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26、雑魚ピエロ略して雑魚ピ

少し長めです

「人間の少年、逆らうのは自由だが私を前に虚勢を張るのは賢い選択ではないぞ? 大人しくその人形を返す「ねえ話長い。飽きた」


 プルフルがマイペースに口を挟む。フワフワと浮いて木陰に腰を下ろして木の幹に身体を預けた。


 彼女は目の前にいる男の異質さに、全く気後れなどしていない。相変わらず頼もしい仲間に、ミルトは自然と口角を上げていた。


 灰髪の男はふっと息を吐き、口元に歪な笑みを浮かべた。


「ふふ、なるほど。口先だけで私に「話長いっちゅっとんねん。こっちは急いでんねんからさっさと始めてとっとと終わらせぇや」


 灰髪の男の口上を遮ったパイシーもまた、飽きてきたのかプルフルの方へ歩いて行き、腕を組んで木の幹に身体を預けた。


 男の額に血管が浮き上がる。


「⋯⋯⋯⋯小娘ども、人間如きが、この私の言葉を遮るな! 今この瞬間に死「ミルト、一対一でやれ。良い機会だ。こいつくらいなら対魔族の練習にちょうどいい」


 男は顔を真っ赤にして額に大量の青筋を立て、目を血走らせて怒気を全身から発していた。顔に幾何学模様が浮かび上がる。死者の記憶の中で見た、魔族の戦闘形態だ。


 死者達が騒ぎ出した。始まるのだ。遂に──


 ──ミルトの始めての魔族との戦いが


「ぁ⋯⋯これが、この男が、魔族か?」


 ミルトが3人に確認する。


「ああ、魔族だろう。戦闘向きでは無さそうだがな」

「研究所とか言ってたから、どうせ陰の者」

「そらぁ差別ってもんや。研究所勤めの陽のモンも中にはおるかも知れんやん? 知らんけど」


(陰の者? 暗い奴って意味か?)


「そうか、分かった。黒スーツのあんた、待たせたな。俺はミルト・フェルムだ。名前はあるのか?」


 男は怒りが限界に達したらしい。完全な無表情で胸に片手を当て、それでもわざとらしく一礼する。


「フゥーーーー⋯⋯ええ、そうだ、無礼者にも礼儀を忘れてはなりません。それでは名乗りましょう。我はヤ「って、あんたも研究所勤めやったやん。陰の者でええんか?」

「構わない。私は所長。陰の者の王だった」

「フハハ! めっちゃ誇らしげやん!」

「ミルト、魔族は騙し討ちが基本だ。心してかかれ。ダンジョンを思い出せ」


「消えろ! 小娘どもぉぉぉぉお! 許さんぞ! この小僧を殺した後は貴様らを嬲り殺した!」


「ぴえろ?」

「あんた“ぴえろ”言うんか名前」

「ピエロ⋯⋯つまり道化か。納得だな」


(好き放題してる3人も酷いが、こいつはこいつで煽りに弱い、まるでラプターだ。──ん?)


 ラプターも感情の動きが激しくなると『共感』で動きが読みやすくなった。つまり──


『共感』──発動


 ──人間風情がぁ! ──小娘ども! ──小僧は一手で殺す 

  ──小娘どもは嬲り殺しだ! ──口を閉じさせる

 ──弱者の分際で ──槍の形 ──形状変化 ──死ね小僧!


(繋がった!! 形状変化?)


 スーツの袖口から伸びた影が槍の形を取り、黒き鋼のような質量を帯びてうねり出す。優雅な執事の姿はそのままに、禍々しい殺気を槍の穂先から迸らせる。


 木々の枝葉が一斉に震え、戦いの幕が切って落とされた。


「消えろ!」


 話を遮られ過ぎた男は会話を諦めたのか、先程と同じ言葉を吐きながら、ミルトに向けて高速で突っ込んで来た。


 槍は真っ直ぐに突き出されたが、穂先がグニャリと曲がり、槍の予想だにしない角度からミルトに迫る。


 だが魔族の槍は空を穿つ。


 下から跳ね上げるようにして顎を狙った槍の穂先を、ミルトは後退する事で避けた。黒い影の槍は、しかし鞭のように曲がり、伸び、鋭い突きを連ねて迫る。時には幾重にも枝分かれしてミルトに迫る。


 槍の形を取っているだけで元は影。

 その形は変幻自在だった。

 とても初見で躱せるものでは無い。

 騙し討ちを基本とする戦法だった。


 だがミルトはその全てを躱し、弾き、打ち落とした。

 最適な角度、最適な間合いで魔族との一合目を制してみせた。


 魔族は、だがそれでも嘲るように笑い追撃に移る。


 槍先が幾重にも枝分かれし、連撃を放つ。穂先の一つがミルトの肩口を掠める。鋭い痛みが走り、ミルトは数歩後退を余儀なくされた。木々の枝葉が攻防の衝撃で落ち、森の静寂が破られる。


(集中しろ、感情に寄り添って動きを先読みするんだ。隙を探せ⋯⋯!?)


 ほんの一瞬、舞い落ちる木の葉で魔族の視界が遮られる──ミルトは踏み込んだ。


 僅かな隙を見逃さず、右足を滑らせて低く潜り込み、魔族の肩口に短い斬撃を入れた。硬質な何かで刃は弾かれたが、男は鋭い痛みと共に黒い布が裂ける。


(身体の表面にも影を纏っている!? 違う、このスーツも影で作っているのか!)


「っ──!」


 魔族の表情が僅かに歪む。嘲りの声が一瞬細くなり、愉悦の輪郭に綻びが見えた。


 ミルトは、息を詰めて再び『共感』──発動。先ほどよりも深く潜り込む。


 裂けた服と僅かな痛みが、魔族の心に微細な感情の亀裂のようなものを生んでいた。


 先程の怒りに加え、焦燥か、あるいは驚き。ミルトの意識はそこに触れ、氷のように冷たい層の下にある感情を更に覗き見る。


 それは“欲”という言葉だけでは説明出来ないものだった。短く、断片的な記憶が流れ込む。古い研究室の扉、誰かと交わした約束の──その断片。魔族がホムンクルスの“所有”を主張する理由の一端。単なる支配欲ではない、そこには同胞の残した物を維持したい、だがそれは自らの実績としたいという歪んだ心の残滓があった。


(これは⋯⋯“想い”か。“願い”とも言える。人間とは異なる精神構造だが⋯⋯友への想い。だがそこには常に自分の欲と交じる何かがある。評価⋯⋯社会が存在するのか?)


 ミルトが思考する間にも、魔族の槍、いや触手とも呼べる影を用いた武器の勢いは増す。


 森の木々が悲鳴を上げるほどの衝撃がそこかしこで穿たれる。ミルトは、一端とは言え魔族の心に寄り添ったまま『先読み』を駆使して一つ一つを丁寧に受け流す。


 弱くはない、だが圧倒的強者ではない。『静謐の霊廟』で闘ったスキルを駆使して殺しに掛かってきたスケルトンウォーリアと比べれば劣る。手数が多いだけ、ただのスケルトンよりはマシという程度だ。


 戦闘の只中で、ミルトは静かに勝機を探る。


 幾度となく繰り返される攻防。だがミルトも防ぐだけでは無い。触手の槍にも間合いは存在した。恐らく魔族の腕2本分。ミルトの片手剣との差は30センチ程度。手数を考えれば絶望的な差だが⋯⋯。


 魔族は体捌きを一切していない。位置を取る為に歩く程度だ。恐らく触手による攻撃以外を知らないのだろう。


(トニトルスの言う通り、確かに戦闘向きじゃないようだな)


 立ち姿だけで、そこまで見切るトニトルスの戦闘経験、もしくは戦闘センス。剣の師の至った領域に、ミルトは誇らしい気持ちになる。


「ピエロ君、同じ攻撃しかせんなぁ」

「今まではあれで勝ててきたんだろう」

「バカの一つ覚え。成長しない奴の典型」


「もう見切った。他に手が無いなら終わりにする」


 触手を弾き切り、間合いを取ったミルトが魔族に宣言した。


「誰がピエロか! 人間め! 何故死なん!」


「あんた名前訊いたら、ピエロ! って叫んで自己紹介しとったやんか」

「名は体を表す。まさにピエロ」


「ミルト、いい動きだぞ。魔族の特性も理解したな。こいつのように殆どが初見殺しだ。受けによる様子見は終わりにして決着を付けろ。どうせ他の手など無い。人間を侮って何の備えもしないのだ、こいつらは」


「“こんな事も有ろうかと”が無い。想定が甘い。想像力が足りない。研究者としても雑魚。所詮ピエロ。雑魚ピエロ。雑魚ピ」


「もうただのイキっただけの陰の者になってもうたな雑魚ピ君。ほんまに道化やんか。森ん中でスーツまで着込んで出待ちまでしてたのに、なぁ? その光景想像するだけで居た堪れへんわ」


 3人は最初からずっと煽り続けていた。


(この煽りに反応して“怒り”を覚えたお陰で、この男と共感で繋がることが出来たんだ。覚えておこう)


「黙れ! 男の影に隠れる醜女どもが! このまま飛んで来たに決まっているだろうが!! くそっ⋯⋯フン、人間の小娘が、多少は出来る男に守られているからと言って自分が強くなった気でいるのかね? なんならお前達から殺す事に──っ!?」


 3人の瞳が紅く輝き、緩やかに殺気を放っていた。


「それ私に言ったの雑魚ピ?」

「弱者イジメは好かん。お前は弟子の養分だ」

「舐めとったら泣かすぞボケカスが」


 ホムンクルスのイモートは無表情でトニトルスの横で佇んでいる。──よくよく見れば少し震えていた。


 ピエロが目を見開き、顎が外れそうな程に驚愕の表情で固まっていた。よく見れば震えていた。戦闘中に動きを止める程の衝撃を受けているようだ。


「あ、紅い、輝く瞳、だと? ⋯⋯まさか、まさかまさかまさか! いやあり得ない! だが⋯ならば!」


(なんだ?)


『共感』──発動


 ──墓場の珠玉 ──冥神の禁匣 ──紅い瞳

  ──なぜ何故ナゼ?? 冥庫から出ている!?

 ──話が違う ──逃げる全力で ──報告も


(紅い瞳を気にしている? 何かあるのか? いや、今はいい。次で決める)


「おい、何処を見ている?」


「だ、黙れ! よくも謀ったな! き⋯⋯貴様は何だ? 何故これらと共に居る? 人間がなん⋯ぇ?」


 小気味の良い音と共に、ピエロの首が地面に落ちた。


「戦いの最中に余所を見するな。俺を舐め過ぎだ」


 残心で止めたままの片手剣を鞘に戻しながら、ミルトが吐き捨てる。


 ミルトの頭の中では、死者達の狂おしい程の歓喜の声が聴こえて来た。魔族を怨み魔族の根絶を望む死者達が、ミルトを讃えている。


(⋯⋯頭が痛い。煩いから後にしてくれ)


 少し遅れてピエロの身体が倒れ伏した。


 ミルトは達人の歩法『膝抜き』を使い、一瞬で間合いを詰めて魔族の首を切り落としたのだった。


「ミルト君『膝抜き』出来たんやね〜。何処で覚えたん?」


「パイシーが過去に使ってるのを記憶で見た事があったから真似てみたんだ。トニトルスも一騎打ちの時に使っていただろう?」


 だが、抜いた足を直ぐに地面で支えた足が痛い。この技に合わせた鍛錬が必要だ。


「人の技見て、そのまま直ぐに出来るもんやないよ。ほんまミルト君は才能の塊やねぇ。ウチが教えた子ぉらでも、出来る子と出来ん子がおったからなぁ。出来る子もそんな簡単には出来んよ」


「流石だな。踏み込む時、それなりに筋力が無ければただ転げて終わりだ。それをこの足場の悪い森の中で即席で決めるとは。これまで鍛錬を怠らなかったミルトの努力が実ったと言う事だ。存分に誇ると良い」


 2人の称賛にミルトは少し恥ずかしくなる。


「ああ。でもまだまだだ。支えた左足が痛む。戦闘中に簡易治療で治しながらとなると、多用は出来そうにないな」


「そこは魔力で補うんやで、教えたるから一緒に練習しよなぁ♪」


「ほう、魔力補助か⋯⋯私も参加していいか?」

「2人きりのレッスンがしたかったんやけど、まぁええよ」


「みんな、こっち来て」


 雑談していると、プルフルが魔族の首の落ちたところにしゃがみ込んで何かしていた。


「どうした?」


 トニトルスが森の地面を淀み無く歩きながら、プルフルに問う。


「雑魚ピの奴、何処かに何かを飛ばした。死ぬ前に」


「何かとはなんだ?」


「分からない、けど、多分何かの魔力パターンがあるから、言葉、文章かも」


 ミルトは雑魚ピの最後の感情を思い出して共有する。


「報告とか言っていた。紅い目の3人を見て、何処かに報告する、と。墓場の珠玉。冥神の禁匣。冥庫から何故出ているのかとか⋯⋯心当たりはあるか?」


「「「?」」」


 3人とも知らないらしい。


「まあ墓場は十中八九『静謐の霊廟』の事だろう。禁匣も同じ様な意味に思えるな。冥庫か⋯⋯冥府、倉庫、アンデッドだけのダンジョン、という意味ではないか?」


 トニトルスが言葉の意味について推論を述べる。


「意味としてはしっくり来るなぁ。冥神はアレやろなあ、あの話し掛けてきた奴ちゃうかな?」


「ダンジョンでか?」

「そや。トニトルスん時は無かったんか?」

「無いな。玉座に座ったら王として登録された」

「え〜そういうもんなん? ウチん時は低い声で“戦いを望むか”って聞こえたんや」


 パイシーが、精一杯の低い声を出しながらモノマネしている。


(確かにパイシーの記憶を見ていた時に話し掛けてきた奴がいたな。あれが冥神という事か?)


 冥神──恐らくは冥府の神だろう。つまり死後世界を支配する者。その可能性が高い。だがそれが何故『静謐の霊廟』というダンジョンで、死後の“人間だけを集めて”アンデッドを管理しているのかは謎だ。


「⋯⋯私には無かったな。プルフルはどうだ?」

「お腹の鳴る音なら聞いた」

「ブフッ! やめてぇ〜笑かさんとって〜プルフルあんた天才か!?」

「知ってる。私は天才」

「ちゃうてぇそっちやないんや! ヒーお腹痛い!」


(そう言えばプルフルは餓死したんだったな)


 美女3人が愉しげに自分が死んだ時のエピソードを語り合うのは、なかなかにシュールな光景だった。


「あの、ミルト兄さま」


 今までずっと大人しく立っていたイモートが、おずおずと話し掛けて来た。


「どうした? ああ、お前を連れて行こうとする奴はもう居ないから安心していいぞ」


 人の形をしてはいたが、あまりにも酷い人間に対する悪意を持っていた為か、ミルトは命を奪った事に対する後ろめたさを特に感じてはいなかった。


(斬った時の不快感は拭えないが)


 頭の中で死者達の歓喜の声が聞こえた事も影響しているかも知れない。


「ありがとうございます。ワタクシはミルト兄さまから離れるつもりはありませんから助かりました。それよりもこの魔族──雑魚ピが何処に報告を送ったかですが恐らく仲間の所であると考えます」


「俺もそんな気はしてるが、イモートがそう思った根拠はあるのか?」


「はい。この雑魚ピはワタクシの製作者が施した呪が解かれた事に何らかの方法で気付いたからこそここに来たのでしょう。つまりこの雑魚ピが死んだ際に遠くに何かを伝える手段があるとしたら間違いなく別の仲間のところだと考えます」


 この言葉に反応したのはトニトルスだった。


「ほう。またミルトの養分が来てくれるという事か。ちょうどいいじゃないか」


「せやねぇ。もうちょい強かったらウチもヤりたいけどなぁ」


 この言葉を聴いてミルトの中にある死者の声が大きくなった。怨嗟の声が頭の中に木霊する。


「そうだな。まぁ、とにかく出発しよう。暗くなる前に馬車を捕まえたいからな」


(結局、名前は“ヤ”しか分からないままだったな)

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