33、オーク村でソロ討伐
まずは馬を走らせて依頼を出した開拓村へ。
ミルトは自分が年若く見える事を知っているので、なるべく毅然とした態度で村長から事情を訊く事にした。
「わかった。後はこちらに任せて貰おう」
「⋯⋯あの、お仲間の方はどちらに?」
「聞いてどうする。気になるか?」
「それは、勿論です。その、冒険者が──」
「冒険者が失敗したら怒りに任せてオーク共がこっちにも襲い掛かって来るかも知れんだろ! お前にその責任が取れるのか? なんでお前みてぇなガキが1人で来てやがる! 高い報酬払って来たのがガキ1人ってなぁどういうこった!」
村長の横に座っていた壮年の男が大声で怒り出す。先ほどからミルトの事を苛々とした目で見ていたので、こう来ることは予想通りだ。『共感』を使うまでも無く把握する事が出来た。
「なら依頼を取り消すか? 拐われた女性が居ると聞いて急いで来たんだが」
「それは、確かに昨日出して今日来て頂けるとは、こちらも思っていませんでした⋯⋯ですが、貴方1人でオーク数十体を相手にすると言うのは⋯⋯」
「安心しろ。殲滅するだけなら時間は掛からん。悪いがもう行くぞ?」
「待ちやがれガキ!」
壮年の男がミルトの背中に手を伸ばすが、ミルトはそこには居なかった。男がたたらを踏んで立ち止まる。
「動くな、首が切れるぞ」
「ヒッ──!?」
ミルトは『先読み』を使い男の動きを完璧に読み切って避けた。初動も無く、頭を低くして後ろ向きのまま下がり、相手の背後に回り込んで剣を相手の首に突きつけただけだ。刃の部分ではなく剣の腹を当てている。
(信用を得る為に被害者達を傷つける訳にはいかんからな)
「悪いが時間が無い。手荒になってすまないが、信用してくれないか?」
壮年の男が何度も首を縦に振って合意を示した。
「生きていれば女性達は連れ帰る」
◇
開拓村を出て森を抜けた先、粗末な木柵で囲まれたオークの集落があった。
煙が上がり、獣臭と血の匂いが風に乗って漂ってくる。討伐依頼の対象は、この村全体。敵の数は20を超える。通常の冒険者なら仲間を集めて挑むが──今日はミルト1人だ。
(二足歩行の魔物相手としては、ちょうどいい練習相手だ。さっさと怒らせて、まずは感情を剥き出しにしてやるか)
彼は村の中央まで堂々と歩みを進める。気配を隠さず、むしろ挑発するように。オーク達が吠え、武器を手に集まってくるのを待っていた。
『共感』──発動
様々な感情が流れて来るかと思いきや、オークの感情は非常に単調だった。
──喰いたい ──殺す
最初に飛び出してきたのは、斧を持った筋骨隆々の戦士風のオーク。ミルトを飛び込んで来た間抜けな餌とでも思っているのだろう、ミルトはその醜悪な顔を見て冷ややかに笑う。
「随分と臭いな⋯⋯人間の豚小屋より臭うぞ。仲間でも焼いて食ったのか?」
その一言で、戦士風オークの怒りが燃え上がる。どす黒い感情の奔流がミルトの胸を貫き、彼の意識に鮮明な像を描く。
──ブタ ──屈辱
──誇りを踏みにじられた衝動的殺意
怒りに任せてオークは斧を振り上げ、即座に振り下ろす。ミルトには相手の次の動きが手に取るように分かる。大上段から振り下ろされる斧──彼は半歩だけ横に身体をズラし、刃のすぐ横をすり抜けた。
ミルトの姿が掻き消える。
足腰を魔力で強化しながら、倒れ込むようにして体重を上手く使い、高速で移動する。パイシーに手ほどきを受けた『膝抜き』を起点とする本物の歩法だ。
魔力操作はプルフルに習ったものだ。
戦士風のオークの首が宙を舞った。それを見たオーク達は武器を強く握り締める。
そのとき、近くの掘っ立て小屋の奥から、重い何かを叩く音と、くぐもった女の悲鳴が聴こえてきた。
(人間の声──捕まっていた村娘、まずは1人、生きていたか。予定変更だな)
怯え、絶望し、助けを求めるその声が、ミルトの胸を焼く。小屋にいる女性は1人では無いようだ。
「──っ」
冷徹に振る舞うつもりだった心に、怒りが一気に噴き出した。焼けつくような激情が、全身を駆け巡る。
オーク達は一瞬、動きを止めた。理由は彼らにも分からない。ただ人間の少年の放つ“何か”に体毛が逆立ち、本能が危険を告げていた。
ミルトはその時、殺気を放った訳ではない。
だからこそ、初めて知った。スキル『共感』は感情を読むだけではない──あまりに強烈な感情は、逆流して相手に伝わるのだと。
(共感⋯⋯共に感じる。もしかして相互に影響を与える効果があるのか? もしやイモートに感情が芽生えたのもこの効果のせいか?)
──試してみるか
「怒る。いや、違うな──それじゃダメだ。俺の怒り触れて、怯えて震えろ⋯⋯豚ども⋯⋯」
吐き捨てるような声とともに、ミルトの怒りが波紋となって広がった。
逆流した激情は、オーク達の胸を貫き、彼らの心を凍らせる。怒号は次第に掠れ、獣じみた瞳が恐怖で揺れ⋯⋯固まった。
(怒り慣れてないから興奮が収まらない。これは、威嚇のようなものか? 共感と言うより、魔物相手だと感情をぶつけるようになるようだ。とにかくチャンスだ、今のうちに助け出す!)
ミルトは高速移動で扉の無い小屋に突入──
──瞬時に状況を把握して戦術を展開する。
台に乗った片腕の無い女性をいたぶって殴っているオーク、そいつの両腕を一瞬の内に切り落とし、そのまま首を落とした。
もう1人、椅子に座って、笑いながら女が殴られる光景を見て“腕を摘み食いしている”オークに肉薄、そいつが動く間も与えず、その首を飛ばした。
小屋の中には4人の女性が居た。1名を残して着る物は剥ぎ取られ、3人が部屋の隅で蹲って震えている。これから“調理”される直前だったらしい。
台の上にいる女性に近付くと、彼女はビクリと身体を震わせる。ミルトは出来るだけ優しく話し掛けながら、殴られたであろう、腫れ上がった顔に手を触れて『簡易治療』で治してやる。
「助けに来た。もう大丈夫だ」
台に乗った女性の右肩から先は無く、血が滴っている。恐らく先程のオークが齧っていたのが彼女の腕なのだろう。
自分の腕が千切られ、食われていく恐怖に耐えられず、涙など色々でボロボロになった顔を清潔な布で拭ってから、そのまま腕を止血した。
(痛ましそうな顔をするな。冷静に、冷静に、彼女を不安にさせるな)
ミルトは淡々と、オークの持っていた腕を拾って来て、腕の傷口に宛てがう。台の上の女性は痛みに呻き声を上げる。
「大丈夫だ。直ぐに戻してやる」
部屋の隅で怯えている怪我の無さそうな女性に声を掛ける。
「すまないが、こちらへ来て少し腕を持っていてあげて欲しい」
「は、はい⋯⋯!」
女性は腰が抜けていたのだろう、それでも四つん這いから必死になって立ち上がり、腕を支えてくれる。
ミルトは懐から虹色の液体の入った小瓶を取り出した。──エリクサーだ。
蓋を開けて腕の千切れた所に虹を1滴だけ垂らす。
すると傷口の赤い部分が虹色に光り、見る間に腕の傷が消えていた。女性2人は驚き固まっている。
「動かせるか?」
台の上の女性は、言葉も無く腕を動かし、手を握ったり開いたりして⋯⋯号泣した。腕を持っていた女性も一緒に泣き出す。小屋の端で蹲っていた女性も呆然とこちらを見て涙を流していた。
部屋にはもう1人居るが、顔中が腫れ上がったまま仰向けに転がされている。唯一、服は着ている。胸が微かに上下しているので息はあるようだ。
それを見た瞬間、またもミルトの怒りが点火してしまう。そして気付けば小屋は囲まれている。
『共感』──発動
先程オーク達を怯えさせたミルトの怒りを再度、伝播させる。女性達を避けて身を焦がすような怒りを伝え、同時に殺気も乗せて撒き散らした。
「豚の死骸が臭いだろうが、もう少しここに居てくれ」
女性達に声を掛けてから、ミルトは扉の無い小屋からゆっくりと歩いて外に出た。
オーク達は怯えて膝を付いている者も居る。
「掛かって来い豚ども⋯⋯この辺境に貴様らの生きる場所など無い!」
ミルトは飛び込み、目の前に突っ立っていたオークの首を斬り飛ばす。横にいたオークの槍を構える手が震え、そのまま仲間の背に隠れようとした。
ミルトは迷いなく纏めて斬り捨てる。
斧を振りかぶろうとした者の心は既に折れており、その動きは鈍い。喉を裂くのも一瞬だ。
悲鳴、怒り、恐怖──死の危機に瀕し、オークにも食欲以外の感情が乱雑に入り混じる。
斬り裂いた血飛沫すらも利用して高速で立ち回る。
「なるほど『共感』そのものが武器にもなるわけか」
出会った頃にトニトルスが言っていた言葉を実感していた。
最後に残った1体は、恐怖と絶望に染まりながらも、捨て身で突っ込んできた。だが刃が振り下ろされる前に、ミルトの剣はその喉を切り裂き、血飛沫の中で巨体は崩れ落ちた。
静寂。
村の中央に立つのは、返り血を数滴浴びただけのミルトだった。たった1人でオーク20体を斬り捨てたのだ。
ミルトは血生臭い空気の中、それでも大きく深呼吸してから、剣を鞘に収める。ミルトの胸の奥には、まだ燻ぶる怒りと逆流の余韻が残っていた。
「剥き出しの怒りをぶつければ、魔物でも怯むようだがこれは、諸刃の技だな」
自分が抱えた感情が、周囲の感情を揺るがす可能性を持つ。だが魔物と繋がったままでは短絡的な怒りに流されてしまう。その危険をミルトは理解していた。
(オークの精神と繋がっていた事もあるだろうが、あんなに短絡的に怒りを覚えたのは初めてだ。有用なスキルだが、自らを魔物としない為には、これまで以上に自制が必要だな)
──その時、大地が揺れた。
オークキング
先程までいたオーク達の優に倍はあろうかという巨体を揺らし、一際大きな小屋から這い出てき来た。
右手に丸太から削り出したような棍棒を持ち、左手に1人の女性を、まるで子供の人形のように握っていた。彼女の衣服は裂け、顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ、恐怖に打たれ──浅い呼吸を繰り返して顔は真っ白になっている。ギリギリで生きているという状態だ。
「──────!!」
甲高い悲鳴が、空気を震わせた。
外が静かになった事で安全だと思ったのか、先ほど助けた女性達が、互いに支え合いながら小屋から出て来たところだった。
「おい、いい加減にしろ豚。恐がらせるな」
オークキングはニヤリと笑い、大口を開けて左手の女性を自分の顔に近付け──
ミルトの姿が掻き消えた。
剣閃が一条、オークキングの首周りに疾走る。
次の瞬間、オークキングの首は宙を舞い、開いた大口からは血泡が立っていた。
巨体が地響きを立てて崩れ落ちる。
喰われかけた彼女は、気付けばミルトの左腕の中に居た。着地と同時に地面に優しく降ろされ、浅い呼吸を繰り返して正面を見たまま、その場に座り込む。
『共感』を使って心を探る。日常との乖離から事態を認識出来ないまま、度重なる死への恐怖と慣れない痛みに耐えかねて心を閉ざしてしまっている。
ミルトは先程、習得したチカラを使う。
『共感』──発動 『鏡心』
小屋の前で座り込んだ女性達は、救われた安堵よりも先に、目の前で繰り広げられた“人ならざる所業”に圧倒されていた。
血飛沫を背後に立つミルトは、微動だにしない。
剣を振り払って鞘に収めると、歩き出す。
他の女性に両側から肩を支えられて座り込んでいるのは、顔を腫らして失神していた女性だ。どうやら意識はあるらしい。
彼女の前に膝を付いて両頬を掌で挟み込む。
「目が見えるくらいまで治療する」
ミルトは『簡易治療』を発動して、ゆっくりと顔の腫れを治してやる。頭にもダメージを受けているらしいので、そちらにも意識を集中させる。
ボコボコに腫れていた顔が少しずつ小さくなり、瞼の腫れが引いて、大きな瞳が出て来た。
「続きは後にしよう。とりあえず着る物を探そう」
ミルトは彼女達を安心させるよう優しく話し掛けた。
◇
結局、衣服は殆ど破り捨てられていて着られるものは無かった。何枚かの布を見つけたので、切り裂き、お湯を沸かして煮沸消毒してから身体に巻き付けて、身体を隠した。
ついでに残り湯で身体を清めていたようだ。ミルトはその場から離れてオークキングの小屋の中を漁っていた。
「大した物は無いな。まだ住み着いてから間もなかったようだな」
オークは村作りなどしない。というか出来ない。人間が過去に作って打ち捨てたものを勝手に使って住み着いたのだろう。
こういう事態を回避する為に、廃村は焼き捨てる事が多いのだが、行政側が確認を怠ったのだろう。
(多分、開拓村を作ったが、魔物が出る森に近過ぎたから打ち捨てて、今の開拓村をやり直したんだろう。突っつくと面倒そうだから口には出さないが⋯⋯)
「ミルト様、みんな出発の準備が整いました」
助けた女性の1人がミルトに声を掛けた。片腕を再生した女性だ。あの状況でも正気を保っているのは驚嘆に値する。開拓村に子供が居るらしい。
(まだ辛いだろうに、強い人だ。母は強しという事か⋯⋯早く家に帰してやらないとな)
「分かった。直ぐ行く」
オークキングを倒したところへ行くと、4人が布を身体に巻き付けて揃って立っていた。
「出発しよう。あ、その前に、もう一度顔を見せてくれ。残りも治すから」
顔の腫れを全部治しきれていなかった女性の前に立つ。
「はい⋯⋯ありがとう、ございます。」
彼女は遠慮がちに礼を言う。身体を清めた際に髪も洗ったのだろう。彼女は綺麗な赤毛だった。
「冒険者のアフターサービスみたいなものだ」
彼女の両頬に掌を添えて、簡易治療を施した。
燃えるような美しい赤毛に、大きなペールブルーの瞳。整った鼻筋に小さな唇。まるで貴族の様な見た目だ。
(貴族の庶子か、没落した貴族家の血筋が入っていそうだな。そう言えばルヴィも貴族の血が入ってそうだな⋯⋯。目の前の彼女については、これ以上関わるべきじゃないか)
ミルトは治療を終えて、何も言わずに立ち上がり、待っていた女性達に声を掛けた。
「さて、待たせてしまったな。家まで送ろう」




