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49、王の心根

 ピシャッと、肩を扇で叩かれる⋯⋯いや叩かれたと錯覚するような感覚に背筋が伸びる。


「肩を落とさない。顎を引いて、胸を張って。貴方の双翼を見なさい。絶世の美女と言っても足りない程に優れた女達よ。その主として堂々と立ちなさい』


『いや、ミルトは緊張してるとかじゃ──』


『お黙りなさい雑兵。女に見られている時は常に格好付けなさい。たとえ心臓が跳ねても、決して顔には出さない!』


『待たれよ、セレナ嬢。初対面で随分な……』

 レオニードがセレナを諌めようと──


『口を挟むな悪徳貴族。今はお前の意見など必要無い。悪巧みでもして勝手にほくそ笑んでいなさい』


『……む、むぅ』

『拙者が思うに──』アーヴァインが口を開いた。

『引っ込んでなさい日陰者。お前の出番ではないわ』


 静寂。


 セレナの声だけが凛と響く。


『そう、その調子。ゆっくり、深く息をして。王のように振る舞いなさい』


 扉が開かれて、2人の仲間が恭しくミルトを迎え入れる。ミルトは無意識に頷いた。トニトルスとパイシーが、視線を彼に向ける。


 不思議と、もう怖くなかった。


 脳内の死者たちは、誰一人として茶化さなかった。まるで全員が、彼の“入場”を見届けようとしているようだ。


(領境の森に捨てられてから、数カ月後には王家主催のパーティーに出席か。全く、人生どうなるか分から──)


『現実逃避して感傷に浸るのは後にしなさい』


 セレナの澄んだ声が割って入る。


『貴族の社交場というものは、感情を隠す訓練の場でもあるのよ? 貴方は少し"見すぎ"だわ。視線が鋭すぎると他家に探りを入れているように見える。それは小物のする事。明確な敵を作らない事も貴族の仕事なの。領民の生活を、命を担っている事を意識しなさい。例え辺境伯と言えど武威のみで人の上に立ってはならないわ』


(今更⋯⋯想像出来ない。どうすれば良い?)


『⋯⋯素直なのは貴方の美徳ね。他者の絶望を受けて口調が乱暴になっても、その性格は嫌いではないわ。そうね、こう言えば良いかしら、"舞台の主役が観客を測るようでは品が無い"のよ」


(いや、意味が分からない)


『は?』


(分からない⋯⋯です)


『はぁ⋯⋯貴方が見る者はただ一人、舞姫だけ。イヴだけで良いと言っているの。今は彼女が立役者で、彼女から舞台を譲り受けるのだもの。彼女だけを讃美するのよ。出来るわね?』


『ほう、侯爵令嬢殿はやけに情熱的だ。恋の指南でもしているつもりかね?』

 レオニードが茶化す。


『姐さんに対して失礼だぞオッサン!』

 なぜかナキアスが突然キレ出した。


『誰が姐さんですか』

 ピシャッという音と共にセレナ嬢が否定する。


(そろそろ前に進むよ。助言には感謝する。また夜に会おう)


 いつの間にかミルトの口元は微かに笑っていた。



 王の前に敷かれた紅の絨毯を、黒髪黒瞳の青年が、ゆっくりと進んでくる。その者が持つ強者の気配に似合わぬほど、歩みが静かだ。だが一歩ごとに周囲は圧倒されている。


 ――ミルト・フェルム。


 ヴァルクリス王国東部を護る、フェルム辺境伯領の次期当主。魔物の巣食う森を管理し、ダンジョンの監督権をも握る貴族家の、次期当主。


(確かにこれは⋯⋯影どもの報告通りか)


 神童とまで謳われ、次代のフェルムも安泰だと、誰もが噂をしていた。しかし15の成人の儀にて、発現させたスキルは『共感』という、使い道の分からない下らないスキルだった。中央貴族では無いため、魔法を学ぶ機会も無く、スキルで持ち前の魔力を活かす事も出来ない。ただ毎日アホのように剣を振り、望まれてもいないのに勉強を真剣に取り組む滑稽な子供。


 それが貴族会におけるミルト・フェルムの評価。次第に次代の辺境伯は次弟のトワイトが次ぐのではと言われ始める。しかし王家としては、この流れは喜ばしく無く、ミルトなる子供に舌打ちしたものだった。


 あからさまに王権を狙う、アルヴァリク公爵家の次期当主が娘をフェルムに嫁がせており、その息子のラプターがトワイトと同じ歳だからだ。後ろ盾となる公爵家の権威が強くトワイトを押し切る可能性がある。


 ミルトのスキルが戦闘職のものであれば安泰だったのだ。


 しかし、ミルトが次期当主として貴族年鑑から外される事は無かった。可哀想だが囮として立てておく必要があったのだろう。ミルトが生きている限り、ラプターに次期当主の座は回って来ない。


 だが、事件は起きた。


 辺境伯エルネスト・フェルムが、山道に出没していた大規模盗賊団を討伐している最中、ミルト・フェルムが消えた。


 どうやら何者かに連れ出され、隣領に向けて走っていた馬車ごと森の中で行方不明となったのだ。


 ガルマックスに潜入させている"王の影"からの報告で、フェルムにほど近い森の付近に"折良く"駐留していたガルマックス伯爵家の者がミルト・フェルム捜索隊を組む。との報告が来たので、そのまま構成員を大急ぎで捜索隊に潜り込ませた。


 結果――理解するのに時間を要する程の奇天烈な内容の報告を受ける事となった。


・未踏破ダンジョンから女2人連れて帰還した

・凶悪なスケルトンと戦闘になりミルト・フェルムの生存は絶望的

・女3人連れてフェルムで異母弟のラプターと模擬戦して圧勝した

・ガルマックスで"王の影"に潜入した何者かを庇い立てて戦闘になった

・その際、構成員のシルを跡形のみを残して焼き殺した

・ガルマックスでB級冒険者に駆け上がり冒険者ギルドに貢献した

・気付けば王都にいて家を購入して女5人と暮らしている

・ウルタルフの側近にしているを"王の影"と見破った

・ウルタルフと共闘して人身売買組織を潰し始めた


 その報告にヴァルクリス王ジークハルトは答えた。


「⋯⋯人違いじゃないのか?」


「いえ、間違いなく本人です」


「そんな訳あるか!?」


 "毎日アホのように剣を振り望まれてもいないのに勉強を真剣に取り組む滑稽な子供"では無かったのか?


 これはもう、直接会って人となりを確認しなければならない。王都にタウンハウスを購入したのであればと、今回の《交流会》の招待者にその名入れておくよう命じた。


 正体不明の変貌を遂げたのであれば、出来れば"王の影"を使って接触したい。


 だが手の空いた者がおらんな。


 タイミング良く変装スキルを持つシュートル・ピースはウルタルフの側近から外れたので遣いにやった。側近を外れた理由がミルト・フェルムだと言うから、もう一度だけ挽回の機会を与えたつもりが⋯⋯。


 ⋯⋯シュートルは帰って来なかった。


 王は短く息を吐いた。


 ──暗部が嫌いなのだろうか?


 だが"王の影"であり、シルと共に任務にあたったらしい、魔力視のシドムル・オーサルは殺されていない。まあ奴も少しおかしくなって帰っては来たが。


 彼は何故、王都に来た? フェルムが王家に敵対する意思が無い事は確認が取れている。だがその息子てまあるミルト・フェルムは、王権争いを巡るいざこざに巻き込まれたせいで死の淵に立たされた。


 ──恨みがあるのか?


 だが一週間前、ウルタルフに手柄を立てさせたのは何故だ? 息子はシルが暗部であると知らず、自分の元から去っていった事に気落ちしてしまい、周囲の評価を下げていた真っ最中だった。


 ──なぜウルタルフを助けた?


 敵か、味方か。その目で確かめなくては。


 そしてその青年が自分に向かって歩いて来る様を見つめる。視線は合わない。見るともなしに全体を見ている。まるで歴戦の戦士のようだ。


 青年の後ろに立つ2人の女――淡い金髪の女騎士と、銀髪の褐色の拳法家。どちらも、部下から報告を受けている。魔術師は居ないようだが⋯⋯この舞姫は違うだろう。


「金髪の女騎士は雷を纏い周囲を薙ぎ払い、銀色の拳法家は甲竜を素手で砕き割ります」


 実際に目にすれば──意味が分からん。見た目は気品すら漂う⋯⋯いや目の奥に宿るその胆力。確かにただ者ではないのだろう。


 そして――舞姫。報告にはない顔だ。黒髪が揺れ、透けるような肌が光に浮かぶ。静謐でありながら、熱を孕んだ舞。先程は、自分も思わず息を止めていた。


 あの舞が終わる時、全ての視線が自然とひとつの場所――あの青年へと向かう。まるで、この場の流れそのものが彼を迎えるために組まれていたかのようだ。


 フェルムの次期当主が、王の前で立ち止まり、臣下の礼を取る。礼儀作法に隙はなく、それでいて畏縮の色もない。若き日に会ったエルンストを重ねそうになり、ジークハルトは無意識に背筋を伸ばした。


 ――なるほど、厄介な男だな


 辺境の盾に生まれながら、王の知らぬ顔を持つ男。フェルムの名は、我が国に迎合された頃から"王国のもう一つの剣"と呼ばれている。だが、王の剣は常に王の意志に従うものであるべきだ。その刃がいつ、どこに向くか分からぬのは、不気味でしかない。それが次代であれば尚更⋯⋯。


 ジークハルトの胸奥に、ひとつの名が浮かんだ。


(⋯⋯シルヴィリーネリア・コヴェイン)


 その名を心で呼ぶと、冷たい痛みが胸を打った。孤児からコヴェインに迎えられ、鍛え上げられて"王の影"として死んだ少女。報告には、裏切りも、脱走も、遺体の発見も、何ひとつ明確でなかった。ただ「任務中に焼け跡を残して死亡」とだけ。


 ──コヴェイン家の跡取り問題も深刻だ


 息子であるウルタルフの側近に据え、密かに心を寄せていたことは知っていた。息子の婚約者として充てがった侯爵令嬢が、幼馴染である伯爵令息と恋仲であると知ってからだ。ある程度の自制はしていたようだが⋯⋯果たして。


 せめて、あれが生きてさえいれば――。


 王はその思考を、喉の奥で断ち切る。死んだ者の話をする余裕など、今の王国にはない。


 気付けばミルト・フェルムが目の前に居た。


 ミルトは膝を折らない。ここは社交の場だ。正式な謁見では無いため、跪く必要は無いが、この歳の貴族令息がこの態度を貫く事はまず無い。それは無知ゆえか、蛮勇か、それとも⋯⋯。


 しかし背後で2人の女が礼を取ると、まるで広間の空気が凪いだようだった。次いで広間を覆うような圧迫感が襲う。


 ──この若者を敵に回してはならない


 だが、味方にしたとて、王の威光は揺らぐ。そんな厄介な存在。ようやく目が合った。


 ――何故シルを殺した?


 そう訊いてしまいたい。


(いや待て、本当に殺したのか? とてもその様な事をする男には見えぬ⋯⋯しかし、だとすれば何の為に?)


 思考が一瞬、意識を過ぎる。試してみるか。


 金の紋章が刻まれた玉座に、王は指を軽くかける。場内の空気を支配するような低い声で告げた。


「フェルム辺境伯家、次期当主よ。よくぞ来た」


 王としての声は、静かに響き渡る。その瞬間、彼自身すら気付かぬ微かな震えが、指先を走っていた。


「お初に御目に掛かります、ヴァルクリス王、ジークハルト陛下。エルンスト・フェルムが第一子ミルト・フェルムに御座います」


 若者の声は涼やかでありながら、穏やかさも感じる声だった。


「うむ。フェルムの者に会える機会は少なくてな、待っていたぞ。まさか、あの様な神秘的な舞まで披露してくれるとは。歓迎しよう、ミルト・フェルム」


「恐悦至極に御座います。この神秘の舞を持つイヴとは、偶然辺境で出会いまして、あちらで花を咲かせるその前に、と、考えまして。中央でお披露目をと」


「そうか、正解だったな。さぞ人気が出るだろう。王都は様々な者達が居る。他の追随を許さぬ寛容さを持っているからな」


「そのようですね。このイヴも、演者として舞台に立つ機会に恵まれそうです」


「間違いないだろう。新たな文化を取り入れる機会は大切だからな」


「そうでしょう。私も中央の文化に戸惑いながら、ここまでやって来れましたので。⋯⋯陛下の部下の方々にも、良くして頂きました」


(⋯⋯性急だな、そこは若さ故か)


「多少の行き違いもありましたが、今では良好な関係を築けているものと思います」


「うむ、そう聞いている。私からもよく言い聞かせておこう。ああ、そう言えば招待状を運んだ使いの者も私の部下でな。彼には会えたか? そなたに面識のある者を送ったのだが」


(シュートルの奴が帰って来ていない。奴を殺したのかどうか⋯⋯)


「はい、彼には珍しいものも、見せて頂きました。少々話し込んでしまいました故、我が家に滞在して頂いております。⋯⋯今も寛いで頂いております」


(ほう、奴の変装スキルに気付いたのか? 奴が自分からバラしたとは思えんが)


「⋯⋯やはりそうか。そろそろ帰るように言っておいてくれ、仕事が溜まっているのでな」


「承知致しました。明日には必ずお返し致します」


(一週間、監禁されてどうなっているか⋯⋯そこも確認は必要だが、シルについては、息子に任せるとするか)


「うむ。頼んだぞ。今後とも我が国の守りを担う者として、期待している」


「は、有り難きお言葉、フェルムの者にも必ず伝えましょう」


「うむ。さて、私も多忙な身でな。今宵は充分に我が国の臣下の、息災な姿を見ることが出来た。この辺りで下がらせてもらうとしよう。改めて舞姫よ、素晴らしい舞であったな」


 舞姫の娘は何も言わず、ただ美しい動作で手を胸に当てて腰を折った。貴族令嬢のカーテシーなどではない、恐らくは異国の礼節。先程の舞に合わせたものなのだろう。


(堂に入っている。見事なものだ。これは今後、王妃がまた呼びたがるだろうなぁ⋯⋯)


 そこで広間で黙り込んで、我らの会話を聞き込んでいる貴族達に目を配り、声を張る。


「いま一度、舞を披露した舞姫を皆で讃えよ!」


 すると、私とミルト・フェルムの話に耳を大きくしいた貴族達が、一斉に拍手を送る。


 ミルト・フェルムの後ろに控える女達と共に、右手を胸に当てて頭を垂れる。舞姫だけは一歩下がって身体ごと振り返り、貴族達に向けて優雅な礼をとっていた。


 そこに、ミルト・フェルムにだけ聴こえる程度の声で囁く。


「ウルタルフが待っている」


 玉座に座り直すと、ミルト・フェルム達は何も言わず去って行く。後は息子からの報告を待つとしよう。


(⋯⋯先程から王妃達がソワソワと⋯⋯あの舞姫が気に入ったらしいな)


 玉座を立って王族の道から廊下へと出る。

 王妃が少しスススッと私に寄ってきた。


「陛下、先程の舞姫を、今度の⋯⋯ひっ!」


 が、廊下で白目を剥いて倒れているシドルム・オーサルを見て口を噤んだ。


 ──今度はなんだ⋯⋯

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