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41、死者から学ぶ暗躍の勧め

 作戦会議の後、イヴが目を覚まし、ミルトに会いに来たので、何があったのか少し話を聞く。


 ミルトが捕らえた男達から『共感』を使って読み取った内容と、ほぼ同じだったが、不安を吐き出させる為、イヴが話し終わるまで聴き続けた。


 そしてイヴは言う、今夜は一人で寝るのが怖いと。


「前にも聞いた。⋯⋯まあ良い、ミルトと添い寝する手順を実地で教える機会」


 プルフルが仕方なくといった形で、ミルトの部屋にイヴを招待した。


(今日はプルフルとイヴか⋯⋯)


 添い寝について、既にミルトに決定権など無い。何せ悪夢の中、死者の怨念に囚われて自分の力では目覚めることが出来ないのだ。格好悪いが仕方無い。


 パイシーは魔族との戦闘についての反省を1人でするらしく、今日は自分の部屋で寝るそうだ。


 結果として、ミルトの部屋にプルフルとイヴが添い寝する事になった。


「イヴが落ち込むかも知れない。何故なら私こそがミルトに必要だと知ってしまう」


「だ、大丈夫よ! ま、負けないから⋯⋯」


「それよりも、プルフル、明日の朝にはイヴが転移した元の場所が分かるんだよな?」


「そう、転移先は選べるけど、転移する元はランダムだから魔力痕の走査(スキャン)に時間が掛かる。早くても明日の朝」


「そうか、分かった。頼む」


 相も変わらず、未婚の女性と添い寝するのが普通になっているのも良くないな、などと思いつつも、独力では悪夢から出られない。ミルトは素直に礼を言って添い寝してもらう事にしていた。


 左にプルフル、右にイヴ。まさに両手に華。


 意識してはならないと思いつつも刺激が強い。


 プルフルの艷やかな黒髪からは、花の香に加えて、少し薬品の香りがする。決して不快なものではなく、安心を誘う類ものだ。傷一つ無い白磁の如き白い肌に、柔らかく豊満な⋯⋯。運動はしていないが、決して肉付きが良すぎるという事もなく、柔らかな感触が⋯⋯


(馬鹿か俺は! 考えるな!感じろ!⋯⋯いや感じるな! ダメだ、夜のプルフルは刺激が強過ぎて慣れない!)


 ミルトにしがみつく様にして、腕と脚を絡めているイヴに意識を向ける。そして直ぐに後悔する。


 理由は簡単、イヴは酒場の踊り子をしていたので、そういう風に見える身体作りをしているのだ。何年もの研鑽が見える。足の爪先まで美しく磨かれ、そこから上へ続く、しなやか筋肉と、均整の取れた肉付きの脚線美。そしてスッキリとした腰元の括れに、柔らかな肉から少し浮き出る程度の腹筋。ヘソをなぞる様に続く、腹の中心にある縦のライン。その先にある豊かな胸は、普段は補強された下着に支えられて、大きく揺れ足りはしない。だが今は寝る用の下着なのか、黒い下着ごと、ミルトの腕に接触したままの形に変わっている。


 そして、イヴからは凄まじく煽情的な香りがするのだ。髪からも身体からも、纏わりつく様にミルトの全てを刺激する。酒場の踊り子は伊達ではないのだ。


(こ、これだ! 考えるな!感じるな!文字に起こすんだ! 頭の中で文字に起こして情報として受け取ればやり過ごせる! 俺の身体に触れているこの理性を剥ぎ取ってくる柔らかくて良い匂いのする現象を文字情報に変えろ! これはただの文字なんだ!)


 そんな意味の分からない努力に頭をフル回転させている内、気付けばミルトは今夜も夢の中へと落ちていった。



 今日の夢は冷たい大理石の感触と、豪華絢爛な装飾に塗れた──執務室。


 視界が開けると、部屋の中央に立っていた。


 壁は擦り切れた地図で覆われ、蝋燭の炎が揺らぐたびに影絵が歪む。魔道灯は無いらしい。机の上には散らかった羊皮紙、無造作に置かれた羽根ペン。


 空気は冷たく、何かが部屋の隅で囁いている。


 振り向くと、そこに男がいた。顔は朽ちかけ、肉の下で骨が沈んでいるようだが、その瞳だけは生前の狡智で光っている。上等な革の外套には他国の紋章。


 以前に死者の記憶の中で見た、悪事の噂がついて回る貴族の成れの果て。部下に扮した魔族に、背後から刺殺されて生を終えた者。


 男の名はレオニード・ヴァルシャーク。かつて『静謐の霊廟』でスケルトンとして会敵した一人だ。


 男は嗄れた低い声で口を開いた。


「ミルト・フェルム⋯⋯今日は眠りが浅いな。わしを覚えているか」


 ──覚えてます 悪い事ばかりしてた貴族の人


「フハハハハハハ! まあその通りだ。⋯⋯これを見ろ。お前の記憶から作り出した地図だ。よく勉強している。勤勉だな」


 男の指先が、夢の地図を撫でる。指はヴァルクリスの王都から、アルヴァリク公爵家の管理する領地までを示していた。夢の地図は生々しく、街道の曲がり角や商会の屋号までもが描き込まれている。


「高所での暗躍ならば、わしの記憶を頼れば良かろう。計略はわしの得意とするところ。知っているだろうが、わしはややこしい糸を紡ぐのが得意だったのだよ」


 ──確かに そうだったねヴァルシャーク卿


「そうとも。⋯⋯フッ、死して尚、計略を考える機会を得られるとは⋯⋯冥神に感謝せねばならぬな」


 ──冥神⋯⋯死んだ後を管理する神様の事?


「そうだ。我らのような──魂を焦がす程の憎しみと、後悔に塗れ浄化出来ぬ魂を拾い、留めおく、お優しい神よ。まぁ、何の為にそんな事をしているのかは、知らんがね」


 男は落ち窪んだ眼窩に、瞼をそっと下ろし、語り出す。


「今のお前達の状況だが──王太子の独り相撲に、アルヴァリク次期当主の野心、それを助長する公爵家に潜む魔族。恐らく事態を正確に把握し、ばらばらに見えるものを繋げる事が出来る者は、お前達だけだろう」


 ──そう かも知れない


「そうなのだ。策を授ける。傾聴せよ」


 男の吐息が夢の壁に波紋を描く。言葉は冷たく、過不足なく戦術を描き出す。


 親指、人差し指、中指を立てて語り出す。


「要点は三つ『煙幕を張る』『標的の露出』『逆転の一手から繋げる政治的処理』だ。順を守れ。順序が命だ。違えてはならんぞ」


 男はゆっくりと、一つずつ段取りを話す。ミルトは黙って、ただ素直に受け取る。


 男の話はこうだ。


『煙幕を張る』


 王太子ウルタルフの不安、いや暴走を利用する。ウルタルフの暴走を放置。いや、可能であれば火に油を注いでやれ。結果として、公の場でアルヴァリクに牽制を仕掛けるよう誘導せよ。


 例えウルタルフ本人が動かずとも、側近や取り巻きの手先が動けば、公爵家は防衛の為に動かざるをえない。それこそが煙幕と呼ばれるものだ。


 噂に沸く王都では、その対立に注目が集まるであろう。そして公爵家は必ず何らかの動きを見せる。鎮火か、真っ向からの対立か。だが実際に動かせてはならん。そこで更にフェルム辺境伯次期当主であるお前が公の場に出るのだ。そうすれば必ず鎮火へ向かう。今は様子見をしているとしても、フェルム辺境伯領は魅力的だ。


 その後の不自然な行動で、内部の魔族の影が揺らめくであろう。それを見逃すな。


『標的の露出』


 アルヴァリクの外縁を切り崩す。お前が公の場に姿を見せる前に準備を整えておき、動き出さねばならん。


 わしが奴らならば王都に拠点を置いて人身売買組織を立ち上げさせ、運用するだろうな。人間の子供や亜人を交えたものであれば尚良い。それと違法な薬剤を取り扱う商会だな。勿論、それも王都にな。それらは後に王家の管轄として糾弾する材料に出来るのだ。


 だから、その供給網に偽情報を流して、奴らの意図せぬ小さなスキャンダルを起こしておけ。例えばキャラバン、あれを辿れ。餅は餅屋だ。助けてやる代わりに同業者の情報を吐かせよ。関連業者の不正を露見させ、衛兵や王の目を外郭へ向けさせ剥ぎ取っておけ。


 内輪の混乱が起きれば守りは割れ、実働部隊──懇意にしている後ろ暗い組織や、魔族を含む守護者が姿を現す。そこを斬り込め。お前たちには剣と力がある。先程のように術を無効化するまでもない。


 決め手は強引さだ。我ら狂気と怨念の死者を統べておったキングが、2人もおるのだからな。


『逆転の一手から繋げる政治的処理』


 最後の一手を為せ。


 お前はヴァルクリス王国の国防の一角を担うフェルム辺境伯家の次期当主だ。アルヴァリク公爵家、国の中枢を担う貴族ですらも欲する権力の、その最中に在りながらも、自由に動くことの出来る者だ。それを最大限に使え。


 お前が願えば誰とでも会えるという事だ。


 それから、魔族を炙り出す時は術式解除の出来る術者を用意しておけ。あの恐るべき魔導士(フラギリス)で良い。先程のように術式を逆走させ、掛けられた術を破れ。恐らく魔族の奴めは何か協力な洗脳を施しておるはずだ。


 そこからどうするかは、言わずとも分かるだろう。


 問題はその後、公的に収めるための体裁を整えよ。王命による捜査の形式を使えば、公爵家の汚名を公的手続きで固められる。


 お前たちが「暗殺者」として追われるリスクを減らすためだ。政治とは血を隠す仮面だ、貴族令息ならば使いこなせ。


 男の授けた計画はここまでだった。


「⋯⋯わしが生きていた頃はもっと汚くやった。無辜を盾にし、噂を撒き、裏で糸を引いた。卑怯と言われようが、策の勝ちだ。いや卑怯とすら悟らせぬまま、なんなら身ぐるみ剥いだ奴には感謝までされておったよ」


 男の声に、過去の嗜虐が混じる。

 ミルトは黙って聞いていた。


「だが、お前たちは綺麗にやればよい。だが忘れるな、計略とは泥を掻き分けて道を作ること。人の不幸をも策とせよ」


 ──僕はルヴィを見捨てたりはしない


「そうではない、だがそれで良い。お前が目指すものは大団円で無ければならん。わしにはその考えが無かった。だから魔族に目を付けられ利用されて、殺された」


 死者の言葉は哀愁や諦念に満ちており、しかし彼の望みでもあるのだろう。


 最後に男は、薄れてゆく前に一言だけ重ねた。


「お前は斬るだけの者ではない。策を選び、ここぞという時にだけ刃を振るえ」


 言葉は泡のように弾け、男の姿は崩れていく。部屋が揺らぎ、地図が燃えて灰になる。


「ふぅ⋯ここまでか。ミルト・フェルム、手を出せ。これは、我ら冥庫の雑兵からの贈り物だ。あって困るものでは無い、受け取るが良い。⋯⋯少々大きいかもしれんが、今のお前ならば受け取れよう」


 互いに手を差し出す。ミルト・フェルムとレオニード・ヴァルシャークの力が混ざり合う。


 いやレオニードだけでは無い。ミルトの中にある死者達の魔力が解放されて、流れ込んで来る。


 ミルトは『共感』により死者の人生を追体験し、死者の怨念を拾い上げ、死者の経験と知識を授かった。そして毎夜の如く死者に鍛え上げられ、今は更にその先へと至る。


 死者達の生前持っていた魔力、そして技能、その全てがミルトに注ぎ込まれ、最早ミルトは自分の存在すらも認識するのが困難な程の巨大な魔力の奔流に飲まれていた。


 どれ程の時間が過ぎたのだろうか。夢の中では一生でも現実では数時間にも満たないかも知れない。


 身体に残る柔らかな温もりを頼りに──


 ミルトはゆっくりと目を覚ました。


 冷たい汗に震える。胸に残ったのは、夢で聞いた順序と、奸計を授けた死者の、嗜虐的な、しかし充足した達成感。


 そして──身に余る程の膨大な魔力。


 起き上がり、剣を握る手の感覚を確かめる。幼き頃より鍛錬を欠かさなくて良かったと、過去の自分に感謝する。この身に余る魔力であろうとも、繰り返し繰り返し続けて来た魔力操作のお陰で、早々に馴染ませる事が出来る。


(今なら、オーク村がオーガ村でも殲滅出来そうだ)


 今夜は、死者達との戦いは無かったが、夢の内容は悪徳貴族からの指摘であり、指南であった。


《恐らく事態を正確に把握し、ばらばらに見えるものを繋げるのは、お前達だけだろう》


 彼の悪徳貴族の言葉が、両の肩に重く乗る。


 当然だが、アルヴァリク公爵家へ向かう道筋は一つではない。だがミルトの向かう場所は同じだ。


(俺次第という事か⋯⋯)


 ミルトの両隣には、プルフルとイヴが、あられもない下着姿でスヤスヤと眠っている。


 壁に掛けられた時計を見れば朝の4時。恐らくもう眠ることは出来そうにない。溜め息を一つ吐き出してベッドから降りて服を着る。


 膨大な魔力を受け取ったとて油断など出来ようはずもない。戦う力は多い方が良いだろうが、それだけで勝てるものでは無い。計画の詳細を詰めなければ。


 魔族は駆逐する。恐らくその為にレオニード・ヴァルシャークは、他の死者達の願いを纏めて魔力を譲渡させた。そして策を授けたのもその為だ。


 《トゥニカ・サクォラ》


(公爵家に取り憑く魔族。恐らく見た目や魔力視、鑑定眼でも見破れない、何らかの擬態をしている筈だ。でなければ“王の影”が気付いている筈だからな)


「トゥニカ・サクォラ⋯⋯全く、言い難い名前だな」



「朝、居なかった」


 朝食を終えて、トニトルスの入れてくれた珈琲を片手に、ミルトが「おはよう」と挨拶すると、膨れっ面のプルフルが、先述の様に答えた。


「今日は早く目が覚めたな。少し訓練してたんだ」


「パイシーとはギュッてして二度寝した」


(そういうの共有しないで欲しいんだが)


「そ⋯うだったか? いや、覚えてな「可愛かったでアレは〜ミルト君もしっかりウチに甘えてきてなぁ〜そうか〜プルフルは味わえんかったんか〜そら残念やなぁ〜でも今晩はウチの担当やからなぁ〜また明日以降に再チャレンジやなぁ〜」


 ミルトの横で、同じ様に珈琲を飲んでいたパイシーが余計なことを言う。


「むぅ⋯⋯」


 プルフルの膨れっ面が更に大きくなる。ミルトから見ても非常に可愛らしいが、朝から揉めるのはやめて欲しい。そして煽るようにパイシーはミルトの肩に頭を乗せる。


「その辺にしておけ2人とも。プルフルも席に着け。朝食を摂ったらまた作戦会議だぞ」


 10人掛けの広いテーブルを挟んでミルトの反対側にイモート、ルヴィが座り、そこからトニトルスが2人を諌めた。


 ちなみにイヴはミルトを挟んでパイシーの反対側にいて、まだゆっくりと朝食を食べていた。


「おはようございますプル姉さま。朝食はこちらにご用意致しましたのでお召し上がり下さい」


 ミルトの横が埋まっているので、離れた席に朝食を用意すると、プルフルは更に機嫌が悪くなる。


 じっとミルトを見て来る。


「⋯⋯埋め合わせ、するから」


 居心地の悪くなったミルトは、自分に責任は無いと思いつつも、埋め合わせを約束してしまう。


「デート1回。2人で」


 プルフルは機嫌を直して着席し、ちょこちょこと朝食を食べ出した。


「分かった。落ち着いたら行こう」

「その後はウチも行こや?」


 プルフルに続いてパイシーもデートの約束をして来る。しっかりと腕を絡めてからの上目遣いで。


「分かった。とにかく落ち着いたら相談しよう」


 なんとか場を収めてカップに口を付けるが、既に珈琲は冷めていた。

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