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21、妹は魔造生命体

 妹など最初から存在していなかった。


 顔も名前も思い出せないのがその証拠だろう。ミルトにとって、それは既に確定した事実でしか無いのだが、少しだけ寂しさを覚えているのは、例え偽物であっても、ミルトの記憶に“妹”が居た事実があったからだろう。母を同じくする妹が。


 そして今、ミルトの前に立ち、路地裏追い詰められてフードを取り払った、その“妹”は、確かに記憶に少女のものだった。


「ミルト兄さま⋯⋯ワタクシは」

「黙れ、お前は妹じゃない。記憶を改ざんされている事にも気付いている。もう逃げ場は無いぞ」


 “妹”は兄の糾弾にも、顔色一つ変えずにいる。


 そして相変わらず感情は──『共感』では何も掴めない。


 冷たい。まるで機械に触れているような空虚さだけがあった。屋敷の時を合わせると2度、力を試みた。最初も今も、読み取れるのは“タスク”としか呼べない無機質な羅列だけ。


 だが──ミルトは躊躇する。今、3度目に、ほんのかすかな揺らぎが見えるのだ。


「⋯⋯え?」 声を出したのはミルト。


 それは“恐怖”だった。


 自分が壊されることへの怯え。

 かすかに芽生えた、自我の種のようなもの。


 ミルトの声に、後から追いついて来た仲間たちが反応する。プルフルが目を細め、トニトルスは背中の巨剣に手を掛け、パイシーは半身に構え腰を落とした。何かあれば瞬く間すらも無く“妹”は消し去られるだろう。


 ミルトは仲間達を手で制した。感情が僅かでも在るのなら、まだ対話を試みてみたいと思ったのだ。


「質問に答えろ。お前は何だ? ⋯⋯魔族なのか?」

「どうやら本当に⋯⋯効いていないのですわね」


「質問に答えろ」


 ミルトが殺気を当てて再度告げた途端、妹──否、その存在の輪郭が揺らいだ。恐怖の感情が膨らみ、そしてどうやら驚愕しているらしい。逃げるような動作に移る──


「大人しくしとってや?」


 相変わらず目で追えない程の速度で動いたパイシーが、少女を羽交い締めにした。


「そのまま捕まえてて」


 プルフルが“妹”の頭と身体に手の平を当てる。両の手の平が、暗がりに薄っすらと輝いているのが見える。


「⋯⋯魔族じゃない、でも混ざってる? 魔造生命体ホムンクルス⋯⋯予想通り」


 トニトルスは剣を下ろさず、厳しい目で見据える。


「ならば調べねばなるまい。⋯⋯よく見れば、表面に何か纏っているぞ。姿が認識し難い」


 プルフルは頷き“妹”の頭に手をかざしたまま囁く。


「⋯⋯ほろほろほろり」


 随分ふわっとした呪文を唱えたその瞬間、周囲の空気が歪むようにして“妹”の姿が崩れて──本来の姿が暴かれる。


 白い肌、白い髪、光を宿さない無機質な紫紺の瞳。一見しても分からないが、その心の奥には確かに震える心があった。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ぁ」


 意図せず漏れ出した声のようだ。


「⋯⋯パイシー、拘束を解いてやってくれないか?」


 ミルトの言葉に、パイシーは直ぐに拘束を解いた。ミルトの指示でも危険を察知していたら離さないだろうから、彼女の勘でも大丈夫だと判断したのだろう。


 プルフルは最初から特に危険を感じていないのか、自然体でペタペタと、ホムンクルスの身体に触れている。


 ただ一人、トニトルスだけは警戒を解かない。


「どうした。何かあるのか?」


「コイツ⋯⋯この子の音が小さすぎる。これほどに揺れないのは訓練された暗殺者か王族くらいだ。この状況で心音が安定し過ぎている。安全かも危険かも分からん。⋯⋯判断が付かない」


 トニトルスは視線も動かすこと無くミルトに声を届けた。


「そういう事か」


 トニトルスは心音や筋肉の動きで相手を把握するから、感情が薄く緊張もしないホムンクルスだと、調子が狂うらしい。


(何も感じていない訳ではないはずだ)


『共感』──発動


  ──ミルト兄さま?

 ──潜入失敗 ──再度潜入を計画

  ──逃走経路を確認 ──戦力分析


 ──筋力魔力量体格差

  ──これは無理ではありませんの?


 やはり、何となくだが前回よりも人間味を感じる。

 “妹”の眼球がキョロキョロと忙しなく動く。


『共感』──発動


  ──逃走は困難と判断 ──再度戦力分析

 ──────不可──断念──終了

 ──ワタクシ消えますの?

  ──誰か──助けて──ご指示を


「指示とは何だ? 誰の指示でフェルム家に潜入していた?」


 ミルトがホムンクルスに告げると、相変わらずの無表情だが、目を少し開けてミルトを見ていた。よくよく見れば、泣きそうな顔をしている様にも見える。


 それを見たトニトルスは巨剣を下ろす。


「どうやら、感情が芽生え始めているらしいんだ。俺が『共感』を発動する度、恐怖と不安の感情が大きくなっている」


 感情のない器だったはずの存在が、少しだけ、表情を変えていた。『共感』が捉えたのも最初は、微かな──だが確かに感情の芽生えだったのだ。


 その瞬間、ミルトの心が理解した。このスキルは、ただ相手の心を読むだけじゃない。相手に感情を──共感させ、心を芽生えさせ、育てる可能性すら秘めているのではないか?


(だとしたら、条件は何だ?)


「ミルト兄さま」


 ホムンクルスが懇願する様な声で語り掛けてくる。


「⋯⋯質問に答えろ。誰の指示でフェルム家に潜入していた?」


「ミルト兄さま──あの──っ!?」


 気付けばミルトは、ホムンクルスに近付き、抱き締めていた。何歳なのかは分からないが、見た目は15歳くらいの少女の縋る様子に、ミルトの心が耐えられなった。それを見た仲間も驚いた顔をしている。


(な!? 何をしてるんだ俺は?)


 ミルトの『共感』は相手の感情が強いと、気持ちに同調してしまう。“妹”の生まれたばかりの剥き出しの“恐怖”という感情に同調してしまい、不安を取り除いてやりたくなったのだ。


「⋯⋯大丈夫だ。怖がらなくて良い。ゆっくり呼吸しろ」


 つまり、相手の望む事を、欲しい言葉を掛けてしまいやすくなる。イヴの時もそれで雰囲気に呑まれてああなってしまったのだ。


(そうだ、あれもこれもスキルの影響だ。後でちゃんと皆にも説明しておこう)


 ホムンクルスは、ミルトの胸に顔を埋めてスーハーと深呼吸をしている。背中をポンポンと優しく叩いてやる。恐怖心が薄れていくのを感じる。安心してくれてはいるようだ。


「危害は加えない──ただ、質問には答えてくれ。その方法も教えて欲しい」


 その言葉に、ホムンクルスはミルトの胸元で顔を上げる。まるで猫のようだと、ミルトは安心を誘うように柔らかく微笑んでみた。


「潜入、し続ける為ですわ」


 普通に話せるらしい。口調は貴族令嬢のそれだが。


「それは知っている。誰に言われて、いつからだ?」


「ミルト兄さまが産まれる前からです。あの家にずっと長い間、潜入し続けておりましたの」


「どういう事だ? 俺とトワイトの妹として、フェルムに潜り込んだんじゃないのか?」


 ホムンクルスはふるふると首を振る。


「ミルト兄さまがお産まれになられるまでは、メイドとして働いておりした。今代の側室様にご令嬢がお産まれになられてからは、兄さま達の妹になりすましました。そうした方が生活の効率も、安全も保証されますもの」


「そう⋯⋯なのか?」


「対象とした方の立場をトレースして立ち位置を設定致しますもの。ですが、対象が機能を停止すると効果が切れてしまいます。その際はまたメイドとして生活するのですわ」


「機能を停止⋯⋯死ぬ事か?」

「ええそう、死ぬ。人間はそうおっしゃいます」


 つまりこのホムンクルスは、誰かが産まれて死ぬまでを見届けた事があると言う事だ。


「歳は幾つだ?」

「産まれた時を知りませんので、存じ上げませんわ。潜入はマルトが国を興した頃からですわね」


(マルト⋯⋯マルトだと?)


「マルトって、まさかマルト・フェルディアの事か?」


「ええ、そのマルトで間違いございませんわ。彼の者が国を興した頃に、ワタクシは潜入させられましたの」


(潜入“させられた”か)


「それで、お前をフェルム家に潜入させた者の名は?」

「名は存じ上げません。名乗られておりませんの」

「だがそいつはお前に指示を出した、そうだな?」

「ええ、そう、その通りですわ。恐らくは製作者」

「製作者⋯⋯そいつの容姿は覚えているか?」


「ええ、長い赤髪に鋭い紫紺の瞳、背は高く、2度ほど見掛けましたがタキシードをお召しに──」


「待て、紫紺の瞳だと? そいつは魔族なのか?」


「ええ、容姿から察するに、ミルト兄さまの仰る通り魔族でしょう。製作者はワタクシの素材ともなられておりましたから。ワタクシのも紫紺の瞳でしょう?」


(素材⋯⋯プルフルの予想が当たったな。魔族か──ようやく尻尾を掴んだか?)


「なるほどな。で、そいつとの連絡手段は?」

「存じ上げません」

「⋯⋯指示を受けていたんだろ? 連絡が取れないというのは、どういう事だ?」


「あの地に潜入を指示されてから、一度も連絡が来たことがありませんもの」


 『共感』で読み取る限り、ホムンクルスは嘘は言っていないようだ。


(どういう事だ? 考えられる理由は幾つか思い付くが⋯⋯断定は出来ないか)


「とりあえず、俺達の宿に来い。詳しい話が聞きたい。危害は加えるつもりはないから安心しろ」


 ホムンクルスは、ミルトの腕の中でコクンと頷いた。信用はされているようで少し安堵した。


 いや、安堵出来ない事に、ミルトは今、気が付いた──。


 背筋が寒い──。


(後ろを振り返るのが恐い)


「ミルトはつい先程、部屋に連れ込まれそうになったばかりだぞ?」


「ミルト君、さっきの今やで。それはないわなぁ」


「いつまでくっついてるの──くっついてないと話せないの? 欠陥品じゃない?」


 ミルトは、またも対応を間違えたのかと焦る。だがホムンクルスを安心させる為には接触が必要だったのだ。


 ただ、確かにそのまま会話する必要は無かったかも知れなかったと思い至る。


(この子が、それを望んだから)


 ミルトは『共感』を発動すると、相手の望む行動や言葉を与えやすくなる。恐らく、ミルトから離れると、後ろの三人から危害を加えられるかも知れないという不安が拭えなかったのだろう。


「待て、変な事を言わないでくれ。俺にそんなつもりは無いし、酒場に居た踊り子のイヴはナキアスの妹だったんだ。あの場では放っておけなかった。それに、少なくともこの子の事情は聞いておいた方が良い」


「「「ナキアス?」」」


「静謐の霊廟に居たスケルトンウォーリアの1人だ」


 三人の冷たい目線に見つめられて、冷や汗を掻きながら回答を待っていると、三人は顔を見合わせてから、溜め息を吐き出した。


 トニトルスが呆れ顔で話し出す。


「冗談だ。分かった、とにかく宿には戻ろう。目的だった“妹”の正体は分かったんだ。作戦会議も必要無くなった。だが、何故ここに居たのかも含めて宿で確認した方が良い」


 理解してくれたようで、ミルトは安堵した。


「ミルト君は一人にすると直ぐに女の子が増えるんやから、もーちょい気ぃ付けてや?」


 そんな事実は無いが、ここは黙っておくのが正解だろう。


「私は冗談じゃない。けど、今回だけ許す⋯⋯⋯⋯眠いからミルトが運んで」


 半眼で黙ってるからまだ不機嫌なのかと思ったら、眠気が来ていたらしい。


「わかった、背中に──」


「違う──こう」


 プルフルは、ふわりと浮かび上がって、ホムンクルスを押しのけ、仰向けでミルトの両腕に収まる。色々な柔らかい感触が、ミルトの腕と身体に触れていて落ち着かない。またも良い匂いがする。


「出発」


 プルフルは転移魔法が使えるから先に宿に戻れば良いのにと、ミルトは考えたが、今は言わないでおくのが正解だぞ、と死者の声が聴こえた気がするので、ミルトは黙って歩き出した。


「ほんなら、ホムンクルスちゃんはウチと手ぇ繋いで一緒に行こうかぇ~? さっきは捕まえてごめんな〜?」


 パイシーは孤児院の子供達の面倒を見ていただけあって、お姉さん気質なところがある。あどけなく見えるホムンクルスを放っておけなかったらしい。任せても大丈夫そうだとミルトは思った。


 トニトルスは、軽く溜め息を吐いて宿に向けて先頭を歩き出した。

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