精製魔力が過剰であれば、魔動式起動に必要のない余剰分の魔力がどこに行くのかなんて、そんなモノはコップから溢れる水と同じだ。
それだけの容量を一瞬で精製でき明らかに、オーバーロードさせるほどの魔力
魔動騎士は、ルナにカスタマイズされているからCP調整は自動で行われるはずだ。
それで、ショートしたのだから、私以上に魔術適正があるのは疑いようはない。
ルナは一人悩みぬいたが、答えが出ず、唯一、打開策をとる事にした。
「お前には、魔術訓練と戦闘訓練を受けてもらうぞ ルナル。」
1人愚痴り、呟いたのはアレを認めようと言う決断だった。
安全弁と、一つは身にあわぬ力を持つなら使い方を覚えさせ、然るべき戦を経験させねばならない。
あの息子は、頭の回りが奇妙なほどいいからそれを察知することは極力避け計画を進めねばならない。
それ故、下手な工作ではだめだ。
今は箱庭という檻がついているうちに実践で戦えるほどの能力に押し上げ、来るべき時のための土台を作り上げねばならない。
そのために地獄を彷徨ってもらうこと請け合いだが、今本人が承諾すれば、坂道下り真っ逆様の地獄逝きの訓練を受けてもらおうと心に決めた。
これぞ至上の親心であり、対策だ。
ルナは頷かんばかりの強気な姿勢であったが、この三日ほとんど睡眠をとっていない。
息子が目覚めないことを理由にするかそれとも状況を楽しみたいからかは分からない。
息子の着替えを取り替えたり、
可愛い寝顔を見ながら膝枕したり、
綺麗な髪を整えて化粧を施したり、
とこの三日は好き放題の人形にされていたとはルナル自身記憶にないだろう。
そうして、特別訓練を受けさせるかどうかを考えながら着替えと洗面用具を持って、病室の前までいつの間にか来ていたが、知らない女の声と、息子の声が切迫したような緊張感を持って伝わってきた。
「つまり、お前は俺を連れにきたと?」
変わらぬ姿勢でなおも俺の視界の中央にい続ける不可思議生物。
魔法使いを自称し、そして俺をつれるために来たとこの猫は言う。
「そうそう、魔法使いになれる逸材ほど貴重なものはない」
変わらぬ口調で判らないことを言うエルヴェン。
処理しきれない出来事は、自然と口を着いて出ることとなった。
「魔法使い?」
書庫の蔵書に1つ記述があった。
『魔法使いは魔術師の天敵だ。』
『アレにかかわってはならない魔術の全ては魔法に劣る。存在すらもかすむ。人は魔法使いに勝てはしない。』
ある老人の苦汁を舐めた一説があった。
だからと言って、鵜呑みにできるほど俺はこの世界を知らない。
魔術行使ですらこの体たらくで、魔法などと俺には口にすらできる事柄ではない。
だが、未知の理に興味が弾むのも否定できない。
不思議生物の言葉に自然と乗せられそうになっている思考を首を振って否定する。
この不思議生物は先ほど何といっただろうか?
「それにウツミだと?」
この世界において知り様のない情報だ。
「おやおや、気づいたかい」
転生という理すら網羅しているのかと自然と警戒が強くなる。
だとすれば、あの巨人にも魔法使いがかかわっているのかと疑心は強まるばかりだった。
「ふむふむ、警戒しているね?何もおかしいことはない……。この世界は魔法使いという存在がどれだけ不明瞭で支配しにくい存在かを未だに理解していない。」
「その喋り方、地じゃないだろう?人を理解したように他人の心情を察する物言いは酷くムカツク」
視線は嫌悪極まりない位にエルヴィンを睨んでいた。
エルヴィン自身、気にした様子も見せないが、実際、猫の様子をどう判断するかも人間基準でしかない。
「これは手厳しい。フフフ、仕方ないさ…。魔法使いとは心で魔を感じるものを言うからね。」
器用にキセルをまわして、煙が円を作る。
目の前に浮かぶ円を猫の手が指し示す。
「円は循環を表し、途切れのないサイクルを作り出す。」
「円周率か何かでも聞きたいのか?」
「違うさ、一つの結実であり同時に揺るがない法」
「……円に、循環?」
「それが、魔法使いなのさ」
意味のわからないことを言う。
循環とは法則に則った、システムのことを言う。
昔は肉は土に、魂なんて信じず脳が停止すれば瓦解する装置くらいの認識だったが、今は輪廻という理を体感し、ほしくもない経験がある。
それが魔法使いといったいどう関係するのか、循環という意味合いに俺はどうしても答えを出せない。
それを知る知識、情報もないからどうとも言えないのが現状、そこから一方的に与えられる情報に一切の価値はないとは思っていた。
このエルヴィンが状況を把握しながらも、悪意を持って俺を玩具にしていることはその表情を見れば明らかだ。
猫の顔で大きい口を曲げる醜い笑顔は、とても親切心から来たものには見えない。
「お前が何を言おうと、俺は知らない興味もない。」
静かに断言し、切って捨てる。
遊ばれて溜まるものかとこれに気を許してはいけないと強く感じる。
エルヴィンは目を細くし、笑うように言った。
「大嘘だよっ君は無視できないさ……ルナルくん君は全てにおいて「籠の鳥」憐れな道化を演じる役者そのものだからね」
部屋の前で息を飲む者がいた。
不可思議な存在を目に入れても、その豪胆さは揺るがないがその理由があれば変わるものも在る。
この屋敷の主であり、息子を溺愛する母はただ、異様な冷たさをもって、耳にする声に警戒を強めた。
エルヴィンの語る言葉は、ある事柄を浮き彫りにする単語があったのだから…