47、次なる一手に思いを巡らせる
「おかえり。早かったな」
ミルトが一旦拠点に戻ってルヴィに第6埠頭での出来事を報告し、イモートを迎えに行くところで、ちょうどギルドに行っていた3人が戻って来た。
「ただいま~! ミルト君こそどないしたん? 大捕物やったんちゃうの?」
「戻った。滞りなく事が進んだのでな。何人かの娘は救えたよ」
トニトルスが答える。
「そうか。行って良かったな」
「ああ、イヴが勇気を出したお陰だ。それとミルト⋯⋯報告だ。奴はギルド長だった」
トニトルスのその言葉にミルトは、装備を確認する手を止めた。
「あいつ、人間の社会に紛れ込んでいたのか⋯⋯」
「そういう事だ。驚け、子爵位も持っていた」
ミルトは眉根を寄せ、口元に手を当てて熟考する。
「⋯⋯そうか。なら、面倒だが王宮の紋章管理官、彼らも巻き込んで調査する必要がある。他にもいるかも知れんからな。後で変態魔族の名前を教えてくれ」
「後で、とはどういう事だ。そう言えばイモートはどうした?」
「今から出掛ける。王太子と共に、捕らわれた亜人の娘を救い出しはしたが、その前に会った"フェリキタス"と共にアルヴァリク公爵家に潜入させている。もちろんスキルを使ってだ。イモートの様子を見て来る」
「潜入させている⋯⋯大丈夫なのか?」
トニトルスがイモートの潜入に心配して聞いてくる。潜入を指示したのはミルトだが気持ちは分かる。
「それを確かめに行く。俺達が居なかった時とは違う。それに緊急転移の指輪が作動していない今のところは問題無いはずだ。⋯⋯出来ればトニトルスかパイシーは変態魔族の時のように待機していて欲しい」
「そうしよう。ならばイヴを連れて行け。機転が利くし頭も回る。可能な限り荒事にならんように2人とも連れて帰れば良い。それに最悪は転移で帰れば良いからな」
トニトルスの提案は理に適っている。もし緊急事態で拠点の玄関に転移した場合、トニトルスとパイシーが待機していてくれるのなら安心だ。
「確かに。と、いうことだがイヴ、俺と2人で構わないか? 変態魔族のアジトで何があったのかも、そこで教えてくれないか?」
「もちろん! 2人でイモートちゃんを助けに行きましょう!」
「いや、まずは様子見だ。状況によっては、俺達はそのまま帰る」
「分かったわ。着替えて来るわね」
「いや、服はそのままで⋯⋯」
「ダメよ。夜は夜のドレスコードがあるんだから」
有無を言わせぬイヴの圧力に、ミルトは素直に従う。
「⋯⋯そうか。玄関で待ってる」
◇
緊急転移が起きた時のため、トニトルスとパイシーを拠点の玄関に待機させて、ミルトはイヴを伴ってアルヴァリク公爵家へと向かう。
アルヴァリク公爵家は王家に次ぐ権威を持ち、貴族達の頂点に居る存在だ。王都に大きな敷地を持っており、遠目からでも確認できる程の巨大な屋敷を持つアルヴァリク公爵家は、非常に分かりやすい。
当然だが、そんな屋敷に正面から潜入する訳もなく、業者用の搬入口を探す事になる。
眠らない王都の夜をイヴとミルトが並んで歩く。
城下町もそうだが、それは貴族の住む区画もあまり変わらない。贅を尽くす事が家の力を誇示する事に繋がるのだから、夜でも騒がしいのは、ヴァルクリスの貴族街も同じである。
ミルトはイヴと共に人通りを避けて歩き、貴族街の暗い道を進む。イモートが潜入しているアルヴァリク公爵家の屋敷の裏手に身を潜める事には成功した。
「ねえ、思ったんだけどミルトのスキルって距離はどのくらいまで共感出来るの? 目に見えてなくても反応するの?」
イヴは小声で呟き、暗がりの中で身体を屈める。言われてみればスキルの射程距離を測ったことは無い。
「うん、視界にいなくとも、ダンジョンでは死者達を感じる事が出来たから問題無いはずだが⋯⋯人間相手だと距離は俺も知らないな。検証してみよう」
「この辺りから適当にスキル使ってみたら?」
先程から「目立たないように」と言われて腕を組んでいるが、ミルトにとって外出先での女性との接触は慣れないものだ。腕をそっと押しやり、スキルを発動させる。
『共感』──発動
──2人きりでなんてラッキー ──夜デート
──イモートちゃん大丈夫かな ──もっと腕を磨かなきゃ
──踊る舞台を見つけなきゃ ──スポンサーも探さないと
──あの子達はどうなるのかしら
──魔力操作の練習もしなきゃ ──ミルトの腕⋯⋯
(うん、見事にイヴの感情しか受け取れん)
とりあえず周囲一帯に危険は無さそうだ。
「どう?」
イヴが上目遣いに覗き込んでくる。
(⋯⋯イブニングドレスも良く似合っている⋯⋯意外にもスカートは長いんだな。いや別に構わないが)
「良く似合っている」
「? ⋯⋯って違うわよ! 誰かしら周りの感情は受け取れたの? ⋯⋯まぁでも、ありがと」
「ああ、いや⋯⋯ちょっと方向を変えてみる」
屋敷で働く人間の意識がミルトに流れ込む。薄く広く、スキルを展開している為か、あまり感情移入する程の強い感情は受け取れない。
だが、なんというか違和感はある。歓楽街よりも純粋に愉しげであるというか。皆が似たような感情でいるのだ。
(良く分からんな。なんというか、感情が薄いのか? 貴族家の使用人も含めて、こんなものか? そのせいか、イモートの感情が突出して感じ取れるな)
それに加えてイモートの感情は蛋白で独特なので、非常に分かりやすい。
「いけそうだ。イモートを感じるぞ」
ミルトは『共感』を発動し、イモートの思考の断片を読み取る。
──成功 ──部下 ──私は幸せ ──違和感有り
──順調に任務を進行中 ──フェリキタスは幸福
──交流会のパーティー ──持ち寄りの催し物は⋯⋯
ミルトは小さく頷く。イモートの潜入は順調そうだ。
(幸せ? 幸福? フェリキタスの事か? 何のことか分からんが、とりあえず危険は無さそうか⋯⋯)
『認識調整』の効果も十分に発揮され、フェリキタスを含む公爵家の関係者たちは、彼女を部下として受け入れているようだ。
「これなら一旦拠点に戻れそうだ。パーティーか⋯⋯。催し物とは何のことだろうな」
「本当? イモートちゃん、無事で良かった⋯⋯パーティーって社交パーティーじゃない? プルフルに聞いたんだけど、ミルトはフェルムの貴族なんでしょう? そういうの詳しくないの?」
「あ〜、俺は辺境の貴族だからな、そういうのは無かった。いや、あった事はあったんだが⋯⋯」
「行かなかったの?」
「⋯⋯呼ばれなかった。成人後なんだ、基本的に社交パーティーの参加って。女性はプレなんとかって言って練習の為に出るらしいけど、俺は結局一度も出た事が無かった」
「そう、なのね。⋯⋯なら良かった。ミルトがパーティーに出席したら婚約者なんて直ぐ出来ちゃいそうだもん」
「どうかな⋯⋯。まあ俺の話は良いさ。とりあえずイモートは潜入成功のようだ。一旦拠点に帰ろう。報告は小型の転移陣から手紙を送る方法で受ける」
「分かったわ。イモートちゃんが無事なら、とりあえず安心ね」
イヴは少し安心した表情で、潜入先を見据えたまま言った。2人は静かに路地を抜け、拠点へと戻る。
◇
ミルトが出て行った後、ルヴィが書類を整理していたところに、玄関のチャイムが鳴る。
玄関に控えているトニトルスが応対する。
ルヴィは使用人の服を着たまま、身だしなみを整えてドアの隙間から玄関を見る。そこには、見覚えのある使用人が居た。
咄嗟に顔を俯けて隠す。訪問者は王太子付きの使用人だった。
「こんな夜更けに何用だ?」
トニトルスが少々居丈高に応じる。無礼に見えるかもしれないが、招待した訳でもない者が夜更けに来るのは確かに無礼だ。
ただ相手は王太子付きの使用人。本来であればこのような対応は有り得ないが、トニトルスであれば誰に対してもこのような対応をしそうだ。そう思うとルヴィは、少し笑みが溢れた。
「王家から《交流会》への招待状が届いております」
「交流会?」
「はい、《社交パーティー》の名目で、各貴族家に出席を要請するものです。ミルト様の家名章が王都で行使されたとのお聞きしました。フェルム家次期当主であるミルト様が王都に滞在しているのならば、招待するとのことです」
その言葉に、ルヴィは眉をひそめる。
普段は王都に近付かないい、辺境貴族の次期当主が、突如として社交の場に呼ばれる──本来ならば有り得ない話だ。
トニトルスは招待状を受け取って封を開けた。
「──っ!? そ、れはミルト様ご本人しか見てはならないものです!」
使用人が糾弾しながらトニトルスに手を伸ばす──が、その手は空中で動かなくなる。
「かっ、はっ──ぅ、ぅうぐ」
王太子の使用人は、息苦しそうに呻く。顔は真っ青だ。トニトルスの殺気を間近で受けているせいだ。
「ミルトが直接だと⋯⋯笑わせるなよ? お前は自分の主人に初対面の者が持って来た手紙の封を開けさせるのか? 私はミルトの仲間で──騎士だ、その様な愚行は許さん。大人しくそこで立っていろ」
殺気を止めたトニトルスを見て、王太子の使用人は「なぜ主人を呼び捨てに」と思ったが、黙って立っている事にした。聞いていた通り、目の前の女は只者ではない。
「なるほど⋯⋯このパーティーには、各家が《何か》を披露する催しがあるらしいぞ、ミルト。早かったな。イモートは順調か?」
トニトルスが書類を片手に説明する。
使用人の後ろ立っていたミルトに語り掛けたのだ。
「ただいま。ああ、心配は無さそうだ。⋯⋯それ、もしかして社交パーティーの招待状か?」
「ああ、知ってるのか?」
「イモートの感情にそんな言葉があったんだよ」
「どうする? 願ったり叶ったりのタイミングだが、何か持ち寄らねばならんのだろう?」
「⋯⋯そうなるな」
ミルトは考え込む。戦略や戦闘の準備ならば問題無いが、貴族向けの催し物は少し勝手が違う。
「お初に御目に掛かります、ミルト・フェルム次期辺境伯様。王家の使いで参りました、是非ともご参加頂きたいとの、王家からのお言葉で御座います。⋯⋯まさかとは思いますが断っ──」
「王家の誰だ? 確かにヴァルクリス王家の封蝋印のようだが、王家だけでは分からん。王家全体の創意か? 本当に王家の全てが、この俺の出席を望んでいるのか?」
『共感』──発動
シュートル・ピース 25歳 スキル『皮被り』
──こいつ何故こんなに疑り深いのだ!? ──俺だって知らんわ
──ウルタルフ殿下の活躍を聞いて陛下が持って行けって言ったんだよ
──言ったら罰されるんだかよ聞くな!
「王家は⋯⋯王家で「お前かよ!」
思わずミルトは叫んでしまう。
「は? なん──」
「昼間に王太子殿下の側近として会っただろうが。なんだ、もう配置換えか?」
「──っ!?」
瞬時にミルトの視界の外、シュートルの降ろした手の、指先から放たれた指弾を、紙一重で避ける。『共感』と共に既に『先読み』が発動していたミルトは、指弾を見切っていた。
「何だお前のその⋯⋯スキル? 変装するスキルなのか? "王の影"としてならピッタリだな。ちょっと我慢が足りないが」
流石にスキル名を当ててしまうと、ミルトの手の内を晒すことになる。上手いこと誤魔化せたと思う。
「知り合いか?」
トニトルスが問い掛ける。
「今日の昼まで王太子の側近だった"王の影"だ」
シュートルの右手の袖から小型のナイフが滑り出す。ミルトはバックステップで間合いの外へ。
追撃したシュートルが⋯⋯吹き飛んだ。上へ。
トニトルスが巨剣を振り上げた姿勢でのまま残心わや取っていた。斬ってはいない。剣の腹で張り飛ばしたようだ。
「気絶したようだ。とりあえず城に届けたいが、流石に今日は疲れた。明日にしよう」
トニトルスの提案に、ミルトは賛同する。
「そうだな。今日は働き過ぎた。あいつは物置に入れとくよ。キャラバンの連中もまだ居るだろうから。仲良くしてくれたら良いんだが」
「いや、無理やろ。とりあえずウチはお風呂入る」
「皆様お疲れ様でした。準備しておりますわ」
ルヴィが出て来た。"王の影"がいた事を知っていたから分からないが、いいタイミングだ。
ミルトは失神したシュートルを引き摺って、家の中で縛り上げながらルヴィに話し掛ける。
「ルヴィ、こいつ"王の影"だ。ルヴィが居なくなってから王太子の側近になっていたシュートル・ピースという男だ。」
「そう、ですのね。王宮で使用人として見た覚えのある顔ですわ⋯⋯ですが、どうやって側近に?」
ミルトは腕を組んでい考えてから、話し出す。
「変装するスキル持ちらしい。⋯⋯少し長くなりそうだ。夕食の時で構わないか?」
「ええ、勿論。承知いたしましたわ」
ルヴィは頷いてキッチンに向かった。
◇
夕食時の話し合いの結果、イヴが舞を披露する案が採用されることになった。王族や貴族相手でも違和感無く、しかも印象に残りやすい。
「イヴ、貴族向けの舞を頼む。もちろん、無理はしなくていいが⋯⋯」
「任せて。貴族向けの踊りだってちゃんと踊ってみせるから」
イヴは少し照れながらも、大人の女性らしい落ち着きで微笑んだ。
ミルトは再び招待状に目を落とす。
開催は1週間後。同伴者は2人以内。
(イヴは演者の為、他に2人──トニトルスとパイシーだな。プルフルは恐らく来ない。ルヴィを連れて行くわけにはいかん。そう言えば俺がここを拠点とした事がバレたんだったな。仕方ない、フェルムのタウンハウスとして登録しておくか)
王都に近郊以外に領地を持つ貴族が、王都に屋敷を購入したり、建てる時は必ずタウンハウスとして登録する事が義務付けられている。
(家名章を出した時点でやっとけば良かった⋯⋯まあいい、何とかなるだろ)
ミルトは思考を変える。貴族界隈の事に考えを巡らせている暇は無いのだ。
(イモートの潜入は順調、亜人の子達の救出も王太子が段取りを付けるだろう。変態ギルド長魔族の拠点から女の子たちも救出済み。剥製にされた子達については⋯⋯ギルドの管轄だな)
『煙幕を張る』達成していると考えて良いだろう。
『標的の露出』次はこれだ。
(あとは、パーティーで俺の存在をアピールして⋯⋯アルヴァリク公爵家の反応を見る⋯⋯)
ミルトは次なる一手に思いを巡らせる。
王都の華やかな社交パーティー《交流会》
──そこは、救出劇の余波を隠しつつ、次の戦略を仕掛ける場となるだろう。
(もう一度、王太子と接触しておくか)
『逆転の一手から繋げる政治的処理』
王にも会わねばならないだろう。パーティーまでの1週間、有意義に使う必要がある。




