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2、雷姫

 雷姫トニトルス・レックス――その名は250年前の戦乱において、雷鳴と共に轟いた。


 戦国の乱世──王権が衰え、諸侯は群雄割拠し、隣り合う者達が互いに刃を交える時代。時には信義よりも力が、法よりも策略が支配する──その末期。レックス家は北辺の要塞都市を治める貴族家として、その軍事力と王家への忠誠心をもって知られていた。


 長女のトニトルスは、レックス家の六人目の子として生を受けた。彼女の母は身体の強い人だったが、流行病を患い、トニトルスが幼い頃に亡くなった。父は剛毅な武人でありながら、幼き娘には音楽や礼儀作法を通じて「貴族としての誇りと矜持」を叩き込んだ。


 5人の兄は軍人として鍛え上げられていたが、トニトルスは主に教育係の女性から、舞と楽器、外交礼法を中心に学んだ。成人前にも関わらず、その凛としたトニトルスの美しさは近隣の領にも伝わる程の器量だった。


 トニトルスには幼少期から“音”に対する鋭敏な感性があった。


 馬の嘶きから兵の緊張を、父の足音からその日の機嫌と体調を聞き取る。兵舎の訓練音からは、誰が剣を振っているのか、誰が怪我をしているのかすら、音を聴くだけで知る事が出来た。


 4人の兄たちは、幼い妹に剣を教えることを拒んだが、末弟だけは彼女に基本の型を内緒で教えた。彼にとっては幼い妹に自慢したかっただけだろう。その兄は後に戦で命を落とすことになるが、彼の教えがあったからこそ、トニトルスは一人でも戦えるだけの力を付ける事が出来た。


 十五歳──成人の儀


 トニトルスの目覚めたスキルは──『響導きょうどう


 演説・指揮・舞踏・礼節といった“音”を媒介に人の感情に影響を与える、まさに彼女の為にある──そして貴族令嬢向けのスキルだった。


 だがそれは、彼女の期待とは異なり、戦場で即戦力となる力では無かった。トニトルスは父と兄達の様に、強くなりたかったのだ。


「人の心に触れる、音か。確かに戦の力にはならんが、貴族令嬢としては重畳だろう」


 兄たちは納得し、父は喜んだが、トニトルスは違った。

 そして彼女は、父や兄達と共に戦いの場に出る事を諦めなかった。


 音が人を動かすなら、それは人の存在する戦場でも有用なはずだ。そう信じた彼女は、昼は音楽と学問、そして剣術を学び、夜は一人で音の研究に没頭した。彼女の訓練風景は異様だった。昼間に騎士が剣を振る音を覚え、夜に部屋で剣を振り、自らのものと比べる。部屋の廊下で足音をわざと変化させ、見張りや護衛の警戒心の変化を観察する。風の音、鳥の声、兵舎から聞こえる戦の談義、その全てを教材とした。


 兄たちの一部は諦めない彼女を嘲笑ったが、四男は考えを改めた。


「戦場に出たとき、本当に怖いのは“読めない敵”だ。だがトニトルスのスキルならば、それを読む事が出来るかも知れないぞ」


 彼もまた後に戦死するが、その言葉はトニトルスの心に深く残る事となる。

 トニトルスは自身の『響導』を鍛え上げ、派生スキルをも生み出す事に成功する。


 『動導どうどう』――音から情報を読み、戦いにおいては相手の動きを先読みする。


 『戦律せんりつ』――味方の士気を鼓舞し、号令により連携を高める事が出来る。


 『雷咆らいほう』――大気を震わせ超高温と電磁波を生み出し、周囲一帯を吹き飛ばす。


 さらに演習で技を磨いた彼女は、味方の鼓動や呼吸、歩調の乱れから疲労や不安を察知し、指示の声を届かせる技術を習得した。まさに“響き”で全軍を掌握する、将の器と成った。


 やがて十七の年、彼女は初陣の機会を得る。辺境に侵入した野盗集団の掃討戦。副将として参加した彼女は、敵の動きを読み切り、奇襲戦術を提案し、自らも突撃し大半の敵を制圧してのけた。


 「雷姫殿のご活躍、まさに神懸かっておられた!」


 この一戦でトニトルスの名は、二つ名と共に響き渡る事となった。


 その後も、彼女は幾多の戦場で名を馳せた。剣を交えた歴戦の将とは二度に渡り死闘を演じ、最後には一騎打ちの末に勝利した。また、隣接する領の盟友クララ・フェルディナンドとは共に、自軍の三倍の敵軍を退けた逸話も残る。時折、戦功の報告に都を訪れることもあり、その度に彼女の美しく凛とした立ち居振る舞いは、貴族社会でも注目の的となった。


 ──しかしその流れを良しとしない者達が居た


 戦乱の世に王権を復活させたい王家が、トニトルスを王太子妃候補に指名したのだ。名が挙がると、王権が強まる事を恐れた都の宰相派から、危険視された。


 宰相派はレックス家を謀反の疑いで陥れ、父は幽閉、兄たちは処刑、あるいは戦死。レックス家に味方する貴族も連座で捕縛されていく。彼女は一族の誇りを守るため、再起を図るために数人の忠臣と共に、辺境からの脱出を図った。


 追撃してくるのは、かつての部下や、かつて倒した敵将の残党。その姿と足音すら、敏感な彼女の耳には明確に届く。野を越え山を越え、隣国の国境へと至るが、追っ手に詰められてしまう。


 偶然見付けたダンジョンへ逃げ込んだ彼女は、内部に潜む死人の群れや罠をその音を聴く力で避け、仲間を導いた。だが、飢え、毒、裏切りが仲間を一人、また一人と奪い、最後には追撃されながら、彼女一人が地下3階の最深部へと辿り着いてしまう。


 彼女は耳に焼き付いた父の声を何度も思い返していた。


「恐らく、俺は帰って来れんだろう。生き抜けトニトルス。お前が生きておれば我らの誇りは消えぬ」


 ダンジョンの最深部、宰相派が差し向けた最後の追撃隊が現れた。ランフォード、マティアス、エルネス。かつて彼女と同じ戦場を駆けた騎士。だが今では宰相派に仕える道を選び、主家を裏切った者達だった。その背後には、野に落ちた冒険者崩れや山賊上がりの成らず者たちが、下卑た嗤いを浮かべながら迫っていた。


 「ここまでだ、トニトルス」

 「剣を捨てろ。穢されるよりも、楽に死ねるぞ」


 だが、彼女は静かに背中の巨剣を抜き放った。かつて父が彼女のためだけに造り、贈ってくれた珠玉の魔導剣。その切っ先から、濁りのない殺気がその場を満たす。


 「⋯⋯私を穢せる者が、ここにいるのか」


 彼女は神速の一歩を踏み出す。次の瞬間、雷鳴のような斬撃がランフォードの槍を断ち切った。そこからは凄絶な戦いだった。音を読むことで常に先手を取り、雷咆による衝撃で敵の列をなぎ払い、土煙の中、音を頼りに有象無象の首を飛ばす。だが相手は数十。剣は血で鈍り、鎧の隙間から皮膚は裂け、血が足元に広がる。


 騎士であった彼らも、スキルを有する貴族家の血を引く者達だ。マティアスの戦斧が肩を穿ち、エルネスの持つミスリルの剣が脇腹を貫いたが、それでも彼女は倒れなかった。


 「お前たち全員、連れて行くぞ⋯⋯私の地獄に」


 その言葉通り、全員が死んだ。誰も生き残れなかった。息も絶え絶えの彼女が最後の男の首を斬り伏せた瞬間、ダンジョンに静寂が戻った。


 だが死者の溢れるダンジョンに生者が居るのだ⋯⋯静寂は長くは続かない。

 戦闘音と血の気配を嗅ぎ付けた、死者が近付く音、骨の擦れる微細な気配。

 彼女は剣を振るい続けていた。痛覚は鈍り、出血は止まり、皮膚は灰色に変わっていく。

 そして彼女は理解した。声なき声で自らを語る。


(私は⋯⋯もう、生きていないのだな)


 けれども、怒気と殺気が消えない。寧ろ逆にそれは濃く、重く、増幅されて空間を満たしていく。


 そして──強者を求める本能が、彼女を王の間へと導いた。

 玉座に居たのは黒衣を纏った無手のスケルトンキング。

 かつて人間でありながら、戦い続け、死してなお拳を磨き続けた古代最強の拳法家。


 スケルトンキングは、強者の気配に反応して立ち上がる。


「カカ! カカカカ!!」


 不気味に歯を鳴らして歓喜し──そして死闘が始まった。


 音を読み、神速の剣閃を放つ剣士と、膨大な魔力を込めて四肢を打ち出し、そして力の流れを支配する拳法家。巨剣は弾かれ、拳は軌道を変えられ、両者は死者とは思えぬ気迫を放ち、打ち合った。永遠とも思える死者二人の戦いの最中、トニトルスの“響導”が暴走し、音によって空間を揺らし、王の間そのものが軋み出す。


 ──そして訪れる最後の一撃


 戦いの中で『雷咆』が極みに達する。トニトルスの巨剣と骨の身に雷と熱を纏わせる。神速の一閃が拳法家の防御を貫通し、頭蓋を砕いた。


 そして、王の間に静寂が戻る。

 その瞬間、ダンジョンの力が彼女を認め、スケルトンキングの玉座が彼女の背後に浮かび上がった。

 彼女は迷う事なく歩み寄り、座る。殺気と怒気、そして使命を全てその身に宿し──。


 スケルトンキングが交代する。

 その名は、トニトルス・レックス。

 誰にも語られることなく、冥府の入口に君臨するに至った、もう一人の王である。


 その魂に宿る誇りと痛み、そして音と共に戦場を駆けた記憶。自らの信念と、克己心により無類の輝きを放ち、そして民に愛された雷姫トニトルス・レックス。


 彼女は闇の中で待ち続けた──その身に不死者の呪いを受けて数百年。

 時折訪れる強者では、彼女は救われない。彼女の声無き声がダンジョンに響く。


 いつか彼女の心に寄り添い、その手を取る者が現れる日が──。

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