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24,今日も悪夢にうなされる

 ミルトは真っ暗で深い、不思議な眠りに落ちていた。


 ここが夢の中だと認識した上で、ミルトは足元を認識出来る程度に薄暗い闇の中にいる。


 ──夢の中なら思い描いたものが出てきても良さそうなものなのに。


 そこに、聞いた覚えのある声が呼び掛けてきた。


「⋯⋯よう。やっと会えたな、ミルト」


 振り返ると、そこには青年が立っていた。兵士の姿をしている。


 ──その声、もしかしてナキアス、さん⋯⋯ですか?


 酒場で踊り子をしていたイヴの兄、ナキアスだった。初めて会った時とは違う、スケルトンウォーリアではなく、精悍な青年の姿で、戦場に行く前の格好をしていた。


「おう、初めまして、じゃあ無いが⋯⋯ん? お前そんな話し方だったか? まあいいか。まずは、妹を見つけてくれて感謝する。酒場で踊り子をしていたのは驚いたが、生きていてくれたのなら、それでいい。踊りで食っていくのが夢だったからな」


 ──うん、そうだね。


 ナキアスは静かに頷く。


「俺は──妹を守れなかったからな。何度も戦果に巻き込まれて、ずっとイヴは死んだと思ってた。ああ、勘違いするなよ? だからって俺の代わりにイヴを守って欲しいなんて言わないさ」


 ──うん、今はどうしても時間が無くて⋯⋯。


「分かってる。やらなきゃいけない事が沢山あるんだろ? それに、イヴも逞しく生きているようだから、気にしないでくれ」


 ──そうだね。イヴは凄く素敵な人だったよ。


「ははっ、なんだ惚れたか?」


 ──え、えっと


「もしそうなら良かったんだがな。“共感”は、人の心を繋ぐ力がある。イヴはかなり強くミルトに惹かれていたぞ。あの嫉妬深い3人のせいで有耶無耶になったが⋯⋯イヴは諦めの悪い性格だからなぁ」


 ミルトは、イヴの表情を思い出す。煌めくように踊った後の、熱の籠もった身体に、汗ばんだ艶めかしい肌、少し身体に張り付いたヒラヒラした露出の多い衣装。そして、熱を込めてミルトを見つめる、潤んだ瞳──ぷっくりと潤んだ唇──。


「ミルトてめぇ! 人の妹で何を想像してやがる!!」


 今の今まで優しく話していたナキアスが、急にムッとして怒り出した。


 ──し、仕方ないじゃないか⋯⋯イヴの最後の表情が、その、すごく印象的だったんだよ。


 ミルトは少しの罪悪感と共に、ナキアスに言い訳した。


「そこも腹が立つ! あんなイイ女に育ったイヴに言い寄られて迷いやがって! 俺と一緒にいる他の冒険者もさっさと抱けって言ってただろ! 俺の妹に不満があるってのか!?」


 ──どっちなの!?


「なんで躊躇したんだ? ミルトは女性経験が無いみたいだが、それだけが原因じゃないんだろ?」


 ──イヴは魅力的だよ。僕になんて勿体無い。凄く綺麗だし可愛いよ。でも僕は──


「うるせぇ! 大体なんださっきからそのナヨナヨした話し方は! でもは許さねぇ掛かってこい! 今日は他の奴らも、お、お前に、けけけ稽古を、付けてやるって言って⋯⋯ 覚悟しやが⋯れ⋯⋯うぅ」


 ──ええ!? なんで急に? どうしたの?


「くそ⋯⋯限界だ⋯すまん、怨嗟のが勝っちまう──ミルト⋯⋯剣を、剣を⋯⋯構えろぉぉお!」


 その瞬間、ナキアスの背後から死者達が溢れ出した。


 骸骨の状態では無い、生前の姿だが蒼白い顔で武器を持ち、一人一人が──ミルトに自分が死ぬまでの記憶を背負い、蠢かせて──戦いを挑んで来た。



 ここからがようやく悪夢の始まりだった。



 もう何時間経ったのか分からないが、ミルトは休むことなく戦い続けていた。


 夢の中だからだろうか、体力が底を尽きることも、呼吸が乱れる事も無い。気付けば手にしていた剣で、斬りかかり、突かれ、弾き、切り裂き、打ち合い、蹴り飛ばし、殴られて、投げ飛ばされる。


 最も辛いのが、死者達の死の間際までの記憶を、もう一度見させられる事だった。

 だが、ダンジョンの時のように慣れ始める。


 ──一度体験した事ばかりだから、初めての時よりはまだ受け止められそうだけど、相変わらず怨嗟の声と記憶は心が擦り切れそうだ。


 ミルトは死の記憶に慣れ始めていたが、それでも見たくないものが見え、それに自分の心が共感してしまうのだ。⋯⋯心が変化していく事が恐ろしかった。


 中には戦いを挑まない一般人もいる。彼ら彼女らは、傷付いた身体でミルトにしがみついて来るだけだ。しかし同時に記憶を共有してくる。


 自分の死を忘れないでくれとでも言うように。


 ミルトは夢の中で拳を握り、歯を食いしばる。胸の奥に冷たい熱が灯る。


 この苦しみを、この悔しさを、恨みを忘れてはならない。身を焦がす程に辛くとも、死者達から感受した記憶と感情こそが、ミルトの武器なのだと夢を見る度に思い知る。


 その先にこそ、ダンジョンで得た危機回避能力や想像力、戦闘経験が存在するのだから──。


 しかし死者達と接して、心が摩耗していくのも限界はある。


 このままでは、ミルトの心が保たないだろう。


 どうにかして夢から覚めなければならない。


 ──何処かに糸口があるはずだ⋯⋯!?


 ──今までも夢から覚めてたんだ、何かあるはずなんだ


 ミルトが、夢の外側に意識を集中させる。と、そこに何かを感じた。


 ──あ、これは⋯⋯温かい、柔らかい⋯⋯包まれる


 気付けば死者達が動きを止めていた。


 ──何かわからないけど、この温もりの方へ行けば



 次の瞬間、ミルトはベッドの上で目を覚ました。汗は掻いていないのに、冷水を浴びた様に身体が冷え切っている。


 ──だからこそ気付く。自分を挟んで、二つの温もりがある事に。


 右を見ると、透き通るような白くて柔らかな肌を持つプルフルが──。


 下着の上に赤い薄い夜着を纏い、身体全体をミルトの腕に絡み付けて眠っている。その柔らかさはまるで、温かい雪の上に倒れ込むような感触で、冷たい悪夢から切り離されたミルトに、心からの安堵を与えてくれる。


 ミルトを挟んで反対側には、健康的な褐色の肌のパイシーが──。


 プルフルと同じくミルトの腕に自らの腕を絡めている。褐色の肌に白い下着で要所のみを隠した状態だ。しなやかな筋肉の躍動と、外側にある女性らしい柔らかさを同時に伝えてくる。鍛えられた身体から発する力強い生命力が、心地よい熱と共にミルトを包む。


 二人の体温と柔らかさは、まるでミルトを守る盾のように、悪夢から彼を遠ざけてゆく。


 胸の奥のざわめきが静まり、恐怖が和らいでいくのを感じながら、だがミルトは現状に、少し情けなくなる。


 ミルトは次第に温まる身体を認識しながら、眠る前の事を思い出した。



 宿にある風呂から上がり、寝る準備を整えていたミルトの部屋に、同じく湯上がりのプルフルとパイシーが、まだ髪が若き切っていないまま、頬を上気させて入ってきた。


 昨夜と違って肌の露出は無く、全身を覆うバスローブを纏い、腰紐で結んでいる。これならば心乱されず眠れるかもしれないと、ミルトは安堵を覚えた。


 暫く雑談してから、ミルトも寝る準備が整いベッドに入ると、二人がおもむろに歩き出し両脇に立った。


 疑問に思ったのも束の間、プルフルとパイシーの二人は、ほぼ同時にバスローブの腰紐を外し出した。ミルトは、咄嗟に目を逸らして、天井に視線を送るが──目の端にバスローブを脱ぎ出した二人がちらちらと見えている。


(なんで⋯⋯そのままで寝てくれよ)


 ミルトは危険を察知して目を閉じた。チラリと見えたバスローブの中身は、明らかに薄布を纏っただけの、下着姿の変わらない夜着だった。


(むしろ昨夜の下着姿よりも⋯⋯)


 今日、商店街で買っただろう、寝巻きを着ているのだと、ミルトは思い込んでいた。しかし蓋を開けてみれば昨日より煽情的な姿だった。


「ほ、本当に添い寝するのか? かなり狭いぞ」


「知ってる」「それがええねん」


「そ、そうか。分かった⋯⋯」


 二人がベッドに入ってくる衣擦れの音が聞こえる。目を閉じているせいで、頭が変な妄想をしてしまっているのかも知れないとミルトは考えた。


(目を開けて天井を見るだけだ)


 両側から視線を感じる。少し視線を下げれば── 


(駄目だ⋯⋯これ以上は見るな!)


 目に入った情報が強烈過ぎて、まぶたの裏に焼き付いて離れない。ミルトには夜着の名前など分からないが、プルフルは赤い透けたひらひらの布を下着の上から纏っていた。艶のある黒髪と赤のコントラストが恐ろしく扇情的だ。パイシーは白い布を纏っている。殆ど局部にしか無い布⋯⋯裸にしか見えないはずが、褐色の肌とのギャップから、白い布に視線が吸い寄せられてしまう。逆に褐色の肌が恐ろしく艶かしく──


(長々と俺は何を考えてる! この二人が何を考えているのか分からない。なにがしたいんだ──いや何となくわかってはいるが、俺達は仲間だろ。そんな事になってしまったら、パーティが、不和が生まれて、いや分からないが、自分は────パーティを解散したくない)


 死者の記憶では、パーティ内での男女の関係は不和の元にしかならないので「絶対に仲間の女性にそんな思いを抱くな」と叫ぶ冒険者が⋯⋯。彼は仲間の男女に裏切られて命を奪われた、なんと哀しい⋯⋯。


(さっさと寝てしまおう)


「⋯⋯おやすみ。プルフル、パイシー」


「「────────」」


 (何か言ってくれ⋯⋯情けなくなってきた)


 ミルトは目を閉じているので、二人の顔は見えないが、鼻腔をくすぐる女性特有の甘い香りがミルトの心を乱すと共に、安心を促すように落ち着いた気分にもさせてくれる。


 ミルトの心は、安堵と自己嫌悪が入り混じり、そのまま眠りに落ちたのだった。



 ガバッ


「⋯⋯寝たで。ウチの布、チラチラチラチラチラチラ見てたくせに⋯⋯ぐっすり寝てるで」


「仕方ない。ミルトは特殊な環境に居た」


 黒髪のプルフルと銀髪のパイシーが、ミルトを挟んでベッドの上で会話し出した。


「どーゆことや?」


「当主候補として育ったけど、15で見限られたから、そういう教育は余計な火種を作らないように、教えられなかった。多分」


「つまり、あれか? 手順が分からへんのか?」


「奥手なだけで知ってるはず。共感した死者の中に冒険者もいる」


「それはそれで余計なもんを受け取りそうやな」


「時々、変にカッコつける。多分、死者の冒険者のせい」


「冒険者て⋯⋯碌な奴おらんで」


「あと、私達をそういう対象に見ないようにしてる」


「自分で言うのもアレやけど、ウチらなかなかのもんやんな?」


「仲間として信頼されてる。でも多分、母親が15の時にミルトを見捨てたの、心の傷になってる可能性がある。ってトニトルスが言ってた」


「そこは根深い問題やなぁ⋯⋯直ぐに解決はでけへんやろなぁ」


「時間は掛かる。でも少しずつ慣らしていく」


「参ったなぁ~ウチ、添い寝以上の事は知らんねや。その先があるんやろ?」


「ある。本で読んだから知ってる。でもミルトからじゃないとダメ」


「そやんなぁ。まぁどうせ“添い寝は必要”や。ウチらで毎日添い寝したら何かあるやろ」


「ミルトの理性の限界まで攻める」


「おお、そら負けてられんな!」


「うん⋯⋯頑張ろう。そろそろくっついて寝よう」


「ミルトく〜ん、はぁ〜好き好きや。こんなに好きになったん初めてやねん」


「私も⋯⋯ミルト、ゆっくり休んで」


 二人はそれぞれミルトの腕に絡まり──瞳を紅く光らせ魔力を込める。

 気付けば三人揃って寝息を立て始めた。


 その数時間後──ミルトが悪夢にうなされ、しかし二人の温もりで目覚める事になる。

ミルトは元々は優しい話し方をしていました。

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