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22/55

22、18歳の兄と2500歳の妹

 フェルム領都郊外にある、貴族御用達の宿。


 5階建て最上階の一室にミルト達は居た。


 防音の行き届いた部屋に、街のざわめきは遠く、天井に設置された魔石を動力とした明かりが、四つと一つの影を壁に揺らしている。


 テーブルを挟んで、ミルトとホムンクルスの少女が座っている。トニトルスは部屋の扉の近くに立ち、パイシーは窓の側に椅子を置いて反対向きに座り、様子を見守っていた。プルフルはベッドでスヤスヤと眠っている。


「さて、まずは自己紹介、と言いたいところだが、俺の紹介は必要ないだろう。名前はあるのか?」


 ミルトが問いかけると、白い髪のホムンクルスは小さく首を振った。


「ミルト兄さまの良きように呼んでくださいまし」


 パイシーが身を乗り出し、元気に手を叩く。


「よっしゃ、ほんならウチが付けたろ! う~ん⋯⋯シロちゃんとか?」


「見たままじゃないか。犬猫じゃないんだ。それに、名を与えるという行為はのは契約に近いのではないか? 軽々しくは決められんだろう」


 パイシーの軽いノリの名付けをトニトルスが制する。


「そうなん?」


「分からん、相手はホムンクルスだ。だが、分からんからこそ慎重にした方が良いだろう。プルフルが起きたら確認してみよう」


 2人のやり取りにミルトが頷いて、話を進める。


「呼び名が無いのは不便だな⋯⋯。便宜的に今は、妹と呼んでおくか。これまでも、他所で君の話をする時はそう呼んでいた──それで構わないか?」


「イモート、了解致しました。ワタクシは貴方の、ミルト・フェルムのイモート」


「妹では⋯⋯まあ今はそれでいい。それで、マルト・フェルディアが建国した頃から潜入していた件だ。妹はフェルム辺境伯家がフェルディア国だった頃から、潜入していたんだな?」


 妹は頷く。


「そうか、フェルディアの頃から⋯⋯。確かフェルディアは250年くらい前に、フェルム領として今のヴァルクリス王国に併合されたから、それよりずっと前になるのか。⋯⋯さすがに古過ぎて分からんな。実家の歴史書になら残っているかも知れんが」


 ミルトの呟きにトニトルスが反応する。


「ミルト、私にとっては隣国の話だ。当時の王であるテライト・フェルディアが降伏したのは私も聞いた。──ちょうど私の生きた時代の出来事だからな」


 トニトルスが生きた時代──250年前。ミルトは自領の歴史だけでは無く、隣国の歴史も頭に叩き込んでいる。『雷姫』トニトルス・レックスの名も知っていた。それは戦場の英雄として、そして国賊の名としてだが。


(そう言えば蘇ってから一度も、生まれた国の近況を訊いて来ないな。俺なら知りたくなりそうだが⋯⋯)


「建国から飛び抜けて長い歴史を持つ国だった。確か2000年以上。フェルディア王国は、森に囲まれていて攻め難く、川もあり資源も豊富だ。守り易い地形だった事もあるだろう。歴史は長かった」


「じゃあ妹は、少なくとも2500年前から潜入していたのか? 誰にも気付かれずに?」


(信じられないくらい長い⋯⋯想像出来ん)


「は? 妹ちゃん2500歳なん!? どうやってそんな長生きするんや?」


「眼の色を見る限り、魔族の因子を取り込んで居るのだろう。奴等は総じて長寿らしいからな。まぁ殺せば死ぬが」


「殺せば死ぬんでも、長寿は羨ましいわぁ」


 殺されて死んでからも活動を続けていた2人が、軽口を言い合っている。


「妹は潜入の為の、それに適した魔術か何かが使えるのか? 例えば認識を阻害したり、書き換えたりだ。俺の記憶や認識を操作していただろう?」


「それはワタクシの特性スキルを使いますの。ワタクシに混ぜた製作者の特性だと、本人が仰っておりましたわ。相手の認識を書き換え、スキル保持者に不都合な事実から目を背けさせる効果を持ちますの」


 そのやりとりを横目に、ベッドで寝ていたプルフルは、欠伸を噛み殺しながら上体を起こした。寝ぼけ眼で“妹”を眺めて──話し出した。


「認識の改変、阻害、調整──それ、私が始末した奴も使ってた」


「──ぇ」──妹の喉から声が漏れる。


「しつこく勧誘に来て、断ったら敵意を向けてきたから消した。長い赤毛のタキシード着た、無駄に丁寧な話し方の奴。背も高かった。他の魔族知らないから全員そうだと思ってた」


「そう⋯⋯なんですの。繋がりが消えたのは、だから⋯⋯ワタクシ、役目を与えられないまま、ずっと潜入し続けておりましたの」


 相変わらずの無表情だが、言葉の詰まり方から動揺しているのが、ミルトには見て取れた。


「なんかごめん。あの魔族、私に仲間に入って、人間の魔術を教えて欲しい子供がどうとか言ってた。妹の事だった?」


「可能性は有りますが、ワタクシには分かりかねます。ですが、確かにワタクシも魔術は得意としております。貴族子女が学校で習うレベルのものであれば、殆どを使えますもの。⋯⋯フェルディアの王族として、またはフェルム家の子女や侍女として家庭教師に習いましたもの」


(そうか、俺と同じく妹も家庭教師だからな。学校、学園には行けないんだったな)


 辺境で育ったミルトは、家庭教師のみで学業を終えたので、王都にある学園に憧れている次期もあった。辺境の者が中央に取り込まれると、余計なしがらみが生まれる為、フェルム辺境伯家の人間は、王都の学園には通わなくて良い、という王の許可を得ていた。


「学校の魔術を殆ど⋯⋯魔法陣は? 治癒術は? 私の定めた階級は何処まで取った? あ、ごめん、邪魔だね、また今度」


 妹は、プルフルの矢継ぎ早の質問に、少し圧倒された様に頷いた。まるで大きな動物を恐れる小動物のようだ。今はまだ恐怖と不安という感情しか生まれていないからだろう。


 長い年月で身に付けたものなのだろう。ここまでは貴族令嬢らしい話し方をしている。だが完全に無表情だ。恐らくスキルの影響で、相手の認識を調整出来ることから、喜怒哀楽を表現する必要が無かった事による弊害だろう。


 相手の感情を把握するミルトからすれば、不安や恐怖だけでなく、喜びや安心も教えてやりたい。


(ちょっと感情移入し過ぎか? どうも、家族として暮らした事が、尾を引いてるな)


「じゃあ、これからどうしたいとか、要望はあるか? 俺の実家に害を及ぼさないなら、辺境伯家にずっと居ても構わないと思うが⋯⋯」


 ホムンクルス──妹は小さく瞬きをして、やがてこてんっと首を傾げた。


 その反応に、ミルトは『共感』を発動させる。


 ──指示を ──名前を


「指示を出す奴はもう居ないんだろ? 好きにすれば良い。少なくとも妹を害する奴は居ないんだ」


 妹の表情に、わずかな安堵が浮かぶ。だが恐れは簡単には消えないのか、手は少し震えていた。


「後は──プルフル、妹に名前を付けようと思ったんだが、ホムンクルスに名前を付けるとどうなる?」


「⋯⋯ん? 好きに付けたら良い。魔造生命体だから名付け親がマスターになる。何でも命令を聞くようになる──本当に──“なんでも”」


 後半、わずかに声音が低くなる。部屋の空気が重くなった気がした。


「安心しろ、理不尽な命令なんてしない。妹には、もう感情が生まれている。いや、そうでなくとも人間として接するつもりだ」


「ミルト君、あんた⋯⋯」


 パイシーの呆れるような顔を見ていなかったミルトは、腕を組んで考え込む。ミルトもプルフルの懸念を理解しない訳ではない。ダンジョンに居た死者の中には、子飼いの影を子供の頃から裏稼業に従事させていた貴族も居た。または裏稼業の人間として生まれ、死ぬまでそこで生きた者も。


 ミルトは、震える妹の手を取った。


「居場所が欲しいなら⋯⋯妹さえ良ければだが、俺達と一緒に来るか?」


 妹は少し動きを止め、迷うように視線を彷徨わせた。今は“潜入する”と言う大まかな指示すら失っているので、どうして良いか分からないのだろう。


「少なくとも、妹の中にある不安は少し解消してやれると思う」


 ミルトの促しに、妹は迷いながらも、ゆっくりと頷いた。


「よし、じゃあ名前を付けよう。君の名は──」


「はい、ワタクシの名はイモート・フェルムです。ミルト兄さま」


 ──ん?


「いや、それは⋯⋯⋯⋯え、まさか──!?」


 宿の一室を、沈黙が支配した。


 パイシーが額に手を当てて「あちゃ~、やってもうたねミルト君」


 トニトルスは気にした様子もなく「まあいいんじゃないか? 可愛い名だ」


 ──やってしまった⋯⋯妹にイモート⋯⋯


「ワタクシはイモート、ミルト兄さまのイモート」


 微かに微笑んで、自分の新しい名前を呼ぶホムンクルス。意味が分かっていないのだろうか⋯⋯。


 まさか「ミルトの」がそういう意味になっていたとは思っていなかったミルトは、プルフルを見る。彼女なら或いは何とか──。


「ミルトの⋯⋯っ!? そんなの、私だってミルトのプルフル」


「そういう話じゃ──」


「はーい、はいはい! ほなウチもミルト君のパイシーちゃんな♪」


 パイシーがミルトを遮って、ウインクを飛ばす。


「それでは、プルフルとパイシーちゃんは、イモートの姉さま?」


「なに!? 待て、その理屈ならば私もミルトのだ。私も入れろ。ミルトの姉としてだ」


「え、急にどないしたん?」


「──あ⋯⋯いや、何となくだ。まあ、あれだ、その──私には兄が5人も居てな⋯⋯」


「ああ、なるほどなぁ。妹欲しかったんやね。わかるでその気持ち。イモートちゃん可愛いしなぁ」


「可愛くても、お姉ちゃん達の許可無くミルトに触れない事。ちゃんとルールを守るなら、一緒に居て良い」


(そんなルール無いだろ。何言ってるんだプルフル)


 ミルトはそう思ったが、彼女達が姉役として、イモートを守ってくれそうなので、黙る事にした。


「分かりましたわ」と、素直に頷くイモート。


(妹の名前がイモート⋯⋯まぁ良いか)


「そう、私達のイモートだ──ふふふ」


 トニトルスは、まるで花が開いたように嬉しそうに笑っている。こんな可憐な笑顔もするんだな、とミルトは思った。


「過去イチの良い笑顔してるやん。まぁ良かったねぇミルト君、丸く収まりそうやで?」


「ああ、皆が納得してくれて良かっ「酒場の踊り子の件も、これでチャラに出来るかもなぁ?」


(⋯⋯ここで余計な事を蒸し返すなよ)


「ああそうだチャラだ。⋯⋯別に俺はイヴに何もしてないがな──。その話はもう良いだろ。それよりイモート、その話し方は目立つから、止められるなら止めた方が良い」


「う~わ、めっちゃ早口やねぇ?」


(パイシーは少し黙っててくれ)


「承知致しました」


「えらい切り替え早ない? なんや無理してたんか?」

「そうだな、少し勿体無い気もするな」 トニトルスも少し残念そうに──。


「話は変わるが、フェルム家にいる時ラプターがどんな様子だったか教えてくれないか? 俺はラプターの母親の実家にあたる公爵家に狙われているらしくてな。何か知っていたら教えて欲しい」


「承知致しました。側室・第二夫人・実家⋯⋯マスター改めミルト兄さまに御報告致します」


「えっ──ねぇそれ良い。その魔造生命体っぽい感じ。今後はそれでいこう」


 プルフルはイモートの人間っぽさを排した状態が好みらしい。


 急に目を輝かせて報告を聞き始めた。

 なにかがプルフルの琴線に触れたらしい。

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