23、ミルト捜索隊未帰還の者
「フェルム辺境伯第二夫人の実家であるアルヴァリク公爵家では既に現当主が病床にあり、実権が強硬派の長子に移っております。現当主は孫娘であるヴェロニカを使った辺境伯家との縁組を足掛かりに、国防について王都での発言力を拡げる事が目的でしたが、現在実権を握る長子は王族の血統である事に誇りを持っており、長子の娘であるフェルム辺境伯第二夫人ヴェロニカと、孫にあたるラプターにも同じ思想を刷り込んでおります。ラプターが辺境伯となった暁には隣国との繋がりを強化し、王権を脅かすか隣国の介入度合いにより現王家の転覆すらも有り得ると推測します。報告は以上です」
イモートの声には抑揚が無く、それが却って冷たい事実を際立たせていた。
プルフルは内容を理解しているのかいないのか、イモートの声にうっとりと聴きっている。
(そんな反応をする話じゃないはずだがな)
「ありがとうイモート。不穏な話だが、予想通りで逆に安心出来た。概ね辺境伯の目論見通りか」
ミルトは溜め息を吐き出して、椅子に深く腰掛けた。ドア付近に立つトニトルスからギリリと歯を食いしばる音が聴こえた。
「権力闘争に王権の転覆⋯⋯王侯貴族という奴はいつの時代も、何も変わらんな。それで割りを食うのは、いつの時代も民だと言うのに」
トニトルスも辺境で貴族の娘として生まれ、王都の権力闘争に巻き込まれ、全てを奪われた。そこに多くの血を流したのは、数の少ない貴族ではなく、間違いなく多くの民だったのだろう。
目を伏せ、怒気を迸らせる。噛み締めた下唇から血が流れている。
ミルトは立ち上がってドアの前まで歩いて行き、激情に耐えるトニトルスの手を取った。
手を取られたトニトルスは、顔を上げる。
「安心してくれトニトルス。今回はそうはならない。そうだろ?」
ミルトは目を合わせて真っ直ぐにトニトルスを見つめた。トニトルスの瞳が潤んだ。
だが、彼女は直ぐに気を持ち直したのか、ミルトの手を離して「ああ、当然だ。私達が止めるのだからな」と、戦う意志を見せた。
ミルトはトニトルスに向けて頷き、彼女の口元に手を添えて『簡易治療』で下唇の傷を治した。
「──っ! あ⋯⋯噛んでいたのか。助かる」
「気にするな、簡易治療、ダンジョン以外で初めて使ったよ」
「あ、ああ、そうだな。初めて見たかも知れん」
このやり取りを見ていたプルフルとパイシーは、自分も何かしら理由を付けて、血が出るまで下唇を噛もうと邪な事を計画していた。
ミルトはトニトルスの口元の傷を治し、元の椅子に座り直してから話を再開する。
「これからは前よりも更に、俺を排除してラプターを次期辺境伯の座に近付けたい状態が続くだろう。特に今は、個としての力を示した俺が次期当主のまま、こうして生きているからな。俺という壁がトワイトの前に一枚挟まった状態だ。まず狙われるのは俺だろう」
ミルトが確認の為に現状を言葉にして問う。
「はい。正室筋に生まれ、力を示された長男のミルト兄さまが生きている以上、トワイト兄さまが狙われる可能性は低いと考えられます。特にここは辺境伯当主が手配された宿ですから秘匿性は高く、現在のようにミルト兄さまの所在が分からない状態は彼らにとって非常に困った事態です。イモートは数代前からこの宿を把握しており、潜入すると言う目的の延長線上からミルト兄さまを探しに街に来ましたが、こうして出会えた事は本当に偶然です。恐ろしく強大な魔力を検知しましたので確認の為にに寄った酒場で出会えた事は僥倖でした。最終的には辺境伯の次代を第二夫人の子に一本化することが公爵家の利益に叶いますから、現在も側室筋の者から捜索されている可能性は高いと思われます」
パイシーが身を乗り出す。
「よく聞き取れんかったけど、とりあえずミルトの敵は、その公爵家のままっちゅー事やね?」
「正確にはアルヴァリク公爵家次期当主の意志を指示する者達が敵となります。しかし次期当主からの直接の指示は確認しておりません。現時点で確認が取れているものは、あくまでも娘への血統主義的な思想の刷り込みによるラプターへの影響です。ただ──」
イモートは目を伏せる。
「今回のミルト兄さま誘拐の件で、未帰還の者がおりました。行きと帰りで数が違ったのです。冒険者はギルド側で把握しており問題はありませんがバルゴアの連れて来ていたガルマックス伯爵家の下級騎士と思われる者達の中には未帰還の者がいたと思われます。バルゴアはダンジョンから天文学的な確率で奇跡の様に飛び出してきたS級と見られるスケルトンに殺されたそうですが、これはバルゴア以外に誰も死ななかった事から判明した事実です。トニトルスはこれを見越して見逃されたのでしょうか?」
トニトルスが片眉を上げて答える。
「私のことは姉さまと呼ぶが良い」
「⋯⋯ほんまどないしたん自分? キャラ変わっとるやん」
「承知致しました。トニトルス姉さま、少々長いのでトニ姉さまとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「トニ姉さま⋯⋯うむ、構わん。先程の質問だが、そんな意図は無かった。邪魔だからといって人間を手に掛けたくないだけだ。それに──あの時は、ミルトが生者を殺す事に忌避感があるかどうか不明だったのでな。ま、功を奏したのならば良かった。元から好き好んで人を殺す趣味は無いが、な」
(あの『雷咆』は俺に気を使ってくれてたのか)
「そうでしたか。トニ姉さまは優しくて強いのですね。いつかイモートにもご教授下さい」
「ああ、喜んで教えよう。また皆の手札や連係も見なければならんだろうから、その時にな」
トニトルスは超が付くほどの上機嫌で、誰が見ても先程までのイモートへの警戒は完全に解かれていた。基本的に面倒見の良いトニトルスは、イモートに庇護欲を掻き立てられているようだ。
「イモート」
プルフルがイモートを呼ぶ。
「はい、なんでしょうかプルフル姉さま」
「私の事はプル姉さまと呼べ」
「承知致しましたプル姉さま」
「あんたらどないしたん? ウチの事はパイシーちゃんのままでええからな?」
「承知致しましたパイシーちゃん」
「その話し方のまま、ちゃん付け⋯⋯まあええか」
「それで、未帰還の者については?」
ミルトがイモートに視線を向けて話を戻す。
「現時点では不明です」
「そうか。──俺の捜索に参加した理由も不明だな」
ミルトの呟きに対し、トニトルスが思考を繋ぐ。
「あの時点でミルトが生きているとは考えていないだろう。考えられるのは──死んだ事を確認する必要があった。それは恐らく、誰か、もしくは何処かに、情報として報告する為だろう。⋯⋯ふむ、確かに言われてみれば斥候役の冒険者以外にも、最初から戦意の無い奴は居たな。ミルトと話していた騎士も含めてだ」
「ああ、あの人は子供の頃に騎士団の合同演習で何度か会った事があった。ガルマックス伯爵家の元上級騎士だった人だ。子供の頃に会ったきりだから、名前も──もう忘れてしまったな。だが彼は素性が知れているから、流石に違うと思うぞ」
ミルトの返答に、トニトルスが記憶を辿るように、顎に手を当てて思案するその姿は、まるで一枚の絵画の様に美しい。ミルトは思わず見惚れてしまう。
「ならば、他に戦意の無かった者か⋯⋯確か二人だった、と思う。一人では無かった」
「情報が合致します。未帰還の者は二人です」
「おっとぉ? 絞られてきたんちゃう? 最後の問題は、その二人が何処へ報告に行ったか、やね?」
情報を出し合い、対象が絞られてきた事で、楽しくなってきたのかパイシーも会話に参加し始める。
「そんなの、相場は決まってる」
プルフルが、急に怒気を込めて話し始めた。
「──暗部。王家か貴族家の。何処にでも入り込む。片付けても片付けても、キリが無い」
(そう言えば、生前のプルフルは自国の王族に目を付けられてたんだったな。経験者は語るというやつか)
「プルフル姉さま、情報をありがとうございます。ガルマックス伯爵家は地下組織を通してアルヴァリク公爵領との繋がりが確認されておりますので、暗部と呼ばれるような上等な者かは分かりませんが、そうした事を生業にする者達であるその可能性は充分に考えられます」
沈黙が落ちた。
プルフルの大きな瞳が鋭く光る。プルフルは表情を崩さないまま、ミルトの方を向いて、楽しげに口元だけ笑った。
「この時代、私の魔術が通用するか、試す良い機会。その二人の追跡、私に任せて」
「頼む。もし俺にも何か手伝える事があれば言ってくれて良い」
「じゃ今夜は朝まで添い寝」
「えっ──そぃ、ね?」
「添い寝」
「そ、れは⋯⋯捜索に関係あるのか?」
「ある。だから添い寝」
「ないわ! あってたまるかそんなん! ウチも一緒に添い寝するからな!」
「それは当然、添い寝は両側からが効果的」
「ふっ、分かっとるやん。疑ってすまんかったなプルフル。反対側はお任せあれや♪」
「だってそれじゃ、昨日と変わらないじゃないか」
「ミルト⋯⋯⋯⋯イヴとは、一緒に寝ようとしてた」
「ぐっ⋯いや、それはちがっ──」
プルフルは両目を見開いて光の無い瞳で瞬きもせずにミルトを見つめ続けた。
元が美人なだけに寒気のする怖さがある。
(どんな感情でそんな怖い顔が出来るんだ。『共感』⋯⋯いや知りたくないな)
「⋯⋯わかった、でも一人用だから狭いぞ?」
「それが良い」「望むところや」
「そうか⋯⋯とりあえず一旦部屋に戻って寝る用意をしようか」
「あの⋯⋯トニ姉さま」
「イモートは私と同じ部屋で寝よう」
「はい──よろしくお願いします」
「ふふふ、こちらこそよろしく」
トニトルスとイモートは並んで部屋を出て行った。
(ベッドが三つあるなら俺もそっちの部屋で寝たいんだが)
頬を染め、さっきの顔はどこへ行ったのかと疑わしくなる程に恥じらうプルフルと、ウインクを飛ばして来るパイシーを見て、ミルトは二人に気付かれないよう、心の中で嘆息した。
「ミルト君には、まだまだ添い寝が必要やから、しゃーないんやで♪」
子供じゃないんだが──とミルトは思ったが、その日の夜、パイシーの言葉の意味を知る事になるのだった。




