第4話『愛を差し出すか、守るか――契約の終焉』
「進行度:80%」
紅の間の壁に刻まれたユナの名前の下に、そう記されていた。
それは、彼女がすでに“恐怖”“怒り”“悲しみ”を失い、残された感情が“愛”だけであることを意味していた。
「あと20%で……私は、完全にこの世界のものになる」
ユナは鏡の前に立ち、自分の顔を見つめた。
そこには、微かに“ぼやけ”が生じていた。
目の輪郭が曖昧になり、口元の表情が読み取れなくなっている。
「顔が……消えていく……」
それは、存在が薄れていく兆候。
契約者が感情を失いすぎると、自我が崩壊し、顔という“個”の象徴が消えていく。
その夜、ヴァルドがユナの部屋を訪れた。
彼は静かに言った。
「契約の最終段階に入った。お前は“愛”を差し出すか、守るか――選ばなければならない」
「差し出したら、どうなるの?」
「お前は完全に感情を失い、永遠にこの世界に囚われる。
だが、苦しみも悲しみもない。穏やかな存在として、王の側にいられる」
「守ったら?」
「契約は破棄される。だが、代償として――お前の“存在”が、この世界から消える」
ユナは目を伏せた。
どちらを選んでも、失うものがある。
だが、彼女の中には確かに“愛”が残っていた。
それは、ヴァルドへの想い。
冷酷で孤独な王の中に、微かに残る人間らしさを見つけたから。
「……ヴァルド。あなたは、かつて誰かを愛していたんだよね?」
彼は目を閉じ、静かに頷いた。
「彼女は、契約を拒んだ。感情を守り、存在を捨てた。
私は彼女を失い、王となった。
だが、今――お前の中に、彼女の面影を見ている」
ユナは、胸元の紅い紋章に手を当てた。
それは、脈打つたびに彼女の“愛”を吸い取ろうとしていた。
「だったら、私は……“愛”を守る。
あなたに、もう一度“愛”を返すために」
その瞬間、紋章が砕けた。
紅い光がユナの体を包み、彼女の姿がゆっくりと消えていく。
「ユナ……!」
ヴァルドは彼女に駆け寄る。
だが、彼女の手はもう、彼に触れることができなかった。
「ありがとう……私の“愛”は、あなたの中に残る。
それが、私の存在の証だから」
ユナは微笑みながら、霧のように消えていった。
その笑顔は、最後まで“顔”を保っていた。




