第2話 深く静かに謝罪せよ 嵐は過ぎ去るものではない
私は今、ただ深く深く土下座をし頭を下げている。眼前には空中に浮かぶのは身長60cmほどの小型の妖狐女性型の神霊【さくら】だ。私の従者にして生活全般を管理する頭の上がらない存在。簡単に説明するなら私の命を握る人ということだ。
さて、ではなぜこんな状況になったのかを一緒に振り返ってみるとしよう。
◇
「あー背中が痛い……。寝たけど寝てない感じがするな……」
軽い食事のあと、水を詰め込んでいる蔓草を見つけたので切って一時的に水分を補給して寝床に戻り就寝。何度か寝心地が悪くて目が覚めたもののどうにか乗り越え朝を迎えた。
「今日こそは水場を探さないとか。色々と足りないものが多すぎる。風呂も服もない」
状況は極めて最悪だ。せっかく種族を変えて生やしたケモミミや尻尾も薄汚れてしまっているではないか。
「このままではお風呂なんかずっと先だな。水浴びもできないわけだし……。背に腹は代えられないけど従者1人分くらいなら呼び出せる力も溜まっていることだし呼び出してみるか。怖いけど……」
誰よりも恐ろしい鬼神を呼び出すのだ。怖くないわけがない。しかし逃げてばかりもいられないので意を決して従者を召喚するためのゲートを作り出す。小さいけど。
どうしてそんなことができるのか? 召喚士なのか? 答えは否。私の扱える力は【創造】だからだ。
もちろん攻撃手段も防御手段もあるが、一番箱の色々なものが作り出せる創造だろう。
「あー怖い。確実に怒られる。しかも無言で……。でもこれ以上連絡しなかったら余計に悪化する。覚悟を決めろ、私。【アクセス デュオ クリエイトポータル】 おいで、さくら」
私はそう言葉にすると指をパチンと鳴らす。
すると目の前に小さな黒い穴が開き始め、完全に円形になったところで、小さな手が黒い穴から出て来た。
「うんしょっと。ふぅ。呼ばれたから来ました、マスター。ふむ? ここは一体どこです?」
桃色髪の巫女服を着た身長60cmほどの小さな狐耳の少女は私を見るなりそう口にする。
しかしその表情は無表情だ。明らかに怒っているときの表情だと感じた。これは経験則だ。
「あー。わからない。気が付いたらこの近くの洞窟にいた。それとコマンドが通るので関わりある世界のどれかだとは思う」
「そうですか」
さくらは短く口にすると徐にあちこちにウィンドウを表示させて何かを調べていく。支援系が得意なさくらならではの能力と言えるだろう。
「現在地がわかりました。とにもかくにも、まずは帰らないと話になりませんね」
さくらはすっとまだ開いている黒い穴を指さす。いや、さすがに小さすぎて通れないですから!
「冗談です。それはそうと、まずはお説教ですね」
そうして小一時間みっちり叱られた後、私は土下座するに至った。
◇
「マスターはお酒が弱いのですからいい加減自覚してください」
「大変申し訳ございませんでした」
「それで、今回の原因となった人は誰ですか? あとで抗議しなければなりません」
「さくらの嫌いなあの人です」
「……。いい加減、付き合いをやめてはいかがですか? ロキ様とは」
「ははは……」
さくらはロキのことが大嫌いだがロキはさくらのことを気に入っている。
それゆえちょっかいを出すのだがそれがさらに嫌悪感に拍車をかけているという悪循環を生んでいる。まあロキは女癖悪いからね。
「ともあれ、すぐに帰ることはできないのはわかりました。力が溜まるまでは私もこちらでサポートします。が、明日召喚できるようでしたら【雛】ちゃんを呼び出してください。そうしないと大変なことになりますよ」
「あっ……」
【雛】は従者の中でも防衛と輸送に特化した能力を持つさくらの姉妹だ。どんな攻撃も防ぐ強固な防御能力を誇るほか、山1つ収納しても余りある容量の亜空間倉庫を所持しているので一緒に行動するだけでほとんど心配がいらなくなるほどだ。そしてとても甘えん坊だ。ゆえに、1人きりにして放置した後のことが非常に恐ろしい。
「さて、マスターにダメージを与えたところで、まずはこちらをご覧ください」
そう言うとさくらはウィンドウの1つをこちらに投げてよこした。そこにはこの世界の物と思われる地図が表示されていたのだ。
「まだ稼働しているGPS衛星からデータをダウンロードしましたのでそのままマスターの端末にインストールしてください。アーカイブにも検索を掛けて調べてみましたが、この島は結構大きいようで開拓向きです。それとかなり行った場所に港町があるようです。ここです」
さくらがマップ共有機能を使い指定した場所は、現在地である島からだいぶ離れた場所にある大陸の港町だった。
「この地域は種族による差別は少ないそうです。また街に入るための税金が不要なので現地通貨を持っていない我々には好都合です」
「なるほどね」
さくらの作戦はこうだ。私の転移能力を使い対象の街の付近に転移し、そこで現地通貨を得るための活動を行う。島を開拓するにしても何にしてもお金や資源は必要だから悪くない案だ。正直、今の私1人ではマップを取得するのも大変だから助かる。
「服は現地風のをどうにか得るとして、とりあえずアーカイブからこの世界の言語パックをインストールします。少し頭痛がしますが頑張って耐えてくださいね」
そんな言葉を口にするさくらはとてもいい笑顔をしていた。まだ怒っていらっしゃる。
「了解。うっ……。やっぱり急なインストールはきついね……」
脳に多少の負荷をかけ、この世界の言語を強制的に覚えることには成功。さて、この後は服の用意か。
「それではまず転移しましょう。マスター、座標お渡ししますのでお願いします」
「了解。転移座標受領。それじゃこの島にアンカーつけてから転移するよ」
「お願いします」
そうして私たちは初めての街の付近へと転移したのだ。
◇
「さてと、到着したわけだけど……」
周囲を見渡すとそこは外にほど近い森の中であることがわかる。一応さくらなりの配慮ということなのだが、この後どうするかは考えていなかった。
「マスター。いつまでも部屋着のスウェットではなく、一旦こちらにお着替えください」
さくらが取り出したのはなぜか狩衣である。平安時代でよく見るあれだ。
「なんでこんなのが入ってるの?」
「今それしかないんです。あとは雛ちゃんを呼んだときに受け取ってください」
抗議をしたものの受け入れられることはなかった。まぁ諦めて狩衣に着替えておくか。ちょっと、というかだいぶ浮くけど。
なんだかんだ言いつつも一旦スウェットから狩衣に着替えた私は着ていた服をさくらに渡す。さくらはそれを受け取るとそそくさと自分のインベントリにしまい込んでしまう。その時の表情は少し嬉しそうだったがいつものことなのでスルーしておくことにする。
さくらはお世話することが生き甲斐らしいので余計な手出しをすると怒られかねないのだ。
そんなこんなで着替え終えた私達は森から出て港町へ向かう街道を歩くことに。さすがは港町ということもあってか道には石畳や石垣が設置されており、道を間違えないように案内板が設置されるなどしてしっかりとした整備がされていた。
おそらく結構儲かっているのだろう。少し先に見える港町は想像以上に大きくたくさんの建物が並んでいることが見て取れた。
「ところでさくら。あの港町の名前ってなんなんだい?」
「グラーデン地方にあるグレーメルという名前の港町だそうです。ちなみに領都でもあるのだとか」
「ほう……」
さくらの言葉を聞き改めて港町を見てみると、高い丘の上に大きな屋敷が建っているのが見えた。まぁどちらかというと城壁みたいに見えるので城なのだろうが。
「あれがそうか」
「はい。領主は35歳の男性とのことです」
「ずいぶん若いね」
35歳の領主といえばそれなりに若い部類に入るだろう。場所によっては60や70になっても領主の座を明け渡さない者もいるだろうからね。
「平均寿命が50歳程度とのことなので、遅い方ではあるかもしれませんね」
「まぁ相応ってところか」
そんなことを話ながら歩いていると、さくらが突然地面に降りてその姿を変えた。
さくらたち従者は狐耳の神霊時の身長はおおよそ60cm程度だが、人間と同じ姿とサイズになるときは145cm程度の身長に変化する。
まぁ見た目は狐耳巫女服の145cmの子供みたいな感じではあるのだが。
実際に彼女たちはまだ幼い部類ではあるので当然か。
そうこうしているうちに私たちはグレーメルの街の門前にたどり着いたのだ。




