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13,ミルトの腕試し

 朝靄に包まれた演習場。まだ気温は低く、吐く息は白く宙に舞っている。


 多数の石畳を踏みしめる音が静けさを破り、フェルム家の一族と使用人達が、次々と姿を見せた。


 石造りの観覧席にはミルトの家族が並ぶ。だが正室であるミルトの母は、昨日のまま体調が戻らなかったのか不在だった。代わりに目をキラキラとさせた弟のトワイトと、ここから顔は良く見えないが妹だけが居た。その後ろには第二夫人と第三夫人、その子供達も姿を見せている。


 下段の広場には椅子が用意され、辺境伯領に来ていた寄り子の者や、取引のある他家の貴族家の者、そして騎士団の面子が座って観覧していた。立ち見までいる始末だ。


 格式を重んじる貴族にしてはやや雑多な雰囲気だが、ここは辺境、国の中央ほど格式に拘らない。何より、それだけ今回の試合に注目が集まっているという事の証明だろう。


 演習場中央に設けられた白砂の決闘場。そこに騎士4人と、ミルト達4人が向かい合って並ぶ。


 幼い子供達は騎士団を見て目を輝かせている。第三夫人など、興奮した様子でハンカチを握りしめている。辺境伯家に嫁ぐだけあって、戦いを生業とする者への忌避感は無いようだ。


 この領都の主であるフェルム辺境伯エルネストが、観覧席から立ち上がり威厳のある声を張る。


「これより、我がフェルム家騎士団の精鋭4人と、我が息子ミルト・フェルム及び、その同行者による一対一の試合を執り行う。制限時間内に相手の意識を刈り取るか、降参させた者が勝者となる。致命傷でなければ回復師が傷を癒やす。存分に奮うがよい」


 場に緊張が走る。観覧している者達からすれば、男性4名に対して女2男1のミルト側が不利だと感じたのだろう。女性陣の流血を想像して動揺した者もいるようだ。


「形式を変えてくれ。勝ち抜きでやらせてほしい」


 ミルトは一歩前に出て、手を挙げた。


 観覧席にざわめきが起きる。ミルトは昨日より更に顔色が悪い。今にも死にそうな顔色をしているミルトが父である辺境伯に対して礼儀を欠いた話し方をする事に加え、虚勢を張っているか、自暴自棄になり勝負を諦めたようにも見える。


 エルネストは目を細め熟考した後、やがて頷く。


「⋯⋯構わん。そちらの先鋒は誰だ?」


 辺境伯が許可を出した事で、またも会場はざわめきを増した。


 ──辺境伯は長男を殺す気なのか?


 演習場の周りでは他家の者達の間で、その様な意見が飛び交っている。だがミルトは、まるで周囲の声が聴こえていないかの様に、自然な動作で振り返って3人を見た。


「ウチもヤりたかったわぁ~。ほなミルト君⋯⋯カッコイイとこ見せてや?」


 パイシーが唇を尖らせ頬を膨らませて言う。言葉に反して嬉しそうだ。


「よく言ったぞミルト。弟子の晴れ舞台だ、譲ろう」


 トニトルスは歓喜を隠そうともせず称賛する。


「────」


 プルフルは長椅子の背にもたれ掛かって目を閉じて⋯⋯寝息を立てている。


 それぞれが、らしく応じてくれる。ミルトは軽く笑ってうなずいた。


「先鋒、俺が行く」


 観覧席の家族の間に動揺が走る。父も眉間に皺を寄せていた。


 幅広の片手剣とラウンドシールドを持った白銀の鎧を纏った騎士が、最初の相手として前に出る。その歩みに迷いはない。間違いなく若手の中での実力者だ。だが──


「両者、開始位置へ──始め!」


 審判役の騎士団長の合図で試合が始まった。


 ミルトの武器は、ダンジョンで得た百年前の騎士が使っていたミスリル合金製の片手剣。


 開始の合図と同時に『共感』を発動──相手の心に寄り添うスキル。だがそれは相手の感情を読むスキルとも言える。


 ダンジョンで幾百ものアンデッドを屠った感覚が蘇る。死者とは違い、読み取る感情の中に怨恨が無い分、生きた人間の感情など今のミルトには何の負担にもならなかった。


 相手はミルトの顔色の悪さから、今日の試合に萎縮していると判断してい?。明らかに侮っていた。


 ミルトは、踏み込む気配すら見せず初動を消し去り、音もなく間合いを詰め、喉元へ刃を押し当てる。


「──っ!?⋯⋯⋯⋯ま、参った!」


 相手にスキルを使わせる間も無く、勝負を決めた。


 演習場が静まり返った後、ざわめき出す。観覧席の一角、弟のトワイトが目を輝かせてこちらを見ていた。隣に座る妹も、従者が日傘を指していて顔は見えないが、こちらを見ていた。弟の真っ直ぐな視線に、少しだけ手を挙げて応える。


 ミルトの勝利に女性陣は特に驚きもなく満足そうだ。


「よくやったなミルト。それが正解だ」

「戦いの極意は"如何に早く敵を倒すか"やからなぁ。ミルト君、ちゃんと分かっとるねぇ」

「────」


 トニトルスが認め、パイシーが肯定し、プルフルは気持ち良さそうに寝ている。少し気恥ずかしいが、褒められたミルトの心は高揚していた。


「⋯⋯次鋒、前へ──」


 騎士団長の促す声に合わせて、先鋒と同じ装備を持った騎士が前に出る。

 素早く『共感』を発動──どうやら次の相手は油断してくれないらしい。


「始め!」


 互いに進み出て一合、二合と剣を合わせる──踏み込み、薙ぎ払い、フェイント、刺突──ラウンドシールドを使った目眩ましから受け流しまで、相手の全てを先読みして制する。恐れや怒りだけでなく、技への執着、動作に込めた意図すらも読み取ったミルトに攻撃は当たらない。


 騎士がラウンドシールドを突き出すと同時、スキルを発動──『重量倍加』


 それなりの重量とはいえ、片手で持てるはずのラウンドシールドが瞬間的に倍の重さを持つことで、鉄壁に変わる。盾でミルトの視界が狭まる。だがミルトは相手の手筋を先読みしていた。


 頭を下げ、右足を軸に身体を半回転、肩でラウンドシールドを後方へ流し、弾かれた勢いのまま低い姿勢で相手の左後方、ラウンドシールドの死角から、視界の外へ抜ける。そこから更に半回転、相手の背後へ回り込み──剣先を相手の首筋に押し当てた。


「⋯⋯参った」


 今度は直ぐに歓声が上がる。だが、まだ動揺する声もあるようだ。騎士団関係者も多い。彼らからすれば予想外の結果だったのだろう。本来であれば自分達が仕える家の子供など、護衛対象でしかない。それが自分達に勝ってしまうなどという結果に驚愕の表情だ。


 しかもミルトは、戦闘に適さないスキルを得た事で、次期当主の枠から外れた人物だ⋯⋯。


「なんと⋯⋯これは」


 辺境伯自身も、この結果は予想外だった。口元に手を当てて考え込んでいる。


「かっこええわぁ~! せやけどミルト君、上手やなぁ。完封勝利やない?」


「ダンジョンでは迂闊に怪我も出来んし、一対多数が殆どだったからな。ミルトはかなり上手いぞ」


「────」


 3人目、中堅戦──長槍を持った騎士が前に出る。


「始め!」


 開始の合図と同時、騎士は『身体強化』スキルを発動し、高速で槍を突き出して来た。

 本来であれば、片手剣で槍を相手にするのは至難の技だが、両手で扱う槍は出来る動作が少ないので、相手の動きを『先読み』出来るミルトにとっては、盾と剣を持った相手よりも御し易い。


 相手の槍を見た時点で『共感』を発動していたミルトは、突きの攻撃線上から身体をずらして避け、そのまま槍を引く手に合わせて踏み込み、剣先を喉元に突き付けた。初戦と同じく初手で勝負を決める事にしたのだが⋯⋯。


 前の二人と同じ勝利条件を満たしたかに見えたが、槍の騎士は降参を宣言しなかった。

 騎士は素早く状態を倒し、ミルトの剣先との距離を取ると、槍を旋回させて柄の部分でミルトの足を打ち据えようと狙う。足払いだ。


 だが、ミルトはそれも読んでいた。ダンジョンで死線を超えたミルトが、剣先を相手に突き付けただけで油断などする訳が無い。軽く跳ねて足を浮かせ、槍の柄を踵で制圧。反動を殺さず槍に飛び乗り、地面に縫い付けるように両足で槍に乗り上げる。


 再度、剣先を喉元に突き付けた。騎士の両手と、地面を起点に斜めになった槍に、大きく足を開いたミルトが乗り上げた形だ。騎士が槍を持つ手を離せば、剣が喉に届いてしまうだろう。


「⋯⋯参っ⋯た⋯⋯」


 槍を持った騎士は、ミルトを信じられないものを見るようにして、降参を宣言した。


 歓声が上がらない。あまりにも鮮やかに、何よりも現役の騎士よりも、数段上の実力が無ければ出来ない勝ち方を、観覧している者達は見せ付けられたからだ。


 観覧席の最前列に居る父も、予想だにしていなかった結果に、口元を手で覆ったまま、眉根を止せて沈黙している。


「当然の結果だ。私の弟子は油断などしない」


「めっっっちゃかっこええわ~ミルト君! 惚れ直したで! そのまま優勝や~!」


「カッコイィ⋯⋯」


 仲間三3人にはウケたらしい。プルフルもようやく起きたようだ。

 心が満たされる。付き合いは短いが、心を通わせた彼女達の声援にミルトは頷いて応えた。


 だが最初の顔合わせで相手陣営にいた、大剣を装備した大将戦の騎士が前に出てこない。


「大将戦はまだか? 別に休憩は要らないぞ」


「申し訳ありませんミルト様。人員の交代があったようでして、少々お待ち頂きます」


 どうやらミルトへの対策を考えて、人員を交代する様だ。ミルトは何気なく女性陣に視線をやる。


「こちらに異論は無い。相手が強ければ強いほどミルトの糧となるだろうからな」


「ええやんええやん! ウチはそういうの大好物やで、ウチの時もよぉあったわ!」


「⋯⋯早くして。あんまり遅くなったら怒る」


 トニトルスとパイシーは反対しないどころか、寧ろこの展開を歓迎しているようだ。ミルトとしても強敵との戦いが自らの糧となる事は理解しているので、特に反対する気は無い。


 時間が伸びてプルフルの機嫌は悪いが。


 沈黙の空気が続く中、観覧席がざわつく。


 ──4人目の相手が白砂の場に現れる。


 まだ若い。だが、その目には強い自信と、挑発的な意志が宿っていた。


「やあミルトにーさま、お久しぶりです」


 不敵な笑みを顔に張り付けて、演習場の出入り口から現れたのは、異母弟のラプターだった。

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