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5、プルフル・エ・アロ・フラギリス

「名前はプルフル、暴滅の魔女──と、呼ばれていたらしい。女性の魔導士だ」


「暴滅の⋯⋯歴史書にもある名前ではないか。私の生きた時代の話だが、今も知られているのか?」


「ああ、俺も本で見た覚えはある。彼女が開発した物で、今も使われてる魔道具があったはずだ。有名な魔道具士にどうして暴滅なんて二つ名が、と思っていたが、暴風を起こすドラゴンを撃退したかららしい」


 今から数千年前、一国を滅ぼすほどの魔力を持ち、王命すら拒否して消息を絶った伝説の魔導士。その名が、記憶と共に流れ込んできたのだ。


 彼女は知的好奇心のままに危険なダンジョンに自ら籠もり⋯⋯餓死した。

 スケルトン化してなお、睡眠の癖が抜けず今に至る。


「魔法陣が欠けてしまって、食事が転送出来なくなったんだろうな⋯⋯」


 ミルトが呆れを含んだ声を漏らす。


 相変わらず眠る骸骨からは、敵意も怨念も一切感じない。本当に寝ているだけの様だ。一見するとただの骨にしか見えないが、寝息のような動作が見られる。ミルトは、受け取った情報をトニトルスと共有した。


「なるほど、確かに人への敵意は感じないな。ミルト⋯⋯エリクサーを使ってみないか? 私の時のように蘇らせる事が出来るかも知れん」


 トニトルスの言葉に頷き、ミルトは明かりの代わりに持っていた虹色の液体を見た。


 これがエリクサーである事は、トニトルスから教えられていた。生前に見た事があったらしい。アンデッド化した人間を元に戻す効果まではトニトルスも知らなかったようだが。


 膝を付いて瓶の蓋を開け、熟睡する骸骨の身体に虹色の液体を振り掛けた。

 骨の髄から虹の光が溢れ、骸骨が淡く輝いた。ローブが大きく揺れ、骨が見えている所が、トニトルスの時と同じ様に肉体が復元されていく。


「⋯⋯こういう感じで生き返るのか」

 トニトルスは複雑そうな顔だが、冷静に観察している。


 光が収まると、ローブの中から白い肌と艶やかな黒髪を持つ女性が穏やかな寝息を立てながら、気持ちよさそうに眠っている姿が現れた。共感で得たプルフルの生前の姿を思い描いたミルトは、何となく骸骨の手を取った。


「上手くいったようだな。聖水はアンデッドを退ける効果があるが、エリクサーがアンデッドから生前の姿に戻す効果があったなんて、私も知らなかったよ」


「俺はエリクサー自体、初めて見たから何とも言えないが。⋯⋯起きないな、起こそうか」


 ミルトは手を取ったまま、もう片方の手を肩に置いて軽く揺すると、眠たげな目で身を起こした。


「⋯⋯ん⋯⋯おはよう⋯⋯今、何時⋯⋯?」

 声は驚くほど柔らかく、まるで少女のように可憐な響きだった。


「ここはダンジョンで、俺も時間は分からない。⋯⋯気分は悪くないか?」

 ミルトが呼び掛けると、彼女は欠伸をかみ殺して、ちらりと彼を見た。


「うん、大丈夫⋯⋯あなたが起こしてくれたの、よね? ありがとう、待ってた」

 そして、ふわふわと髪を整えながら、ニコリと少しだけ微笑む。


「私はプルフル・エ・アロ・フラギリス」

 既知の情報の為、ミルトとトニトルスは頷くだけで、黙って聞いていた。


「すごく昔にここに来たの。死の淵に近くて、人が来なくて、拠点を作って⋯⋯確か空間拡張最大化の研究とか、異層観測の理論検証とかやってて⋯⋯ちょっと寝て⋯⋯あら?」


「⋯⋯そのまま、死んでたってことか?」


「そう、たぶん餓死した。食料が来ないから食べるの忘れて、お腹空いたの忘れて、死んだのも忘れて──そのまま研究してた」


「暴滅の魔女⋯⋯歴史書にもある伝説の魔導士が、そんな理由で⋯⋯」

 トニトルスは額を押さえた。


「そうなの? でもここの研究成果も結構あるよ」

 プルフルはふわりとローブをはためかせ、無造作に置かれていたバッグを開いた。


「これが空間拡張した魔導バッグ。内部は五百立方メトル、時間停止とリスト作成機能付き。これは試作品の自律浮遊灯、本を読む時にも便利なの。それと解毒効果付きの食料保存薬とかもあるし、こっちは──」


 バッグから次々と魔道具や薬瓶、巻物が出てきた。


「これ全部、持って行く。というか、あなたたちと⋯⋯ええと」


「俺はミルト・フェルム。彼女はトニトルス・レックス。このダンジョンから脱出する為、二層に上がる時に、この部屋に気付いて寄ったんだ」


「ミルト⋯⋯可愛い名前。よろしく、トニトルスも。それで、私も一緒に地上に出たいの。どうかな?」


 ミルトとトニトルスは顔を見合わせ、自然と頷き合った。


「歓迎しよう、魔女殿」トニトルスが凛とした態度で微笑む。


「良かった。私の事はプルフルって呼んで。まずはお風呂とご飯がある場所を目指したいな。それとお布団で寝たい」


「分かった。プルフル、こちらこそよろしく頼む」

 ミルトはプルフルに、もう一度手を差し出した。


「あ⋯手⋯⋯良いの?」

「ああ、勿論だ」


 少し照れた笑みと共に、プルフル・エ・アロ・フラギリス──暴滅の魔女は手を取った。プルフルと目が合うと、ニッコリと笑いかけ、話し掛けてきた。


「二層は大した魔物は居ないけど、一層はゾンビだらけで臭いから、ここから転送魔法で外に出よう」

 プルフルの提案に、ミルトとトニトルスが顔を見合わせて驚く。


「流石は暴滅の魔女。助かったな、ミルト」

「ああ、それは本当に助かる。寄り道して良かった。プルフル、ありがとう」

「気にしないで。私も早く外に出たいから」


 プルフルは事も無げに言い放つ。


「それよりも、ミルトのスキル。蘇生の媒体に使ったのは、エリクサー? 」

「ああ、らしいな。俺は初めて見たが」


 ミルトは残り三本になった小瓶を一つ取り出して、虹色の液体を見つめる。


「うん、私も作った事あるから間違い無いよ」


「エリクサーをか? 凄いな。⋯⋯しかしアンデッドを人間に戻すとはな。凄い効果だなエリクサー」


「ううん⋯⋯エリクサーにそんな効果は無いよ。ミルトの心が『共感』スキルを通じて、私の心に寄り添ってくれたから、貴方に惹かれて現世に蘇る事が出来たの。肉体の再生は、エリクサーの効果だけどね」


 どうやらエリクサーに、アンデッドから人間に戻す効果は無いらしい。


「良かったな、ミルト。また新たな『共感』の可能性に気付けたな」


 戦闘にも癒やしにも使え、エリクサーを媒体にして死者蘇生すらも成功させた。


「⋯⋯このスキル、もしかして凄いのか?」


「すごい、だって──私の心を感じてくれた。今まで誰も、家族も理解しない私の気持ち⋯⋯」


 プルフルは柔らかな笑顔をミルトに見せた。


(こうして改めて明かりのある部屋の中で見ると、トニトルスも恐ろしく美人だが、プルフルも信じられないくらい綺麗だな。⋯⋯戦闘力は俺なんて足元にも及ばないけど)


 白い肌に艷やかな黒髪。少し垂れ目がちの大きな丸い瞳に薄い唇。その下は光沢のある深緑のローブを着ていて、大きな胸元が揺れている。


「いや、それこそ気にしないでくれ。プルフルが同行してくれるのは、俺も嬉しい」


「本当に? 私も、嬉しい。ずっと待ってた人が来てくれた──私の⋯⋯」


 後半は小さく呟くようで殆ど聞き取れなかった。


 政略としての婚約者候補は何人かいたが、女性との交際経験が無いミルトには、プルフルの潤んだ、粘り付くような瞳の意図に、気付くことは無かった。


 いずれにしても、少年の『共感』は、また一つ、運命を繋いだのだった。


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