中編
――のだが、私はピンピンしている。
肉体は殺されたのだが精神とゆーか魂は消滅しておらず、ふよふよと宙に漂っているでもなく本来の器に強制的に戻されたのだ。
冒頭で『どこにでもいるような平凡な女』と言ったが、ぶっちゃけそんなん嘘ですよー。
半分本当だけどあくまで召喚される前の世界、つまりは地球でのことだから、こっちに召喚された今『普通』の称号は返上されちゃったんさ。
するんじゃなくてされちゃうんだよ、強制だぜぃ。
私が纏っていた肉体を壊されたのが不味かったんだよね。
紛い物でも私の器なので殺されなきゃ、こっちでも『普通』でいられたのにさ。
私、魔法使いが生理的に受け付けなくなりそうだよ。
頑張って異世界にまで逃亡したのに狙ったように召喚されて器を破壊って気付いてやってないのならすっごーい偶然だねぃ。
いつかは戻らなきゃって分かってたけど、さすがに殺した連中と仲良くやれるほど優しくないってか、図太くないしぃ。
結論として、私は逃げました、マル。
「アル、お茶ですよぉ」
「ああ」
「置いとくから、冷めないうちに飲むべし」
「ああ」
駄目だ、こりゃぁ。
苦笑しながら机の端っこ、いつもの定位置にお茶を置く。
奴らから逃げて早3年。
長いようで短い間、私は諸国を旅する……なんてことはせずに、ちゃっかりと王都でそこそこ繁盛している喫茶店に転がり込み住み込みで働き口をゲットしていた。
田舎から上京してきた世間知らずの田舎娘を演じつつ情報を集めていると、私がいたころと比べて色々と変わってきていて常識を覚えるのに一苦労したぜぃ。
勉強嫌いなのにさ、めっちゃ頑張ったんだよ。
大学受験並みに本気出して励んだし、マジありえねぇっつーのぉ。
ボロが出ないよう慎重に行動するのも神経使うし、図書館に通い片っ端から本を読んだら目がシパシパして肩こり酷くなるし。
言語も変わってたから、重い辞書を片手に頑張ったよ。
辞書も辞書でスペル間違ってて意味不明なとこあったし、ダイエットなんかしても普段痩せないのにドンドン体重落ちてってすっげ-ビビったぜ。
でも、図書館に通ったんは後悔してない。
おかげでアルに出会えたからさぁ、苦労も苛々もぜぇ~んぶチャラだよねー。
おっほん、アルってのは、アルフレド・スルス。
職業は学者で趣味は遺跡調査で重度の遺跡オタク。
三度の飯よりも遺跡が好きで、何か調べてないと落ち着かないっつーくらいのマニア。
たまに連れて行ってくれるのは図書館だったり、古本屋、遺跡……たまには違うところがいーなぁ。
何て言っちゃってるけどさ、アルと一緒だったら別にどこでも問題なしー。
丸分かりだと思うがアルは私の旦那さんなのだ。
この堅物を落とすのは難しくてネバーギブアップの精神で諦めなかったら、彼の友人や家族が涙ながら協力してくれて一ヶ月前に結婚にこぎつけたのだ。
遺跡には負けるが一応私のことも好きらしいよ?
じゃなかったら淡泊で遺跡のことでしか体力を使いたくないアルが夜の生活に応えてくれるわけないもん。
お義母さん情報だけどね。
鼻歌を歌いながら掃除をしていると、何やら不穏な気配がビンビンしてきた。
どうやら、玄関前に団体さんがいらっしゃってるようだ。
丁重にお帰りしていただかないと、ね。
アルに迷惑かけるなんてことしたくないもの。
ドアを開けると予想通りの人達がいた。
召喚された本物の勇者に魔法使いの眼鏡の青年に美人さん、いや、片方は神官か巫女なんだけど、バランス的に残った無表情な美少女は見かけによらず戦士辺りだろうか?
勇者が困った表情を浮かべる中、美人さんは堂々とでかい態度で私に命令してきた。
「貴女が奪った物を返しなさい」
バカバカしいセリフに思わずくふっと笑ってしまう。
気分を害したのか美人さんは杖を突き付けてくる。
「何を笑っているのですか? この3年よくも隠し通せたものですね」
お前のせいで恥を掻いたと美人さんの目が雄弁に語っていた。
それも、そうだろう。
勇者のくせして彼は決定的に足りない物がある。
そのせいで旅も順調に行かず、ましてや魔王に挑むことすらできていないと風の噂で聞いた。
「シャルも落ち着けよ。君、世界平和のために聖剣を返してくれ。頼む」
好青年そうな勇者が頭を下げるが、私の心はちっとも動かない。
何も言わない私に眼鏡も苛立たし気に口を開く。
「こんなに勇者が頼んでるのに、断るなんてことしないよな。だって、そうしたらあんた犯罪者だもんな」
うっわー、権力かざしてきやがりましたよ。
ただでさえ低い好感度がグングン急降下して、多少浮上してもマイナスから出ないくらいまでいっちまったんだぜ。
「ポール、脅すなよ。悪い。こいつには後で言っておくから聖剣を」
「ヤダ、だって、私、あんた達のこと嫌いだもん」
キッパリスッパリお断り申し上げちゃうよ。
まさか勇者のお願いを断る者がいるなんて思ってなかったのか、勇者パーティは驚きに目を見張る。
うはは、間抜け面いただきー。
「そもそも、聖剣のことを何も分かってない輩に扱えるとは思えないんだけどー」
「そうですか、それなら」
美人さんの目が暗く光り、銀色の髪が魔力を帯びて輝いていく。
うわっ、拒否っただけで武力行使ですよ。
最近の魔法使いだか巫女は怖いですねー。
「シャル! 君も」
「そなた、聖剣のことを知っておるのか? 妾は伝承でしか知らぬのだが」
ずっと沈黙を守っていた美少女が話しかけてくる。
顔に似合わない口調に私はどこか懐かしさを覚えて、頭の中から記憶を引っ張り出して該当者を検索する。
「知ってるよ。貴女、もしかしてエペの血を引く者だったりする?」
「そうじゃ。妾はクレール・エペ。始まりの勇者と旅をした王女の子孫じゃ」
おお、名前までクレールと同じだ。
いや、エペ家に女児が生まれたらクレールの名をつけるのは伝統だから当たり前か。
「クレール、何を呑気に盗人とお喋りなどして」
「シャルロット、少しは黙らぬか。さて、質問に答えてくれぬか?」
ふむ、どうしよう。
悩んでみるがクレールと似たような魂の輝きを持つ美少女の私的好感度は勇者パーティ一高い。
何よりも可愛いから答えてあげてもいっか。
「いーよ。まずは、何で勇者を召喚なんてするようになったか知ってる?」
召喚された本人に目を向けると困ったように眉を寄せる。
「え、俺? そりゃぁ、魔王を倒すためだろ?」
「違うよ。それはついで。そもそも勇者を異世界から召喚する必要なんてないしぃ」
「は?」
私の言葉に勇者は固まり、美少女は息を呑む。
魔法使い二人は眦を釣り上げて反論しそうだけど、これは本当のことなんだからガンガン話してやるぜ。
「召喚の儀式は別の者を取り戻す手段で、勇者と呼べる逸材を手に入れたのは偶然。味を占めたってのも入るか」
「お黙りなさい! 勇者様に対して」
「前回勇者が召喚されたのは50年前だったよね。彼は聖剣を使えてた? 知らないとは言わせないよ。彼は聖剣を所持はしてても契約はしていなかった。びじ、じゃなかったあんたは知ってるでしょ? 見たところブークリエの血引いてそうだし」
そうそう、性格は似てないけどシャルロットって勇者パーティにいたブークリエ家が誇っていた巫女と同じ名前。
顔立ちが少し似てるし、否定しないから美人さんが巫女で決定だね。
すると、残った眼鏡が魔法使いか。
別に私に関係ないからどうでもいい情報だけどねー。
「不届きもの! 神をも恐れぬ大罪人に正義の鉄槌を」
美人さんが杖を大地へ置き、両手を組み天へ祈りだす。
神官や巫女が得意とする神聖魔法の攻撃系は、神罰や天罰という神様頼み。
信仰心と魔力を捧げ、神の奇跡を起こす。
雲一つなく晴れていたはずの空も曇り、雲の色は灰色でバチバチと電気が走ってるよ。
どうやら、美人さんは雷を落とすみたいだねー。
ぼんやりと成り行きを見守る私とは反対に、勇者が美人さんを止めようとして、その勇者を眼鏡が止めてる。
神聖魔法は途中で止めてしまうと自分に神罰が降りかかるっていうリスクがあるのを知っているからだろーけど。
術の規模的にも大きいみたいだし、その分跳ね返りは強くなるのはお約束。
彼ら曰く盗人な私の安全よりも仲間をとるのは自然なことだよね。
説明を求めてきた美少女も嫌そうな顔をしているが、自分の手で仲間を危険に晒すのはできないらしく止める気配は零だしぃ。
うう、ちびっと美少女の私的好感度も下がってくよ。
「ネメジス!」
縋るような甲高い声が響き、天の雷が私の体を貫いた。
主人公がアルと夫婦になれたのは、熱意と根性と周囲の人間を抱き込めたためです。
アル父母は息子の結婚を諦めてましたが、何度冷たくあしらわれてもめげない主人公を見てええ子や~とホロリ。
アルの友人達も甲斐甲斐しく世話をする姿に、目頭が熱くなりガンガン仲を取り持ってくれました。
アル的にはいつのまにか外堀を埋められていて、気付いたら結婚式をしていた、みたいな感じです。
でも、文句も言わないで世話してくれ自分の趣味をニコニコ笑顔で聞いてくれるし、別に邪魔しないから問題ないと気にしてません。
むしろ、前よりも効率良く没頭できるので儲けたぐらいには思ってます。






