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27、王の影とイモートの報告書

また少し長いです

 魔族と初めて遭遇し闘った後、魔族の頭から発信されていた魔力の糸はプルフルが切断し、身体と共に空間拡張した袋に詰めて出発した。



 森を抜け街道を進んでいると、ガルマックス伯爵領に向かう乗り合い馬車が同じ方向に向かっていた。訊いてみれば5人なら空きがあったので、冒険者証を見せて、料金を支払って乗せて貰った。


 馬車に揺られていると、やがてガルマックス伯爵領の街に入る為の門が見えて来る。この辺りも国の中央に比べれば、まだまだ辺境だ。領境の魔物は駆逐されたが、時折は他所からの魔物も出るのだろう。石造りの高い門には2人の兵士が控え、通行人を1人ずつ検めている。


「俺たちの番だ」


 馬車を降り、革紐で吊るされた冒険者証胸元から取り出し、差し出す。門兵がちらりと視線を落とし、わずかに片眉を上げた。


「⋯⋯F級か。問題ない、通れ」


 あっけないくらい簡単に通してもらえた。


「本当に、逆に目立たないんだな」


 俺が苦笑すると、隣のパイシーが肩をすくめて囁いた。


「複雑やけどね──まあでも、扱いが変わってなくて良かったわ。F級冒険者は薬草摘んだり、荷物運びぐらいしかやらんと思われてるからなぁ。たとえ国を移動しても、だぁれも気にせぇへんねん」


「都合が良いな。ずっと昇級せずにいるか?」


 トニトルスが低い声で応じる。


「報酬が安くて子供の小遣いしかならんねんよ。世知辛い世の中や。多分、扱いがこれっちゅー事は、今でも変わらんのやろうしな」


 プルフルは──既に寝ていた。馬車の揺れには勝てなかったようだ。まだ馬車の中に居る。


 門兵達は俺たちを一瞥しただけで、もう次の行列に視線を向けている。こうしてミルト達は難なく門を抜け、伯爵領の街並みへと足を踏み入れたのだった。



 イモートです。皆様は冒険者として名を馳せていらっしゃる頃かと思います。潜入してから七日が経過しましたのでご報告致します。


 プル姉さまの魔術で“ミルト兄さまの生存確認にダンジョンに向かった部隊の未帰還の者”をガルマックス伯爵領の領都まで追跡。該当の人物を発見してからミルト兄さま達とは別行動をしてからの説明となります。


 該当の人物の名はモートロゥ・テッツァー。ガルマックス伯爵家御用達の仕立て屋のオーナーをしておりました。そんな人物が副業で危険な所に行く理由もありませんので隠れ蓑としての店舗かと思いましたが、お針子や店舗従業員も揃っており体裁を整えるにしても違和感がありましたのでやはりスキルを使っての潜入調査が必要であると判断しその様に致しました。


 潜入方法は至って簡単、従業員用に使用されている店の裏口から入り込みモートロゥ・テッツァーと従業員に対してワタクシの持つスキル『認識阻害』から派生したスキルである『認識調整』を使用。ワタクシが店舗従業員であると思い込ませる事に成功しました。


 そこから適当に店内で過ごし、モートロゥ・テッツァーと二人になるタイミングを図り、更にスキルを使用して裏稼業の部下であると認識させる事にも成功しました。


 そこから得た情報です。結論から書きますとモートロゥ・テッツァーは王都にあるヴォルクリス王直属の暗部である“王の影”の所属でした。


 モートロゥ・テッツァーから部下であると思い込んでいるワタクシに対して進捗の共有がありまして、フェルム辺境伯家次期当主候補の長男が生きていた事を確認したので報告書を書くと言ったので、どちらに送るのかと尋ねますと「ボスだ」と言いましたので、ガルマックス家ですかと再度尋ねますと「ガルマックス家がボスな訳ないだろ、中央の方だ」と答えました。モートロゥ・テッツァーは中央、王都の暗部所属で、任務の為にガルマックス伯爵家に雇われた工作員として潜入しているとの事でした。王都に居を構える暗部は幾つか存在しますが、中央として報告を上げるとなればそれは一つしかありません。ヴォルクリス王直属の暗部“王の影”のみです。


 つまりモートロゥ・テッツァーは二重スパイです。フェルム辺境伯家の長男であるミルト兄さまの命が失われた場合、私達が懸念していた通りアルヴァリク公爵家が辺境を牛耳るという事態に近付く可能性が高くなります。今後の情勢に影響するからと生死の確認の為に下級騎士に紛れてミルト兄さま捜索隊に参加したとの事でした。


 まずい事になりました。“王の影”です。


 モートロゥ・テッツァーが“王の影”である以上、ワタクシのスキルで潜入し続ける事は恐らく不可能であると判断します。厳密にはモートロゥ・テッツァー本人にはスキルが効いていても暗部は独自の手段で潜入している者を炙り出していたはずです。非常に長い期間ワタクシは辺境伯家に潜入していましたので何度か“王の影”が辺境伯家に潜入していた事もありました。その時はメイドでしたので彼等の網に掛かることはありませんでしたが、もしもそのタイミングで家族として潜り込んでいれば間違いなく炙り出されていたでしょう。彼らは数も多くワタクシでも対処する事は困難です。


 ワタクシに残された時間がどれほどのものかは不明ですが、彼らは間違い無くワタクシを排除する為に動くでしょう。ですのでワタクシはこれから全力で退避します。事前の取り決めの通り隙を見て合流地点に向かいます。


 生きていれば後程。



 路地裏の壁に簡易的に設置した、小さな魔法陣。そこから転送されて来たイモートからの報告書を読み上げたミルトは、直ぐに指示を飛ばした。


「3方向から囲む。トニトルスはここから最短で仕立て屋へ。プルフルとパイシーは俺と合流地点へ移動、プルフルはそのまま待機、俺とパイシーは合流地点から仕立て屋へ向かう。交戦になってもなるべく殺すな」


 イモートが辿ると考えられる逃走経路を押さえ、取りこぼさない為のルートだ。無駄話はしない。3人は即座に頷き行動を開始した。



 夜の街路。高速で疾走するトニトルスの頬を湿った風が吹き抜ける。遠くで聴こえる飲み屋通りのざわめきが、夜の孤独を加速させる。今この瞬間にもイモートが独り危険に晒されているかも知れない、そう考えただけで人知を超えたスピードを実現させていた。


(まだ短い付き合いだが、私にとってはもう可愛い妹。誰であろうと指一歩触れさせん!)


 トニトルスはスキルで空気の摩擦抵抗を和らげる為に、身体に触れる空気を震わせ摩擦を相殺する事で推進力を上げていた。早く走る為に邪魔になるものを取り払いたい、そう考えた末に"たった今"習得した『震翼』という派生スキルだ。


(兄様達! 楽園から見ていてくれ! やはり私の天職は騎士。守る者があるからこそ強くなれるのだ!)


 目的地とする仕立て屋に近付くにつれ、ひりついた空気を感じた。トニトルスは超高速で移動しながら背中の巨剣を抜き放ち、腰溜めに構える──と、同時──


 巨剣の腹から甲高い音がして、建物の一角が赤く弾け飛んだ。火矢か魔法か、それとも仕掛けられた呪具か。高速で飛んできた“何か”をトニトルスが弾いた事で、背後に小さな破壊が起きたようだ。


 間を置かず、正面から2つの影がトニトルスに肉薄する。更に後ろに2人⋯⋯いや、頭上にもう一人。合わせて5人。


 身を低くして再加速、一気に距離を潰す。そのまま横薙ぎの一刀のもと、夜に溶け込む様な黒い服の2人を斬り伏せる。


 背後の2人の足音が消える。仲間の敗北を目の当たりにした背後の2人は急停止したようだ。


「私に何か用か?」


 恐らく返答など無いだろう。全員が黒い服を着ている。姿を隠したい者が、こちらに応えるなどと悠長な事を、トニトルスとて思ってはいない。


「危ないじゃないか。私じゃなかったら死んでたかも知れんぞ?」


 頭上の、恐らく建物の上にいる人物からも意識を逸らさないまま、背後の2人に話し掛ける。


(一般人なら死んでいただろう。既に私を一般人とは思っていないだろうがな)


 恐らく高速で近付く相手を警戒しての行動だろう。


 後ろの2人は互いに目を合わせることも無く、互いに指で音を立て、踵を返して走り出した。


(指文字か? いいだろう、ノッてやる)


 背後の2人を追い掛けた所で頭上の1人が何かしら仕掛けて来る積もりだろう。トニトルスは知らず口角を上げ、2人を追い掛けるフリをして──


 『雷咆』──極絞閃


 即座に振り返りスキルを発動、トニトルスの口元から発する極細の振動波が頭上の建物へ直線に飛ぶ。距離によっては威力が下がるが、牽制になればそれで十分だった。


 意図せず屋上で爆発が起きた。トニトルスの雷咆を起因として、恐らく頭上にいた人物が持っていた可燃物なりに引火してしまったのだろう。その音を聞いた、背後にいる2人の足音が止まっている事を、トニトルスは聞き逃さない。


(爆炎、火炎の破裂音程度であれば戦時で幾つも聞き分けてきた。懐かしい感覚だ)


 トニトルスは雷咆を発動した反動を利用して転身、背後に飛び上がる。


 建物の壁を蹴って更に加速──目を見開く2人に肉薄し巨剣を“腹の部分で”振り抜く。鈍い音と共に2人を纏めて吹き飛ばした。


 トニトルスは比較的軽傷の方に近寄り、胸ぐらを掴んで立たせる。


「さて、時間があるのか無いのか分からん。死にたくなければさっさと答えろ。イモートはどこだ?」


 黒装束は傷みに呻きもせず、トニトルスを睨み付けている。


「⋯⋯全滅したら報告も出来んぞ?」

「⋯⋯生かしておくつもりなど──」


 黒装束が初めて声を発した。


「早くしろ、話せば殺しはしない。お前達の生き死になど端からどうでもいい」


(迷っているな)


「⋯⋯言っておくが、仕掛けてきたのはそちらだ。私は火の粉を払っただけで、イモートや我々は王家に楯突く者ではない」


「──っ」


 相手が鼓動が跳ね上がる音──息を呑む音が聴こえた。


「フェルム辺境伯家嫡男の捜索に潜り込んだ何者かを探る為に跡を付けただけだ。モートロゥ・テッツァーが王都の暗部だと知ったのもつい先ほどだ」


「⋯⋯⋯⋯本当か?」


「ああ、上にいた奴も、そこで転がっている3人は死んでいない。最初から敵意は無い。──イモートに危害を加えていなければの話だが、な」


 トニトルスは薄桃色の瞳を真っ赤に輝かせて、殺気を当てた。


「ヒッ──まっ、まっ、待て! 対象は逃げ出した! 別の部隊が追っている! 我々は待機して──」


 聞くが早いか、トニトルスは男を路上に放って合流地点に向けて走り出す。イモートを追っているであろう連中よりも早く追い付かなければならない。



 街の喧騒が聞こえる程度に繁華街から外れた路地の一角。

 仕立て屋の御仕着せを着て地面に転がるイモートを発見した。


「イモート! 無事か!?」


 俺が呼ぶと、立ち上がりながら彼女は振り返り──落ち着いた丁寧な口調で答えた。


「ミルト兄さま、パイシーちゃん。見つかってしまいました」


 実家にいた頃のような貴族令嬢の口調は完全にやめたままらしい。抑揚の無いその声は、震えていなかった。だが、肩で息をしている。既に何度か交戦していたのかも知れない。


 黒い装いの一人が、驚いたように声を放つ。


「ミルトだと? その容姿、まさか本当にミルト・フェルムか? 何故ここに居る? ガルマックス伯爵家に潜入していたのは、貴方の手の者か?」


「ああそうだ。とりあえずイモートから離れろ。これ以上、その子に何かしたらただでは置かない。王家の影と言えど、相手になろう」


「⋯⋯報告は受けていたが、貴方が生きているのであればこちらも問題は無い。しかし、何故ここに?」


 男は手に持っていた黒塗りの武器を仕舞い、敵意を消したように見せかけ、ゆっくり近付いてくる。


「モートロゥ・テッツァーとか言う奴が、俺の捜索隊に来てただろ。何者か探りに来たんだ──おい、そこで止まれ」


 相手の纏う雰囲気で分かる。恐らくあと一歩で間合いだ。


「──人が変わった、と言うのは本当のようだな。次期辺境伯として生きている事しか価値の無い愚物、嫡男の資格も失うであろうという話だったが⋯⋯まるで歴戦の戦士のようではないか」


(以前の俺、王家にまでそんな印象を持たれていたのか⋯⋯他人に言われると少し傷付くな)


「好きに言っていろ。俺を失って困るのは王家だろ、ここは手を引け。モートロゥ・テッツァーが何故、俺の捜索隊に参加したのか知りたかっただけだ。こちらの要件は済んだ。これから撤収するところだ」


 ミルトの提案に、男は考える素振りを見せる。──背後では夜の街の喧騒が聞こえている。


 黒い装いの男は口を開いた。


「良いだろう、ここは引こう。⋯⋯だがその娘は危険だ。王家の影に気取らせず懐に入り込むなど、許す事は出来ん。ここで死ぬか、我らと来てもらう」 


「断る」


「貴様に拒否権など無い。連れて行──っ!?」


 男が一歩前に出た瞬間、それまで黙っていたパイシーが地面を蹴り、矢のように飛び込む。銀色の髪が月光を受けて閃き、鉄槌のような拳が黒い男の腹を打ち抜いた。


 呻き声と共に壁に叩きつけられた男を見て、後ろに居た数人が、話していた男と同じように黒く塗り潰された、様々な武器を構えて走り寄る。


 敵の一人がパイシーの足元に黒い何かを投げた。鎖だ。初手から足を取られて動きを鈍らせる積もりだろう。しかしパイシーはその鎖を踏み砕き、一瞬で間合いを潰して掌底で顎を打ち抜く。どうやらパイシーは不殺の意思で臨むようだ。


 パイシーは目に負えない程の速度で、地面を這う様にして接敵、即座に意識を刈り取る。繁華街に近いとは言え、ここは暗い夜の路地裏だ。敵の目に見えたのは、銀色の髪の軌跡と、紅く輝く二つの双眸だけだろう。


 それを見た敵の一人の姿が消える。何かの隠行効果を持つスキルか。ミルトは『共感』を発動し、相手の位置を探る。──恐怖 ──焦燥 ──義務感。パイシーの戦闘力を見て危機感を覚え、報告の為に帰還するらしい。


(止めなくては ──っ!?)


 その途端、逃げた男が白目を剥いてこちらに吹き飛び、そのままミルトの横を通り過ぎた。


「間に合ったようだな。とりあえず気絶させておいたぞ。イモートは無事だろうな?」


 トニトルスの声だ。この張り詰めた場に安心感を与える声音で話し掛けてくれる。


「──トニトルス、早かったな」


「ああ、向こうにも似たようなのが居てな。事情を説明したらこちらだと教えてくれた」


(事情を説明して教えてくれる連中とは思えないが、トニトルスなりの言い回しか)


「はい終わり~♪ イモートちゃんも無事やね。ミルト君、こいつらどないする?」


 死屍累々──いや、死んでは居ないようだが、路地裏の石畳に幾つかの凹みを穿ちながら、黒い装いの6人が、地面に白目を剥いて転がっていた。


「ありがとうパイシー。彼等はそのままにしておこうと思う」


「ミルト、言いたくはないが⋯⋯」


「分かってる。だが元々は敵になるべき相手じゃないんだ。王家にとって俺は今死なれちゃ困るはずだからな。イモートを消そうとしたのはこの男の独断だろう。恐らく後ほど報告に帰ってから⋯⋯多分、俺達に接触してくるはずだ」


「イモートちゃんに手ぇ出したらウチらが相手になるってワカラセたったから、強硬手段では来んやろなぁ」


「そうだな。私もワカラセてやったから問題無いだろう。ミルトの判断に任せよう」


「付き合わせてしまってすまない。イモートも、怪我は無いか?」


「はい、ミルト兄さま。助けに来て下さってありがとうございます」


 イモートの着ている御仕着せの、スカートに着いた土埃を払ってやる。


「危険な目に合わせてしまったのは俺の落ち度だ。間に合って良かった」


「退き時を見誤ってしまいました。トニ姉さまもパイシーちゃんも、ありがとうございます」


「無事で何よりだ」


「イモートちゃんが無事ならそれでええんやで! それよりその洋服めっちゃ可愛いやん!!」


 イモートの着ている服は所謂『メイド服』だ。


(基本的に貴族の屋敷で使用されているものの筈だが⋯⋯)


「ありがとうございます。モートロゥ・テッツァーの店は貴族向けの仕立て屋ですので宣伝も兼ねて従業員はこういった様式の服を着て業務にあたっておりました」


 モートロゥ・テッツァーの趣味では無かったようだ。そう言えば──


「モートロゥ・テッツァーか⋯⋯イモートのスキルの効果は消す事が出来るのか? ずっとイモートを部下だと思い込まれてると困るんだが」


「問題有りません。それまでにワタクシと過ごした記憶は最適な形で補完されます⋯⋯」


 そこは既に暗部に気付かれているため、モートロゥ・テッツァーにも共有されるだろうが、問題は無いだろう。


「分かった。ならスキルの効果は消していい。問題は無さそうだ」


 4人はプルプルの待つ合流地点に向けて歩き出した。

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