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14,異母弟ラプターは実家が太い

 演習場に現れたミルトの異母弟、ラプターの姿に場の空気が一変する。


 肩口で切り揃えた母親譲りの亜麻色の髪を風に揺らし、赤銅の瞳に冷ややかな光を宿す少年は、まるで古の絵画から抜け出した貴公子のようだ。


 にこやかな笑顔を浮かべているが、その視線に宿る冷酷さを隠すには足りなかった。


 明らかに予定されていた騎士とは別人だ。わずか十六を迎えたばかりの少年が、騎士団側の大将として姿を現した事実に、観覧席はざわめいた。


 ラプターは正室の次男と同じ年に産まれた、側室である第二夫人の長男だ。ラプターの母は、辺境伯よりも家格が上である公爵家の出ながら、第二夫人として辺境伯家に嫁いだ、元公爵令嬢だ。


 公爵家の元を辿れば王族に連なる家柄。つまりラプターは、政治的には極めて強い後ろ盾を持つ事になる。


 父、フェルム辺境伯に目をやると、眉を顰めて見ている。


 ラプターはその視線に気付きながらも怯まず、にこやかに手を振った。


「僕も騎士団員ですからね。ここに立つ資格はあるはずですよ」


 その言葉にミルトは目を細めた。いつの間に騎士団に入団していたのだろうか。兄弟として育った記憶は乏しいが、ラプターのことは覚えている。あまり前に出る子ではない、静かな子という印象だった。


 だが、今目の前にいるラプターは自信に満ち、鋭く研がれた刃のような存在感を放っている。


「ラプター、本当にいいのか? 怪我じゃ済まないかもしれないぞ」


「⋯⋯頭の悪い質問だ。そう言うの、愚問と言うのですよ。僕が怪我をする⋯⋯ですか、クフフ⋯⋯面白いなぁミルトにーさまは。少し考えたらそうならない事くらい、分かるでしょう?」


 予想していたラプターの反応とは違ったので、ミルトは意外そうな顔をしてしまう。


「そんな事よりミルトにーさま、森に捨てられたんですって? 怖い輩がいるものですね」


 その言葉に、ミルトが眉を顰めた。


「なんの話だ? 誰に聞いた?」


 ミルトはまともに取り合わず『共感』を発動した。


 ──麗しき王族の血統  ──ほの暗い殺意


 ──焼き付くような嫉妬  ──母上の憂いを払う


 ──スキル『屈折』で  ──死ね死ね死ね死ね


(ラプターの母親⋯⋯。そうか、公爵家が黒幕だったか)


 どうやらバルゴアは、何らかの方法で公爵家に唆された兄の命令で実行犯になったらしい。

 貴族の家同士で、どんなやり取りがあったのかは知らないが。


 なるほど父の感情を垣間見た時の、苦悶の表情を理解して、父の苦労を少しだけ理解する。出奔する気満々の今となってはどうでもいい話だが。


(というか、考えて見れば妥当な線だな。気付かない過去の俺が本物の間抜けだっただけか。だがまぁ、後顧の憂いを断つには良い機会か。しかしスキル『屈折』か、何を屈折させるんだ?)


「⋯⋯まあいいです。ボロボロでも生きていてくれて嬉しいですよ。クフフ、僕、成人の儀で便利なスキルを得ましてね。ちょうど練習台になる人間が欲しかったのです。お可哀想なスキルを得てしまった努力家のミルトにーさまに、見せてあげたかった。だから母上から騎士団長に相談して、大将戦を代わってもらったんです」


 ラプターは、ミルトの反応が薄いのが気に入らなかったようだが、直ぐに気持ちを切り替え、勝ち誇ったように笑みを浮かべながら、ミルトを挑発してきた。


(俺の持っていた印象と違ってよく喋る。素晴らしいスキル──自信満々だがラプターは先の3戦を見てなかったのか? いや、もし結果を知った上で、この調子だとしたら⋯⋯)


 期待が高まり、ミルトの口角が知らず上がる。ちょっと悪戯心が出てきてしまう。


「そうか、おめでとうラプター。そのスキルで、辺境伯家の為に力を尽くすと良い。俺はダンジョンで知り合った仲間と出て行く事にするから、後は勝手にやっててくれ」


 その挑発に、ラプターが美しい顔を歪ませた。


「⋯⋯情けない人ですね。弟として恥ずかしいですよ。次期当主になれないから出ていくのでしょう? 負け犬が尻尾を巻いて逃げるのと、どう違うのです?」


 過剰な程に煽ってくるラプターに、憐れみの気持ちが湧き上がる。さっさと試合を始めて貰えるよう、審判の騎士団長に視線を送りながら会話する。


「次期当主として育てられた、勘違いの出来損ないが居たら不和を生むかも知れん。これが一番良い。さっさと終わらせよう──次期当主になれない者同士でな」


 ミルトは会話が面倒になってきたので適当に煽る。

 これが思いの外、効いたようだ。激昂して顔が真っ赤になったラプターが更にミルトを罵ってくる。


「お前と一緒にするな! 勝手に話を終わらせるな! 出来損ないはお前だけだ! チッ⋯⋯だいたい、本気で出ていけると思っているのですか? 貴方に何が出来るのです? 既に顔色だって悪い。今にも死にそうだ」


 ラプターの意図は、先ほどの『共感』で何となく把握している。ミルトを試合で完膚無きまでに叩きのめし、事故を装って殺す事だ。正妻筋の長子であるミルトに勝つ事で、今もミルトを慕っている弟のトワイトの気勢を削ぐ事が出来れば、ラプターにとっては儲け物だ。


 元はと言えば辺境に力を及ぼしたい公爵家の意向なのだろうが──ラプターの意図と指示を出した公爵家の意図が噛み合っているかは不明だ。


「なんだ、心配してくれるのか? 優しいとこあるじゃないかラプター。お前が俺に何かしてくれるとでもいうのか?」


「なに? 何故この僕がお前如きに──あ、そうだ、良い事を思い付きましたよ。ミルトにーさまが死んだら、そこにいる3人の女は僕が面倒を見てあげますよ」


 どうやらラプター女3人が先勝して大将戦だけにミルトが出ていると思っているようだ。

 だからミルトを名実共に潰しに掛かっているのかと、変なところで納得する。


 だが⋯⋯。


(お前じゃ無理だ。役不足だよ)

「お前じゃ無理だ。役不足だよ」


 うっかり声に出てしまった。仲間を引き合いに出されては、ミルトも黙ってはいられなかった。ラプターは聞こえた言葉が直ぐに理解出来ないのか、暫く呆けた顔でいたが、段々と顔が赤くなり激昂し出した。


「なっ⋯⋯!? 貴様! 下賤の血の者が誰に役不足だと!? 役不足は家に捨てられたお前だ! 生き恥を晒してないで今ここで死ぬんだよ!」


 先ほどから観覧席も、集まった騎士達も、領都に滞在していた他家の関係者も、全員が静観していたが、ラプターの剣幕に驚き、ざわつき始める。ラプターとは余り関わらなかったが、大人しい子だと思っていたのは間違いで、苛つきやすい性格だったようだ。


(下賤の血って⋯⋯観劇くらいしか聞いたこと無いな。だいたい俺を捨てさせたのお前等の計画だろ)


「ミルトく~ん、ええ煽りや! その調子やで~!」


 パイシー的には合格だったらしい。彼女は争い事なら何でも肯定してくれそうだが。


「そういう香ばしい輩を力尽くで黙らせるのは私も好きだぞ」


 トニトルスにも好評だ。師の希望は叶えないとな。しかし香ばしいとは?


「⋯⋯早く終わらせて戻って」


 プルフルはもう少しだけ待って欲しい。


 だが確かに話している時間が長い。さっさと終わらせたいので、もう一度騎士団長に催促する。


「おい、そろそろ始めてくれ」


 騎士団長が観覧席にいる主に視線を送ってから、躊躇いながらも旗を振った。


「──始め!」


 審判の号令と同時に、ラプターが地を蹴った。

 小柄なのでスピードを活かした戦術だ。

 一瞬、ラプターの姿が滲む。

 視界の端でちらついた残像に反応して踏み込むと、そこに誰もいない。


 背後からの風切り音を頼りに剣を躱すと、ラプターは舌打ちをして、構え直す。


「チッ⋯⋯運が良いですね、ミルトにーさま」


「驚いたよ。トリッキーなスキルだな。俺はてっきり素晴らしい煽りスキルでも得たのかと思ったんだが、違ったようだ」


 『共感』──発動


 ラプターのスキル──『屈折』自分に触れた光を屈折させる能力。


(相手の視覚を騙して自分の位置や目に見える動きを狂わせる事が出来るのか)


「なんだと!? どういう意味だ!」


「気にするな、さっさと終わらせよう。こっちの事情ですまないが、仲間の限界が近い」


 プルフルの目が座り出している。あまり時間を掛けると殺気を撒き散らして試合自体をぶち壊しかねない。まだ蘇ってから戦うところを見たことは無いが、彼女の実力は過去の記憶で見ている。なにせ単騎でドラゴンを撃退する女だ。


「女を盾にして勝ち残った卑怯者が! お前を殺して女達は私が使ってやる! さっさと死ね!」


 ラプターは自分で死刑宣告しながら、スキルを発動して斬り掛かる。

 強い感情の奔流に『共感』は反応しやすい。


 アンデッド達は、存在そのものが怨念の塊で、感情が強く、当然の様に気配を読めていたが、人間相手の場合、感情の強弱により気配が明瞭になるようだ。


 つまり、激昂している状態のラプターのスキル『屈折』は──ミルトには効かない。

 ミルトが散々煽ったので感情が丸見えだ。


 彼の本当の立ち位置、次に踏み込んでくる角度。全てが感覚的に把握出来た。ミルトは一歩踏み出し、ラプターが仕掛けてくる斜め前方に剣を構えた。


「なっ──!?」


 ガキィィィンッ! 剣と剣が真っ向からぶつかった――何もない所で。

 異様な光景に観覧席がざわめく。


 別の位置にいるラプターが驚いている。


「⋯⋯まさか⋯⋯見えているのか⋯⋯?」

「いや、見えてない。でも感じ取れるぞ」


 ラプターが歯噛みする。


「何故だ!? お前のスキルは戦いに役に立たないと言われていたはずだ!」

「お陰様で地獄を見たからな。良い師に出会えたのもある」


 ちらとトニトルスに視線を送ると、彼女は口角を上げて応えてくれた。


「そんな事は認めない! この死に損ないが!」


 激昂はしているが、ラプターは巧みなステップと屈折のズレで、斜め後方から襲いかかってくる。年齢を考えれば文句無しに優秀な剣士だが、感情の方向と剣の強度が全てミルトに伝わる。


 冷静に、確実に、弾き返す。


 手に取るように動きが読める。それほど、ラプターの心は揺れていた。怒り、焦り、不安、劣等感⋯⋯全てが剣に乗っている。一方、ミルトは今、心が静かだった。三人の仲間──プルフル、トニトルス、パイシーがいる。


(彼女達がいる限り俺に負けは無い⋯⋯いや俺が負けたらパイシーが出て来てラプターが殺されてしまうかも知れん。可愛くはないが異母弟を死なせない為にも勝たないとな)


 対してラプターは、勝って辺境伯家当主の座に近付き、公爵家の意向を守り、そして“自分の立場”を手に入れたいと思っている。


(悪いがその望みは叶えてやれない)


「そろそろ終わりにしよう」


 ラプターが突きを繰り出した瞬間、俺は剣の腹でその剣を受け流し、踏み込む。相手の勢いを利用して顔面を殴打。ラプターは吹き飛んで転がる。そのままピクリとも動かない。気を失ったようだ。


「ラ、ラプター!!?」


 響いた声はラプターの母親のものだろうか。ミルトは声を聞いた事が無いので分からない。


「⋯⋯そ、それまで!」


 審判役の騎士がようやく試合の終わりを告げた。


 沈黙。


 ざわめきが、静寂に変わっていた。


「ミルト君ナイスパンチや! 今夜は添い寝したげるから楽しみにしとってや~!」

「やっと終わった。ミルト、早く戻って⋯⋯パイシー、添い寝は私がする」

「うむ、良くやったぞミルト。最後は斬らずにカタを付けるとは、成長したな」


 演習場には三人の声だけが響いている。ミルトは心に温かな熱が満ちるのを感じていた。


(でも添い寝とか大声で言うのはやめてくれ)

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