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17、魔族について

「良い湯やったわぁ。ミルト君のご実家には負けるけど、ウチはここのお風呂でも充分やわ。⋯⋯ほんで、何しに集まったんやった?」


「ミルトの妹は妹じゃなくて実は妹は居なかった話」


「なにゆうてるか分からへんよ。怖い話か? まだお昼前やで」


「現在進行中の怖い話だ。ミルト、話せるか?」


 女性陣が湯気をまとった髪を布で拭きながら、それぞれ適当な場所に腰を下ろす。


「ああ、もう落ち着いてるはずだ。大丈夫だ」


 湯上がりの蒸気がまだ肌に残ったまま、また3人はミルトの部屋に集まっていた。洗髪剤の香りだろうか──先程まで感じなかった鼻腔をくすぐる甘い香りに、ミルトは少し落ち着かない気分になる。


(昨日まで何ともなかったのに、なんなんだ。俺はおかしくなったのか?)


「気にしないで。今夜も添い寝「いや、今日はもう大丈夫だ」


 プルフルのお誘いに、ミルトは即答で断る。寝入り端から一緒に寝具に入る──考えただけで眠れる気がしない。朝の下着姿が鮮明に蘇り、ミルトは頭を振って思考を変えた。


「本当に大丈夫か? 無理はするな」


 トニトルスが気遣ってくれる。

 ミルトは深く息を吐きだして気持ちを切り替える。


「いや本当に大丈夫なんだ。⋯⋯結論から話そう。どうやら俺の“妹”というのは、最初から存在していなかったらしいんだ」


 ミルトは、あくまでも3人からは目を逸らし、落ち着いた声で切り出した。話の内容に部屋の空気が僅かに張り詰めた。


「⋯⋯そうか、ミルトが意識を失う直前に言っていたままだな。それは確かなのか?」


 トニトルスの反応に、ミルトは顔を上げた。


「ああ、名前を思い出せない、というか知っていた時が無いんだ⋯⋯信じてくれるのか?」


 トニトルスが眉根を寄せて言葉を返す。


「私が信じないと思うのか?」


「⋯⋯そうだな。自分も今だに信じられない話だったから⋯⋯疑った訳じゃないんだ」


 トニトルスとは、王の統制を失った死者の蠢くダンジョン最下層からの脱出という絶望的な状況から、死線をくぐり抜け生還した仲だ。疑うなど有り得ない。


「すまん、冗談だ。フフ、少し意地悪な事を言ってしまったな」


 トニトルスは全く悪びれずに微笑む。彼女なりの信頼を示すのメッセージだったのだろう。


「イチャつくの禁止」プルフルが呟いた。


「なっ──イチャついてなどいない!」


「ウチも疑ったりせぇへんよ? ウチらは一蓮托生や。ミルト君の話を信じるのは当たり前の事やん」


「助かる。それで、妹の件⋯⋯というか俺の妹のフリをして辺境伯家に潜り込んでる奴の話だが──恐らく魔族だと思う」


「待て⋯⋯何故そう思った?」


 トニトルスの眼光が鋭く光る。


「似たような状況を、死者の記憶で見た。記憶の中の魔族と同じ紫紺の瞳──妹は魔族だと思う」


 プルフルがタオルをぽとりと膝に落とし、目を細める。「⋯⋯魔族」短い言葉だが、その言葉には警戒が滲んでいた。


「あいつらかぁ〜」


 流石と言うか、3人とも魔族の存在は知っていたようだ。

 ミルトは静かに頷き、言葉を続けた。


「ああ、紫紺の瞳⋯⋯恐らく魔族だ。俺の“妹”として実家に居るが、俺に妹はいない。母は、俺とトワイトしか産んでいない。思い出そうとしても妹の名前が出てこないのが証拠だ。それと、死者の記憶の中に認識や記憶を改ざんする奴がいた。自分の姿や相手の認識を変えて潜入していた奴も」


 ミルトは、死者の記憶を思い出し、憂鬱な気持ちになる。怨嗟の声が聴こえてくる気がした。


「私は昔、一度だけ魔族とやり合ったことがある」


 トニトルスが低く呟く。


「私の時は男だった。傭兵部隊に混じっていてな。油断した傭兵の一個小隊が、気付けば内輪揉めから殺し合いにまで発展した。あいつらは一見すると人の形をしているから見分けが付かん。よく聴けば人間とは違う微妙な音に気付くのだが」


「そいつはどうなったんだ?」


「もちろん追い掛けて即座に斬り伏せたが⋯⋯」


 流石は戦国の世で二つ名を持った猛将だ。既に交戦経験有りで、しかも斬り伏せていたらしい。


「どうなったんだ?」


 ミルトが話の先を促す。


「そいつの身体に模様が浮かび上がってな。翼を生やして飛び上がって逃げ去った。残ったのは私が斬った時に防ごうとして、そいつが落とした左手だけだ」


「追撃すれば良かった。貴女なら出来たはず」


 プルフルが言う。少し不満そうだ。


「そいつが逃げる姿を部隊に目撃させる事で、人外が引き起こした争いだと認識させるのが目的だった。仕方なく、その場は見逃したよ。と言っても、その後に会うことは無かったがな」


「そうか。だが剣で斬れるんだな。2人はどうだ?」


「⋯⋯仲間になれ、って言われたことがある」


 プルフルがぽつりと呟く。

 視線は窓の外の夜空を見ている。


「何度か人の姿で勧誘に来て──断ってたら、最後は身体に魔力紋を浮かび上がらせて、笑って飛び立って夜空に消えた。⋯⋯気味の悪い笑い方だった」


「その後の接触は無かったのか?」


 トニトルスがプルフルに質問する。確かに死者の記憶で見る魔族は、目的の為なら、あらゆる角度から接触してきそうだった。


「⋯⋯無いよ? その場で拘束して消した」


「ん? ⋯⋯夜空に消えたと言わなかったか?」


 トニトルスが怪訝な顔で聞き直す。


「そう、私が消した。認識を阻害する魔術みたいのを使って、多分攻撃して来たから、そのまま夜空を背景に消したの」


「そ、そうか⋯⋯流石だな」


「貴女も斬り伏せたでしょ。『雷咆』で追撃も出来たはず。⋯⋯でもそうだね、私は凄い、ね、ミルト?」


 プルフルが微かに自慢げに、ミルトの方を向く。褒めて欲しいらしい。褒めるどころか魔族を瞬殺するプルフルの実力に、ミルトは感心してしまったのだが。


 魔族は人の中に混ざって混乱を生み出す。策を弄す事の多い魔族にとって、人の中で暮らさず、他人から見たら殆ど直感で行動するプルフルは、魔族にとっては天敵かも知れない。


「ああ、凄いな2人とも。頼りにしてる。パイシーも接触した事があるんだろ?」


「顔とか体に変な模様が浮き出る連中やんなぁ? 冒険者やってる時に何回か退治したで。変わった魔法使うから結構強かったし、よぉ覚えてるわ」


 パイシーは拳を握り締め、にっこりと笑う。流石というか、やはり既に退治した経験があるようだ。


「変わった魔法──どんな?」


 プルフルは魔導士だけあって“変わった魔法”の所が気になったらしい。


「ウチがヤッた奴は、植物を操ってたわ。根っ子を鞭みたいに使ったり、あとは花咲かして痺れ薬みたいなん撒いてきよったわ。森の中やったから完全に相手の独壇場やったなぁ」


「スキルに近そう。特性魔法? 術式構成が見たい」


 プルフルは1人の世界に入ってしまったので、トニトルスが言葉を繋ぐ。


「フィールドによっては一軍に匹敵する強敵じゃないか。パイシーは拳闘でどうやって勝ったんだ?」


 剣士であるトニトルスは、如何にしてパイシーが勝利を収めたのかが気になるらしい。


「ピリピリする花粉は魔力込めた拳圧で吹き飛ばしたわ。そしたら四方から根っ子で攻撃してきたから、全部掴んで引き寄せて、後はタコ殴りにしたった」


「そうか! らしい勝ち方だな」


 トニトルスは仲間の勝利を誇らしげに称える。ミルトの知らない間に随分と信頼関係を築いているらしい。


 パイシーはミルトの方を見て、得意気に胸を張る。双丘が揺れ──


「そうか、うん⋯⋯3人とも交戦経験有りで、負け無しか──流石だ。頼もしい」


 3人はミルトを見て頷いた。


 ミルトは、先程から感じている3人の、お風呂上がりの乾き切っていない髪や、上気した頬や肌など、艶っぽい雰囲気を精一杯の気力で無視していた。何とか関係の無い感情を心の奥に押しやる事に成功しているが、直視すると浮き上がって来る。


 ミルトは視線を反らし、気を取り直して椅子に深く座り直した。


「⋯⋯俺の知る魔族は、と言うか死者の記憶にある魔族の遣り口だが、人間社会に混ざり油断させる。気付かないうちに人間の大切なモノを奪う。そして周囲を混乱させて争いを生み出す。気付いた者が居て、抗ったとしても圧倒的な戦闘力で抑え付けられて殺される。それの繰り返しだった」


「私もそういう認識だ。そういえばミルト、妹⋯⋯的な奴に共感は使ったんだろう?」


「ああ、その影響で⋯⋯倒れたんだ。情けないが」


「ミルトが倒れたのは、食事も睡眠も不十分だった影響、言わば過労が原因だ。気にするな」


「睡眠は大事。──添い寝は任せて」


「いつでも寝てくれてええよ。ちゃんと添い寝したるから安心してな?」


「またお前達は⋯⋯そう言えば、今日のうちに寝間着を買いに行かねばな。お前達二人の」


 トニトルスは呆れた声で言う。添い寝は止めないのか。


「いやもう、添い寝は大丈夫だ。ありがとう助かった。部屋でゆっくり寝てくれ」


 悪夢からは救われたが、あの下着姿は朝から目に毒だ。

 ミルトは女性経験が乏しい為、あの状態での添い寝は遠慮したかった。


 何故か3人は胡乱な視線でミルトを見るが、ミルトは焦点を合わせていないので気付かない。


「それで、妹のフリをしたあいつに共感を使った件だが──」


 トニトルスの質問に、ミルトは領主館で“妹”から感受した内容を3人に共有した。


「感情が無い──行動の指針だけがある存在──まるでホムンクルスだね」


 プルフルがミルトの話した内容から、思い当たる似た存在について呟く。


「ホムンクルス──確か、古代に存在していた疑似生命体だったか?」


 その言葉にトニトルスが反応した。ミルトも疑似生命体であるホムンクルスという存在は、錬金術の本で読んだ事はあるが、現代は製法自体が存在しないはずだ。


「私の生きた時代でも造れる人は居なかった。それくらい古代の技術。だからミルト、私は古い女じゃない。むしろ新品「何言うとんねん! ほんまにもう。ちなみにミルト君、ウチも新品や「そういう話は今は要らん。二人とも真面目に話を聞け」


「⋯⋯だって古代とか言われた──」


 プルフルがトニトルスにクレームを入れる。


「それは⋯⋯私の生きた時代では、ホムンクルスが存在したとされるのは超古代と言われていて、他意は無いんだ。⋯⋯私達は国や、生きた時代がバラバラだからな、各国の歴史書でも読み漁らない限り、正確に生きた時代が分からんのだ」


 トニトルス、プルフル、パイシーの生きた時代を探る為に情報を擦り合わせるのも良いかも知れないが、今ではないだろう。


「今ここにいる俺達に古いも新しいも無いから、気にしないでおこう。それよりプルフル、ホムンクルスについて教えてくれ。瞳の色は? 精神構造が人間とは異なるのか?」


「長くなるよ?」


「構わない」


「そう。分かった。じゃあ話すけど、ホムンクルスは生み出す為に使われた素材によって違いが出る。だからもし“妹的な存在”が魔族じゃなくてホムンクルスだとしたら目が紫色に光るのは高い魔力を持った強い魔物の素材か、もしかしたら魔族の一部を使って生み出された可能性が高いと思う。魂の無い魔造生命体だから感情は育たないし成長もしない。読み取れたのが目的意識だけならホムンクルスの可能性も充分にあるよ。でも魔族に共感を使ったら同じように感情を持っていないっていう結果か出るかを検証してないから断定は出来ない。魔族の精神構造が、ホムンクルスと同じく目的意識しか無い存在という可能性はそれこそミルトが魔族に共感を使って証明するまで残る」


「いや長くなるってそーゆー意味かい! プルフルは専門分野になると息継ぎせぇへんなる人かぁ⋯⋯つまり要約すると“妹モドキ”ちゃんは、魔族やなくて、魔族か強い魔物の素材を使って生み出されたホムンクルスの可能性もあるって事やね?」


「そう。でも魔族という可能性も残る。あんなに存在感が無い魔族はイメージと違うけど」


「そうか、魔族じゃ無い可能性もある、か。⋯⋯その、皆⋯⋯もし俺が──」


「全力で協力するで〜当たり前やろ?」

「当然。あとホムンクルスにも興味ある」

「後顧の憂いを断つ為にミルトの実家に寄ったんだ。懸念事項が残るなら、ついでに払拭しておいた方が良いだろう。ミルト次第だ」


 3人の仲間達は、まだ何も言っていないうちから賛成してくれる。


(感謝してもし足りないな)


 余り世間に浸透していないが、魔族と言う人類の脅威と対峙する可能性があるにも関わらず、対峙する事を当然と言い放ち、トニトルスに至っては“ついで”と言い放つ。


「ありがとう。長々と実家の事情に付き合わせて済まないが、まだ暫くは協力して欲しい」


 3人の美女は、それぞれに頷く。


「“妹”を──アレをどうするか──」


 これにはプルフルが食い入る様に応える。


「魔族なら消す。ホムンクルスなら捕獲」


「そうしよう」ミルトは頷く。


 妹についての方針が固まったところで、トニトルスが今後の方針について話し出した。


「まずは冒険者ギルドで登録だな。それは今日中に終わらせよう」


「ほな準備してくるから待っててや、ミルト君」


 3人がミルトの部屋から出て行き──部屋には湯上がり彼女達の、柔らかな匂いだけが残った。


 ミルトは座ったまま、天井を見上げた溜め息を吐いた。寝不足と栄養失調から解放され、実家での憂いを晴らし、少し気が緩んでいるのかも知れない。


 ようやく正気に戻ったと言うか。覚醒した意識で改めて3人を見ると、トニトルスもプルフルもパイシーも容姿が良すぎるのだ。控え目に言っても美しい。


 トニトルスは適切な距離感で接してくるが、プルフルとパイシーは自分と距離が近いうえに、向けてくる視線も屈託が無い。そういう性格なんだろうが、思考が鈍りそうになる。


「ハァ〜⋯⋯刺激が強い」


 ミルトは健全な青少年に戻りつつあった。

説明回は少し長くなってしまいます。

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