第3話 グレーメルの街にて
街の門前にはある程度行列ができているようで少しの待機時間があった。その間私は近くにいた行商人の男性に話しかけられる。
「やぁいい天気だね。ところで見たことのない格好だけど、どこから来たんだい?」
行商人の男性は私たちの恰好が珍しかったようで興味津々といった表情で訪ねてきた。
ここは定型文で返すべきだろう。
「こんにちは。いい天気ですね。私たちはずっと東にある小さな島国からやってきたんです。一応神官ではあるんですけどね」
「ほう。神官。小さな島国から来たとはさぞ大変だったんだろうね。ということは身分証も持ってない?」
「えぇ。故郷の身分証は意味がないと聞きまして、この列に並んで街に入るタイミングでどのようにすればいいか尋ねようと思っていたところです」
「なるほどな。普通なら身分証なしの場合は身元保証があれば楽なんだが、そんなものはない人もいる。なので身元保証がない場合は別室で犯罪歴の有無とか調べられた上で仮の許可証を発行されるんだ。ところでお前さんたちは何か面白いものを持ってたりしないかい? もしあるなら身元保証を引き受けるつもりもあるが」
どうやらこの男性は私たちの恰好を見て商機と思い話しかけてきたようだ。
ならばその話に便乗させてもらうとしよう。
「さくら。何か提供できるものはあるかい?」
さっそくさくらのインベントリに何かないか確認する。私のインベントリには面白いものは何もないからね。
「小分けした胡椒がありますよ。麻袋に入れたものですが」
「おいおいおい、まてまてまて。胡椒だって!? なんでそんな高価なものが」
胡椒と聞き驚く男性。そうか、まだ胡椒の流通は少ないのか。
さくらが取り出した胡椒はなんと10kg。どうしてそんなに持っているのかは不明だけど持っているのだから仕方ない。
「手間をお掛けして申し訳ないが、この胡椒1袋で取りなしてもらえないだろうか。私たちの故郷ではさほど珍しいものではないのでね」
「参ったねこりゃ。とりあえず一旦身元保証は引き受けるが、そのあと一緒に立ち寄る商会についてきてくれ。この胡椒を換金して、そうだな、手数料5%でいい。それだけくれれば十分だ」
胡椒の入った袋を手渡すと男性は驚いたようにそう言葉にする。どうやらある程度信頼できる人物のようだ。少なくともお金に関しては。
「今後のことも考えて10%でいい。それでも結構な額だろう? 行商人ならそれだけ仕入れができるということだ。保険はあった方がいい」
「それはそうだが……。いや、そうだな。よし、滞在する間の面倒は見てやるよ。でもくれぐれも犯罪に手は染めないでくれよ? 身元保証をした手前犯罪を起こされると連座させられるんだ」
「なるほど。それについては承知した。私もいい大人だからそれについては問題ない」
「助かるよ」
男性とそんな感じで話しているといつのまにか私たちの番が来ていた。
「身分証はあるか? なければ身元保証。それもなければ審査を受けてもらうが」
「はい私のはこちらです。この2人は遠い国からやってきたばかりの神官とその師弟らしく、見聞を広めるためにやってきたそうで身分証がありません。ゆえあって私が身元保証を引き受けることになりましたので申告致します」
「そうか。では簡単な検査を受けてもらえれば問題ない。ただし問題は起こすなよ? 身元保証を受けている場合は身元保証人も連座になるからな」
「はい、わかりました」
「わかりましたわ」
その後本当に簡単な検査。犯罪歴などの検査を終えて街へと入るに至る。
「いや、まさかあんなにスムーズにいくとは思わなかった。貴方の態度に衛兵も配慮していたからな。まるでどこかのお偉いさんのようだったよ」
「ふむ。そうかな? だとしたらこの職業に就いた甲斐があるというもの。あぁ、名乗っていませんでしたね私は【狐塚詠春】。こちらの子が【狐塚さくら(こづかさくら)】だ」
男性に紹介するとさくらはまるで淑女のように優雅に一礼した。
その様子を見て男性はさらに驚いた様子だ。
「まさか本当にやんごとなきお方じゃあるまい? いや、詮索はしないでおこう。【ランド】だ。行商をしている」
「よろしく。行商をしているのなら簡単な幸運のおまじないをかけてあげよう」
「はは、ありがとよ」
その瞬間、気休めだろうと思って苦笑しているランドのステータスに金運上昇という効果が追加された。
彼がそのことを知るのはだいぶ後になるのだが。
私たちはランドの後についてグレーメル商業組合という場所にやってきた。
ここはこのグレーメルの街の商業の中心地らしく、大きな馬車や荷車が出入りする倉庫のような建物が併設されている。
ランドについて中に入ると『荷受け所』と書かれた場所に案内された。
ここでランドは胡椒の小袋を含む荷物をすべて出し、査定に出すという作業を行う。
査定のが始まると検査官がルーペを使って検品を行い検査し査定官が金額をはじき出す作業が行われる。
一連の工程が終わるといよいよ支払い所という場所で査定された金額を受け取るようだ。
「ランド、今回は胡椒なんて手に入れたのか。どうやった?」
「あぁゴメス。こちらの神官さんが故郷から持ってきたものなんだ。神官さんの故郷では一般的なものらしくてね、販売を手伝う代わりに手数料を少しもらう予定なんだ」
「ほーう。いい出会いもあったもんだな。ただこりゃちょっと上物だぜ? 結構な額になるから組合に口座作っておいた方がいいぞ」
「そんなにか?」
「あぁ。んでどのくらい手数料貰う予定なんだ?」
「えーっと10%だな」
「10%か。お前も口座作るか手形発行してもらえ。ずっと現金持ちなんだろ? この額を持ち運んでるといいカモにされちまう」
「予想外だな」
「そうでなくとも今日突然領主様が香辛料を買い集めると言い出してな。なんでも別の領の領主様をお迎えしてパーティーをするんだと。だから品薄も品薄になってたところなんだ。3倍出しても売れちまうくらいにな」
「なんてこった」
どうやら早速金運上昇の効果が出ているらしく、ちょうどいい時にちょうどいいものが入ってきたようだ。
そんなこんなで取引が行われ、10kgの胡椒はなんと通常30万クレムのところ90万クレムへと変貌した。たった10kgがだ。
「ランドさん、約束の9万クレムです」
「あ、あぁ。ありがとう。いやまさか一般人の月の金額くらいを軽く稼げちまうなんてな……。」
驚いているランドには悪いが、私は別のことが気になっていた。
なのでさくらにこっそり尋ねてみることに。
「さくら、なんで10kgもの胡椒を持っていたんだ?」
するとさくらはきょとんとした顔をして。
「10kgはほんの一部ですよ。倉庫にまだ10トンほどありますし。基本的にはお料理用です」
10トンを倉庫でお料理用に保管とか、さくらさん恐ろしい子!
でもそんな数を報酬したらまず確実に暴落するので出さないでおく方がいいだろう。
「ところで詠春さん」
「どうしました?」
「いえ、再度お礼を言っておこうかと。ありがとうございました」
「いえ。こちらも助けてもらいましたから。さて、そうしたら一度身分証を作りに探索者組合に出向いてみます」
「わかりました。お気をつけて」
こうして私たちはランドと別れ、身分証を求めて探索者組合を目指すのだった。
「ところでさくら」
「どうしました? マスター」
歩き出す直前、さくらに渡すものがあったので呼び止めるとさくらは不思議そうな顔をして小首をかしげた。
「さっき入金された口座のカード、さくらに渡しておこうと思ってね」
「あぁ。わかりました。お預かりします」
こうして口座のカードは我が家の財務大臣に無事引き継がれたのだった。




