表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/30

6、捜索隊

 現代では未発見のダンジョン扱いとなる『静謐の霊廟』の出入口は、国の境にある森の中にある。


 人の往来する森の中の道を外れた先、その更に奥に『静寂の霊廟』の入り口が存在するのだが、扉を覆う岩の影響で、外観は小さな洞穴にしか見えない。


 平時であれば、ここを目指す者など居ない。虫の音すらも聞こえない、森の木々のざわめきだけが支配するこの場所だが、今は人の喧騒に満ちていた。


 揃いの武具を纏った物々しい集団が、陣地を張ってダンジョンに突入する為の準備を整えていたのだ。


「バルゴア様、本当にこのような場所にフェルム辺境伯の御子息が入り込んだと?」


 一際大きな天幕の中で、壮年の騎士が疑問を投げ掛ける。


「俺の報告を疑うつもりか? あのガキは間違い無くこの洞穴に入った。奥に扉もある。遺跡かも知れんし、ダンジョンかも知れん。先遣隊が戻らんから、行って確かめるしか無いのだ」


 壮年の騎士の疑問に、バルゴアと呼ばれた騎士は居丈高に答えた。周囲の騎士と比べても、かなり豪華な身なりをしており、身分の高さが伺えた。


「バルゴア様の仰る事に疑いなど御座いません。何としても、フェルム辺境伯令息のご遺体を、持ち帰りましょう」


 天幕にいた若い騎士がバルゴアの顔色を窺って同調した。


「ああ、この任務、しくじる訳にはいかん。辺境伯家に報告を入れねばならんからな。ご子息はお亡くなりになりました、とな」


 その言葉に、壮年の騎士は眉毛を寄せた。


「バルゴア様、まさか貴方様は⋯⋯」


「なんだ? 俺がなんだと? その先を言ってみろ。どうなるか分かっているんだろうな?」


 バルゴアの脅しに、壮年の騎士は黙り込むしかない。彼とて領地に家族が居て、バルゴアの生家であるガルマックス伯爵家に化騎士として長年に渡り仕えてきた身なのだ。


「外を見張っていろ。⋯⋯ロートルが」


「はっ」


 壮年の騎士は、後半は聞き流して天幕の外に出た。気分は晴れないが、幼かったフェルム辺境伯家の長男を思い出し、忸怩たる想いで唇を噛み締めた。



 ダンジョン扉を開き、光の射す方へと歩く。洞穴から、三つの人影が姿を現した。


 ミルト、トニトルス、そしてプルフル。かつて死の王が座した地下墓地の入り口から出た彼らは、地上への扉を開き、遂に陽の光を再び目にしたのだ。


「ふぁあ⋯⋯明るい」

 半ば寝ぼけ眼のまま言う、プルフル。


「ああ⋯⋯眩しいな。陽の光だ」

 トニトルスは目を細め、陽の光を浴びた。


 ミルトも目を細めて、空を見上げた。

 実家の傍系貴族に罠に嵌められ、殺されそうな所を逃げ出してから、トニトルス曰く、三日⋯⋯たったの三日。されど三日⋯⋯果てしなく長いと思われた戦いを乗り越えて、ようやく地上に戻って来た。


 しかし安堵する暇もなく、目の前の光景が、彼の表情を引き締めさせた。


 そこには、紋章付きの天幕が張ってあった。軍用馬車と鎧に身を包んだ騎士団の一個小隊が、洞穴から少し離れた所に見えた。


 人が出てくるとは思っていないのか、見張りも立てておらず、こちらに気付いた者はまだ居ないようだ。


 陣地の外で、十数名の冒険者たちが騒ぎ立てていた。


「金なんざいらねぇ! あんなとこ入ったら命がいくつあっても足りねぇよ!」


「聞いたぞ! 前に入ったやつが戻って来ねぇってな! 管理されてねぇ未確認のダンジョンなんざ潜れるかよ! まずはテメェらで行きやがれ!」


 彼らは斥候として雇われていたが、目の前にあるダンジョンに入ることを拒否し、冒険者を担当する指揮官に詰め寄っていた。


 そのやりとりを黙って見ていた壮年の騎士が、ふと視線をダンジョンの洞穴に向けた。


 そして彼は言葉を失う。


「!?⋯⋯な、なんだ貴様ら⋯⋯まさか、ミルト、様……!? 生きて⋯⋯!?」


 その声は存外響いたようで、陣中に動揺が走る。騎士達が振り返る。武器を手に取り、次々にざわめきの輪が広がっていく。


 薄汚れた衣服を纒いながらも真っ直ぐに立つ、変わり果てたミルトの姿に、誰しもが驚愕する。


 彼等はこの三日でミルトに起きた事態を知らない。どれほどの孤独と恐怖、痛みと苦難と、他人の怨念と幸福と、そして本物の死に触れてきたのか。想像することも出来ないが相貌から何かを感じ取ったらしい。


 ミルトの横に立つトニトルスは、動じること無く静かに腰に手をやり、静観の姿勢を取っている。


 プルフルは、くしゃみを一つしてフードを被る。


「その辺で休んでるから、終わったら呼んで」

 プルフルはさっさとその場を離れて行った。


 やがて、騒がしい声を聞きつけたのか、大きな天幕から一人の男が現れた。甲冑姿の若い騎士で、ミルトを馬車に乗せてこの森に連れてきた男だった。


「なんだ? 誰だお前⋯⋯は⋯⋯!? ミ、ミルト、なぜお前が、どうして生きている!?」


 先ほどの騎士と同じ問い詰めに、不快そうに眉根を寄せてから、ミルトは一歩前へ出る。かつてのような遠慮など、そこには微塵も無い。頬は痩けていて全身が汚れていても、その瞳には深い影と、底知れぬ胆力を湛えていた。


 「お前か、バルゴア。なんだ? 俺が生きてちゃ都合が悪いのか?」


「な⋯⋯!?」


「ん? ⋯⋯お前、まさか一人で逃げ出して仲間を呼んで来たのか?」


 何となく分かってはいたが、やはり辺境伯の傍系貴族の次男である、バルゴアが実行犯だった。ミルトを乗せた馬車に護衛として着いて来ていたので、疑ってはいたが、もしかしたらバルゴアも同じく殺されている可能性も、まだ心の片隅に残してはいたのだが。


(予想通りで何とも思わんが、な)


「な、なんだと!? 他の騎士は何処だ! お前を追った者達はどうした!」


 バルゴアと呼ばれた騎士は、最後に見た優男のミルトとは違う、変貌した様子と、ミルトから感じる圧力に狼狽えながらも、必死に言葉を紡ぐ。だがその瞳には、すでに理屈より恐れが色濃く映っていた。


「知らん。⋯⋯ダンジョンでアンデッドになっていたら俺に斬られたかもな」


「き、貴様!!」


「何が貴様──だ。お前が連れて来たんだろうが。お前も奴らも、人を殺そうとしたんだ、死ぬ覚悟くらいしてるだろ。騎士が任務に赴いて殉職しただけの話だ。違うか?」


 自分の知る者とは思えない姿に、バルゴアが唖然とする一方、周囲の者たちが徐々に不穏な目を向けはじめる。


「よぉ、坊ちゃん⋯⋯随分と強がってるが、辺境伯家のゴミなんだってな? そんなボロボロになってカワイソーになぁ。さっさと死んでた方が楽だったぜ?」


「そこの二人の女、特にあの鎧のやつ。俺達で預かってやるよ。坊っちゃんには勿体ないぜ」


「どちらもいい身体してる。荒れたダンジョン帰りにはきつすぎるだろう? こっちでゆっくり“休ませて”やるからよ」


「ギャハハハハハ!」


 ミルトの見覚えの無い、冒険者の様な風体の者と、装備を見るに下級騎士の者達が、ニヤつきながら歩み寄ってくる。


(下品な連中だが、遠縁の貴族家の者だろうか?)


 その言葉に、トニトルスは目を細める。


 プルフルは首を傾げたまま欠伸を噛み殺す。その目には、興味すら浮かんでいなかった。


「なあ坊っちゃん、その女は二人こっちに──」


 ミルトは静かに剣を抜いた。硬質な剣が鞘から引き抜かれる音と同時に、風を裂く音が響き渡り、空気が震えた。


 剣先は、一歩踏み出した下級騎士の首筋に突きつけられていたが、誰も動きが見えなかった。


 その瞬間、ミルトの全身から迸るような“殺気”が陣地全体に広がる。


「⋯⋯言葉を慎め。次は命を賭けて発言しろ」


 その声音は冷え切っていた。熱くも冷たくもない“死”そのものの気配を帯びていた。


「この剣は、数百のアンデッドを斬り伏せてなお、止まることを知らん。お前ら程度の魂など、擦るだけで砕けるぞ?」


 まう誰も笑っていない。


 下級騎士は額に玉のような汗を浮かべ、その場に尻もちをついた。


 バルゴアは目の前で殺気を放つ、変わり果てた存在を前にしても頭が理解を拒み、口を開いたまま懸命に声を発する努力を続けた。


「ミ、ミルト様⋯⋯申し訳御座いません!」


 口を開いたのは、ダンジョンから出て最初に声を掛けてきた壮年の騎士だ。


(見た事のある顔だな)


「おい⋯⋯“様”なんて付けるなよ。今更だ」


 その言葉に、沈黙が訪れる。言葉にはミルトの本物の“存在感”が満ちていた。


 その様子を見てトニトルスは目を細める。出来の良い弟を自慢するかのように、だが少し気遣うような、優しい眼差しをしている。


「ふざけるな! 許さんぞ雑魚が! お前が生きている事は許さん! ここで死なねばならんのだ! 戻っても貴様の生きる場所など無い!」


 持ち直したのか、バルゴアが叫び出す。その声には恐怖と焦燥、そして僅かな嫉妬が混ざっていた。


「じゃあ、辺境から出たら良いんじゃない? ちょうど王都も見てみたいし、目的地はそこで良い?」


 場違いに間延びした声で、プルフルが目的地を示した。


「!?⋯⋯だっ、黙れ女! 誰が口を開いて良いと言った!」


 バルゴアが額に青筋を浮かべて激怒する。


「面倒だ、蹴散すか? ミルトを殺すつもりらしいからな⋯⋯ミルト、どうしたい?」


 トニトルスがミルトに対応を促す。これもトニトルスの課す修行の一つかも知れないと、ミルトは受け取った。


「⋯⋯そうだな、口を慎めと言う命令も聞けないなら、分からせようか。俺がやるから見ててくれ。バルゴア、掛かってこい」


 ミルトは剣先をバルゴアへ向け、穏やかながらも静かに燃える怒気を込めた声で、一騎打ちを提案した。


 それはかつて追い詰められ、死地に追い込まれた脆弱な少年が、死地を越え己の存在を証明するための儀式だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ