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29、コヴェイン伯爵令嬢

 ミルトは視線を感じてシルヴィリーネリアの方を向く。


「ミルト・フェルム辺境伯令息、改めてご挨拶させて頂きます。王宮にて宮廷貴族として仕えておりますコヴェイン伯爵家の三女、シルヴィリーネリア・コヴェインと申します。もっとも、コヴェイン伯爵家と血の繋がりはございませんし、もう伯爵家との縁は繋げませんが⋯⋯」


 シルヴィリーネリアは立ち上がり、しかしスカートを履いていない事を思い出したのか、その場に立ったままで挨拶を述べた。声は澄んでいて、どこか伯爵令嬢らしい優雅さを漂わせている。


 ミルトは返事を返す代わりに軽く頷いた。


「フェルム辺境伯令息には既知の事と存じますが、王の影と呼ばれる王直属の暗部に属しております。いえ、属しておりました」


「ミルトで構わない。シルヴィリーネリア嬢は──」


「ミルト様、わたくしの事はルヴィと、お呼び頂けますか。シルヴィリーネリアは長いでしょうから。部隊ではシルと呼ばれておりましたが、その名は捨てます。敬称も不要です。これから先、わたくしは貴族令嬢としても生きてはゆきませんから」


「分かった。ルヴィ、気を持ち直してくれたようで安心したよ」


「⋯⋯いえ、まだ混乱はしていますが、お腹の子の事を考えれば、今はミルト様に従う事が最も安全だと判断致しました限りでございます」


「賢明な判断だ。戦場において安全地帯を即座に見極める目は大切だ。貴女の状況であれば尚更だ」


 トニトルスとしてもルヴィの判断の早さは、お眼鏡に叶うものだったらしい。流石は幼少から鍛えられた王の暗部というところか。


「ありがとうございます⋯⋯その、お名前を」


「トニトルスだ。トニトルス・レックス」


 トニトルスの名前を聞いたルヴィは、トニトルスの全身をまじまじと上から下まで見て──


「ら、雷姫と同じ名⋯⋯装備まで⋯⋯似せて⋯」


 その言葉にトニトルスが驚いた顔をした。


「その二つ名を知っているのか?」


「はい、歴史で習いました。表の歴史ではありませんが、歴史の闇に葬られた裏の歴史も暗部では習いますので⋯⋯あの、まさかとは思いますが」


「ああ、色々あって現世に蘇った」


「え?」

「ん?」

「よみがえっ⋯⋯た? 子孫ではなく?」

「ああ、蘇った。結婚もせず死んだからな、子孫などいない」

「ど、ど、え、どうやっ⋯⋯て?」

「ここに居るミルトの力とエリクサーでだ」


 ルヴィがミルト方を怪訝そうな顔で見つめる。


「その辺りも話そうか。まだ信頼では無いけど、ルヴィは──」


「ああ、彼女は我らの助力無くして腹の子と生きる事は出来んだろう。裏切りは無いだろう」


 ミルトの言葉を継いでトニトルスが応じる。


「ルヴィ、ここからの話は他言無用だ」


 ルヴィは真剣な面持ちで頷いた。



「という訳だ。俄には信じられないだろうけど」


 魔導ランプの柔らかな灯りの下、ルヴィは深く息を吐いた。だが直ぐに背筋を伸ばし、視線を合わせるその仕草には、確かに宮廷で培ったのであろう気品があった。


「⋯⋯信じますわ。暴滅の魔女様の実力を直接この身に受けましたもの。王の影が手も足も出せずに拘束されたのです──これ以上の証明など有りませんわ」


「そうか。話が早くて助かるよ」


 窓の辺りに移動して外を警戒しているトニトルスと視線を合わせ、目で頷き合う。


「ですが、なぜわたくしを助けたのです? ただ妊婦だからという理由では無いのでしょう?」


「そうだな⋯⋯確かに、そこは本当に納得して貰えるか分からないんだが──」


「信じますわ。どれだけ荒唐無稽なお話であっても」


 ルヴィは力強く、真っ直ぐにミルトを見つめ返してきた。


「さっき話したダンジョンの死者の中に、コヴェインの家名を持つ男が居たんだ。アーヴァイン・コヴェイン──知ってるか?」


「アーヴァイン⋯⋯その名、確かに拝聴した事がございますわね。当主では無く、現当主様から三代前のコヴェイン家当主の、御兄弟であったかと」


 ルヴィは優秀な王の影だったらしい。表の歴史、裏の歴史だけでなく、家系図まで覚えているようだ。


「ああ、そのアーヴァインだ。そいつが俺の頭の中で囁くんだよ、君を救えとな。だから助けた。あと、俺のスキル『共感』でルヴィの感情に繋がった事も理由だ。俺が助けて欲しかったから、ルヴィを助けた。そんなところだ」


(実際には囁くんじゃなくて絶叫だけどな)


 ルヴィは少し考える様な素振りをしてから、ミルトの目を見返して頷く。


「分かりましたわ。ミルト様、そしてアーヴァイン・コヴェイン様、助けて下さってありがとうございます。この御恩に報いる方法を教えて頂けますか? わたくしは──わたくしに出来る事があれば仰って下さいませ」


 ミルトは特に見返りを求めていた訳では無いので、少し考えてから、思い付いた事を提案した。


「ルヴィを救えた事が俺にとっての報酬のようなものなんだが⋯⋯そうだな、それなら王都の現状を教えてほしい。君を守るためにも、今後の方針を決めるにも、現状把握と情報を共有したい」


 ルヴィは少しだけ迷うように瞳を伏せたが、すぐに頷いた。


「⋯⋯承知致しました。わたくしの知る限りを」


 彼女は背筋を正し、静かに語り始める。


「王都の社交界は今、表向きはこれまで通りの平和を装っております。ですが、内情は不穏の極み。王位継承だけでなく、王権を巡る派閥争いが激化しておりまして⋯⋯本来であれば、現王ジークハルト陛下の第一子、現王太子のウルタフル殿下が王位を継承します。ですが、ウルタフル殿下の継承される王家の権威を削ごうとする勢力があるのです」


「アルヴァリク公爵家だな」


「はい。ミルト様をダンジョンに追い詰めた原因を作った──謂わば、黒幕ですわね」


「ああ──口を挟んですまない。続けてくれ」


 ルヴィは一つ頷き、話を続けた。


「心中お察し致しますわ。では、話を続けます。アルヴァリク公爵家は、元は王家の血筋を絶やさぬ為にと据えられた家──三代前にも王の妹姫が降嫁しており、今も王家の血を色濃く残しております」


「麗しき王族の血統──か?」


 ミルトの言葉に、ルヴィは眉毛を寄せて反応する。


「その言葉をどちらで──あ」


 彼女であれば知っているだろう。辺境伯家に嫁いだ次期公爵である長子の娘である、令嬢ヴェロニカとその息子であるラプターについても。


「弟のラプターがな⋯⋯そういう感情を持っていたのを知ったんだ。つい先日までは考えもしなかったが」


「辺境に手を伸ばす、公爵家の手の者達ですわね」


(やはりそういう認識なのか。知らなかったのは、かつての俺だけか)


「そうだな。王権を転覆する為に辺境に令嬢を送り込み、ラプターを産んだ。そしてラプターを次期辺境伯当主に据える為に尽力していて俺を狙った。まぁ残念ながら俺はこの通りだし、失敗しているがな。聞きたいのはそこからだ。まさか辺境を手中に収めるだけが王権を転覆する手段では無いだろう? また口を挟んですまないが、そこは先に知りたい」


「承知致しましたわ。話が早くて助かります。噂は当てになりませんわね」


「⋯⋯詳細は聞かないでおくよ」


(呑気に努力だけして生きていた次期辺境伯の噂の内容なんて、想像に難くないからな)


「ふふ。辺境から隣国への渡りを付けて王権を転覆する、以外の手段についてですわね。我々も後手に回っていましたので、はっきりと理解している訳では無いのですが、前提として王の影は魔族の関与を疑っているのですわ」


「ほう、それは何故だ?」


「国家の騒乱の影には常に魔族が関与しているからですわ。裏の歴史を知る古くから存在する暗部であれば、誰もが知る事実です。そして魔族は人の中に紛れ込む⋯⋯イモート様を疑ったのもそれが理由です」


「そういう事か」


「ええ、そして、恐らくどこかの貴族家に潜入している可能性が高いと考えておりまして⋯⋯特に、ガルマックス伯爵家の動きが目に付くのですわ。今回大人数でチームを組んでこちらに向かったのも、モートロゥの報告を聞くためと、追加の調査が目的でした」


 ミルトとトニトルスは黙って耳を傾ける。ルヴィは言葉を選びながら続けた。


「アルヴァリク公爵家は表向き、長子であるラプターを次期辺境伯に就ける為に動いております。けれども、先程お話に出ましたように、ミルト様の存在が抑止力となっております。ですが裏で彼らは王家の権威そのものを削ぐ計画を練っているはずなのですわ。そこでガルマックス領からまだ動きがあるかもと予想していたのですが⋯⋯」


「何かあったのか?」


「いえ、何も出ないのです。ガルマックス伯爵家はアルヴァリク公爵家に唆されただけでした」


(バルゴアの兄か⋯⋯フェルムから制裁はあるだろうが、自業自得だな)


 窓際にいた、トニトルスの眉がわずかに寄る。


「つまり、アルヴァリク公爵家の実権が動くのは時間の問題──ならばアルヴァリク公爵の収める領地に向かった方が良さそうだな」


「ええ、おそらく⋯⋯。王家の影も同じ様に考えて動くと考えられます。今の王都は、王でさえ完全な掌握を失いつつありますわ。公爵家が如何様に動こうとも誰も把握出来ないのですわ。自由に動けるのはもう、王の影くらいですもの」


 その言葉に、ミルトは深く息を吐き、椅子の背にもたれ掛かった。


(そういう事らしいぞ、アーヴァイン・コヴェイン)


 ミルトの頭の中で、かつて影に生まれ、闇の中で死んだ死者の声が聞こえた。


「わたくしは、そんな時に自分の子の事だけを優先して王の影を抜けようとしているのですわ。軽蔑して頂いて構いません」


 悲痛な表情でルヴィはミルトに訴えかけてきた。


「そんな事は気にしなくて良い。腹の子の事だけ考えていろ。だが、気にはなるな。会って間もないが、貴女なら任務を優先しそうなものだが⋯⋯」


 ルヴィは下唇を噛んで俯いてしまう。さすが伯爵令嬢としても訓練されていただけあって、悲しげな表情も儚げで美しい所作だ。


「若様、というのは?」


「──っ!?」


 ルヴィが勢い良く顔を上げて、驚愕の表情でミルトを見ている。


「ミルト、王の影というのが現在の王直属の暗部ならば、若様というのは王の子らのだれか、恐らくは次代の主となる立場にある王太子の事だろう」


 トニトルスがルヴィの代わりに答えてくれた。


 ミルトはルヴィの顔とお腹に視線を移動させてしまい──質問した事を後悔した。


「どう⋯⋯して⋯⋯ぁ、スキル──」


(王太子の子を身籠った元暗部の伯爵令嬢、か⋯⋯。)


 ミルトは顔を覆いたい気分だったが、ルヴィを不安にさせない為、余裕の笑みで頷いた。

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