第004話_箱庭の崩壊、暴走姫
色々展開考え中。設定は昔作ったモノをベースに
書庫を出て、ひとまず母上のところへ向かう。
豪かな作りの家ではあるのだが、この屋敷は存外に広すぎた。
最上階の寝室は一階にある図書からは少し遠く、といっても時間にして三分ほどだ。
早足で向かう途中、ある女性の声が声高に響いてきた。
有体に言えば、母は10人ばかりを跪かせ、指揮棒片手に号令を出していた。
「いいか、お前たちこの作戦の失敗は死で償うものと思え」
「「「サー・イエッサー」」」
軍隊指揮官さながらの統率の取れた返事を我が家の警備兵たちは返していた。
ここで軍服を着用していれば、それは似合う指揮官がいただろうこと請け合いだった。
あきれ半分で、イブニングドレスを着た漆黒の長髪の女性は、今にも率いそうな勢いだが、止めるべく声をかけた。
「母上」
振り返った母は、いつもどおりの黒い髪と赤い瞳を俺に向けた。
「ルナルッ」
ガシッと体が抱きしめられた。
はっきり言えば捕獲されたと言ったほうがいいのかもしれないが、長時間書庫にこもって連絡もよこさなければ、この母のことだ、何をしでかすのか大方見当はついていた。
片手で散るように家人たちに即すと、散るようにその場から去っていく。
皆救われた表情をしている所は少し恨めしい。
意を決して切替えて、母の相手をせねばならないと安心させるためになだめるように言った。
「どうされた母上、私はここにいます。」
「心配したよルナル、父なき上にお前までいなくなったら…」
解ってはいた。この寂しがりの母は暴走すると昔いた軍隊のころに逆戻りすると言う現象がたびたび起こる。
そのたびに警備兵、執事、メイドが尖兵として借り出される仕組みに作り上げられたが、なぜそうなったかは、軍隊式の調教を母が執り行ったことにあるのだが、それを語れば、母の人間性を疑いたくなるので語れない。
「どこに行っていたの」
母は逐一、俺の位置を知っておきたいらしい。
何か隠していることがあるのではと、疑いを持たないのも不自然だったが、ただ一人のこの世界での肉親を疑うことなどできはしない。
それゆえか、言葉は正直に事実だけを伝えた。
「書庫だよ。母上」
母は軽く頭をなでて、諭すようにいった。
「できれば、どこにいくか位は言ってほしわ」
「すまない母上」
機嫌を直したのか、いつも通りべたべたして来るのは正直うっとおしい。
「そう言えば母上、なぜ書庫にはあんなにも魔動騎士や魔術に関連した書物が多かったのだろう?」
言いえて妙だった。
確かに公爵と言う地位を考えれば、資料として蔵書している可能性もなくはない。
しかし、設計関連の発注書まであの書庫にはあったのだ。
それも、軍役のものが日常的にあの場所を使っていたかのようにだ。
「…ああ、あれは昔の私が軍役についていたときのものよ」
言葉を濁して、母は言った。
僅かながら予想はしていた。
この世界の父がどんな人物だったかは知らないが、母は明らかに軍人だ。トリップしたときの様相がそのままだから断言できる。
思案顔のルナルの額を指先でつついて母は言った。
「私はね、魔術兵団の長だったの。」
一瞬何のことかわからないことを母は言った。
驚く息子をやんわりと見つめながら母は語った。
「魔術兵団は面目上は王立騎士と格は同じなのだけれどね、貴族の義務ってあるじゃない?一族のものは例え王族であろうと戦場の旗頭でなければならぬっていう面倒くさい約定があるのよ。」
「でもそこで貴方の父上、シュバルツに会ったのよ。それでね………」
頬染めて少し惚気ているさまははじめてみた。
これがルナルとしてこの世界に生んだ母で、俺にとっては初めての母になる人だった。
自分の容姿は母譲りで漆黒の長髪と赤い瞳に白い肌が特徴的なヒト種。
この世界の成り立ちまでは書庫で獲ることの出来るものは少ない。
だが、この世界には、
・ヒト種
・獣種
・長命種
・竜種
四種族が存在していることが解った。
ヒト種は、身体的特徴が、ほぼもとの世界の人型と同一だった。
肌の違い、瞳の色、髪の色などは様々だが、基本的には普通の人間と言っても差し支えない。
前の世界の違いとして魔術や錬金術などややファンタジーてきなものが入る所だろう。
他の種族はまだお目にかかったことがないのでなんともいえないが、外見には違う特徴があるらしい。
そして俺にはそれらしい特徴は見られないと言う事は完全にヒト族なのだろう。
他の違いがあれば面白いとも思ったが、ヒト種であったことに今は安心している。
「シュバルツって王位敬称第三位だったのよね。」
聞き流していたのろけ話は続いてるらしく、またもさりげなく馬鹿発言があった。
突拍子もない発言は母の行動原理に由来するものらしいが、話が込み入りそうなので聞きたくはない。
「なっ!?」
俺は一応、驚いたフリをした。
聞かなければ拗ねそうな視線が向けられていたからだ。
「軍人って風なヒトじゃなくってね、いつも魔動騎士から下りては、空を見て寝転がってい
たわね、戦いになれば戦陣切って戦う戦闘狂と言われてたのだけどね。」
物騒な単語を耳に聞きながら、一応、話としては母と父の馴れ初めなのだろう。
そして、父の英雄譚を子供に聞かせるというありきたりな言動だが、処世術としておためごかしもたまには必要だった。
月明かりに照らされた廊下、差し込む光を眺める母はこともなげに言った。
「ねぇ、ルディアは知ってるでしょ?」
いつの間にか控えて後ろに立っていた女執事は膝をついて礼をとっていた。
「はい、奥様。」
「ルディアも?」
「はい、十二の頃合いに戦時下で両親を無くし彷徨っていた私をルナル様のご両親、シュバルツ様と
ルナ様が、助けてくださったのです。」
「えっもしかしてルディアって2…」
一瞬の風がその場を駆け抜けた。
ガシリ、と口を掌でふさがれたルナルはそれがルディアだと解った。
対人スキルがこの屋敷で随一と言うほどの体裁き。
普段冷静沈着な彼女からは想像も付かない暴挙だったが、何故か口からは苦悶は出ない。
「ルナル様、女性の年齢を口にするのはよくありません」
結果が自分の身を滅ぼすとわかって、状況を悪くする言葉を口にし続けるなど、馬鹿のすることだからだ。
しかし、黒い闘気を身にまとって口から知らない煙を吐く女性が目の前にいたからではないと強がっておく。
コクコクと頭だけで返事をしてルディアは口から手をどかしこともなげに続けた、戦場を戦士として駆けたと言った。
それからは、この五年、戦線を離脱し、今は当家で働いているという。
だが、戦時下でどんな戦果を挙げたのかは怖くて聞けなかった。
母もルディアも場違いなほど、今は貴族とそれに使える執事として馴染んでいるために余計に軍役時代の姿が想像しにくい。
「アハハ、彼女、婚期気にしてるみたいだから、言わない方が良いわ。」
要らぬものはつつきたくないのでルナルはスルーすることにした。
だから、押し隠しても仕方がない要求は簡単に口から出た。
「魔動騎士を操縦させてほしい……。」
あることは確信して、子供ながらの欲求を言ってみる。
貴族であり公爵家ともなれば、存在しない方がおかしい。
その上、退役しても軍人気質が抜けない母上のことだから骨董品でも残っている可能性がある。
それをかんがみての打診だったが、母上の動きが止まった。
ドレス姿の母上は黒い髪、黒いドレスをまとっているせいか、喪服を着ている外人という具合に見て取れる。
だが、それを抜きにしてもこの月明かりの廊下で窓から漏れる光のみで照らされている姿は素直に美しいといえるだろう。
それが、彫像のようにゆっくり振り返った、母は満面の笑みを浮かべて俺を見ていた。
それは直感で、やばいと感じた。
逃げようとしたのも束の間。
「さぁ、やろうか」「今、やろう」「すぐ、やろう」「俊足でやろう」
軍隊式ご自慢の拘束術はこんなときでも実力を発揮した。
母のすばやさに言葉もない。
俺の手首を捕まえてつかんで拘束し、すでに走り出した母は既に暴走していたといえる。
まっすぐにどこえ向かうのか長い廊下にルディアを置き去りにして母は走る。
「私の指導は甘くないぞ。ククククッ……」
母に手で引きずられる俺はさしずめペットの猫か犬だよりひどい扱いだった。
母はうれしそうに俺を引っ張りまわしていったがやめてくれと言う声は聞こえてなかったみたいだった。
ここに軍役時代の性格を、復活した母の姿があった。
ルナルは知らない、この母、ルナ・クロスは昔ある異名を取った。
二つ存在するその一つの異名、黄泉路教官と言うことを