メガネを外したら美少女だった!夢の騎士様が騎士団総出で追いかけてくる〜気づいたら私を虐待していた実家が破滅してました〜
目があった瞬間に逃げなければいけないと思った。
子供の頃から、夜な夜な夢に現れて私を抱きしめる紫の瞳の騎士様が、本当に私の前に姿を現した。
掴まったら、甘いキスで溶かされて身動きが取れなくなる。
きっと私を貴族令嬢に戻す悪魔に違いないから、捕まってはいけない。
◆◇◆
私は貴族令嬢として生まれたのに、8歳のある日メイドに連れられて、そこから平民として生きて来た。
田舎の街で、その地方の領主の部下しか貴族がこないような場所で育った。
「お母さん、今日は女の子のお友達ができたの」
母と呼ぶ育てのメイドは優しかったし、平民の子供たちと一緒に遊ぶのは、貴族の屋敷で一人で行儀作法の練習しているよりずっと良かった。
「フィー、遊ぼう」
「うん」
一日中遊んで、帰って寝る。
そんな楽しい日々がこの世界にもあったんだ。
転生前を思い出した。
貴族の屋敷では、朝起きてから寝るまで、家庭教師に叩かれて徹底的に行儀作法を教え込まれた。
誰もいない時でも、フォークとナイフがぶつかる行儀の悪い音をだしてしまうと、ビクッと身体が強張ってガタガタと震え出した。
絶対に音を立ててはいけない。
いつどこで見られているかも分からないから、常に完璧な淑女でなくてはいけない。
そうでなければ、お姫様にはなれないと言うのが両親の口癖だった。
夜はたった一人で部屋に置かれて眠る。
誰にも怒られない時間が心地良かったけど、前世での家族の温かさを知っている私は孤独を深めて涙した。
今は、寂しい夜にはメイドのお母さんのベッドに潜り込む。
暖かな温もりにやはり涙が溢れると、メイドが優しく微笑んで撫でてくれる。
もう、貴族の暮らしはしたくない。
ただ、時々会いに来てくれた黒髪のあの子に会えないのが寂しかった。
(名前……忘れちゃった……)
もう会う事はない貴族の男の子。
私の事を本物の淑女みたいって褒めてくれたけど、私は平民が性に合ってるみたい。
年頃になると田舎に仕事がなく、都会に戻るしかなかった。
「フィーと離れるの寂しい」
仲良しのエラと抱き合って泣いて別れた。
「休暇を貰ったら帰って来るから!」
育ててくれたメイドに恩返ししたいと思った。
(帰って来る時は、お母さんに何かお土産を持って来れるかな)
平民の街の宿屋で女中として働くことにした。
『銀の羅針盤亭』は、それなりにお金のある商人たちが利用する宿で、貴族が来ることなどなかった。
でも、宿の外壁の外側でモンスターによる被害が相次いで、騎士団が宿を拠点に討伐することになった。
この件で王太子の婚儀が延期になって、解決するのが国の最優先事項になっている。
そんなわけで、宿屋の主人は国から支払われる金額に大喜びして、騎士様に粗相のないようにと使用人に命令した。
騎士と言えば貴族階級の者ばかりで、中には侯爵の子息までいた。
ノクスヴァルト侯爵の子息がいると、女中の間で噂になっていた。
ノクスヴァルト侯爵は私の住んでいた田舎町の領主様だった。
だからと言って、住んでいたのは領地の中でも特に辺鄙な所だから、領主様の使いの貴族が来るだけで、子息など見たこともない。
貴族たちは女中の注目の的だったけど、普段の商人たちよりずっとお行儀が良くトラブルなど起こらなかった。
でも、人目につかない階段の隅で、女中と騎士が抱き合っているところを見た。
誠実そうな騎士だったけど、モンスターの討伐が終わった後にも女中を離さずにいてくれるのだろうか?
私がひっそりとしているせいか、見た目がまずいのか、騎士から声を掛けられることはなかったけど、大体の女中は騎士に声をかけられてついて行ってしまうらしい。
私は絶対に貴族なんかに声をかけられても付いていかないと決めてるけど、心配する必要もないのはちょっと悲しい。
そろそろ私も年頃だし、誰か相手を見つけなければいけないと思った。
騎士様達には相手にされなくても、平民なら私を好きになってくれる人も居るかも知れない。
鏡の前でそんな事を考えていたら、女中仲間に声をかけられた。
「フィーも、騎士様に興味があるの」
「な、ないわよ! でも、平民の男の人とは仲良くなりたいし……」
そう言うと、ミラは私の眼鏡に触った。
度が入っていないけど、分厚くて顔が分からないようになっている。
貴族の実家に見つからないようにする為だ。
それから、出来るだけボサボサになるように気を使ってる髪の毛。
いつも三つ編みにしている。
ミラが解いてクシで丁寧にとかしてくれる。
「よくこんなにボサボサに出来るわね!」
大声で文句を言う。
「え!? フィーがおしゃれしてる!」
他の仕事が終わった女中達がやってくる。
「フィーってメガネ取るとそんな顔なの!?」
「お化粧もしてみようよ!」
女中達に遊ばれてしまう。
「嘘……」
女中達が私の顔を見て固まっている。
(そんなにおかしい……?)
「すごい、美少女……」
「レオン様がフィーの方が良いって言うわ……」
「……大袈裟だよ」
「鏡、見なさい」
促されて鏡を見たら、私は映っていなかった。
代わりに、知らない女の子——美少女が映っていた。
「……嘘だ、こんなの恥ずかしいよ」
私が化粧を落とそうとすると「もったいない」と止められた。
「フィー、どこだ。仕事の時間だ」
宿屋の主人が呼んでいる。
今日は夜の酒場の給仕があったんだった。
「申し訳ありません」
化粧も落とさずメガネも置いて、そのまま酒場に行く。
宿屋の主人は無言だった。
「本当に申し訳ありません! すぐに今夜の仕事に着きますから!」
「……なんだ、フィーか」
宿屋の主人が気づいたように言う。
メガネでも、三つ編みでもない、化粧で変わった姿をしているんだった。
「……仕事してくれ」
宿屋の主人が冷たく言う。
いつもの通りに仕事に着くけど、女中や使用人が私を訝しんで仕事に入れない。
「あの、フィーです。私」
小さくなって言う。
「フィー!?」
「違うだろう!?」
「いや、声が同じだ!」
相当に驚かれてる。
使用人達には私がフィーだと納得してもらって、客の給仕に向かう。
「君、初めて見るけど、名前は?」
行くテーブルの先々で騎士に声をかけられる。
今まで無視されていたのが嘘みたい。
少し嬉しくなった。
「フィーか、仕事が終わったら私の部屋に来ないか?」
「え?」
聞き間違いかと思った。
料理を置いた途端に腕を掴まれていた。
「抜け駆けするなレオン!」
後ろの席から声がしたと思ったら、私の肩に手があった。
「二人とも、フィーが困ってるよ」
「誘うなら順番を決めてからだ」
他テーブルからも立ち上がる人がいて……。
私は大勢の騎士に囲まれてしまった。
「フィー、俺と来てくれるね」
「だから抜け駆けするなと言ったろう。俺だよな、フィー」
「名乗りもしない奴なんて怖いだろ。俺はノエルだよ、フィー」
みんなが話しかけてくる。
私が、「騎士様とはお付き合いする気はない」と言う暇もない。
多分、モンスター退治が長引いて、みんな刺激が欲しかったんだと思う。
ちょうどそんな時に、見知らぬ女の子——ずっと目立たなかった私がいた。
ハメをはずしてみたくなったんだと思う。
騒ぎが大きくなって、他の使用人がどうしたらいいか慌てている。
その時、酒場に新しい客が入って来る。
すぐに騎士達が何かを囲んでいる異様な光景を目にして、私の方に向かって来る。
「何をしてるんだ。王国の騎士団が給仕の女性を囲んでいるなどあってはならないことだ。すぐに席に戻れ!」
「わかりましたよ。ルシアン・ノクスヴァルト侯爵」
嫌味っぽ言い方をしたのは、確か、レオン様?
侯爵の一括に騎士達が自分のテーブルに戻って行った。
この人が私の住んでいたミストラの町の領主様、ノクスヴァルト侯爵の子息……。
助けてもらった感謝と、領主の子息への興味ですぐに顔を見上げる。
——その紫の瞳に吸い込まれそうになってしまう。
侯爵子息の珍しい紫の瞳と黒髪は、冷たく高貴な印象を与えて何処か浮世離れしていた。
ミステリアスな魅力に囚われそうになった時に、記憶の片隅にあった瞳と重なった。
私は彼を知っている。
彼も私を知っている。
「君は——」
侯爵子息の唇が動いたと同時に声がした。
「俺たちを追い払って自分が声をかけるつもりか、ルシアン」
「ずるいぞ」
「そう言うわけじゃ……」
ルシアンと呼ばれた侯爵子息は考えているようだった。
「店に迷惑は掛けられない。彼女が仕事をしている時に声をかけるのは禁止だ。俺も守る」
騎士達の間で話がまとまったみたいだった。
ただ、私はもう逃げることしか考えられなくなっていた。
貴族ばかりの騎士の中には、私を知っている人がいるんじゃないかとずっとビクビクしていた。
きっと、このルシアン・ノクスヴァルトは私を知っている。
貴族のつながりで、実家に連れて行かれたらどうしよう……。
貴族だったことは覚えていたけど、叩かれたり部屋で一人でいた記憶ばかりで、今更貴族なんかに戻りたくない。
逃げなきゃ!
仕事が終わったらすぐに荷物をまとめて……。
でも、どこに行こう。
「なんだか大変そうだな」
通いで料理人をしているガウスが、もう作る料理はないから、帰り支度をしていた。
「ガ、ガウス! ちょうど良かった。あなたの家に泊めて!」
「え?」
私は騎士たちに見つかる前にこっそり仕事を早く終わらせてもらって、ガウスと外に出た。
もう真夜中で酔っ払いも静かに道端で寝ている時間だった。
「行こうか、フィー」
夜中の外の寒さを知らずに薄着だった私に、ガウスがさりげなく上着を掛けてくれる。
「ありがとう、ガウス」
私はガウスの家に向かった。
◆◇◆
酒場の営業が終わる時間まで大勢の騎士が残っていた。
『彼女が仕事をしている時に声をかけるのは禁止だ』
俺が言ったことを律儀に守っているが、酔い潰れた騎士が多く『店に迷惑は掛けられない』と言った部分は聞き逃されている。
だが、もうすぐ営業が終わる時間だと言うのに彼女を見かけない。
俺は他の従業員に聞いてみる。
彼女以外なら仕事中も声をかけていい。
「フィーならガウスの家に泊まるって早目に帰ったわよ。騎士に囲まれて怖くなったんじゃない?」
ガウス……? 男か。
「家はどこにある!?」
「分からないよ」
「この宿の主人なら知ってると思うけ……」
「主人はどこだ」
宿の自室で寝ていた主人を起こす。
「ガウスの家はどこだ」
「ノクスヴァルト様がなぜガウスに!?」
宿屋の主人が驚く。
フィーと呼ばれている女性に用がある事を伝える。
「朝まで訪ねるのは待って下さい」
「何故だ……よく泊まりに行く場所なのか?」
「フィーが夜に宿の外に出るなんて初めてですね……」
「初めて……」
「まさか、あんな美少女だとは誰も気付いてなかったし、今夜はおかしな事が続きますね」
「いや、男の部屋に初めて泊まりに行くって、落ち着いてる場合じゃないだろう! 場所は、どこなんだ!!」
「フィーが自分で出て行ったのなら何も問題ありませんよ。ガウスはしっかりした男ですから」
「問題しかない! 女性の貞操がかかってるいるのに!」
◆◇◆
私はガウスの家にいた。
「フィーごめんなさい。私はどうしてもベッドじゃないと眠れないの」
「気にしないで、リリア。私が無理に押しかけて来たんだもの。こんな夜中に身重のあなたを起こして気を使わせてしまって申し訳ないわ」
ガウスの奥さんのリリアはこの間まで宿で一緒に働いていた女中だ。
そろそろ出産も近いので、仕事を休んでいる。
本当にこんな時に夜中に泊めてもらうなんて申し訳ない。
「でも、一瞬フィーだって分からなくて驚いたわ。ものすごい美少女だったのね。夜中に浮気相手を家に連れ込むクズなガウスと離婚しよう思っちゃったわ」
そう言えばメガネも髪も元に戻してなかった。
「俺が、浮気すると思ってたなんて、酷いなリリアは」
「だって……」
「フィーはソファで寝てくれないか? いつも俺が寝てる場所で悪いけど」
「え! いいのよ。家に入れてくれただけ助かったのに!」
私は別の部屋のソファに寝ると、ガウスはリリアと一緒のベッドで寝たみたい。
多分、身重の奥さんを気遣っていつもはソファで寝てたのね。
私も二人みたいな夫婦になりたいと思って眠りについた。
翌朝は日の出と共の目が覚めた。
あまり眠れていないけど、捕まるかもしれないと思ったら寝ていられない。
起こしたら悪いと思ったけど、鍵を開けっぱなしは物騒だから、ガウスだけそっと起こした。
「フィー、何があったか知らないけど、すぐに連絡をくれよ。みんな心配してるから」
ガウスが本当に真剣に言ってくれたから、私はうなづいた。
早朝の冷たい空気に身体が引き締まる。
こんな朝早くなら、辻馬車の乗り場に人は少ないだろう。
多分ガウスの家に行ったことはすぐに分かるから、朝から訪ねられてガウスとリリアには迷惑をかけてしまう。
ちゃんと後で連絡してお礼しないといけない。
宿屋の主人にも何も言っていないし、女中仲間にも何も言わずに来てしまった。
私が誰か好きになってくれる人がいないかなんて考えたからだ。
メガネをとって髪を整えたりしたから……。
メガネは鞄の中で奥に入り込んでしまって、髪もボサボサに戻す暇がない。
辻馬車の中なら元に戻せるかな。
辻馬車の乗り場が見えてくると、騎士が立っていた。
まさか、私を探してるの?
あの侯爵子息だけが探しにくると思っていたのに、騎士団の仲間も使って探してるの!?
分からないけど、聞いて、「はい、そうです。探してます」と言われたら捕まるだけだ……。
とにかく、辻馬車には乗れない。
街の別の辻馬車の乗場なら、騎士もいないと思うけど……。
田舎から出て来て、やっとこの辺の地理を覚えたばかりで、遠くになると全然わからない。
でも、行くしかない。
◆◇◆
俺は、ガウスが身重の奥さんと住んでいる事が分かってホッとする。
宿の主人は、今にも訪ねて行きそうな俺の勢いに、朝になったら住所を教えると言って自室に篭った。
周りに騒ぐなと言ったのに、俺が騒ぎを大きくしてしまった。
騒ぎに酒場にいなかった騎士が集まってくる。
俺が、酒場にいた女中が昔から探している女性に似ていたが、どこかにいってしまったと伝える。
俺の後ろに酒場から付いてきた騎士がいて、「ものすごい美少女だった」と伝えたから、「探すのを手伝おう」と勝手に盛り上がっていく。
「名前はフィーなのか?」
「そうらしい」
平民は苗字がないものの方が多い。
「それで、ルシアンの探してる女性の名前は?」
「フィオナだ。愛称がフィーなんだろう」
「お前が探してるくらいだから貴族なんだろう? 家名は?」
家名を伝えたらどこの家か分かってしまう。
見つけても戻すつもりはないのに。
「とにかく、探してくれ」
十年見つからなかったんだ。
人を使ってでも探さないと、もう会えないだろう。
朝になって俺はガウスの家を訪ねた。
「フィーは朝早くに出て行ったよ。なんでフィーを追いかけてるんだ。フィーが逃げなきゃいけない理由ってなんだ!」
「確かに、なんで追いかけてるんだ?」
ガウスの怒りに、付いてきた騎士が同調してる。
「近くの辻馬車乗り場には見張りを付けた。別の乗り場に向かってるいるのか? 心当たりはあるか?」
無視して話す。
「フィーは田舎から出てきてこの辺の道しか知らないんだ。辻馬車に乗れなかったらどこに行くか……」
「近くに入り込んでまずい場所……スラムや廃墟……結構あるな」
この辺の地理に詳しい騎士が言う。
「落ち着いてられない! 騎士団全員で捜索するぞ!」
俺が叫ぶと、騎士たちが「おお!」と返事する。
「何ごと!?」
ガウスの奥方らしき女性が玄関の方に来る。
「何でもないよ」
ガウスは、奥方を心配させたくないようだ。
でも、ガウスは「フィーを頼む」と目で言っていた。
◆◇◆
な、なに!?
目の前にまた騎士がいた。
さっきも見たけどなんでいるの!?
私は見つからない様にそっと素早くその場を離れた。
けれど、どこを見ても騎士がいて、進んだ道を引き返していったら、誰も住んでいないような館の庭にいた。
遠くの方から声が聞こえて、騎士同士が「見なかったか」とか、「そっちもいないかなどと話している。
庭にいるのも見つかりそうで危ないと思って、館の扉を開けようとするけど開かない。
少し先に割れた窓があり、簡単に侵入できた。
割れた窓の側は雨風が入って荒れていたけど、奥の部屋は思ったほどには汚れていない。
何処か隠れられるところはないかと探し回る。
あまり時間がない気がする。
ギシィッと音がした。
自分以外にも誰か入りこんでいたのかと、ビクッとする。
見つかっても騎士よりは危険じゃないかもしれないけど……。
誰もいないと思って、音を出さないで歩くとか気を付けてなかったから、人がいたらとっくにバレてる。
警戒して隠れているのかも……。
「にゃん」
声がした。
奥から歩いて出て来たのは子猫だった。
緊張の糸が切れて、私は座り込んでしまう。
そばに猫が寄ってくる。
すごく人懐っこい。
でも、相手していられないから「ごめんね」と言って、すぐに立って隠れ場所を探す。
カバンの中の何か子猫が食べられるものがあると思うけど……。
騎士が行った後であげよう。
ここがいいと思ったクローゼットに隠れるけど、扉をカリカリと子猫が引っ掻く。
やめてと言って通じるわけもなく、私はクローゼットを開けて、子猫を抱き上げた。
ガチャ
「ここにフィーちゃんがいるのか」
「フィーちゃーん!」
騎士たちが館に入って来た。
私は子猫を抱いたままで息を殺して身を潜めた。
◆◇◆
廃墟の扉のドアノブに人が触った様な跡があった。
騎士団全員で、フィーの捜索にあたった。
辻馬車の乗り場からフィーが移動できたであろう距離に余裕を持たせて円を書く。
全ての道を円の外側から内側に向かって進み、隠れられる場所をしらみつぶしに調べていった。
最終的に騎士たち全員が集まってきたのが、この廃墟だった。
「こんな場所に追い詰められて、フィーちゃん可哀想に」
一人の騎士が言うと、みんながうなずく。
俺は気にせず、ドアノブを調べた。
風に巻き上げられた庭の砂が綺麗にドアノブに乗っている。
何年も使われてなかったようなのに、細い指で握った様に砂が消えている。
「ここに来ているな」
言い終わらないうちに騎士たちが廃屋に入って行った。
俺も、少し先にあった割れた窓から入ろうと思ったが、窓ごと取り外されていた。
足跡が残っていないかと思ったが、騎士たちが荒らし回っているから、もう足跡からフィーの隠れている場所は特定できないだろう。
騎士たちの泥や土で汚れたブーツの跡がくっきりと廊下に残っている。
しかし、廊下は想像していたような埃まみれではなかった。
何年も人の住んでいない廃墟のようだったが……。
「いたぞ!」
騎士の一人が声を上げる。
フィーが見つかったのか?
騎士の乱暴な言い方で、怖がってなければいいが。
「こっちにもいたぞ!」
声の方に向かうと、反対からも声がした。
なんだ?
「ここにもいるぞ!」
「こっちも見つけた!」
あちこちからフィーが見つかった報告が上がる。
報告を聞く騎士たちも困惑していた。
「フィーちゃんが分裂してる」
発見されたフィーが一箇所に集められた。
「え! これが美少女のフィーちゃん!?」
酒場でフィーを見ていない騎士が驚いている。
だが、フィーのわけがない。
「いや、フツーの中年太りのおっさんだよ!」
騎士の一人が言う。
フィーを見ていなくても、わかる。
7、8人のフードを被った男たちが、館中に隠れていたらしい。
中年太り体型の男だけじゃなく若い男もいた。
「なんの集まり?」
「フードを被って、秘密結社?」
ふざけている様で、意外にもあっている。
「外壁の外に集まっているモンスターは、操っている奴らがいるという話だったな。こいつらがそれだったんだろう」
魔術師が集まってモンスターを呼び寄せていた秘密基地がここだったのか。
さらに黒幕がいるのかは、騎士団の本部に連行して話を聞いてからだな。
騎士たちが、男たちを騎士団の本部に連行して行った。
俺と数名の騎士だけがが残った。
「大手柄だなルシアン!」
「女の子を追いかけてただけなのにな」
俺は無視してフィーを探す。
多分、フィーが館に入ってきた時には男たちは隠れていなかっただろう。
侵入者が女の子一人だということはすぐにわかって、いざとなれば女の子一人くらい捕まえられるから様子を見ていた。
それでフィーが隠れようとしていることに気づき、追っ手がすぐにでも来ることを察して、バラバラに隠れたんだ。
だから、男たちはフィーのいる方向は避けて隠れている。
誰も隠れていなかったのは、二階の東側だ。
二階へ続く階段に一箇所、新しい小さなキズがあった。
階段の斜め前の東側の部屋の扉の下の方にも同じキズがある。
他の騎士たちも二階の東側を端から探している。
扉に傷にあった部屋の中、クローゼットの下にも同じキズがあった。
クローゼットを開ける。
「にゃー」
女の子が膝を折りたたんで小さくなって、子猫を抱いて寝ている。
「いたのか?」
騎士たちが集まってくる。
「か、可愛い」
「マジ天使」
フィーをこれ以上見せたくなくて、俺は
子猫をつまんで騎士たちに渡した。
「保護してくれ」
「俺もフィーの方を保護したい」
「フィーいたの? ん、子猫?」
騎士たちが猫の世話に下に降りて行く。
「フィー——フィオナ・クラウゼル」
俺は10年ぶりにその名を呼んだ。
◆◇◆
夢の中でまたあの紫の瞳の騎士に追いかけられてた。
心の片隅で、現実でもこの紫の瞳の騎士に追いかけられていると知っていた。
ただ、夢の中での私は紫の瞳の騎士の事が大好きだから、抱きしめられて甘くキスされるのが大好きだった——。
「フィー——フィオナ・クラウゼル」
夢の中の紫の瞳の騎士は私をそう呼ぶの。
「……ルーシェ」
私は騎士の名前を呼んで、夢の中で抱きしめられている。
「覚えていたのか、俺のことをどう呼んでいたか」
目が覚めた。
紫の瞳の騎士様に抱きしめられる幸せな夢を見ていた。
なのに、起きても紫の瞳の騎士がいた。
私は紫の瞳の騎士に抱かれて運ばれている。
昨日寝ていないから、クローゼットに隠れている間に寝てしまったんだ。
それで捕まって……宿屋『銀の羅針盤亭』に戻って来ていた。
「なんで逃げたの、フィー」
「なんで追いかけてたんだ、ルシアン」
私と騎士のルシアン・ノクスヴァルトは酒場の中心にいた。
騎士や女中たちが集まって、宿屋の主人もいて、子猫がミルクを飲んでいる。
事情を聞かないと仕事にならないという雰囲気だ。
「わ、私は、貴族に捕まって家に連れ戻されたくなくて……本当に、戻りたくないんです! お願いです、戻さないで!」
「フィーって家出少女?」
「ルシアン、嫌がってるんだし、戻すなよ」
「元々、俺は君を実家に返すつもりはない。俺がメイドに頼んでフィーをあの家から連れ出して貰ったんだ」
「え?」
私は驚いた。
「ルシアンって誘拐犯?」
「俺たち犯罪者に協力してたのか!?」
「あなたが助けてくれたの……?」
叩かれて、一人で怯えていたあの屋敷から助けてくれた人が、紫も瞳の騎士様だったの?
「ルシアン、ヒーローじゃん!」
「お前ならやってくれると思ってた」
「俺の母は、君の父の妹で、俺たちは従兄弟なんだ。遊びに行ってもいつも暗い顔の君が気になっていたら、メイドが君を王太子の婚約者にする為に、両親から朝から晩まで行儀作法を教えこまれて虐待されていると教えてくれたんだ。『私が連れ出して、自由に遊ばせてあげたい』とメイドが言ったから、俺は金貨を渡して、ノクスヴァルト侯爵領まで連れてくる様に頼んだんだ」
「フィーちゃん、可哀想……」
「メイドすごいな」
「俺は母にフィーが来るから助けてとお願いしたら、母も問題があると思っていたらしく、ノクスヴァルト侯爵家では、みんながずっと君を待っていたんだ。それなのに10年見つからなかった。どこにいたんだ?」
メイドのお母さんに、従兄弟のルシアン様、叔母のノクスヴァルト侯爵夫人。
私を助けてくれた人がいたんだ……!
「私とお母さん——メイドは、ノクスヴァルト侯爵領のミストラにいました」
「ミストラ……」
ルシアンが考え込んでいる。
「え!? あんな所にいたのか!?」
領主の子息でも驚く様な田舎だったらしい。
「どんな場所なんだ、ミストラ」
「行ってみたいような行かなくていいような」
「フィー、メイドと一緒にノクスヴァルト侯爵領の領都ノクスベルクに来てくれ、みんな待ってる」
「でも、実家に見つかってしまうかもしれないし……」
「王太子には婚約者がもういるし、もうすぐ結婚されるだろう?」
「外壁の外にモンスターが出るようになって一度、婚儀が延期されたけど、ルシアンが解決したからな」
え? モンスターの問題が解決したの? いつ?
ルシアンが解決したというのにも驚いた。
「王太子の婚約者にされることはないだろう?」
騎士の問いにルシアンは少し考えた。
「フィーがいなくなって死に物狂いで探していたからなぁ。それくらいで諦める人たちじゃないんだ……」
「諦めなくても、もう無理だろう」
騎士が呆れて言った。
「でも、一度、婚儀は延期になった」
「え?」
さすがの騎士たちも静かになった。
聞いていた女中の一部だけ、意味がわからなかったみたいだけど。
私の実家が、王太子の結婚を阻止する為に、モンスターを集めていたって事?
「騎士団の本部で調べているから、いずれわかるだろう」
「でも、ルシアンの母は、クラウゼル公爵の出身だ。公爵家がそんな事をしていたなんて大問題になるぞ!」
「フィーって、公爵令嬢!?」
「公爵令嬢!?」
なんだか大騒ぎになっている。
自分が貴族だった事は知っていたけど、公爵令嬢だったのね。
それで、その実家が国家に反逆してたって……。
どうしよう。
「だから、フィーはメイドと一緒にノクスヴァルト侯爵領の領都ノクスベルクに来てくれ、悪いようにはしない」
「それってプロポーズだろう、ルシアン!」
「抜け駆けだぞ!」
私はドキドキした。
夢の騎士様が従兄弟で私をずっと探していて、プロポーズされるなんて!
夢の続きみたいだ。
でも、私は貴族に戻るのは——。
「違う、プロポーズじゃない」
「え? 違うのか?」
「どう違うんだ?」
「フィオナを見つけたら結婚するつもりだったのは確かだけど、出来なくなったんだ。俺には別に好きな子が出来たんだ」
「え!? こんなに逃げたのに!?」
貴族に戻りたくないと思っていたけど、これはこれで……。
「本当に、あの追跡撃破はなんだったんだよ!?」
「がっかりだよ!」
「いや、フィーを保護するためだ。従兄弟で俺が逃したんだ、最後まで面倒見ないと」
ルシアンの純粋な優しさからだったのね。
「お母さんと保護してもらえるなら……」
「それで、いいの!? フィーちゃん」
「いい子だなぁ」
夢の続きなんて現実ではこんものかもしれない。
「でも、ちょっと気になります。どんな人なんですか」
「それ全員気になってる」
「フィーちゃん以上の美少女じゃないと納得しないよ」
「……び、美少女じゃないかもしれないけど、すごく可愛い子だよ」
「ルシアンが照れてる……」
「だからどんな子なんだよ!」
「この宿屋で働いてる、メガネを掛けけて、髪を二つに分けて三つ編みしてる、ものすごく可愛い子だよ」
「そんな子いたっけ?」
「知らない」
騎士たちは分かってなかったけど、女中たちがみんな気づいて驚いてる。
女中達が私を指差す中で、私は鞄からメガネを取り出してかけた。
ルシアン様が驚く。
「き、君は……フィーだったのか!?」
私はうなずいた。
騎士たちも驚いてる。
「でも、私、この姿の時にルシアン様にお会いせた事ありません」
この姿で紫の瞳の騎士に会っていたら、もっと早くにひっそりと逃げられたと思う。
「そ、それは……」
ルシアンが何か隠してる。
「カッコよく出会える時を待って、見つからないようにしてたんだ」
横を向いて消え入りそうな声でルシアンが言った。
「「「なんだそれ!?」」」
酒場のみんなの気持ちが一つになった。
◆◇◆
騎士団のみなさんはモンスター事件も解決して、なんだかんだ私とルシアンもうまくいって、昼間っから酒場で飲んでいた。
通いの料理人が来た頃にはみんな出来上がっていた。
「なんだ、これは!?」
出勤して早々にガウスが驚いている。
「誰だ、酒場に子猫を連れてきたのは!」
「あ、ガウス、その子は……」
「可愛い、俺ん家で飼っていい?」
「え? いいの? リリアが大丈夫ならぜひ飼ってあげて」
「ところでなんの騒ぎなんだ? 宿屋の主人がいるから良いんだろうけど」
騎士たちの騒ぎに、宿屋の主人も混じっている。
「私が侯爵夫人になる事になって……」
「は!? そう言えば、なんでフィーが宿屋に戻ってるんだ!? 逃げるんじゃなかったのか!?」
ガウスが驚いている。
話す順番を間違えたかな?
私は結局、ルシアンにプロポーズされて、受けることにした。
貴族には戻りたくないけど、平民姿の私を好きになってくれたルシアンは、やっぱり運命の人だから。
「フィー!」
私がガウスと話していたら、ルシアンがやって来た。
ガウスから守るように私の腰に手をまわす。
「なんか、朝から半日会わなかっただけなのに変わったな、騎士様。子供っぽくなった」
私もそんな気がした。
「半日で大手柄で大出世したんだけどなぁ」
聞いていた近くの騎士が言う。
その大手柄、モンスター事件の黒幕は有耶無耶になった。
ただ、私と結婚するルシアンにすぐにクラウゼル公爵の爵位が移されて、両親はどこか遠くの場所に行ったらしい。
それから数日後に、私とルシアンは、お母さんに会いにミストラに行く。
お母さんは実はこの町に好きな人がいて、ルシアンが取り持って結婚することになった。
そして、私は友達にも会えた。
領主の来なかったミストラの街は、領主が一番訪れる街になっていた。
正確には、まだ、ルシアンは侯爵の当主ではないんだけど。
公爵家の当主ではあった。
「田舎だと思ってたが、いいところだな」
何度目かに訪れたミストラの街で、ルシアンが言う。
「早く私を探しにきてくれたら良かったのに」
私が言うと、ルシアンはちょっと気まずそう。
「ごめん、俺もずっと会いたかったのに……」
キスして抱きしめてくれる。
「領主様とフィーがチューしてる!」
田舎の子供が騒ぎ出す。
私も、ルシアンも赤くなる。
「俺たちの屋敷を建てよう、フィー。誰にも見られないように」
「……うん」
「でも、私はここで誰にも見られずにルーシェとキスしてたんだよ」
「え、どういうことだ?」
それは、もちろん、夢の中で——。




