第19話 領主との出会い
結局心の叫びは誰の胸にも届くことはなかった。
それからしばらく、雛と鈴と雛菊の登録が無事完了した。
しかし雛菊の登録の時に些か問題が起きたことも付け加えておきたい。
「次はわたくしの登録ですね。ふふ。初めてですので楽しみです」
「ではこちらの、水晶に触れてください」
「はい」
上品な所作で水晶にそっと触れる雛菊。
すると突然水晶が光り輝いてしまったのだ。
「えっ? どういうことですか!?」
「あら? これはテューズちゃんね。いつの間にシステムに干渉していたのかしら。いたずらはだめですよ」
雛菊が水晶にそう言葉を掛けると水晶は元の状態に戻ったのだ。
そうして組合内が騒がしくなっていたところで水晶は素知らぬ顔でカードに情報を登録していた。
と、ここまでが先ほどまで起きていた問題だ。
ちなみに今はなぜか組合長の部屋に呼ばれている。
呼ばれる理由はないと思うんですけどね……。
「グレーメル探索者組合組合長のマッシュ・ソル・アラディアだ。一応貴族ではあるが気にしないでくれ」
マッシュさんはそう口にすると私のほうに手を伸ばしてきた。
握手、であっているのだろうか? 貴族の作法はわからないので迂闊に触れていいのか悩むところだ。
「もしかして握手の習慣はなかったかね? だとしたら申し訳ない」
「いえ。こちらも貴族の習慣については詳しくなかったもので。握手については心得ております。遅くなりましたがよろしくお願いします。狐塚詠春です。それと狐塚さくらに狐塚雛、狐塚鈴に狐塚雛菊です。皆姉妹です」
「お初に目にかかります。狐塚さくらと申します。お見知りおきを」
「お、お初にお目にかかります。あ、あたしは狐塚雛です」
「お初にお目にかかります。狐塚鈴です」
「お初にお目にかかります。わたくしは狐塚雛菊と申します。狐塚家の治療などを担当しております」
「これはご丁寧に。まずは座ってください」
「失礼します」
皆の挨拶が済むと同時にマッシュさんに着席を促される。
数人が掛けられるソファーなので皆横に並んで座るという形をとっている。
ちなみになぜか私が中央だ。
「実は前にも水晶がエラーを起こしたと報告を受けていてね。普段はそのようなことはないのだが何か心当たりなどは?」
「おそらくそれは私の登録の時でしょう。心当たりはなくはないですが水晶にいたずらなどはしていません」
「ふむ。実はあの水晶なのだが、あれは創星教という宗教団体が製作しているものでね。いくつか口伝があるのだよ」
「伝聞、ですか」
この世界には創星教という謎の宗教団体があるらしい。
組合で使われている情報を記録する水晶はその団体で製作しているものなのだとか。
「大きな声では言えないが、この世界には時折異世界からの迷い人がやってくることがある。彼らは総じて強い能力を持っているなどして時折世界に影響を与えているのだよ。最近も来ていてね、蒸気機関ってのを知っているかはわからないが、これも彼らの知識を元に製作されたものなのだよ」
「ほう、異世界人、ですか」
どうやらマッシュさんは異世界人がこの世界に来ていることを知っているらしい。
というか私のほうが知らなかったんだけど。
雛菊は把握していたのだろうか?
「それでまず君たちのことだが、異世界人で合っているのかね? あぁ、例えそうだとしても私は何かしたりどこかに報告したりなどしないよ。事前に調べた限りでは東方の国から来たということになっていたようだからね」
ずいぶん突っ込んだ聞き方をしてくるものだ。
まぁ偽っているのは本当なのだから仕方ない。
「ご指摘の通りです」
「そうか。確認しておきたかったのは単純に私がこの街を含む領の領主をしているからという理由と少し個人的な理由があっただけなのだよ。それと創星教の口伝もあってね」
「領主様でしたか。つゆ知らず申し訳ございません」
「いや、かまわないさ。それで口伝なのだが、組合に設置されている水晶は主神の力の恩恵を受けて製作しているそうなのだよ。そのせいか神の使徒やそれに連なる者の情報は正しく得られないのだとか」
「そのような口伝があるのですね」
「うむ。だからもしやと思ってね。いや、神々にお会いしているかを確認する必要はないのだ。ただそのような事情があるので釘を刺しておこうと思ったというところだ」
マッシュさんは慎重に言葉を選んでいる様子。
要約すると私たちは異世界人であるか、神々に繋がりがあるのかを確認したかったとなる。
私たちの正体についてはいいとして、個人的な理由とも言っていた。
なら何かあるのだろう。
「なるほど。それで何をお求めで?」
「いや。求めているというわけではないが……」
私の言葉を聞いて困惑した表情を浮かべるマッシュさん。
黙っている見返りを要求する気はないようだが、若干何か頼みたいことがあるようだ。
さて……。
「正直に言おう。我が娘のエリーゼが死病にかかっているのだ。強力な力や特殊な知識を持っている異世界人ならもしやとも考えてはいたのだ。我が領での活動を認めるということを条件に救ってはくれないだろうか」
ずいぶん素直な領主様だと思った。
しかし死病とはどんなものなのだろうか。
「この世界にも神々に連なる者や繋がる者、聖女や聖者のようなものはいるでしょう? 彼らには頼みましたか?」
「打診はした。そして診てもらうために旅に出た。だがダメだったのだ。娘の体から出ていた水晶の突起を見てすぐに表情を曇らせ、首を横に振った。かの者たちに娘は救えない」
「体から水晶の突起物……」
「マスター? おそらく結晶病です」
「思い当たる節はそれしかないね。件の大陸のこともあるし。はぁ……。問題は山積みというわけか……」
結晶病とは空間結晶の粒子が体内などに入り込み、その体と構成する原子を空間結晶の原子に置き換えてしまう病のことだ。
放っておけばいずれは結晶だけがその場に残ることになる。
大抵の場合発病のトリガーは空間結晶に触れてしまうことだが、相当相性が良くないと侵食してくることはない。
私とさくらの意見は一致している。
原因は確実に空間結晶だ。
ふとマッシュさんの顔を見る。
その顔は曇っていた。
「いいでしょう。案内してください。ただ、どうにもならない状況の可能性もあります。それだけは心に留めておいてください」
「助かるのか?」
「診てみないことには。ただ知見はあります」
「そうか……。知見だけでも助かる……。誰も何も情報を持っていないのだ。見立てではそう遠くないうちに手立てを得られずに命尽きるとだけ言われた」
こうして急な話ではあるが領主様の依頼を受けることとなった。
「それでどちらにいけば?」
「この街の館で眠っている。案内する」
場所はおそらくあの丘の上にある館だろう。
すぐ近くのようだ。




