50、ウルタルフ答えに辿り着く
(てっきり高圧的に来るもんだと思ってたんだが⋯⋯ただの苦労人だったな)
スキル『共感』で知り得たヴァルクリス王の頭の中は、ただただ憂いばかりだった。
『不敬よ、王とは孤独なものなのだから』
『一国の王になどなるものではないな』
『なればこそ我等の様な影が無くならんのだ』
『まぁ相談相手がいないのは辛いかもなぁ』
『だからこそ全肯定する側近はダメなのよ』
『時には諌められる者こそが忠臣だな』
『拙者達のような影の身では難しい』
『皆で相談して多数決すりゃ良くねぇ?』
『貴族当主の集まる評議会ならあるわ』
『あれも上手く機能しない時期があるがな』
『お主のような悪巧みをする者がおるからだ』
『永遠に続く国なんてねぇって事か』
(だとしても魔族に暗躍されて好き放題されるのは気に入らん。さっさと炙り出してやる)
頭の中で死者達が好き勝手に言っている。どうやら魔力譲渡を切っ掛けとして、怨念が薄まっているのか、頻繁に人間臭い感想を話し出している。意識を向けると聴こえてくるが、基本的には無視出来る程度の声だ。
ミルトにフェルムを継ぐ意思は無く、この先の社交も必要としない。なので貴族達に挨拶をせず廊下に出ると、そこには王宮の使用人が待ち構えていた。
「ミルト・フェルム閣下、こちらへお願い致します。お供な方々は別室へ──」
「断る。私はミルトの護衛としてここに居る」
「そういう事だ。彼女は同席する」
「左様にございますが。ご希望の方はご同席下さい」
『共感』──発動
マッパ・ザ・リッパーマン子爵令息 27歳
スキル『描図』
──こんな役目 ──仲間がやられて黙って
──ミルト・フェルム ──出来損ないめ
──こいつが『雷姫』モドキか⋯⋯良い女だ
──3人待機してる ──この2人が相手だと難しいか?
(随分と簡単に納得したと思えば、こいつも"王の影"か。『描図』はどういうスキルだ? もしかして俺が王都で接触する相手は、限られてるのか?)
『描図ならば知っている。頭の中に地図を描いて把握している人の位置を描き出すことが出来る。拙者の部下に居たリッパーマン家の者は地図を紙に書き出す事もしていたぞ』
頭の中でアーヴァインが教えてくれる。
(マッピングスキルか。暗殺やダンジョン探索には持って来いだな。ところで待ち伏せさせてるらしい)
『拙者の集めた暗殺者との模擬戦が生きる場だな』
(ああ⋯⋯いや、あれを模擬戦と呼ぶのか?)
別室に移動するパイシーとイヴは、他に用意されたメイドが来て連れて行くらしい。
「ミルト君、ほんならあっちで待ってるわぁ」
「ああ。⋯⋯あ、パイシー⋯⋯」
「ん? なんや?」
「なにやら、その、歓迎してくれるらしい」
きょとんとした顔から、パイシーの目がキラリと光る。口角を釣り上げて妖艶な笑みを浮かべる。
「いや〜ん♪ ミルト君それ言うたらあかんやん♪ なんや? ウチのこと心配してくれたん?」
「ああ。そうだなパイシーには余計な忠告だった」
パイシーが、すすす、とミルトの懐に擦り寄って背中に腕を回す。
「ちゃんと油断してから楽しむから安心してや?」
(安心とは⋯⋯?)
「時と場所を選べよパイシー。くっつきたいならさっさと用事を済まさせろ」
「はいは〜い、分かりましたえ〜」
トニトルスに諭されて、パイシーは離れた。
「用が済んだら迎えに行く」
「ええ子で待ってるわぁ〜♪ イヴの事は任しといて! ええ訓練の機会んなると思うわ」
イヴが凄い勢いでパイシーを見る。まさか自分が相手をさせられるとは思ってもみなかったのだろう。
ふとメイドを見るとムッとした顔をしていた。なんと、彼女が歓迎してくれる本人のようだ。
「待たせて済まないな。行こうか」
ミルトが案内役の男に声を掛け、肘を少し上げる。
「フフ、久方ぶりの貴族令嬢、楽しませて貰うぞ」
トニトルスが愉快そうに笑い、腕を取った。
案内役に連れられて廊下を歩く。ミルトは廊下を曲がった所で声を掛けておく。
「殿下を持たせるのも悪いから今のうちに言っておく、リッパーマン子爵令息殿」
案内役の男が歩みを止める。ミルトのスキルを通して緊張が伝わってくる。
「シュートルを無事に返してほしいなら、余計な事はするな。応接室に待機している奴にも言っておけ」
「──なんっ」
「答えなくていい"王の影"。お前達と敵対するつもりは無いが、降りかかる火の粉は払うつもりだ」
「きさ──っ!?」
「口を開くな案内役。さっさと終わらせて帰りたいと言ったろう?」
トニトルスが"巨剣"をリッパーマンの首に当てて威嚇する。
「ぶ、き──!?」
「黙って案内した方が身の為だぞ?」
こちらを侮ったのか、頭に血が上っているのか、ミルトの再度の忠告に耳を貸す事も無く、リッパーマンは指先を後ろに回し、魔術を練り始めた。
──思考強化 ──筋力強化 ──反応上昇
(面白い魔術だ。瞬間的に力を発揮するだけの暗殺者ならではだな。夢の中で戦った暗殺者達も使っていたのだろうが⋯⋯)
瞬きの間にリッパーマンは"壁の花"となる。トニトルスが巨剣の腹で壁に叩き付けた結果だ。如何に優れた魔術で体を身体を強化しようとも、行動の"起こり"を剛力で潰されてしまえば何の意味も無い。
『センスが無い⋯⋯嘆かわしい事だ』
頭の中でアーヴァインが嘆いている声が聴こえる。
「⋯⋯あ、すまんミルト。案内役が居なくなった」
トニトルスの全く申し訳無さそうな言葉に、ミルトは頭を指で叩きながら答える。
「気にするな、こいつの頭の中にあった地図は既に頂いた」
「ふふ、なんだその怪盗のような決め台詞は」
「普段は冒険者だしな。こんな格好してると変装して、怪盗にでもなった気分だ」
「パーティーに潜入した怪盗か。面白い設定だ。私はルヴィの力でドレスアップしただけだがな」
「⋯⋯そのドレス、良く似合ってる。綺麗だ」
「──っ!?」
(あ、口が滑った! 余計な事を言ったか!? もしかしてパーティメンバーを口説いてるみたいになってるんじゃないか? 訂正するか? いやそれもおかしいか?)
『何を尻込みしているんですの? これ程に美しい淑女に対して、貴方は一度も褒めていないのですよ? そちらの方がよっぽど異常ですわよ!』
セレナの声が聴こえる。それもそうかとミルトは納得した。
「⋯⋯有り難う。ミルトも良く似合っているぞ」
トニトルスがミルトから視線を外して褒め返す。
「そうか? こういうのは久しぶりで落ち着かん。さっさと帰って風呂に入りたい」
『なっ!? そこはもっと君を見ていたい等の台詞を続けるところですわよ! だいたい貴方は我等の元王に対して返し切れない程の大恩が──』
『おっとぉ! 手が滑ったぁー』
『きゃー! どこを触っていますの雑兵!?』
ミルトの頭の中で何やら大騒ぎしている。
(なんなんだ⋯⋯?)
「ああ、そうだな。ミルト、案内して⋯⋯」
気付けば廊下の先に、ウルタルフが立っていた。
「……話がしたい。少し、時間をもらえるか」
壁際に倒れ込んだ使用人を見てから、こちらに話し掛けてくる。ウルタルフの声は低く抑えられていたが、どこか焦りを含んでいた。ミルトは淡々と頷く。
(これは、どうやら暗部について知ったようだな)
「ああ、遅くてすまない。行こう」
ミルトとトニトルスは、ウルタルフに続いて控えの間に通された。
案内役のリッパーマンが案内しようとしていた、執務室では無かった。
(どんな思惑があるのか⋯⋯さて)
『共感』──発動
──シルヴィリーネリアが死んだだと?
──ミルト殺した? ──だがミルトは⋯⋯訊かねば
──シルヴィリーネリアが暗部だったなど⋯⋯
──何故言ってくれなかったのだ!?
──他者の口から聞きたくない無かった
──待ち伏せた使用人 ──暗部などが我が国にも
(凄い思考速度だな。流石というか、確かに優秀な頭を持っているらしい。⋯⋯しかし、意外と早く真実に辿り着いたな)
窓の外、室内に入る夜風が薄いカーテンを揺らす、その音が不自然に大きく感じられる程に、空気は張り詰めていた。
「座ってくれ」
ウルタルフが部屋の中心にあるソファを勧めてくるが、ウルタルフは座らず、そのままキャビネットから如何にも強そうな酒を取り出して、グラスに注ぐ。
それを一息に煽ってから、強目にグラスを置いた。
「一週間前だ」ウルタルフが切り出す。
「私の側近だったシュートル・ピースと口論していたな」
その言葉に、ミルトは眉を僅かに動かしただけだった。その沈黙に、王太子は確信めいた痛みを覚える。
「彼は、“王の影”に繋がっていたのだろう? 父上⋯⋯陛下が暗部を、私の側に置いていたと⋯⋯つい先程、知ったよ」
核心を突いてくる。ミルトは軽く息を吐き、慎重に言葉を選ぶ。
「殿下の御身を守るための影、ということでしょうね」
「だろうな……。ミルト、お前は知っていたな?」
「⋯⋯だとしたら、何です?」
ウルタルフは目を伏せた。
そして、何かを振り払うように顔を上げた。
その瞳には、探るような光が宿っている。
「――シルヴィリーネリア・コヴェイン伯爵令嬢。私の元側近だった女性だ。卒業パーティの日に行方が分からなくなった。⋯⋯それ以来ずっと、彼女を探し続けて来た」
ミルトは無言を貫いている。
「彼女は私の⋯⋯恋人でもあった」
「殿下の婚約者はファンムー侯爵家の令嬢では?」
ウルタルフは痛みを堪えるような顔で俯く。
「ああ。その通りだ。私は⋯⋯婚約者ではない女性と、恋仲になったのだ」
「臣下としては、あまり歓迎出来る話ではありませんね。殿下は王太子であらせられる。その婚約者は、ジークハルト陛下が貴族社会のバランスを考えたうえで、つまりこの国の為に選ばれた伴侶のはず」
「⋯⋯そうだ」
「何か理由があるのでしょうか?」
「彼女には、ミリアリアには想い合う幼馴染の伯爵令息が居たのだ」
「⋯⋯なるほど、ミリアリア・ルル・ファンムー侯爵令嬢は、幼馴染の恋人と既に関係を持っていて、王太子妃には相応しくないと、そういう事ですね?」
「違う。ミリアリアは表には出していない。ただ彼女の実家の、寄り子の家の者から聴いた。きいた、たけだ⋯⋯そうか、客観的に見れば、私の不貞でしかないのだな」
ようやくその結論に至ったらしい。
「私にはそう見えますね。少なくともファンムー侯爵令嬢は、想い合う恋人との仲を引き裂いた婚約を、国の為にと受けた。親の圧力もあったでしょうが、それでも気持ちを圧し殺して、王太子妃教育だって受けていたはずです」
ウルタルフは両手で顔を覆ってしまう。
「⋯⋯こんな婚約、誰も幸せにはならんのに」
吐き捨てるような言葉に、ミルトは冷たく返す。
「王命です。意見があるなら、陛下に言わなければなりません」
「⋯⋯陛下の一存で決められるものではない。議会で可決された婚約なのだ。覆すには正当な理由がいる。ミリアリアは他の者に恋をしている、私も他の者に恋をしている、だから婚約を解消してくれなどとは言えんのだ」
「何故です? 言ってみたのですか?」
「言える訳が無かろう⋯⋯私は王太子でしかないのだ。王ではない。私は今の今まで"王の影"などと言う暗部が存在する事すら、知らなかったのだ」
「だが知っているでしょう、今は。そして王権の転覆を狙う者達の企みを1つ潰した。それだけの実績では足りないと仰るのですか?」
「⋯⋯足りない。力を示すには──」
「ウルタルフ」
ミルトが王太子殿下を呼び捨てる。
ウルタルフは思わず、と言った様子で顔を上げた。
「広げておいて何だが、そんな話が聞きたいんじゃない。お前もそうだろ?」
ウルタルフはミルトの放つ圧力に、喉を鳴らす。
「⋯⋯そうだ⋯⋯そうだったな。⋯⋯すまない色々な事が起きて頭が回っていない」
「心中お察し致します」
これはミルトの本音だ。自分は見捨てられた方の話だが、ウルタルフの孤独はよく分かる。
「ミルト、話し方は先程の、砕けたもので良い。本音で話してくれ」
「分かった」
「さっき応接室で武器を持って潜んでいた使用人に訊いた。シルヴィリーネリアがその、"王の影"に所属する構成員だったと言っていた。私の護衛の為に学園に入学して、側近として任務に就いていたと⋯⋯。そして、卒業パーティーの日に、任務から外れて姿を消した。私がコヴェイン伯爵家に問い合わせても、全く音沙汰が無い理由が理解出来たよ」
「で、訊いたのか?」
「⋯⋯ああ、他の任務に就いて⋯⋯ミルト・フェルムに⋯⋯殺されたと。跡形も無く」
「お前はどう思う?」
「していない。お前はそんな男じゃない。それに、私に手柄を立てさせたのは、シルヴィリーネリアの願いを聞いたからだ。私はそう思っている」
「確信があると?」
「ある。お前の周りの女性達を見れば分かる。女を手に掛けるような男に向ける顔ではない」
「そっちか。⋯⋯俺はてっきり亜人の娘の時の推挙した人物で確信に至ったと思ったよ」
「それも勿論だが……やはり、殺していないんだな? 陛下は彼女の死を報告で受け取っているはずだ。だが、遺体は無いと聞いた、彼女は──」
「……良い読みだな」
ミルトが小さく笑った。その声音には、ほんのわずかな哀しみが混じっている。
「ミルト、お前は彼女を匿っているのか」
問い詰める声は震えていた。
愛と職責が衝突し、理性の境界が薄れていく。
「……匿う、という言葉は少し違う。ただ、彼女は"自由"を選んだ。王太子妃の影でも、王の影でもなく、一人の人間として生きることを選んだ」
「……そんな……だが彼女は伯爵令嬢で⋯⋯」
その言葉に、ミルトは沈黙で応える。
「何故お前がそこまでする。⋯⋯彼女に惚れたか?」
「まあ、ある意味ではそうだが、共感したんだ」
ウルタルフの瞳が揺れた。学園での日々、自分に寄り添って笑っていた少女の姿が、脳裏に蘇る。あの笑顔は、任務の仮面だったのか。それとも――本当に、自分を想ってくれていたのか。
ウルタルフは俯いて、肩を落とす。
「ヴァルクリス王国王太子ウルタルフ・ヴァルクリス殿下に発言をお許し頂きたい」
唐突にトニトルスが、発言の許可を求める。
「え、ああ、ゆるそう」
苦悩していたウルタルフは、呆気に取られたように返事をする。
「ミルト、ここからは私が話そう」
「⋯⋯頼む」
「貴女は?」ウルタルフが問い掛ける。
「私はトニトルス。ミルトの剣の師だ」
「トニトルス⋯⋯『雷姫』と同じ名か⋯⋯」
歴史の闇に葬られた彼女だが、為政者となるべく育てられたウルタルフは知っていたらしい。
「私の話はここでは不要。ルヴィの話だ」
「ルヴィ、シルヴィリーネリアの事なら、聞かせてくれ」
「少し長くなる。ウルタルフ殿下にも座って頂きたい」
対面のソファに着席を促してから、トニトルスはルヴィの半生を語る。
緋色の髪、翡翠の瞳──どこか高貴な血を思わせる容貌を持って産まれ、そして捨てられた少女が孤児院で育ち、コヴェイン伯爵家に引き取られ、シルヴィリーネリア・コヴェインとなり、そして"王の影"として如何に必死に生きてきたかを──。
ウルタルフは呆然と話に聞き入っていた。




