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7、蘇る王

「貴様ぁ!! 役立たずの出来損ない如きが! 誰に口を利いている!!」


 ミルトの挑発に、バルゴアは躊躇なく剣を抜いた。バルゴアにとって「役立たずの邪魔者」が、ベテラン冒険者も恐れるダンジョンから生還した、という事実が受け入れられず、理性よりも苛立ちが勝っていた。


 目の前にいる変貌したミルトへの、無意識での恐れもあるだろうが、バルゴアがそれを認める事は無い。


 ミルトは静かに目を閉じ『共感』を発動させた。


 ──瞬間、バルゴアの心が露わになる


  兄上の指示── なぜ生きている──

 目障りだった ──今ここで俺が

  ──ガルマックス伯爵家が辺境を牛耳る

 ──面子 ──俺の地位 ──俺なら殺れる

 イイ女を二人も── 勿体無い── 俺が


 感情が流れ込んでくる。そこには辺境伯家の傍系から命令だけではなく、私怨と保身と嫉妬、そして下卑た欲望が見える。


(凄い! 数日前とは全く違う。相手の機嫌を感じる程度だった能力が⋯⋯ここまで練度が上がるとは)


 ミルトはバルゴアの考えが手に取るように理解できた。ただ⋯⋯


(スキル名は『共感』だが、コイツに共感は出来んな。しかし、死者の中にも欲望に満ちた似たような奴は居たが、コイツほど矮小では無かったな)


 ミルトは心の奥で小さく嘆息し、構えを取る。ダンジョン内に居た死者の怨念と比べると、バルゴアの意識は非常に矮小なものだった。


「ぜあぁぁあー!!!」


 ミルトが呆れた目で見ていると、バルゴアが吼えて斬り掛かって来た。だが、その剣は虚しく空を切る。ミルトは足を一歩引き、半身をずらして剣を躱した。完璧に動きを読んだ自然な回避。それが二度、三度と続く。


 一般的な騎士と比べれば、それなりに鋭いバルゴアの斬撃は、だが風を切る音だけを残しミルトの衣にすら掠めることは出来なかった。


「なっ!? なぜ当たらん! 避けるなぁ!!」


 ミルトよりも数センチほど上背のあるバルゴアが、体当たりの要領で突っ込んで来た。破れかぶれの最後の突きを剣の腹で受け流し、足元へ体重を落とす。


 低く身を沈め、足払いの一閃。バルゴアの体勢が崩れ、無様に地面を転がる。


 バルゴアが起き上がった直後、首筋に冷たい刃が突きつけられた。


「⋯⋯分かったか? お前じゃ俺には勝てない」


 ミルトの声には怒りも驕りもない。ただ事実を突きつける静かな重みだけがあった。


 まるで自分を眼中に入れず、路傍の石ころの様な目で見ている事実に──バルゴアは言葉もなく、歯を噛み締めてミルトを睨み付けた。


 陣地は静寂に包まれ、完全にミルトの存在に呑まれていた。虫の音すらも聞こえない。



 ──その瞬間だった



 ──静けさを裂くように、空気が震えた



 ダンジョンの入口から、膨れ上がるような“強烈な気配”が押し寄せる。その場にいる者達は、身体全体を押さえつけられるような、圧倒的な圧力を感じた。


 濃密な死の香りと、血肉を剥がされるような感覚。魂を削られるような冷気が、陣地全体を包み込む。


「ひっ、ひぃッ!」

「なんだ!! なんだってんだチクショウ!」

「やべぇ⋯⋯やべぇぞ。なんか来やがる⋯⋯」


 下級騎士達はその場に膝をつき崩れ落ち、冒険者たちは手足を震わせて動けなくなった。


「脚が、脚が動かねぇ! あ、あああ⋯⋯」


 気配が近付くにつれ、空気が重くなる。喉が詰まる。まるで大気そのものが意思を持ち、この場を支配しようと迫ってくるような圧力。


 正体も分からぬまま、恐怖だけが膨らむ。

 ミルトは、眉根を寄せて洞穴を鋭い目で見つめる。


 唯一、トニトルスは鋭く目を細めて巨剣の柄を握り、戦闘態勢に移行していた。


 洞穴の奥の黒き門から、軋むような音が響いた。


 次いで、洞穴の暗闇から、ゆっくりと姿を現したのは、全身が砕けかけたまま、黒衣のような布切れを纏った小柄な骸骨。


 瘴気の様な禍々しい魔力を放出し、その魔力で無理やり継ぎ足され補強された骨からは、かつてのスケルトンキングの残滓が滲み出ていた。


 ──復元された“前の王”


 骸骨の口が音を立てて開き、カチリと音を鳴らした。


 その奥から、嗄れたような喜びの気配が洩れる。


 「⋯⋯カ⋯⋯カ⋯⋯カカカカカ⋯⋯」


 ソレは歯を甲高く打ち鳴らして笑う。


 人間の気配、張り詰めた空気、強者の匂い。怨念と歓喜が混じり合い、骸骨の眼窩に紅い光が宿る。


 歯を鳴らすのを止めた次の瞬間、骸骨は風のように動いた。


 目にも止まらぬ速度で、トニトルスへと迫る。


 死の力を帯びた拳が、悠久の時を超え、かつて自らを討ち果たした強者に襲い掛かる。


 ──その姿は、歓喜に満ちていた


 周囲には突然の異常事態でも、音を聴いて察知していたのだろう、既に巨剣を抜き放っていたトニトルスは、応じるように巨剣を肩に担ぎ地を蹴った。


 閃光のような斬撃が骸骨に迫る。だが骸骨は、撫でるように剣閃をいなし、逆の拳を突き出す。トニトルスは即座に剣を引き、巨剣の腹で拳を受けた。小柄な骸骨の拳とは思えない程の打撃音が辺りに響く。


 追撃の拳を、トニトルスは上体を捻って躱すと同時、上段からの打ち下ろしを放つ。


 地を裂くような拳と剣の応酬。剛と剛が激突する音が響くたびに、大地が震える。


 ダンジョンを脱出する最中に、トニトルスが話してくれた"前の王"。拳法家のスケルトンキング。ミルトはそれを思い出した。


 突然の現実離れした人外の如き攻防に、誰一人として動く事が出来ず呆然と立ち尽くしていた。


 トニトルスは回避の一手を取り後方へ跳ぶ。が、着地点には呆然と座ったままのバルゴアの姿が⋯⋯。


「くっ、どけッ!」


 トニトルスが叫んだが間に合わない。トニトルスは方向転換したが、バルゴアはそのままだ。


 骸骨は一瞬で間合いを詰め、トニトルスの方を見ながら、振り払うような動作で裏拳をバルゴアの顔面に叩き込んだ。それは敵とも認識せず、まるで障害物を振り払う為だけの動作。


 破裂する音と共に顔面が原型を失い、脳漿が散る。バルゴアは悲鳴をあげる事もなく、崩れ落ちた。


 まるで草が刈り取られるように指揮官が消えた。


 その光景に、周囲の騎士たちが息を飲む。数人が尻もちをつく。沈黙と嗅ぎ慣れた臭気──森は既に戦場と化していたのだ。


「貴様ら! 邪魔だ散れ!」


 巨剣を腰溜めに構えたトニトルスの声が響く。


 トニトルスの周囲の空気が小刻みに震え、小さな破裂音が、雷のような気配が奔る。


 ──雷咆らいほう発動


 ミスリルの巨剣を介し、横薙ぎにして放たれた熱波と雷を伴った一撃は、轟音と共に地面を十数メートルに渡り放射状に抉る。


 後には雷の残響が森に轟き、木々が焦げて折れ伏す。


 同巻き起こった爆風が、騎士たちの陣営を直撃し、誰もが吹き飛ばされて地に伏し、呻き声を漏らす。


「おい、これでやりやすくなったぞ?」


 トニトルスが口角を上げて骸骨に語り掛けた。


「⋯⋯カ⋯⋯カカカカ⋯⋯カカ⋯⋯!」


 骸骨が不気味に歯を鳴らして応える。


 遠目に見ていた騎士達は、目の前の光景に──人外の戦闘に危機を察し、転がるようにして森へと逃げ出した。


 それを見届けたミルトが剣を構え、一歩踏み出す。


「俺も出る」


 ミルトの瞳に恐れは無く、ただ真っ直ぐに黒衣の骸骨を見据えていた。


 その気配に、骸骨がもう一度口を鳴らす。


「⋯⋯カ⋯⋯カカカカ⋯カカ⋯⋯!」


 また不気味に歯を打ち鳴らす──ミルトの中で確信に変わった。これは歓喜だ。


 骸骨が自然体から半身になり、闘気が溢れ出す。戦場全体を覆うように喜悦の波動が辺りを包み始めた。


 ミルトは覚悟を決めた。


 黒衣の骸骨に向けて『共感』を発動する──


 視界と世界が歪み、記憶が流れ込む。


 ──孤独

 ──怒り

 ──抱擁

 ──渇望


 飛び散る血飛沫、響き渡る歓声。白銀の髪を揺らし、裸足で闘技場の砂を蹴る。艷やかな光沢のある東方のドレスを纒い、闘う女の姿があった。


 ──パイシー・アッツ・ミーケロルム


 東方の山岳地帯に点在する小部族の出身。生まれながらに異能の肉体を持ち、幼き日から男共を素手で圧倒する麒麟児。


 彼女の才を恐れた家族は、彼女を捨てた。


 闘争に飢え、そして愛情に飢えていた彼女は、戦いの興奮と抱擁を同義に捉えていた。


 愛を知らず育った彼女は、拳で人と繋がろうとする。戦いは出会い、愛は拳の延長にある。


「ふふ、この程度で泣いとったらあきまへん。ちゃんと夜の鍛錬にも精を出さんとね?」


 日常では面倒見がよく、母のような優しさと、時に包み込むような愛情で弟子を導いたが、ひとたび戦えば鬼神の如く変貌する。


「あんた、最近ちゃんと修行してはる? 身体は嘘をつきまへんえ?」


 剣士、呪術師、竜人、魔導騎士──あらゆる異国の強者を求めて、彼女は旅をした。


 戦場では神速の拳で敵軍の将を沈め、表に裏に闘技場では巨漢を打ち砕き、挑んだ全てに打ち勝った。


 生き残った者がいれば、夜這いを掛ける。

 弟子を取れば添い寝を申し出た。

 自らの哲学に従い、愛と欲のままに生きていた。


「心も身体も満たされて、初めて良い拳は生まれますのんや」


 彼女に少女のように朗らかに、そして妖艶に笑う。


 やがて強敵を求めるパイシーは、古竜が眠るダンジョン──『グラヴァント』へ。


「強いもんがおるなら戦います。それがウチの生きる道ですさかい」


 そう微笑んで、彼女は迷宮へと姿を消した。


 最奥、黒曜石の間。そこで彼女は古竜と拳を交え、打ち勝った。だが、竜の血に秘められていた呪毒により、勝利の直後にその命を絶たれる。


 死に絶えたはずのパイシーに、何かが囁いた。


 ──戦いを望むか


 彼女は優しく笑った。


(そんなん⋯⋯愚問ですわ。⋯⋯まだ、ウチと触れてない、強いお人が⋯きっと⋯たくさん、この世には、いたはるんでしょ?)


 そうして交わされた契約──彼女は死してなお、強者を待つ存在『静謐の霊廟』の王であるスケルトンキングとなった。


 ミルトの視界が戻る。


(⋯⋯パイシー・アッツ・ミーケロルム。彼女が、あの骸骨の正体。暴力と愛が同居した古代の拳法家⋯⋯)


 ミルトの脳裏に焼きついたのは、拳を振るいながらも誰よりも人を愛し温もりを求めた、母性と欲望を併せ持つ古代最強の拳法家だった。


「カカカカ⋯⋯カカカカ!」(懐かしい良い匂いやわぁ⋯⋯愛を感じますえ!)


 ──共感した事で、彼女の意思が言語化される。

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