32、C級昇格と示威行為
ガルマックス伯爵領で辻馬車を手配し、そのまま領都を出て、6日を掛けて王都へと移動する。
今回は人の目が多い、王都へは魔導車は使わない方が良いとの判断だ。
王都への道程は整備されており、他領へ寄ったり、宿場町で宿を取るなどするため、夜営をする事もなく快適な旅だった。
到着したのは昼下がり、王都の城門は光に照らされ、人や荷馬車で賑わっている。行来する冒険者や商人、旅の一行に紛れて入るには格好の時間帯だ。
「身分を示す物は持っているか?」
ミルトは冒険者証を門番に差し出した。今回の一行は“冒険者の兄妹と仲間たち”という体裁でいる。
ルヴィも暗部に属していた頃、隠れ蓑として冒険者証を持っていたが、使えば足が付くため、ミルトの姉として同伴している。門番も特に怪しむ様子はなく、軽く検問しただけで通してくれた。
「人が多いなぁ〜さすが王都や。フェルム領も多かったけど、ウチら殆ど街中は歩かんかったからなぁ」
パイシーが陽気に声を上げた。旅の疲れなど見せず、行き交う人波を楽しそうに眺めている。トニトルスもイモートも、特に疲れは見えない。プルフルは眠そうにしているが、彼女のそれはいつもの事だ。
一方でルヴィは疲れこそ見えないが、目深にフードを被り、周囲を警戒しながら歩いている。
「さっそく拠点──住む場所を探すぞ」
ミルトは静かに呟き、街路の先に視線を向ける。王都は外縁部の市街地から貴族街にかけて徐々に家格が上がり、貴族街に程近い区画には比較的裕福な市民が暮らす地区が広がっている。
一行が目指すのはそこだ。
◇
古いが、広い二階建ての屋敷を見つけた。
大通りから少し外れた静かな路地に面し、商家の元邸宅だったという。ミルトは遠慮無く貴族の名をちらつかせて商談を進めた結果、驚くほどあっさりと購入が決まった。
「代金はフェルム辺境伯家に請求してくれていい」
ミルトがさらりと言い放つと、売り主は顔を青くして深く頭を下げた。この国で貴族の縁者を騙る者はいない。いや居るのかも知れないが、発覚した時点で極刑が決まるので、誰も騙る事は無い。
家の鍵を受け取り、王都での拠点に入り込んだ。
◇
「刻むから離れてて」
プルフルが魔導具を使い、複雑な模様の魔法陣を一瞬で刻む。そこに更に細かい転移地点を指に溜めた魔力を使って描き足す。青色の光が淡く灯り、やがて完成した。
「これでいつでも使える」
「早いな。見事だ。助かるよ」
ミルトは短く礼を述べ、皆を見回す。
「それじゃあイモート、ルヴィ、俺達は行くよ。10日は掛かると思う。キリが良い所で帰る」
「承知致しました、ミルト兄さま」
イモートは静かに一礼し、ルヴィも小さく頷いた。
ミルトは腰の剣を軽く握り、魔法陣に足を踏み入れた。光が視界を覆い、視界が一瞬で歪む。身体が浮き上がるような感覚に襲われる。
転移の感覚が消えた時、そこはガルマックス領の外れの路地裏だった。イモートの報告書を受けた場所だ。
王都と同じくガルマックス領では冒険者ギルドの近くに拠点を購入した。内装を整える時間は無いので、既に寝具などが揃った物件を選び、そのまま使う。
◇
「依頼をいくつか片付けておこう」
「ああそうしよう。直ぐに行くか?」
ミルトの提案に、一も二もなくトニトルスが同意して出発しようとする。
「目立たないようにね〜。ふわぁ〜眠い。行ってらっしゃ〜⋯⋯」
眠気の限界だったのだろう。プルフルは最後まで言い切れないまま、フワフワと浮かびながら階段に消えて行った。
パイシーは拳と掌を打ち鳴らし「久しぶりの冒険者活動や。腕が鳴るで!」と元気よく答える。ミルト、トニトルス、パイシーの3人で依頼を受ける事になる。プルフルは王都と行き来しながら、色々とやりたい事があるらしい。
一行は軽やかに冒険者ギルドへ向かう。イモートが仕立て屋に潜入している間、足繁く通っていたので今や勝手知ったるギルドである。
ルヴィとイモートの生活費も稼ぎたい。金を稼いで王都に戻るという流れを繰り返す事になりそうだ。
(それはそれとして、不思議だな。冒険者をしていると思うとわくわくしてしまう)
◇
ガルマックス領の冒険者ギルドは、昼前でも酒場の匂いと人いきれで、むせ返るほどの賑わいを見せていた。辺境に属するだけあって依頼は豊富なのだ。魔物の討伐なども騎士団だけでは手が足りない。
木製の掲示板には、低ランク向けの薬草採集から、高ランクの魔獣討伐まで、数え切れないほどの依頼書が所狭しと貼られている。
「このあたり全部だな。⋯⋯あと、これも」
ミルトが無造作に依頼書を剥がし、受付カウンターに差し出す。受付嬢は一瞬目を瞬かせたが、すぐに書類を纏め始める。
「お休みは終わりですか? しかしD級でこれだけ⋯⋯大変ですよ?」
「問題無い。今回は派手にやるのが目的だ」
ミルトは肩をすくめ、軽く笑う。その目の奥は冷えていた。
彼らがこの領に来た理由は一つ──ガルマックス伯爵領で活動していて、王都にはいないと思わせるため、敢えて目立つことだ。
ルヴィの遺体は無い。万が一にもルヴィを捜索する者が居ないとも限らない。暗部の者達に“シルは死んだので探しても無駄だ”と思わせるのが目的だ。
暗部と敵対するつもりは無いので命は奪わなかったが、ルヴィは匿わなければならない。あの衝突で唯一、命を落としたのがシル(ルヴィ)だ。つまり敵対した俺達がガルマックス領に居るのなら、まさか命を落とした筈のシルが王都に居る、などという発想に至らないようにするのが目的だ。
ルヴィとイモートを王都に残し、彼らは7日間にわたり討伐依頼を次々と消化していった。狼の群れを殲滅し、山賊の巣を潰し、亜竜の幼体までも仕留めて持ち帰る。ギルド内には、彼らの名を知らぬ者がいなくなるほどだった。
「まさかこの短い期間にC級まで昇格するとは思いませんでした⋯⋯ソロで高難度依頼をこなしてパーティー単位での実績値を伸ばすなんて前代未聞です。──結果が全てなので、私からは何も言いませんが」
受付嬢が感心したように、呆れたように肩をすくめる。
「危険な事はしてない。それに、C級になればB級までの依頼が受けられるからな」
ミルトの言葉にパイシーが楽しそうに笑い、拳を鳴らす。トニトルスは無言のまま頷いた。
「ミルトさん、B級からは試験がありますので申請する際は声をかけて下さい。実績値は既に満たしておられますのでギルドマスターに話は通しておきます」
もはや顔馴染みになった受付嬢が声を掛ける。
「分かった。その時は頼む」
更に3日、帰還した日から10日目。その日も、彼らは亜人盗賊団の討伐を終えてギルドに帰還した。獲物を引き渡し、血の匂いをまとったままカウンターに立つと、酒場の冒険者たちがざわめいた。
「⋯⋯あの連中、もう何件潰した?」
「10日でC級? ありえねぇだろ⋯⋯」
「裏で何かやってるに違いねぇ。良い装備しやがって。貴族の坊っちゃんだろうが、どうせよぉ」
「周りの女⋯⋯見てみろよ。あんなガキにゃ勿体ねぇぜ、なあ?」
そんな囁きを背に、ミルトたちは報酬を受け取り、淡々とギルドを出ていく。だが、その背後から粗野な声が飛んだ。
「おい、待てよ。新人のガキが調子に乗ってんじゃねぇぞ」
振り返ると、昼間も視線を向けてきていた3人組の中堅冒険者が立っていた。
「誰だ? 何か用か?」
ミルトは爽やかに、簡潔に問いかける。
「用だぁ? お前ら、ここらの依頼ほとんど持ってっただろうが!」
男は掲示板の一画を指し示す。ミルト達が総ざらいした依頼書が貼ってあった“討伐と捕縛”が主に貼られていた区画だ。
「それがどうした、関係無いだろ。誰なんだお前は」
ミルトは淡々と答える。
「他所から来て勝手されちゃ困るんだよ!」
男は額に青筋を立てて喚き散らす。ミルトは内心でほくそ笑む。
「⋯⋯どうしろと?」
「はっ、言わなきゃ分からねぇか? 目立つなと言ってるんだよガキ」
「そうか。分かった気を付ける。じゃあな」
ミルトは拍子抜けする程に、あっさりと冒険者の意を組んでギルドを後にする。
男は拍子抜けした表情で見送り「チッ! ビビリやがったぜガキが」と笑いながら仲間達とテーブルに戻って酒を飲み出した。
ギルドを出て、後ろを付いてくるパイシーとトニトルスも笑っていた。
◇
翌朝の冒険者ギルドは、夜の酒臭さがまだ残る中で、既に何人もの冒険者が依頼を吟味していた。
壁に張り出された依頼の大半は、朝一番で消えていく。手堅い薬草採集や交易路の護衛依頼は瞬く間に無くなり、残るのは命の危険と隣り合わせの討伐任務ばかりだ。
ミルトは静かに掲示板に歩み寄り、剥がされずに残った紙をまとめて手に取る。
「また危険なやつばっかりやなぁ〜、楽勝やけど」
「昇格したから、更に楽しめるな」
パイシーが後ろで楽しそうに笑う。トニトルスは同意しながら巨剣を背負い直した。
受付で書類を差し出すと、昨日とは違う若い受付嬢が少し戸惑い気味に眉を寄せた。
「これ⋯⋯どれもかなり危険ですけど」
「知ってるよ」
ミルトが淡々と答えて冒険者証を見せると、諦めたように書類を準備した受付嬢に向かい、カウンターに肘をついて署名した。そのやり取りを、背後で数人の冒険者がじっと見ていた。
◇
「おいおい⋯⋯またあのガキどもかよ」
「昨日の亜竜の首も、あいつらが持って帰ってきたんだろ?」
「幼体だろ?」
「成体らしいぜ」
「⋯⋯クソッ! 新参が調子に乗りやがって」
「俺が狙ってた依頼もやられたぜ」
「ガキがぁ!」
彼は椅子から立ち上がり、昨日と同じように仲間を従えてミルトたちに近づく。
「テメェ! 昨日の今日で俺を舐めてやがんのか!?」
振り向いたミルトに、昨日と違って斧を装備した冒険者使は、唾を飛ばす勢いで声をかけた。
「死にてぇらしいなぁ! ガキィ!!」
「⋯⋯誰だ?」
「テッ──メェ! ぶっ殺すぞ!」
ギルド内の空気が一気に緊張した。
「すまないな。覚えてない」
ミルトの声は低く冷ややかだった。
「誰だか知らんが俺たちはギルドのルール通りに依頼を受けてるだけだ」
「ルールだぁ? ここじゃ顔がルールなんだよ! 表に出ろガキ!」
ミルトは「分かった」と頷いて、受付嬢から討伐証明書を受け取ると、懐にしまって外に歩き出す。周囲の冒険者たちは面白がって様子を見守る為、殆どの者達が着いて来た。
外に出てミルトが振り返ると、斧使いが苛立ちをあらわに拳を振り上げようとした瞬間だった。
顔面に向けて迫りくる拳を、するりと躱して懐に潜り込み、上から踵を下ろして男の膝を蹴り砕き、下がった顎に膝を叩き込む。
一瞬の出来事だった。
斧を背負った男は地面に崩れ落ちる。
後ろにいた仲間の2人が、逆上して斬りかかろうとミルトに向かおうとして──崩れ落ちた。
男達の側に居たパイシーとトニトルスが満面の笑みで立っている。
「これくらいで充分ではないか?」
「ノルマはこなしたんちゃう?」
「──そうだな。ガルマックス領に居た事も、領主一族の耳に入っているしな。資金も随分と調達出来た。今日の依頼を片付けたら、明日には王都に行こう」
──今回の冒険者活動の目的は三つ。
1つ目、ミルトの命を狙ったガルマックス伯爵に、俺が自領に居て、更に冒険者として実績を残している事を報告させる為だ。冒険者ギルドにも伯爵家の耳が入り込んでいた。今も遠巻きにこちらを見ている。
2つ目、冒険者ランクを上げること。これは単純に生活費の工面の為だ。B級から強制招集があるらしいから、C級まで上げるのが目的だった。いつまでも実家の財力を宛てにするのは気が引ける。あと単純に冒険者業に憧れがあった。
3つ目、これが一番の目的だ。俺と接触した“王の影”の調査部隊は、ルヴィの死因が俺達だと判断している筈だ。俺がまだガルマックス伯爵領に居ると認識させる事で、王都で姿を変えたルヴィに意識を向けさせないのが目的だ。
「手分けして依頼を片付ける。トニトルスは領境の牧場に出てるドラゴンフライの殲滅を頼む。パイシーは俺と開拓村の側に住み着いたオーク村の殲滅だ」
「了解した。そろそろ対人戦だけでなく、魔物にも慣れてきたようだな。だが油断はするなよ?」
「ああ、気を付ける」
「ウチがおるから大丈夫や♪ ミルト君には指一本触れさせへんから!」
「それではミルトの訓練にならん。パイシーは手を出さずに見守る事に徹してくれ」
トニトルスは肩を竦めてパイシーを止める。
「ええ〜、そらおもんないてぇ〜」
「⋯⋯確かにパイシーを遊ばせておくのは勿体無いか。ならフェルム領方面に出た甲竜の討伐を任せて良いか? ハグレ個体だ」
「え、ええの? それウチがもろて」
「構わない。まだ目撃情報だけのようだが、オーク討伐で時間を食う間に被害が出るかも知れない。頼めるか?」
「よっしゃー! ミルト君愛してるでぇ♪ ほな行ってきます〜!」
パイシーはウインク一つを残して颯爽と走って行った。
「⋯⋯楽しそうだな」
「ふ、気持ちは分かる。冒険者稼業は己の力のみで身を立てられる気楽さが良いのだ」
(それはトニトルスとパイシーに、それが出来るだけの戦力を持っているからだ。本来は1つの依頼に数人単位で挑んで、数日単位で終えるらしいからな)
「そうだな。俺達も出発しようか。俺は馬を借りるから西門からの方が近い。またな」
「あまり帰りが遅くならんようにな。それと⋯⋯女には気を付けろ?」
「それは大丈夫だ。まあ、了解だ」
野次馬たちがギルドから出てきた時には、既に冒険者の男達はノされていて、ミルト達が討伐について相談しながら立ち去った所だった。




