42、みんなで作戦会議
「昨日、夢の中でレオニード・ヴァルシャークという男に会った。死者の中にいた⋯⋯その男は所謂、悪徳貴族という奴でな。生前は策謀を巡らせ他人を不幸にし続けて権威を振るった挙句、部下に扮した魔族に殺された。他国の貴族なんだが、その男が今回の件について策を授けてくれてな⋯⋯その内容を聞いて欲しい」
皆が朝食を終え、ダイニングからリビングに移る。テーブルに紙を広げたミルトは、静かに切り出した。
紙に記されたのは、夢の中で彼が死者から授けられた策。敵の裏をかき、アルヴァリク公爵家に潜む魔族を炙り出し、討ち果たす為の周到な手順だった。
「火付けから始める策⋯⋯なかなかに悪辣、でも有効。よく出来てる」
プルフルが短く評した。瞳だけは珍しく熱を帯びている。
「ふぅん⋯⋯悪徳貴族、何やそんなん穴蔵におった気ぃするわ。まあ、何人もおったけど。そのオッサンが一番悪賢かったんやろなぁ」
パイシーは肘をつき、にやにやと笑う。
「作戦自体は筋通っとると思うわ。ウチらの役割は、ちゃんと決めといた方がええやろな」
「そうだな」
ミルトが頷くと、トニトルスが真っ直ぐ背を伸ばして口を開く。
「言うまでも無いが、私は陽動と正面突破を担おう」
「潜入と調査と追跡は私が適任ですね。今回はこちらに姉さま達の武力がありますのである程度の強硬策にも出られます。内部に入り込んでみましょう」
イモートの声は淡々としていた。呼吸すら抑えたかのように、機械的な響きで応える。だが少しだけ嬉しそうだ。ようやく力の限りを尽くせる事に、多少の喜びを感じているのかも知れない。
「私は⋯⋯何よりもまず、昨日の魔族に捕らわれた娘達を解放したい」
「そのつもりだ。その後、その人達を元の場所に返す手伝いも頼みたい」
イヴは力強く頷く。
「もちろんよ!」
「それが済んだら、イヴは踊り子として活動すれば良い。せっかく目標があるんだ。好きにしてくれて良いぞ。あくまで行動の指針を決めるためのミーティングだ。何をしているのか分からないのは嫌だろ?」
「そうね。でもなんだか申し訳ないから、出来る限りで家事は担当するわね」
「ああ、頼む」
イヴはホッとした表情で、ソファに深く腰掛けた。やはり捕らわれている娘達の事は気掛かりだったようだ。
ルヴィは少し遅れて、手元のカップをそっと置き、口を開いた。手が震えている。
「自ら積極的に場を乱し、それぞれの思惑の糸を望む形に整える。社交界を操作するなんて⋯⋯貴族としての経験に裏打ちされた、素晴らしい策ですわ。ただ⋯⋯」
彼女の声に、微かな震えが混じる。
「ウルタルフ殿下の名声を⋯⋯落とす事に、なりかねません。そしてわたくしが動けば必ず、暗部の目に留まります」
皆の視線がルヴィに集まった。彼女は貴族令嬢としての優雅な姿勢を崩さずにいたが、指先には力が入っている。
「安心しろ。最終的にウルタルフ殿下の名誉も回復してみせる。弟のトワイトがフェルムを継いだ時の為にも、王家とは懇意にしておきたいからな。それとルヴィ、これからも無理に表に出る必要はない。子供のこともある。⋯⋯アーヴァインとの約束もな」
ミルトは言葉を続ける。
「ただ、内部事情を知ってるのはお前だけだ。情報提供と、出来れば計画の進捗確認と、助言も欲しい」
「⋯⋯ミルト様、ありがとう存じます。分かりましたわ。わたくしの出来る限りで」
ルヴィは計画書の骨組みを元に、何処で誰に接触するかなどの細かい点を考え始めた。
皆がそれぞれに自分の役割を確認した。
やがて、パイシーが手を叩く。
「ほな決まりやな! 夢で聞いたもんが真か嘘か、試す価値はあるわ。なぁ?」
「うむ。まずはチカンの魔族に捕らわれた娘達を解放するところからだな。残念だが衛兵には頼れん。人身売買が王都であった、などと広まってしまうと公爵家の息の掛かった組織が──本当にあったとしてだが、闇に隠れてしまうだろうからな。イヴ、私も共に行こう」
トニトルスの力強い言葉に、イヴは笑顔で頷いた。
「転移元の走査が終わってるか見てくる。監視用の魔道具を小型化したり、色々やる事が出来たから、暫く部屋に籠る」
プルフルはさっそく部屋へと向かった。
「さて、まずはキャラバンの副リーダーを締め上げるところからだな。それは俺が担当しよう。スキルが尋問に向いてるからな」
ミルトは立ち上がり、転がしてある男達の元へ向かう。
「ウチも直ぐにやること無いから、イヴやんと一緒に行くわ。人手は多い方がええやろうしな」
「ええ、トニトルスとパイシーが一緒なら、本当に心強いわ」
「元ダンジョンボス2人が護衛とか超贅沢やでイヴやん♪」
「フフ、戦ってる姿を見たことのない人は、こんなに綺麗な2人がダンジョンボスだったなんて、とても信じられないわね」
それぞれに動き出す。
こうして、死者の声から始まった作戦は、仲間たちの胸に刻まれていった。
ヴァルクリス王国を舞台に、王家、そしてアルヴァリク公爵家を巡る闇に、国防の一角を担うフェルム辺境伯家次期当主のミルト・フェルムが暗躍する。
魔族の企む騒乱の渦を止める為、彼らは一歩踏み出そうとして⋯⋯
「トニトルス、家名章持ってて。イヴの転移元、王都の冒険者ギルドの地下だから。じゃ」
プルフルが顔を出して家名章を放り投げる。ふわふわと宙に浮いて、固まったままのトニトルスの手に収まった。
プルフルは何事もなかったように、2階に上がってしまった。
「まじかいや⋯⋯まあ、行ってみるしか無いんやない?」
「⋯⋯そうだな、あの変態魔族が冒険者ギルドと、どう繋がっているのかも調べる必要がある」
パイシーの言葉に、トニトルスが辟易とした顔で応える。
「冒険者ギルドが絡んでいない事を願うわ」
3人は苦虫を噛み潰したような顔で、部屋に戻って装備を整えに向かう。
◇
リビングの空気が落ち着くと同時、ミルトは階段下にある物置に入る。縛られた副リーダーと2人の男は、呑気に寝ているようだ。
床に転がされた副リーダーを壁際に座らせてから、プルフルに貰った空間圧縮袋から、首の無いチカンの魔族の身体を取り出す。
ミルトは腰を落とし、軽く頬を張った。
「起きろ」
呻き声を上げて男が目を覚ます。ミルトの顔を見て、次に床に転がっている依頼主の死体を見る。状況を理解した瞬間、顔色がみるみる青ざめた。
「ひ、ひぃ⋯⋯な、なんで!?」
「理由は分かるだろ」
ミルトの声は冷たい。
「俺の仲間を拐ってこいつに差し出したな。落とし前を着けるぞ」
「はっ⋯はっ⋯はの、ち、ち、ちがうので⋯」
乾いた後が響き渡る。ミルトは副リーダーの頬に張り手を喰らわせた。
「違うとは何だ? 何が違う? 言葉に気を付けろ。俺が間違っているとでも言うのか?」
「言ってな⋯⋯ません⋯⋯」
「お前のやった事は誘拐と人身売買だ。今までに何人も拐ったんだろ? 生きてる子達は今から仲間が助けに行く。お前は終わりだ」
副リーダーの男は、真っ青な顔から、今度は土気色に変わっている。
「待っ──お待ちください!!」
ミルトはもう一度、今度は思い切り頬を張り倒す。副リーダーが床に倒れ込んだので、髪を引っ張って無理矢理に起こす。
「黙れ。お前の処遇だがな⋯⋯衛兵に突き出してもいいが、まずは聞きたい事がある」
気付けば物置に影が差す。トニトルスが腕を組み、入り口に立っている。彼女は鋭い視線を落とした。
「行ってくる。ミルト、尋問は任せるが無駄に時間をかけるな。こいつの命に価値はない」
「分かってる。気を付けて行ってくれ」
ミルトは短く答え、副リーダーの目を覗き込んだ。
『共感』──発動
「お前達が娘を仕入れていた先だが、キャラバンだけじゃないだろ? ただ女が参加するのを待ってるだけじゃ、定期的に仕入れが出来ないからな」
副リーダーは必死に首を振る。
「我々はただ⋯⋯」
──何故こんな ──女を連れて行っただけだ
──魔族だと? ──貴族だろ ──逆らったら死ぬ
──言えば殺される ──貴鱗 ──フェリキタス
ミルトの視線が鋭さを増す。
「“ただ”じゃ済まない。俺のスキルは、嘘をついた瞬間に分かる。もう一度聞くぞ」
男の顔が恐怖で引き攣り、唇が震えた。
「ま、待て! 言う! 言うから!」
ミルトは目を細め冷たく指示を出した。
「いいだろう。全部吐け」
副リーダーは息を荒げながら口を開いた。
「仕入れ先は⋯⋯龍鱗という商会だ! 表向きは交易商をやってるが、実際は⋯⋯あいつらが女を用意してくれていた」
「龍鱗⋯⋯」背後からルヴィの声が聴こえた。
「知ってるのか?」
ミルトの問い掛けに、ルヴィが物置に足を踏み入れる。振り返って見れば、彼女は初めて出会った時の様に、スカーフで顔の半分を覆っていた。こいつら相手に顔を晒したく無いのだろう。
「公爵家と繋がりのある商会ですわ。表向きは海運を扱っておりますが、裏の評判が芳しくない⋯⋯」
副リーダーは必死に縋るように叫んだ。
「頼む! 言ったんだ! だから殺さないでくれ!」
ミルトは一瞥し、質問を続ける。
「貴鱗とは何だ?」
「き、きりん⋯⋯とは? 聞いたことが──グゥッ」
ミルトは対象を副リーダーに絞って魔力を解放する。死者達から受け取った濃密な魔力が呼吸も出来ない程に締め上げる。
「かっ──かひゅ──かひゅっ」
呼吸が出来ない状態を数十秒。顔色が土気色になったところで解放してやる。
「3度目は無いぞ?」
ミルトは表情を変えずに詰め寄る。
「はっはっはっはっ──はひっ! き、貴鱗は龍鱗の仕事の中でも貴族向けの仕事を請け負う者達の総称で、私も彼らと取引をしておりました!」
「フェリキタスとは?」
ミルトの言葉に副リーダーは目を見開いて驚愕の表情で固まった。口元を忙しなく震わせて、顔には脂汗が浮かんでいた。
ミルトは指を2本立て、その周りに可視化出来るほどの魔力を纏わせ、言い放つ。
「2秒待つ。いち──」
「貴鱗の者が言ってるのを聴きました! 話の流れから私の推測では高位貴族家から指示を出す連絡役だと思います!」
──どうしてこんな! ──言っちまった!
──終わりだ!! ──殺される!!
──死にたくない死にたくない死にたくない
──なぜ私が
(やかましいな。生き汚い奴だ)
「そうか。高位貴族家というのは、あの魔族の事か? それとも別にいるのか?」
「魔族⋯⋯その、サ、サテウ・ズィーロ様は、子爵でしたので高位という訳では無く⋯⋯」
「ズィーロ⋯⋯そうか子爵か。ところでお前、そいつが魔族だという事を知らんのか?」
ミルトの質問に、こちらの機嫌を損ねないように卑屈な顔で副リーダーは答える。
「魔族、というのは、お伽噺にしか出てこないものでは?」
──こんな子供の様な考えのガキに命を握られて⋯⋯
(そういうものか。考えてみれば俺もダンジョンの死者達から記憶を受け取るまで、魔族なんて者達がこの世にいると知らなかったからな)
「知らんのなら良い。ズィーロ家か⋯⋯確か領地の無い名誉貴族だったな」
(貴族年鑑は把握しているが、ズィーロ子爵家か。少なくとも50年は王国に根を張っていたようだが、代替わりはどうやっていたのか。もしかして乗っ取られたのか?)
「あ、あの⋯⋯正直に答えました。わ、私はどうなるので?」
「安心しろ、俺が命を奪うことは無い。とりあえず、ここで大人しくしていろ」
副リーダーが安堵した顔で大きく息を吐き出した。それに冷ややかな視線を送りながらミルトは立ち上がる。
(ここで死なんだけだ。せいぜい利用させて貰う)
何人もの女性の人生を、身勝手な金銭欲の為に奪ったのだ。この男をこのまま死なせる事など出来ない。
「さて、これで一歩、近付いたな。ルヴィ、相談したい事がある。イモートとリビングに集合してくれ」
その声に、ルヴィが頷いた。




