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38、イヴ キャラバンで王都へ

「あい〜了解。よろしくなぁイヴやん。ウチはパイシーや。間違っても森の妖精やないで」


 ダイニングに集まってコーヒーを飲んでいる時に、ちょうどパイシーが帰宅した。フラフラとした足取りで廊下を歩き、倒れ込むようにして揺り椅子に横になったままダラケ始める。


 土埃にまみれた衣を気にも留めず、ただ天井を見上げてイヴに答える。


「ええ、よろしく。⋯⋯森の妖精?」


「ふぅぅ⋯⋯。なんや森で助けた冒険者がな、森の妖精森の妖精様いうて拝んできよんねん⋯⋯昨日の昼からず〜っとや。殴り合いより崇拝されるほうが疲れるて、どういう理屈やねん。むっちゃ疲れた⋯⋯」


 いつも元気なパイシーがこれ程までに疲れているのは珍しい。


「よく分かるぞ。命を救われて感謝する気持ちは分かるが、こちらは仕事をしているだけなのだ。過剰に神聖視されて崇められるのは、本当に疲れる」


 トニトルスがため息を吐きつつ同意する。


「もう嫌や⋯⋯まぁそれも今日で最後や。あ、プルフル、報酬そこに置いといたから回収しといてな」


 プルフルは頷いて、リビングのテーブルに置かれた袋を、無造作に取って空間拡張袋に仕舞う。


 微かに鳴る金属音を聞きながら、パイシーは目を閉じた。


「冒険者って、実力があれば本当に儲かるのね」


 イヴの質問に答えたのはミルトだ。


「依頼の難易度によるな。パイシーが受けたのはB級の甲竜討伐だ。追加報酬もあったようだな」


「甲竜? あの大きな亀みたいな? 遠目に見たことはあるけど⋯⋯待って、パイシーは拳法家よね? どういう事? 素手でアレを討伐したの?」


 イヴはとても信じられないのか、沢山の疑問符を浮かべて質問する。


「せやで〜。今回はハグレ1体と、その冒険者のオッサンが連れてきた5体やから全部で6体、素手でしばいたったわ。脚も使ったけどなぁ〜」


 パイシーは脚を上げてアピールする。ドレスの裾が捲れて太腿まで露わになっている。


 ミルトはそっと、視線を逸らす。パイシーはそれを見てニヤニヤと笑っている。


「そんな綺麗な脚で、とてもそんな事⋯⋯それに、殆ど無傷じゃない」


 逆にイヴは、食い入る様にしてパイシーの脚をしげしげと見つめる。


「イヴやん、流石にそんなガン見されたら、ウチも照れるわぁ」


「あ、ごめん。しっかりとバランス良く鍛えられた綺麗な脚だと思うわ。良かったら踊りも覚えてみない? きっと上手くなるわ」


「おお、ええやんそれ。時間のある時でええから教えてぇや。あ、ちなみに魔力変換して身体強化して戦うのがウチのスタイルやから、まあ鍛えるのに越した事は無いけど、あんまり鍛え過ぎるとバランス悪なんねん」


「魔力⋯⋯やっぱりパイシーも魔力を使えるのね」


「せやなぁ〜ウチは生まれつき身体強化するスキル持ちらしいからなぁ。ちゃんとした魔力の使い方は魔物が使ってるの見て何となく覚えたんや」


「魔物から習得⋯⋯そんな事できるの?」


「パイシーは特別。真似しないで」


 プルフルがイヴに注意を促す。


「そうらしいわ。イヴやんは魔力使えるんか?」


「練習中。筋は良い方」


 プルフルがイヴを賞賛する。


「え、そうなの?」


「え、そうなの? 言われてるやん。ちゃんと教えたらな」


「大丈夫。パイシーと同じ系統。基礎は掴んだ。勝手に練習する」


 イヴはプルフルの慧眼に驚いた。確かにその通りだ。魔力を自覚してからずっと体内で魔力を動かし続けている。


「そうか〜ほんならミルト君の添い寝も大丈夫そうやな。まあ暫くは譲れんけどなぁ。そう言えばずっとウチらと一緒に行動するっちゅー事でええんやんな?」


 パイシーに言われてイヴは思い出した。自分が今キャラバンにお世話になっていて、王都に向かっていた事を。


「あ、忘れてた! キャラバンの人に説明して、王都への旅から抜けさせてもらわないと」


「ああ、そう言っていたな。俺も一緒に行って説明しようか?」


「大丈夫よ。ちゃんと説明して来るから」


 言うが早いか、イヴは荷物を背負って出て行こうとする。


「待って。これ持ってって」


 プルフルはローブのポケットから、小さな"肌色の指輪"を差し出した。


「これは?」


「指輪。何処へ行っても外さないで。身の危険を感じたら内側のここを押して」


「え、どうしてこんな凄い物⋯⋯」


「もしキャラバンから抜け出せない場合、気にせずそのまま王都へ行って」


「ええ!? でもわざわざ王都へ行ってから戻って来るのは⋯⋯」


「昼には私達も王都へ行く予定」


「そ、そうなの? じゃあ」


「安心して、どちらにせよまた会える。絶対。指輪を嵌めて」


 イヴはプルフルの指示に従い、右手の人差し指に指輪を嵌めた。

 肌色なせいか、付けていると殆ど分からない。


「そうだな。そちらが先約なら、守るのが筋だろう。世の中は狭い。何処で繋がるか分からんから不義理はしない方が良い。それに契約もあるのでは無いか?」


 トニトルスもキャラバンへ説明に行く事を後押しする。


「そういう事なら、分かったわ。とりあえず、行ってくるわね」


「昼には出る。過ぎたらキャラバンに乗ったと見なす。その時は王都に集合」


 プルフルが言葉を指示を出す。


「冒険者ギルドに言伝しておくから問い合わせてくれ」


 ミルトが連絡方法を伝えると、頷いてイヴは扉から出て行った。



 朝の冷えた空気を吸い込みながら、イヴはキャラバンの野営地に戻った。まだ食事の支度をしている者、荷物を積み始める者、それぞれが慌ただしく動き回っている。


「リーシャ! 何処に行ってたんだ、心配したんだぞ」


 一人の青年が駆け寄ってくる。護衛を兼ねていた冒険者だ。彼は少し険しい顔をしている。


「ごめんなさい。ちょっと知り合いのところに居たの。それと、ごめんなさい、私はここで降りるわ」


「⋯⋯降りる? どういう意味だ?」


「王都まで同行はしない。別の仲間に出会ったの。これからはそっちと行動を共にするわ」


 青年は信じられない、といった様子で目を見開いた。

 周囲にいたキャラバンの人々も手を止め、視線を向けてくる。


「リーシャ、俺達に不満でもあったか? こんな途中で、いきなり──」


「仲間だと思っているからこそ、きちんと伝えに来たの。黙って消えるなんて、したくなかったから」


 静かに、しかし強く言い切る。飛び入りで入っただけの踊り子の真摯な態度に、一部の者は納得したように頷き、また作業に戻っていった。


 青年は唇を噛み、やがて小さく吐息をついた。


「⋯⋯そうか。お前が決めたなら、もう止められないな。ただ、無茶だけはするなよ」


「ありがとう。あなたたちの旅が無事であるように、祈っているわ」


 リーシャは深く頭を下げ、背を向けた。

 右手の人差し指に嵌まった指輪が、ほんのりと温かく感じられる。


 青年は渋々ながらもイヴの決意を受け入れた。だが、その直後──


「待ちなさい」


 低い声が響き、場の空気が変わる。キャラバンの副リーダー、帳簿を常に抱えた細身の男が姿を現した。


「今、何と言ました? 勝手に降りる? 契約違反だ。こちらは護衛の手当てや宿の割り振りまで計算に入れている。途中で抜けるなど、ただで許すわけにはいきませんよ」


「ですが副リーダー、イヴは、」青年が言いかける。


「黙りなさい。私は隊全体の損失の話をしている」


 冷たい目が青年を一瞥し、すぐにイヴへと注がれる。


「違約金を払って貰おうか。払えないのなら、王都まできっちりと同行してもらう」


 細身の男が提示する額に、イヴは思わず言葉を詰まらせた。そんな金額は持っていない。


「⋯⋯分かったわ。王都までは一緒に行く」


 副リーダーは薄く笑い、帳簿を閉じて去っていった。

 残された青年は悔しそうに拳を握りしめる。


「⋯⋯すまないリーシャ、止められなかった」


「いいの。あなたのせいじゃない」


 イヴは静かに首を振る。だが胸の奥では、冷たいものが広がっていた。



 宿場町の夜は静かだった。


 イヴは与えられた部屋で蝋燭を一本灯し、下着にストールを羽織ったままの姿で、プルフルから教わった魔力操作を反復していた。


 体の芯に流れる微かな熱を、呼吸に合わせてゆっくりと巡らせる。

 それに合わせて、馴染んだ舞の足運びと手の動きを繰り返す。

 動き慣れた流れに身を任せて魔力を追従させ、身体に馴染ませる。


(凄い⋯⋯魔力を織り交ぜた今の方が明らかに動きが滑らか。踊りの最高潮に達した時に、稀にある高揚感と凄く似ている。もしかしたら、あの瞬間は魔力を発していたのかも知れないわね)


 その最高潮の高揚感がずっと続いているのだ。汗ばんだ身体が蝋燭の火に照らされ、誰も見ていないステージで、人生最高の舞を艶めかしく踊り続ける。イヴは魔力操作に夢中になっていた。


 ──だから窓を破るような乾いた音に気付かなかった


 黒い布で顔を覆った男達が、あっという間にイヴを取り囲む。


「大人しくしろ、女⋯⋯おいおい、めちゃくちゃ良い女じゃねぇか」

「金になるんだ。手は出すな。⋯⋯運んでる時に楽しめば良い」


 背筋に冷たいものが走る。しかし──不思議と恐怖よりも、舞への集中が勝っていた。


 男が近付き、その手がゆっくりと伸びる。イヴは、舞のように身を翻し、紙一重で躱す。

 二の腕を掴まれかけても、腰を捻ってくるりと背後へ抜ける。


 何度も何度も。


(あれ? 体が軽い。それに動きがよく見える)


 魔力が流れた事で、筋力を補強し集中力を底上げし、関節は更に柔らかく、足が鋭く床を蹴っている。幼少より繰り返し身に付けた舞と鍛錬と、新たに付加された魔力とが、一つになっていた。


「──っ、この小娘が!」


 苛立ち混じりの声と共に、男が短剣を振り上げる。避ける事は出来ても彼らを撃退する手段の無いイヴの心に、恐怖と、そして強烈な願いが溢れる。


(──みんな、倒れろ!)


 その瞬間、周囲の空気が歪んだ。紫がかった霞のようなものがふわりと漂い、男たちの鼻腔を突き抜ける。


「⋯⋯っぐぅ!」

「体が⋯⋯痺れ⋯⋯!」


 黒い布で顔を覆った男達、は呻き声を上げて次々と崩れ落ちた。


 イヴは呆然と立ち尽くしていた。自分の体から生まれた、何か。

 けれど確かに──願った通りに相手は倒れていた。


「⋯⋯これ、私が⋯⋯?」


 だが、昇華された舞と魔力と祈りが重なった時、確かにそれは芽吹いたのだった。


 侵入者騒ぎを、イヴはすぐにキャラバンの仲間へ伝えた。

 宿の者も巻き込んで取り押さえた男達は縛り上げられ、街の衛兵へと引き渡される。


 プルフルに渡された指輪を思い出したのは、部屋に誰も居なくなってからだった。


(使えば良かった⋯⋯。でも、自分で何か出来たみたいだから、それはそれで良かったのかしら?)


 先ほどの再現を試みたが、魔力による高揚感はあっても、何か特別なものが生み出される感覚は無かった。イヴは疲労から、気が付けば朝まで眠っていた。


「宿場町でこんな事件とはな⋯⋯」

「用心しないと⋯⋯イヴ、無事で良かった」


 表向きはキャラバンのリーダーを筆頭に、皆が心配そうな顔をしていた。

 けれど副リーダーだけは違った。顔を真っ青にしてイヴを睨み付ける。

 副リーダーは口元を歪めると、部下を数人呼び寄せ、耳打ちした。



 昼下がり。


「ちょっと打ち合わせがある」


 と、副リーダーは自然な笑みを浮かべてイヴを呼び出した。


「リーシャ嬢、君に話しておきたいことがある。こっちだ」


 仲間の視線を避けるように、彼女を別の建物へと導く。


 最初は警戒したイヴだったが、副リーダーの穏やかな声色と「護衛も一緒だ」という言葉で、わずかに緊張を解いた。


 個室に入った瞬間だった。


「──今だ」


 背後の男達が音もなく動き、甘い香りの布を押し付けてくる。

 イヴはとっさに息を止め、舞うように身を翻す。

 だが、狭い室内で複数人に囲まれては逃げ場がない。


 魔力を巡らせた脚が床を蹴り、体が宙を舞う。

 だが、嗅いでしまった一瞬の隙に、視界が揺らいだ。


「くっ⋯⋯!」


 霞む目の前で、副リーダーが勝ち誇ったように笑った。


「王都で君を待っている客がいるんだよ。楽しみにしていてくれ」


 意識が薄れていく中、イヴは自分が持ち上げられ、どこかに運ばれていくのを感じた。

 硬い木の感触。狭い空間。布で縛られ、口元を塞がれる。


 蓋が閉じられ、暗闇が広がった。──コン、コン、と外から木槌で打ち込まれる音。


 木箱の中に押し込められたイヴは、遠のく意識の中でただ必死に願った。


(⋯⋯誰か⋯⋯気付い⋯⋯て⋯⋯)

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