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51、激おこの雷姫

 沈黙。


 トニトルスが話し終えた後、誰も口を開かない。ウルタルフは呆然としたまま俯き、頭を掻き毟る。


「⋯⋯私は、何も知らなかったのだな」


「職務に忠実なルヴィの事だ。話す訳もない」


「そう⋯⋯だな。⋯⋯何故、彼女は私のような男に、寄り添ってくれたのだろう。情けない⋯⋯何も知らず知ろうともせず、婚約者に勝手に絶望し、王命に背き、彼女の心も身体も求めた⋯⋯なんと浅ましい⋯⋯何故⋯⋯彼女は私などに」


 目の前で自戒し続けるウルタルフに、冷たい視線を送りながらトニトルスは言葉をかける。


「放っておけなかったそうだ。せめて学園にいる間だけでも、お支えして差し上げたかったと話していた。次期国王として、努力し続けるお前の、打ちひしがれる姿に心打たれたと言っていた。⋯⋯ルヴィは優しからな。だが親の愛を知らずに育った彼女にとっても、お前との関係は刺激が強すぎたのだろう。互いにの為に離れる決意をしたのだ」


 トニトルスの突き放すような物言いに、ウルタルフは思わず立ち上がる。


「そんな⋯⋯それが彼女の望みなのか? 私との未来を考えてはくれなかったのか?」


「馬鹿を言うな、お前にはれっきとした婚約者が居るだろう。ルヴィが身を引くのは当たり前の話だ。これまで散々、ルヴィに甘やかして貰ったんだ、もう充分だろう。後は国の事を考えて生きろ。そして彼女の事はさっさと諦めろ」


(一国の王太子殿下をお前呼ばわり⋯⋯。発言の許可を求めるから敬っているのかと思ったが、随分と辛辣だ⋯⋯)


『何が辛辣ですの!? 言われて当然ですわ! 王命で決められた婚約者に恋人が居たから何だというのです! 傷付いたからといって他の女に手を出す甘えん坊のダメ王子が、自分の寂しさを埋める為にルヴィ嬢の人生の全てを求めるなど、烏滸がましいのですわ!』


(⋯⋯俺が言ってる訳じゃないんだが)


『共感しているのでしょう!? 早く2人が一緒になれば良いのになって、思っているでしょう!』


(それだって、想い合う2人は一緒になった方が⋯⋯)


『バッカじゃ御座いませんの!? これだから男は⋯⋯はぁ全く! 宜しいですの? このダメ王子は婚約者の居る身で、他の女に手を出したのですわ。しかも手を出した女が都合良く消えてくれたにも関わらず、阿呆のように探し続けているんですのよ?」


(それはだから、想い合ってるから)


『だ・か・ら! 婚約者が居るのですわ! 今もまだ! 婚約を解消する事も無く、自分を好きでいてくれる甘やかしてくれる都合の良い女を求めているんです! わたくしが言いたいのは誠意の無さと、精神性の話ですわ。ここで一皮剥けないようなら見捨てなさい』


(⋯⋯わ、分かった)


『よく見極めなさい。⋯⋯貴方も通る道よ』


 最後の言葉は消えるように小さくて聴き取れない。


「同じ質問をしよう。さっきミルトが軌道修正をする前の話だ。婚約者はどうするんだ?」


 気付けばトニトルスがウルタルフを詰めていた。


「もう一つ何か手柄を立てたら、父上に婚約解消を申し出るつもりだ」


「手柄を立てられなかったらどうする?」

「それは⋯⋯ミルト──」


「ミルトを頼るな。アルヴァリク公爵家について王家と我々の目的が同じだとしても、お前を頼らなくとも私達だけで解決できる問題だ」


「だが──」


「必要無い。まだ分からんのか、お前がやる事は手柄を立てる事ではない。私の話を聞いていたのか? ルヴィの気持ちを、立場を考えろと言っているのだ」


(ルヴィの、立場⋯⋯)


「お前が彼女に出来る、誠意ある行動とはなんだ?」

「私の、誠意⋯⋯彼女を正式に婚約者にする事だ」

「その方法は?」


「だから手柄を立てて父ぅ゙ぶぇ゙!?」


『流石は我等の元王ですわ! 一国の王太子に鉄拳制裁! 誰もが躊躇する事を平然とやってのける! そこに痺れて憧れるのですわ!』


(何言ってんだセレナ! 殴ったぞ⋯⋯!?)


「甘ったれるな小僧! お前のやるべき事は、今直ぐ国王に会って、確約を取り付ける事だ! 既に手柄を立てたのでミリアリア・ルル・ファンムー侯爵令嬢との婚約を解消してシルヴィリーネリア・コヴェイン伯爵令嬢と婚約させて下さいとな!」


「ぁ⋯が⋯⋯なん、殴った⋯⋯のか」


 トニトルスの動きが早過ぎて何が起きたのか分からなかったらしい。トニトルスが拳を振り切った姿勢を見て、ようやく殴られたと気付いたようだ。


「殴ったがどうした! 私はルヴィの友だ! 今の貴様の体たらくで婚姻など認めると思うなよ!」


 怒気を迸らせて床にへたり込んだウルタルフに向かって行こうとするトニトルスを止める。


「待て! 落ち着けトニトルス! 殴るのはダメだ」


「⋯⋯庇う気か? ミルト」


「ち、違う! トニトルスの立場が⋯⋯」


「私の立場など、どうでも良い! 友の為ならばな! ⋯⋯ルヴィは捨てられ、孤児としてこの世に生を受けた。それが、見た目が美しいからと、貴族令嬢として無理矢理に鍛え上げられ暗部として育てられた。そんな状況でも、めげずに懸命に生きていた!」


 トニトルスが拳を強く握る。


「人生において大切な、親の愛情を知らぬ中、お前のような甘ったれた奴に同情して一生を棒に振りかけている! 健気に、気高く生きているルヴィがだ!」


 握った拳からギリギリと音がする。


「そのルヴィに対し、お前は何をしてやったのだ!? ただただ甘えただけでは無いのか! 答えろウルタルフ・ヴァルクリス! いづれは一国を背負うのだろう! 惚れた女の為に矢面に立てぬ男などに、このトニトルス・レックスの友は断じてやれんぞ!」


「わ⋯⋯私は──」


「掛かってこい腑抜けが! ルヴィが欲しくば私の屍を越えてゆくがいい!」


「トニトルス! 一旦落ち着け! 話が変わってるし無理がある!」


 興奮するトニトルスの腰にしがみついて止める。細い腰に女性特有の柔らかさを感じる。あれ程の巨剣を振り回しているとは思えない程、腰が細い。


『⋯⋯こんな時に何を考えていらっしゃるの?』


(ち、違う! そんなつもりは無いんだ!)


『⋯⋯はぁ、貴方って本当に──』


「教えてくれ、ミルト⋯⋯」


「え?」


 必死にトニトルスを止めていたら、ウルタルフが床に座り込んだまま話しかけて来た。


「⋯⋯死んだ事にしたのは何故だ? 彼女がそうしてくれと言ったのか? シルヴィリーネリアには近付かない方が良いのか?」


「まだ言うか貴様!!」


「トニトルス! ちょっと座ってろ! 話が進まん!」


 トニトルスを後ろに引いて、持ち上げて横抱きにすると、大人しくなった。そのまま歩いて運び、ソファに下ろして座らせる。


「少しここで大人しくしてくれ。俺がちゃんと話すから、な? お願いだ」


 ミルトがドレス姿のトニトルスの両手を取って懇願する。ここで彼女が暴れると手が付けられない。


 ミルトのお願いに、トニトルスはそっぽを向いて応える。如何にも不本意そうだが、大人しくはしてくれるらしい。


(落ち着いてくれて良かった。しかし急に大人しくなったな)


『本当に貴方って、女心の分からない坊やですこと⋯⋯。持ち上げられて暴れて落ちたら、まるで自分の体重が重いみたいじゃないですの。それくらい分かってあげなさいな』


(騎士であるトニトルスがそんな事を気にする訳ないだろ)


『普段ほ騎士とは違うんですのよ。今夜は鎧のせいには出来ませんもの』


 とりあえず女性陣の話は置いておいて、ウルタルフとの話を進める事にした。


「ウルタルフ」


 ミルトは膝を付いて話し出す。


「もし暗部として、彼女が生きていた場合、"彼女の子"は、王の影として育てられる事になる。本物のな」


 ――子?


 その一言が、刃のようにウルタルフの胸を抉った。まるで目の前の世界が、音を立てて割れた様な感覚に、ウルタルフの表情から、血の気が引いていく。


「……まさか、彼女に……子が?」


 ミルトは答えなかった。ただ、ゆっくりと目を閉じ、わずかに頭を下げた。


 沈黙が全てを物語っていた。


 王太子の膝が、力を失ってわずかに沈む。呼吸が乱れるのを隠そうと、拳を握り締めた。


「……そんな、彼女に⋯⋯私との」


 自嘲にも似た笑みが、ウルタルフの唇に浮かぶ。ミルトはその表情を見つめながら、静かに言った。


「それでもルヴィが欲しいなら覚悟を決めろ。時間は無い。今直ぐに求めないと手遅れになるぞ。⋯⋯それと」


 ウルタルフの目に、決意の光が滲んだ。



 天井に浮かぶ魔導灯が、淡い白光を部屋いっぱいに広げていた。日付が変わろうとしているが、ルヴィはまだ眠れずにいた。


 窓際に座り、指先でカップの縁をなぞる。中身は冷めた紅茶。薄いピンク色のドレスは就寝には似つかわしくないが、眠る気など初めからなかった。


「……話し込んでるのかしら」


 ──誰と?


 彼の名を口に出すことはしなかった。だが、その声の奥に、誰の姿を思い浮かべているかは明白だった。


 ウルタルフ――彼の傍に仕える日々を自ら捨てた。王命ではない。自分の意思で、別の任務に就きたいと願い出たのだ。身分の違う彼を想う心が深くなり過ぎて、隣に立ち続けることが怖くなった。


 そもそも彼には国が定めた婚約者がいる。由緒正しき侯爵家の令嬢。例え彼女に別の想い人が居たとしても、それは国益のためには些事でしか無い。何処の誰の子かも分からない自分とは違うのだ。


 私はウルタルフ殿下の傍に居て良い人間では無い。


 大国の王太子殿下と、偽物の伯爵令嬢で暗部の構成員など、任務の指示と報告以外に、交わってはならない関係だ。


 しかしそれでも、いつか彼が王となった時、私も"王の影"の一人として引き継がれるのだろう。直接言葉を交わす事は無くとも、今と同じく王妃様の前でも顔を合わせる事になる。


 ウルタルフ様とミリアリア様が同じ色調の衣装を着て並ぶ姿を前に⋯⋯私は⋯⋯耐えられそうにない。自分はいつの間に、こんなにも傲慢になってしまったのだろう。


 けれど、もう前のようには戻れない。だから護衛の任務を離れた。それが適切な距離だと思ったから。


 だが――その選択の後に知る。新しい命が自分の中で息付いていることを。


 もはや"王の影"ですらも居られない。このまま暗部に居れば、愛する人との子が、どの様な運命を辿るのか、私には想像もつかない。


 ──ここから離れなくては


 そんな時にミルト様のパーティに出会った。あの超然とした、万能の魔導士。現代の魔導具士とも、魔術師とも、一線を画す存在、プルフル様に。初対面の時は、魂が震える程の圧を感じた。


 人類の裏に存在する者達──"魔族"かと思った。


 暗部の中でも、稀に話題に登る"魔族"に出会ってしまったのかと、あの時は死を覚悟した。自分の中に居る命だけはと、そう願った。


 ルヴィは深く息を吐きだして、胸の上に両手を重ね、目を閉じる。祈りの言葉を乗せた吐息が、わずかに震える。


「……あの方は、きっと……今日も微笑んでいらっしゃる。そうであって欲しい⋯⋯ウルタルフ殿下」


 その瞬間、部屋の空気が一瞬、たわんだ。光の粒が宙を走り、部屋の中央に青白い魔方陣が展開される。


 ルヴィが身を起こすと、魔方陣の中からひょっこりと彼女が姿を現した。


「⋯⋯戻り」


 深緑のローブを纏い、魔導書を抱え、目元は眠そうに半開き。


「……ただいま。夜会は上手くいった」


 プルフル・エ・アロ・フラギリス。


 千年以上前にダンジョン内で勝手に自作した研究施設で死に、アンデッドになっても尚、研究を続けていた魔導士。ミルトに見つけられ、再び人間に戻った今も、行動に何の変化もない。


(フラギリス──初めてフルネームを聞いた時は心臓が飛び出るかと思いましたわ。まさか御本人にお会いする日が来るとは⋯⋯魔塔にらっしゃる信者の方々に話したら、泣いて羨ましがりそうですわね。まあ、もう会う機会も無いでしょうけれど)


「夜会の内容をお聞きしても?」


 ルヴィが柔らかく微笑むと、プルフルはわずかに顔を上げる。そして、珍しく口数が増えた。


「ミルト、タキシード似合ってた。完璧なライン。黒の基調に艶のある黒糸の縫い取り、肩の角度が萌えポイント。あれは"着る"というより"ミルトが服を従えている"と言っても過言じゃない。私の造った胸元の装飾もバッチリ。銀色に虹の装飾を足して大正解。光が反射して際立ってた。あれはまるで王子様。ううん、多分⋯⋯本物の王子様」


 途中から声が少し夢見るように伸びる。

 ルヴィはそっと笑って、頬に手を添えた。


「貴女にとっては、本当に"王子様"ですのね」

「そう。千年以上待って、ようやく来た。迎えに」


 プルフルが目を閉じると、魔導灯の光がわずかに明滅した。眠気ではなく、幸福に似た安堵の表情。


「それで、ミルト様はお帰りになるのかしら?」

「知らない。⋯⋯見る?」

「見る? 何をです?」


 プルフルは懐から四角い魔道具を取り出した。


「遠見の板、ここに置いて、ハイ。これミルトの胸元に付いてる魔道具から見えてる。魔力を食うから長くは──」


 白い壁に映される。心臓が跳ねる。私の愛しい人、かつて愛を囁き合った端正な顔の、私の⋯⋯いえ、この国の王子様。


 しかし、その顔が歪み、壁に叩きつけられた。


「殿下!?」


 トニトルスが美しいフォームで、ウルタルフを殴り飛ばしたところからだった。


「わ、しゅらば?」


 呑気な声が後ろから聴こえた。



「それでもルヴィが欲しいなら覚悟を決めろ。時間は無い。今直ぐに求めないと手遅れになるぞ。⋯⋯それと」


 ──ブツンッ


「ええ!? プルフル様」


「⋯⋯眠い」


「待って下さいまし! プルフル様! 起きて下さいまし!」


 懇願も虚しく、プルフルはフワフワと空中を浮かんで自室に引っ込んでしまった。


「続きが気になって眠れませんわよ!」


 ルヴィの叫びが屋敷に木霊した。

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