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45/55

45、側近は年齢をサバ読みしている

 王太子のみが執務を執り行う、王宮の一画に、ミルトは居た。


 イモートを"フェリキタス"の男に付けてから別れ、拠点とする屋敷に戻りルヴィに相談した結果、王太子に謁見する事になった。


「ミルト様の判断で私の名を出しても構いません」


 などと言っていたが、ミルトとしてはルヴィの名を出すつもりは無い。シルヴィリーネリア・コヴェインは行方不明、"王の影"であるシルは死んだのだ。


 アーヴァイン・コヴェインとの約束を破る事もしたくはない。


(状況により、匂わせるくらいはするかも知れんか)


 ミルトは王城に入り込み、当然のように門兵に留められるが、フェルムの名を出して、貴族年鑑を調べるよう要請する。この国で貴族を騙れば極刑だ。逆に例え冒険者の身なりをしていても、調べない訳にはいかないのだと、フェルム領の時に、ミルトは知っていた。


 暫くして身なりの良い服を着た男がミルトを出迎え、ミルトは王太子への緊急の謁見を申し出ると、王宮を案内され別室で待つこと暫し、今度は違う使用人が迎えに来て、ミルトを案内する。


 謁見の間へと至る、重々しい両開きの扉を、両側に立つ騎士達が開いてくれる。


 謁見の間は、王太子を頂点に据えるためにと造られた荘厳な空間だ。入った事は無いが、王への謁見の間はもっと広いのだろうが⋯⋯あまり来たくはないな、と思った。


(ルヴィの考えでここに来たが、こういう空間は好きになれんな)


 だがその中心に座る男王太子は、あまり寝ていないのか眼の下に隈を貼り付け、疲弊しきっていた。


 ヴァルクリス王国王太子──ウルタルフ殿下。正室の第一子として産まれた第一王子。産まれもそうだが、経歴も素晴らしい。品行方正であり質実剛健。文武に優れ、多忙の為、短期だが魔塔に指示を仰ぐ程に魔法にも手を出している。


 正に王位を継ぐために生まれた存在。


(そんな男が⋯⋯なるほど、ルヴィの行方不明から数ヶ月、心労でここまで顔色が悪くなる程か。溺愛か、執着か、どちらにせよ渇望されているようだぞルヴィ⋯⋯)


 ミルトは、謁見まではルヴィの予想が当たっていた事と、王太子にとっての自分の存在を正しく理解していない事に気付いた。


 背後に控えるのは護衛騎士カクテリアス。視線は鋭く、剣呑さを隠さない。


 その横に立つ側近が一人──文官のローブを羽織っており、神経質そうな、如何にも"文官"な見た目をした男が立っている。


 そして、ここでは場違いにも見えるドレスを着た令嬢が一人。容姿から察するに、彼女はミリアリア・ルル・ファンムー侯爵令嬢──ウルタルフ殿下の婚約者だろう。


 俺は深く一礼し、顔を上げた。


「お初にお目にかかります、ウルタルフ殿下。フェルム辺境伯家が第一子、ミルト・フェルムに御座います」


 ここで『共感』を発動する。


 対象は全員。王太子は気怠げ、護衛騎士は緊張、この2人はそれ以外に感情が読み取れない。こちらにそれ程の関心が無いのだろう。疲労の色が濃い。


 まず一際強く響いたのは、王太子の隣に立つ、神経質そうな側近からだった。


 シュートル・ピース 25歳


 ──なぜ私がこんな ──なぜこいつがここに

  ──シルを殺した張本人が ──"影"を育てる手間が

  ──これ以上ウルタルフ殿下の御心を乱しては


(俺がルヴィを殺した? ⋯⋯こいつ、"王の影"か。裏方のはずの存在が王太子の隣に立っているのか? そう言えば学園時代もルヴィを監視している者がいるはずだと言ってたな。⋯⋯ん? 名前と年齢? ⋯⋯スキルの練度が上がったのか? ──ちょっと検証してみるか)


 視線を動かすと、ミリアリア令嬢がこちらを睨んでいる。『共感』は彼女の揺れる感情も拾い上げる。


 ミリアリア・ルル・ファンムー 19歳


 ──この薄汚いのが ──流石は辺境ね

  ──どうしてまだ私は繋がれたままなのよ

 ──私には彼がいるのに ──縁を切りたい

  ──シルヴィリーネリアさえ戻れば!

 ──解放される ──何処にいるのよ!


(⋯⋯ほう。王太子妃の座なんざ願い下げか。しかもこいつもルヴィを捜してるのか。これは、利用できるかも知れん)


 一旦、スキルを解いて息を吐く。大勢の感情を受け取り続けるのは少し疲れる。


 ウルタルフは、気怠げに、だが俺を値踏みするように見つめている。視線にも感情にも、嫌悪も侮蔑も無く、見下すことも無くミルトを見つめている。


(ただ純粋にルヴィを求め続けているのか⋯⋯。自分の立場を受け入れて努力し続けてきた者にとって、ただ寄り添ってくれる相手は貴重だ。分かるよ、よく分かる)


 ──参ったな、味方してやりたくなりそうだ。


「⋯⋯よく来た、フェルム卿」


(かと言って俺の事を歓迎はしないか。まあいい、こっちも目的は果たさないとな)


「卿などと⋯⋯王太子殿下にお目通り願える立場を持てど、私はまだ何も成し遂げてはおりません。どうぞミルト、とお呼び捨て下さい」


「⋯⋯ではミルト、緊急で話があると聞いたが?」


(さて、ここからが本番だ。王太子殿下の"手柄"として、龍鱗と貴鱗、そしてアルヴァリクに繋がる人身売買組織を叩き潰す。このまま第6埠頭に同行して貰う。その布石を打つ)



 本題に入る前に人払いをしてもらった。特にあの2人は面倒なので、ご退場頂いた。


(シュートルの奴、どうやら同僚のルヴィを殺した俺に、思う所があるようだな。まあルヴィを匿うと決めたのは俺だから甘んじて受けるが、王に報告が入ると面倒だ。さっさと話を詰めるか)


 扉が音を立てて閉ざされる。


 部屋に残ったのは王太子ウルタルフ殿下、護衛騎士カクテリアス、そして俺の3人だけだ。


 3人になると広すぎる謁見の間が、急に静まり返ったように思える。


 肘掛けをトントンと打つ音が聴こえた。視線をやると、ウルタルフ殿下が話し掛けてきた。


「色々とこちらが聞きたいことはある⋯⋯いや、先ずはアルヴァリク公爵家の名を何故この場で口にしたのか。聞かせてもらおうか」


 ウルタルフ殿下は玉座から身を乗り出し、鋭い視線を俺に向ける。


 護衛のカクテリアスは剣の柄に自然と手をかけていた。忠義の形だろうが、あの姿勢は解答を誤れば、即座に首を刎ねる構えだ。


(やはりアルヴァリクを出すと空気が変わるか。やつれた顔をしてはいるが、反応も予想以上に良い)


 俺は深く一礼し、視線をまっすぐに返す。


「殿下。時間が無いので端的に申しますと、アルヴァリク公爵家は"人身売買"に手を出しております」


「なに⋯⋯?」


 殿下の声は低く、しかし僅かに震えを含んでいた。


「証拠も揃えております。こちらに──」


 ミルトは懐から目録を取り出し、カクテリアスに渡し、ウルタルフはそれを受け取る。目録の文字を目で追いながら口を開いた。


「!?⋯⋯この地域は⋯⋯報告を続けてくれ」


「はい。ある事が切っ掛けで人身売買している者に出会い、その者に大きな組織から買い付けていると訊きまして、"詳しく聞き出してから"調査に乗り出しましたところ、王都西の埠頭に"龍鱗"という商会の持つ倉庫がありました」


 ウルタルフはミルトを見て眉根を寄せたが、ミルトは躊躇うことなく話し続ける。


「人身売買していた者に"吐かせた"情報通り"龍鱗"という商会の中に、"貴鱗"と呼ばれる連中がおりまして、亜人の女子供を箱に詰めて運んでいることを確認しております」


「なにっ!?」


 カクテリアスが反応した。ウルタルフは目を細めただけだ。どうやら勤勉な彼は、目録に書かれた地域の名前で気付いたらしい。


「ええ、亜人です。そしてその先──"貴鱗"に指示を出していた人物はアルヴァリク公爵家に繋がる者でした。そいつの名前、コードネームのようなものでしょうが"フェリキタス"なる人物です。」


 ウルタルフが確かめるように呟く。


「フェリキタス(幸福)⋯⋯?」


 カクテリアスが一歩前に出る。


「殿下、発言をお許し頂きたい」


 ウルタルフはカクテリアスに向けて頷く。


「ミルト殿。それほどの事態を何故すぐに衛兵や、騎士団ではなく殿下の所に持って来た? いや、忌憚のない意見を言わせてもらえば、」


「何故、陛下ではなく⋯⋯でしょうか?」


 剣呑な雰囲気だが真っ当な質問だ。ウルタルフを嵌めようとしているのではないかと疑っているのだろう。妥当な判断だ。だが理由はある。 


「ある方の推挙で、今後の王都の状況を考えれば、摘発は殿下の御名において行うべきだと⋯⋯。可能であれば、殿下が出向いて頂ければ間違い無いのですが⋯⋯」


「馬鹿を言え、確証も無くそんな事は出来ん」


 カクテリアスは断固とした態度で却下した。だがミルトは畳み掛ける様に言葉を連ねる。


「ええ、当然ですね。しかし今回の件が本当ならば、ただの犯罪摘発では終わらない。そうでしょう?」


 ウルタルフ殿下は沈黙で続きを促す。


 ヴァルクリス王国は長年、中央の血統主義が蔓延していた影響で他国ほど亜人は多くない。しかしそれでもヴァルクリスに点在する亜人の集落はあり、彼らを介して亜人連合からの技術提供を受ける事がある。フェルムで譲り受けた魔導車もその1つだ。


 ヴァルクリス王家と、南の隣国を拠点とする亜人連合との間には《同胞が国家の保護を受ける事を前提として技術を提供する》という条約があるのだ。


「王家と亜人連合との約束ごと⋯⋯そんな中、もし"王家が王都で亜人を含めた人身売買を黙認していた"と公表されれば、どうなると思います?」


「なっ──!?」


「貴様!!」


 カクテリアスが剣を抜く。俺は王宮の入り口で武器を取り上げられているので対抗するすべは無いが『共感』の派生スキル『先読み』を発動してカクテリアスが剣を振る動作に入る前に一瞬で懐に潜り込み、手を絡ませ剣を奪うことに成功した。


 パイシーから習った『無刀取り』だ。かなり難しい技だが、成功して内心で息を吐いた。


 剣をクルリと回し、そのままカクテリアスの首元に刃先を突き付ける。カクテリアスは驚愕に剥いて固まっている。


「俺は話をしに来た。邪魔をするなら部屋を出ろ」


 ミルトの声に、カクテリアスが額に汗をかいて唇を噛んだ。ウルタルフは今の遣り取りを厳しい目で見たが、俺の話を優先したらしい。


「話を続けてくれ」


 また抜かれても面倒なので、カクテリアスの剣は部屋の隅へ放り投げておく。


「結論を言います。私の推測では公爵家は王権を転覆する為に人身売買を営んでいます。最終的に王家の責任に転嫁する為にね」


 ミルトの話を聞いて、ウルタルフ殿下は黙り込んだ。その瞳が揺れる。


「それが本当ならば、止めなければならないな。それで⋯⋯ここまで来たんだ、考えがあるだろう?」


 話の早いウルタルフにミルトは一つ頷いて話を進める。


「今夜、第6埠頭に"フェリキタス"の荷物が運ばれます。中身は亜人の女の子です。何に使うのかは知りたくも無いですが⋯⋯現場を押さえましょう」


「おい、そんな危険な場所に殿下が「文句があるならお前も来れば良いだろ護衛騎士」


 ミルトは否定しかしないカクテリアスにうんざりした口調で言葉を遮る。護衛騎士の職務上、仕方の無い事だが今は邪魔でしかない。ミルトも譲る気は無いのだ。


「ウルタルフ殿下。ご都合は如何でしょうか?」


「⋯⋯やはり理由を知りたい。ミルト、君は何故、この私にその話を持って来た? 推挙した者とは? 王家が君にしたことは⋯⋯君の生死を確認した事くらいだと聞いている」


「その件につきましては、お気遣い無く。王家に非などあろうはずもございません。今はそれよりも、やるのか、やらないのか、ですよ。⋯⋯早く荷物の中身を救ってやりたい。殿下が来なくとも、独自に動くつもりですから」


 ミルトは怒気を発して答えを促す。昼間に見た、荷物の中身を早く救ってやりたいのは本音だ。


 魔族を燻り出す煙幕の為に王太子と公爵家の対立の図をもっと激しくしたいだけで、別に王太子を立てる必要は無いのだ。ルヴィのお願いを聞いてやっているだけだ。


 雰囲気の変わったミルトに、ウルタルフとカクテリアスは息を呑む。会った時から感じていたミルトに感じていた何か、それが表面化したように見える。


 ──強者の気配


 それを目の前の、同い年の青年から感じていた。


「⋯⋯軽々しくは動けないんだ。その手柄を⋯⋯」


 ウルタルフは自分の答えに、情けなさを感じながらも言葉を吐き出した。


「その手柄という言葉が軽すぎるのであれば"功績"や"正義"と呼び替えても構いません」


 ミルトは心を落ち着けて一拍置き、静かに続けた。


「放置すればアルヴァリク公爵家の影響力が強まり、王家の威信は確実に削がれます。そうなる前に次期国王である殿下が、先頭に立って亜人達を救うんです」


 沈黙。


 ウルタルフの拳がゆっくりと膝の上で握り締められる。


 「⋯⋯少し、話を聞いてくれ。知っているかも知れないが、私には、シュートルの前に別の側近が居た。情けない話だが、理由も分からないまま私の元から居なくなったのだ。その者の実家にも問い合わせたが回答が無い。領地を持たぬ貴族で、捕まえる事も出来ん」


(そりゃあそうだろう。相手は"王の影"だ。王太子の行動なんて全部把握されてるだろうしな。即位してしまえば、引き継ぎもあるだろうがな⋯⋯)


「私は、その者を探し続けている。だが、それだけにかまけていては国を危うくするのだろう⋯⋯だが⋯⋯私を推挙した人物と言うのは──」


(やはりルヴィの名は、未だに重く胸を占めているか⋯⋯だが今は利用させてもらう)


「では、その方ならばどうするか⋯⋯そう考えてみては如何でしょう?」


 ウルタルフはハッと、ミルトを見る。


「それは⋯⋯彼女なら、人身売買など許しはしないだろう。話を聞けば、哀しみ、そして亜人の子達を救い出す為の手を打つはずだ」


「それが答えでしょう」


 ミルトは頭を下げ、ウルタルフの顔を見ないようにして、再度願い出る。


「殿下。陣頭に立って頂きたく。龍鱗を──それに連なるアルヴァリクを叩く段取りは整っております。ですがアルヴァリクの息の掛かった者が何処に潜んでいるやも分かぬ現状、騎士も衛兵も信用なりません」


 ウルタルフは目を閉じ、数瞬の後に頷いた。


「分かった。⋯⋯カクテリアス、私の絶対の味方と呼べる者は、お前しかいない。共に来てくれるか?」


「御意。何処までも」


「ご当然、私も行きますので。大捕物になる可能性もある。ギリギリのタイミングで、カクテリアス殿から騎士団に伝えて下さい。内通者の報告が間に合わないくらいのタイミングでね」


「⋯⋯分かった」


(ちょっと脅しが効きすぎたか? まあいい⋯⋯とにかく王太子は動かした。あとは龍鱗、貴鱗、そして公爵家を抉り出すだけだ)

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