18、冒険者登録
午後の陽射しが色とりどりの石畳を白く照らす。
昼を過ぎた街の中央通りは、既に活気付いていた。
露店の呼び声、鍛冶屋から響く金槌の音。
雑多な音に溢れた街並みを、目を引く4人が歩く。
4人は街の中心部にそびえ立つ、5階建ての建物の前で立ち止まり、見上げた。
──冒険者ギルド・フェルム領都支部──
重厚な扉は開いたまま、様々な武具を携えた男女が出入りしている。場数を踏んだ者特有の、鋭い眼光と擦り切れた装備。ここに初めて来た者なら、躊躇して足が止まるだろう。
「どうしたミルト、立ち止まって。何かあるのか?」
横からトニトルスが顔を覗き込む。
淡金の髪を揺らし、輝くミスリル製の鎧を身に着け、胸を張って立っている。往来の真ん中でも彼女は恐ろしく目立っていた。今は髪も乾いていてサラサラと風になびいて光を反射し続けている。
(凛とした立ち姿か──生前、国民に人気だったのも納得だな)
「いや、『静謐の霊廟』にも何人か冒険者だった死者がいたから⋯⋯フェルムを拠点にしてた冒険者も居て、初めて来たのに懐かしく感じるんだ。⋯⋯おかしな気分だ」
「ウチもここを拠点にしてたわけやないけど懐かしいわぁ〜何年振りやろか。いや何年では済まへんかも? この雰囲気は全然変わってへんねぇ。ミルト君、ギルドの空気っちゅーのは独特やからね。ここで立ち止まってから入ったら⋯⋯ええカモにされるかも?」
「⋯⋯ハハッ、ああそうだな。そろそろ入ろうか」
だがミルトは足取りが、わずかに重い。思い出してしまうから──仲間達と過ごした輝かしい日々を──そして、裏切られ、命を奪われた憎しみと──恨み。
(違う。これは俺の記憶じゃない⋯⋯揺れるな)
背中の柔らかな感触が、ミルトを目の前の現実に引き戻した。咄嗟に後ろを見ると、プルフルが上目遣いにこちらを見ていた。
「──っ!? あ、すまん!」
「?? ぶつかったの私だよ? あ、お詫びのハグ──」
プルフルはミルトの脇腹に腕を回す。更に身体が密着してしまい、ミルトは硬直して──
「往来でイチャついたあかんで〜」
パイシーが即座にプルフルの腕を払い落とした。
「チッ⋯⋯」プルフルが可愛い顔で舌打ちをする。
「ハァ⋯⋯何をしてるんだ。用事を済ませるぞ」
冒険者ギルドの入り口で立ち止まっていた3人に、トニトルスが憮然とした顔で呼び掛ける。
「ああ、二人とも行こう」
すっかり死者の記憶から解放れたミルトは、ギルドの入り口にあるポーチに足をかけた。
後ろからついてくるプルフルは、物珍しそうに扉の装飾を眺めている。
トニトルスは2人の様子に苦笑しつつ、片手でミルトの背中を軽く押す。
「我が弟子よ。ここは剣だけが物を言う場所ではない。冷静に、自分の目的を果たせば良い。なんならここで領主の息子権限を使ってもいいんだぞ?」
「──剣だけで物を言わされても構わないがな」
「それは流石に慢心だぞミルト。だが今は、そのくらいの心意気でいこうじゃないか」
トニトルスは慈しむようにミルトを優しく見つめ、共に歩き出す。
「あれはイチャついてないの?」
「美しき師弟愛の範囲やしセーフやなろぁ」
プルフルの不満げな呟きに、パイシーが応える。2人もギルドに足を踏み入れた。
途端に外の喧騒とは違う重たい空気が肌に纏わりつく。木の香りと油の匂い、そして複数の視線。
カウンターの奥では、書類を束ねる受付嬢が鋭くこちらを一瞥──目を見開いて硬直した。眼球の動きだけでトニトルスとプルフル、パイシーの3人を順番に見て、額に汗を垂らす。最後にミルトの顔を見て眉根を寄せる。
(どういう反応だ?)
ミルト達はカウンターに立つ。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。登録か依頼か、どちらでしょう?」
丁寧な口調だが、その目は品定めするように動く。
「登録を4名。代表は俺だ。それとパーティで動くから、そっちの手続きも一緒に頼みたい」
途端に、背後のテーブル席から低い笑い声が漏れた。男が仲間と顔を見合わせながら囁く。
「グハハハッ、坊やが代表かよ。3人のお姫様に守られる冒険者かぁ?」
「ギャハハハッ!」仲間達が愉しげに笑う。
受付嬢の視線がミルトの背後に移り、直ぐに戻る。
ミルトは男達に一瞥もせず横に視線をやると、パイシーが獰猛な笑みを浮かべたまま、振り向こうとしているのが見えた。
「パイシー、聞き流せ。登録が先だ」
ミルトが受付嬢の前で、書類にメンバーの名前などの必要事項を書き込んでいると、背後から椅子を引く音と靴音が近付いてきた。
ミルトが無視していると、さっきのテーブルにいた男だろう、酒臭い息を吐きながらミルトの後ろに立っていた。ミルトの身長は別に低くは無いが、男は頭一つ分くらい高い。髭面に筋肉質な身体。腰にナタを下げている。髭のせいで老けてみえるため年齢は分からない。
「おい坊や、ギルドは遊び場じゃねえぞ」
低い声で囁いてくるがミルトは怯むこともなく、完全に無視して書類を書き切った。
「これで登録を頼む」書類を受付嬢に差し出す。
「⋯⋯承知致しました。登録しますので、椅子に座ってお待ち下さい」
どうやらギルドは冒険者の諍いに口は挟まないようだ。
(⋯⋯面倒だな。止めてもらった方が怪我人が出ないんだが)
「なぁオイ、無視してんじゃねえよ。顔が良いだけのガキじゃ持て余すだろ? パーティの姫ちゃんたちは、俺らのとこで面倒見てやってもいいぞ?」
トニトルスが横目でミルトを見る。薄く笑ってはいるが、さっきまでとは別物だった。
「確かにな、ミルトの容姿は良いと思うぞ。初見は優しげな印象しかなかったが、今は修羅場を潜った精悍な顔付きをしている。ん? お前、クチが臭いな」
トニトルスがミルトを褒めつつ、ナタを持った男の口臭を指摘する。
「クチは臭いけど、なかなか分かってる。確かにミルトは顔が良い。性格も優しくてカッコいい」
プルフルも褒め出す。ミルトは少し恥ずかしくなってきた。
「ほんまにな。ミルト君の容姿は完璧や。サラサラの黒い髪も大きくて鋭い目も真っ直ぐな鼻筋も意志の強そうな口もウチ好みや。あんたと違ってクチも臭くないしな」
(褒められ過ぎて落ち着かん。と言うか、煽り過ぎじゃないか?)
「ガキが、テメェ死んだぞ⋯⋯ここから夢にまで見た冒険なんざ俺がさせねぇ、覚悟し⋯⋯」
「くっさいクチでミウチのルト君に凄まんとって?」
次の瞬間、目に追えない速さでパイシーの姿が揺らぎ──乾いた破裂音と共に、男の体は糸が切れた人形の様に膝から崩れ落ち──るところをトニトルスが襟首を掴んで、頭を打たないよう床に転がした。
瞬く間にナタを腰に着けた男は床に転がり、白目を剥いて失神していた。
「お~い、これであんたら全員F級以下な?」
恐らく掌底で男の顎を打ち抜いたパイシーは、背後でテーブルを囲んでいた男の仲間に爽やかな笑顔と軽く殺気を送る。たったそれだけの動作で、仲間が倒されたのを見て立ち上がり掛けていた男達は、椅子に縫い付けられたように動けなくなっていた。
プルフルはナタ男を魔術で浮かせて、てくてくと男達のテーブルに運んでやった。
「飲み過ぎだったね」──追加の殺気も忘れない。
男を床に下ろしてプルフルが去るまで、男達は額に大量の汗を掻き、何度も唾を飲み込んで喉を鳴らしていた。
受付嬢が苦笑を浮かべながら、トレイを持って戻って来た。トレイには革紐に付いた小さなプレートが4枚と、白いカードが乗せてある。
「ミルト様達の登録を受理しました。階級は全員F級からとなります。C級からは昇級の際に試験がありますので、D級までは依頼達成数と評価を積み重ねて昇級して下さい」
受付嬢の差し出したプレートには、それぞれ名前と階級が刻まれていた。ミルトは自分のプレートを手に取り、光を反射する刻印をじっと見つめながら受付嬢に問いかける。
「さっきの事態に何も言わない理由は?」
受付嬢は眉を上げて「私の目を見て下さい」と、目を少しだけ青く光らせた。
「魔眼のスキル持ちか、天職だな」
トニトルスが感心した様に言葉を返す。
「ありがとうございます。属性と魔力量が分かる程度ですが、ミルト様のパーティーが実力を備えていらっしゃる事は分かります。今後のご活躍をお祈りしております」
ミルトは興味本位で『共感』を発動した。
──ルイスさん酒グセ悪いから自業自得
──今夜は婚約者の両親に挨拶
──魔力の巨大な新人が4人も!
──フェルムって⋯え、領主様の御子息?
──闇属性が3人って何!?
(あの大男、ルイスと言うのか。似合わないな。⋯⋯闇属性が3人というのは、どういう意味だ?)
「今回は必要無いと判断しました。あとさっき絡んでいた方、お酒が抜けたらどうせ覚えていませんし、評価は下げておきますのでご安心下さい。冒険者ギルドは無法地帯ではありませんから、ミルト様」
ミルトは言葉を返さず頷く。確かに、これから冒険者として生きていくなら、降りかかる火の粉は自分で払えた方が良いだろう。
「こちらのカードが冒険者ギルド加盟カードになります。街の出入りなどの際に、ご提示下さい」
領主の息子である事を知られているなら、あまり長居はしたくなかった。ミルトはカード受け取ると、ひとつ頷いて踵を返し、カウンターを後にする。
(受付嬢さんはもうすぐ結婚するのか──別に俺には関係の無い情報だが。しかし闇属性が3人⋯⋯もしかして⋯⋯)
酒グセの悪いルイスさんは床に寝かせたまま、ミルトに合わせて仲間達もドアに向かって並んで歩き出す。
改めてミルトは仲間の3人を見た。
トニトルスは、陽の光をそのまま表したような淡い金髪に、輝くミスリルの鎧、背中に背負った巨剣に、凛とした美しい立ち振る舞い。鋭く長い目と薄桃色の瞳。そこから真っ直ぐ通った鼻筋と薄い唇。戦いを生業にしていても見惚れる程に美しい造形──
(それは関係無い。闇属性には、見えないよな)
プルフルは艷やかな波打つ黒髪に、深緑の光沢の少ないローブを着ていて、いつも床から少し浮いて移動している。柔らかく張りのある胸元が、ローブの布越しにも豊かに揺れて──
(これも関係無い。闇属性っぽいのは黒髪くらいだが、得意属性は風だったはずだ)
パイシーは輝く銀髪に、揃った前髪から見える大きく少し吊り目がちな碧眼。ツンと出た鼻に、いつも不敵に上がった口角。肉体を駆使して戦う拳法家だが、筋肉質でありながらも柔らかく丸みを帯びた、女性らしい曲線を維持している。褐色の肌が銀髪との美しいコントラストにメリハリのあるボデイライン──
(属性とは何の関係も無いな。どう見ても闇属性には見えない。褐色の肌は種族特性だしな)
改めて仲間を見ていたミルトは、自己嫌悪に陥った。仲間をそんな目で見るなど最低の行為だ。
(これは良くない。少し距離を取るべきだ。確か、仲間をそういった目で見るメンバーがいると、パーティ崩壊に繋がるんだ)
外に出ると、昼の陽光がまぶしく降り注ぎ、街の喧騒が再び彼らを包み込んだ。
トニトルスが口を開いた。
「ミルト、旅に必要な物はフェルム家が買い揃えて、後ほど届けると聞いている。買い物に使う家名章も受け取っている。現金も幾らか受け取っているから、渡しておこう」
「助かる。気を失ってしまって済まなかった」
今日から何とかして挽回しなければとミルトは固く誓った。
「気にするなと言ったろ」
ミルトは現金の入った革袋を受け取って、懐に入れた。
「家名章はトニトルスが持って好きに使ってくれて良い。あとは各自で必要な物を買って宿に戻ろうか。寝る前に作戦会議をしよう。夕飯を何処で取るかも各自で決めてくれて良い。じゃあ、また後でな」
言うが早いか、ミルトは商店街に向けて走り出した。
「ええ!? ミルト君1人で何処行く⋯」
「ミルト⋯⋯?」
「放っておいてやれ。たまには1人になりたい時もあるだろう」




